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︑ 蓮

ドキュメント内 棲神 第貳拾貳號 (ページ 86-90)

蓮華部の諸隼は大体九界の代表的隼の来集で︑遺文所明との相異は前越の如くでるる︒憂来羅に於ける此の部も他

部と同じく︑文永時代は未確定であって︑大体に於ては建治の初年に確立し︑弘安の初に一部の韓置と添削とが行は

れたのである︒今一般的大勢に就てこれを見れば︑先づ建治の初年に確定したと見倣すべきは

左 右 普 文 賢 殊 裏堅調 王 勅 迦 合 | 二

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葉 弗 | 乗 樟 党 桓 天 月 日 天 天

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王 | 界 修 | 修 羅一畜

羅一龍

生 剃 鬼 | 餓

女 母

主主<=I 

右の如く菩薩界には越化の問菩薩︑二乗界には舎利弗迦葉︑天界には林九四伸日月諸天であるが︑就中樟提桓因天は︑因

陀羅︑千眼︑帝・耀等の諸名を列ねたが紡組制伴提桓悶となったのである︒若し弘安の初年に時置されたのは摘勅薬玉の

二菩

薩で

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︷右

・襲

弘安初年︷

︷左

︑璃

︷右

︑調

文永︑建治︷

︷左

︑薬

若し弘安初年の添加は夫部では第六天と明星天︑地獄の提婆と人界の阿間世である︒

左 右 明 第

天 天

1

説 天

界 星 六

婆 llPJ  閤

就中第六天は或は陛酷修羅︑明星天は或は賓光天子の名を以でしたとともあり︑前者建治の初年頃よりその晩年凶ま

大長茶雑儀相の研究

大義茶経儀相の研究

で見へたが弘安初年頃に確定した様である︒かくて建治年間に蓮華部で金剛部に流出した如き.鬼母利女とを加へて

凡そ八界が具足し︑弘安初年に提婆が地獄界の代表として加へられて︑此に蓮華部に九界の諸傘が具足し︑とれに俳

部を合して十界具足したのである︒

鬼母剥女の位置は文永時代は勿論︑建治元年の末までは未定であり︑就中建治元年十一月︿身延鑑第九闘︶の如き

除︑蓮華部に菩薩二乗の下に列せられ

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党天︑日月︑輪玉︑修羅

l

帝棒︑鬼母︑剃女︑龍王

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Lく蓮華部にあり︑叉弘安以後の品工茶維に修羅︑輪王︑龍王︑提姿等が概ね二段と三段との聞に列せられる点から

見ても︑最初二段に勧請したのが諸隼の添加のため溢れて三段に列せられ.・弐第にそれが習慣となって︑絡に後世見

る如き金剛部の筆頑に位置するに至ったのであらう︒故に鬼母剥女は常に天台偉殺の柏上部に位し︑天照八幡に封す

れば正しく上部に配せられて居るのである︒

若し蓮華部の諸隼に就ては︑本隼砂には﹁文殊繭勅等間菩薩内容属居=末庄一︑乃至模大乗並浬襲法華経控門等樟隼︑

以=・文殊普賢等一詩ニ脇士↓︒﹂河とある如く︑文殊普賢等は謹門等の樺隼即ち二伸の中の樫隼に就ての脇士であって︑

此の事賓は叡山の樟迦堂の本雰たる轄迦に文殊普賢︑党天帝持四天王を脇士とするに徴して明かである︒若し中隼に

封すれば脇士たる本化大士の替属である︒主口薩既に谷属であるから余の諸隼の替属なるととはいふ迄もない︒その外

夢︑

茶羅

の諸

隼と

して

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は︑

日女

紗に

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普賢

文殊

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利弗

目蓮

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一を

屈し

﹂一

一封

とあ

る如

くと

れま

た春

闘局

の意

なる

ととは︑上に﹁樫逝多賓本化の問菩薩肩を並べ﹂とあるに封して普賢等﹁山崎一を屈し﹂とはその意である︒遺文中には

その他とれといふ説明は訟いが若し弘安後捕勅輔衆王の縛置に就ては文殊は控門の殻起︑調勅は本門の護起である

故に︑二門の殻起が一方に偏しては境智冥合の意を成したいからであらう︒若し舎利持迦葉は聞大聾間中授詑の失第

に依り︑上根の初と中根の最初とを出したのであらう︒若し発天は欲界の主.古市揮は三十三天の主︑第六天は三界の

魔玉︑日月明星は閤浮提の三光天子︑輪王は人界の主︑阿闇世は︑摩阿陀の主.阿修羅は修羅界︑龍王は畜生界︑提

婆は五逆に依て堕獄の故に地獄界を表し︑且つ逆即是順の経続無蓋の意を表したのである︒叉鬼母︑剥女は餓鬼の代

表として之を列し︑外九界の形を現するも内詩各僻果身上の隼たるとといふ迄も・ない︒又弘安以後越化の菩薩等は往

々に略されて居るがとれ谷属なる故に之を略するも不可左いのである︒即ち蓮華部以下の九界に就ては贋略の異ある

も.その意は同意と解すぺきである︒

若し蓮華部の諸隼に就ての古来の相俸を見るに文殊等間菩薩に就ては文殊は蛭の始︑普費は経の経︵て

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取︑

= 一

4ま ・ ・ 三

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百 一 . −

七 七 ﹂

文殊は智にして甫陽.普賢に理にして北陰︑随て自ら上段の樺迦多賓の理智に劃して︑南道北減の意と解

し︑

上下

相封

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一 一 セ 一

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菩薩

︵一

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玉に

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慈悲

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智の

二隼

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多賓

︵境

文殊

︵智

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上行

︵智

捕勅

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︵ 慈 ︶

轄期

ハ智

普賢

︵境

浮行

︵境

輔衆

王︵

智︶

ハ 悲 ︶

大義茶羅儀相の餅究

大且虫茶緩儀相の研究

右の如く上下左右相到して境智其合となし︑若し繋王は焼身のお悲︵一長﹀の相体によれば︑弘安以後の締置は境K

々の其合である︒配列に於ける境智立︵合は︑全く輪回具足の意なるとと前越の如くでるる︒

ドキュメント内 棲神 第貳拾貳號 (ページ 86-90)

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