多言語会話集『はなしてみよう -きになるあの子と
なかよくなろう-』の作成
外国人児童の在籍学級への受け入れと交流促進を目指して
古川 敦子
キーワード 外国人児童 在籍学級への受け入れ 交流促進 多言語会話集 日本語初期段階 要旨 日本語を学び始めた外国人児童と、その児童を迎え入れる在籍学級の児童が、互いに相 手の言葉を使ってコミュニケーションを取るための多言語会話集「はなしてみよう-きに なるあの子となかよくなろう-」について報告する。この会話集は、前橋国際大学の日本 語教育実習を履修した学生が、授業の課題の一つとして作成したものである。小学校の日 本語教室で外国人児童を支援した体験をもとに、児童同士がよく使うと思われる表現を選 び、各表現を日本語・英語・スペイン語・ポルトガル語・ベトナム語・タガログ語で表記 してイラストとともに提示した。本稿では会話集の作成経緯、ねらい、内容、そして実践 での使用例について記述する。 1 はじめに 共愛学園前橋国際大学日本語教師養成プログラムの必修授業の一つである日本語教育実 習では、外国人集住地域である伊勢崎市内の小学校の日本語教室(1)で外国人児童(2)を対 象に学習支援の実習を行っている(3)。実習生は前後期各 1 週間、計 2 週間の学習支援を終 了した後に、グループで教材作成の課題に取り組む。これまでは外国人児童が日本語や教 科内容を学ぶための教材や教具を作成していたが、2015 年度は来日直後、または日本語を 学び始めたばかりの外国人児童と在籍学級の児童との関係構築、交流を促すための会話集 を作成した。2015 年度の実習生 5 名は小学校の実習で学習支援をしている際、特に日本語 初期指導の児童への支援に携わる機会が多くあった。実習中の活動記録には、そのような 児童との接し方やコミュニケーションの取り方に苦慮していることが報告されている。前 期終了時に実習生間でどのような教材を作成するか話し合った際に、日本語初期段階の児 童に対し、在籍学級の児童や教員がその児童の母語で話しかけることができるよう、会話 表現が多言語で記載されている冊子を作成するというアイデアが出された。完成した多言語会話集が、本稿で報告する『はなしてみよう-きになるあの子となかよくなろう-』で ある。 日本語に対訳が併記されている会話集は、例えば名古屋市教育委員会の『こんにちはパ ブロさん』(4)のように、様々な自治体、機関、または個人で作成され、活用されている。 しかし、その多くは「外国人児童が日本語や、日本の学校生活について学ぶこと」、或いは 「指導者側の意図や指示を外国人児童に伝えること」を目的としていると考えられる。本 稿で紹介する多言語会話集の特徴は、受け入れ側である在籍学級の児童や教員が外国人児 童に対して話しかけ、コミュニケーションを始めることを想定していることにある。副題 の「きになるあの子とはなしてみよう」は、実習生が考えた題であるが、まさに在籍学級 の児童の立場からの働きかけを示す表現である。転入する外国人児童に対して、受入れ側 からコミュニケーションの第一歩を踏み出し、友人関係のきっかけを作ってほしいという 願いが表れている。この考え方の背景には、以下の二点があると考えられる。 ・ 外国人児童の学校生活上の基盤は在籍学級であり、そこに参加し、他の児童と交流す ることで学んでいくこと ・ 外国人児童の受入れが在籍学級の児童の異文化理解促進にも大きく影響すること 次節ではこの二点に関する先行研究やこれまでの実践例について記述し、本会話集との 関連について述べる。 2 先行研究と本会話集の関連 2-1 外国人児童の在籍学級への受け入れ 平成 26 年度の文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入れ状況等に関する調査」(5) によると、日本語指導が必要とされる外国籍児童生徒は 29,198 人、日本国籍を持つ児童生 徒は 7,897 人だった。また、平成 26 年度からは特別の教育課程の編成・実施が可能になり、 児童生徒に必要な日本語の指導を在籍学級の教育課程の一部に替えて在籍学級以外の教室 で(取り出し指導として)行うことができるようになった。この特別の教育課程による授 業時間は、年間 10 単位時間から 280 単位時間が標準とされている(6)。280 単位時間とは週 あたり 8 時間が目安となるため、児童の学校生活のほとんどの時間は在籍学級での活動と すること、将来的には在籍学級の教育課程での学習を目指すことが示されていると言える。 神田・矢崎(2016)も指摘するように、外国人児童生徒の学校生活における基盤は在籍学 級の教育活動の中にあり、在籍学級に所属して学習や生活の基本とすることが求められる。 Lave & Wenger(1991)が提唱した「正統的周辺参加(Legitimate peripheral participation)」 の概念では、学習は学習主体が実践共同体の正式メンバーとして実際の活動に参加し、参 加の形態と徐々に変化させながら、より深く実践共同体の活動に関与するようになる過程 をさす(西口 2001:105)。児童にとっての「実践共同体」とは学校生活においては在籍学級
であり、その一員として他の児童とともに活動に参加し、その参加の度合いを増していく ことがまさに「学習」であると言える。この概念に基づけば、日本語の支援教室と在籍学 級との連携の在り方を検討するだけでなく、外国人児童の転入直後から在籍学級の正式な 一員として受け入れ、在籍学級こそが自分の居場所であると感じられるような環境を整え ることが重要である。さらに学級全体で言語的・文化的多様性に対して肯定的な姿勢を示 していくことは、外国人児童のその後の学習意欲にも大きく影響すると考えられる。 在籍学級の児童や学級担任が、外国人児童に対してその国のことばで「すごいね、上手 だね」と褒める、「一緒に遊ぼう」と誘う。このような短いやり取りでも、それを聞いた外 国人児童にとっては大きな意味を持つのではないだろうか。 2-2 受け入れ側の児童の国際理解の推進 現状では外国人児童の受け入れは、日本語指導の必要性、学校生活への適応の配慮、教 科学習における支援など、学校にとっては「対処しなければならない問題」として捉えら れる傾向にある。現場の教員にとっては、ともすれば「負担増」と感じられることも多い。 しかしながら、社会でグローバル化が進展し、人々の国際的な移動が増加していくことを 鑑みれば、今後、学校における多言語化、文化背景の多様化も一層進むと考えられる。「学 校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議」(7)は、その報告書の 中で外国人児童生徒受け入れの積極的な意義と効果について以下のように説明し、受け入 れ側の日本人児童にとっても、普段の学校生活の中から多文化共生の考え方を学ぶことが 出来るというメリットについて言及している(下線は筆者による)。 外国人児童生徒の受け入れと国際理解教育との関連の推奨は、2008 年の文部科学省「外 国人児童生徒教育の充実方策について(報告)」の中でも、以下のように記されている(下 線は筆者による)。 外国人児童生徒等教育を、学校が抱える諸問題への対応という形で受動的に捉えるのみな らず、より積極的な意義・効果の観点から位置付けることが求められる。例えば、外国人 児童生徒等が学校教育を通じて我が国の社会に円滑に適応することや、経済・社会的に自 立するために必要な知識・技能等を習得し、我が国と母国の架け橋となるグローバル人材 として活躍することは、我が国の経済・社会の安定・発展にとって大きな意義があると考 えられる。加えて、外国人児童生徒等と共に学ぶ日本人児童生徒にとっても、異なる文化 を理解する能力やコミュニケーションをする能力の向上といった効果が期待できる。外国 人児童生徒等教育に携わる全ての学校関係者がこれらの積極的な意義や効果を認識する ことが重要である。 平成 28 年 6 月「学校における外国人児童生徒等に対する教育支援の充実方策について(報告) 3.これからの外国人児童生徒教育にあたっての基本的な考え方」より
学校全体で多文化共生教育に取り組んでいる実践例も報告されている。横浜市のいちょ う小学校では、総合的な学習の時間以外にも国語、算数、音楽等の授業で国際理解に関す る学習ができるような単元を設け、積極的に児童の文化的背景を活用している(山脇他 2005)。また、筆者がこれまでに訪問した学校でも、校内に外国人児童生徒の出身国の国旗 や概要を掲示している例、教室内の壁に「○○さん(外国人児童)コーナー」を設け、そ の児童の国の言葉とカタカナを掲示して、児童が多言語での表現を学べるような例など、 様々な取り組みが見られた。本会話集の使用もこのような取り組みの一例となりうるだろ う。外国人児童の多言語を理解する力を認め、それを活かすことで、彼らに対する認識が 「日本語ができない子ども」「日本語指導が必要な子ども」から「**語も、日本語もでき る子ども」「クラスに**の文化をもたらす子ども」へ変容することも可能だろう。 外国人児童生徒の教育では、これまで日本語の習得や教科学習の理解をいかに達成し、 学力を保障するかという視点から語られることが多かった。それも重要な教育課題である ことに違いはないが、今後は外国人児童生徒の包摂を前提とする学校の在り方も検討して いく必要がある。本会話集の作成はほんの小さな試みではあるが、学級全体、学校全体の 国際理解促進の一助となることが期待される。 3 「はなしてみよう」作成のねらい・内容 本会話集は、日本語を学び始めた外国人児童と、その児童を迎え入れる在籍学級の児童 が、互いに相手の言葉を使ってコミュニケーションすることの楽しさを感じられるように なること、そして友達作りのきっかけとなることを目指して作成された。 外国人児童の在籍学級の児童全員が本会話集を 1 冊ずつ持ち、休み時間や放課後等に互 いに話しかけたり、発音や他の表現を教え合ったりする等、自由に使用することを想定し ている。本会話集は小学校 1 年生の児童でも使えるように、以下の三点に配慮した。 ① 日本語の表現にはローマ字、その他の言語にはカタカナを付して読み方を示した。 ② 視覚的に会話の場面が理解しやすいように、カラーのイラストをつけた。 ③ 全 18 ページで 1 ページに記載する表現は 2 つまでとし、児童が自由に書き込める余 白を残したレイアウトにした。 ○ 外国人児童生徒の受入れにあたり、学校では他の児童生徒に対し、外国人の児童生徒 の長所や特性を認め、広い視野をもって異文化を理解し、共に生きていこうとする姿 勢を育むことが重要である。 ○ このため、学校においては国際理解教育の一環として、総合的な学習の時間や各教科 を活用するなどして、外国人児童生徒と日本人児童生徒の交流や相互理解を進めるよ うな取組を行うことが期待される。 平成 20 年「外国人児童生徒教育の充実方策について(報告) 2.今後の方策(5)国際理解教育の推進」より
会話集で取り上げる表現は、実習生の学習支援体験をもとに、学校生活で児童がよく使 うと思われるコミュニケーション表現に絞り、「自己紹介」「誘う」「褒める」「心配する」「お 願いする」「先生の話をきく」「共感する」という 7 つの項目にまとめた。各項目には、3~ 6 つの簡易な表現と関連語彙が日本語・英語・ポルトガル語・スペイン語・ベトナム語・タ ガログ語(8)で記載されている。以下、表 1 に会話集に記載されている表現と関連語彙のリ スト、そして図 1 に会話集の例として「4.心配する」の内容を示す。 表 1 「はなしてみよう-きになるあの子とはなしてみよう」の会話表現 表現・関連語彙 1 自己紹介する 私は[名前]※です。よろしく。 2 誘う 一緒に遊ぼう。 サッカーしよう。 [音楽室]、行こう。 ・関連語彙 いいよ/ごめんね、プール、理科室、校庭 3 ほめる 字が上手だね。 サッカー、上手だね。 走るの速いね。 4 心配する 大丈夫? [保健室]に、行く? [先生]、呼ぶ? ・関連語彙 大丈夫です/よくないです、教室、職員室、図書室、 はい/いいえ、お母さん、お父さん 5 お願いする もう一度 言ってください。 教えてください。 手伝ってください。 見せてください。 6 先生の話を聞く 勉強をしてください。 静かにしてください。 [~]を出してください。/ しまってください。 [~]を開いてください。/ 閉じてください。 ・関連語彙 ノート、教科書、ふでばこ、鉛筆、赤鉛筆、消しゴム 7 共感する おいしいね。 楽しいね。 面白いね。 ※[ ]内は、その項目の関連語彙との入れ替えが可能な箇所を示す。例えば「4.心配する」 の「[保健室]に行く?」という表現は関連語彙の「職員室」を使って「職員室に行く?」 と表現することも可能である。
実践の写真(上から①、②、③) 4 多言語会話集を使用した実践例 本会話集は、2016 年 1 月に初版が完成した後、誤 字等の修正を経て 2 月に第 2 版を再印刷した。伊勢 崎市内の日本語指導担当教員研修で参加者に配布 した他、希望があった市内の幼稚園、また市内外の 外国人集住地域の小学校に配布している。 2016 年 11 月には伊勢崎市内の A 小学校に東南ア ジアの国から小学校 3 年生と 4 年生の兄弟が転入し たため、同小学校に本会話集を 80 冊送付した。こ の児童 2 人は日本語を学ぶのはほぼ初めてであった。 A 小学校に転入する前に市内の日本語初期対応校で 4 日間(午前中のみ)の日本語初期指導を受け、挨 拶、基本的な会話、平仮名の読み書き、足し算・掛 け算の読み方などを学んでいる。 4 年生の転入児童の在籍学級では、本会話集を在 籍児童全員に配布し、授業の合間の短い時間や休み 時間等を利用して児童に自由に使用させている。写 真①は転入した児童が会話集を使って他の児童に 話している場面、写真②は在籍学級の児童同士で外 国語での会話に挑戦している場面である。会話集を 利用した後、「他にもこんなことばがあるといいね」 と声があがり、児童たちが自発的に手描きのイラス トとローマ字付のカードの作成を始めた(写真③)。 完成したカードは、転入児童にプレゼントされた。 この学級の担任教員も、転入児童がクラスメイトの名前と顔を覚えられるように、各児 童の個人写真の裏にローマ字で名前を書いたカードを作成するなど、在籍学級の児童との 関係性構築に積極的に取り組んでいる。学級全体で転入児童を温かく迎え入れている様子 がうかがえる。 5 今後の課題 本会話集は学級担任や他の指導者が児童や学級の状況に応じて自由に使い方を工夫する ことが望まれるため、使い方の詳細な説明や指示は記載されていない。これまでに筆者が 把握できた実践例は、上記 4 で紹介した小学校の例のみであるが、今後は本会話集を使用 した実践例を収集し、教員や指導者に示していくこと、併せて使用者の教員や児童から意 見を聞き取ることが必要である。4 の実践を行った学級担任からは「会話になっていなくて もいいから、複数の言語がある単語集があると使いやすい」というコメントを得た。この
ような意見を参考に内容の改善に努めるとともに、本会話集使用の有効性についても検証 していきたい。 また、国内の学校には本会話集に載っている言語の他、中国語、韓国語、タイ語、ウル ドゥー語等を母語とする児童生徒も多く在籍している。今後はこれらの言語での表現を記 載した多言語会話集も作成できれば、より使用の可能性が広がると考える。 注 (1) 日本語の取り出し指導を行う教室のこと。「国際教室」「日本語学級」など名称は様々 あるが、本稿では伊勢崎市での使用にならい「日本語教室」と表記する。 (2) 外国籍児童の他、日本国籍の児童も含まれる。本稿では、いわゆる外国につながりを 持つ児童を「外国人児童」とする。 (3) 日本語教育実習の概要は、古川(2016)「日本語教育実習前指導としてのケースメソ ッド授業の試み」を参照されたい。 (4) 名古屋市教育委員会による来日間もない子どもへの指導のために作成された教材。学 校での簡単な会話や、学校でよく使われる言葉、家庭への連絡文が記載されている。 すべて対訳付きで「こんにちはパブロさん(スペイン語会話集)」、「こんにちはパ ウロさん(ポルトガル語会話集)」、「こんにちはホセさん(フィリピノ語会話集)」、 「こんにちはチャンチャン(中国語会話集)」がある。 (5) 文部科学省(2014)「『日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成 26 年度)』の結果について」 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/04/__icsFiles/afieldfile/2015/06/26/1357044_01_1 .pdf (6) 文部科学省「学校教育法施行規則の一部を改正する省令等の施行について(通知)」 平成26年1月14日 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1341903.htm特別の 必要がある場合は年間280単位時間を超えて指導することを妨げるものではないと明 記されている。 (7) 平成28年6月「学校における外国人児童生徒等に対する教育支援の充実方策について (報告)」学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/06/__icsFiles/afieldfile/2016/06/28/1373387_02.p df (8) 実習受け入れ校に在籍する外国人児童の母語にはポルトガル語、スペイン語、ベトナ ム語、タガログ語が多いため、英語の他はこの4言語を選択した。 参考文献 神田明治・矢崎満夫(2016)「外国人児童の学力向上をめざした〈つながる・つなげる〉支 援-在籍学級と支援教室との連携により子どもの学習ニーズに応える-」『静岡大学教育
学部附属教育実践総合センター紀要』25、297-306 西口光一(2001)「状況的学習論の視点」青木直子・尾﨑明人・土岐哲編『日本語教育学を 学ぶ人のために』105-119、世界思想社 古川敦子(2016)「日本語教育実習前指導としてのケースメソッド授業の試み」『共愛学園 前橋国際大学論集』16、165-176 古川敦子編(2016)『日本語教室サポーター派遣プログラム 2015 年度 報告書』共愛学園前 橋国際大学(日本語教師養成プログラム) 山脇啓造・横浜市立いちょう小学校編(2005)『多文化共生の学校づくり 横浜市立いちょ う小学校の挑戦』明石書店
Lave, J. & Wenger, E.(1991)Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge University Press. (ジーン レイブ・エティエンヌ ウェンガー(1993)『状況に埋め込ま れた学習-正統的周辺参加』佐伯胖訳、産業図書) 付記 本研究は JSPS 科研費 15K04212 の助成を受けたものである。 謝辞 本会話集の作成、翻訳、実践にご協力いただきました皆様に心より御礼申し上げます。