氏 名 Md. Matiur Rahman 博士の専攻分野の名称 博士(工学) 学 位 記 番 号 医工博甲第288号 学 位 授 与 年 月 日 平成26年3月20日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 機能材料システム工学専攻
学 位 論 文 題 目 Development of Novel Ionization Methods for Mass Spectrometry Using the High Pressure Ion Source and Their Applications to Biological Molecules
(高圧イオン源を用いる新規質量分析イオン化法の開発と その生体分子への応用) 論 文 審 査 委 員 主査 教 授 内田 裕之 教 授 堀 裕和 教 授 宮武 建治 教 授 犬飼 潤治 教 授 Manuel E. Brito 准教授 柳 博
学位論文内容の要旨
本論文は、新規な質量分析イオン化法の開発とその応用に関するものである。開発した イオン化法は、1気圧以上の高圧下で作動するイオン源を用いる新規なもので、従来法で は取り扱いが困難であった水溶液試料中の超微量成分の質量分析等に適用できる点が際立 つ特徴である。 第 1 章では質量分析用イオン化法の現状と課題について述べている。キャピラリーに試 料溶液を送液し、高電場を印加することによって微細帯電液滴スプレーを発生させるエレ クトロスプレー法は、微量試料の高感度分析のために、キャピラリーの微細化が進められ てきた。現在では、金属をコーティングした内径1μm という極薄ガラスキャピラリーも用 いられている。しかし、キャピラリー径が小さくなれば、取り扱いに習熟が必要で、試料 が詰まりやすくなる欠点もある。他方、生体分子等の水溶液試料を前処理なしに質量分析 したいというニーズがあるが、表面張力の大きな水溶液をエレクトロスプレーするのは困 難で、高い印加電圧による放電破壊の危険性もあった。このような課題を同時に解決するため、1気圧以上の高圧下で作動する高圧イオン化法に着目した。 まず、1気圧以上の圧力で作動するイオン源を設計、製作した。質量分析計は高真空下 で動作する装置なので、高圧イオン源から導入される気体を高速排気する必要がある。こ のため、第一真空チャンバーにルーツポンプを接続し、圧力を調整した。イオン源の圧力 を高圧に保つ最大のメリットは、Paschen の法則から予想されるように、高圧において気 体の放電破壊を防ぐことができる点にある。イオン源圧力を 3 気圧まで上げると、放電破 壊なしで安定にエレクトロスプレーを発生できることを見出した。また、ガス圧の上昇で、 生成するイオンの空間密度も増大するので、シグナル強度が増加することも明確にした。 開発された高圧イオン源を用いて、各種のイオン化法、たとえば、エレクトロスプレー、 探針エレクトロスプレー、高圧下でのイオンー分子反応、電界脱離、などを詳細に検討し た(3,4章)。 イオン源圧力が3気圧を超えると、イオンシグナル強度が漸減することが分かった。こ れは、イオンサンプリングキャピラリー中を輸送される気体の流れが、層流から乱流に遷 移することに起因すると思われる。Reynolds 数=3000 が境界値であった(4,7章)。 ナノエレクトロスプレー(nanoESI)は、従来のエレクトロスプレーに比べて高感度検 出が可能であるので、質量分析イオン化法の標準技術として成熟している。nanoESI では、 金属をコーティングしたガラスキャピラリーが使用されるが複数の工程を経て製造される のでコスト高となる。また、内径1μm という極薄ガラスキャピラリーを用いるので、わず かな衝撃で容易に破損し、また内径が小さいことから詰まりを起こし易いという本質的欠 点がある。このような問題点の克服を目指して、より安価でかつ堅牢性に富むチップ開発 を行った。これは、プラスチック製のゲル充填チップを用いる方法である。このチップを 用いたところ、内径が100 μm と、nanoESI に比べて 2 桁も大きいにもかかわらず、nanoESI と同等のイオン検出感度が得られた。これにより、放電破壊を起こすことなく生体試料水 溶液の高感度検出が可能となった。水溶液試料を前処理なしに取り扱えるようになったの で、生体分子等のタンパクなどを変性させることなく気相イオンとして検出できるという 大きな進歩が得られた。これは生体分子構造の解明に大きく貢献する。ゲル充填チップを 用いるこの方法では、ピペットによる液体試料迅速サンプリング、目詰まりなし、堅牢性、 液体ポンプ不要、などの点から、実試料の迅速スクリーニングに適する。開発された手法 は、先端に試料を付着させた探針をキャピラリーの後方から挿入する技術にも応用可能な ので、ナノスケールでの生体試料イメージングにも展開可能と考えられる(主として5 章)。 6章および7章においては、高圧下電界脱離、およびイオンー分子反応について論じら れている。これらの手法によって、乾燥試料、半乾燥試料、気体試料などが測定対象とな
り得ることを検証した。これらの結果から、本方法が、バイオマーカー、不法薬物、爆発 物など、広範な化合物の高感度検出に適用可能と考える。 第8章では、総括として本研究の主要な結果をまとめている。 本研究の新規性は、これまで開発例のなかった1気圧以上の高圧を用いるイオン源を新 たに設計製作した点にある。この開発によって、エレクトロスプレーほか各種イオン化法 での最大の問題点である放電破壊を防ぐことで、1気圧下では困難であったイオン化法に 新たな道を拓いた。さらに、高圧であるが故のメリットを生かした電界脱離やユニークな 高圧イオンー分子反応の観測などに関して、新しい知見を得た。このように、高圧を用い るイオン源は、次世代質量分析の新しいパラダイム創生に大きく寄与できるものと期待さ れる。
論文審査結果の要旨
本論文は、新規な質量分析イオン化法の開発とその応用に関するものである。開発した イオン化法は、1気圧以上の高圧下で作動するイオン源を用いる新規なもので、従来法で は取り扱いが困難であった水溶液試料等に適用できる点が際立つ特徴である。 まず、1気圧以上の圧力で作動するイオン源を設計、製作した。質量分析計は高真空下 で動作する装置なので、高圧イオン源から導入される気体を高速排気する必要がある。こ のため、第一真空チャンバーにルーツポンプを接続し、圧力を調整した。イオン源の圧力 を高圧に保つ最大のメリットは、気体の放電破壊を防ぐことができる点にある。イオン源 圧力を3気圧まで上げると、放電破壊なしで安定にエレクトロスプレーを発生できること を見出した。また、ガス圧の上昇により生成するイオンの空間密度も増大するので、質量 分析で計測されるシグナル強度が増加することも明確にした。この高圧イオン源を用いて、 各種のイオン化法、たとえば、エレクトロスプレー、探針エレクトロスプレー、高圧下で のイオンー分子反応、電界脱離、などを詳細に検討した(3,4章)。 イオン源圧力が3気圧を超えると、シグナル強度が漸減することが分かった。これは、 イオンサンプリングキャピラリー中を輸送される気体の流れが、層流から乱流に遷移する ことに起因すると考察した(4,7章)。 ナノエレクトロスプレー(nanoESI)は、従来のエレクトロスプレーに比べて高感度能 を有する。従来のnanoESI では、金属をコーティングしたガラスキャピラリーが使用されるが複数の工程を経て製造されるのでコスト高となる。また、内径1m という極薄ガラス キャピラリーを用いるので、わずかな衝撃で破損しやすく、詰まり易いという本質的欠点 があった。このような問題点の克服を目指して、より安価でかつ堅牢性に富むプラスチッ ク製のgel loading tip を用いる方法を開発した。この tip の内径は 100 m で、nanoESI に比べて2桁も大きいにもかかわらず、nanoESI と同等のイオン検出感度が得られた。こ れにより、放電破壊を起こすことなく生体試料水溶液の高感度検出が可能となった。水溶 液試料を取り扱えることは、タンパクなどを変性させることなく気相イオンとして検出で きるようになる。gel loading tip を用いる本法は、ピペットによる液体試料迅速サンプリン グ、目詰まりなし、堅牢性、液体ポンプ不要、などの点から、実試料の迅速スクリーニン グに適する。開発された手法は、先端に試料を付着させた探針をキャピラリーの後方から 挿入する技術にも応用可能なので、ナノスケールでの生体試料イメージングにも展開可能 と考えられる(主として5 章)。 6章および7章においては、高圧下電界脱離、およびイオンー分子反応について論じら れている。これらの手法によって、乾燥試料、半乾燥試料、気体試料などが測定対象とな り得ることを検証した。これらの結果から、本方法が、バイオマーカー、不法薬物、爆発 物など、広範な化合物の高感度検出に適用可能であることを明らかにした。 本研究の新規性は、これまで開発例のなかった1気圧以上の高圧を用いるイオン源を新 たに設計製作した点にある。この開発によって、エレクトロスプレーほか各種イオン化法 での最大の問題点である放電破壊を防ぐことで、1気圧下では困難であったイオン化法に 新たな道を拓いた。さらに、高圧であるが故のメリットを生かした電界脱離やユニークな 高圧イオンー分子反応の観測などに関して、新しい知見を得た。このように、高圧を用い るイオン源は、次世代質量分析の新しいパラダイム創生に大きく寄与できるものと期待さ れる。 以上により、博士論文審査に合格と判定した。