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経済体制の類別基準

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経済体制の類別基準

福 田 敏 浩 1基準一元論の系譜 五基準二元論の系譜  1調整と所有の二元論  2調整と従属の二元論 皿基準三元論の系譜 IVひとつの総括 は じ め に  ドイツ語圏の国ぐにでは元来,日々の経済の流れを規定する枠組みたる経済 体制(Wirtschaftssystem)もしくは経済秩序(Wirtschaftsordnung)tlこかんする研       エ  究が盛んである。この方面の研究はドイツ経済学の当初からの伝統ともなって いる。ドイツ経済学の初期に位置する歴史学派経済学やマルクス経済学はもと        のもとすぐれて体制論的志向の強い経済学であり,「歴史的発展への思惟」から する段階論的な体制論を展開したことは周知のごとくである。ドイツ語圏では その後も体制論的研究は連綿として続けられていくが,研究史上次に時代を画 すことになったのは今世紀の両大戦間の時期であった。この時期には,東では ロシア革命と社会主義の建設,西では世界恐慌に代表される資本主義の深刻な 動揺,これに伴う経済への国家干渉の増大や全体主義の拾頭など一連の激しい うねりが次々と押し寄せた。このような激動の20年間は,体制論的研究の飛躍 にとってまたとない機会を提供し,当時の経済学者の多くをして体制問題の研 1) ドイツ語文献ではWirtschaftssystemやWirtschaftsordnungの類語としてWirt・  schaftsverfassung Wirtschaftsstil, wirtschaftliche Grundgestaltなどもしばしば使  われている。 2) Hensel (8) S. !1.

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 56 彦根論叢 第224号 究へ向わしめたのである。この時期の精力的な研究によって体制論の研究史上 に名をとどめることとなったドイツの代表的な経済学者は,ゾムバルト(W. Sombart),シュピートホフ(A. Spiethoff), ミー・ビス(L. v. Mises),ハイエク (F.A. v. Hayek),オイケン(W. Eucken),ゴットル(F. v. GottレOttlilienfeldt), シュパソ(0.Spann),シュムペーター(J. A. Schumpeter)らである。そして, これらの論者によって個性的な新説が次々と打ち立てられた。かくて両大戦間 は「経済体制論噴出の時代」の様相を呈したのである。  さて,ドイツ語圏の体制論的研究は第2次大戦の終結をもって新しい段階を 迎えた。周知のように戦後ほどなくしてドイツは東西に分断され,東は共産主 義陣営に,西は自由主義陣営に所属せしめられることとなった。このような政 治的一大事件が体制論の研究動向に甚大な影響を及ぼしたことはいうまでもな い。まず第1に,西ドイツではマルクス主義経済学そのものがほとんど影響力 を失なってしまったのに対し,東ドイツではいわゆるブルジョア経済学が全面 的に排斥されたのである。かくて戦後は,マルクス主義(正確にいえばソ連から 輸入されたマルクス=レーニン主義)サイドからする体制論的研究はほとんどもつ ぼら東ドイツの学者たちによって担われてきたといえる。  ただし,いわゆる60年代末のマルクス主義ルネサンスと相まって西ドイツにおいても最 近,マルクス主義の立場に立つ体制論が唱えられるようになったことには注意しておかね ばならない。そのひとつの中心をなすのは亡命チェコ人グループである。つまり,1968年 のチェコ事件以後西側に難を避けた人びとであるが,このグループを代表するのはかって       「プラ・・の春」の体制変革に参画したシク(O. Sik)やコスタ(J Kosta)である。これ らの論者の立場はいうまでもなくマルクスニレーニシ主義ではなく,「新マルクス主義」 (NeOmarxismus)の系譜に連なる。そしてこの立場からめざすべき最適体制として,資 本主義でもなく,ソ連型社会主義でもない,「as 3の道」たる「民主社会主義」が提唱さ    3) れている。この新マルクス主義は目下のところ,新自由主義や新社会主義やカトリック社 3)新マルクス主義者のこのような最適経済体制構想については,きik〔22〕,〔23〕な  らびにKosta〔10〕を参照。

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      経済体制の類別基準  57 翼翼ほどの影響力を有してはいないが,ひとつの潮流となりつつあることは注目されてい いだろう。  第2に,西ドイツでは経済体制の比較研究,とりわけ実証的な東方研究(Os− tforschung)が盛んとなった。東方圏と境を接する西ドイツであってみれば当然 の成り行きともいえよう。もちろん,経済体制の比較研究は戦前にもみられた が,戦後におけるこの方面の研究水準は質量ともにすでに戦前レベルを凌駕し たといってよい。その現実背景には戦後における東西両体制の多様化傾向があ ることはいうまでもない。  以上,ドイツ語圏における経済体制論の動向をごく簡単にみてきたが,いう までもなく理論の内容は時代によって,また論者ごとにさまざまである。しか し,各時代および各論者を通して共通のものがないわけではない。とりわけ, 体制問題への接近方法がそうである。由来,ドイツに伝統的な接近方法は形態 論(Morphologie)である。したがって,この方法に立脚した理論,すなわち経 済体制形態論がドイツ語圏における体制論の主流を占めてきたといって過言で はない。もとより,接近方法は形態論に限られているわけではない。近年,ド イツ語圏においてもいわゆるシステム論やサイバネティックスの方法を活用す        のる論者が次第にその数を増しつつあるように思われる。  さて,本稿は,戦後の西側ドイツ語圏において現われた主要な経済体制形態 論を取り上げ,これらを経済体制の類別基準に論点を絞って検討し,もって各 説の特記を明らかにしょうとするものである。体制形態論の重要な課題のひと つは,何らかの基準を立て,これによって研究対象とする諸経済体制を類別し 定型化することにある。そのさいポイントになるのは類別の基準である。立て られる基準いかんによって議論の内容に違いが出てくることはいうまでもある まい。体制形態論の多様性ならびに各説の個性は類別基準そのものからくる, といっても過言ではないのである。われわれが類別基準に着目したゆえんであ る。 4) システム論系の経済体制論の動向についてはWagener〔28〕カミくわしい。なお,  本書はドイツ語圏における経済体制論の全般的な流れを知るのにも便利である。

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58 彦根論叢 ac 224号 工 基準一元論の系譜  (1)ここに基準一元論とは,経済体制の類別にさいして立てられる基準がひ とつであるばあいをさしている。この方向を代表するのは新自由主義派の体制 形態論である。西ドイツでは今日,新自由主義の活動の中心にあるのはフライ ブルク学派であるが,1930年代の前半に形成されたこの学派の経済体制論は典 型的な基準一元論である。その礎石を置いたのは,この学派の祖ともいうべき ワルター・オィヶン(Walter Eucken)であった。かれは,1940年に『国民経済 学の基礎』(Die Grundlagen der Nationa16konomie)を世に問い,その中で形態論 的方法をもって流通経済一中央指導経済という二分法を軸とした斬新な学説      の を展開した。戦後のブライブルク学派の中でオイケン流の立論方法を継承して 包括的な体制形態論を定立したのは,何といってもヘソゼル(K.P. Hensel)で ある。ヘンゼルの学説もオイケンと同様,基準一元論の典型である。以下,こ         のヘソゼル説の特色を明らかにしていくことにしたい。       つ  (2)ヘンゼルによれば,「経済過程を規定する条件群」たる経済秩序は,「倫         理的,法的ならびに形態論的な構成体である」。すなわち,経済秩序は倫理的 要素,法的要素および形態論的要素から成る。これらの構成要素についての細 目を整理して示すと次のごとくである。  ① 倫理的要素……慣習,風習,宗教観や世界観に根ざす義務観および責任感など。  ② 法的要素……憲法,契約法・会社法・税法・独占禁止法などの経済関係法規そ   の他の法律。  ③ 形態論的要素(=秩序形態)……計画体制,所有形態,企業形態,企業内意思形   成形態,企業内成果計算形態,価格形成形態,市場形態,貨幣形態,貨幣体系。  (3)以上に明らかなごとくヘンゼルは非経済的なものをも含む多様な要素を 5)オイケンの学説の特色については拙稿〔4〕を参照されたい。 6)ヘソゼルの体制形態論については拙稿〔4⊃ならびに〔5〕をも参照されたい。 7) Hensel (6) S. 325, (7) S. 49. 8) Hensel (8) S. 15−16.

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      経済体制の類別基準  59 経済秩序の構成要素として挙示しているが,しかしここで,これらの要素は同 一のランクに位置するのではない,ということに注意しておかねばならない。 すなわち,ヘンゼルによれば,これらの構成要素はいわば経済秩序を経済秩序 たらしめる主柱的なものと,そうでないものとに区別される。かれは前者を本 質的要素(konstitutives Element),後者を偶有的要素(akzidentielles Element)と     呼ぶ。では,如上の諸要素のうちどれが本質的要素にあたるか。それは計画体 制(Planungssystem)である。この用語はヘンゼル独得のものであるが,それは 内容からして需給の調整システム(もしくは資源配分システム)にほかならない。 一方,計画体制以外の要素はすべて偶有的要素として位置づけられ,したがっ て重要性の点で計画体制の下位にくると考えられている。  ㈲ つぎに,経済秩序の類別化を問題にしなければならない。この問題の中 心的な論点は類別の基準であるが,ヘンゼルは先に挙げた構成要素のうちのひ とつを基準として選定する。本質的構成要素たる計画体制がこれである。これ 以外に基準はない。文字どおりの基準一元論である。  では,計画体制を基準としたぼあい,どれだけの経済秩序を類別しうるか。 論理的に考えると,計画体制が唯一の類別基準であることからして,結局,計 画体制の数に等しいだけの経済秩序がありうることにな:るだろう。かくて,問 題は計画体制の数の問題となる。ヘソゼルはその数の確定にさいして,オイケ         ソと同様に「誰が経済過程を計画するか」を標識とする。そして,これによっ て二様の計画体制を区別する。 「分権的計画体制」と「集権的計画体制」とが これである。前者は経済主体が多数の個別経済であることと需給が市場価格に よって調整されることとをもって特徴づけられるのに対し,後者は経済主体が 一個の中央機関であることと物量バランスによって需給の調整が行なわれるこ ととをもって特徴づけられる。こうして,これら二様の計画体制に応じてつぎ の二つの経済秩序が区別されてくる。「市場経済」と「中央管理経済」である。 9)ヘンゼルによると,これらの用語はカント(1.Kant)に由来する。 Hense1〔6〕  S. 42. 10) Hensel (8) S, 23.

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 60  彦根論叢 第224号 前者は分権的計画体制を,後者は集権的計画体制を本質的構成要素とすること はいうまで.もないが,ただそのさい,両者のそれぞれについてひとつのものし かないというのではなく,理論上それぞれにつき多数かつ多様なヴァリアント がありうることに注意しておかねばならない。なぜなら,二つの計画体制のそ れぞれは先の偶有的諸要素とさまざまの形で結合しうるからであり,しかもそ の結合の可能性はにわかに計算しえないほどだからである。  (5)ヘンゼル説の概要は以上のとおりであるが,これは要するに基準一元論 (調整一元論)と経済秩序の二分法とをもって特徴づけることができる。これら は,オイケンに由来することは明らかである。さらにまた,経済秩序の把握に さいして需給の調整方式を最重視する点にもヘンゼル説の特色が認められる が,これもまたオイケンに由来するといわねばならない。われわれが,かつて        ユ  ヘンゼル説を「オイケン説継承の方向」に位置づけたゆえんである。  ところで,学説史的にみると,ヘンゼルの学説は基本的にはオイケン説を継 承するものであるとはいえ,戦後の経済体制論の分野でかなりの影響力を保持 してきたと考えられる。そのひとつの現われは,いわぽ戦後世代の若い論者の なかにヘンゼル説を活用しようとする者が少なくないことに示されている。中 にはヘンゼルの基本的考え方を踏襲する論者さえいる。たとえば,シュリュー        ユの ター(R.Schltiter)がそうである。また,ヘンゼル説の一部を活用しようとする 論者も少なからず見受けられる。その一端は後述のとおりである。  (6)ところで,基準一元論は自由主義の専売特許ではなく,マルクス主義の 経済体制論もこの系譜に連なるといわねばならない。この派の体制論では,生 産関係を根本的に規定する生産手段の所有方式を基準として経済体制が類別さ れるのが普通である。かくて,所有方式が私的か否かによって資本主義と社会 主義が類別される。要するに,伝統的なマルクス主義の体制論は所有一元論と 経済体制の二分法とをもって特徴づけられるのである。  ところで,一般に新自由主義とマルクス主義は対立的に解釈されるのが普通 11) この点の細目については,拙稿〔4〕を参照されたい。 12) これについては次の個所を参照。Schltiter〔21〕S.21−32.

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       経済体制の類別基準  61 である。たしかに,周知のごとく両者のあいだには思想系譜やイデオロギーの 面で大きな隔たりがある。しかしながら,経済体制論の分野に限っていうなら ば,両者のあいだには内容上多くの開きがあるにしても,先のところがらも明 らかなように,ことに基準一元論や経済体制の二分法など根本的な立論方法の       13) 面では一致をみせているのである。新自由主義とマルクス主義の体制下を比較 検討するばあい,このような共通点にも注意を向ける必要があるだろう。 1r基準二元論の系譜  つぎに基準二元論の系譜に属する体制形態論を取り上げることにしたい。基 準二元論とはいうまでもなく体制類別の基準が二つであるばあいをさしている が,われわれの知る限りではこの部類に属する学説が数の上でもっとも多いと 思われる。内容の面でいうと,この基準二元論は「調整と所有の二元論」と 「調整と従属の二元論」とに区別することができる。そこで以下,これら二つ の系譜を順にみていくことにしよう。 1 調整と所有の二元論  クローテンのばあい (1)まず,調整と所有の二元論であるが,この立場を代表するのはクロ 一一テ         コの ン(N.Kloten)である。われわれの知る限りでは,需給の調整方式と生産手段 の所有方式とを柱とする体系的な体制形態論の確立は,ドイツ語圏ではクロー テンをもって嗜矢とする。  そのかれが,自説の定立にさいして出発点に置いたのはオイケンの形態論で あった。つまり,かれは「オイケン流の体系を拡張すること,またこの体系に        う しかるべき基礎を,すなわち現実的な基礎を与えること」を意図したのであ 13) これらの点の論証はL6sch〔12〕がくわしい。 14) クローテンの経済体制形態論については拙稿〔4〕をも参照されたい。この稿でわ  れわれは,クローテン説をオイケン説とくわしく比較し,前者を後者の批判的展開の  方向をとる説として位置づけた。 15) Kloten (9) S. 450.

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 62 彦根論叢第224号

る。クローテソがこのようなことを意図した背景には,オイケン説は現実的で はないという認識があった。かれによればオイケン説の現実遊離性はその体制 類別基準に淵源する。というのは,オイケンのぼあい,経済体制の類別が経済 計画主体の数(つまり一越か多者か)という非現実的な基準によって行なわれて いるからである。かくてクローテンによれば,オイケン説の主旨をも識り込む 形で現実的な体制形態論を定立するには,何よりも体制類別基準に工夫をこら さねばならない。  (2)こうして,クローテンは類別基準にかんしてひとつの根本事実に注意を 向ける。それは,政治や経済などの社会的諸領域に共通してみられる「支配従 属関係」(Abhangigkeitsverhaltnisse)にほかならない。かくてクローテンは,経済 の分野における支配従属関係を規定する要因は何かという観点をもって,体制       ユの 類別の基準を「誰が経済過程を指導するか」に求めたのである。この「経済指 導」の基準はオイケンに由来することは明らかである。しかし,オイケンにあ っては経済指導の主体の数の面が強調されたのに対し,クローテンにおいては 社会経済を指導し支配する主体それ自体(つまり,公的機関か,私的経済単位か) に力点が置かれている,ということに留意しておかねばな:らない。かくてクロ ーテンは,この基準をもとにして調整方式を次の三つに区別する。「流通経済」 (Verkehrswirtschaft,つまり自由市場経済),「指導市場経済」(gelenkte Marktwirt− schaft)ならびに「中央指導経済」(zentralgeleitete Wirtschaft)がそれである。 なお,これら三つの調整方式のそれぞれについては複数のヴァリアントが挙げ られている。たとえぽ,指導市場経済は「市場干渉と生産指導を伴う市場経 済」と「市場干渉,生産指導ならびに価格規制を伴う市場経済」とに二分され ている。  ㈲ クローテンは経済秩序の類別にさいして以上の調整方式のほか,生産手 段の所有方式にも注意を向けている。というのは,かれの論述を解釈すると, 所有方式は経済世界における支配従属関係,つまり勢力関係を規定する主要な 16) Kloten (9) S. 454.

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       経済体制の類別基準  63 要因のひとつだからである。その所有方式はつぎの三つに区別されている。す なわち,「私的所有」,「私的所有と公的所有の混合」ならびに「公的所有」で ある。なお私的所有と公的所有についてはそれぞれ理念型(思唯的な極限の形態) と現実型(現実に対応する形態)が区別されているが,一方私的所有と公的所有 の混合については現実型だけしか考えられていない。  (4)以上にみた調整方式と所有方式を基準としたばあい,どれだけの経済秩 序を類別しうるか。結論を一口でいうと,両者の組み合わせが可能なほどの経 済秩序がありうることになる。つまり,理論上可能な経済秩序の数はそれぞれ 複数のヴァリアントを有する三つの調整方式と,同じくそれぞれ複数のヴァリ アントを伴う三つの所有方式との組み合わせの数に等しいということになる。 クローテンによれば,その中には現実に対応するもの(現実型),極限的な純粋 形態(理念型),思惟的に考えられうるだけのもの,ならびに(現実型と思惟的結        エの 合形態との)中間にあるものが含まれている(表1参照)。 表 1     調整方式 蒲L方式

流通経 済

指導市場経済 ! 中央指導経済 1 私的所有の優位 思惟的結合 @ の領域

私的所有・

 的 所 有

中聞領域「\

歴史的 牛№フ領域

 中間領域

A

公的所有の優位 思惟的 牛№フ領域 2 1.流通経済の理念型 2.中央指導経済の理念型  (5)ところで,如上のクロ・・一テンの所説が世に問われたのは1955年のことで あるが,その後この説は西ドイツの学界でいわば市民権を得るところとなり, 17) Kloten (9) S. 463. t

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 64 彦根論叢 第224号 最近では経済学辞典や経済政策学の教科書などにも紹介されたり,収録された         コの りするに至っている。クローテン説の影響力の大きさのほどが窺われよう。ま た,クローテン説がひとつの契機ともなって,その後「調整と所有の二元論」 の方向をとる論者が出てくるようになった。そのひとりに,ライボルト(H Leipoldt)がいる。かれは戦後世代に属する少壮の経済学者である。以下,この ライボルトの体制形態論をみていくことにしたい。  ライボルトのばあい  (1)ライボルトが経済体制の定型化にさいして重視するのはまず需給の調整 方式である。そして,かれはオイケンならびにヘンゼルの説を踏襲する形で調 整方式(ラィボルトはヘソゼルにならってこれを計画体制と呼ぶ)をつぎの二つに区 別する。すなわち,分権的計画体制(つまり市場経済)と集権的計画体制(つま り中央管理経済)である。かれによれば,これら以外の第3の調整方式はありえ ないという。また,ライボルトはつぎのような刮目すべぎ発言をしている。 「両計画体制が現実に空間的に並存すると,中期的かつ長期的には経済管理な        ユの らびに経済計算はカオスに陥る」と。この発言もまた,両調整方式の混合(し たがっていわゆる混合体制)の不安定性や非合理性を説くオイケンならびにヘン ゼルの体制非両立論(Unvereinbarkeitslehre)の立場を踏襲するものであるとい える。  (2)一方,ライボルトはオイケン=へγゼル流の調整一元論で十分であると 考えているわけではない。かれによれば,多様な経済的秩序関係を思惟的に整 序しうるためには,如上の調整問題のほか,「分権的計画体制もしくは集権的 計画体制の内部において,どのグループがいかなる条件のもとで経済的意思決        20) 定権を行使するか」をも問題にしなければならない。この間に対する回答はな によりも生産手段の所有方式に求められねばならない。なぜならば,経済的意 思決定の態様,とりわけ生産および分配の決定の態様,したがってまた意思決 18) この点については,たとえばStreit(24〕S.32−34およびTuchtfeldt〔27〕S,  342−343を参照されたい。 19) Leipold〔11〕S.39. 20)  Leipold 〔11〕 S.22. r

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      経済体制の類別基準  65 定プロセスへの参加の態様は,所有方式によって根本的に規定されるからであ 多1)

QO

 かくて,ライボルトは生産手段の所有の主体を基準にして所有方式をつぎの 三つに区別する。すなわち,「私的所有」,「国家的所有」ならびに「社会的所 有」である。第1および第2の方式のばあいは,それぞれ私的経済と国家機関 が所有主体であり,したがってこれらの主体が生産手段の処分権や利用権を有 するほか,生産ならびに分配の決定権をも保有している。第3の社会的所有に        ヨ う おいては,生産手段の所有主体は「生産プロセスに与るすべての生産者」であ る。したがってこのばあい,生産者すべてに生産および分配にかんする決定権 が帰属し,かくて生産の面では要素投入や生産計画の決定への参加が認められ る一方,分配の面では収益およびリスクへの参加が認められ,かつ義務づけら れるのである。この社会的所有の具体例としては,ユーゴスラヴィアの所有制 度,オタ・シクの理論モデルならびに机上の構想の域内にある種々の評議会民        主主義モデル(ratedemokrat重sche Mode11e)が挙示されている。  (3)つぎに,問わねばならないのは調整と所有を基準にしたばあい,どれだ けの経済体面が類別されるか,という点である。結論をいうと,ラィボルトは       の 先の調整方式と所有方式とをもってつぎの五つの経済体制を類別している。す なわち,「資本主義的市場経済」,「ハンガリー型改革モデル」,「ユーゴ型経済 体制」(および「オタ・シクのモデノレ」),「東ドイツ型モデル」ならびに「評議会 民主主義モデノレ」がこれである。第1の体制は西側諸国で制度化されている周 知の体制であるが,これは分権的計画体制と私的所有との結合をもって特徴づ けられる。第2の体制は,1968年に「新経済機構」(New Econ・mic Mechanism) を標傍して開始された経済改革以後のハンガリーの経済体制をさしている。そ 2!) Leipold (11) S. 22−24. 22)Leipold〔11〕S33.なお,ここでの生産者はマルクス主義経済学で使われる用語  法に等しい。ちなみに,所有にかんする限り,ライボルトはマルクス主義の基本的な  考え方を活用している。 23) Leipold (11) S. 33. 24) Leipold (11) S. 52, 87, 131, 160, 208.

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 66 彦根論叢 第224号 の一大特色は,分権的計画体制と国家的所有の結合にある。第3は,周知のご とく労働者自主管理欄度を根幹とするユーゴスラヴィアの経済体制であるが, これは分権的計画体調と社会的所有との結合をもって特徴づけられる。なお, オタ・シクの理論モデルは,ユーゴモデルと若干の違いがあるとしても,基本 的にはユーゴモデルと同じく分権的計画体制と社会的所有を柱としている。つ ぎに,第4の体制はソ連・東欧圏に伝統的に支配してきたいわゆる集権的計画 体制にほかならないが,ラィボルトは東ドイツの体制をもってこれを代表せし めている。この体制は,周知のごとく集権的計画体制と国家的所有の結合とを もって特徴づけられる。最後に第5の体制は,歴史的現実ではなく,まだ机上 の構想の段階にあるモデルであることに注意しておかねばならない。学説史的 に展望すると,これには種々さまざまのものがあるが,いずれにせよその源泉 はマルクスのコミューン・モデルに遡る。ライボルトによれば,この評議会民 主主義モデルは,集権的計画体制と社会的所有の二本柱から成る。  (4)ライボルトの所説の大要は以上のごとくであるが,このほかかれの論述 のうちには上記の五つの経済体糊にかんする詳細な記述も含まれ,比較経済体 制論の角度からみても多くの,かつ豊かな論題が提供されている。また,ライ ボルトはいわゆるシステム論の方法や概念をも活用して,とりわけ政治システ ムの問題を取り込んだ形での包括的な体系の定立をめざそうとしている。これ らにはみるべき点も多いが,その検討は他の機会に譲らねばならない。  ペータースのばあい  (1)つぎに,クローテソやラィポル1・と同様に調整方式と所有方式を重視す るペータース(HrR, Peters)の体制形態論を検討することにしたい。ペ一号ー スも戦後世代に属する体制論者のひとりであるが,かれもまた謬説のとおり形 態論的方法をもって包括的な議論を展開している。  ペータースの定義によれば,経済秩序は経済過程ならびに経済発展の態様を          25) 規定する枠組みである。そして,この経済秩序は制度的・法的および形態論的 25)Peters〔15〕S. 51,〔16〕S.386.なお,このような定義は基本的にオイケン(Eucken  〔3〕S.50f.)やヘンゼルの定義に近いといえる。

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      経済体制の類別基準  67 な諸要素から構成される。ペータースによれば,これらの要素は重要性の点で すべてが同列にあるのではない。言い換えると,これらの構成要素のあいだに は経済秩序の中核をなす主柱的な要素としからざるものとがある。ペータース       きの は,ヘンゼルにならって前者を「本質的要素」,後者を「偶有的要素」と呼ぶ。 本質的要素が重要性の点で偶有的要素の上位にくることはいうまでもない。こ       つ れらについての細目を示すならば,つぎのごとくである。

 A本質的要素

  ① 実質的要素一…総体経済的管理・調整方式,生産手段の処分権能。   ② 法的要素……経済関係法,行動準則。   ③ 精神的要素……支配的な秩序理念秩序政策構想。

 B偶有的要素

  価格形成形態,利害制御方式および責任引受の態様,交換・供給の態様,   企業・団体形態,貨幣・通貨制度,所得・資産形成形態。  (2)上記のとおり本質的要素には,実質的要素(sachliche Faktoren),法的要 素(rechtliche Faktoren)ならびに精神的要素(geistige Faktoren)の三つが含ま れているが,ペータースの論述を解釈すると,これらのあいだにも上下の差が ある。すなわち,実質的要素が残りの二つの要素よりも重視されているのであ る。したがって,実質的要素が文字どおり経済秩序を経済秩序たらしめる実質 的ファクターなのである。その実質的要素としては,先のように総体経済的管 理・調整方式と生産手段の処分権能が挙示されているが,これは要するにペー タースのばあいにも調整方式と所有方式が体系の中心の地位を占めることを示 しているQ  (3)つぎに経済秩序の類別基準を問題にすると,この基準としては管理・調 整方式と生産手段の処分権能の二つが定立されている。これらが経済秩序の中 心をなす実質的要素であってみれば,当然のことといえる。ペータースはま 26)Peters〔15〕S.60,〔16)S.387.偶有的要素はまた,補完的(erghnzend)要素と  も呼ばれている。 27) Peters (15) S. 60−61, (!6) S. 387.

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 68    彦根論叢i 第224号 ず,ヘソゼルにならって管理・調整方式を分権的個別経済計画体制(つまり市 場経済体制)と集権的国家計画体制(つまり中央管理経済体制)の二つの基本型に    ヨヨ  区別する。さらに,これらに加えてかれは,最近出現してきた調整方式として 「総体統御的市場経済体制」(globalgesteuertes marktwirtschaftliches System)と 「部門統御両市場経済体制」(sektoralgesしeuertes marktwirtschaftliches System)を         挙示している。前者はミクロの市場調整・マクロの国家的統御をもって,後者 はミクロの市場調整・メゾの国家的指示計画をもって特徴づけられる。  一方,生産手段の処分権能は,私的処分権能と公的処分権能とに二分され る。そして,前者が優位する国民経済は資本主義的経済秩序,これに対して後       きの 者が支配するばあいは社会主義的経済秩序と規定されている。  (4)ペ一階ースは,以上の調整方式と所有方式とをもって,歴史的実在とし       お  ての今日の東西の諸経済秩序を次の四つの基本型に定型化する。すなわち, 「私的資本主i義的な総体統御的市場経済」(privatkapitalistische globalgesteuerte Marktwirtschaft),「私的資本主義的な部門統御的市場経済」(privatkapitalistische sekt。ralgesteuerte Marktw・rtschaft),「社会主義的な部門統御的市場経済」(sozial’ istische sektoralgesteuerte Marktwlrtschaft)ならびに「社会主義的中央管理経済」 (sozialistische Zentralverwaltungsw、rtschaft)がこれである。第1のタイプは西ド イツのいわゆる協調行動経済,第2はフランスの協調経済をもって代表され る。一方,第3および第4のタイプの典型は,それぞれユーゴスラヴィアの経 済秩序とソ連型の経済秩序である。  (5)以上,体制類別基準を中心にペータースの議論を簡単にみてきたが,先 のところがら知れるように,その形態論は経済秩序の構成要素に多様なものを 含むという意味できわめて包括的である。ペータースがこのように多様かつ多 数の要素に着目するゆえんのひとつは,実在する(とくに東西の)諸経済秩序を 28) Peters (15) S. 64, (16) S. 388. 29) Peters (16) S. 388. 30) Peters (15) S. 73. 31) Peters (16) S. 391.

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      経済体制の類別基準  69 的確に把握し,かつ比較しうる有効にして現実適合的な理論的シニーマを定立 しょうとする意図に発している,と考えられる。しかし,それだけにかえって 説明に体系性や論理性を欠き,諸要素の総花的羅列という印象をまぬがれえな い面がある。むろん,このような難点はひとりペータースだけでなく,先のヘ ンゼルを始めとする多要素論者に大なり小なり共通してみられるところでもあ る。ともあれ,こうした難点があるにしても,非経済的なものをも含む多種多 様の要素を経済秩序の構成要素とみる立場はドイツの伝統となっているのであ り,したがって,ペータースもこの伝統の流れの中に身を置いているとはいえ     おの るであろう。  ⑥ 以上,クローテン,ライボルトならびにペータースの所説を取り上げて 調整と所有の二元論を概観したが,むろんこの方向をとる論者はこれら三名に 限られるわけではない。この二元論の方向をとる論者はほかにもいる。たとえ        きヨう ば,トゥーフトフェルト(E.Tuchtfeldt)がそうである。かれはまず,ヘンゼル やライボルトと同様に需給の調整方式をば市場経済と中央管理経済に二分す る。ついでかれは,生産手段の所有方式を私有(資本主義)と公有(社会主義) に区別する。そしてこれらをもって経済体制をつぎの四つに類別する。すなわ ち,「資本主義的市場経済」,「資本主義的管理経済」(または「計画資本主義」), 「社会主義的市場経済」(または「市場社会主義」)ならびに「社会主義的中画定       きの 理経済」がこれである(表2を参照)。ちなみに,このような経済体制の四分類 表 2

i壷旗避遡市場経済

中央管理経済

私     有 (資本主義) 公     有 (社会主義) 繍︶

㌫( 赤 経 場 市 的 試 斬 本 山 社会主義的市場経済  (市場社会主義) 社会主義的中央管理経済 32) これらについては,拙稿〔4)および〔5〕をも参照されたい。 33) トゥーフトフェルトの経済体制形態論については,Tuchtfeldt〔26〕および〔27〕  を参照。 34) Tuchtfeldt (27) S. 342.

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 70 彦根論叢第224号 は今日ではかなりポピュラーなものとなっている。  さらに,西ドイツの東方研究の第一人者たるタールハイム(K.C. Thalheim) もまた,調整と所有の二元論の系譜に属するといえよう。たしかにタールハイ ムはクP一テンやライボルトやペータースのように体系的な経済体制の定型化 を試みているわけではない。しかしながら,かれは,現代の諸経済体制を有効 かつ的確に把握し比較するにはとりわけ調整方式と所有方式を重視すべきであ        35) る,との立場に立っている。 2 調整と従属の二元論  先にもふれておいたように,基準二元論にはいまひとつ「調整と従属の二元 論」の方向がある。これは,前述の調整と所有の二元論ほど普及をみたもので はない。われわれの知る限りでは,この方向をとるのはわずかにピュッッ(Th, PUtz)だけである。そこで以下,このピュッツの体制形態論をもって「調整と 従属の二元論」を代表せしめることにしたい。  (1)ピュッツはもともとゴットルの流れを汲む経済学者として知られるが,       う そのかれは,ヌスバウマー(A.Nussbaumer)が指摘するように,経済体制の原 理的研究の方面ではゾムバルトやオイケンに比肩しうるほどの業績を残したと         きり いって過言ではない。  さて,経済秩序の類別化にさいしてピュッツはまず,需給の調整方式に着目 する。そして,オイケンの考えを踏襲する形で調整方式をつぎの二つに区別す る。すなわち,「市場経済的調整原則」と「中央管理経済的調整原則」がこれ である。ピュッツによれば,論理的に考えられる可能な調整原則はこれらに限         られるのであって,これら以外の第3の調整原則は存在しない。このような調 35)Thalheim〔25〕S.332,341.なお,タール・・イムの包括的な形態論については拙稿   〔5〕でくわしく検討しておいた。 36) Nussbaumer〔14)S.31. 37) ピュッツの体系的な形態論の特色については拙稿〔4〕および〔5〕をも参照され   たい。 38)  P{itz (18〕 S.23,

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       経済体制の類別基準  71  整方式の二分法にかんする限り,ピュッツの立場はオイケン説の線上に位置づ  けることができる。   (2)ところで,ピュッツは経済秩序の類別の基準として調整原則のほかにも  うひとつの原則を措定する。それは,かれの用語をもってするならば,従属原 ヒ       ラ  則」(Subordinationsprinzip)である。以下,この原則について説明することにし  よう。   ピュヅツによれば,経済秩序は,いわゆる自然と違ってそのときどきに支配  する価値(自由,公正,福祉,安定など)によって根本的に規定される。要する  に,経済秩序には各時代の支配的価値が投影されており,したがって価値と秩  序とのあいだtlこは必ず一定の意味連関(Sinnzusamlnenhang)カミ成立しているの    るの  である。しかるに,意味をもつ現実の経済秩序を的確に把握するためには,な  によりもこの意味連関を考慮に入れねばならない。ピュッツによれば,このよ  うな意味連関は経済政策の主体たる国家と個鋼経済との関係(すななわち,個別 経済がどのような形で国家に従属するか)がこれをもっともよく表現する。この点  にかんする原則こそが,ピュッツのいう従属原則にほかならない。        ユつ   ⑧ この従属原則はつぎの四つに区別される。すなわち,「経済過程への国  家の不干渉の原則」,「経済過程の市場適合的な指導の原則」,「経済過程の指令  的中央計画の原則」ならびに「経済過程の中央計画適合的な指導の原則」がそ  れである。このばあいの区別の基準は,個別経済(企業および家計)の活動領域  のどの点に対して国家の経済諸施策が投下されるか,に置かれている。この国 家施策の投下点(Ansatzpunkte)は,個別経済の活動内容と,その環境条件つま  り与件とに大別される。先の第1および第2の従属原則のばあいは,投下点が 与件に限定される(第1の原則は国家干渉のもっともゆるやかないわゆるレッセ・フェ  ールの原則にあたる)。これに対して第3および第4の原則のばあいには,個別経  39) PUtz〔18〕S.24.  40)価値と経済秩序との関係およびこれらのあいだに成立する意味連関の細目について   はPUtz〔17)を参照。  41) Plitz〔18)S.24ff.

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 72 彦根論叢第224号 済の与件はむろんのこと,その活動内容にも国家が介入するものである(第4 の原則は第3の原則よりも個別経済への干渉の強度がゆるやかなばあいを示している)。  (4)さて,ピュッツは以上の調整原則と従属原剣とをもって経済秩序の基本        るの 型をつぎの四つのものに類別する。「自由市場経済」(Freie Marktwirtschaft), 「指導市場経済」(Gelenkte Marktwirtschaft),「全体中央管理経済」(Totale Ze− ntralverwaltungswirtschaft)ならびに「改革型中央管理経済」(Reformierte Zentr、 alverwaltungswirtschaft)がこれである。自由市場経済は,「市場経済的調整三期 と「経済過程への国家の不干渉の原則」との結合をもって特徴づけられる,い わゆるレッセ・フェールの体制にほかならない。第2の指導市場経済は,「市場 経済的調整原則」と「経済過程の市場適合的な指導の原則」との組み合わせ から成る。西側のいわゆる現代資本主義体制および東側の市場社会主義の構想 (たとえばユーゴ・モデルやオタ・シクのモデル)がその具体的な事例である。第3 の全体中央管理経済は,「中央管理経済的調整原則」と「経済過程の指令的中 央計画の原則」の二つの柱から成る。西ではドイツの戦争経済,東ではいわゆ る戦時共産主義がこの第3の基本型の代表例である。最後に,改革型中央管理 経済は, 「中央管理経済的調整原則」と「経済過程の中央計画適合的な指導の 原則」との結合をもって特徴づけられる。60年代後半のいわゆる経済改革以後 のソ連・東欧の諸経済体制がこれにあたる。  (5)如上のところがら明らかなように,ピュッツ説の一大特色は,意味連関 にかかわる従属原則が経済秩序の類別基準として定立されたことにある。この ことによって,一方で価値の問題が考察の中に取り入れられる道が拓かれると ともに,他方で国家と経済との関係が従属原則の形で定型化されることにもな っている。もとより,経済体制論の分野で価値の問題を意識的に取り上げてい るのは,ピュッツだけではない。学説史的に振り返ってみると,歴史学派の流 れを汲む論者たちもそのときどきに支配する価値的ならびに精神的な諸要因に 着目し,これらを柱にして立論するのが普通である。たとえば,この方向を代 42) Piftz (18) S. 26ff.

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       経済体制の類別基準  73 表する論者としてはゾムバルトやリッチュル(H.Ritsch1)やハイマン(E. Hei・ mann)らの名前をあげることができる。したがって価値的・精神的要因の重視 という限りでは,この派もピュッツの立場も同じである。ただ,この要因の取 り扱い方については両者のあいだに違いが認められる。すなわち,ゾムパルト やリッチュルらが価値的・精神的要素を最重要視して,これを多様な諸要素を ひとつの全体へと意味的に統合化する統一原理とみなしたのに対し,ピュッツ にあっては先述のとおり価値の占める地位が相対化されて従属原則の形で調整 原則と同列に置かれているのである。 II[ 基準三元論の系譜  最後に基準三元論の方向をとる説を取り上げることにしたい。まず用語の問 題であるが,ここに基準三元論とは,体制類別基準が三つであるばあいを示し ている。この方向をとる説はまれであり,われわれの知る限り,体系的な形で この方向の説を唱えているのはわずかにベトヒャー(E.B・ettcher)ひとりであ る。そこで以下では,このベトビャ一説の要旨を述べていくことにしたい。  (1)ベトヒャーは,西ドイツを代表する経済体制論者のひとりであるが,か れは多年にわたって経済体制の理論的ならびに実証的研究にたずさわり,これ ら両方面で多くの業績を残している。なかでも特筆に値するのは,外廷的(exte− ns1v)成長から内包的(intensiv)成長への経済発展の必然性を論証した「経済        ラ発展の局面理論」(Phasentheorie der wirtschaftlichen Entwicklung)である。この 説が世に問われたのは!959年であるが,これが60年代以降の経済体制論議とり わけ東方圏諸国の経済改革をめぐる論議に対していかに大きなインパクトを与 えたかはわれわれの記憶に新しいところである。  (2)さて,ベトヒャーはまず,第1の類別基準として「計画主体」(Plantrtig一           erschaft)に注目する。つまり,「誰が経済計画の担い手か」,言い換えるなら ば誰が経済的意思決定の主体か,がここでの問題である。ベトヒャーは,計画 43) この点については,Boettcher〔1〕を参照。 44) Boettcher (2) S. 42.

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 74 彦根論叢 第224号 主体が多数の個別経済か,それとも一個の中央機関かを標識にして「自由市場       45) 経済」と「中央指導経済」を区別する。前者では個別経済活動の調整が価格メ カニズムによって行なわれるのに対し,後者では経済全体が一個の中央機関に よって管理される。以上の見解は,オイケンならびにヘンゼルの考えを引くこ とは明らかである。  (3)つぎに,第2の類別基準として生産手段の「所有主体」(Eigentifmerschaft)           が措定されている。この所有主体は,先の計画主体と密接なつながりをもつ。 まず,計画主体が同時に所有主体であるばあいが考えられる。このばあいに は,生産手段の所有はもっぱら生産手段に対する実質的処分権であるというこ とが前提になっている。というのは,生産手段の実質的処分権を有する者のみ が生産計画を決定しうるからである。かくてこのようなばあいには,市場経済 では計画主体たる私企業家が同時に生産手段の所有者であるが,一方中央指導 経済では一個月中央機関(国家)が計画主体であると同時に所有者でもある。  他方,いわゆる所有と経営の分離に欝欝されるように,生産手段の「法的処 分権」と「実質的処分権」が分離しているばあいが考えられる。たとえば,株 式会社では法的処分権は株主の保有するところであるが,一方実質的処分権は 経営者の掌中にあるのが普通である。同様のことは国家管理についても考えら れる。すなわち,生産手段の法的処分権は国家が保持するが,その実質的処分 権は個別企業の管理者に移譲されるばあいがこれである。国家統制が大幅に緩 和されて企業長が自己の責任でもって生産計画を実質的に決定しうるようにな り,したがって各個別経済の相互調整に市場価格が不可欠となると,このよう な秩序はもはや中央指導経済ではなく,市場経済に分類されることとなる。 「生産手段の国有を伴う市場経済」すなわち「競争社会主義」(Konkurrenzsozi一       マ  alismUS)がこれである。  (4)最後に,ベトヒャーは第3の類別基準として「消費財ならびに職場の選 45) Boettcher〔2〕S.42. 46) Boettcher〔2〕S,43. 47) Boettcher(2〕S.43.

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       経済体制の類別基準  75      イの 択」を立てる。これは,周知のように消費財や職場の選択が家計によって自由 に行なわれるか,それともそれらが国家によって割り当てられるかという問題 にほかならない。  さて,ベトヒャーは如上の三つの基準をもってつぎの八つの基本的な経済秩         序モデル(Wirtschaftsordnungsmodelle)を類別している。すなわち,「自由市場 経済」,「競争社会主義」,「中央指導経済」,「全体中央指導経済」,「統制資本主 義d(regulierter Kap・talismus),「資本主義北斗常時体制」(Kriesenordnung iln K詠 pitalismus)ならびに「非現実的結合形態」(unrealistische Kombination)(二つ)で ある(衰3参照)。 表 3   結合形態 類別基準 生産手段は 国有か 生産は集権 的計画によ って行なわ れるか 自由市場 経  済 nein 競争社会中央指導 主  義経  済 a a 集産主義的 nein 1 nein 市場経済的 よ中よ当か おはにりる 磁場関割れ 費職機てら 消び央って nein

nem

a nein 全体中央 指導経済

誓本主謡講

過渡的秩 序

ja 1 nein ] nein a a a nein a a 非現実的結合形態 a nein a nein nein a  (5)ところで,ベトヒャーはこれら八つの秩序モデルを「内在的安定性」の 観点から三つのグループに大別している。「非現実的結合形態」,「過渡的秩序」        ヨの ならびに「安定的選択肢」がこれである。まず,非現実的結合形態には二つの ものがあるが,これらは表3に明らかなように思惟上は考えられはするがきわ めて非現実的なモデルである。  つぎに,過渡的秩序に分類されるのは,「全体中央指導経済」,「統制資本主 48) Boettcher (2) S. 45. 49) Boettcher (2) S. 44. 50) Boettcher (2) S. 45ff.

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 76 彦根論叢 第224号 義」ならびに「資本主義的非常時体制」の三つである。これらはいずれも架空 のものではなく,歴史にその例を見出すことができる。ベトヒャーによれば, これらの秩序は一定の前提のもとで成立し,かつ存続するが,しかし,この前 提の消滅とともに比較的短期間のうちに他の秩序へ移行したし,また現に移行 しつつある。たとえば,統制資本主義を例にとると,その典型的なケースは戦 争経済であるが,このばあい,戦争遂行のために生産の全体は中央の統制下に 置かれた。しかしながら経験が示すとおり戦争の終結とともに市場経済への復 帰がなされた。  最後に,ベトヒャーは相対的に長期にわたって存続しうる「安定的選択肢」 のうちに残りの三つの秩序を含めている。すなわち,「自由市場経済」,「競争 社会主義」および「中央指導経済」がこれである。かれによれば,これらはい ずれもうちに緊張や対立を含まないがゆえに安定的であり,長期間存続しうる ものである。  ⑥ ベトヒャーの所説のポイントは以上のとおりであるが,かれの説は結局 「調整・所有・選択の三元論」をもって特徴づけることができよう。また,本 稿で取り上げた如上の諸説とくらべたばあい,ベトヒャー説の個性ともいうべ き点は「選択」の面によく表われている。むろん,周知のようにこの問題は体 制論の分野では消費選択の自由や職業・職場選択の自由といった形でしばしば 取り上げられており,したがって,問題それ自体は別に新しいとはいえないだ ろう。けれども,これを主要な体制類別基準に数えた議論は,われわれの知る 限りでは,ベトヒャー説のほかにはないように思われる。 W ひとつの総括  最後に,上述のところをふまえて二,三の総括を行なっておくことにしたい。  (1)先のところがら,戦後の西側ドイツ語圏の経済体制形態論の主流を占め ているのは,われわれのいう基準二元論であることが知られるであろう。その 中でも調整と所有の二元論が数の上でも影響力の点でも優位を占めているとい える。別の角度からいうと,調整方式と所有方式を経済体制もしくは経済秩序

(23)

      経済体制の類別基準  77 の本質的構成要素とする立場が優位を占めているのである。しかしだからとい って,他の立場の論者が調整や所有を問題にしないというのではむろんない。 どの論者も調整方式を重視することは既述のとおりである。ことに,調整一元 論の立場をとるヘソゼルがそうであった。一方,所有方式はどうか。たしか に,ヘンゼルとピュッツのばあいセこは所有の問題は他の論者ほど重要視されて いない。しかしながら,両老はこれを無視したわけではなかった。かれらはと       う  もに,偶有的要素(ヘンゼル)または特殊原則(ピュッツ)としてではあるが, 所有の問題にも眼を向けているのである。かくて,どの論者も所有問題を視野 に入れているといわねばならない。  (2)本稿で扱った論説は,いずれも経済体制の構成にかんして多様な要素に 注目するという意味で包括的であるが,これは,経済体制を現実に即した形で 的確に把握しようとする各論者の意図に発している,と考えられる。つまり, 複雑化・多様化の道をたどりつつある現代の(ことに東西の)諸経済体欄は,た とえばもっぱら調整方式だけを問題にするオイケン説に代表されるような単純 な図式をもってしてはこれを的確に把握しえない,という認識がどの論者にも 共通してあるように思われる。先にみたように,クローテソやピュッツが典型 的にそうであるが,一方オイケンの系譜につながるヘンゼルでさえもがこのよ       らコラ うな認識をもっていることは別心で指摘したとおりである。また,ほとんどの 説が体制類別にさいして複数の基準を立てるのも,やはりこのような各論者の 意図なり認識なりからくる,と解される。  ⑧ 本稿で検討した論説は内容的にみてそれぞれ個性をもち,したがって各 説のあいだに違いがあることは如上のところがら明らかであり,ここにこの点 51) ピュッツは経済秩序の構成要素を一般原則(allgemeine Prinzipien)と特殊原則   (spezielle Prinzipien)とに区別する。前者は経済秩序の主柱をなす本質的要素であ  り,後者は副次的な補完的要素である。一般原則は調整原則と従属原則の二つであ  る。これに対して,特殊原則には所有方式のほか,企業形態,経営体制,市場形態,  競争関係,貨幣制度,所得形成方式および所得分配方式が含まれている(Ptitz〔18〕  S. 33ff・)0 52) この点については,拙稿〔5〕を参照されたい。

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 78 彦根論叢 第224号 を再説する必要はあるまい。ただ,次の一点はここに付け加えておかねばなら ない。それは,体制類別の方法にかかわる。これにかんして各説を比較する と,大別して二つの方法があることが知られる。そのひとつは,それぞれ複数 のヴァリアントを有する,複数の基準をいわば機械的に組み合わせて経済体制 を類別しようとするものである。この方法に従うと,現実型,理念型ならびに 架空型を含む多様かつ多数の体制が類別されてくる。クローテンとベトヒャー のばあいが典型的にそうである。また,ヘンゼルもこの方法をとるといわねば ならない。というのは,かれのばあいには市場経済と中央管理経済の二つしか 定型化されえないが,しかしそれぞれについて架空型をも含むおびただしく多 様な形態が考えられているからである。これに対して第2の類別方法は,複数 の基準をもって歴史的実在としての現実型を類別しようとするものである。ラ ィボルト,ペータースならびにピュッツの方法がこれにあたるといえる。この ぼあい,体制構想や体制モデル(たとえば,オタ・シクのモデルや評議会民主主義モ デルなど)も問題にされていることは上述のとおりである。  (4)先にふれたように,各説とも体制問題の考究にさいして調整方式を最重 視するが,これにかんしてオイケン説の影響ということをここに指摘しておか ねばならない。つまり,本稿で扱った論説のいずれにおいても調整問題の扱い 方,調整方式の定型化などにかんしてオイケンの考えが色濃く反映されている ということである。調整方式にかんする限り,どの説もオイケン説の線上に位 置づけられるといっても過言ではあるまい。この一点からしても,戦後の西側 ドイツ語圏の経済体制論(とりわけ経済体制形態論)の分野におけるオイケン説        お  の影響の大きさのほどが窺えよう。  ㈲ はじめに断っておいたように,本稿は経済体制の類別基準に論点を絞っ て戦後の西側ドイツ語圏で著わされた主要な経済体制形態論に検討を加えよう とするものであった。しかしながら,本稿ではこのように論点を類別基準に限 定したことと紙数に限りがあったこともあって,戦後に出た主要な体制形態論 53)戦後の西側ドイツ語圏の経済体制形態論に対するオイケン説の影響については拙稿  〔4〕を参照されたい。

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      経済体制の類別基準  79 のすべてを網羅することはでぎなかった。本稿に収録できな:かった論説のなか には経済体制学説史上重要な貢献をなしたと考えられるものさえ含まれてい る。たとえば,リヅチュルの論説がそうである。かれの説の一大特色は,ゾム バルトの線の構造分析的理論をもってする精神的要素(社会の精神,経済の精神, 技術の精神)を柱としたきわめて包括的な形態論ということにある。だが,こ のリッチュル説については畔塗でオイケン説との関連で検討したことがあるの         らの で本稿では割愛した。また,本稿ではいわゆるシステム論系の体制論は全く取 り上げられていない。この系譜の論説の中にも体制類別の基準の角度よりして みるべきものが少なくないように思われる。たとえぽ,レーシュ(D.L6sch) の論説をその代表として挙げることができよう。レーシュの説は一口でいうと 基準多元論をもって特徴づけられる。すなわち,かれは経済体制の類男Uにさい して生産,資源配分,短期的マクロ統御(安定政策),長期的マクロ統御(国民経 済の最適発展の実現)ならびに所得分配の五つを基準として定立し,さらにこれ ら五つのひとつ,ひとつについてそれぞれ五つのヴァリアソトを挙示し,これ        55) らをもって経済体制を定型化しようとしている。ともあれ,レーシュを始めと するシステム晶系の経済体制論の検討は別の機会に譲らねばならない。       一!98399。10一        参 照 文 献 (1) Boettcher, E., Phasentheorie der wirtschaftlichen Entwicklung: Ein Ansatz zu   einer dynam董scheR Theorie der Wlrt$chaftsordnung, i・n:Hσ窺伽プ98r J盈r伽。タげ痂   Wirtschafts−und Gesellschaftspolitik, 4 Fahr, 1959. (2) 一一, Wirtschaftsordnung und Staat, in: Hamburger Jahrbuch fthr Wirtschafts−  und Gesellschaftspolitife, 25 Fahr, 1980. (3) Eucken, W., Die Grundlagen der NatienalOkogeomie, 8 AuCl., Berlin.Heidelberg.   New York 19. 65. 〔4〕福田敏浩,「類型学的経済体制論の潮流一オイケン説をめぐって」,「社会科学論   集』(大阪府立大学)第11・12合併号,昭和56年3月。 〔5〕一,「経済体制の比較基準」,『彦根論叢」第219号,昭和58年3月。 54)Ritschl〔18〕,〔19〕拙稿〔4〕および〔5〕を参照されたい。 55) これらを機械的に組み合わせると,形式的に55=3125もの経済体制が類別されるこ  とになる。もちろん,この中には現実型から架空型までのものが含まれることはいう  までもない(Lδsch〔12〕S.108,〔13〕S,49)。

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80 彦イ艮言命叢  第224号 〔6〕Hensel, K. P., Strukturgegensatze Qder Angleichungstendenzen der Wirtschafts・     und Gesellschaftssysteme von Ost und West ?in:ORエ)0, Bd.)姐,1960/61. 〔7〕  ,Grundgesetz−Wirtschaftsordnung:Eine ordnungstheoretische Studie,圭n,   ORZ)0, Bd. xlV,1963. 〔8〕  ,Grundformen der VlirtschaftSOrdnung:Marktωirtschαノt−Zentralwerxval−     tungswirtschaft, Mttnchen!972. 〔9〕Kloten, N., Zur Typenlehre der Wirtschafts−und Gesellschaftsordnungen, in:     Schachtschabe1, H, S.(Hrsg,), Wirtschaft∬tufen und Wirtschaftsordnzangen,     Darmstadt 197!(なお,この論文はもともと, ORDO, Bd. VII 1955に上梓されたも     のである)。 〔10〕  Kosta, J., So2ialistische Planwirtschaft; Theorie und .?raxis, OPladen 1974. 〔11〕 Leipold, H,, Wirtschafts一一und GeseZlschaft∬ツsteme im Vergleich: Grundxtige    einer Theorie der Wirtschaft∬ysteme, Stuttgart 1976. 〔12〕 L6sch, D., Zur Ideologiekritik des traditionellen bipolaren Ordnungsdenkens,     in;正fαmburger Jahrろuch fdir Wirtschafts−und GesellschaftsPolitife,20 Fahr,1975. 〔13〕 Lδsch, D。, Bolz, K., Clement, H.,1)[lirtschaft∬)lsteme :Marfet・oo’irtschaft/K砂ゼ診α.    lismus_Planwirtschaft/So2ialismzes, Mtinchen 1978. 〔14〕 Nussbaumer, A., Die Bedeutung,,Strategischen Verhaltens“fdr die Systematik    der Wirtschaftsordnungen, ill=Durr, E., J6hr, A., Rothschild, K. W.(Hrsg.),    Beitrdge zur Wirtschafts−Ztnd Gesellschaftsρolitife, Festschrift ftir:rheodor Put2,    Berlin 1975. 〔15〕 Peters, H.一R。, Ordnungstheoretische Anstitze zur Typisierung unvollkommener    Wirtschaftsordnungen, in:Hamburger Jahrbuchノ涜r Wirtschafts_und Gesellscha.    ftspolitik,18 Fahr,1973. 〔16〕  ,Hauptsachliche Determinanten von Wirtschaftsordnungen, in:Z臨50んブ碗    !認r.Wirtschafts−und Soxiαlwi∬enschafteiz, Jg.93,皿:Halbband,1973. 〔17〕 PUtz, Th., Zur Typologie wirtschaftspolitischer Systeme, in=JahrbUchノ涜プ    So2ialwissensehaft, Bd.15,1964. 〔18〕   ,Grundlagen der theoretischen Wirtscha.ftspolitik,3neuarb. u. erw. Auf1.,    1975. 〔19〕 Ritschl, H., Die GrundJagen der Wirtschaftsordnung, Ttibingen 1954. 〔20〕  ,Wirtschaftsordnung, in:Handwtirterbuch der Soxialwi∬enschaften, Bd・12,    1965. 〔2!〕 Schltiter, R., WirtschaftsPolitik:Eゴ認E瑠翫r微g Mainz 1970.       〔22〕 Sik,0.,1)emokratische und Soxialistische Plan−zand Marktwirtschaft, Z怠rich 1971. 〔23〕   ,H“mane Wirtschαftsdemokratie;Ein dritter W「eg, Hamburg 1979, 〔24〕 Streit, M E., Theorie der IVirtschaftspolitik,2neubearb. u. erw. Auf1., Dtiss・    eldorf 1982. 〔25〕Thalheim, K. C,, Systemtypische Merkmale von Wirtschaftsordnungen, in:Ar.    ndt, H.(Hrsg.):Sozialwi∬enschaftliche Untersuchungen, Berlin 1969. 〔26〕Tuchtfeldt, E., Der”lnterventionskapitalismus“一Eine gemischte Wirtschaftso−    rdnung, in;Wirtschaftspolitische Chronik, Jg.25, H.2/3,1976. 〔27〕  ,Wirtschaftssysteme, in;Handworterbuch der Wirtschaftswi∬enscha.ft, Bd.    9ン1982. (28〕Wagener, H.一J., Zur Analンse von IVirtscha.ft∬ystemen, Ettte Ein!翫ん耀箆9, Berlin・    Heidelberg・New York 1979.

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