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戦争の記憶とアメリカ外交

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Academic year: 2021

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(1)戦 争 の記 憶 とア メ リ力外 交. 平. 田. 雅. 己. は じめ に  近年 、歴 史学 にお ける世界 的 「 記 憶 」 ブ ー ム の 中 で 、 ア メ リカ 外 交 史 研 究 の分 野 に お い て も、 と りわ け戦 争 の 記 憶 が 政 策 決 定 に 与 え る影 響 力 に再 び 注 目が 集 ま っ て い る。 そ の き っ か け は 、 1990年 代 、 ク リン トン政 権 に よ る対 ユ ー ゴ軍 事 介 入 政 策 だ っ た 。 第 二 次 世 界 大 戦 時 の ホ ロ コー ス トの 例 を 持 ち 出 し軍 事 介 入 に積 極 的 な 姿 勢 を示 す 民 主 党 政 権 側 と、 ベ トナ ム 戦 争 の 泥 沼 の 再 現 に 警 鐘 を促 し介 入 に 消 極 的 な 共 和 党 議 員 ら に よ る論 争 は 「 比 喩 の戦 争(metaphor  war)」 と形 容 され る ほ ど、 過 去 の 戦 争 の 類 推 を 多 く含 む も の だ っ た1)。政 府 の武 力 行 使 決 定 と戦 争 の 記 憶 と の 関 係 に 関 す る 古 典 的 著 書 『歴 史 の 教 訓 』(1973年)を. 記 した ア メ リカ 史 家 メ イ(Ernest R. May)は. 、そ. の 中で 、 「 外 交 政 策 の 形 成 者 は 、 歴 史 が 教 え た り予 告 した り して い る と 自 ら信 じて い る も の の影 響 を よ く受 け る」 と主 張 す る と同 時 に 、 彼 ら に よ る 恣意 的 な 選 択 と誤 用 の 可 能 性 に警 鐘 を 鳴 ら し た2)。 最 近 の研 究 で は 、 戦 史 家 レ コ ー ド(Jeffry Record)が 著 書 『戦 争 形 成 と歴 史 の 検 討 』(2002 年)の. 中で、 「 大 統 領 は 自身 の 決 定 を性 格 づ け る た め に歴 史 の 類 推 を あ て は め(employ)、. またす. で に 下 され た 、 あ る い は 下 され る 予 定 の 決 定 に 国 民 の 支 持 を 集 め る た め に そ れ ら を 活 用 す る.

(2) (deploy)」と説 明 した 上 で 、 記 憶 か ら生 起 され た 軍 事 的 教 訓 と戦 場 の 現 実 との齟齬 を 問 題 視 した3)。 実 際 、 戦 争 の記 憶 が どの 程 度 政 府 の 政 策 決 定 に 影 響 を 与 え て い る か 、 伝 統 的 な外 交 史研 究 の 手 法 に よ る 実 証 は 不 可 能 で あ る。 だ が 、 そ の 存 在 そ の もの は 顕 著 で あ り、 看 過 で き な い 。 本 稿 で は 、 現 代の 「 ア メ リカ の戦 争 」 を 形 成 す る一 要 素 と して 、記 憶 が果 た す 役 割 につ い て 再 考 す る。. 1、 国 民 意 識 と戦 争 の 記 憶 ア メ リカ にお い て 、 戦 争 の 記 憶 が 持 つ 影 響 力 の 源 泉 は 、 そ れ が 国 民 統 合 の 原 理 と密 接 不 可 分 な 関係 に あ る 点 に あ る。 多 民 族 ・多 文 化 を 有 す る 多 元 国 家 ア メ リカ に と っ て 、 「 階 級 ・地 域 ・信 条 を横 断 し、 支 配 者 と被 支 配 者 が 一 体 とな っ て 経 験 す る 」 戦 争 は 、 そ れ 自体 が 国 民 統 合 を 必 然 的 に 促 す 社 会 現 象 で あ る4)。歴 史 教 科 書 、 記 念 碑 、 博 物 館 な どで 語 られ る 戦 争 の集 団 的 記 憶 も ま た 、 平 時 に お け る 国 民 と して の 自 己認 識 の 拠 り所 と して 機 能 を果 た して い る。 ア メ リ カ 外 交 史 家 マ ク マ ー ン(Robert J.. McMahon)は. 、 託 憶 の 性 格 に つ い て 、 これ ま で の 研 究. か ら得 られ た 知 見 を次 の よ うに 整 理 して い る。 ① 記 憶 は構 築 され る もの で あ り、個 人 や 社 会 は 、 過 去 につ い て 何 を記 憶 し、 何 を忘 却 す る か 選 択 す る。 ② 記 憶 は 現 実 の ニ ー ズ に 応 じて 構 築 され る の で あ り、 そ の 生 成 過 程 は功 利 主 義 的 な 目的 と深 く結 び つ い て い る。 ③ 国 家 や 集 団 の 歴 史 に と っ て 重 要 な 出 来 事 の集 団 的 記 憶 の 生 成 過 程 は 通 常 は エ リー トに よ っ て 主 導 され る。 ④ 集 団 的 記 憶 の 生 成 は 、 集 団 や 国 家 の 目的 や 自己認 識 とい っ た よ り大 き な 問 題 と密 な 関係 に あ る5)。そ れ で は 、 ア メ リカ 的 な 自己 認 識 の あ り方 は 、 戦 争 に 関 す る集 団的 記 憶 の形 成 に どの よ うな影 響 を 与 え て い る の だ ろ うか 。 カ ー ネ ギー 国 際 平 和 財 団 研 究 員 の ぺ イ(Minzin. Pei)は 、 最 近 の 論 稿 の 中 で 、 ア メ リカ 的 な 国 民. 意 識 の 特 徴 につ い て 次 の よ うに 整 理 して い る。 ① ア メ リカ 的 な 国 民 意 識 は政 治 理 念 や 制 度 に基 づ い て お り、 自国 の 価 値 観 の優 越 性 と普 遍 性 を 信 奉 して い る。 ② ア メ リカ 的 な 国 民 意 識 の 源 泉 は 、 「 公 民 と して の 意 志 主 義(civic voluntarism)」、 つ ま り個 人 や 市 民 組 織 に 先 導 され る形 で 、 一 般 市 民 が 公 の徳 の た め 積 極 的 に貢 献 し よ う とす る姿 勢 に あ る。 ③ ア メ リカ 的 な 国 民 意 識 に は 、 他 国 に 典型 的 な 「 他 者 に よ っ て搾 取 され た(aggrieved)」 とい う意 識 よ り も、 「自分 た ち は 成 功 を収 め た と勝 ち 誇 る(triumphant)」 意 識 の 方 が 強 い 。 欧 州 列 強 の植 民 地 支 配 を 経 験 した 第 三 世 界 の 国 々 で は 前 者 の 意 識 が 強 い 。 ア メ リカ 人 の そ れ は 、 国 家 的 な 屈辱 と敗 北 を 絶 えず 経 験 して き た 他 国 の 民 族 主 義 指 導 者 の 嘆 き に 共 感 を示 す こ とが で き な い 。 自分 た ち の 特 異 な 国 民意 識 の 存 在 そ の も の を 認 め よ う と しな い が 、 「 建 国 以 来 、 平 和 と戦 争 か ら得 られ る勝 利 の 中 か らそ の 意 味 合 い 」 を感 じ 取 っ て い る。 ④ ア メ リカ 的 な 国 民 意 識 は 、 他 国 と比 較 し 「 前 向 き(forward looking)」 の傾 向 に あ る。 歴 史 上 の栄 光 は ア メ リカ 人 の 自 己認 識 形 成 を促 す 大 き な 要 素 で あ る が 、 そ れ に 心 酔 す る こ と は な く、 未 来 を 見 据 えて い る。 結 果 と して 、 宣 教 師 的 精 神 が 強 ま り、 過 去 に 関 す る集 団 的 記 憶 は 長 続 き しな い。 これ ら を ま と め る と(表1)の. よ うに な る。6).

(3) ぺ イ の 仮 説 は 、 ア メ リカ 的 な 国 民 意 識 の 例 外 性 を強 調 す る あ ま り、 他 国 の 国 民 意 識 の 特 徴 を 一 枚 岩 に 単 純 化 しす ぎ る傾 向 が あ る こ と は否 め な い 。 とは い え 、 彼 の議 論 で 注 目す べ き は 、 ア メ リ カ 外 交 に見 られ る慢 性 的 な 他 者(異 文 化)理 解 の 欠 如 の 一 因 が 、 ア メ リカ 的 な 国 民 意 識 の あ り方 そ の も の に 内 在 す る こ と、 さ らに 本 論 と の 関 係 で い え ば 、 戦 争 経 験 が 国 民 意 識 の形 成 に 重 要 で あ る に もか か わ らず 、 そ れ を 正 確 に 記 憶 で き な い 国 民 性 が 示 唆 され て い る点 に あ る。. 後 者 に 関 し て は 、 ア メ リ カ 人 の 戦 争 観 が そ れ を 物 語 っ て い る 。 軍 事 史 家 の ス ノ ー(Donald  Snow)と. ド リ ュ ー(Dennis  M.  Drew)は. M.. 、 ア メ リカ 人 一 般 の 戦 争 観 に 、 二 つ の 神 話 の 存 在 を指 摘 し. て い る 。 第 一 に 、 ア メ リ カ 人 は 、 自 己 認 識 と し て 、 平 和 が 常 態 で 、 戦 争 は 例 外 で あ る と考 え る 、 平 和 志 向 の 強 い 国 民 と み る傾 向 が 強 い 。 第 二 に 、 ア メ リ カ 人 は 、 自 国 の 軍 事 力 の 無 謬 性 を 固 く 信 じて い る。 前者 か らは 、 ア メ リカ が 参 戦 す る背 景 と して 、 ア メ リカ は決 して 戦 争 を 引 き起 こす 側 に 立 た な い 、攻 撃 さ れ て は じ め て 、 常 態 と し て の 平 和 に 復 帰 す る た め に 武 器 を と る の だ 、 と い う 信 念 に つ な が り、 後 者 か ら は 、 一 端 ア メ リカ が 武 力 行 使 に 踏 み 切 れ ば 、 前 途 に い か な る 困 難 が 待 ち 構 え て い よ う と も 、 必 ず や 勝 利 を 手 に す る こ と が で き る で あ ろ う、 と い う 楽 観 的 な 万 能 意 識 に つ な が っ て い く 。 実 際 に 、 歴 史 を 振 り返 る と 、 第 二 次 米 英 戦 争(1812年)な 例 も あ れ ば 、 米 墨 戦 争(1846年)な 憶 は 、大 半の. ど 自 ら攻 撃 を しか け た 例 も あ っ た わ け だ が 、 そ う し た 戦 争 の 記. 「 戦 勝 」 例 に よ っ て 認 識 の 周 縁 に 追 い や られ て し ま うの で あ る7)。 現 代 ア メ リ カ 人. に とっ て 、 この神 話 に あて は ま る よ うに見 え る (1939-1945)で で あ る。. ど決 着 が つ か な か っ た. あ り 、 こ の 神 話 か ら外 れ た. 「グ ッ ド・ ウ ォ ー 」 の 典 型 が 第 二 次 世 界 大 戦. 「バ ッ ド ・ウ ォ ー 」 の 典 型 が ベ トナ ム 戦 争(1950-1975).

(4) 2、 開 戦 決 定 と 二 つ の 戦 争 の 記 憶 最 も輝 か し い. 「 戦 勝 」 神 話 で あ る第 二 次 世 界 大 戦 と、 史 上 初 の海 外 で の. 「敗 戦 」 経 験 で あ る ベ. トナ ム 戦 争 の 記 憶 は 、 現 代 ア メ リカ 社 会 に お い て 政 治 的 影 響 力 が 大 き い 。 第 二 次 世 界 大 戦 に つ い て は 、 と りわ け 、 英 仏 に よ る 対 独 宥 和 政 策 が 決 定 さ れ た ミ ュ ン ヘ ン 会 談(1938年)が 戦 に 繋 が っ た と の 反 省 か ら 、 「ミ ュ ン ヘ ン(Munich)」. 第二 次世界 大. が 反 宥 和 の 合 言 葉 と して 効 力 を 持 つ よ う に. な っ た 。 同 等 の 意 味 合 い を 持 つ 表 象 と し て 、 「ヒ トラ ー(Hitler)」 、 「真 珠 湾(Pearl Harbor)」. な どが. く. あ る 。 こ れ ら の 表 象 は 、 政 府 の 政 策 決 定 過 程 に お い て 、 武 力 行 使 と い う選 択 肢 の 是 非 、 ま た は 武 力 行 使 に 至 ら な か っ た 場 合 の 事 態 の 想 定 に 関 す る 判 断 に 影 響 を 与 え て い る 。 一 方 、 ベ トナ ム 戦 争 に つ い て は 、 「ベ トナ ム(Vietnam)」. と い う言 葉 自 体 が 、 長 期 の 限 定 戦 争 の 失 敗 を 想 起 させ る 表 象. と して ア メ リカ 国 民 に 認 知 さ れ て い る。 そ の 他 、 同 様 の イ メ ー ジ を 持 つ 言 葉 と して (quagmire)」. 「泥 沼. が あ る 。 こ ち ら の 語 句 は 、 武 力 行 使 の 仕 方 の 議 論 に 多 大 な 影 響 力 を 発 揮 す る8)。. 第 二 次 世 界 大 戦 後 に 発 生 し た 三 つ の 大 規 模 戦 争(朝. 鮮 戦 争 、 ベ トナ ム 戦 争 、 湾 岸 戦 争)に. る ア メ リ カ の 開 戦 決 定 過 程 を 分 析 し た ア メ リ カ 外 交 史 家 の ヘ ス(Gary  Hess)は 機 と し て 、 国 際 秩 序 の 維 持 、 覇 権 国 と して の 信 頼 性 と 並 ん で 、1930年. おけ. 、大 統領 開戦 の動. 代 の 教 訓 の 存 在 を 指 摘 して. い る。 第 二 次 世 界 大 戦 以 後 の 大 統 領 は 、 党 派 に 関係 な く、 程 度 の 差 こそ あれ 、 第 二 次 世 界 大 戦 の 記 憶 に 影 響 さ れ て 開 戦 決 定 を 行 っ て い る 。1950年 (Harry S. Truman)は. 、 北 朝 鮮 南 進 の ニ ュ ー ス を 知 っ た トル ー マ ン. 、 「朝 鮮 に お け る 共 産 主 義 体 制 は 、 ち ょ う ど ヒ ッ トラ ー や ム ッ ソ リー ニ や 日. 本 人 が 十 年 、 十 五 年 あ る い は 二 十 年 前 に 行 動 した と 同 じ よ う に 動 い て い た 。 も し韓 国 が 陥 落 す る の を 許 せ ば 、 共 産 主 義 者 た ち は こ れ に 勇 気 づ け られ て 、 米 国 の 海 岸 よ り 近 い 諸 国 ま で 蹂 躙 す る よ う に な る だ ろ う 」 と考 え た9)。 ま た1960年 B.Johnson)は Mihn)が. 、1930年. 代 、 ベ トナ ム 戦 争 政 策 を 指 揮 し た ジ ョ ン ソ ン(Lyndon. 代 の 教 訓 か ら 「も し私 が ベ トナ ム か ら 立 ち 去 り 、 ホ ー ・チ ・ ミ ン(Ho. Chi. サ イ ゴ ン の 街 中 を蹂躙 す る こ と を 許 す な ら ば 、 私 は チ ェ ン バ レ ン(Neville  Chamberlain). が 第 二 次 世 界 大 戦 で 行 っ た こ と とま さ し く同 じ こ と をす る こ とに な る。 侵 略 者 に あ ま りも大 き な 報 酬 を あ た え る こ と に な る の だ10)。」1990年 き 、 ブ ッ シ ュ(George  H.W.  Bush)の. 、 イ ラ ク に よ る ク ウ ェ ー ト侵 攻 が 明 ら か に な っ た と. 脳 裏 を 過 ぎ っ た の は1930年. 代 の 記 憶 だ っ た 。 「脆 弱 で 指 導 者. 不 在 の 国 際 連 盟 は 日伊 独 の 侵 略 に 立 ち 向 か う こ と が で き な か っ た 。 そ の 結 果 、 こ れ ら 諸 国 の 野 心 を さ ら に か き た て て し ま っ た の で あ る11)。」 第 二 次 世 界 大 戦 世 代 で は な い ク リ ン トン(William  J. Clinton)で. さ え も 、 ユ ー ゴ へ の 空 爆 に 際 し て 、 第 二 次 世 界 大 戦 中 の ホ ロ コ ー ス トの 記 憶 を 引 き 合. い に 国 民 の 支 持 を 集 め よ う と し た12)。 だ が 、 第 二 次 世 界 大 戦 の 記 憶 に 支 え ら れ な が ら遂 行 さ れ た ベ トナ ム 戦 争 政 策 が 失 敗 に 終 わ っ た こ と に よ っ て 、 ベ トナ ム 戦 争 終 結 後 に 就 任 し た 大 統 領 は 、 軍 事 介 入 選 択 後 は 、 一 転 し て ベ トナ ム 戦 争 の 記 憶 に怯 え る こ と に な る。 そ の 結 果 、 武 力 行 使 に あ た っ て は 、 あ らか じめ 容 易 に 任 務 が 完 了 で き る 目 標 ー グ レナ ダ 侵 攻(1982年)、. パ ナ マ 侵 攻(1990年)な. ど一 を選 択 す るか 、 あ る い は 万.

(5) が 一 、 派 兵 後 に 袋 小 路 に 陥 っ た 場 合 ー レバ ノ ン(1983年)、. ソマ リア(1993年)な. ど一 は 、 自国 の. 犠 牲 を最 小 限 に 抑 え る た め 早 期 撤 退 の 決 断 をす る な ど、 戦 闘 拡 大 に 何 らか の歯 止 め を か け る こ と に 配 慮 せ ざ る を得 な い状 況 が 生 ま れ た 。 保 守 派 の 論 客 ポ ドレ ッ ツ(Norman  Podhoretz)は 、1982年 に 出 版 され た 自書 『な ぜ わ れ わ れ はベ トナ ム に い た の か 』 の 中で 、 す で に こ う した状 況 を 察 知 し、 次 の よ うに 記 して い る。 「ミ ュ ン ヘ ン の 遺 産 は 、 全 体 主 義 の 膨 張 へ の 反 撃 手 段 と して 、 必 要 とあ らば 、武 力 で 迅 速 に 対 応 す る 姿 勢 で あ る。 他 方 、 ベ トナ ム戦 争 の遺 産 は 、 逆 に 、 武 力 行 使 に よ る 反 撃 を 必 要 と した 場 合 に 、 そ の 手 段 に 訴 え る意 思 を示 そ う と しな い 、 あ る い は そ の 手 段 を 拒 絶 す る姿 勢 で あ る13)。 」 二 つ の 記 憶 の 相 克 は 時 代 と と も に 変 化 して き た 。 レ コー ドは 、 ア メ リカ が 本 格 的 な 国 際 主 義 外 交 を展 開 す る20世 紀 半 ば 以 降 に つ い て 、 次 の よ うな時 期 区分 を提 示 す る。 ① 第 二 次 世 界 大 戦 終 結 後 か ら1965年 の ベ トナ ム へ の 米 地 上 軍 投 入 決 定 ま で。 こ の 時 期 の 特 徴 は 、 国 民 的 合 意 を得 た 外 交 原 則(=反. 共 主 義)の. 存 在 、議 会 の 政 府 へ の 追 従 、 第 二 次 世 界 大 戦 世 代 の 政 治 支 配 に あ る 。 ②. 1965年 か ら米 ソ冷 戦 の 終 焉 ま で 。 こ の 時 期 の 特 徴 は 、 ベ トナ ム 戦 争 の経 験 と、 そ の 結 果 と して の 外 交 上 の コ ンセ ン サ ス の崩 壊 、 大 統 領 の外 交 権 限 に対 す る議 会 の 挑 戦 に あ る。 ③ 冷 戦 終 焉 以 後 、 現 在 ま で 。 この 時 期 は 国 民 の 総 意 を 得 た 外 交 原 則 の不 在 、 弱 体 化 す る 大 統 領 制 、政 治 勢 力 と して の 第 二 次 世 界 大 戦 世 代 の後 退 と、 ベ トナ ム 戦 争 世 代 の 台 頭 に あ る14)。 特 に ③ につ い て い え ば 、 第 二 次 世 界 大 戦 世 代 最 後 の 大 統 領 ブ ッ シ ュ の 敗 北 と、ベ トナ ム 戦 争 世 代 の ク リン トン の 当 選 とい う結 果 とな っ た1992年 大 統 領 選 挙 は重 要 な 転 換 点 だ っ た 。 そ の 後 、 ク リン トン が再 選 を果 た し、 再 び 第 二 次 世 界 大 戦 世 代 の 共 和 党 候 補 ドール(Robert Dole)が 敗 北 した 1996年 大 統 領 選 挙 に よ っ て 、 第 二 次 世 界 大 戦 世 代 の政 治 の 中枢 か らの 退 場 は 決 定 的 とな った 。 ベ トナ ム 戦 争 世 代 が政 治 の 中 心 に 据 わ る こ と は 、 大 統 領 の ベ トナ ム 戦 争 観 が 、 ア メ リカ 外 交 の 方 向 性 に多 大 な影 響 を及 ぼ す 政 治 環 境 が 現 出 した こ とを意 味 した 。 しか し、 第 二 次 世 界 大 戦 の 場 合 と は 異 な り、 次 章 で詳 述 す る よ うに 、 ベ トナ ム 戦 争 に つ い て の 反 省 ・教 訓 は 分 裂 状 態 に あ る。 候 補 者 が す べ てベ トナ ム 戦 争 世 代 で 占 め られ た2000年 大 統 領 選 挙 以 降 今 後 しば ら くは(ベ. トナ ム 戦 争. 世 代 が 退 場 す る ま で)、 ベ トナ ム を め ぐ る歴 史 論 争 が 現 代 の武 力 行 使 決 定 を め ぐ る論 議 の 中 に た び た び 顔 を 出 す こ とが 予 想 され る。. 3、 ベ トナ ム 戦 争 の 教 訓 ア メ リカ に とっ て 、 ベ トナ ム戦 争 の教 訓 とは 何 か 。 これ ま で さ ま ざ ま な 議 論 が な され て きた が 国 民 的 合 意 に は い た らず 、 む しろ 近 年、 現 実 政 治 と の結 び つ き を 一 層 強 め る こ とで 、 そ の 分 裂 状 態 が な か ば 固 定 化 され て い る よ うな 印 象 さえ うけ る。 レ コー ドは 、 ベ トナ ム 戦 争 の解 釈 を め ぐ る これ ま で の論 争 点 を以 下 の 七 つ の ポ イ ン トで 整 理 して い る。 ① ベ トナ ム 戦 争 へ の ア メ リカ の 軍 事 介 入 は 過 ち だ っ た。 ② ア メ リカ 側 の 政 策 決 定 者 は 、 ベ トナ ム 人 共 産 主 義 者 の 軍 事 的 な技 量 と政 治.

(6) 的 な 屈 強 さ を過 小 評 価 した 。 ③ 文 民 指 導 者 は 、 イ ン ドシ ナ で の 米 国 の 武 力 行 使 に 政 治 的 に 大 き な 制 約 を課 した(た だ し、 問 題 は 政 治 的 な 監 視 の 正 当性 で は な く、 大 統 領 が 課 した 具 体 的 な 個 々 の 制 約 の 正 当 性)。 ④ 非 共 産 主 義 独 立 国 家 と して の 南 ベ トナ ム の 維 持 、 とい うア メ リカ 側 の イ ン ド シ ナ に お け る 大 義 名 分 が 成 就 され な か っ た の は 、 完 全 な軍 事 的 壊 滅 状 態 で は な く、 敵 側 の辛 抱 強 さ とア メ リカ 側 が 戦 闘継 続 の 政 治 的 意 思 を喪 失 した こ と に よ る も の で あ っ た 。 ⑤ 米 国 が 介 入 した ベ トナ ム戦 争 は 、 基 本 的 に は ベ トナ ム 人 同 士 の 内 戦 だ った 。 ⑥1965年 の ベ トナ ム に は ヽ 米 国 に と っ て 死 活 的利 益 が 存 在 した 。 ⑦ ベ トナ ム 戦 争 は勝 利 で き た 。 レ コー ドに よれ ば 、① か ら⑥ に 関 し て 、 現 在 異 議 を唱 え る声 は ほ とん どな い 。 だ が 、⑦ に 関 して は 、 戦 争 を 内戦 と位 置 づ け 、 軍 事 的 ・政 治 的 ・道 義 的 い か な る 犠 牲 を払 っ て も ア メ リカ は 勝 利 で き な か っ た( 悲観 的 な 立 場(リ ベ ラル 派)と. unwinnable)と 解 釈 す る. 、 戦 争 は 国 家 間 戦 争 で あ り、 議 会 、 国 民 、 メデ ィア に よ る反 政 府. 的 行 為 が な け れ ば 、 米 国 は戦 争 に 勝 利 で き た(winnable)と 解 釈 す る 楽観 的 な 立 場(保 守 派)と の 対 立 に決 着 が つ い て い な い15)。 この 争 点 こそ が 、 ベ トナ ム論 争 の収 束 に 歯 止 め を か け る最 大 の ポ イ ン トで あ る。 こ の レ コー ド の 指 摘 を ベ ー ス に 、 歴 史 家 、 退 役 軍 人 、 政 治 家 に よ る従 来 の議 論 の 蓄 積 を重 ね 合 わ せ る と. 、(表. 2)に. 示 され る よ うな 、 歴 史 解 釈 とそ こか ら導 き 出 され る 理 想 の 軍 事 介 入 形 態 の 整 理 が 可 能 と な. る16)。. ベ トナ ム 戦 争 後 も 国 際 主 義 外 交 を 継 続 し た い 民 主 ・共 和 二 大 政 党 に と っ て は あ り え な か っ た 。 共 和 党 が 支 持 した の はc)の で あ り、 民 主 党 はa)の. 立 場(1996年. 立 場(1984年. の 出 口 戦 略 ドク ト リ ン)に. 、b)とd)の. 選 択肢. の ワ イ ン バ ー ガ ー ・ ドク ト リ ン) 立 っ た 。 両 者 を比 較 す る と、 そ.

(7) の 違 い は 、 死 活 的 国 益 の 定 義 の み で あ り 、 「ク イ ッ ク ・コ ス ト レ ス ・ウ ォ ー(=短 犠 牲 の 少 な い 戦 争)」 を 志 向 す る 点 で は 共 通 認 識 が あ っ た(米. 期 で 終 結 す る、. 兵 展 開期 間八年 、米兵 死者 五 万八. 千 と い う 、 ベ トナ ム 戦 争 の 数 字 に 接 近 し な い と い う意 識)17)。 ち な み に 、1995年. 、 ベ トナ ム 戦 争. 政 策 を 中 心 に 執 筆 し た 『回 顧 録 』 を 出 版 し 、 大 論 争 を 巻 き 起 こ し た マ ク ナ マ ラ 元 国 防 長 官 に よ る 教 訓 はa)の. 分 類 に 属 す る18)。. こ う した 政 府 の 慎 重 姿 勢 に 影 響 を 与 え る直 接 の 要 因 は 、 国 内 世 論 、 と りわ け ア メ リカ社 会 に残 存する. 「ベ トナ ム 症 候 群 」 の 存 在 で あ る 。 近 年 、 政 府 に よ る 一 連 の. 「ク イ ッ ク ・コ ス ト レ ス ・ウ. ォ ー 」 の 成 果 の 積 み 重 ね に よ っ て 、 「ベ トナ ム 症 候 群 」 の 性 格 は 、 か つ て の ラ ジ カ ル な 反 戦 的 性 格 か ら 、 よ り選 択 的 か つ 保 守 的 な 性 格 に 変 貌 し て い る19)。 米 兵 戦 死 者 の 増 加 と 世 論 の 反 応 に つ い て は 、 近 年 、 次 の よ うな 指 摘 も あ る 。 ラ ン ド研 究 所 の ラ ー ソ ン(Eric V. Larson)に. よれ ば 、 ア メ リ. カ 国 民 は 、 米 兵 戦 死 者 、 戦 争 目的 の 重 要 性 、 成 功 確 率 と い う三 つ の 要 素 か ら 、 政 府 の 戦 争 政 策 を 判 断 して お り、 戦 争 目的 の 正 当性 に 疑 念 を抱 か せ ず 、 しか も楽 観 的 な 戦 況 の 見 通 しが 可 能 な 戦 争 の 場 合 、 ア メ リカ 国 民 は 、 闇 雲 に 米 兵 犠 牲 者 の 増 加 に 拒 絶 反 応 を 示 す こ とは な い 、 と主 張 す る。 ケ ン タ ッ キ ー 大 学 助 教 授 の デ ス チ(Michael Huntington)が1950年. Desch)は. 、 か つ て 政 治 学 者 ハ ン テ ィ ン ト ン(Samuel. 代 後 半 に 提 示 し た 政 治 思 想 の 類 型(表3)を. 、 ク リ ン トン政 権 の 人 道 的 介 入. に 関す る世 論 分 析 に援 用 し、 現 代 ア メ リカ 人 の 武 力 介 入 に 対 す る姿 勢 は 、 政 府 の レ トリ ッ クや マ ス コ ミ報 道 に そ れ ほ ど影 響 を 受 け な い. 4、. 「リ ア ル コ ン(rea1-con)」. の 立 場 に あ る と指 摘 し て い る20)。. ブ ッ シ ュ 政 権 と戦 争 の 記 憶. 2001年. に 就 任 し た 共 和 党 の ブ ッ シ ュ(George. W.. Bush)は. 、 前 任 の ク リ ン トン 同 様 、 ベ トナ ム の. 従 軍 経 験 は な い が 、 ベ トナ ム 戦 争 世 代 の 大 統 領 で あ る 。2000年8月. に 開 催 され た 共 和 党 大 会 に て 、.

(8) ブ ッシュは 「 ベ トナ ム 戦 争 に よ っ て 影 響 を うけ た 世 代 は 、 ベ トナ ム戦 争 の 教 訓 を思 い 出す 必 要 が あ る。 ア メ リカ が 世 界 で 力 を行 使 す る場 合 、 正 当 な 大 儀 名 文 が な けれ ば な らな い し、 戦 争 目的 も 明確 で あ る 必 要 が あ る し、 圧 倒 的 な勝 利 が 得 られ な けれ ば な らな い 」 と保 守 派 の ベ トナ ム 教 訓 を 披 露 した 。 ク リン トン 時 代 の 人 道 的 介 入 とい う リベ ラル 色 濃 い 武 力 行 使 の あ りか た を嫌っ た ブ ッ シ ュ は 、 そ の 後 、 こ の演 説 内容 を証 明 す る か の よ うに 、 ワイ ン バ ー ガ ー ・ ドク トリ ンの 継 承 者 で あ るパ ウエ ル(Collin Powell)を 国 務 長 官 に着 任 させ た 。 しか し、 就 任 当初 は 、 差 し迫 っ た 国 際 危 機 は 存 在 せ ず 、 ブ ッシ ュ政 権 の ベ トナ ム 教 訓 が 試 され る機 会 は な か っ た。 転 機 は ま も な く訪 れ た。 9・11同 時 多 発 テ ロ事 件(2001年)で. あ る。. 9・11事 件 は米 国 民 に 「 真 珠 湾 」 の 記 憶 を 呼 び 起 こ し、 そ の 結 果 、 「 対 テ ロ戦 争 」 の 大 義 名 分 の も と、9・11事. 件 の 主 犯 と され る テ ロ組 織 アル カ イ ダ を壊 滅 す る た め 、 ブ ッ シ ュ政 権 は2001年. 10月 ア フ ガ ニ ス タ ン戦 争 を 開 始 、2003年3月. に は 、 ア ル カ イ ダ との 関係 が 噂 され る フセ イ ン政 権. を打 倒 す る た め イ ラ ク戦 争 を 開 始 した 。 9・11事 件 か ら一 ヵ月 後 の2001年10月11日. 、 ブ ッ シ ュ は 、 ア メ リカ が 遂 行 す る 「 対 テ ロ戦 争 」. の 特 異 性 ・新 奇 性 を 国 民 に 理 解 させ 、 支 持 を確 保 す るた め に 、 歴 史 の 記 憶 に 依 拠 した。 「 最 も偉 大 な 世 代 は 、 海 岸 塗 を強 襲 す る こ とに慣 れ て い る。 私 の よ うなベ ビー ブ ー マ ー は 、 軍 人 よ り も政 治 家 が 戦 争 決 定 を 下 して い たベ トナ ム の 泥 沼 に は ま る こ と に な じみ が あ る。X世 代 は テ レ ビ画 面 の 軍 事 技 術 の 映 像 を見 る こ とが で き た。 しか し、 この 戦 争 は 、 これ ら と は異 な る心 理 を必 要 とす る異 な っ た類 の 戦 争 で あ る。」 ア フガ ニ ス タ ン 戦 争 とい う政 権 に と って 初 め て の 戦 争 を 経 験 した 後 、 ブ ッシ ュ は この 戦 争 が保 守 派 の ベ トナ ム戦 争 教 訓 に 従 っ て 遂 行 され た こ とを 明 らか に した。 「 私 は ベ トナ ム か らい くつ か の 良 い 経 験 を学 ん だ 。 第 一 に 、 任 務 は 明 確 で あ るべ き で あ る。 第 二 に 、 政 治 は 戦 闘行 為 に 関 与 す べ き で は な い 。 ベ トナ ム 戦 争 の 時 は 政 治 の 関 与 が 大 きす ぎ た 。 ホ ワイ トハ ウス で は 、 政 治 的 な 立 場 を懸 念 す る声 が あ ま りに 多 か っ た 。 私 は トミー ・フ ラ ン ク ス(Tommy  Franks)将 軍 に 多 大 な 信 頼 を 寄 せ て い る し、 この 戦 争 の 遂 行 の 仕 方 に 大 き な 自信 を も っ て い る。 私 は 、 派 兵 の 是 非 や 仕 方 につ い て 、 国 防 長 官 が トミー の 判 断 を 頼 りに して い る の と 同 じ よ うに 、 彼 に 頼 っ て い る 。」(2002 年3月13日. 記 者 会 見)。. しか し、 表 立 っ て は 、 ブ ッ シ ュ は 、 戦 争 政 策 へ の 国 民 の 支 持 を と りつ け るた め 、 第 二 次 世 界 大 戦 の 言 説 を 多 用 した。 彼 は9・11事. 件 を 「21世紀 の 真 珠 湾 」 と位 置 づ け、 ま た ア ル カ イ ダ らテ ロ. リス トた ち を 「フ ァ シ ズ ム の 末 裔 」 と非 難 した。 結 局 、 ア フ ガ ニ ス タ ン戦 争 は 、 タ リバ ン政 権 崩 壊 を も っ て 「クイ ッ ク ・コ ス トレス ・ウォ ー 」 の 最 新 例 とな っ た こ と も あ り、 国 民 の 問 の 「 ベ ト ナ ム 症 候 群 」 の 発 現 は 抑 制 され た21)。 2003年3月. に 発 生 したイ ラ ク戦 争 は 、 フセ イ ン政 権 崩 壊 ま で は ア フ ガ ン戦 争 同 様 「クイ ッ ク ・. コス トレス ・ウ ォ ー 」 の再 現 で あ った が 、5月1日. の戦 闘終結 宣言以降 も、イ ラク国 内の治安 は.

(9) 回 復 せ ず 、 メ デ ィア で は イ ラ ク の 「 ベ トナ ム化 」 を 懸 念 す る声 が 出 始 め て い る22)。他 方 、 ブ ッシ ュ は 、 懸 念 され る イ ラ ク の 国 家 建 設 の 将 来 に つ い て 、 「わ れ わ れ は す で に こ の 仕 事 を な し と げ た こ とが あ る。 第 二 次 世 界 大 戦 後 、 わ れ わ れ は 日独 とい う敗 戦 国 民 を 元 気 づ かせ 、彼 らが 代 表 す る 政 府 をつ く りあ げ た 際 、 わ れ わ れ は 彼 ら の そ ば に つ い て い た の だ 」(2003年9月8日)と. 第 二次. 世 界 大 戦 の 類 推 を 引 き 合 い に 、 国 民 の 不 安 を 払 拭 しよ うと して い る。 こ う して み る と 、 ク リ ン ト ン 前 政 権 同 様 、 二 つ の 戦 争 の 記 憶 の 姿 が ブ ッ シ ュ 政 権 の 戦 争 政 策 の周 辺 で認 知 で き 、今 後 の イ ラ ク 戦 の状 況 しだ い で は 、 前 政 権 同 様 、 政 策 を め ぐ っ て 二 つ の 記 憶 の 対 立 が 生 まれ る 可能 性 が あ る とい え る。. むす びにか えて ア メ リカ 政 府 の 武 力 行 使 決 定 は 、 今 後 も過 去 の 戦 争 の記 憶 と、 そ こ か ら導 き 出 され る政 治 信 条 と して の 戦 争 の 教 訓 に よ っ て 影 響 され 続 け る で あ ろ う。 最 後 に 、 こ う した戦 争 の記 憶 に依 拠 した ア メ リカ 外 交 の 陥 穽 を指 摘 して お く。 第 一 に 、 米 ソ冷 戦 の 終 結 に よ って 、 ア メ リカ に と っ て 直 接 核 戦 争 に 繋 が る よ うな 「 今 そ こに あ る危 機(clear  and  present  danger)」 は 消 滅 し(=「. 必 然 の 戦 争(war by  necessity)」の 消 滅)、 人 道 的. 介 入 や 対 テ ロ紛 争 な ど 「 選 択 の 戦 争(war by choice)」 に か か わ る ケ ー ス が 主 流 と な っ て い る。 そ の た め 、 国 民 を説 得 す る有 効 な レ トリ ッ ク と して 、 戦 争 の 記 憶 が利 用 され る傾 向 は今 後 も続 く で あ ろ う。 だ が 、 そ の こ とが 、 これ ま で に な く不 必 要 な 他 国 へ の 内 政 干 渉 を助 長 す る側 面 が あ る こ と を無 視 で き な い 。 今 回 の ア メ リカ の イ ラ ク攻 撃 は そ の 典 型 で あ り、 憂 慮 され る。 第 二 に 、 ア メ リカ 外 交 が 、 自国 の 戦 争 経 験 か らの 教 訓 に 固 執 す る あま り、 他 国 の 経 験(特. に失. 敗 例)を 軽 視 す る危 険 性 で あ る。 イ ラ ク に 関 して は 、1920年 代 に この 地 を 支 配 して い た イ ギ リス の 経 験 か ら学 ぶ べ き との 声 も あ る23)。か つ て ア メ リカ は ベ トナ ム戦 争 で 、 イ ン ドシナ の 旧 宗 主 国 の フ ラ ン ス の 警 告 を無 視 して 、 戦 争 拡 大 の 道 を 歩 ん だ 経 験 が あ る。 一 国 主 義 的 な 教 訓 理 解 をや め 、 他 国 が 得 た 教 訓 に耳 を傾 け る こ とが で き れ ば 、 無 用 な悲 劇 を 回避 す る こ とが で き るか も しれ な い 。 第 三 に 、 ベ トナ ム 戦 争 の 教 訓 に 基 づ い た 「クイ ッ ク ・コ ス トレス ・ウォ ー 」 の虚 構 性 で あ る。 軍 事 技 術 の 著 しい 進 歩 に よ っ て そ れ が 可 能 に な っ た か にみ え る が 、 ベ トナ ム戦 争 以 降 の ア メ リカ の 軍 事 介 入 に お け る米 兵 戦 死 者 の著 しい 減 少 が 、 敵 国 の 民 間 人 犠 牲 者 の 減 少 に つ な が っ て い な い 、 む し ろ増 加 の 傾 向 に あ る 点 が 気 に な る24)。ブ ッシ ュ政 権 は 、 イ ラ ク戦 争 に 関 して 、 敵 兵 の 「ボ デ ィ ・カ ウ ン ト」 を しな い 方 針 を 固 め て い る が 、 ア メ リカ 国 民 は 、 民 間 団体 「 イ ラ ク ・ボ デ ィ ・カ ウ ン ト」 に よ る ホ ー ム ぺ 一 ジ か らイ ラ ク 国 民 の 犠 牲 を伺 い しる こ と が で き る25)。イ ラ ク の 国 家 「 再 」 建 設 が 成 功 す る に は 、ベ トナ ム戦 争 同 様 、 イ ラ ク の 「 民 心 を掌 握 す る こ と(winning hearts and minds)」 に あ る こ と は い うま で も な い 。.

(10) (注) 1)Roland  2)ア. Paris,"Kosovo . ー ネ ス. and the Metaphor . ト ・ メ イ(進. 藤 榮 一 訳)『. War,"Political . Science  Quarterly . Vol.117,2002.. 歴 史 の 教 訓 一 ア メ リ カ 外 交 は ど う 作 ら れ た か 』 岩 波 現 代 文 庫 、2004. 年 。 3)Jeffrey . Record,  Making . Kosovo(Annapolis, 4)藤. 原 帰 一. 5)Robert. Maryland:. Vol.26, Pei, "The. 7)Donald. M.. 8)拙. Paradox. Snow. and. Kearns,. 11)George. Bush. Lyndon and. Brent. 13)Record,. Vietnam,  and  Presidential Uses of Force from. Korea. to. The. ト と 現 在 』 講 談 社 現 代 新 書 、2001年. Vietnam. War. and. American. 、151ー152頁. Society,. 。. 1975-2001,"Diplomatic. p.163. Nationalism,". Drew,. From. edition(New 『ベ. York:. Foreign. Lexington M.E.. Policy,. May. to Desert. Sharpe,. 2003.. Storm. and. Beyond:. War. and. Politics. and. ト ル ー マ ン 回 顧 録 』 恒 文 社 、1992年. the American. Scowcroft,. A World. Dream. (London:. Transformed. in the. 2000),pp.297-301.. トナ ム 症 候 群 の 位 相 』」 『史 潮 』 新53号(2003年5月)、6一8頁. 江 芳 孝 訳)『. Johnson. 稿 、 前 掲 、13頁. Memory:. Dennis M.. ・ トル ー マ ン(堀. 10)Doris. ・ホ ロ コ ー ス. of American. 2nd. History:  Munich, . Institute Press,2002},p.3.. 2002,. 「世 紀 転 換 期 に お け る. リー. 12)拙. Spring. Experience,. 稿. 9)ハ. "Contested. No.2,. 6)Minxin. American. Naval. 『戦 争 を 記 憶 す る 一 広 島. J. McMahon,. History,. War,  Thinking . (New. Andre. York:. 、235頁. Deutsch,. Alfred. A.. 。. 。. 1976),pp.251-253.. Knopf,. 1998),p.303.. 。. op.cit.,p.33,・. 14)Ibid.,p.8. 15)Ibid.,pp.19-26. 16)Robert. J. McMahon,. "U.S.-Vietnamese. Passage:. The. Columbia. University. 17)拙. Study. of American-East Press,. 稿 、 前 掲 、8-12頁. 18)ロ. バ ー. 19)Robert. Historiographical. Relations. on. the. Survey,". Eve. of. 晃 訳)『. C. Desch,. "Whose. 一ベ. `Vietnam. トナ ム 戦 争 の 悲 劇 を 繰 Symdcome'?,". "Liberals', Neocons,. 21)拙. 稿 、 前 掲 、17-21頁. 22)例. え ばJonathan. 23)Niall 24)拙. Ferguson,. 25)Iraq. Body. I. Cohen. ed.,. Century. (New. Pacific York:. and .Real. 。 ロバ ー. ト ・マ ク ナ マ ラ. り 返 さ な い た め に 』 共 同 通 信 社 、2003年. Opinion. Journal. from. 。. the Wall Street Journal Editorial Page 7,2003.. Cons,"Orbis(Fall.2000):. 。. Alter, "The "The. 稿 、 前 掲 、22頁. Twenty-First. マ ク ナ マ ラ 回 顧 録 』 共 同 通 信 社 、1997年. (http//www.opinionjournal.com/forms/printThis.html?id=110003304),Aprrl 20)Michael. the. Warren. 。. 果 て しな き論 争. L. Bartley,. Asian. A. 199b).. ト ・ マ ク ナ マ ラ(仲. (仲 晃 訳)『. Relations:. Last. Rea1. Echoes. From. Iraqi Insurgency,". Vietnam,°'Newsweek,April. New. York. Times;. April. 14, 2003.. 18;2004,. 。. Count(http://www.iraqbodycount.net/)一. (追 記) 本 稿 は 、2003年9月21日 「ア メ リ カ の 戦 争 」 再 考)に る 記憶」"を とお. 加 筆. 、 南 μ」大 学 で 開 催 さ れ た 第28回 て 発 表 され た報 告 文. 「WWII・. ア メ リ カ 史 研 究 者 夏 期 セ ミ ナ ー(シ ベ. トナ ム. ・イ ラ ク ー. ン ポ ジ ウ ムII. 『ア メ リ カ の 戦 争 』 に お け. ・修 正 し た も の で あ る 。 シ ン ポ ジ ウ ム は 平 田 の 提 案 に よ っ て 企 画 さ れ た 。 他 の 参 加 者 は 次 の. り で あ る 。 報 告 者:菅. 英 輝(九. 州 大 学)「. 「ア メ リ カ の 対 テ ロ 戦 争 と 米 比 関 係 」、 浅 野. ア メ リ カ の 戦 争 と 世 界 秩 序 形 成1、. 一 弘(札. 幌 大 学)「. 伊 藤 裕 子(亜. 細 亜 大 学). ブ ッ シ ュ大 統 領 と湾 岸 戦 争 一 日米 関係 の 文 脈.

(11) に お い て 」、 討 論 者:大. 津 留(北 川)智. 恵 子(関. 西 大 学)、 河 内 信 幸(中. 部 大学)、 司 会:松. 岡 完(筑. 波 大 学)。. 以 下 は 、 そ の際 の パ ン フ レ ッ トに 掲 載 され た 趣 旨 文 の 転 記 で あ る。. 今 「ア メ リカ の 戦 争 」 に よ っ て 、 これ ま で の 国 際 秩 序 の 様 相 、 国 際 レジ ー ム の規 範 が 大 き く変 え られ よ う と して い ます 。 ア フ ガ ニ ス タ ンの タ リバ ン 政 権 、 そ して イ ラ ク の フセ イ ン 政 権 を 「除 去 」 した 現 ブ ッシ ュ 共 和 党 政 権 に よ る 二 つ の 「ア メ リカ の 戦 争 」 の 発 生 に よ っ て 、 わ た した ち は 先 の9・11事 件 が ア メ リカ 外 交 に 及 ぼ した 直接 的 な 影 響 力 の 大 き さ と根 の深 さ を 実感 しま した 。 先 制 攻 撃 に よ る テ ロ支 援 国 家 の 転 覆 を 図 る と い う、 い わ ゆ る 「ブ ッ シ ュ ・ ドク トリ ン」 が 、 米 国 民 に強 く支 持 され る 背 景 と して は 、9・11事 件 に よ る 自 国 民 の犠 牲 に対 す る 報 復 、 あ る い は将 来 起 こ り うる第 二 、 第 三 の9・11事 件 の 発 生 を未 然 に 防 ぎ た い 自衛 と い う国 民 心 理 が 強 く働 い て い る こ とは 明 らか です 。 最 近 の 世 論 調 査 の結 果 で も 、 事 件 直 後 に 見 られ た よ うな 愛 国 主 義 的 な 一 枚 岩 の 熱 狂 が 冷 め た と は い え 、依 然 過 半 数 以 上 の 米 国 民 が ブ ッシ ュ政 権 の 「 対 テ ロ戦 争 」 政 策 を 支 持 して い ま す 。 9・11事 件 発 生 以 前 か らす で に進 行 して い た 事 実 、 つ ま り冷 戦 終 焉 後 の ア メ リカ へ の相 対 的 な 「 力 」の集 中 、 政 治 の 中 枢 にお け るネ ネ コ ン派 の 存 在 、 ハ イ テ ク軍 事 技 術 の 進 歩etc・ ・そ の よ うな 要 素 が 、 上 記 の 草 の 根 の 感 情 に後 押 し され る形 で 、 ブ ッシ ュ 政 権 の 世 界 戦 略 の 中身 が 形 成 され て い る の で し ょ う。 し か し、 「ア メ リカ の 戦 争 」 の 最 新 版 で あ る先 の 第 二 次 湾 岸(イ. ラ ク)戦 争 政 策 に 見 られ た 、 あ ま り に傍若 無 人 、 あ ま り. に 露 骨 な 「力 」 一 辺 倒 の ア メ リカ 外 交 の 姿 に 「そ れ に して も 一 体 なぜ?」. とい う疑 問 を 呈 さ ざ る を え な い の. です 。 ア メ リカ と戦 争 との 関係 は 何 も今 に は じま っ た こ とで は あ りま せ ん。 す で に み な さま ご承 知 の よ うに 、 独 立 戦 争 か ら第 二 次 湾 岸(イ. ラ ク)戦 争 ま で 、 これ ま で ア メ リカ は 大 小 幾 多 の 戦 争 を経 験 して き ま した 。 そ し. て ア メ リカ と い う国 家 の 形 成 ・変 容 ・発 展 の歴 史 を ふ りか え っ た とき 、 そ の節 目節 目に 必 ず とい っ て い い ほ ど大 き な 戦 争 が 介 在 して き ま した 。 ア メ リカ外 交 を 、 現 実 主 義 的 な 「(影響)力 普 遍 「原 則(原. 」 の 行 使 と、 理 想 主 義 的 な. 理)」 の 適 用 と い う二 要 素 の 混 合 体 と と らえ る な ら ば 、 軍 事 力 と い う 「 力 」 は 、 ア メ リカ 的. な民主 主義 「 原 則 」 の 追 及(=非. ア メ リカ 的 な 価 値 観 の 排 除)を 最 も強 制 的 に 行 う対 外 政 策 上 の 「必 要 悪 」. の 手 段 と して 考 え られ て きま した。 第 二 次 世 界 大 戦 へ の参 戦 を契 機 に 、 ア メ リカ は 国 際 秩 序 を 管 理 す る覇 権 国 の 主 要 な 一 国 とな り、 ア メ リカ 外 交 は 孤 立 主 義 か ら 国 際 主 義 へ と大 き な 転 換 を遂 げ ま ず が 、 そ の こ と は 同 時 に 「ア メ リカ の 戦 争 」 の 大 き な 質 的 転 換 を意 味 しま した 。 冷 戦 時 代 が 到 来 し、 反 共 封 じ込 め とい う大 儀 名 文 の も と、 ア メ リカ は 、CIA・ 国 防 省 ・国 家 安 全 保 障 会 議 の設 立 、 同 盟 ・援 助 網 の 世 界 大 の 拡 大 な ど 、 平 時 の安 全 保 障 ・危 機 管 理 体 制 、 い わ ゆる 「 ナ シ ョナ ル ・セ キ ュ リテ ィ ー ・ス テ イ ト」 の構 築 にエ ネ ル ギ ー を そ そ ぎ ま し た。 そ の よ うな政 府 の 政 策 に よ っ て 、 「ア メ リカ の戦 争 」 は 、 従 来 の ど ち らか とい え ば 受 動 的 で場 当 た り的 な性 格 か ら、 よ り主 体 的 で 用 意 周 到 な性 格 へ と変 貌 を 遂 げ 、 そ の 基 本 線 は 今 日の 「 ア メ リカ の 戦 争 」 に も継 承 され て い る とい え ま す(9・11後. の愛国者 法の制 定、 国土安全保 障省 の設置 は 「 反 テ ロ」 を 大 義 名 分 とす る 「ナ シ ョナ ル ・セ キ. ュ リテ ィ ー ・ス テ イ ト」 再 編 ・強 化 の流 れ)。 今 後 、 現 政 権 の 過 剰 な 「対 テ ロ戦 争 」 政 策 に 対 す る 何 らか の政 治 的 な ゆ り も ど しが 生 じ、 「ア メ リカ ン ・ シ ス テ ム が 健 全 に機 能 した の だ 」 とい え る時 期 が く る の か も しれ ませ ん が 、 た だ そ の場 合 で も現 政 権 が 敷 い た 新 た な 外 交 路 線 とま った く対 極 に あ る よ うな ラ デ ィ カ ル な変 化 は の ぞ め そ うに あ りま せ ん。 ま た そ の 際 、 一 時 的 に ア メ リカ 政 府 が 「 悪 い こ とを した 」 と過 去 の行 為 を反 省 した と して 、 国 際社 会 の と りわ け 国 家 間 関 係 に お い て あ る 種 の 手 打 ち が 行 わ れ た と して も 、 「ア メ リカ の 戦 争 」 に よ る 直 接 の被 害 ・犠 牲 を 被 っ た 無 辜 の 民 衆 に とっ て は 、今 後 、 ア メ リカ は 「招 か れ た 帝 国 」 か ら、 ます ま す 「 招 か れ ざ る 帝 国」 の イ メ ー ジ を 強 め る こ とに な る で し ょ う。.

(12) 本 シ ン ポ ジ ウム の タ イ トル に 関 して 「ア メ リカ と戦 争 」 で は な く 「ア メ リ カの 戦 争 」 と呼 称 す る意 味 あ い は 、 戦 争 を 形 成 す る さ ま ざま な要 因 が 考 え られ る 中 で 、 本 質 的 に は 、 ア メ リカ 人 特 有 の 国 民 意 識(ナ リ ズ ム)、 ア メ リカ 的 な 世 界 観 や 戦 争(安. 全 保 障)観. シ ョナ. が 、 ア メ リカ が 関 与 す る 戦 争 の性 格 に 多 大 な 影 響 を 与. え て い る との 認 識 に よ る も の で す 。 現 状 の 問題 を短 期 的 に と ら え る と、 そ の 見 通 しの暗 さに 誠 に 気 が 滅 入 っ て しま うわ け で す が 、 こ こ は 長 期 的 な歴 史 の パ ー スぺ クテ ィ ブ の 中 に 「ア メ リカ の 戦 争 」 をお き 、 戦 争 に 関 す る ア メ リカ 的 な 論 理 と行 動 の パ タ ー ン を 今 一 度 洗 い な お す こ とに よ っ て 、 「ア メ リカ の 戦 争 」 を頭 ご な し に嫌 悪 ・否 定 す るの で は な く、 「ア メ リカ の 戦 争 」 を推 進 す る 多 数 派 の 思 考枠 組 に い わ ば の る 形 で 、 逆 に 彼 らの 主 戦 心 理 を 抑 制 す る何 らか の ヒ ン トが み つ か ら な い もの か と、 そ の よ うな 趣 旨 で 本 シ ン ポ ジ ウム を開 催 す る しだ い で あ ります 。(文 責:平. 田雅 己).

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増えたことである。トルコ政府が 2015 年に国内で拘束した外国人戦闘員は 913 人で あったが、最も多かったのは中国人の 324 人、次いでロシア人の 99 人、 3 番目はパレ スチナ人の

  もう一つ、韓国の社会科学に大きな衝撃を与えた出版物が1981年にアメリカで現れ

現代の企業は,少なくとも目本とアメリカ合衆国においては,その目標と戦略

︻史料6︼ 明応五 十二 十七内談 此子細、白頭人依承之'談合也、