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杜甫の詩における舟について

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Academic year: 2021

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(1)Title. 杜甫の詩における舟について. Author(s). 大橋, 賢一. Citation. 語学文学, 54: 41-50. Issue Date. 2015. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7793. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 杜甫の詩における舟について. はじめに. 大 橋 賢 一. どを意味しており、詩中においてそれが詩人の思いを象徴する. ものとして大きな役割を果たしていることは疑いない。. 杜甫の詩全体を概観してみると、 フネを意味する「舟」 「船」 の用例が多いことに気がつく。試みに、『全唐詩索引 杜甫巻』 (天津古籍出版社、一九九七年)によって、「舟」「船」の用例. 舟が描かれている名詩は少なくないだろう。 中国の古典詩中、 ① 「両 例 え ば、 李 白「 早 発 白 帝 城 」 ( 『 全 唐 詩 』 巻 一 八 一 )に は、. 数を調べてみると、 「舟」は一八五例(一・五割)、 「船」は九. 〇・七割)、「船」四八例(約〇・五割)である(『全唐詩索引 . 0. 岸猿声啼きて尽きず、軽舟已に過る万重の山」というように、. 李白巻』現代出版社、一九九五年による) 。このことから「舟」. 0. 長江を駆け抜けていく一艘の舟が印象深く描かれているし、ま. 一例(〇・七割)を数える。一方、李白は「舟」が七三例(約. 唐詩』巻三五二)と、雪景色の中にひっそりと浮かぶ小舟が描. 「船」については、杜甫の関心が李白よりも強いといえよう。. 0. かれ、墨絵を髣髴とさせるような叙景がなされている。このほ. 0. 独り釣る寒江の雪」 ( 『全 た柳宗元「江雪」には、「孤舟蓑笠の翁、. か、李白「黄鶴楼送孟浩然之広陵」 ( 『全唐詩』巻一七四)や、. 杜詩には「舟」 「船」ばかりでなく、「航」 (一〇例) 、「舸」 また、 (七例) 、「艇」 (七例)といったフネを意味する語がみえる。. ④. 張継「楓橋夜泊」 ( 『全唐詩』巻二四二)など、舟が描かれてい. ⑤. る名詩は枚挙に暇が無いほどだが、杜甫の詩もその例外ではな. ③. フネの数を数える「艘」(三例、注④参照) 、また、帆を揚げる. ⑥. これらの字義については次章で確認しよう。また、用例は多く 0. い。「旅夜書懐」 (清、仇兆鰲『杜詩詳注』巻一四、中華書局、 0. (一例) 、小 は な い が「 舫 」( 一 例 )、 大 型 船 を 意 味 す る「 舶 」. ②. 0. ( 巻 二 二 ) は、 杜 甫 の 代 表 的 な 作 一 九 七 九 年 )や「 登 岳 陽 楼 」 0. 、 一部などを意味するものとして、船縁を意味する「舷」 (三例) 0. 舟を意味する「艓」「舠」(各一例)がみえる。このほか、船の 0. 後者では「親朋一字無く、老病孤舟有り」というように、舟が. 品といえようが、 前者では、「細草微風の岸、 危檣独夜の舟」と、 描かれている。各詩の舟は、旅先における心細さや、孤独感な. -  - 41.

(3) ⑦. ⑨. こ と を 意 味 す る「 揚 舲 」 ( 二 例 )や、 船 が 隣 接 し て い る こ と を ⑧. 軽舟・綵舟・釣舟 . 【船】重船・小船・米船・客船・霧船・江船・村船・楼船・ 野船・万里船 . 、また船主を意味する「舡人」 (一例) 意 味 す る「 舳 艫 」 (一例) といった語句がみえる。このように、杜甫がフネに関わる語句. があるのに対して「重舟」はない。また、「楼船」は楼閣のつ. 小舟を意味する「軽舟」「扁舟」 両者を比較してわかることは、 があるのに対して「軽船」「扁船」はなく、重々しい「重船」. いた二階建ての大きな船を意味するが、「楼舟」はない。「小舟」. を細かく使い分けていたことが確認できる。 そこで本稿では、杜詩におけるフネについて、主に従来とは 異なっていると考えられる用例などをとりあげ、それらを検討. ネを表す場合は「船」を用いる傾向があると考えられよう。. 例を踏まえると、小さなフネを表す場合は「舟」を、大きなフ. していない可能性も否定できないが、 「軽舟」「重船」などの用. 「小船」という用例があることから、「舟」と「船」とを区別. することを通して、杜詩の魅力の一端について考えてみたい。. 一 「舟」 「船」 「航」 「舸」 「艇」の字義 先にあげた「舟」 「船」 「航」 「舸」 「艇」 杜詩の検討に入る前に、 の字義を確認しておこう。 『漢語大詞典』 (縮印本、上海辞書出 版社、二〇〇七年)によれば、 「舟」の第一義は「船」であり、. 楊雄『方言』第九に「舟自関而西謂之船、自関而東或謂之舟、. 一義として 「水上主要運輸工具的総称」 と記すに留まる。ただ、. れた王逸注「舟、船也」を引く。対する「船」については、第. 南子』俶眞訓の「越舲蜀艇、不能無水而浮」に附された高誘注. 言であったことを示す。 「艇」の第一義は「軽便的小船」で、『淮. の「南楚・江・湘、凡船大者謂之舸」を引き、これが南方の方. 相連為航」を引く。 「舸」の第一義は「大船」で、『方言』第九. 不通往来也、乃為窬木方版、以為舟航」に附された、高誘注「舟. 「航」の『漢語大詞典』に示されている第一義は「両船相并 而成的方舟」で、『淮南子』氾論訓の「古者大川名谷、衝絶道路、. 或謂之航」とあることから、前漢においては、地域によってフ. 用例としては『楚辞』九家「湘君」の「沛吾乗兮桂舟」に附さ. ネの呼称が異なっていたことが確かめられる。. の「蜀艇、一版之舟」を引く。. 「艇」は、 おおぶね、繫がったふね、 以上のように「舸」「舫」 こぶねを意味し、フネの形状などによって言い回しが異なって. 杜甫の場合は、船よりも舟の方の用例数が多い。次に示すよ うに、修飾語をもつ杜詩の用例を比較してみると、杜甫は両者 を区別していたかのように思われる( 『杜詩引得』上海古籍出. いることが確認できる。. 【舟】小舟・李舟・虚舟・扁舟・漁舟・龍舟・孤舟・樵舟・. 版社、一九八五年による) 。 . -  - 42.

(4) 意味する。杜甫はここで三峡を下れば、虁州の民謡よりもさら. 先に確認したように、杜甫はフネの形状によって、おおぶね やこぶねを描き分けている一方で、修飾語を附すことでフネを. 徐陵「山池応令」(逯欽立『全陳詩』巻五、中華書局、一九八. 刊行会、一九三一年参照。以下鈴木注と略称)。「画舸」は、 梁、. によいものが聴けるだろうから、急いで三峡をくだるように促. 多彩に描き分けてもいる。以下、 便宜的に三つの項目に分けて、. 華やかな舟遊びの詩を描くものである。徐陵の詩にうたわれて. 三年)に「画舸図仙獣、飛艎挂采斿」とみえる語句で、これは、. 二 様々なフネ. それらの描写を確認、検討していこう。. 0. 0. いるような、彩られた大型船の描写を通して、李文嶷の地位の. ⑩. しているのだろう(鈴木虎雄『杜少陵詩集』巻一五、国民文庫. (1)豪華なフネ. 高さや、華やかな姿を表現している。このほか、あざやかな飾. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 青蛾皓歯 楼船に在り. 富豪有銭駕大舸 富豪銭有りて大舸に駕し や 子 貧窮給を取るに艓子を行る 貧窮取給行艓 (巻一五「最能行」). 橫笛短簫悲遠天 橫笛短簫遠天に悲む (巻三「城西陂泛舟」). 青蛾皓歯在楼船 . 「龍舟」 (巻一八「寄李十二白二十韻」 )がある。. 杜甫の詩の中には、皇帝や貴族、官僚の乗る華やかなフネが 描かれている。次にあげる「綵舟」 「画舸」は共に煌びやかに. 0. りの施されたフネとしては、天子の乗る頭に龍の飾りのついた. 0. 飾られたフネを意味する。. 0. フネの大きさを通して、その豪華さを表す語句としては「楼 船」と「大舸」がある。. 0. 清江白日落欲尽 清江白日落ちて尽きんと欲し 復携美人登綵舟 復た美人を携さえて綵舟に登る (巻一一「陪王侍御同登東山最高頂宴、姚通泉晩携酒泛江」 ) 0. からず 竹枝歌未好 竹枝歌未だめ好 ぐ 莫遅回 画舸遅く回らす莫かれ 画舸 (巻一五「奉寄李十五秘書文嶷二首」 〈其一〉 ) 前者は、宝応元年(七六二)一二月冬、杜甫五二歳の作であ る。王侍御に従って通泉県の東山に登頂して宴会し、その後、 県令の姚某と涪江で舟遊びをしたときの詩である。夕暮れに染. 前者は、天宝一三載(七五四) 、長安の西に位置する大池で ある渼陂で舟遊びをしたときのうたであろう。「青蛾」は化粧. まる彩りの鮮やかな舟を描くことで、宴に華やかさを添える描 写となっている。なお「綵舟」は、杜甫以前に例がない。. は、お供の楽隊の楽器を意味する。 「楼船」は二階のある大き. されたまゆ、「皓歯」 は白い歯。二語で美女を表す。「橫笛短簫」. 後者は大暦元年(七六六)夏、虁州において、秘書省の官で ある李文嶷に寄せた詩である。 「竹枝」は、虁州近辺の民謡を. -  - 43.

(5) な船。美女と楽団を乗せた大きな船を通して豪華な舟遊びを表. うときの作で、自身が乗る質素なフネを「野船」と表現する。. 人煙処僻に生ず . 〈其一〉 (巻二〇)には「村船」と、田舎で使 「復愁十二首」 われている船が描かれている。 人煙生処僻. 現している。後者の「最能行」は、川を自由に行き来する腕利 きの船頭をうたった歌行体の詩である。富豪の乗るフネ 「大舸」 . 虎跡過新蹄 虎跡 新蹄過ぐ. と、貧しい人々の乗るフネ「艓子」を対比させることで、それ ぞれを際立たせるだけでなく、各種各様のフネが三峡付近を行. . 0. (2)質素なフネ. この詩は大暦二年(七六七)秋、瀼西の作である。瀼西の人 気の無い様子が、虎の足跡や野の鶻などと共に、「村船」を通. 0. き来している賑やかな様子を表している。. 野鶻翻窺草 野鶻 翻えりて草を窺い 村船逆上渓 村船逆りて渓に上る. 華やかなフネばかりでなく、 一方で「野船」 杜詩においては、 「野航」のように、粗野で小型のフネも描かれている。. して表現されている。なお「野航」 「野船」 「村船」は、いずれ. も従来になく、杜甫の用例を嚆矢とする。 (3)実用的なフネ. 錦里先生烏角巾 錦里先生 烏の角巾 園収芋粟不全貧 園に芋粟を收めて全く貧ならず . . 草有害於人. 草人に害する有り. く 其毒甚蜂蠆 其の毒 蜂蠆よりも甚わし た 其多彌道周 其の多きこと道周に彌る (中略) 荷鋤先童稚 鋤を荷いて童稚に先だち. 曾何生阻修 曾て何ぞ阻修に生ぜしむ. . を運ぶフネを描いた「除草」(巻一四)である。. どで表されているが、このうち目を引くのは、刈り取られた草. 「屏跡三首」〈其二〉) 、 「漁艇」 (巻一五「雨二首」〈其二〉 )な. (中略) 0. (巻九「南隣」 ). 杜詩には、用途に応じて作られたフネも描かれている。釣り ぶねや漁船は、「釣艇」(「復愁十二首」 〈其二〉 )、「漁舟」 (巻八. 0. 0. (巻二二「発白馬潭」 ). 秋水纔深四五尺 秋水纔かに深さ四五尺 恰受両三人 野航恰かも受く両三人 野航. 0. 水生春纜没 水生じて春纜没し 開 日出でて野船開く 日出野船 前者は南隣の住人をうたったもの。上元元年(六七四)の作 という。仇注は清、顧宸『辟疆園杜詩註解』を引き、杜甫の別 な詩にみえる「朱山人」とみなしている。ここでは、二、三人 ほどしか乗れない隠者の小さなフネを 「野航」 と表現している。 後者は大暦四年(七六九)の春、潭州の白馬潭から衡州に向か. -  - 44.

(6) 律詩の頸聯である。 「鮫館」 は、 水底に住むという鮫人のすまい。. しさが蜂やサソリの毒と比較しながら描かれる。中略以降、杜. 豈に双の釣舟無からんや 豈無双釣舟 せん 草」は、 詩題の注に「去䕭草也」とあり、仇注によれば「䕭 「山韮」という毒草である。冒頭の二聯目では、その毒の甚だ. を描く。なお、 「樵舟」も先例がなく杜甫を嚆矢とする。. 「樵舟」も出かけられないことを通して雨が降り止まないこと. 音が聞こえること、また小枝を切り取ってフネに載せるはずの. 東晋、郭璞「江賦」 (『文選』巻一二)に「鮫人構館于懸流」と. 甫が誰よりもはやく、また日没後も草を刈り取り、刈り取った. 、吐蕃によって松州を包囲され 後者は、広徳元年(七六三) た と き の こ と を よ ん だ も の で、 〈其三〉は、松州が今にも陥落. 0. 0. 以上のように、杜甫は形状や大きさによって、華やかなフネ を描き分けていたり、貧相なフネを描いていたことが確認でき. きるが、詩において初めて用いたのは杜甫であろう。. 『庾子山集』巻二、中華書局、一九八〇年)をあげることがで. (「哀江南賦」 前の用例としては北周、庾信の「陶侃空争米船」. いう。なお、「米船」は「舟中」 (巻二一)にもみえる。杜甫以. 導江県西六〇里にあった鎮であったと注する。「米船」は兵糧. 劉淵林注に「鮫人、居水中」とある。水中に住む鮫人にまで雨. ある。また西晋、左思「呉都賦」 (『文選』巻五)の李善注所引. 毒草を川の中央に運ぶことを描くが、その際に用いられている. してしまいそうなことを描いた部分である。「子弟」は、吐蕃. 0. のが「双釣舟」である。これが二艘の釣り舟なのか、 二艘連なっ. の若い兵卒。「蚕崖」 「灌口」について、『詳注』は『太平寰宇記』. 0. た釣り舟なのかは定かではないが、いずれにせよ、釣り舟は、. を引き、蚕崖は導江県西四七里に位置する関所と、「灌口」は. 0. 釣りをするためばかりでなく、ものを運ぶ際にも用いられるこ. 日入仍討求 日入るも仍お討求す 転致水中央 水の中央に転致せんとするに. とがあったことをこの詩は示すものである。. 米を載せた補給船を意味し、それがなかなか到達しないことを. (巻一五「雨」 ). 「樵船」 「米船」といった具体的に運搬 一方この詩と異なり、 するものが何かがわかる語も用いられている。 0. 子弟猶深入 子弟猶お深く入るも . 0. 鮫館如鳴杼 鮫館 杼を鳴らすが如し 豈伐枚 樵舟 豈に枚を伐らんや 樵舟 . 関城未解囲 関城未だ囲を解かず. たが、その際には「綵舟」や「樵舟」などのように、先例のな. い語句を積極的に用いていたことが確かめられる。こうした特. 0. (巻一二「西山三首」 〈其三〉 ). 色からは、従来には描かれることのなかったものを描こうとす. 0. 蚕崖鉄馬瘦 蚕崖鉄馬瘦せ 稀 灌口米船稀なり 灌口米船 、虁州で雨が続く様子を描いた 前者は、大暦元年(七六六). -  - 45.

(7) あろう。ややもすればどれも同じように描かれるフネを、杜甫. らは、従来にはなかった、具体的なフネの様相がみえてくるで. とができるだろう。加えて、こうしたより細分化された表現か. る、新たな表現を模索した杜甫の詩人としての一面を見出すこ. 川辺から天空に輝く月や星を眺める中、霧に包まれたフネを 描く。末の二聯から窺えるように、これは旅愁のうたである。. んだことを暗示していよう。. 月が隠れてしまったことを意味することから、これは星々が沈. えられていたことを踏まえた表現である。次句の「悠悠」は、. は詩の中で描き分け続けようとしていたことがわかる。. 本詩の結句から、星や月を眺め続けることを杜甫は願っている. ちこめることで、故郷とのつながりを断たれてしまうことが連. ことがわかる。逆に昼間になることで旅愁が益すように描いて. 杜詩には単に風景の一部を表すだけでなく、象徴的に用いら れているフネの例も散見される。以下そうした例に該当し得る. 想されるからであろう。. 三 杜詩におけるフネの象徴性. 「霧船」「烟艇」 、また「繫舟」について順に検討してみたい。. 「烟艇」は、 「八哀詩 故右僕射相国曲江張公九齢」 (巻 一方、 一六)の末四句にみえている。 向時礼数隔. 礼数隔たる . 向時 . 0. 無かったことを意味する。「制作」は、杜甫が作った作品で、. 江の人。仇注によれば、「向時」の句は生前、張九齢と交流が. 張九齢についてうたったものである。張九齢は、字は子寿、曲. 「八哀詩」とは、八名の人物に対して、生前のことを思いや りながら、この世にはいない悲哀を描いたものであり、これは. 猶思理烟艇 . 0. 再読徐孺碑 再び徐孺の碑を読まん 猶お思う烟艇を理めんことを. . いるが、それは「霧船」という語に象徴されるように、霧がた. 「江辺星月二首」 〈其二〉 (巻二一)の冒頭に次 「霧船」は、 ⑪ のようにみえる。 0. 制作難上請 制作 上請し難し. 0. 江月辞風纜 江月 風纜より辞し 江星別霧船 江星 霧船に別る . 鶏鳴還曙色 鶏鳴きて還た曙色となり 鷺浴自晴川 鷺浴して自ら晴川となる 歴歴竟誰種 歴歴たるは竟に誰の種えるところならん . 悠悠何処円 悠悠たるは何れの処か円かならん 客愁殊未已 客愁殊に未だ已まず . 他夕始相鮮 他夕始めて相鮮やかならん. 0. 0. それをもはや張九齢にささげられないことをいうのだろう。「徐 0. 、江陵での作である。 「歴歴」の句 本詩は大暦三年(七六八) は、「隴西行」 ( 『楽府詩集』巻三七、中華書局、一九七九年) 0. 孺碑」とは、後漢、高昌出身の高士である徐穉、字は孺子に対. 0. に「天上何所有、歴歴種白楡」とあるように、天上に白楡が植. -  - 46.

(8) げ る「 洞 房 」 (巻一七)は単にフネを岸辺につなぐことだけを. 続いて「繫舟」の検討をしよう。杜甫の詩ではフネを岸につ なぐことを意味する「繫舟」が九例みられ、そのうち、次にあ. 杜甫の独自の表現と考えられる。. 「霧船」「烟艇」はいずれも、詩においては杜甫を嚆矢とし、. 九齢と杜甫との間を遮るものとして用いられていよう。なお、. こめる中、艇を進めることを意味するだけでなく、死去した張. 結句に「烟艇」というのは、高昌に向かう際、単にもやのたち. 碣文のある高昌に杜甫がいこうとしていることをいう。 杜甫が、. 「理」は、もやのかかったフネを意味する「烟艇」を準備し、. し、生前、張九齢が記した碣文を意味する。鈴木注によれば、. 故里樊川菊 故里樊川の菊. に暗示されているようである。冒頭の八句を引こう。. 全一二句からなる「九日五首」 〈其四〉 (巻二〇)には、 また、 よ り 異 郷 に い る こ と に 対 す る 不 本 意 な 杜 甫 の 思 い が、 「繫舟」. 異郷に縛られ続けている杜甫の姿を象徴していると考えられる。. いよう。このように、本詩における「繫舟」は、不本意ながら. 陵 が あ っ た。 「園陵」は、玄宗を含む諸皇帝の陵墓を意味して. する。 「黄山」は、西安の東北に位置した山名。前漢武帝の茂. るとうたうことで、杜甫自身が長く都を離れていることを暗示. 郷でも長安の水時計、「清漏」は昔と同じく時を刻み続けてい. う。後半にみえる「繫舟」は、異郷にいる杜甫を意味する。異. 池」 「旧宮」は、 「秦地」つまり長安にあった宮中を表していよ. 0. 意味しているわけではなさそうである。. 登高素滻源 高きに登る素滻の源. 0. 0. 0. 0. 終南対国門 終南国門に対す. . せん 今日幾人存 今日幾人かわ存 だか 巫峽蟠江路 巫峽江路 蟠 まり . 他時一笑後 他時一笑の後. 洞房環珮冷 洞房環珮冷やかにして 玉殿起秋風 玉殿に秋風起らん 秦地応新月 秦地応に新月なるべし 0. 龍池満旧宮 龍池 旧宮満つるならん 今夜遠 繫舟 今夜遠く 繫舟 清漏往時同 清漏往時も同じ 万里黄山北 万里黄山の北 . に登って菊の花を浮かべた酒を飲むことで邪気を払い健康を願. 繫舟身万里 繫舟 身万里 伏枕涙双痕 枕に伏して涙双痕 本詩は先の「洞房」の作られた翌年にあたる、大暦二年の秋、 重陽の節句をうたったものである。重陽の節句は、親族で高台. 大暦元年(七六六)秋、 「洞房」は奥深い閨のこと。本詩は、 長安にいたころを追想したもの。 「環珮」は、婦女の身につけ. う日であった。 「樊川」は、長安万年県南三十五里に位置し、. 園陵白露中 園陵白露の中. る帯玉で、玄宗に寵愛された楊貴妃を想起させる。 「玉殿」 「龍. -  - 47.

(9) ら「故里」という。 「素滻」は、滻水のこと。長安の少陵原の. 杜甫の父が奉天の県令であって、ここに家を構えていたことか. 『全晋詩』 詩における「繫舟」の先行例は、史宗「詠懐詩」( 巻二〇)を嚆矢とする。冒頭の六句を引こう。. 示していると考えられる。. が身を置く虁州を意味しよう。 「終南」は長安の南に位置する. た人々のことに思いを馳せる。 「巫峽」は三峡の一つで、杜甫. 未若清虚者 未だ若かず 清虚の者の. 無欲亦無憂 欲無ければ亦た憂いも無し. 有欲苦不足 欲有れば足らざるに苦しみ. 北を流れていた。冒頭の四句は往時を思い出しながら、逝去し. 山名。本詩においても「繫舟」は、異郷に身を置かざるを得な. 0. 帯索被玄裘 帯索して玄裘を被るには 0. い杜甫の不本意な思いを象徴していることが、対比されている. 0. 「枕に伏して涙双痕」から、よみとることができるであろう。. 0. る者なり。. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 巧者は労して知者は憂う。无能なる者は求むる所无く、飽 食して敖遊す、汎として繫がれざる舟の若く、虚しく敖遊す. 巧者労而知者憂。无能者无所求、飽食而敖遊、汎若不繫之 舟、虚而敖遊者也。. ここにみえる「不繫舟」は、『荘子』列禦寇篇(『荘子集釈』 中華書局、二〇〇四年)にみえる、. . 浮遊一世間 一世の間に浮遊し 泛若不繫舟 泛ぶこと繫がれざる舟の若し. このように異郷に身を置くことに対する不本意な思いは、大 暦四年春、 潭州で作られた「清明二首」 〈其二〉 (巻二二)にも、. 0. 此身飄泊苦西東 此の身飄泊して西東に苦しみ 0. 右臂偏枯半耳聾 右臂は偏枯して半耳は聾す 双下涙 寂寂として舟を繫ぎ双つながら涙を下し 寂寂繫舟 悠悠伏枕左書空 悠悠として枕に伏して左に空に書す というように表されているし、 また大暦四年の冬に作られた 「冬 晚送長孫漸舍人帰州」 (巻二三)にも、. を踏まえている。岸につながれること無く、 水にたゆたう舟は、. 0. 南客瀟湘外 南客瀟湘の外. 0. 自由な境地を象徴するものである。史宗以降にみえる用例につ. 陳詩』巻八)、 「飄然不繫舟、為情自可求」(陳政「贈竇蔡二記. 0. 西戎鄠杜旁 西戎鄠杜の旁. (江総「別南海賓化侯」、 『全 いても、 「終謝能鳴鴈、還同不繫舟」 0. 室入蜀」 、『全隋詩』巻七)というように、「不繫舟」が用いら. 0. れており、『荘子』が踏まえていると考えられる。唐代以後も. 0. 衰年傾蓋晚 衰年 傾蓋晚し 費日繫舟長 費日 繫舟長し というように表されている。とりわけ、 晩年に作られた詩では、 0. 「繫舟」は、単に舟を岸辺につなぐことだけを意味せず、不本. 同じく、盛唐の劉長卿と李白も「不繫舟」を用いている。劉長. 0. 意ながら長い時間、異郷に身を置かざるを得ない自身の姿を暗. -  - 48.

(10) 卿「贈湘南漁父」 (楊世明『劉長卿集編年校注』人民文学出版社、 一九九九年)の冒頭四句では、 次のように「不繫舟」が見える。 問君何所適 君に問う何れの所にか適くと 0. 0. 0. 旦暮逢煙水 旦暮 煙水に逢う 独り繫がれざる舟と 独与不繫舟 往来楚雲裏 楚雲の裏を往来すと 詩題にみえる「湘南漁父」は、『楚辞』にみえる屈原「漁父」 を踏まえたもので、 特定の人物を指しているのではないだろう。 漁夫の何にもしばられない自由な生き方を「不繫舟」を通して. まとめ. 『詩語のイメージ』一八一頁、二〇〇 松本肇「軽舟・扁舟」( 〇年、東方書店)は、杜詩における「扁舟」について、次のよ うに指摘している。. 『文選』にまったく用例のない「扁舟」の語を多く用いた ことは、伝統の重視と同時に革新の情熱が杜甫の心に燃えて. いたことをよく示しているだろう。. 本稿で検討してきた、杜詩を嚆矢とする「綵舟」「樵舟」「露 船」などからも、松本論文に示されているように、詩を革新し. た杜甫の姿が見えてこよう。. ようとしていた杜甫の情熱をみることができるのではなかろう. 表現していることがわかる。 0. か。また、「繫舟」の検討からは、伝統を重視しつつも、その. 0. ( 『全唐詩』巻一七三)でもまた、 「宛渓霜 李 白「 寄 崔 侍 御 」 夜聴猿愁、去国長為不繫舟」というように、根無し草のように. ままでは踏襲しようとせず、新たな表現を創造しようとしてい. 0. 旅を続ける自分を暗示する際に「不繫舟」が用いられている。. (『しにか』一一月号、 向島成美「杜甫の旅を追う 孤舟漂泊」 大修館書店、一九九六年)には、晩年の杜甫と舟との関わりが. このように、 「繫舟」の先例は、いずれも『荘子』列禦寇を 踏まえているのに対し、杜詩には「不繫舟」の用例が一例もな く、いずれも「繫舟」となっているのは、やはり杜甫の意図的 0. 示されている。同論は、杜甫が耒陽の方田駅付近で耒水の増水 0. で足止めにあったことに言及し、次のように述べている。. 0. な表現と考えられよう。無論、杜詩の「繫舟」には、単に舟を 0. 岸辺につなぐことだけを意味する「舟を繫ぎて絶壑に接し、策. 仕方が無く引き返さざるをえなくなった杜甫は、今度はま た北へ向けての旅を続けた。杜甫の絶筆と考えられる「風疾. 0. (巻一一「冬到金華山観、因得故拾遺陳 を杖きて縈回を窮む」. つ. 公学堂遺跡」 )と い っ た 例 も あ る が、 し か し、 先 に 確 認 し て き. に舟中枕に伏して懐を書す、三十六韻、湖南の親友に呈し奉. ⑫. た例のように、やむにやまれず異郷に身を置く自身の姿を象徴. (ママ). (ママ). するものとして「繫舟」を用いているのは、従来にはない杜甫. して早に参(オリオン座の七星)を見る」とあるのが、それ. る 」 詩 に、 「舟泊常に震(東北の方角)に依る、湖平らかに しん. 特有の表現と考えることができるだろう。. -  - 49.

(11) を物語っている。そして杜甫はその北へ向う舟、恐らくは潭 州から岳州の間の湘江を漂っていたであろう舟の中で病没し た。大暦五年厳冬のころ、時に杜甫五十九歳であった。 氏のいうように、恐らく杜甫は舟の中でその生涯を終えたで あろう。舟は杜甫にとっては不本意な死に場所であったかもし れない。ただ、その詩に描かれているフネの数々は、確かに従 来にはない杜甫の独創性を示し得るものであることが、本稿か ら明らかになったと思う。 ただ、本稿ではフネの一部を表す「帆」 「檣」 「船尾」や、フ ネを漕ぐための道具である「櫂」 「楫」 「舵」 「槳」については 検討できなかった。また、 「某舟」など修飾語を冠する用例に 限定したため、杜詩におけるフネに関する総体的な検討には至 らなかったが、これらの問題については今後の課題としたい。. 注 ① 唐代の詩人の作品を引用するにあたっては、特に断らない 限り『全唐詩』 (中華書局、 一九六〇年)を用いることとし、 併せて巻数を示すこととした。 ② 杜詩を引用するにあたっては『杜詩詳注』を用いることと し、巻数だけを示すこととした。また、杜詩の編年、解釈に 0. ついても断らない限り本書に従っている。 (巻一九「送李八祕 ③ 「青簾白舫益州来、巫峽秋濤天地迴」 書赴杜相公幕」 ) 。. 0. 0. 0. ④ 「洞主降接武、海胡舶千艘」(巻二三「送重表姪王砅評事 使南海」) 。. 0. 0. ⑤ 「艓」は、後の本文に示した「最能行」を参照。「舠」は「北 駆漢陽伝、南泛上瀧舠」(同注④所引詩)。 0. 0. 0. 一三〉) 。. 0. 0. 0. ⑥ 「船舷不重扣、埋没已経秋」(巻一三「破船」)など。 )。 ⑦ 「揚舲洪濤間、仗子済物身」(巻一四「別蔡十四著作」 ) 。 ⑧ 「鄂渚分雲樹、 衡山引舳艫」(巻二二「過南岳入洞庭湖」 〈其 ⑨ 「舡人近相報、但恐失桃花」(巻七「秦州雑詩二十首」. ⑩ 唐以前の詩を引用するにあたっては、特に断らない限り、 逯欽立『先秦漢魏晋南北朝詩』から引用し、例えば『全晋詩』. と略称した上で、巻数を示すこととする。. されている。 「露船」は、露を帯びた船を意味しよう。 「露」. ⑪ 「霧」については、「一作露」という仇兆鰲の校勘記が附. であっても「霧」と同じく、当たり一面がもやでおおわれて. い る こ と を 暗 示 し 得 る。 な お、 「露船」については、姚合と. 0. 0. 交流のあった中唐の詩人、周賀(僧名、清塞)「送耿山人帰. 湖南」( 『全唐詩』巻五〇三)に「夜濤鳴柵鎖、寒葦露船灯」. という用例があるが、杜甫よりは後の例にあたる。. ⑫ 「冬到金華山観、因得故拾遺陳公学堂遺跡」は、杜甫が初 唐の詩人、陳子昂の旧居を訪れたときの詩である。この他に. 0. 0. も、 舟を停泊させることを意味するものとして 「繫舟盤藤輪、. 杖策古樵路」(巻二二「宿花石戍」)がある。. -  - 50.

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参照

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