武 藤 文 庫 公 開 と そ の 評 価
平 林 昇
1.武藤文庫について
武藤文庫は、長崎大学経済学部の前身長崎高 等商業学校の教授であった武藤長蔵博士が収集 された蔵書で、和洋図書および雑誌・小冊子類 約 1 万冊、その他、地図・書画・陶器などの各 種資料約 200 点からなっている。その内容は、
経済学関係の古典的書物や日英・日蘭・日葡・
日中等の対外交渉関係の書物を中心に非常に広 範囲な学問分野に及んでおり、幕末から明治維 新にかけてわが国に輸入された蘭書だけでも約 70 冊を数える。また成瀬石痴の「鳴滝塾舎之図」
や川原慶賀の「長崎出島之図」など、地元長崎 についての貴重な歴史資料も多く含まれている。
武藤博士が亡くなられたあと、長崎高等商業 学校の同窓会・け い り ん瓊林会がご遺族から譲り受け、
昭和 21 年(1946)の創立 40 周年記念式典に際し て長崎経済専門学校(長崎高等商業学校の後身、
経済学部の前身)に寄贈された。現在では、長 崎大学屈指の貴重資料となっている。
武藤文庫の資料整理は、経済学部図書係の職 員であった宮崎震作氏によって進められ、昭和 27 年(1952)に洋書の目録が完成した。その後、
経済学部分館が新築されたのを機に、長崎県立 図書館資料課長石田保氏、長崎市立博物館次長 越中哲也氏などの協力を得て和書の整理が行わ れ、昭和 48 年(1973)3 月にさきに完成していた 洋書目録も合わせて『武藤文庫目録』が刊行さ れた。この時、書画の額装・表装が行われるな ど、資料保存のための対策も講じられている。
武藤文庫は、明治 40 年(1907)に竣工し、昭和 45 年(1970)に取り壊された図書館隣接の旧商 品陳列館で保存され、昭和 36 年(1961)9 月から は、その一部の展観が開始された。昭和 47 年(1
972)3 月に現在の経済学部分館が完成すると、
2階に武藤文庫の展示室が設けられて貴重資料 の展示が行われ、残りの資料は書庫に架蔵され た。展示ケースは、商品陳列館で使用されてい た陳列棚がそのまま利用されていた。しかし、
経済学部分館の蔵書が増加するにしたがってし だいに書庫自体が狭隘となり、平成 4 年(1992) には書庫に架蔵していた武藤文庫の蔵書を展示 室に移さざるをえなくなった。こうした状態は、
資料の展示のためにも保存のためにも好ましい ことではなかったが、書庫の狭隘化という状況 のなかで、やむを得ない措置として実施された のであった。
2.公開のための基本方針
武藤文庫は、これまでも一般に公開していな かったわけではなかった。しかし、すでにみた ように展示室と保存書庫が一体となっていたこ ともあり、普段は施錠されていて、希望者は図 書館の職員に申し出て見学しなければならず、
見学者にとっても職員にとっても非常に不便な 状態になっていた。
そのためこの度の公開は、公開のための体制 をある程度整備し、一定期間、試験的に公開を 行うことによって、本格的な公開を行うにはど のような問題があるのかを深ることを主な目的 に実施した。ところで、武藤文庫は展示室にむ りやり大量の書架を入れることになったため、
展示スペースが大幅に縮小したうえ、展示スペ ースと保存スペースの区別がつかなくなり、展 示ケースと展示ケースの間も人がやっとすれ違 えるほどの幅しかなく、積極的に公開している とはとてもいえないような状態になっていた
写真1 武藤文庫改装前の状況(1)
図1 武藤文庫改装前配置図
写真2 武藤文庫改装前の状況(2)
図2 武藤文庫改装後配置図
(写真1、写真2、図1)。
また展示内容についても、書架設置による展 示ケースの移動やこれまで何度か行われた館外 での展示会への一部資料の出展によって、当初 の内容がわからなくなり、説明板もいくつかの 展示会で使用された説明板がばらばらに利用さ れるなど不統一になっていた。
一般公開を行うためには、こうした状況を大 きく改める必要があった。そして、そのための 基本方針としたのは保存スペースと展示スペー スをはっきり分けることであった。そのため、
まず西側の壁面いっぱいに設置されていた書架 の半分を中央の書架の裏面に移設し、部屋をパ ーティションで仕切って、保存書庫と展示室の 2室に分離することにした。
保存書庫は従来書架のあった部分を中心に設 けることとし、保存用の木製の書架やスチール ケースはすべて保存書庫に移動することにした。
さらに、これまでばらばらに収納されていた資 料を一括配架するため、新たに書架4連を増設 した。
一方、展示室は見学順路を考えて展示ケース を配置するとともに、人がある程度多くなって もゆっくり見学できるようにスペースに余裕を とったため、室内に置くことができなくなった 大型展示ケース4台を廃棄することにした(図 2)。また額装の資料を効果的に展示できるよ うピクチャーレールを設置することにした。た だし、今年度は予算の関係で西側の壁面にしか 設置することができなかった。
現在、武藤文庫が置かれている部屋は、もと もと貴重書庫として貴重書を保存するために作 られた部屋でも、展示のために作られた部屋で もなかった。南側に大きな窓があり、そのまま では窓から光や熱が入って、貴重な資料を痛め る恐れが多分にあった。
このため、これまでも窓には常時カーテンを かけ、展示ケースにもカーテンをかけて光によ る被害を防ぎ、エアコン及び除湿機によって温 度・湿度を一定に保つなどの対策をとってきた が、今回は長時間一般公開することになるため、
窓ガラスに紫外線・熱線防止用のフィルムを貼
付し、蛍光灯に紫外線防止チューブを取り付け るなど、さらに資料保存のための措置を講じる ことにした。
3.展示のための準備作業
展示は、準備のための時間が限られていたこ ともあり、基本的には従来展示されていた資料 を中心に行うことにした。しかし、すでに指摘 したように展示ケースの移動やこれまでの館外 での展示会への出展などによって、当初の展示 方針や展示内容が分からなくなっていたため、
従来の展示資料を中心に、新たにいくつかのテ ーマを設定して展示を行うことにした。また、
テーマをしぼったことや展示ケースが少なくな ったこともあって、展示資料の点数は従来に比 べると少なくなった。
新たに設定したテーマは、アダム・スミス『国 富論』(初版)やリカード『経済学および課税の 原理』(初版)などを中心とする“経済学関係の 古典籍”、ロドリゲス『日本通信、1609-1610』、
シーボルト『日本よりの公開状』などの“対外 交渉史資料”、長崎港之図、立山御屋敷の図(写 真3)などの“近世長崎関係資料”、それに武 藤博士の著書や原稿、名刺、蔵書印などの“武 藤博士関係資料”である。なお、展示資料の目 録は文末に掲載した。
写真3 立山御屋敷の図
展示にあたっては、武藤文庫についての簡単 な説明を記した「武藤文庫について」と「武藤 博士略年譜」の2枚のパネルを新たに作成し、
全ての展示資料の説明板を作り直した。また、
武藤博士関係の資料として、大正 10 年(1921)
に斎藤茂吉が長崎を去るにあたって、武藤博士 と2人で撮影した記念写真を大きく焼き付け、
額に入れて展示することにした(写真4)。
写真4 武藤博士と斎藤茂吉の記念写真 左:斎藤茂吉、右:武藤長蔵
4.一般公開
一般公開にさきだち、市民に公開を知らせる ため A3 ポスター200 枚、A4 ちらし 1 万枚を作成 して県内大学・県立図書館・市立博物館・公民 館など学外関係諸機関へ配布し(写真5)、9 月 24 日(水)には記者発表を行った。また、来 館者へ配布するため、展示資料を紹介した展示 会パンフレットを作成した(写真6)。公開期 間中は会場整理等のため展示室に常時アルバイ ト1名を置くことにしたが、展示の簡単な案内 もできるよう武藤文庫に関するレクチャーを事 前に受けてもらった。
公開は、10 月 1 日(水)、2 日(木)の両日に長 崎大学経済学部で開催された「全国大学史史料 協議会 2003 年度総会・全国研究会」に合わせて、
10 月 1 日(水)~5 日(日)の 5 日間にわたって「武 藤文庫資料一般公開展」と題して実施した。実 施にあたっては、市民を会場まで的確に誘導で きるように、キャンパス内の要所に案内版を設
写真5 武藤文庫一般公開ポスター
置した。また、入館者証を持たない市民をスム ーズに図書館内へ入館させるため、期間中は退 館用のゲートを開けたままにしておき、こちら
写真6 展示会パンフレット表紙
から入館できるようにした。なお、来館者数は、
255 名(学内 52 名、学外 203 名)であった(写 真 7)。
展示室の入口には記帳ノートを置き、見学者 に自由に記入してもらうようにしておいた。記 帳ノートには、「資料をまとめた上で公開する という点ですごくよい企画。ぜひ毎年春、秋等 定期的に続けてほしい」「母校へ足を運ぶよい
写真 7 武藤文庫一般公開
写真 8 武藤文庫説明会(1)
機会となるので定期的に公開してほしい」「武 藤博士以外の過去の教授の方々の偉業も紹介し てほしい」などの意見が記されており、全体的 に好評であった。また、この一般公開は、新聞
・テレビなどのマスコミでも取り上げられ、強 い関心を呼んだ。
写真 9 武藤文庫説明会(2)
10 月 4 日(土)には元専門職員の喜多芳明氏 による展示資料説明会を開催した。参加者は 28 名であったが、熱心に説明に耳を傾ける人が多 く、非常に好評であった(写真 8、写真 9)。
さらに、この一般公開にあわせて、図書館の ホームページにおいても仮想展示会として展示 資料を公開し、この仮想展示会は現在も継続し ている(http://www.lb.nagasaki-u.ac.jp/mut o/mutobunko.html)。
5.課 題
今回の公開は試験的に実施したもので、本格的 な公開を行うには、まだ多くの課題が残されて いる。
理想をいえば、本格的な公開を行うには、貴 重書庫と展示室を別に設置することが一番望ま しい。しかしながら、現在の経済学部分館でこ のような改修を行うことは、建物の現状からみ て必ずしも現実的とはいえないであろう。すで に経済学部分館は竣工から 30 年以上を経てお り、書庫は増え続ける図書であふれ、閲覧室や 事務室の一部を転用して書架を置いているよう な状態で、本格的な貴重書庫や展示室を設置す る余裕はほとんどない。
したがって、本格的な貴重書庫・展示室の設 置は経済学部分館の改築あるいは増築のときに 考えるとして、当面現在の建物で本格的な公開
を行う際に解決しておかなければならない問題 点を指摘しておきたい。
まず第一に、公開のための設備の問題である。
今回の一般公開では、軸装の資料はパーティシ ョンに直接掛けた状態で展示を行ったが、これ は軸装の資料を展示するための展示ケースがな かったため、やむを得ず行ったことであり、決 して好ましいことではない。武藤文庫には軸装 の貴重な資料が多く含まれているが、これらを 展示するには軸装の資料用の展示ケースを設置 することがぜひとも必要である。また、今回西 側の壁面にしか設置できなかったピクチャーレ ールを増設することも必要となろう。
また、これまで使用してきた展示ケースは、
さきにのべたとおり商品陳列館で使われていた 明治期の木製のケースをそのまま使用している のであるが、展示台の布は長い年月の間に展示 物の跡が付いたり、色が褪せるなどして、著し く美観を損ねている。新しい展示ケースに取り 替えるか、あるいは今の展示ケースをこれから も使用するのであれば、少なくとも展示台の布 を張り替えることが必要である。
次に考えなければならないのは、公開のため の体制の問題である。現在、経済学部分館の職 員は 4 名で、武藤文庫のある 2 階には職員が 1 名も配置されていない。今後職員が増員される という可能性はほとんど考えられないので、展 示に関する要員をあてることなく無人で本格的 な公開を行うのであれば、資料の盗難や破損防 止のために監視用カメラの設置が必要となるし、
現在閉め切りとなっている入り口の扉を展示室 にふさわしいものへ改修するなどの対策をとる ことが必要であろう。
資料保存の問題については、これまでのエア コンとカーテンに加えて、窓ガラスに紫外線・
熱線防止用のフィルムを張り、蛍光灯に紫外線 防止用のチューブを着装するなどの措置を行う ことによって、少しは状況が改善されたと思わ れる。しかし今後、本格的な公開を実施すれば、
蛍光灯などの光に曝される時間が増加し、資料 劣化のリスクが増大することになる。これまで は公開がかならずしも充分でなかったことによ
って、光や熱による資料の劣化が免れていたと いう面があったが、本格的に公開を進めるにあ たっては資料の劣化を防ぐために公開の期間や 時間をどのようにするかなど、保存面からの検 討が必要となるであろう。
また、資料の保存については、光や熱以外に も、これまでも折りをみて防虫、脱酸などの処 置を行ってきたが、保存のための本格的な調査 はまだ実施されておらず、資料の破損状態など も含めた本格的な調査を事前に行う必要がある。
破損資料については修復等も行わなければなら ないであろう。また本格的な公開を行えば、こ れまで閉鎖的な空間であったものが、一気に外 部との接触を持つことになる。室内の温度・湿 度環境を一定保つのが難しくなるのは勿論、よ り害虫の被害を受けやすくなる恐れが発生する ため、いっそうの注意が必要となる。
最後に、今回一般展示にあわせて、仮想展示 会として展示資料の図書館ホームページでの公 開を行ったが、武藤文庫の活用をさらに進める には、現在冊子体の形でしか提供していない目 録データの電子化と画像データの公開をすすめ ることが必要であろう。しかし、昭和 48 年(19 73)に刊行された目録は、年度内に完成させるこ とが迫られたこともあって、目録の整理番号と ラベルが一致しないなどのいくつかの問題があ り、データベース化をすすめるには目録と現物 との照合の作業を行うなど、その前提となる準 備作業が必要となっている。
以上、今回武藤文庫の一般公開を行うことに よって、現在武藤文庫がかかえているさまざま な問題が浮かび上がってきた。今後は、今回明 らかになった点を踏まえて、さらに一層の公開 と保存を進めていくことが必要であろう。
今回の展示会及びこの実施報告については、
経済学部分館分館長である柴多一雄教授から多 大なご指導いただいて為し得ることができた。
末尾とはなったが、このことを感謝とともに付 記して結びとしたい。
展示資料目録
1.ジョサイア・チャイルド『貿易論』
ロンドン 1690 年刊
Sir Josiah Child, A Discourse about Trade. 2.ジョサイア・チャイルド『新貿易論』(第 4 版) ロンドン 刊年不明
Sir Josiah Child, A New Discourse of Trade. 3.アダム・スミス『国富論』第 1、2 巻(初版) ロンドン 1776 年刊
Adam Smith,An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations,vol.1,2.
4.アダム・スミス『哲学論文集』(初版) タブリン 1795 年刊
Adam Smith, Essays on Philosophical Sublect. 5.リカード『経済学および課税の原理』(初版) ロンドン 1817 年刊
David Ricardo, On the Principles of Political Economy and Taxation.
6.マルサス『地代論』(初版) ロンドン 1815 年刊 T. R. Malthus, An Inquiry into the Nature and Progress of Rent.
7.マルサス『人口論補遺』(初版) ロンドン 1817 年刊
T.R.Malthus, Additions to the Fourth and Former Editions of an Essay on the Principles of Population. 8.マルサス『経済学原理』(初版)
ロンドン 1820 年刊
T.R.Malthus, Principles of Political Economy.
9.ヴォーバン『王室十分の一の税』
パリ 1707 年刊
Maréchal de Vauban, Projet D'une Dixme Royale. 10.セイ『経済学問答書』(英訳本)
フィラデルフィア 1817 年刊
Jean-Baptiste Say,Catechism of Political Economy.
11.マルティニウス『韃靼支那戦記』(英訳) ロンドン 1654 年刊
M.Martinius, Bellum Tartaricum, or the Conquest of the Great and most renowned Empire of China. 12.リチャード・ベーカー『英国王年代記』
ロンドン 1674 年刊
Sir Richard Baker, A Chronicle of the Kings of England.
13.マカートニー『英国特命公使支那紀行』(仏訳) パリ 1798 年刊
Lord Macartney, Voyage dans I'intérieur de la Chine et en Tartarie.
14.ファン・ブラーム『和蘭東印度会社使節支那宮廷派遣記』
パリ 1798 年刊
André Enerard Van-Braam, Voyage de l'Ambassade de la Compagnie Desindes Orientales Hollandaises, vers I'empereur de la chine, en 1794 et 1795.
15.ウエイランド『オランダ語文法』
ドルドレヒト 1846 年刊
P. Weiland, Nederduitsche Spraakkunst. 16.パイル『英文典初歩』(蘭語)
長崎出島 安政 4 年(1857)刊
Van der Pijl's, Gemeenzame Leerwijs, voor Degenen, die de Engelsche Taal Beginnen te Leeren. 17.ゴシケヴイッチ、橘耕斎編『和魯通言比考』
ペテルブルク 1857 年刊
18.堀達之助編・堀越亀之助補『改正増補英和対訳袖珍辞書』
江戸 慶応 2 年(1866)刊
A Pocket Dictionary of the English and Japanese Language
19.ロドリゲス『日本通信、1609-1610』
ローマ 1615 年刊
Giouan Rodrigues Girano, Lettera Annva del Giappone Del 1609.e 1610.
20.『忘却された台湾』 アムステルダム 1675 年刊 'tVerwaarloosde Formosa.
21.ケルベル『ケンペルの日本旅行記』
ハウダ 刊年不詳
Philip Körber, Kampler's Reis Naar Japan. 22.『鎖国論』 嘉永 3 年(1850)写
23.ツンベルク『欧亜旅行記』全 4 巻 ウプサラ 1788-1793 年刊
Carl Peter Thunberg, Resa uti Europa, Africa, Asia, Forrattad Aren 1770-1779.
24.ツンベルク『インド洋、日本航海記、1770-1779』
ロンドン 1809 年刊
Carl Peter Thunberg, Voyages to the Indian seas and Japan, Between the Years 1770 and 1779. 25.シーボルト『日本旅行記』全 3 巻(仏語版) パリ 1838 年刊
Philipp Franz von Siebold, Voyage au Japon. 26.シーボルト『日本よりの公開状』
長崎出島 1861 年刊
Philipp Franz von Siebold, Open Brieven uit Japan.
27.シーボルト『日本動物誌』4 冊
植物文献刊行会 昭和 9 年(1934)刊
Philipp Franz von Siebold, Fauna Japonica.
28.シ-ボルト『日本』5 冊 1930 年 Philipp Franz von Siebold, Nippon.
29.伊藤圭介著『泰西本草名疎』3 冊 花繞書屋蔵板 文政 12 年(1829)刊
30.川原慶賀画、川原廬谷校『草木花実写真図譜』
2 巻 4 冊
大阪・前川善兵衛刊 明治初期 31.鳴滝塾舎之図 成瀬石痴画 32.長崎出島之図 川原慶賀画
33.オランダ人夫婦相愛の図 松井硯山画 34.ジョージ・スミス『日本における 10 週間』
ロンドン 1861 年刊
George Smith, Ten Weeks in Japan. 35.ポンペ『日本における 5 年間』第 2 巻 ライデン 1868 年刊
Pompe van Meerdervoort, Viff Jaren in Japan.
1857-1863,Tweed Deel.
36.「英艦イカルス号航海日記」 1867-1868 年 A Log-Book of H.M.S.Icarus, 1867.
37.サトー『源氏(元治)夢物語』 東京 1905 年刊 Ernest Mason Satow, Japan 1853-1864, or Genji
Yume Monogatari.
38.中村敬太郎訳『自由之理』5 巻 6 冊
駿河静岡・木平謙一郎版 明治 5 年(1872)刊 39.島田三郎訳『立法論綱』4 巻
元老院蔵 明治 11 年(1878)刊 40.神田孝平訳『経済小学』2 巻
東京 紀伊国屋源兵衛・神田氏蔵版 慶応 3 年 (1867)刊
41.福地源一郎訳『官版 会社弁』
大蔵省 明治 4 年(1871)刊 42.VOCマーク入染付平皿 文政頃(1818-1829 年) 43.英国製蒸気車絵入皿 44.スープ皿(デルフト焼)
嘉永年間(1848-1853) 45.媽祖像 木製
46.長崎港之図 天保年間(1830-43) 47.「肥前国嶋原切支丹一乱之始終」
弘化元年(1844)写
48.「天馬異聞」 安政 3 年(1856)写 49.立山御屋敷の図
50.唐船図(長崎版画)
51.唐船来於崎海(長崎版画)
52.阿蘭陀船図(長崎版画) 大和屋板 53.阿蘭陀船入津之図(長崎版画)
長崎勝山町・文錦堂板 寛政 12 年(1800) 54.萬国旗 文政年間(1818-29)
55.新訳和蘭国全図
江戸・山城屋佐兵衛板 嘉永 2 年(1849) 56.魯西亜国蒸気船
57.嘉永六年露国使節プチャーチン渡来関係文書 58.プチャーチン一行の図
59.唐人屋敷の図 宝暦年間(1751-63) 60.阿蘭陀商館の図 宝暦年間(1751-63) 61.オランダ船ヨリ連渡象の図(長崎版画)
62.広東十三行の図 幕末 中国製 63.長崎出島旧地図 明治元年(1868)
64.銀行会館石摺「広東・忠信堂の釣鐘の銘」
康煕 53 年(1714) 65.大浦居留地の図
明治 10 年-明治 14 年(1877-1881)
66.天保十五年阿蘭陀国使節兵船来入長崎津の肥前鍋島侯 筑前黒田侯陣営図
67.長崎港の図 天保年間(1830-1743) 68.武藤長蔵博士の著書
武藤長蔵『日英交通史之研究』
内外出版印刷株式会社 昭和 12 年
内外出版印刷株式会社 昭和 16 年増補再版 内外出版印刷株式会社 昭和 17 年増補 3 版 伊藤久秋編『武藤教授在職三十年記念論文集』
長崎高等商業学校研究館発行 昭和 12 年 武藤長蔵著・山田憲太郎編『対外交通史論』
(武藤博士の遺稿集)
東洋経済新報社 昭和 18 年
武藤長蔵著・山田憲太郎編『海外文化と長崎』
(武藤博士の遺稿集)
千倉書房 昭和 52 年
武藤長蔵『A SHORT HISTORY OF
ANGLO-JAPANESE RELATIONS』
The HOKUSEIDO press 1936 年刊 The HOKUSEIDO press 1939 年刊 69.武藤長蔵博士の論文抜刷
70.武藤長蔵博士の講演速記録(日独文化講演会)
「日欧交通史に関する文献としてのシーボルトの著述」
(『日独文化講演集シーボルト記念号』掲載) 71.武藤長蔵博士の原稿
「アダム・スミスとジョン・ブルース並に彼等と蘇国政 治家ダンダス父子との関係」(坂西由蔵博士還暦祝賀論 集『経済学史の諸問題』寄稿)
72.武藤長蔵博士の講義ノート(経済学史)
第 26 回卒業生吉開治彦氏寄贈 73.芥川龍之介『傀儡師』
新潮社 大正 8 年(1919) 3 版
芥川龍之介から武藤博士へのサイン入贈呈本 74.斎藤茂吉『あらたま』
春陽堂 大正 10 年(1921)
斎藤茂吉から武藤博士へのサイン入贈呈本 75.武藤長蔵宛斎藤茂吉書簡封筒
76.武藤長蔵博士の名刺 77.武藤長蔵博士愛用の印鑑 78.武藤長蔵博士の蔵書印
79.芥川龍之介・菊池寛が長崎を訪れたときの記念写真 大正 8 年(1919)
80.斎藤茂吉と武藤長蔵博士の記念写真 大正 10 年(1921)