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高齢者等の住み替え支援事業の考察

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Academic year: 2021

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高齢者等の住み替え支援事業の考察

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム

MJU11003

小川 香名子

1. はじめに

平成

15

年度住宅・土地統計調査の結果、子育て世 帯と高齢者世帯の世帯人員数に要する広さに関し、住 宅のミスマッチが生じていることが明らかとなった。

そこで、高齢者の住み替えを支援し、高齢者が住んで いる広めの住宅を賃貸供給することで、子育て世帯等 が安い賃料でゆとりある住宅に住むことができる仕組 みを目指して、国が制度化したのが、平成

18

10

月 から事業実施している「高齢者等の住み替え支援事業」

である。制度の大きな特徴に国拠出の基金による空室 保証があるが、国が介入する根拠があるのか、適切な 介入となっているかという点に着目し、同制度につい て考察する。

2. 制度の想定する市場の失敗に関する理論分析 賃貸供給の促進のため、この制度が設けている仕組 みとしては以下のものがある。①この制度を扱う仲介 業者にこの制度の説明や、住宅や住まい方を軸とした 人生設計に関するアドバイスを行う専門家であるハウ ジングライフプランナー資格を必須条件とする、②公 的機関たる中間法人を介在させ期間の定めのない賃貸 借契約を結び、定期借家契約による転貸借により住居 を利用させることで、自己都合解約制限リスクのない 長期賃貸借契約を実現する、③基金による空室保証で、

安定した収入を確保する。

2.1 市場の失敗に関する理論分析

理論分析によると、この制度の想定する市場の失敗 として、①子育て世帯が誘導居住面積を有することの 正の外部性、②高齢者の住み替えがもたらす正の外部 性が考えられる。

2.1.1 子育て世帯が誘導居住面積を有することの正の 外部性

この制度は、豊かな住生活の実現の前提として多様 なライフスタイルに対応するために必要と考えられる 住宅の面積に関する水準である「誘導居住面積水準」

を満たす子育て世帯割合を増やすことを目的としてい る。このことから、社会の未来を担う子どもの心身に おける健全な育成は社会にとって有益なものであり、

子育て世帯が適切な負担でゆとりある住宅に居住する ことができ、安心して子どもを産み育てられることは 社会にとっても正の外部性を有すると制度が想定して いると考えられる。

そのため、この制度は図1の□ACEDの総余剰、△DEF の死荷重が発生している状態から、供給者側に基金を 設けることで、外部性の内部化を図っている。すなわ ち、基金により供給曲線を右にシフトさせ、若年子育 て世帯が支出しやすいように均衡価格を点Pから点 Pに引き下げ、均衡取引量も社会的に望ましい点Q で実現させる。また、子育て世帯が有する正の外部性

(□ABHF)と同量の基金(□CGHF)を供給者側に拠出 することで、正の外部性と基金とが打ち消し合い、死 荷重を発生することなく社会的余剰(△ACF)を最大に することを想定していると考えられる。

2.2.2 高齢者の住み替えがもたらす正の外部性 この制度は、高齢者が住んでいる住宅を賃貸市場に 図1 子育て世帯の住み替えが及ぼす「正の外部性」対策

(2)

2

供給し、高齢者自身は高齢期に適した広さと設備を有 する住環境に住み替えすることを想定している。高齢 期にバリアフリーなどの整っていない広めの住宅に住 み続けることは、介護サービスを非効率に使う、身体 機能の低下を早めるなどの可能性があることから、住 み替えにより介護給付の低下、医療保険給付の低下と いった「正の外部性」を想定していると考えられる。

そのため、図2の□ACEDの総余剰、△DEFの死荷重が 発生している状態から、補助金と同じ役割をする基金 を設け空室保証することで、外部性を内部化している。

すなわち、住み替えにより生じる正の外部性と同量 の基金(□ABHF)をもうけ空室保証することにより、

住み替え後の一定収入を確保することで、高齢者の住 み替えに対する需要曲線を右にシフトする。その結果、

社会的最適な取引量点Qの住み替え数を実現するこ とができ、死荷重を発生することなく、社会的余剰を 左図の□ACEDから右図の△ACFに最大化することを想 定していると考えられる。

3. 制度が市場に与えている影響に関する実証分析 3.1 分析対象

この制度は平成

18

10

月から事業実施され、開始 当初は首都圏での事業展開を中心としてきた。

そのため、株式会社

CHINTAI

発行の賃貸住宅情報 誌「CHINTAI」の平成

18

9

月第一週目号と、平成

23

12

月中に同社のインターネット上のホームペー ジ「CHINTAI」に掲載された賃貸情報を用い、東京 都区内の台東区、北区、中央区と港区の

4

区を対象に、

制度実施前である平成

18

9

月と平成

23

12

月の

2

時点のクロスセクションデータを用いる。対象物件 は、50㎡以上の戸建て・マンションとする。

3.2 分析方法

この制度は、賃貸借市場での高齢者による広めの住 宅供給が増え、家賃が下がることを想定している。そ のため、制度導入が市場に効果を及ぼしている場合に は、高齢化率が高いほど制度が利用される可能性は高 く、高齢化率の高い地域の家賃は低くなっているはず である。そこで、「高齢化率が高い地域ほど制度導入後 の家賃は低下しているはず。」との仮説をもとに、制度 の実施による市場家賃の影響、及び、家賃に与える高 齢化率と制度導入前後の関係について重回帰により分 析を行う。

さらに、この制度は世帯人員数からみて広過ぎる居 住面積を有する高齢者の住宅が賃貸供給されることを 想定している。そのため、制度導入が市場に効果を及 ぼしているとすれば、高齢化率が高い地域での賃貸供 給量が増え、取引価格(賃料)が下がるとともに、建 物延床面積が広いほど制度導入後の家賃は低くなって いるはずである。よって、「高齢化率が高い地域で、か つ、建物延べ床面積が広い賃貸物件ほど制度導入後の 家賃は低下しているはず。」との仮説をもとに、この制 度実施により高齢化率、建物延べ床面積との関係が家 賃に与えた影響をみるため、重回帰式により分析を行 う。

3.3 推計モデル

推計式は以下のとおりである。

lnYα + β

1

DY + β

2

K + β

3

DYK +β

4

M + ∑iXi ε

被説明変数

lnY

は、家賃(万円/月)を対数にして用 いる。説明変数の

DY

は制度導入時期ダミーで、制度 導入後の平成 23 年であれば1、制度導入前平成 18 年 であれば0をとる。

K

は高齢化率(%)である。

M

は、

建物延べ床面積(㎡)で、賃貸物件の各階・各部屋の 床面積の合計である。Xi はその他の説明変数であり、

物件の特徴や立地を示すものとして、最寄り駅までの 時間距離(分)、築年数(年)、東京駅までの時間距離

(分)、戸建てダミー、区ダミーである。戸建てダミー はマンションを基準とし、戸建てであれば1をとるダ ミー変数である。また、区ダミーは中央区を基準に、

港区、台東区、北区、それぞれの区であれば1をとる 図2 高齢者の住み替えによる「正の外部性」対策

(3)

3

ダミー変数である。

α

は定数項、

β

γ

は係数、

ε

は誤 差項である。

DY*K

は、制度実施後の効果を表す変数 として、制度導入時期ダミーと高齢化率の交差項を設 定したものである。係数が有意に負となった場合、制 度の影響を受けて家賃が下降したと解釈できる。

3.4 推計結果

推計結果は、表1 (1)にまとめられている。

制度施行後の影響を見る平成 23 年ダミーが入って いる説明変数については、統計的に有意な結果は得ら れなかった。よって、制度実施前か後かによる時期の 違いからくる家賃への影響は見られなかった。また、

制度施行後の平成 23 年ダミーと高齢化率との交差項 も統計的に有意な結果は得られなかった。これは、制 度施行後の高齢化率との関係が家賃に及ぼす影響は見 られないことを表している。よって、この制度が実施 されたことによる家賃への影響及び、高齢化率との関 係でも家賃決定に当たり、十分な影響を及ぼせていな いという結果になった。

その他の説明変数については、一般的に予想される 結果と整合する。

ここで、制度が期待するように、延べ床面積が大き い家賃の下落が起こっているかを見るために、高齢化 率と延べ床面積の交差項、その交差項にさらに平成 23 年ダミーをかけたものを説明変数に含め、同じ高齢化 率の下で、より広い住居の賃貸価格が制度導入後に下 落する傾向があるかどうかを確認する。推定結果は表 1(2)に示されている。

制度施行後の影響を見る平成 23 年ダミー及び、高齢 化率との交差項についても、先と同様に統計的に有意 な結果は見られなかった。また、平成 23 年ダミーと高 齢化率、延べ床面積の交差項は統計的に有意ではない。

これは延床面積、高齢化率との関係でも、制度導入が 有効に機能していないことを示唆している。

***、**、*はそれぞれ有意水準 1%、5%、10%を満たしていることを示す。

4. 政策の妥当性に関する考察

4.1 高齢者の賃貸供給阻害要因について

この制度の仲介業務を行うにあたり、ハウジングラ イフプランナー資格の取得が必須条件となっている。

この資格制度は、仲介業者には参入規制的に働き、仲 介業者の取引費用を高めているが、仲介手数料は法定 により上限が決められているため、仲介業者に積極的 な資格取得へのインセンティブが働かない。よって、

高齢者の賃貸供給はそれほど増えなかったのだと考え られる。今後、住み替え支援制度を促進するには、こ うしたハウジングライフプランナー制度を廃止し、こ

(1) (2)

係数 標準誤差 係数 標準誤差

平成 23 年ダミ

0.07789 (0.15997) 0.09598 0.15874

高齢化率 0.06666 (0.03649) * 0.08965 0.03690 **

平成 23 年ダミ ー×高齢化率

-0.00947 (0.00871) -0.00856 0.00886

延べ床面積 0.01147 (0.00023) *** 0.01858 0.00150 ***

高齢化率×延 べ床面積

-0.00035 8.92E-05 ***

平成 23 年ダミ ー×高齢化率

×延べ床面積

-2.7E-05 3.42E-05

最寄駅までの 時間距離

-0.01096 (0.00132) *** -0.01120 0.00131 ***

築年数 -0.00904 (0.00042) *** -0.00891 0.00042 ***

東京までの距

-0.00153 (0.00087) * -0.00188 0.00087 **

戸建てダミー -0.06837 (0.02279) *** -0.05479 0.02277 **

港区ダミー 0.06935 (0.03608) * 0.06946 0.03589 * 台東区ダミー -0.60087 (0.22380) *** -0.59754 0.22254 ***

北区ダミー -0.69948 (0.23813) *** -0.69549 0.23682 ***

定数項 1.40147 (0.61260) ** 0.93835 0.61756 自由度調整済

み決定係数

0.8028 0.8065

観測数 1384 1384

表1 推計モデルの推計結果

(4)

4

の制度がハウジングライフプランナーに果たすことを 期待している役割については、高齢者にも分かりやす い内容のチラシの設置などによるマニアル化、及び、

その運用の徹底で対応可能であると考える。これによ り、参入規制的な資格制度は不要になり、制度が期待 するようにより円滑な高齢者からの住宅供給が可能と なるかもしれない。

4.2 正の外部性対策について

4.2.1 転貸先を子育て世帯に限定していないことに ついて

この制度は転貸借の借り手に限定を加えておらず、

子育て世帯以外も利用可能である。また、制度が有効 に市場で機能した場合には、子育て世帯以外も含めた 市場全体の均衡取引価格が低下するため、正の外部性 を有さない子育て世帯以外が直面する市場均衡価格も 低下させることとなり、子育て世帯以外の消費者余剰 も増やすこととなる。よって、効率的な外部性対策と はなっていない。そのため、外部性の対策としては、

住宅バウチャーや補助金など直接的な政策の方が効率 的であると言える。

4.2.2 この制度の利用を 50 歳以上の高齢者に限定し ていることについて

世帯数に見合った子育て世帯向けの広い住宅の供給 を促すのであれば、供給者を 50 歳以上の高齢者に限定 する必要性はない。基金の活用による空室保証は供給 される賃貸物件の面積を基準に行うほうが効果的であ ると言える。

4.2.3 高齢者の正の外部性対策について

この制度は賃貸物件の供給者たる自宅所有の高齢者 に対する対策であるため、借家居住など家を所有して いない高齢者や、住み続けたいと考えている高齢者へ の対策にはなっていない。そのため、高齢者が有する 加齢にともなう住環境改善への正の外部性対策として は、住み替えと同様の正の外部性を実現するバリアフ リーへの補助金など直接的な政策の方が効率的である。

5. 政策提言

5.1 正の外部性に関する制度設計への提案

この制度が対象としている住宅は排除性、競合性を 有する私的財である。使用・収益(賃貸借)・処分(売 却)は本人の自由意思にまかされており、利益は個人 に帰属することから、市場の失敗の特定にあたっては 厳密に行う必要がある。今まで想定してきた子育て世 帯が誘導居住面積を有することの正の外部性や高齢者 の住み替えを促進することによる正の外部性について は、それぞれ「教育」、「介護」、「医療」の各分野に分 けることができる。そのため、外部性対策としては各 分野において直接対策をとるのが効率的であり、住宅 施策としてとりあげるべき市場の失敗とは言えない。

そのため、外部性の観点からは市場の失敗のないと ころへの政府の介入であると言える。

5.2 まとめと今後の課題

市場失敗の観点から制度導入の根拠を検討した上で、

この制度が市場の家賃に与える効果について、東京都 の 4 区の賃貸情報をもとに、実証的に評価を行った。

分析の結果、制度導入後の高齢化率、居住面積との 関係で制度が家賃へ統計的に有意な影響を及ぼせてい ないことが明らかとなった。家賃へ統計的に有意な影 響を及ぼせていない原因として、正の外部性といった 市場の失敗に対する政策としてこの制度設計が非効率 となっていることを示した。また、この制度が想定す る外部性の中身を詳しくみることで、この制度が対象 とする「住宅」に対する政策は間接的な施策であり、

市場の失敗のないところへの政府の介入であることが 分かった。

今後の課題としては、①より詳細な実証分析を行う ため、制度導入前後のサンプルの対象範囲を広げての 計量、②今後の制度の運用を含め長期的視点から、こ の制度が市場に及ぼす影響の分析、③未熟な市場にお いて、政府が先導的に仕組みを構築することで市場の 発達を促す可能性もあることから、費用対効果の分析 の必要があると考える。

<主な参考文献>

依田晶男(2007)「住宅と福祉が融合する時代に向けて (4)高齢者の資産活用と住み替え支援」厚生福祉 5491, 8 月 31 日 8~11 頁

参照

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