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ワーグナーの作品についての考察

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Academic year: 2021

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ワーグナーの作品についての考察

川越 守

抄録:このレポートはワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」についての記述である。オペラの筋 道は長大・奇天烈(キテレツ)であり、これを解説するところからはじめた。私的な見解も書き加え てある。これに、ワーグナーの作曲法、オペラの指揮法、オペラの演出上の問題点などを書き加えた。  なお、実際に、このオペラを上演したので、この終演後のことを追記として記した。

“ワーグナーの大作、楽劇(Musik drama)

「ニーベルングの指環」についての私的見解”

1. 序

 北海道交響楽団(札幌にある社会人の集団によるオーケストラ、音楽監督 川越 守)では、今年 の 10 月に創立 30 周年を記念して、ワーグナーの「ニーベルングの指環」をとりあげることにした。もっ ともちゃんとしたオペラの形では出来ないので、よい部分を抜粋して集め、演奏会形式で行うのであ る。  このオペラは全曲 15 時間ほどかかり、四日かけて行うように出来ている。序夜、第一、第二、第 三夜というように。ワーグナーが以前から従来のオペラについては批判的で、これこそ本当のオペラ だと正面きってこしらえて来たものである。  ワーグナーはドイツ中世の叙事詩に目をつけていた。これが基になってこの大作が出来上ったので ある。12、13 世紀のライン地方や、北欧の伝説をうまく使ったのである。ドイツ文学として成立し ているのではないか。この楽劇の台本内容こそ、ロマンそのものではないのか。ワーグナーは話しを まとめると同時に、ライン地方の素晴しさや、ライン河の雄大さを音楽にしておきたかったのではな いか。  ライン河のほとりの「ボン」という町から上流の方に、多くの伝説があるという。「ローレライ」 がその一つだが、19 世紀の中頃、ハイネがその詩を書き、ジルヒャーが作曲して歌が出来た。日本 には明治時代に女学生むきの唱歌として入ってきている。ローレライという乙女が岩の上で「魔の唄」 をうたい、それにつられていった船は岩にぶつかり、しずむというのである。おそろしい伝説である。  ニーベルングの物語は、とてつもない話しだが、ワーグナーが楽劇を作るのには、これらの伝説は もってこいのものであったのだろう。とにかく、立派な堂々とした音楽が、伝説を集めた話しに作曲 されていて、話しは「どうでもよくて」この音楽そのものに人々はは・ま・っ・て・しまうのではないのか。 音楽を聴いていれば、これは劇の内容をよくあらわしていてドイツ音楽の素晴しさを十分に発揮して いることが理解出来る。私は今回、道響を指揮することで、このオペラについていろいろなことが分 かった。ここに、そのことを記述することにした。私としては、この楽劇の話しの内容にはついて行 けないのだが、神の時代だというし、それほど詮索することもないということで、今では、この話し 北海道文教大学短期大学部幼児保育学科

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になれてしまっている。この音楽を聴くと、ブラームスもかげがうすくなってしまうように思える。

2. 私見をまじえて物語りの筋を書く

 このオペラは、ワーグナー自身が台本を書き、それに作曲したもので、全曲の出来上りに 25 年を ついやしている。よくこんな話しを組み立てたものであると感心する。解説書など、一度位読んでも 理解出来ないほど複雑な内容を持つ。不思議な登場人物が沢山出て来る。まあ、これがあって音楽が 作られたのである。要するに、楽劇の材料としてもっとも適したものであったわけである。  時代は神代だが、人間くさい神様の集合体が天上界にいる。ほかに地上の人間(神が作った)、ニー ベルング(死の国)の小人族、巨人族も出て来る。ヴォータンという大神様(神々の長オサといってよい) が出て来るが、この神様がいろいろと画策することで、芝居は進んで行く。このヴォータンには「本妻」 がいるのだが、妻ではなくて智の神エルダに、なんと 9 人もの娘を産ませている。彼女等はワルキュー レと呼ばれ、戦姫(イクサヒメ)として活動している。この神の子たちは馬にのって空をかけめぐり、 きづついた勇士、死んだ者を助けてヴォータンの城につれてくる。ヴォータンはそれを自分の兵士に 再生するという。ヴォータンは戦の神様か?これは、いかにもドイツ的なのか!一番上の女の子が主 人公の一人、ブリュンヒルデである。  ヴォータンは世界制覇をめざして、自分が手を下さずに、他の者にライン河の底にあった黄金で作っ た指環をとって来させようとした。人間の女に 2 人の子供を産ませている。不思議なことに双児の男 と女がこの世に産まれ出る。ヴォータンもいろいろといそがしい!  男の方はジークムントといい、女はジークリンデと名付けられた。この男の方は、ある時、父親の ヴォータンといっしょに戦いに出て、そのうち親からはなれてしまい、武器の刀もなくなったという。 ここ迄、時は十分に過ぎているのだが、どの位たったのかは不明である。  ジークムントは、武器もなしに山賊の親分(?)のような者のいる家に助けを求めて入って行く。 たまたま、そこに素晴しい女性がいて、彼は一目で彼女にほ・れ・てしまう。この女が、ジークリンデで あり、ここで、兄と妹が会うことになる。彼女は、この家のフンディングの妻になっており、又、下 女のごとくあつかわれてもいるという。フンディングには「手ごめ」にされてそうなったという。ジー クムントは彼女が自分の妹だと知ってびっくりする。まことに不思議な話しを作り出したものである。 これは、伝説にあるのかどうかは分からない。  話しは続く。ジークリンデはジークムントに次の様な話しをする。フンディングの家で宴会があっ て、その途中にへ・ん・な・男がやって来て、トネリコの木の幹に剣を突きさしたという。これが抜ける者 はただ一人、英雄しかいないといって去る。つまり、英雄ジークムントなら抜けるというのである。 剣をさしていったのはヴォータンである。何かへんなおはなし!  とにかくここでの二人はむすばれる。兄と妹の結婚ということになる。ジークリンデは身ごもり、 この子がジークフリートというおそれを知らない若者に育って行くことになる。  ジークフリートを育てたのが、なんと小人のアルベリヒの弟のミーメで、しかし、ジークフリート とミーメはうまくいっていない。ジークフリートは、このミーメを父親だと思いたくないのである。 筋の途中で、ミーメが父親でなくてよかったと安心しているところがあるが面白い!ジークフリート は母親を求めている。彼の母親はジークリンデだが、ジークフリートを産んですぐに死んでしまった。 父親のジークムントはフンディングと戦ってすでに死んでいる。「男の子を産むと、人間の女はすぐ

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死ぬのかな」とジークフリートはつぶやくところがあるが、なにかさびしい。要するに、今迄の人達 は、皆、血縁なのである。ヴォータンにはじまり、9 人のワルキューレ、そして、二人の兄妹、ジー クフリートはヴォータンの孫なのである。  さて、ブリュンヒルデはどうなっているのか。彼女は、ヴォータンに双児の兄妹を一緒にさせるな と命令されており、戦いの場では、フンディングの方に味方するようにといわれている。フンディン グとジークムントは刀であらそうことになっているのである。しかし、彼女はその命令にそむき、こ の二人のためにフンディングを倒す方にまわる。実は、ヴォータンもはじめは、この双児の味方であっ たのだが、奥さんのフリッカ(結婚の神様)に血族結婚はだめだと強くいわれ、おしきられて結局、 フンディングに加勢してしまう。ヴォータンも奥さんには弱い!ジークムントは前述のごとく、倒さ れてしまい、ジークフリートは自分の父親の顔は見ることが出来なかったのである。  ヴォータンに反逆したブリュンヒルデは神性をとりあげられ、人間として生きることになり、岩山 にとじこめられる。最初にそこに来た男と結婚しなければならないという。山は火でおおわれ、ブリュ ンヒルデは眠りにつく。彼女をおこすのは、なんと自分の甥にあたるジークフリートである。伯母と 甥の二人が一緒になる。双児の方も大変だが、こっちの方がもっと大変か?血縁のたわむれというこ とになるのか、これも神わざなのだろう。 ───・───・───・───・───・───  オペラのはじまりを書く。ライン河は今日もとうとうと流れている。あたりは、霧と雲におおわれ、 景色は見えない。音楽は長々とこの様をえがく。ラインの河底に場面はかわる。黄金がねむっている。 光とともに、この黄金は目をさます。ラインの乙女が河底でたわむれている。この黄金で指環を作っ てもつ者は世界を支配出来るとうたう。どういうわけか、ニーベルングの小人アルベリヒが河底にやっ て来てこれをききつけ、この黄金をぬすんで行く。彼は地下の工場で黄金から指環を作り、とりあえ ず、ニーベルングの主ヌシになる。ここで題名が分かるのである。  ヴォータンは自分の城を巨人族の兄弟に作らせ、代償として智の女神フライアをやると彼等に約束 する。まあ、男社会のあり方そのものである。しかし、城が出来てしまうと、フライアを兄弟にやる のがおしくなる。この辺は人間くさい!何か、かわりになるものをと思ったときに、ある神様に「指環」 がよいといわれる。さっそく、ニーベルングにヴォータンは行き、アルベリヒをだまして指環をもぎ 取ってくる。アルベリヒもとらえられ、ニーベルングの財宝と交換ということではなたれることにな る。ヴォータンは巨人に指環と財宝をわたす。アルベリヒも負けてはいない。彼はこの指環に呪いを かけ、これを持つと殺人がそのまわりに起きるというようにした。さっそく、分け前のことで、この 兄弟はあらそいをはじめ、弟のファゾルトは兄に殺される。兄のファーフナーはその後、財宝と指環 を持って大蛇になり森へ逃げ込む。この大蛇は後にジークフリートによって殺されてしまう。  ヴォータンは、この指環が欲しくなる。結局、話しは前に戻るが、双児の出現となり、彼等に指環 をとらせようと目論むのである。ヴォータンは神々の世界支配の欲望を、この双児の結婚により産ま れたジークフリートによって実現しようとするのである。ここ迄が結構長い。時代は神代、何が起き てもおかしくはない。  さて、そのジークフリートだが、巨人のファーフナーを倒し、大蛇の血をあび、財宝と指環を手に 入れる。どういうわけか、大蛇の血をなめて鳥の声が分かるようになる。そして、ブリュンヒルデが 岩山の火の中で眠っていることを小鳥におしえられる。さっそく火の山をめざすが、神はなんでもお

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見通しか、ヴォータンはそれを知り、ジークフリートをそこに行かせまいとして自分の槍で行く手を さえぎる。しかし、ジークフリートも今は十分に力をつけた男になっていて、神に対抗して、その槍 をまっぷたつに折る。ヴォータンは神々の黄昏を感ずることになる。ブリュンヒルデとジークフリー トは結ばれ愛をかたる。まあ、めでたいのである。  第三夜の「神々の黄タソ昏ガレ」はなかなかややこしい。  ジークフリートは指環をブリュンヒルデに渡し、ライン河へむけて旅をするという。何の為に?こ こでは突然「ギービヒ家」というラインでの名門の一族が出てくる。冒頭に出た小人のアルベリヒが 人間の女性に産ませたハーゲンが成長して、この家にいる。アルベリヒはこの子によって指環をとり かえし、神々を没落させようとしたのだが、なかなかうまくいかなかった。  このハーゲン、なかなか奸カン智チにたけた、しつこい男で、ジークフリートの持っている宝をねらって いる。この家の娘にグートルーネという美人がいる。彼女はたずねて来たジークフリートを好きになっ てしまう。過去の女性を忘れてしまうという毒薬(?)があってジークフリートはこれを飲まされて しまう。ジークフリートはブリュンヒルデのことを忘れてしまう。まあ、これは神様が仕組んでいる のかも知れない。単なる不倫ではない。  ジークフリートはその家の独身の男性グンターにブリュンヒルデが自分の妻だということを忘れて 彼女を紹介する。薬のせいで仕方がない。グンターはブリュンヒルデをつれて来てくれとジークフリー トにたのむ。ジークフリートは小人のもっていた「かくれ頭巾」を使い、グンターになりすまして燃 えさかる岩山にとってかえす。ブリュンヒルデから指環をうばい、その上で彼女をこの家に連れてく る。まことにおかしな話しになって来た!全体として「いばら姫とギリシア悲劇」とをまぜてこしら えているのだろうか。ブリュンヒルデは、ジークフリートにいかりをぶつけるが、彼は薬にやられて おり、知らぬ顔である。結局、グートルーネとジークフリートは結婚することになる。不思議なおは なしが出来てきた。  ブリュンヒルデと、グンター、ハーゲンはジークフリートに復讐しようと相談し、ブリュンヒルデ はジークフリートの弱点が彼の背中にあることをハーゲンにおしえてしまう。狩に出て悲劇は起こる。  ハーゲンに記憶の戻る薬を飲まされ、ジークフリートは過去を思い出す。ハーゲンにカラスの言っ ていることを聞いてくれといわれて背をむけたとたん、ジークフリートの背中にハーゲンの槍がつき ささる。この辺はあっけない。ジークフリートは死に、ここでブリュンヒルデは今迄あったことが全 てヴォータンのさしがねであったことを知る。  ブリュンヒルデはジークフリートの指から指環をぬきとり、ライン河の乙女にかえすという。ライ ン河のほとりでジークフリートのなきがらは焼かれ、そこに自分も飛び込むので指環も火で浄化され ると乙女たちにいう。愛馬グラーネにまたがり、火の中にとび込んで行くブリュンヒルデ、火は燃え さかる。突然、ライン河が氾濫して、この岸辺の大火が消えて行く。指環を得たラインの乙女達を追っ て流れにとび込んだハーゲンは流されてしまう。  最後は、この指環はラインの河底におちつく。一方、ヴァルハルの城は、「指環は神々を没落させる」 とエルダが予言した通り、トネリコの薪で燃え、神々の時代は終わりに近づく。まことにかわった物 語りが 19 世紀の後半に出来上ったものである。ワーグナーの性格がこれを生むのに適していたので はないか。これは、彼の創作ではないが、ゲルマンのたましいがあって書き綴ったものではないか。

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3. 解説

 実際の内容はもっと複雑である。通り一辺を書いてみた。一般には、オペラには原作があり、台本 書きがいて、作曲家はその台本を見て作曲する。出来上った段階で上演されることになれば、演出家 がいて舞台での歌い手の動きをきめて芝居作りをやることになる。制作者は劇場主がなるのか?  この「ニーベルング」はワーグナーが台本から作曲、演出、そして指揮迄やろうとしたもので、当 時はまことに(今でも)めずらしいものではあった。  作曲された音楽が素晴しい。物語りの筋がおかしいところがあるとか、音楽にも統一がとれている わけではないとか、いろいろといわれているようだが、この構想の大きさ、力の逞しさには十分にお どろかされる。この音楽の影響は他の国のすべてに及んでいるだろう。  ワーグナーは部分的な場所での男と女の情愛についてはものすごく力を入れて書いている。詞とい い音楽といい素晴しい。彼は、書きながら自分自身がその人物になっているように思える。聴き手を その気にさせるだろう。例えば、ヴォータンが神性をはなれた娘と別れるところは、結構、涙・も・の・で ある。登場人物の異常さなどは、わすれてしまうだろう。今日の人間感情にしっかりと通じることが 19 世紀に書かれているのである。一語一語についてメロディーが出来ており、劇音楽の理想をこし らえあげたとみてよい。双児の兄妹の出会いの語りは圧巻か。最後のブリュンヒルデの一人ごと(?) なども格別な気分のものに仕立ててある。  筋道の中味は異常な結婚の連続だが、伝説が基になっているので、これはゆるされるのだろう。あ るいは、こんな話しは、ゆるされないという社会もあるかも知れない。伝説の内容は非道徳的だが、 むかし、むかしのヨーロッパの社会の中では、さほど不思議はなかったのではないか。神代の時代と いう設定で、我々も一応は納得出来るのだろう。とにかく、この長丁場を堂々とした音楽で表現した ワーグナーには誰もが感心させられるのではないか。

4. 作曲法について

 ワーグナーは若い時に 6 ヶ月で当時迄の作曲法をマスターしたという。そして、特にベートーヴェ ンの音楽をしっかりと研究したとのこと。1870 年のウィーンのベートーヴェン 100 年祭には、第九 交響曲の指揮を依頼されている。(ワーグナーは指揮者でもある)もっとも、これはことわったとい うことだが。

 このニーベルングでは、ベートーヴェンの作曲法、cresc. subito piano というのをふんだんに使っ て音楽の表情としている。音階はメージャー、マイナーを縦横に使いまわし、転調を多用する。ワー グナーはイタリアやフランスのオペラがあまりにも音楽や舞踊を重んじ、詩や劇の効果について、と ぼしいことを不満に思っていたようである。これらのものが全部総合されてこそ、本当のオペラにな るということを強調していた。  オーケストラは単なる歌の伴奏であってはならないのである。むしろ、オペラの中心となって音楽 作りをやることになる。ライトモティーフ(一つのメロディー)によって劇中の人物をあらわし、又、 思想や運命を現わすということで楽劇を作っている。このライトモティーフを対位的に使用して、複 雑な音楽を作り出していった。アリアもやめて無限旋律を作り、曲のはこびも一幕を一貫した音楽で 作り上げている。19 世紀を通してのソナタ形式の音楽を否定するようなものを書きたかったのだろ う。これこそ、交響曲だといいたかったのではないか。

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5. 作曲の経過について

1852 年 ワルキューレ、ラインの黄金の台本が出来る。 1871 年 ジークフリート完成 1872 年 神々の黄昏 完成 1876 年 8 月 13 日 14 日、16 日 17 日 全曲の初演が、バイロイトで行われた。指揮は自分でやらず、 ハンス・リヒター(Hans Richter)にまかせる。  舞台装置はホフマン(?)のデザインという。結構、素晴しいものであったようである。ワーグ ナーは演出を担当した。この演出法が今日も続けられているのかどうか。コジマが夫の亡くなった あとをひき継いだことはたしかである。  下世話なことながら収支決算はどうなったのだろう。練習の回数も相当なもので、オーケストラの メンバーや歌い手にはどの位支払ったのかを知りたいものである。上演の様子が何か目に見えるよう な感じが私はするのだが、浄瑠璃の義太夫語りが汗水をたらして声をしぼり出し、太棹の三味線がしっ かりとそれを支える。こんな状態がニーベルングの演奏に見られるように思うのである。このことは、 多分、そうとう観客を引きつけるのではないか。  前に戻るが、1848 年「若きジークフリート」の台本を書き上げている。その後の作曲はすぐには なされていない。1854 年には「ラインの黄金」の作曲が終わっている。作りはじめから、とにかく 四日間で見ることの出来るものということを考えていたようであるが、大変なものを作り出したもの である。ピアノ・スコアが出来て、それを管弦楽化するのにも十分に日数はかかる。1856 年には「ジー クフリート」の作曲をはじめた。ニーベルングを作りながらオペラ、トリスタンやニュールンベルク を作曲しているから大した体力の持主であることが分かる。ワーグナーは「三日と一晩の序夜のため の舞台祝典劇」と表題に書いている。

6. 印刷について

 楽譜や台本がすぐに印刷されるというのはたいしたことなのである。とにかく、全編すべてが印刷 されている。 1861 年 「ショット」からラインの黄金のピアノ・スコアが出版された。 1862 年 ライプチヒでニーベルングの「台本」全部が印刷された。 1865 年 ワルキューレのピアノ・スコア 1871 年 ジークフリートのピアノ・スコア 1873 年 ラインの黄金のスコア 1874 年 ワルキューレのスコア 1875 年 神々の黄昏のピアノ・スコア 1876 年 ジークフリートのスコア 神々の黄昏のスコアが出版された。  出版ということは、買手がいるということである。出版社もこれだけのものが売れなければ大変な ことになる。よく売れたのだろう。

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7. 演出上の問題点

 ワーグナーの音楽は、いろいろな場面を舞台に作らなくても、その気分がよく分かるように書かれ ているので「抽象的」な舞台でも成立するのではないか。聴衆としての期待を次に書く。 a. 最終のライン河畔での火の扱い。薪はどのように燃えるのか? b. 河の水があふれてくるという。火は消えてよいのだが、むずかしいだろう。 c. 同時に河底の平穏を見る。 d. ライン河全体の情景が分かるか。 e. ブリュンヒルデが馬にのって火の中にとび込む様。 f.「ワルキューレ」をステージでとばそうとすると、ほとんど手品の世界の出来事になるだろう(奇 術)。とにかく大がかりなものではないのか?

8. 劇の音楽について

 今日、TV ドラマの音楽も、しっかりと色濃く書かれ、よい演奏が流れてくるものもあるが、概ね、 メロディーとハーモニー、それに一寸したリズムで、いわゆる薄く書かれた音楽がほとんどである。 お金とのか・ね・あ・い・もあって、これはこれで良いのかも知れない。  劇場音楽ともなれば、ワーグナー的な感覚でしっかりと書かれ、そして、よい演奏が欲しい。ワー グナーは冗談めいた部分、例えば、芝居の冒頭部に出て来る雷の神様ドンナーの歌もなかなか面白く、 又、風格もそなえた音楽に仕立ててある。  問題点としては、この楽劇のはじまりで幕前のいわゆる前奏曲があるが、長すぎないか。私は、あ きてしまった。ワルキューレの飛翔も前奏曲としては一寸長すぎか。又、ジークフリートの葬送の終 わりは余計に思う。まあ、いろいろなことがあっても、この楽劇は 21 世紀も続けられて行くのだろう。

9. 指揮について

 オペラの指揮というのは妙に神経を使う。 これから見ると器楽合奏などは、ほとんど何もしなくても成立する。とにかく、オペラの場合は、オー ケストラを自分の手足のごとくに使うことが出来なければならないのである。  歌手とも打ち合わせが必要である。問題はテンポだろう。音楽の中でのリタルダンドは指揮者にとっ てはなかなか大変なところである。テンポが速くなったり、遅くなったりというところが沢山あると、 これを指示するのにかなり神経を使うことになり、相当につかれる。  管弦楽のスコアから良いテンポがどうやって作り出されて行くのか。次の楽語は第一夜の「ワル キューレ」の第一幕第三場からとり出した速度標語である。

 Mässig langsam  中 庸 に 遅 く、Lebhaft  生 気 あ る、Breit  ゆ っ く り と、Sehr schnell  速 い、 Sehr belebt 生き生きと、Immer schneller 常に速く、Mässig bewegt 急いで、等であるが、この 標語だけでテンポはきまらない。歌詞の内容とメロディーを考えて指揮者はテンポを作り上げて行く。  歌い手は歌い手で、それなりにテンポをもって歌ってくる。それがよければそのテンポでやって行 くことになる。オペラの面白さは、歌にオーケストラがしっかりとむすびつき、しかも、歌と伴奏の 音量のバランスがとれてよいひびきが会場に出た時に分かるだろう。指揮者は、オーケストラは、そ の辺のことをしっかりと分かってその場を過ごすことになる。歌い手が、なんでも勝手にうたい、そ

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れにあわただしくオーケストラがついて行くなどということであってはならない。指揮者の作った、 ちゃんとしたテンポ(オペラが成立するテンポ)で、時間が流れて行かなければならないのである。 その中で歌手はリズムをうたい、しっかりと言葉を表現しなければならないのである。そして、歌声 が会場にしっかりとひびくことが重要なのである。

10. 後記

 ワーグナー研究の一端としてこの楽劇のほんの一部に手をつけてみた。ワーグナーについては、彼 の生涯、生活、作品など、いろいろな面から見ることが出来るだろう。今回はニーベルングの私の持 ち分を私なりに理解してここに書いたが、機会があれば他の部分についても分析してみたい。  なにしろ 15 時間かかるオペラである。全貌が簡単に分かることはないだろう。まあ、少しづつと いうところか。 2010 年 7 月 4 日 於いて 北ノ沢

文献

1. バイロイト音楽祭の 100 年       (1965 年− 1976 年)ジョフリー・スケルトン       訳 山崎 敏光 1976 年 12 月 10 日 発行 音楽之友社 2. 名曲解説全集 13 歌劇 上 1961 年 2 月 10 日 発行 音楽之友社 3. Conductor's score  Richad Wagner

 Der Ring des Nibelungen

 EDWIN F. KALMUS & CO., INC.(年代不詳) 4. DVD ◦ニーベルングの指環  指揮 ダニエル・バレンボイム  合唱とオーケストラ バイロイト祝祭劇場(1991 〜 1992-6 月− 7 月)  出版 ワーナー クラシック 発行 2007 年 6 月 27 日 ◦ニーベルングの指環  指揮 ズービン・メータ  バレンシア州立歌劇場

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 発行所 世界文化社 発行 2010 年 7 月 5 日 初版

追記

 北海道交響楽団は創立 30 周年記念として、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を前述の通り、 10 月 24 日(日)に札幌コンサートホールで堂々と演奏した。東京から山本真由美ソプラノ、福田祥 子ソプラノ、角田和弘テノール、岡元敦司バリトンの 4 氏を招聘しての舞台作りで、オーケストラボッ クスをステージ上にしつらえた。抜粋ではあるがワーグナーの本質を表現し得たと私は思っている。  この催しは、札幌にクラーク博士が農学校の教頭として着任し(1876 年 8 月)賛美歌をうたって から今日迄の札幌の音楽の歴史の一つの到達点だと私は思っているのだが、我が国でもアマチュアが ワーグナーにいどむのは初めてのことであり、日本の音楽史の中での重要な出来事として、とり扱わ れてよいのではないか。  当日、終演後に回収された聴衆からのアンケートからその内容を少し書き加える。 − 2010 年 11 月 4 日− ◦クオリティが非常に高い。もっともっと聴いていたかった。 ◦とくに金管がすばらしかった。 ◦練習を積まれた成果を感じました。 ◦アマチュアでこれだけ長時間に渡る演奏が出来ることはすばらしい一言につきます。 ◦感動した。 ◦こんなすばらしい演奏を聴かせていただきありがとうございました。 ◦これだけの大曲を、しかも大規模に演奏した道響の力は素晴しい。 ◦すごく盛り上りました。第二部のはじまりは胸があつくなりました。 以上 2010 年 10 月 24 日  

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Consider on Wagner's work

KAWAGOE Mamoru

Abstract: This is a report that I wrote on my personal opinion of music drama 「Der Ring des Nibelungen」,

参照

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