【論文審査の要旨】
これまでの政策立案は,ベテランの職員や担当者の勘や経験,思い込みに頼る傾向があ った。こうしたエビデンスに基づかない計画には,経験則を超えた新たな方針が打ち出し にくいという欠点がある。エビデンスに基づく政策形成(EBPM)の実践によって,こうした 弱点を補えると考えられている。
信用調査会社には,企業信用調査報告書のデータである「企業ビッグデータ」が長期に 渡り蓄積されている。このデータには,企業規模・業種・粒度に偏りがなく,フォーマッ トが統一されているという特徴がある。この特徴は,EBPM の実践の補助に活かすことがで きる。
この「企業ビッグデータ」から取引ネットワークを再現し,複雑ネットワーク分析の手 法で解析することによって,こうしたネットワークが備える特徴が解明されつつある.デ ータビジュアライゼーションは,こうした大規模なネットワークが備える特徴の読み取り を補助し,得られた知見をわかりやすく表現する際に一般に用いられる手法である.
本論文の著者は,「企業ビッグデータ」から企業間取引のネットワークを再現し,ビジ ュアライゼーションを施すことによって,データに含まれる知見の読み取りや伝達を補助 することができると考え,そのシステムを開発した。
本論文は全 8 章で構成されている。
第 1 章では本研究の背景と目的,本論文の構成について説明している。
第 2 章では「企業ビッグデータ」について説明している。まず,企業信用調査の歴史と 概要について論じ,近年では,信用調査報告書のデータを構造化させた「企業ビッグデー タ」が重視されつつある状況について述べている。そして,企業規模・業種・粒度に偏り がない全量データである「企業ビッグデータ」の有用性について論じている。
第 3 章では,ビジュアライゼーションのプリプロセスとして,企業間取引のネットワー クを再現している。そのために,単体の企業データの集合体である「企業ビッグデータ」
をもとにして,取引関係に基づく多階層の有向ネットワークを生成している。
さらに生成した企業間取引ネットワークを観察するため,一般的なグラフドローイング 手法を用いてビジュアライズしている。そしてその結果に基づき,システム開発の要件 を,①インタラクティブなシステム,②地理情報とのマッシュアップ,③クラスタの階層 の表現,④時系列変化の表現 と定めている。
第 4 章では,関連研究をサーベイし,要件を充たすシステムの開発方針を定めている。
第 5 章では,ジオビジュアライゼーションされた企業間取引ネットワークを,インタラ クティブに操作しながら観察できるシステムを開発している。企業間取引ネットワークを ジオビジュアライゼーションし,マクロ/ミクロを行き来できるようにした結果,ズーム アウトすることで日本各地での取引の有無を俯瞰することができ,ズームインすること で,注目する地域の周辺における取引関係を詳細に観察することができることを確認して いる。このことから,本章で用いた手法は妥当であると結論している。
第 6 章では,クラスタの階層の表現・時系列変化の表現にシステムを対応させるため,
ビジュアライゼーション手法を改良している。具体的には,ノードとエッジの高度によっ てクラスタの階層を表現し,取引数による重み付けの指標と色の変化を組み合わせて時系 列を表現している。この手法を用いて取引ネットワークを観察し,クラスタの階層ごとの 情報の読み取りが可能になったこと,また東日本大震災の前後における取引数の変化など の時系列変化を読み取ることができたことから,本章で用いた手法は妥当であると結論し ている。
第 7 章では,本システムを用いて取引ネットワークを観察した結果について,さらに詳 細に考察を加え,本システムによって得られた知見についてまとめている。加えて,専門 家/非専門家を対象とした本システムのユーザテストを実施し,本システムの有効性を検 証している。その結果,ネットワークの特徴について,専門家/非専門家のユーザも読み 取ることができたことから,本システムは,開発者以外のユーザにも一定の有効性を持つ と結論している。
第 8 章では,本研究全体について総合的な考察を加え,結論を述べている。本研究の貢 献は,「企業ビッグデータ」に含まれる複雑ネットワークの特徴を観察しやすくするシス テムを開発したことである。このことによって,社会に存在するビッグデータをビジュア ライズし,EBPM に有効活用するための一つのモデルを示すことができている。本研究の成 果は,様々な分野における意思決定の補助に応用できると考えられる。よって,博士(芸 術工学)の学位を授与するに十分な価値があると認められる。
(最終試験又は試験の結果)
本学の学位規則に従い,最終試験を行った。公開の席上で論文発表を行い,学内外か ら多数の出席者を得て多角的な討論を行った。また,論文審査委員により本論文及び関 連分野に関する試問を行った。これらの結果を総合的に審査した結果,専門科目につい ても十分な学力があるものと認め,合格と判定した。