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国民総幸福に基づく地域幸福度指数作成の問題点について-わが国における国民総幸福研究の実態調査-: 沖縄地域学リポジトリ

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Author(s)

村上, 敬進

Citation

沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL

OF LAW & ECONOMICS(16): 87-99

Issue Date

2011-11-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/9611

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沖縄大学法経学部紀要第16号 【資料】

国民総幸福に基づく地域幸福度指数作成の問題点について

一わが国における国民総幸福研究の実態調査一

OntheProblemsformakingtheIndexofRegionalHappinessBasedonGrossNationalHappiness 村 上 敬 進 * AkinobuMURAKAMI 専 門 分 野 : 景 気 循 環 論 、 金 融 論 キーワード:幸福度関数、幸福度指数、幸福のパラドックス、地域政策 1 は じ め に ブータンの国民総幸福の考え方は、そのわかりやすさから、経済学及び市場経済に疑念を持つ 人を中心に、日本で根強く支持されている。しかし、標準的な経済学者は、幸福度に関する研究 論文の中でブータンについて言及することは少ない。先駆的な試みとして取り上げる場合は勿論 あるが、論文の脚注やイントロダクションなどで言及するに留まる'・ 標準的な経済学者はとりあわない国民総幸福の概念であるが、経済成長はもう十分であり国民 や地域住民の幸せを第一に考えるべきだという主張は、わかりやすい上に現在の経済体制に疑念 を持っている人にとって受け入れやすいため、標準的な経済学者以外の人の中にはブータンの思 想に感化される場合もあるようである。例えば、ブータンの国民総幸福の考え方をヒントに地域 版幸福度指数を作成しようという動きが一部に存在する。東京都荒川区では荒川区民総幸福度 の作成を試みている2.更に野心的な取り組みとして、最近誕生した日本GNH学会がある。日 本GNH学会役員の中の3名は、所属している大学を中心にして、文部科学省のGP(Good Practice)を利用し、各大学所在県(4大学4都道県)でブータンの考え方に忠実に地域版国民総幸 福を作成し、地域政策に利用しようと計画している3.また、大学教員の中でブータンの思想に共 鳴した人の中には、市場経済及び経済学の批判を何度かしている教員もいるようである4. 以上のような状況を間近で体験した筆者は、わが国における幸福度研究が混迷しないかと危機 感を抱いている。また、上述したように大学の教育事業と関わりのある研究も存在するようであ り、大学の教育の質にも影響を及ぼしかねない状況である。そこで筆者は、ブータンの国民総幸 福に関する理論研究及び実証研究が、わが国においてどのように行われ、どのレベルでどの程度 存在するのか明らかにしようと考えた。まず、わが国において発行されている論文を調査するた めに、CiNiiで検索を行った。この検索の限りでは、ブータンや国民総幸福に関する先行研究の殆 どは厳密な学術論文というよりも思想に共鳴したことを記述する評論文が多かった5.そのため、

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ひとまず標準的な経済学の分野の先行研究に基づき幸福度研究に関する学問上の問題を整理し、 その知見に基づき数少ないわが国の国民総幸福研究を評価することにした。 拙稿の目的は、ブータンの国民総幸福の考え方及びこの考え方に忠実に基づく地域幸福度指数 の作成は科学的根拠に乏しいことを、先行研究を用いて明らかにすることである。また、先述し たとおり、拙稿のテーマは大学教育の質にかかわる問題でもあるために、一般に膳炎される必要 がある。そのため、学部生でも読むことが可能なレベルを拙稿は目指した。 なお、学部生でも理解できるように問題点を整理することが拙稿の目的であるために、拙稿の 主要参考文献2本(筒井(2009)および富岡(2010))は日本語で一般に出版されているもの、ネッ ト上で誰でもダウンロード可能なものに限定している。更に、拙稿はこの2本の論文に多くの内 容を負っていることを付言したい。より詳しく勉強したい読者は、この2本の論文を契機に更な る勉強をして欲しい。 本稿の構成は以下の通りである。第2節では幸福度は何で決まるのかを調査する際の諸問題を 整理し、わが国の国民総幸福研究の問題点を考える。第3節では、幸福度を地域の政策評価に用 いる際の重要な諸問題を指摘し、ブータンの考え方に忠実に地域幸福度指数を作成する際の数々 の問題点を分析する。第4節では、経済学における幸福度研究とブータンの国民総幸福研究の違 い、世界各国・各機関の幸福度指数とブータンの国民総幸福の違いを明らかにする。第5節では、 国民総幸福の支持者が、国民総幸福が正しいことを示すための根拠にしている幸福のパラドック スについて、パラドックス発生原因の先行研究、幸福のパラドックスを否定する最新の先行研究 を紹介する。第6節が本稿の結論である。最後の補論ではブータンにおけるアンケート調査を紹 介する。 2幸福度は何で決まるかを調査する際の重要な諸問題 2−1幸福度研究では何を測定しているのか?一因果関係と相関関係一 モデルの外で決定される変数を外生変数と呼び、モデルの中で決定される変数を内生変数と呼 ぶ。例えば、消費と余暇から効用6を得る効用関数で効用最大化モデルを考える場合、内生変数は 消費量と余暇量であり、外生変数は、所得、価格、賃金である。需要曲線と供給曲線のモデルに おける内生変数は価格と取引量であり、外生変数はその他の財の価格、噌好、所得、期待などで ある。このような理論モデル(例えば効用最大化モデル)を前提とすれば、パラメータの変化(与 件の変化)という原因から効用の変化(結果)が計算できるのである。 一方、多くの幸福度研究では、幸福度を消費、余暇などに手当たり次第回帰して、消費や余暇 の係数を推計している。そして係数の符号、大きさ、統計量などから余暇が多い社会は幸福であ る…などの結論を出すのである。では、推計された係数は何を意味しているのか。説明変数が内 生変数の場合、統計学的に有意な相関関係が得られても原因と結果の関係にはならない。結果と して得られた変数間の相関を示すものであると通常は考える。 サンプルとして採取した幸福度の母集団が不変である限りは、この回帰式は、幸福度の予想に 有効であろう。しかし、外生変数(与件)が変化すれば内生変数も変化するために幸福度の水準も 変わってしまう。それ故、根幹の部分である因果関係が解明できなければ研究者は幸福度の変 化について正しく予測することができない。 − 8 8 −

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沖縄大学法経学部紀要第16号 一般に、右辺の説明変数が原因であり左辺の被説明変数が結果であると解釈するためには、説 明変数は(内生変数ではなく)外生変数である必要がある。幸福度が何によって規定されるのかを 研究するために、簡単に様々な変数と幸福度を回帰した論文が散見されるが、ほとんどの幸福度 の研究者は、因果関係の構造モデル(先の例では、効用最大化モデル)を前提として実証研究を 行っていないため、得られた回帰式を因果関係だと主張することは難しい。 わが国の国民総幸福に関する先行研究では、上記の問題をどのように取り扱っているか調査し てみた。平山(2008)によると、ブータンでは国民の幸福度を高めるために4つの柱が提案され、 4つの柱の下で具体的に9つのGNH指標が検討の対象になっている7.その中には生活水準(衣 食住の消費)、時間の使い方、などがある。これらの変数は内生変数であると考えられるために、 国民総幸福の支持者は、これらの変数の外生性について説明する必要があるであろう。念のため に日本GNH学会役員の各大学での報告書・ウエブページ等も調査したが、説明変数の外生性に ついて議論した形跡は確認できなかった。それ以前の問題として、幸福度と9つの指標の相関関 係を確認している実証研究が存在しなかった。幸福度と9つの指標の間の因果関係は、彼らの主 張だけでは証明されていないであろう8。ちなみに、経済学の分野では、変数の外生‘性の問題を考 慮して幸福度の実証研究をしている論文が存在する。富岡(2010)で紹介されている論文を参照さ れたい。 ブータンでは国民総幸福の策定の際に指標化の目的の1つとして、指標の政策利用を挙げてい る。適切な政策を行うためには、社会経済の因果関係のメカニズムを把握する必要がある。一般 に、因果関係を把握するためには説明変数の外生的な変化が必要である。そのためには、何らか の理論モデルを前提に議論しなければならない。理論モデルを前提としない限り、ある2変数の 間に統計学的に有意な正の相関関係が確認されても、変数間に因果関係が存在するとは断定でき ないのである。理論モデルを前提としないブータンの国民総幸福の考え方では、政策提言をする ために必要な幸福度と各変数の因果関係を特定することは困難であろう。 2−2幸福度関数の理論的根拠が存在しないこと 既に解説したように、幸福度関数の理論的根拠が存在しない。したがって、まずは理論体系の 構築に全力を傾注すべきであるが、わが国における国民総幸福の研究論文は、ブータンの考え方 をそのまま輸入して国民の幸福度に影響を与えそうな要因を抜出し、論評しているものが多い。 ブータンの教えを社会科学者として検証する論文は存在しない。一方で、経済学の分野では、幸 福度関数の理論的基礎の構築に取り組んでいる。本稿の主要参考文献を参照されたい。 3幸福度を地域の政策評価に用いる際の重要な諸問題 3−1−時点の幸福度を比較し各地域を評価することに合理的根拠はない 筒井(2009)に説明されているKahnemanetal.(2004)の調査を紹介しよう。テキサス州の働く 女性900人を対象にしたアンケートで、どのような時に幸福かを尋ねた。幸福感が高かったのは デート、飲酒、パチンコ、食事、団蕊であり、幸福感が低かったのは勉強、家事、仕事であった。 この結果から、幸福感を引き上げるには、デートばかりして遊びなさい、とはならない。たとえ 難しい経済学の勉強で一時的に幸福感が低下しても、一生懸命に勉強すれば長期的には(長い人

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生では)幸福になる可能性が十分にあるのである。 同様なことは地域政策についても言える。わが地域の幸福度の最大化を目指そうという考え方 は、経済の発展段階を無視した議論である。経済成長が必要な時期には消費よりも貯蓄が優先さ れ、労働時間も長くなる。この場合、現時点の幸福度は低くなると予想されるが、この苦しさは 長い目で見てその地域の発展に繋がるであろう。つまり、その時々の幸福度を最大化させること に、合理的な意味はない。この地域の現在から将来にかけての幸福感の割引現在価値の合計を最 大にする必要があるのである(個人でいえば生涯の幸福感の割引現在価値の合計を最大化する必 要がある)。故に、その時々の各地域の主観的幸福度の水準によって、社会(各地域)の望ましさ を評価することは誤った結論に導く可能性が非常に大きい。 前述した内閣府の報告書「幸福度に関する研究会報告(案)一幸福度指標試案一」においても、 水準としての幸福度だけでは不十分であるために、将来の方向性(先行き)の幸福感も考慮する必 要があると指摘している。更に前述した荒川区民総幸福度の中間報告書において「現在の区民の 幸福度を向上させるために、将来の世代にマイナス要因を残すようなことがあってはならないの は言うまでもない。区民一人ひとりの幸福度が高く、かつ、それが将来に渡って持続可能かどう かという視点からも幸福度指標を考える必要がある。」(荒川区民総幸福度(GAH)に関する研究 会(2011)p.l11)と言及しており、通時的な幸福度が政策目標において重要であることを経済学者 は強調している。政策判断では現在から将来にかけての幸福度の割引現在価値の合計が重要であ ることついて、わが国の国民総幸福に関する先行研究および日本GNH学会役員の各大学での報 告書・ウエブページ等も調査したが、研究した原稿は発見できなかった9. 3−2属性を考慮に入れた地域の幸福度指数を作成することの困難さ 個人や地域の属性を考慮に入れた場合の地域版幸福度指数作成の困難さは、2つの意味で存在 する。第1に、実は、時間選好率(せっかちさ)や危険回避度(危険愛好の程度)が幸福度の平均 値に大きな影響を与えていることが知られている(筒井(2009))。一般に、のんびりした国民性、 楽観的な国民性が強い国の幸福度は、高く推計されている。ラテン系の各国は、所得水準から予 想される以上に幸福度が高く計測されることが知られている。 沖縄県民と愛知県民の我慢強さ、危険回避要求の強さは同じであろうか。もし異なるのであれ ば幸福度の大きさを地域ごとに単純に比較することはできない。前述した4大学の取り組みで は地域の特色を重視している。地域の特性を主張すればするほど、4県で選定する指標を同一に しても各県の幸福度指数の値を単純に比べる事は不可能になる。 第2に、一方で、筒井(2010)では県ごとの幸福度調査を行っている'0。その結果、地域間の幸 福度の格差は、地域間の所得格差よりも小さいこと、更に、幸福度の小さな地域格差は個人の属 性を考慮した場合、大部分が解消されてしまうことを明らかにしている。筒井(2010)の実証結果 が頑健ならば、地域の問題を幸福タームで考える必要性が薄れることになる。複数地域で地域幸 福度指数を作成し比較する意義が問われてしまうのである。これは、地域の問題と思われていた ことは、実は、男女差の問題、婚姻の有無の問題、各県の産業構造(職業)の問題、所得水準の問 題などの属性に由来していたということである。 更に属性に関して重要な問題がある。それは、個人の属性が変化するということである。幸福 − 9 0 − 〆〆や。

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沖縄大学法経学部紀要第16号、 度指数なるものを地域別に作成するために(先にも述べたように)理論なき計測をし、幸福度を規 定する要因を発見しようとする。ところが、個人の属性は変化する。結婚、健康状態、居住地域、 人的資本の蓄積(勉学の程度)は短期的には外生変数であるが、長期的には選択可能な属性であ り、これらを考慮して回帰分析をしなければならない。地域、国、個人の属性を無視して幸福度 を政策に利用することはできないのである。 平山(2008)では、生活水準の充足(衣食住の消費等)、教育、安全等は、個人が幸福を感じる ために数値化が可能であること、他国との比較も可能であるとしているが、各国の属性と幸福度 の関係を考慮していないようである。その他のわが国における国民総幸福の論文および日本GN H学会役員の各大学での報告書・ウエブページ等を調査したが、属性と幸福度の関係について分 析した理論研究も実証研究も発見できなかった'1. 一方で、内閣府の「幸福度に関する研究会報告(案)一幸福度指標試案一」では、属性の変化が 幸福度の測定に大きな影響を与えるために、政策評価で幸福度を用いるためには、同一の対象を 継続的に調査する必要』性を主張している。更に荒川区民総幸福度の中間報告書でも、「幸福度が高 い状態にあっても時間の経過とともにそれが当たり前になってしまったり、幸福度はその時々の 気分や状況等により影響を受けたりすることが先行研究で指摘されており、様々な課題を抱えて いる。また、主観的な指標だけで社会環境の変化を把握することも難しい。」(荒川区民総幸福度(G AH)に関する研究会(2011)p.110)と時間の経過とともに状況や属‘性が変化し幸福の感じ方が変 わってしまうことに注意すべきだと言及している。 3−3幸福度を政策に用いる場合のモラルハザードの問題 幸福度を政策に用いるということは、個人が表明する幸福度に応じて資源を再配分するという ことである。利己的な個人は、戦略的に表明する厚生水準を操作する可能性がある。すなわち、 モラルハザードの危険‘性である。更に、客観的に不幸な境遇であるが、(ある地域では宗教的圧力 が強いために)現状に満足していると思わされている人を、幸福度を用いた再分配政策では救済 することができないという問題も生じる。わが国の国民総幸福に関する先行研究および日本GN H学会役員の各大学での報告書・ウエブページ等も調査したが、このような懸念を分析した文献 は、筆者の知る限り存在しない。一方、経済学の分野では、選考表明の研究が盛んに行われてい る。富岡(2010)では、この分野の先行研究のサーベイをしている。主観的な幸福度を政策に用い る場合、真実告知のインセンティブの構築について、研究する必要がある。 3−4政策評価に利用するための地域幸福度指数は、現状の統計制度では作成困難であること 最後に、地域幸福度指数を作成できない制度上の理由を考える。それは、地域の景気統計の制 約である。全国レベルでは、GDP統計は四半期ごとに作成され速報値として公表される。各県 の県内GDP(県民経済計算)は2年遅れでようやく公表される上に、年次データである。GDP は所得、生産、支出の大きさを示す重要な経済統計であり、県内GDPは県の経済循環を包括的 に描写している。幸福度と所得の間には密接な関係が存在することは5節で詳述するが、幸福度 指数を作成するためには所得・生産・支出を示す県内GDPは重要な』情報になる。 地域の幸福度指数なるものを作成し、それを政策に活かし地域政策に利用するためには、全国

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レベルの速報体制および県内GDPの四半期推計が必要であるが、我が国の統計制度上、現時点 では不可能である。 平山(2008)では毎日新聞の記事を一部抜粋し、ブータン国王自身が、国民総幸福だけでなく国 民総生産も大事であると述べていると紹介している。地域版の幸福度指数を作成するために、県 民経済計算は必要不可欠な情報であろう。荒川区民総幸福度の中間報告書でも、主観的な指標だ けで社会環境の変化を把握することは難しいため、主観的な指標と客観的な指標をどのように活 用していくのか検討する必要があると述べている。地域の幸福度を測定する場合、地域の統計が 全国のそれと比べて充実していない現状は深刻であり、これを無視することはできない。しかし、 以上のような地域版幸福度指数作成の困難さについて、わが国の国民総幸福の研究論文および日 本GNH学会の役員の各大学での報告書・ウエブページを調査しても研究された様子は存在しな かった'2。 4 経 済 学 に お け る 幸 福 度 研 究 と ブ ー タ ン の 国 民 総 幸 福 の 違 い 4−1経済学における幸福度研究の目的 経済学の分野で幸福度が研究されている理由は主に次の4点である。①効用と幸福の違いの解 明。②観測された幸福のパラドックスの解明(第5節で詳述)。③分配問題に切り込むための幸福 度の研究。④今まで分析対象にできなかった新しい変数(幸福度などの主観的変数)を用いて社会 経済の因果関係を究明することである。 ①については、効用と幸福は似たような性質を有しており、例えば限界効用逓減の法則に類似 した現象が、幸福度の平均値と所得において、観察されることが知られている。筒井(2009)を参 照されたい。もし幸福と効用が近似的な存在ならば、様々な経済理論をそのまま幸福の分析に適 用可能になるために、両者の違いと同質性の解明は重要な学問上の課題である。 ③については、そもそも個人間の効用を比較することは越えがたい困難がつきまとうために、 経済学は今まで、分配の問題をひとまず置いておいて、効率性の問題を追求してきた経緯がある。 そこで、もし幸福度に関する理論的研究が進めば、分配問題に新しい光を当てることが可能にな るのである。 ④について補足説明しよう。幸福度関数の理論的基礎の構築の必要性を指摘した第2節でも解 説した通り、適切な政策を行うためには、社会経済の因果関係のメカニズムを把握する必要があ る。変数が主観的か客観的かにかかわらず、一般に、因果関係を把握するためには説明変数の外 生的変動が必要である。そのためには、何らかの理論モデルを前提に議論しなければならない。 理論モデルを前提としない限り、ある2変数に統計学的に有意な正の相関関係が確認されても、 変数間に因果関係が存在するとは断定できないのである。 これに対して、理論モデルを前提としないブータンの国民総幸福の考え方では、政策提言に必

要な水準での因果関係を特定することは困難であろう'3。

4−2世界各国・各機関作成の幸福度指数と国民総幸福の違い わが国における国民総幸福研究と経済学における幸福度研究の違いは第2節、第3節および4 −1項で説明した通りであるが、世界各国・各機関が作成している幸福度指数と国民総幸福との − 9 2 − "−0

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沖縄大学法経学部紀要第16号 間にも重要な違いが存在する。以下では長くなるが大橋(2010)からの引用である。 「例えばく文化の多様」性>に対しては13項目の副次的質問項目がある。その中の1つ「スポーツ」 の項で「伝統的スポーツの実施頻度」を聞いている。その場合「まったく行なっていない」と回答 した人の充足感を1という数値にし、「週1回以上行なっている」とする人の充足度を4という数値 にする。そして4以上の人は充足度が高いので、4を「充足」の基準値にして「充足カットオフ」(充 足の境界値)とする。また1と4との間の2を、これ未満だと達成度が貧しいということで「貧困 カットオフ」(貧困の境界値)と名づける。 このように9つのインディケータ−のそれぞれの副次的な質問についての充足度を算出し、350 サンプル1人1人の充足度を各9指標にまとめる。各9指標について、このライン未満だと充足 していないと見なす「充足カットオフ」の標準値を決めて、350サンプルの1人1人が9指標の「充 足カットオフ」の標準値を満たしているかどうかを評価する。充足していない指標の不充足度を算 出し、それを充足度に変換して最終的にGNHの値を出している。 このような計算の仕方を、GNH値計算の中心母体であるブータン総研所長のダショー・カル マ・ウラは「集計的手法」と呼び「この手法は政策実現には広く用いられ、理解しやすく、表現し やすい。『充足カットオフ』は、各次元で十分『幸福』が達成されているかどうかの基準を示してお り、ブータン人の文脈で幸福の意味を反映することができる」と述べている。」(大橋(2010)論文の 環境経済・政策学会報告要旨よりpp.1-2.) この大橋(2010)の解説によればもはや国民総幸福は社会科学ではなく、ある特定の社会規範 を政府が押し付け、その社会規範が国民にどの程度浸透しているかを測定するモノサシに過ぎな い。更に平山(2008)でも、国民総幸福は一定の価値観を国民に広めるものであると認めている。 幸福度をマズローの概念に基づいて整理し、レベル3以上は社会的規範や道徳観にかかわる領域 の幸福感のため「GNHのような宗教や社会規範に基づいた理念や哲学による個人の心の開発が

必要ではないか」(平山(2008)p.194)と述べている'4.

一般に、幸福度指数の計算方法は、変化率または分散、偏差値により各指標を標準化し、各分 野(項目)内は標準化した指標の単純平均として計算される。GNHのように窓意的な計算はしな いのである。 上記の国民総幸福の特徴は、世界各国・各機関の幸福度指数作成目的と比較すると、更に明ら かになる。内閣府の「幸福度に関する研究会報告(案)一幸福度指標試案一」では、世界各国・各 機関の幸福度指数の取り組みを表にまとめている。指数作成の目的欄を見ると、ブータンの指数 作成目的は社会の方向'性を示すとある。ところが、ブータン以外の幸福度指数の多くは、社会進 歩を包括的にみる視点の開発(OECD)、2015年までに取り組まなければならない優先課題の提

示(国際連合)'5、GDP以外の付加的な情報の検討、GDP以外の代替指標の実現可能生の評価

(フランス)、政策策定の基礎および国民への情報提供(ドイツ)、GDPなどの経済指標が示す 以上に社会がどうなっているかについての全体像を提供すること(イギリス)、戦略の企画立案、 国民への情報提供(アメリカ)等となっており、一定の社会規範を押し付けるためという目的では ないのである'6・ ブータン以外の世界各国・各機関の幸福度指数作成目的を大別すると、1)経済社会を広く把握 できる指標の開発、2)もしそのような指標ができたならば新たに政策に用いることができるか

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もしれないので、そのための基礎的な研究、3)主観的幸福度という新しい統計データを用いた国 民への‘情報提供、以上の3つに分類できるであろう。注16でも指摘した通り、わが国の幸福度指 数作成目的も社会状況の診断書として(他の客観的統計と一緒に)主観的幸福度指数を活用するこ と、とあり、ブータンとは全く目的が違うのである。 つまり、経済学者の幸福度研究と国民総幸福の研究は似て非なるものであるし、国民総幸福と 他の幸福度指数も、その目的からして似て非なるものなのである。 5 幸 福 の パ ラ ド ッ ク ス ブータンの国民総幸福の考え方が日本で広まるきっかけになったのが幸福のパラドックスであ ろう。発見者のEasterlin(1974)の名前をとってイースタリン・パラドックスとも呼ぶ。戦後数十 年間の日本国民の幸福度の平均値は、生活水準が向上したにも関わらずほとんど一定であったこ とを幸福のパラドックスと呼ぶ。幸福のパラドックスをそのまま受け入れると、経済成長による 物質的な生活課水準の向上は、役に立たない無駄なものということになる。そこでブータン流の 精神論が登場する。われわれは経済成長と引き換えに、精神的な豊かさを犠牲にしてきたという 主張である。そのため、経済成長至上主義ではなく、心の豊かさを大事にする社会を目指すべき だということで、国内総生産ではなく国民総幸福を政策目標にしようと主張している。 それでは、幸福のパラドックスは本当に精神的豊かさの問題なのであろうか?経済学では、感 ‘清論ではなく、実証研究によって、この問題に答えを提供している。幸福のパラドックスは相対 所得仮説と順応仮説でほとんど説明可能であることが、既に多くの研究で報告されている。決し て精神的豊かさの問題ではないのである。詳細な解説は筒井(2009)を参照されたい。 更に、最近の研究では、StevensonandWolfers(2008)が幸福のパラドックスは、実は正確な 手法で測定しなおしてみると発生していなかったことを明らかにしている。また、Jonesand Klenow(2010)では、幸福度の平均値と各国のGDPの間には非常に強い正の相関が存在している ことが報告されている。これらの研究では、GDPはやはり社会経済の状態を描写するすぐれた 指標であることが示唆されている。 幸福のパラドックスについて、わが国の国民総幸福に関する先行研究および日本GNH学会役 員の各大学での報告書・ウエブページ等も調査した結果、Easterlin(1974)に言及し、GDPの不 適切さを主張し、国民総幸福の素晴らしさを強調する文献は多数発見できたが、幸福のパラドッ クスが相対所得仮説と順応仮説で説明できることを証明した多くの先行研究について言及したも のは存在しなかった。更に、GDPと幸福度との間に正の相関が存在することを明らかにした StevensonandWolfers(2008)やJonesandKlenow(2010)の研究成果について言及した国民総幸 福の研究論文や学会役員の記事・ウエブページなどは、筆者が調べた限り存在しない'7。 6 結 論 経済学を学ぶためには、冷静な頭脳と温かい心(CoolHead,butWarmHeart)が必要であると いう、ケンブリッジ学派で有名なアルフレッド・マーシャル(AlfredMarshall)の歳言は、幸福 度の分析をする上での教訓になるであろう。経済以外の要素にも目を向けるべきだというブータ − 9 4 −

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沖縄大学法経学部紀要第16号 ンの考え方に共鳴した人の心はWarmHartであり、ブータンに興味を持った切っ掛けは理解で きる。 しかし、わが国の国民総幸福研究における科学的手続きに重点を置かないその姿勢は、社会科 学者として不適切である。また、学問において、先行研究の調査は基本中の基本であり、先行研 究のサーベイのない研究などあり得ない。幸福度の研究については、膨大な先行研究が経済学の 分野に蓄積されている。Easterlin(1974)以外の先行研究も検討に値するはずである。 わが国における国民総幸福研究では、CiNiiおよび学会役員の各大学・付属研究所のウエブペー ジを調べた限り、幸福度と9つの指標の間のメカニズムの解明について、すなわち幸福度関数の 解明について、理論モデルによる研究も実証研究も存在しなかった。にもかかわらず、わが国に おける国民総幸福の支持者は、幸福追求のためにGNHを重視しよう、と結論の部分だけ主張し ているのである。 補 論 ブータンのGrossNationalHappinessのウエブサイトのCentreforBhutanStudiesからアクセ ス可能なChodenetal.(2007)という調査報告書では、ブータン国民を対象にしたアンケート調査 を行っている。統計学的処理を日本人研究者が担当していたために、この報告書もわが国におけ る研究と考え紹介する。報告書では様々な変数(性別、年齢、年収、健康状態、社会とのつなが りの程度、精神衛生、宗教面の重視の程度等)と幸福度との関係が分析されている。 アンケート回答者全員を対象にした統計分析では、属性等の調整を行うと、宗教的な関心と幸 福度との間に有意な正の相関関係は存在しなかった。そこで、幸福度などの主観的満足度の値が 平均値よりも高いグループに対して再分析したところ、宗教的な関心や社会とのつながりと、幸 福度との間に有意な正の相関関係が得られることを報告している。 ブータン国民を対象とした実証研究を発見できたが、次の4点が考察されていない。第1に真 実告知が行われているかに配慮することが非常に重要である。宗教に関心がある社会ほど、幸せ と回答しなければならないプレッシャーがあると考えられる。第2に幸福度などの主観的満足に 関する指標の値が平均値よりも高いグループで再分析しているが、報告書前半の記述統計を確認 すると主観的幸福度などの満足を示す指標の分布は右に偏っている。つまり正規分布のような形 状ではないのである。すなわち、幸福感が特に強い人のグループだけでの実証研究に、どれほど の意味があるのであろうか。第3に、筒井(2005)でも分析結果に注意を促しているが、精神的に 充実しているから幸福なのか、幸福だから精神的に充実しているのかの因果関係までは特定でき ない。 第4に、注14で解説したように9つの指標は細分化され、カルマの考慮、祈りの暗唱、伝統的 スポーツ、膜想、祭りのための資金、宗教価値に及ぼす影響など、GNHでは具体的な宗教行動 が問われる質問が行われている。一方でアンケートでは、宗教的な面を重視するかどうかという 抽象的な質問である。すなわち、アンケートでは実際に宗教行事に汗水流して時間を拘束される かどうかは問われていないのである。これは非常に重要な問題である。日本でも田舎では、自治 会の宗教行事のために平日の早朝から拘束されたり、年末年始に拘束されたり、月に何度も行事 がある自治会は珍しくない。筆者は現在の大学に着任する以前、田舎に住んでいたために、自治

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会の同じ班の人の葬儀を班長として3度出している。観音堂でのお念仏が平日の夕方にあり、般 若心経や不動明王のご真言の暗唱は可能である。しかし、そのために20代の研究者として多くの 研究時間を犠牲にした。ブータンやチベットは、日本の田舎の比ではないであろう。宗教上の熱 心さを宗教行事に費やすコスト(時間(機会費用)、会計上の費用、研究時間を犠牲にすることで 研究者としての自己実現が遅延することによる不効用)の大きさとした場合、当然、違う結果にな ると予想される。 つまり、9つの指標と幸福度の関係は、依然として不明なのである。わが国における国民総幸 福研究で、以上の問題点を考慮した上でのブータン国民を対象とした実証研究は、今回の調査で 発見できなかった。勿論、日本国民を対象として、国民総幸福の9つの指標と幸福度の関係を調 査した実証研究は(調査した限り)存在しなかった。 参考文献 参考ウエブサイト 日本GNH学会http://js-gnh.org/ 日本GNH学会役員の各大学・付属研究所のウエブページ GrossNationalHappiness(GNH)http://grossnationalhappiness.com 邦文文献 荒川区民総幸福度(GAH)に関する研究会(2011)『荒川区民総幸福度(GAH)に関する研究プ ロジェクト中間報告害』公益財団法人荒川区自治総合研究所,平成23年8月. 大橋照枝(2010)「ブータンのGNH(GrossNationalHappiness:国民総幸福)の算出手法と HSM(HumanSatisfactionMeasure:人間満足度尺度)のVer、6の開発」『麗葎経済研究』18(2), pp.17-43. 九里徳泰(2010)「ブータンのGNHと幸福度評価-GrossNationalHappinessの思想とその測定」『富 山県立大学紀要』20,pp.66-71. 幸福度に関する研究会(2011)『資料2幸福度に関する研究会報告(案)一幸福度指標試案一』内 閣府,平成23年8月29日. 陣内了(2011)「幸福度研究GDP超える指標の開発」『日経ビジネス2011年版新しい経済の教 科書』日経BP社,pp.98-99.

筒井義郎・大竹文雄・池田新介(2005「なぜあなたは不幸なのか」,DiscussionPaperNo.630,大

阪大学社会経済研究所. 筒井義郎(2009)「幸福の経済学は福音をもたらすか?」『行動経済学』vol.2no.2.

筒井義郎(2010)「地域格差は本当に存在するか」大竹文雄他編『日本の幸福度』日本評論社,pp.

165-202. 富岡淳(2010)「経済学における主観的データの意義と問題点一幸福度研究を中心として」大竹文雄 他編『日本の幸福度』日本評論社,pp.75-102. 永田智章(2008)「ブータン王国における経済開発と国民総幸福量GNH追求政策をめぐる経済学 的察」『広島経済大学経済研究論集』第30巻第3.4号,pp、191-208. − 9 6 −

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沖縄大学法経学部紀要第16号 平山修-(2008)「「幸福度」は開発目標となりえるか?一ヒマラヤの小国ブータンの試みを検証す る−」『人文科学研究科紀要集』大東文化大学,vol.13,pp.179-198. 山根智沙子・山根承子・筒井義郎(2008)「幸福度で測った地域間格差」『行動経済学』vol.1no.1. 英文文献 Choden,T.,T,KusagoandK.Shirai(2007)"GrossNationalHappinessandMaterialWelfare inBhutanandJapan,"TheCentreforBhutanStudies. Easterlm,R、A・(1974)“DoesEconomicGrowthlmprovetheHumanLot?SomeEmpirical Evidence,"inP.A.DavidandM.W.Reder(eds.),Nationsα"dHouseholcた加此onomic Gro肌なEssays加HonorofMosesAbramovitz,NY:AcademicPress,pp.89-125. Jones,C.1.andP.』.Klenow(2010)“BeyondGDP?WelfareAcrossCountriesandTime,” NBERWarh加gp叩er,No.16352. Kahneman,D.,A.B.Kruger,D.A.Schkade,N.SchwarzandA.A.Stone(2004)"ASurvey MethodforCharacterizingDailyExperience:TheDayReconstructionMethod,"Science, 306:5702,pp.1776-1780. Stevenson,B.andJ.Wolfers(2008)"EconomicGrowthandSubjectiveWell-Being.Reassessing ctheEasterlinParadox,"ハ旧ERWo油加gPaper,No.14282. 沖縄大学法経学部准教授E-mail:[email protected] 内閣府がまとめた「幸福度に関する研究会報告(案)−幸福度指標試案一」(2011年8月29日) においても、世界各国・各機関の幸福度指数の取り組みを紹介する表の中でブータンの国民 総幸福を掲載しているのみである。本文中にはブータンの話題は登場しない。 荒川区民総幸福度については、経済学者がコミットしているために、慎重な研究を行ってい る。過去の経済学の実証研究を引用し、幸福度と相関関係の強い変数を指標として導入しよ うとするなど努力した様子がわかる。また後述する幸福度研究の問題点も中間報告書に記載 されているという意味で、先行研究のサーベイもしっかりと行っている。ただ、中間報告害 では指標の選定をしたところまでに留まっており、幸福度指数の実現には至っていない。ま た、実際に荒川区民を対象とした実証研究を行い、各指標と幸福度を回帰させ、両者の間に

統計学的に有意な相関関係を見出し、指標を選定したという記述は中間報告書には存在しな

い。 この4大学で実施されている文部科学省のGPの事業への経済学者の参加は筆者が確認した 限りでは無いようである。 日本GNH学会役員が所属する大学における報告書およびウエブページを調査した結果、市 場経済に対する批判、経済学に対する批判を何度か行っている役員を発見した。標準的な経 済学のテキストを勉強していれば、このような批判は生じない内容であった。 CiNiiで期間を指定せず「国民総幸福」で検索したところ34件がヒットした。「GNH」で検索 したところ43件ヒットした。この他に、複数の検索サイトの学術論文を調査できる機能を用 いて「国民総幸福」で検索した。その中でも国民総幸福の理論的基礎、作成手順が解説されて

*1

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いると筆者が判断した論文につき拙稿の参考文献として掲載している。また学術論文だけで は』情報量が少ないために、日本GNH学会役員が所属している大学の報告書やウエブページ も調査対象とした。どの大学、どの付属研究所を対象としたかは、日本GNH学会のホーム ページの役員欄を参照されたい。 6効用とは消費から得られる満足である。後述するが、経済学者が幸福度研究をする理由の一 つは、効用と幸福の同質性および異質‘性を究明したいからである。 74つの柱とは経済成長と開発、環境保全と持続可能な発展、文化遺産の保全とその振興、良 い統治である。4つの柱の下の9つの指標とは①生活水準・所得、②精神面の幸福、③人々 の健康、④教育、⑤文化の多様性、⑥地域の活力、⑦時間の使い方とバランス、⑧良き統 治、⑨環境の多様性と活力である。 8CiNiiで検索した結果、唯一、回帰分析をしていたのが永田(2008)であった。GNHの4本 柱を紹介し(持続可能な経済成長と開発、文化遺産の保護と伝統文化の継承及び振興、豊か な自然環境の保全と持続可能な利用、よき統治)、4本の柱の代理変数(所得、平均寿命、初 等教育、森林面積、GDPに占める政府支出の割合)の相関関係を単回帰でチェックしてい る。一人当たり所得と平均寿命、一人当たり所得と初等教育、一人当たり所得と森林面積、 一人当たり所得と政府支出比率を、各々回帰している。まず、4本柱と幸福度の関係は依然 として明らかにされていない。次に、4本柱の代理変数と称する4つの変数が、適切かどう か検討が必要であろう。最後に、4本柱の相関が何を意味しているのか考察が更に必要であ ろう。 9GNHの4つの柱の一つに環境保全と持続可能な発展がある。ここでの持続可能なという意 味は、環境保全に焦点を当てたものであり、幸福度の現在から将来にかけての割引現在価値 の合計の最大化を目的にした政策ではない。 10山根等(2008)「幸福度で測った地域間格差」は筒井(2010)の元論文である。 11九里(2010)では、幸福度が属性によって変化することを経済学者の原稿を引用し紹介してい る。また、主観的幸福感を社会厚生(SocialWell-Being)として把握すれば、どういう条件が 社会厚生の基礎になるかを議論できるとして、GNHや他の幸福度指標を参考に論評してい る。 12厚生労働省の『毎月勤労統計調査』ならば、月次データとして利用可能である。各産業の常用 労働者を対象に、賃金や労働時間等を事業所へのアンケートによって調査している。ところ が、政策に利用可能な地域の幸福度指標を作成するためには、次のような諸問題が存在する。 ①賃金は税や社会保険料を差し引く前の賃金である。人々の幸福感や効用に影響を与えると 予想されるのは税引き後の所得であろう。②また、時系列比較するためには、統計作成上の 問題点を修正した指数で時系列比較しなければならない。指数化された賃金情報をどのよう に幸福度指標の作成に加えるのか。③更に、幸福感なり効用に影響を与える所得は名目所得 ではなく実質所得である。名目所得をデフレートするために重要な役割を果たすGDPデフ レーターは県民経済計算同様2年遅れで公表される年次データである。④県民の幸福感を調 査するためには、県民所得の情報が重要であるが、その情報は毎月勤労統計調査には含まれ ない。沖縄県では、県内総生産と県民総生産を区別する必要が大きいであろう。⑤沖縄県で − 9 8 −

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沖縄大学法経学部紀要第16号 は財産所得の動向も無視できないが、この情報も含まれない。⑥最後に、統計調査上の問題 点として、政府が公表しているほとんどの統計は全国レベルでの動態を把握するために作成 されている。各県バージョンの統計を公表しているものが増えているが、多くの統計で、各 県バージョンの統計は、参考扱いであることが、各統計の注意点として指摘されている。地 域ごとの所得の状況、物価指数を把握するために、全国統計の県版をそのまま利用すること が本当に適切なのかどうか、再検討しなければならない。経済学者の各県別の実証研究で は、実質値を導出する際にこの点を考慮して、全国版のGDPデフレーターで計算している 研究も多い。ところが、これでは沖縄県の実質所得の現状は把握できていないであろう。 13この文章は筆者が知りうる限りの情報に基づいて書かれたものである。もし国民総幸福の支 持者で、拙稿で取り上げた諸問題につき、真筆に先行研究をサーベイし研究されている研究 者がいらっしやいましたら、ご紹介ください。連絡先は論文97ページ目のE-mailまでお願い します。 14大橋(2010)によると、9つの指標は更に細かい指標に分かれ、その項目の中にはカルマの考 慮、祈りの暗唱、伝統的スポーツ、膜想、祭りのための資金、宗教価値に及ぼす影響など、 宗教や価値規範の指標(項目)が多く入っており、この面からも、一定の価値規範がどれだけ 実現しているかを判断するための指標であることが理解できる。 15国際連合のミレニアム開発目標では、2011年7月に、幸福度研究の成果を組み入れることが 決定されている。 16内閣府が現在検討している幸福度指標の特徴は、①主観的幸福感(アンケート調査)を中心に 据えて体系化を目指すこと、②必要ならば統計整備の充実も図ること、③単一の指標で表す 総合指標の策定は行わないこと、である。③について、フランスのスティグリッツ委員会の 示唆を引用し、1)悪い点が悪くなっているのを把握できなくなる、2)ウェイト付けを考え なくてはならない、3)指標の変化の解釈が別途必要であること、4)価値観が違う中、国際 比較などに適さないこと、などを挙げている。2)のウェイト付けには、指数作成者の一定の 価値観が介在する可能性がある。3)は総合化してしまうと、いったい何を測定しているのか という問題がつきまとう。4)は幸福度指数の国際比較の問題点を指摘している。社会状況の 診断書として幸福度指数を活用するのがわが国の幸福度指数作成の目的である。 17JonesandKlenow(2010)に関しては、『日経ビジネス2011年版新しい経済の教科書』所収の 記事である陣内(2011)「幸福度研究GDP超える指標の開発」で大きく紹介されている。こ の雑誌は経済学の初学者でも読むことができるように、一般の読者を対象にした雑誌である。 日本の多くの読者が既に、JonesandKlenow(2010)の研究成果を知っていることになる。

参照

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