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社会教育・学校教育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察 : 釧路市と埼玉県八潮市の事例の検討を通して

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(1)Title. 社会教育・学校教育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察 : 釧路市と埼玉県八潮市の事例の検討を通して. Author(s). 宮崎, 正勝. Citation. 北海道生涯学習研究 : 北海道教育大学生涯学習教育研究センター紀要, 3: 101-112. Issue Date. 2010-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2819. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである。. Hokkaido University of Education.

(2) “北海道生涯学習研究”北海道教育大学生涯学習教育研究センター紀要 第3号. 平成15年3月. ReportoftheResearchandEducationCenterfbrLifelongLeamlng−HokkaidoUniversltyOfEducationNo・3 March 2003. 社会教育・学校教育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察 一釧路市と埼玉県八潮市の事例の検討を通して−. 宮崎正勝 北海道教育大学釧路校. OntheTransitionfromSocialEducationandSchooIEducationSystem toLifヒlongLeamingSystem−ACase−StudyofKushiroCity and YashioCity,Saitamapref二 Masakatsu MIYAZAKI HokkaidoUniversltyOfEducation,Kushiro. はじめに. 20世紀後半に入り、「教育」に対する認識も一層進化した。高度情報社会が、「教育」という本 来社会的であるべき営みの枠組みを革新し、世界規模で公的教育システムを生涯を通じての多様 な教育の機会の一部分に組み込む動きが広まったのである。「生涯教育」の考え方が、それであ る。ユネスコが、「生涯教育(1ifヒlongintegratededucation)とは、一人一人の人間及び諸々の集団の. 生活の質を高めるために、人々の全生涯を通じて人間的、社会的、職業的発達を成し遂げる課程 である。それは、さまざまな人生段階及び生活領域でできるだけ十分な発達を遂げられるよう啓. 発し、高めるための定型的、非定型的、不定型的学習のすべてを包摂する総合的、統一的な理念 である」と定義しているのは、生涯教育に対する新たな発想を示している。 また一方では、情報革命による多様なメディアの発達、グローバリゼーションの進行による既 存の社会システムの大規模な再編(経済の世界化、国民国家の変容、リージョナリズム・ローカ リズムの進展)が進み、1970年代以降、私たちの諸社会システムは世界規模で激的に変化すること になった。従来の「国民国家」、「国民経済」の枠組みは、時代の要求に対応しきれない過去の枠 組みに変わりつつあると言える。明治以来、「国民国家」システムに多くの有為な人材を供給して きた日本の学校システムも決して例外ではない。明治時代の指導者が「教育立国」を掲げて、近 代国家の建設に必要な多くの人材を育成してきたように、新たな世界変動に積極的に対応し得る ような人材を育成できる教育システムの形成が緊急の課題となってきている。しかも、そのモデ ルは世界中に存在せず、その性格上学校教育システムのようにカッチリとした形で作りあげられ るわけではない。結局、日本の教育文化を踏まえ創意工夫を積み重ねると共に、人々の意識改革 を図りながら形を整えて行くしかないのである。そこに現在の教育改革の難しさがある。 我が国では、1981年の中央教育審議会が『生涯教育について』という答申で、激変する社会環 境の下で個々人の生涯学習を援助する生涯教育の取り組みの必要性を指摘し、更に1990年の『生 涯学習の基盤整備について』という答申で、生涯学習を1)各人の自発的意志に基づく学習、2) 自己に適したかたちで生涯を通じて自発的意志に基づいて行う学習、3)意図的、組織的な学習括. −101−.

(3) 宮崎 正勝. 動だけではなく、日常的な多様な形態でなされる学習、と生涯教育を把握して以降、政府の主導. 下に生涯学習の支援体制作りが積極化されることになった。行政機構の中に生涯教育づくりがイ ンプットされたのである。しかし、我が国の「タテ割り行政」の常で、既存の社会教育、学校教 育、ボランティアヘの支援、公民館活動などの整合。再編が十分になされたわけではなかった。. 学校教育の場にも、段階的に生涯教育の考え方が取り込まれることになった。1983年の中央教 育審議会・教育内容等小委員会報告は、1)自己教育力の育成、2)基礎。基本の徹底、3)個性と 創造性の伸長、4)文化と伝統の尊重、を新カリキュラム編成のポイントとして提示し、1984年_ 1987年の中央教育審議会の諸答申は、21世紀の教育の在り方を検討するための視点として、1)個 性重視の原則、2)生涯学習体系への移行、3)変化への対応、を挙げた。伝統的な学校教育でも、 生涯学習の視点に立つ変革の必要性が明らかにされたのである。. その結果、生涯学習の基礎となる「自己教育力」を教育の初期段階で育成するための「生活科」 の新設、中学校。高等学校における選択履修の拡大、などが始まった。しかし、教育現場ではこ. の重要な学校教育に対する発想の転換は十分には浸透せず、伝統的な学校システムに大きな変化 は現れなかった。国民的規模での啓発活動はマス。メディアの非理解もあり、なおのこと進まな かった。. 1999年の現行学習指導要領でも、「生きる力」の育成、学校の創意工夫を生かした特色ある学校 づくりと「総合的な学習の時間」の設置などにより、伝統的学校教育から生涯教育の体系を加味. した学校教育への転換は引き続き模索されている。創造性を有する人材の養成が熱望される現 在、こうした教育の方向性は妥当であると言える。硬直化した伝統的な教育システムの改編の道 筋は示されたのであるが、学校現場でも、大学の教育学部でも、21世紀に対応し得る生涯学習の イメージ形成は遅れており、従来型の学校教育。教員養成、社会教育の視点から抜け出せない現. 状がある。昨今「学力問題」がマス。メディアを賑わし、「基礎。基本」を重視する教材の精選に より教科書の内容が3苦り程度少なくなったとして論議を呼んでいるが、それは教材を精選する代 わりに、子供達の「志」、個性、思考九実践力を育て鍛える学習が学校教育に新にインプットさ れるという教育の新たな方向性へのある意味での無理解を示している。学校現場、地域社会、行. 政、マス。メディアの意識改革が必要になっている。そこで、本稿では、1993年に生涯学習都市 を宣言した釧路市と1991年に同じく生涯学習都市となった埼玉県の八潮市を取り上げ、生涯学習 の実態と課題、枠組みの在り方を検討してみることにする。. 釧路校の社会科教育研究室では、2002年度の「教材論」(2年生段階で実施)で釧路市の生涯学 習について調査。研究し、地域学習の教材を作成するという作業に取り組んだ。その基本視点は 生涯学習による既存の教育システムの枠組みの転換と地域における生涯学習ネットワークの構築. の現状についての検討であった。 言うまでもないことであるが、教育には一定の目的に即し構造化されたカリキュラムによりな. される「システムとしての教育(定形型教育)」に対して、学習者である地域住民が組織する柔軟 な「自己教育(非定形型教育)」、「課題に応じた学習内容が編成され、多様な方法で組織される教. 育(不定形型教育)」の3形態がある。この3者を統合し、社会活動の各部分と密着した柔らかで 総合的な広がりを有する学習活動の体系が生涯学習であり、その形は学校。専門学校などの教育. システムと非定形・不定形な教育的ネットワークの複合体をなしている。一般にそれは、学校教 育と社会教育の連携。統合と見なされる傾向があるが、実際にはより広いネットワーク・システ. −102−.

(4) 社会教育・学校数育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察. ムであり、学校教育と社会教育を相互に変容させ、「新たな学習の場」を組織することによっての み形成が可能である。ネットワークは関係施設・団体などが情報・事業・人材・学習機材と資料 などを相互に交換し、「ワークショップ」的な無数の共同活動を生み出して学校や社会教育諸施設 を結び、それぞれを多様なかたちで活性化させる。しかし、生涯教育のネットワークを形成する. 営みは、生涯教育の導入から10数年が経過しても未だ緒についたばかりである。. 第1章難しい社会教育から生涯教育への転換 一釧路市の事例を検討してみて−. 1993年に「生涯学習都市」を宣言した釧路市は、行政主導で生涯学習を地域社会の活動に組み 入れようと努力している。「生涯学習都市」としての釧路市の現状を簡単に述べると以下のように なる。. 釧路市は、1990年以降生涯教育への取り組みを開始し、1992年11月1日には幣舞橋を見下ろす 海抜66メートルの一等地に巨大な総合施設「生涯学習センター(愛称まなぼっと[学ぼうよの意味 ])」を建設した。地下1階、地上10階(大ホール、音楽スタジオ、工芸スタジオ、市民展示ホー ル、多目的ホール、ちびっこルーム、市立美術館、和室、茶室、アートスタジオ、ハイビジョン. シアター、クッキングスタジオ、学習室、会議室、レストラン、展望台などを備える)の大規模な. 施設である。1993年9月7,8日には、この「まなぼっと」を中心に全国から1000名の参加者を集 め全国生涯学習まちづくり研究会が開催されている。釧路市は、我が国における生涯学習誕生の 先駆的役割を担ったことになる。. 全国大会に先立つ1993年5月8日、釧路市は「凛とした郷土に生きるわたしたちは地球家族の 一員として豊かな個性と生きがいを求め自ら学びつづけます輝く明日をひらくために」という. 生涯学習の宣言文を「生涯学習都市宣言市民の集い」で採択し、生涯学習都市としての本格的な. 歩みを始めることになった。この宣言文は、「釧路の風土に根ざした英知と文化を引き継ぎ、未来 を切り拓く原動力として、個性を育み、創造性を高め、潤いのある充実した人生を送れるよう市 民一人ひとりが生涯を通じて学ぶ必要がある」という立場を示している。生涯教育の場を作るこ. とが必要な理由としては、1)価値観が多様化し、精神的豊かさが求められている、2)グローバ ルな視点からの行動が求められている、3)身じかなところから地球にやさしい行動を起こすこ とが求められている、の3点が挙げられた。 しかし、問題は建前ではなく、実際的な中身である。そこで1994年から翌年にかけて、宣言を. 実行するための「生涯学習推進計画」が策定された。その際に各種調査がなされたが、生涯教育 に対して市民が抱いたイメージは、「生きがい」、「人間関係の拡大」、「余暇の活用」、「ストレス解 消」などであった。「生涯教育」という耳新しい言葉を聞いた市民は、既存の知識の枠内で生涯教 育を受け止め、宣言文の背景をなす新しい教育認識については十分に理解していなかったのであ る。しかし、それは当然と言えば当然のことであった。. 釧路市の生涯学習は、こうした市民の要望を基礎にプランされたために、新しい生涯教育のビ ジョンや教育システムの創造を視野に入れることができ得ず、結局は従来からあった社会教育の. 拡充という方向をたどった。市民にしてみれば、「生涯学習センター」という学びの「場」が提供 されるに止まった。言ってみれば、ハード面が先行してソフト面の検討が抽象レベルにとどまっ てしまったのである。しかしそれは、先導試行の時期には仕方のないことであったとも言える。. ー103−.

(5) 宮崎 正勝. それから10年が経過した。釧路市における生涯学習は依然として行政主導であり、しかも行政. の限られたポストに収赦されてしまった感がある。現在、釧路市の生涯学習の中心部署は、市役. 所の「生涯学習女性課」(7名。内指導主事2名)である。同課は、本来的には全市の生涯学習に 関する諸事項を企画立案するポジションであるが、実際的な中心業務は、生涯学習人材バンクの. 登録。管理・活用(1996年発足2002年3月現在156名登録)、生涯学習まちづくり出前講座(市 役所関係のみ74講座1999年発足)の運用におかれており、現在は総務庁が新に力を入れている男 女共同参画社会創造のための啓蒙活動、プランづくりも同課の重要な仕事になっている。そのた めに生涯学習センター、博物館、図書館、青少年科学館などの生涯教育関連諸施設との連携はシ. ステム化されるには至っておらず(施設代表の会合が年に数回開かれるのみ)、学校教育を管轄す. る学校教育課との連携(「学社連携」)も、「学校支援ボランティア」として緒についたばかりであ. る0従来の社会教育と学校教育の壁は取り払われておらず、相互のネットワークづくり、学校教 育を支える新しい市民によるネットワーク作りは足踏み状態にある。 生涯学習関連の主要施設である「生涯学習センター」は、各種施設の安価な使用料での提供、 生涯学習に関する情報の提供、市民学園講座。市民大学の開催、生涯学習アドバイザーによる支. 援活動などを行っている。施設利用に関しては、センターの統計では延べ利用件数が、2001年で 年間約7900件、延べ利用人数は年間約34万人を数えている。市民にサーヴィスを提供する活動は それなりに軌道に乗っていると言える。生涯学習センターが、「学習活動の場」。「学びの機会」を. 「保障するための施設」として、市民に認知されてきていると言えよう。しかし、生涯学習セン ターを軸とする全市的なネットワークづくりは、ほとんど進捗していないのが現状である。 生涯学習センターでは、「『市民学園』実施計画」と称して、学習ボランティア活動の推進。支. 援、センター学習機会の充実とともに全市規模で地域に根ざした学習活動の推進を活動の目標と して掲げている。つまり、生涯学習のネットワークづくりと「面としての学習の場」の拡大、日 常化を一応目指しているのである。公共交通機関が未発達な釧路市では、生涯学習センターを利. 用する「足」(特に冬季)が不十分であり、市域も広いために、地区毎に生涯学習の「場」を設け、 そのネットワーク化を図らなければ生涯学習を市民の間に浸透させることはできない。特にマイ カーを利用できない子供、高齢者、身障者の場合はそうである。公共交通機関の未整備が、釧路. における市民生活の最大のネックなのだと言える。そこで当初、市では市内3カ所に設けられた コミュニティ。センタ…を各地区の生涯学習の「コア(核)」として位置づけ(鳥取地区のコア鳥. 取[建物面積1723平米]愛国地区のコアかがやき[建物面積1588平米]益浦地区のコア大空[建物面 積1462平米])、更に市内に42ある地区会館とのネットワークを組んで学習事業を促進することを 目指していた。「コア」は、多目的室、和室、音楽室、調理施設などを持ち、設備がかなり整備さ れているので利用価値が高い。 つまり、市は 生涯学習センターを中心に、. 各地区のコア、それぞれの町内に設けられた地区. 会館を有機的に結び付け、生涯学習ネットワークを全市規模で展開するプランを立てたのであ る。しかし、2つの側面からこの試みは頓挫してしまった。 理由の第一は、ネットワークを作り、維持するための基礎になる重層的な「人的つながり」を 作り出さなかった点である。生涯教育を根付かせるための人的結び付きをつくる大変な作業は、 生涯学習センターの職員だけでなし得ないことは明白であり、市をあげてのシステムづくりが必 要であった。それが後に回されてしまったのである。しかし「人的つながり」が組織されなけれ. −104−.

(6) 社会教育・学校教育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察. ば、釧路市の生涯学習をもう一段レベルアップすることはできない。. 第二の理由は、タテ割り行政、財政難による人員不足の中で、行政自らが生涯学習センターと コア・地区会館との結び付きを断ち切ってしまったことである。現在コア(コミュニティ・セン. ター)と地区会館は「市民生活課」の管轄下にあり、「住民活動交通安全担当」(8名)が諸施設の 運営に当っているが、とても手が行き届くような状態ではない。止む無く市民生活課は、地区の 人々の運営協議会にコアと地区会館の運営を託しており、生涯教育の観点は施設運営にほとんど 浸透していない。特に地区会館は特定の個人に管理が委ねられている関係で施設の使用規定がま ちまちで面倒であり、ほぼ葬祭用に用いられている施設も多い状況である。. 市民生活課は、またボランティア、NPO活動に対する支援事業も行い、市民に対する情報提供、 体験交流などの場を設置している。これに対応する取り組みとしては、市民と公私の社会福祉関 係者を組織した全市規模の社会福祉協議会が組織されており、釧路市総合福祉センターの管理運 営、ボランティア活動の推進、地域介護実習・普及センターの運営などを行っている。高齢化社 会の到来は生涯学習と福祉活動を密接な関係に置いているが、福祉活動が生涯学習の一環という 意識は弱いのである。. この外に「釧路市社会教育推進計画」に沿って運用される市の諸施設に「図書館」、「博物館」、「市 立美術館」、「青少年科学館」がある。諸施設の中で最も熱心に社会教育を行っている青少年科学 館は建物の老朽化のために2005年に取り壊され、博物館に隣接する建物が場所を代えて再建され 子ども「遊学館」に変わる予定である。これら諸施設は、それぞれのプランに基づいて催し、講 座などを企画・開催しているが、相互の日常的な連携は乏しい。道立の「芸術館」、春採湖の「エ コミュージアム」、「湿原展望台」、「北斗遺跡」、「国際交流センター」などとの関係は、更に希薄 である。そうした状況は、生涯教育センターの担当者も強く認識しており、結び付きを強めるた めの第一歩として、1992年以来、生涯学習センター、図書館、博物館、青少年科学館、コア3館 の連携を強めるために年に1度の「生涯学習フェスティバル」が開催され、毎年、2万4000人か ら5000人の参加を見ている。しかし、生涯学習の「核」となる各施設に市民、学校などにサーヴ. ィスを提供する生涯学習の担当者はおらず、生涯教育の日常的ネットワーク形成の動きは鈍い。 本来生涯学習センターは、ネットワーク化された学習場所・機会等についての連絡・調整機能、. 生涯学習情報提供・学習相談機能、調査・研究機能、学習プログラム・方法開発機能、指導者研 修機能などを兼ね備えている必要がある(1)。一つ一つの施設が自己完結するのではなく、他施設 と連携することにより、施設の設備的・空間的制限を乗り越えることができるし、事業の発展的 展開が可能になるのである(2)。一たす一はこではなく、五にも六にもなるのである。. こうして見ると釧路市の生涯学習は未だ創成期の手探り状態が続いており、行政が施設や講座 を設けて、関心ある市民に利用の機会を提供するという状況にあり、担当者の苦労にもかかわら. ず従来の社会教育の枠の中に依然として止まったままであることが明確になる。学校教育を含 む、21世紀の新しい教育システムの創造、市民の諸々の「志」を開花させる、活性化された「生 涯教育宣言都市」の姿は残念ながら見えてこない。個別的には多くの取り組みがなされているの に生涯学習の全市的システムが形成出来ないのは、人的ネットワーク作りが頓挫しているからで あろう。例えば東京都の板橋区では施設利用の効率化を図るために区立の集会施設、宿泊施設、. 体育施設122カ所の利用状況をコンピューターで一元化し、生涯学習のための会場のネットワー クを作りあげている(3)。こうした試みは参考になるかもしれない。. ー105−.

(7) 宮崎 正勝. あらゆる年齢層の市民が日常生活の中で簡単にリーズナブルに利用できる学習機会を地域のい. たる所に生み出し、市民の学ぶ意欲を育て、市民が相互に教え合い、学び合う場作りには、ネッ トワークを常に活発な状態に保つための市民の「結び付ける」ボランティア活動が必要になる。ま た各施設がそれぞれの施設の利用者のネットワークを作り実態を把握しておくと、学習者が学習 活動に入るのがより容易になる。生涯教育のネットワークには、施設や活動の「場」と「場」を 結ぶ人的ネットワークが欠かせないのである。. 後の埼玉県八潮市の取り組みを見れば一目瞭然だが、市が生涯教育に取り組む理由は住民にと ってより望ましい地域を作り、市民の生活を豊かにすることである。地方自治体の立場で考えた 場合、生涯学習は「まちづくり」に外ならない。釧路市は現在、未曾有の不況に悩んでいるが、. 釧路経済を活性化するための諸々の取り組みと生涯教育は具体的なかたちで多重的に結び付く。 例えばどのようにして地場産業を育てるのか、釧路を道東観光の拠点にするにはどうしたらよい のか、中核市街地(北大通り)をどのようにして活性化させるのか、街のイヴェントをどのように. 創造していくのか、釧路ラーメンをどのような味にするのか、釧路の魚に付加価値を付けるには どうしたらよいのかなどなど、これらは皆、生涯教育のテーマである。市民の切実な生活の中に 学習のテーマがあると言える。市は、積極的に「学びの場」ニ「市民のまちづくりの場」を設け、. まちづくりに市民のパワ←を活用して行くべきであろう。例えば、観光客向けの釧路独特の料理 を競うコンテストを、市の主催により生涯学習会館、コア、地区会館を会場にして行うとか、北. 大通り(中核市街地)を活性化する提言コンテストを老。壮。小に分けてやってみたらどうであろ うか。釧路を活性化させるための取り組み(「まちづくり」)と生涯教育は共生関係にあると言え. る。具体的活動を積み上げて、活力あるネットワークを作りあげる工夫が必要である。 釧路市を例に検討してみたが、国。地方。市町村が、それぞれの「場」で規模に応じた「人」 のネットワークを組織していくことが、生涯学習の基礎になる。新しい教育システム創造の課題. は、長期の不況下で地域社会を活性化するために必要な知恵と労力のネットワークを創造する営 みと重なるのである。釧路市における生涯学習の更なる進化を図るためには、行政と民間の諸々 の取り組みを一つのシステムにまとめ上げることの効果についての理解と合意、企画・立案。統. 合のネットワ}クの恒常化、それを具体化する任につく人員の各部署への配置であろう。 更に、市民の生涯教育に対するニーズを調査し、意欲を育てて行くこと、学校の週休2日制も踏 まえて学校数育との連携を図ること、使いがってのいい学習機会創造と情報の提供に努めること. が必要になる。次章では、釧路市とは異なる観点に立って生涯教育に取り組んでいる埼玉県八潮 市の取り組みを検討し、新たな生涯教育の指針を考えてみることにする。. 第2章まちづくりとしての総合的な「生涯学習」推進の取り組み 一埼玉県八潮市の場合一. 八潮市は、釧路市よりも2年先の1991年7月1日に埼玉県下で初の生涯学習都市宣言を行い、 以後「生涯学習によるまちづくり」を市政の柱として歩み続けてきた。市の規模は釧路市よりも. ずっと小規模で東京と隣接するベッドタウンであり、「東京市民」が多いために都市の固有のイメ ージを作り出せないという悩みが、八潮市の生涯学習都市宣言の背景をなしていた。道東の中核. 的水産・港湾都市として多くの機能を合わせ持った釧路市が、都市機能の1部として生涯学習を 取り入れたのとは異なり、八潮市の場合には生涯学習を通じて「市」の個性を創造して行くとい. −106−.

(8) 社会教育・学校教育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察. う特別な意味合いがあったのである。その分だけに、全市を挙げた生涯教育への取り組みが可能 となった。生涯学習が「まちづくり」の核になったのである。 八潮市は、生涯教育のシステムを「まちづくり」を媒介にして全行政システムの中にインプッ トし、多重的な市民の人的ネットワークを組織する方法を選んだ。その結果、生涯学習は日常化 し、まちづくりのための貴重な手段となった。八潮市の生涯教育に対する考え方は、市が出した 以下の文章で明確である。. 「『生涯学習によるまちづくり』は、2つの柱から構成されます。1つ目の柱は、『人づくり』で す。さまざまな都市活動や社会生活は、『人』を中心に行われています。まちづくりは、まさに 『人』の力の結集が重要です。八潮市を愛し、ずっと住み続けたいと思う『人』の力の結集が重 要です。八潮市を愛し、ずっと住み続けたいと思う『人(=市民)』を育てることが重要な要素と なり、『人づくり』はまちづくりの原点といえます。. 2つ目の柱は、『舞台づくり』です。『人々(=市民)』の創意あるまちづくり活動は、それぞれ の立場で力を発揮できる場(舞台)が用意されて可能となります。これを実現するためには、市 民と行政とのパートナーシップのもとに、円滑に実施される行政運営や効率的な事務事業の推進 が不可欠です。これを進める概念が『行政の生涯学習化』です。 『行政の生涯学習化』は、市民の積極的な活動に職員が参加していくことで、まちづくりの主. 役は市民であることを前提に、職員の意識改革と能力の向上を図る『市民が主役、職員参加の推 進』、事業の総合化や相互の連携、効率化等による事務事業の見直しを進める『事務事業の見直 し』、市民ニーズに即した行政運営を実現するための環境を整える『職場の活性化』を3本柱と しています。すなわち、行政の生涯学習化は、『人づくり』と市民の生涯学習を活発化し、市民と 行政のパートナーシップによるまちづくりをより強固なものにするための、いわば『生涯学習に よるまちづくり』の舞台を提供する役割を担うものといえます。」. 八潮市は「地域づくり(まちづくり)」と生涯学習を重ね合わせ、釧路市のように生涯学習女性 課というようなひとつの専門部署に委ねるのではなく、市政全体で取り組んだことが先ず注目さ れねばならない。市民が生き生きと活動できるための「学び」の機会を多く生み出すことにより、 市民のための「まちづくり」を進めることができるという考えがそこには存在していた。. 次に、生涯学習を成り立たせるための条件を「人づくり」と「舞台づくり」に求めたことが注 目される。生涯学習に対して行政が果たすべきこと、市民自身が担うことが2つの柱として設定 されており、その条件を満たすための具体的なシステム・ネットワークづくりが検討されている のである。八潮市が考えたように、従来型の社会教育をそのまま生涯教育に移行させることは不 可能であり、新しい教育観に基づく新システムが必要である。そうしたことを抽象化したり、暖. 味にしたりせずに市の実態に即して具体的に検討し、システム化しようとしたところに八潮市の. 取り組みの評価すべき点がある。こうした点は、釧路市のみならず多くの市町村の生涯学習プラ ンが学ばなければならない点であろう。 そこで八潮市の生涯学習のための「人づくり」(「まちづくり」でもある)、つまり市民によるコ ミュニティの創造と、行政が担う生涯教育の「舞台づくり」について見てみることにする。まず. 「人づくり」の方法であるが、それについては地域を代表する町会・自治会長の「地域会議」、市 民・市民団体に推薦されたまちづくりに関心ある市民により構成される「活動者会議」、まちづく り活動のリーダーによる「まちづくり推進者会議」、ボランティアの代表などからなる「ボランテ. −107−.

(9) 宮崎 正勝. イア会議」の4つの会議が組織されている。釧路市にも、八潮市の人的ネットワークと類似する グループは存在するが、生涯教育の視点で体系化されてはいないのである。生涯学習を定着させ るための意識改革、市民のこ岬ズにあった学習機会の創造には、重層的に市民ネットワ}クが組 織化されることが大切であり、それは同時に「口こみ」など諸々の手段による学習情報伝達にと っても有効なのである。 そしてさらにその上にそれぞれの会の正副代表により構成され、各会議の調整、行政との連携 強化を図るための「生涯学習市民会議」が設けられている。会議では、生涯学習の全市的課題と. 方向性の検討、協力関係の確立、情報交換などと共に行政に対する諸々の要請も検討される。そ れに対して行政側も、市長、助役、収入役、教育長、部長が「生涯学習まちづくり推進総合本部」. を組織し、「生涯学習市民会議」の要請に積極的に対応する姿勢を示している。こうした市民と市 政が共働する住民主導の生涯学習は、行政コストの削減、市民の学ぶ意欲を引き出すという二重 のメリットを持っている。. 次に「舞台づくり」では、市民へのサーヴィス、行政の総合化、相互連携、職場の活性化が重 要課題として掲げられ、積極的にタテ割り行政の克服が図られている点が注目される。市民に新 しい学習活動を期待するのであれば、市民の諸々のニーズに的確に対応できるような柔軟な行政 システムが必要であり、従来のセクショナリズムは生涯学習にとって有害であるという認識がそ. こにはある。生涯学習に関連する業務を従来の行政システムの中に馴又、分散してしまった釧路 市の行き方とは全く異なる方向性を持っていると言える。 具体的なシステムを見てみると、市の幹部会議が「生涯学習まちづくり推進総合本部」を兼ね、 「次長及び主管課長連絡調整会議」が「まちづくり調整会議」を兼ねることになっている。「まち. づくり」と「生涯学習」を一体化してとらえているために、このように各部課が相互に連携、共 同して生涯学習の「舞台」作りを進めることが可能になるのである。釧路市でも、こうしたシス テムの効率について考えるべきであろう。. 釧路市でも経済の長期低迷からの脱却を図るという観点から、1)生涯学習、. 2)観光の振興、. 3)地場産業の育成、4)中核市街地の振興などを「まちづくり」として一括し、八潮市のよう に「まちづくり調整会議」を組織して市民のニ…ズに応えられるような市政のシステム作りを試. みてみたらどうであろうか。「まちづくり」は、社会状況の変化の中で行われ続けるものであり、 「まちづくり」が不用になった完壁な町などは、どこにも存在しないのである。 もうひとつ八潮市の生涯学習システムの特色をなすのは、ユ995年に「やしお生涯学習まちづく. り財団」が設置されて、「やしお生涯楽習館」(所謂、生涯学習センター)と「八潮メセナ」(文化 会館と勤労福祉センターの機能を持つ複合施設)の管理・運営を行っている点にある。行政シス テムから切り離された財団は、1)生涯学習の意識啓発事業(フリーマーケット、楽習館まつり、 生涯まちづくりフォーラム、まちづくり大賞の発表会、子供向けファミリー。コンサート、市民 参加ミュージカル、新春ロビーコンサートなど)、2)生涯学習まちづくりのための人材。団体の 育成事業(例えばセカンドライフセミナ、まちづくりカレッジなど)、3)生涯学習の機会の提 供、4)情報の収集と提供、などの諸業務を行っている。この財団が単に施設を管理。運営する のではなく、意識啓発、人材。団体育成、情報の集積と提供を積極的に行っている点は、社会教 育から生涯教育への進化のカギを的確に把握している活動として評価できる。財団にすることに より、市政の中に埋没してしまいがちな生涯学習への取り組みを分離し、生涯教育のエンジンと. −108−.

(10) 社会教育・学校教育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察. しての機能を強めようとしたのであろう。市役所が、市長の管轄下にある財団と連携し、財団を バックアップするのは当然である。. また八潮市は、学校開放講座(全市の小・中学校)の開催、生涯学習出前講座(8部門[子供部 門もあり]229講座で講師は市民・民間企業の社員、公共機関職員、教職員、市職員、2001年度の 利用者数は、17,205人)、ディベート形式によるまちづくり研修会(中学生、青年会議所、生涯学 習やしお探偵団、市職員の4チーム)などユニークな活動を展開している。こうした催しは、八 潮市が学校を生涯教育の一部として位置づけ、「こどもたち」も積極的に生涯教育の担い手として 位置づけている点で注目される。. 現行の学習指導要領では、学校の週休2日制の実施、学校教育における「生きる力」の育成と「総 合的な学習の時間」の導入がなされ、学校教育システムと生涯教育システムの重複部分が著しく 増加した。地域に蓄積されてきた「知恵」を、子供達の学習の中に取り入れ生かして行くことが. 求められているのである。そうした時に、八潮市の生涯教育への姿勢は、生涯教育を学校教育が 達しく変容するための大きなエネルギーに転化させる可能性を持っている。つまり、「まち」と 「まちの人々」が自ら「まちの将来の担い手」である子供を育てる責任を引き受ける態勢ができ. ていれば、「まち」に子供たちが活用できる大きな教育的機会が用意されることになるのである。 後は、教師次第である。. 第3章学校における「生きる力」の育成と生涯教育の観点 現行学習指導要衝の週5日制の導入、「基礎・基本」による教材の精選と「生きる力」の重視、 「総合的な学習の時間」の導入は、高等教育のユニヴアーサル化に伴う大学生の学力低下の問題 と重ね合わされて、世界規模で経済競争が激化する現状に対する危機意識を背景にマス・メディ アでの「学力論争」を呼び起こした。「生きる力」の育成を重点とする教育は、親の経済力、教育 力が教育に大きく介入することになるために、親の経済力がもろに教育に反映されることにな り、日本社会の階層分化を加速化させるのではないかという指摘も、一部の教育学者からなされ ている。. 道東に視点を据えて考えてみると、確かに文化・情報の集積度が劣悪な状態にあるなかで「生 きる力」の教育が進められ、教科書の内容、授業時間が大幅に削られることは極めて深刻である。 しかしそれでも、70年代以降30余年間続き、現在も国民の間に大きな影響力を持つ全国均一の知 識偏重教育を続けることの弊害と、新たな教育的試みのリスクを天秤にかけてみると、「生きる 力」の育成をスローガンとする新しい試みの方がベターであると論ぜざるを得ない。理由は、人. 間のエンジンは「意欲、志」であり、それは知識・理解だけでは身につかないということと、世 界規模でシステムが変動する時代環境の下では、「知恵」と結び付いた「知識」の習得が必要であ. り、子供たちのそれぞれが固有の感性、思考方法などを身につけなければならないと考えるから. である。多くの若者が劣等感を抱く結果となり、多様な価値観、興味・関心を育てない偏差値教 育は、余りにも弊害が多すぎるのである。競争原理の誤った導入であろう。 東京の教育環境と道東の教育環境を比較してみると相互に異質であり、それぞれに利点があっ て甲乙は付け難い。問題は、道東の地の利を活かすためには地域社会が教育(後継者あるいは人 材の育成)に力を注ぎ、教育的短所を補うことが不可欠になるという点である。手に入れられる 教育的サーヴィスが極めて少ない分、地域社会、行政が生涯教育の取り組みを強めざるを得ない. −109−.

(11) 宮崎 正勝. のである0段々と学校教育の機能が縮小する分、地域が「意欲と創造性、活力に満ちた子供たち」 を育成するためのシステムを作って行くことが必要になる。生涯学習の時代においては、「地域. 社会の教育力の活用」が教育の質を決定する重要な要因になるであろう。21世紀の学校教育には、. 「特別非常勤講師制度を利用した地域の人材の活用、学校行事や部活動での専門家の活用、社会 教育施設及び文化。スポーツ施設、地域の文化財や産業施設、さらには森林。河川。海浜などの 自然のもつ教育機能」匝)まで幅広く活用することが求められているのである。. 長年、教科書による体系化された知識の学習にならされてきた日本人は、「書を捨てて自然や街 に出る」ことを教育からのドロップ・アウトと見なしてきた。しかし、「ナマモノである人生」。. 「ナマモノである社会」で役に立つ「知恵」や「発想」は、教科書の中にあるのではなく、常に 変化して止まない自然や社会の中にある。自然や社会は、それぞれがそれぞれに対して異質で個 性的であり、長所。短所を持っている。首都圏には首都圏の、道東には道東の子供を育てる「場」 と「人々」が存在するのである。21世紀の教師は、子供の「発見者」。「サポーター」であると同 時に、教育の「デザイナー」であり「オーガナイザー」でなければならない。つまり、子供たち. の成長に必要で有用である「場」をデザインし、「場」を作るための協力者を組織して行かねばな らないのである。「出来合い」の学校を利用するのではなく、生涯教育のネットワークに支えられ た学校という「場」を作りあげるということである。 行政は国・地方・都道府県・市町村のそれぞれの段階で、教育の「場づくり、舞台づくり」を. サポートし、住民のボランティアがそれを支えることになる。発達した情報ネットワーク、情報. 機器を利用することで、従来の日本の学校教育の大きな利点であった「教育の平等性」を保つ努 力を継続すればよいのである。テレビでの多様な語学、教養、技術の講座、インターネットのホ ームページ、データーベースの拡充、各種の生涯学習に関わる施設のネットワーク化などは過疎 地帯にとって必要不可欠である。文科省は、文化。情報。サーヴィスの蓄積が少ない過疎地域の 生涯教育を充実させるための対策を実施するとともに、過疎地域における教育システム、過疎地 に必要な教員養成を検討する必要があろう。学校に文化をたぐり寄せてくる教員が必要なのであ る。逆に大都市圏では、子供たちにとって社会が見えにくく、具体的な「志」・「意欲」を持ちに くいという問題点の克服が考慮される必要がある。木目の細かい学校教育作りが必要になるが、 いずれにしても「生きる力」の育成を軸とする教育には、従来の幾倍もの「意欲」と「創造性」 と「専門性」をもつ教員が求められることだけは確かである。「教育立国」などという古めかしい 言葉を出すまでもなく、教員の意識改革と学校改革、生涯教育に対する地域、国などの積極的バ ックアップ、教育学者の提言がなければ、新たな教育改革は頓挫する可能性が強い。 生涯教育を学校教育の立場からとらえてみると、人間のエンジンである「意欲」。「創造性」を 子供達の中に積極的に育て、世代を通じて学びたくなった時に簡単に学べる学習の「場」を多様 な形で用意する教育方式への転換である。こうした試みは、学校教育の枠組みをいじるだけでは なし得ないのは明白で、総合的な取り組みが必要である。 「意欲と志」を育てる「生活科」や「総合的な学習の時間」には、多くのフィールドと「生活. 人」の協力が必要である。学校を社会から孤立させる発想を転換させて、地域の優れた環境、社 会活動の中で研ぎ澄まされ、洗練されてきた感性、練り上げられて来た知恵、試されて来た知識 を積極的に子供達に伝えるべきである。そのように生涯教育の観点を学校教育に導入する場合、 教師の専門性は「子供の能力を引き出し、感性を磨く」のみではなく、教育の「場」のデザイン、. −110−.

(12) 社会教育・学校教育体制から生涯教育体制への移行に関する一考察. 多くの協力者の「組織(オーガナイズ)」が加わることになる。・そこにおいて、学校教育に携わっ て来た教師は生涯教育の教師に転身できるのであり、子供たちの本当の意味での「生きる力」を 育てることが可能になるのである。. 現在、釧路市においては学校支援ボランティア作りの取り組みが特定の学校で先導試行的にな され、「地域先生」の組織作りが進められ、他方で「総合的な学習の時間」を軌道に乗せるための 様々な試みがなされているが、学校教育課、教育委員会など学校教育に携わる部署は、学校と「地 域」を結び付けるためのサポート体制を強める必要があろう。例えば、「地域先生」と並行して、各 学校、生涯学習センター、コア、博物館、図書館、青少年科学館、市の諸施設、企業などが退職 者のボランティア(ネットワークを「つなぐボランティア」)を募集・配置して、情報の交換、ネ ットワークづくり、相互協力の仕事を分担してもらったらどうであろうか。「生きる力」を育成 し、「地域社会」の後継者を育成する学校システムに対する協力な支援となるであろう。. 教員養成に携わる大学の教育学部も、「広い視野」と「実践能力」と「子供を育てる感性」を持 った生涯教育型の新しいタイプの教員養成を積極的に進める必要がある。そうした点で、教育学 部に設置された新課程と教員養成課程は相互補完関係にあり、総合的に活用すべきである。21世 紀の教育の方向と矛盾しない教員養成が必要になっている。 おわりに. 1990年代以降、多様なかたちで日本の教育に取り入れられるようになった生涯教育の理念と方 法は、明治以来の日本の伝統的教育観の根本的変革を迫る内容を持っている。しかし、従来の学 校教育システムが余りにも固く整えられてしまっているために、スムーズな移行が極めて難し い。現状では、既存の学校教育システムを存続させながら、生涯教育と結び付く改革が小出しに なされ、部分的に既存のシステムに繰り込まれてきているために大きな教育効果をあげるに至っ ていない。従来の社会教育、学校教育をそのまま存続させて、生涯教育の要素を新に付加してい くのではなく、システム全体の再編が必要なのである。そうでなければ、教育現場の負担は増す 一方である。変革のキーワードは、「ネットワーク」である。「ネットワーク(network)は、個々 の独立性を保持しつつ、相互接続(interconnection)し、相互依存(interdependency)するととも に相互媒介(interaction)によって新しい価値を創造する働き」(5)であり、生涯学習振興の有力な 手立てである。ネットワークを結び、活性化するための人間群(「結ぶボランティア」)を社会シ ステムに組み込むことが急がれる必要がある。. 伝統、文化は頑強であり、その変化には多くの時間と試行錯誤が必要である。しかし時間的余 裕は余りない。21世紀の教育につながる新しい動きを総合化する営みは加速化されなければなら ないようである。. 平成不況の激浪に晒されている北海道経済は、釧路市をはじめとして各市町村に自立的経済の. 育成、地域住民自身による「まちづくり」を求めている。政府の財政難を背景に、「開拓使の時 代」以来の中央政府依存の時代が終わろうとしているのである。しかも、一方には世界規模の激 しい経済競争がある。まさに、「自律的なまちづくり」が、21世紀の北海道の大きな課題になって いると言える。それに取り組むには、どうしても住民の「意欲、志」と「協力の組織化」が不可. 欠である。今回の検討を通じて、八潮市の実践が物語るように、生涯教育は「まちづくり」と結 び付くことにより北海道社会に定着し得るのではないかと考えた。また、「生きる力」の育成を軸. −111−.

(13) 宮崎 正勝. とする教育を学校教育に定着させるには、教員が生涯学習の視野とそれに対応できる能力を持つ ことが必要であり、教員養成のカリキュラムにも生涯教育の観点からの検討を加えねばならない ことが明かになったが、その間題については次の機会に譲ることにしたい。. 最後に、本論稿が釧路校社会科教育研究室2年生の「教材論」における釧路市、八潮市の生涯 学習に関する調査を基にまとめられたことを付記する。. 注. (1)山本恒夫他『生涯学習の設計』実務教育出版1995p.86 (2)白石克己編『生涯学習論自立と共生』実務教育出版1997p.50 (3)岡本包治編著『生涯学習施設ネットワ}ク化』ぎょうせい1998p.116 (4)白石克己編前掲書p.51 (5)山本恒夫他前掲書p.142. ー112−.

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参照

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