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東 南 亜 諸 国 の 中 央 銀 行 政 策 を め ぐ る 若 干 の 考 察

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(1)

東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の考察

 第二次大戦後の多くの国で︑中央銀行政策における一般的風潮として見られた現象は︑それが軽視されたこと

であり︑インフレーションの昂進期に著しく︑その弱体性を示すものであったことであるが︑ 一九五〇年の朝鮮

動乱をきっかけとして︑中央銀行政策の重要性が再び認識されるに至り︑通貨政策の復活が語られるようになっ

た︒そのプロセスにおいて金融政策の手段が修正せられ︑新たな手段の発達を見て︑経済成長の新段階に即応す

るが如き政策要請が論議きれるようになった︒

 とこ−ろでわれわれが通貨金融政策の復活を考える場合︑所謂金融先進国と後進国との何れをも区別することな

く︑その政策の実際的意義乃至効果を一様に考察することが妥当であろうか︒先進国において金融政策の目標が

今日あらためて論議の段階にある︒所謂伝統的な中央銀行政策の目的は︑いうまでもなく通貨価値の安定維持を

重要なものとしてきたが︑金融政策の目標に経済成長をとりいれて考慮する場合に︑先進国における金融政策の

問題が︑そのま\後進国における問題として考察の対象となり得るであろうか︒換言すれば︑後進国における金

融政策の基本的な問題を考える場合に︑先進国におけるその問題の基調なり︑方法なりをそのま㌧横転させるこ

   東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の考察       六三

(2)

   研究年報       六四

とが適当であろうかということである︒後進諸国の経済構造の特異性︑そのおかれている経済的環境の実態を無

視して︑後進国における金融政策の問題を分析することは︑妥当性をかぐものといわねばならない︒

 東南亜諸国における中央銀行の歴史は何れも新しい︒その多くは第二次大戦後の設立にか\るものだからであ

る︒これらの地域の中央銀行がびき屏︒hげ①山師ωとして整備された金融組織の上にのりか\つたものでないこ

と即ち周辺における商業金融機関を中心とする近代的金融機構が︑確立された状態にまで発展していないことは

特に注目すべき点である︒然しながら中央銀行自体はその設立の目的から︑金融政策に関するあらゆる権限を附

与された近代的中央銀行としての形態をとって設立されている︒

 東南亜諸国の竪琴銀行の設立された経過と︑そのおかれている経済的環境の後進性とを考慮にいれた場合︑そ

れら中央銀行の果すべき職能︑役割が金融先進国の中央銀行のそれとの間に︑︑かなりの差異が存在するのではな

かろうか︒それは具体的に中央銀行の政策技術の面であらわれてくるであろう︒政治的にはナショナリズム或い

は中立主義︑更にもしくはソ連圏経済の影響をうけて︑経済的にはいわゴニ重経済構造を基盤とする︑後進的経

済環境の中にある東南亜諸国の中央銀行が︑未整備の金融組織の地盤の上に︑当面するその国経済の開発︑成長

のために︑如何にして近代的中央銀行政策の効果をあげるかは︑極めて困難な問題を内包するものであることは

当然のことであろう︒

 東南亜諸国がその経済開発にあたり︑中央銀行の金融的側面からする役割の重要性は︑これを否定すべくもな

いが︑それにもか\わらず中央銀行の力でその職能乃至役割を果しうることの可能性を︑期待することもむつか

しい状態であろう︒中央銀行政策が後進国の経済発展の段階で如何なる状態にあるか︑われわれは東南亜諸国の

中央銀行政策が如何なる様相をもって行われているであろうか︑中央銀行の政策技術の推移を見︑或いはその政

(3)

策効果の実現の阻まれている事情を考察し︑この地域の中央銀行政策噛めぐる上述の問題について若干の考察を

行って見ることにしたい︒       .

    1

 東南アジアどいう呼称を用いた場合︑通常ブイリッピン︑インドネシア︑北ヴェトナム︑南ヴェトナム︑ラオ

ス︑カンボジヤ︑タイ︑ビルマ︑マライ︑インド︑パキスタン︑セイロンあたりを念頭におくが︑日本や中国は

これに含まれない︒然しここでは地理学的な科学性に立脚してその地域の範囲を規定づけるわけではなく︑上述

した範囲の地域を東南亜諸国として考察を進めることにする︒

 経済的観点から︑東南亜諸国を通じての共通的特質として指摘されることは︑モノカルチュアの産業構造型に

して︑輸出に依存する度合が大きくかつ経済の不安定なことなどであろう︒すなわち︑経済構造の上で見るなら

ば︑原始的産業︑第一次産業︑或いは言葉をかえて特産品産業︑原料品産業に大きい比重がおかれていることで

ある︒従って当然に輸出依存度が高く︑それは同時に参法国側からする事情により︑国内経済が大きく影響され

ることを意味するであろう︒

 か㌧る状態にあるこれらの地域を指す一般的名称憾後進国或いは低開発国ということである︒一般に後進国を

先進国から区別する基準は︑諸学者によりそれぞれ提示されているところである︒ ︵藤田正寛氏︑後進国の金融政策

の塁塞問題一金融学会報告頂九五i七頁︑註︶ すなわちこれらの基準としてとりあげられだものは︑工業化開始の時

期︑一人当り所得水準の高低︑農業人口の産業人口中に占める比率︑資源の開発程度︑資本の存在量の多寡など

   東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の考察       六五

(4)

   研究年報       六六

である︒今一つ重要なことは経済社会構造的観点からする区別である︒すなわち後進国の特質を異質的二重社会

の構造をもってする点である︒いわ団市場経済的︑資本主義的都市経済と自給自足的︑停滞的農村経済との並存

する社会として特徴づけることである︒

上述の点は︑かって西欧の支配下にあった所謂植民地経済と土着経済との対立的構造として把握することが出来

るであろう︒勿論東南亜諸国においても︑その経済発展の程度の相違や構造的差異は存在するであろう︒然しな

がら二重経済的構造をもつことは︑後進国の経済を考える上において基本的な重要性をわれわれに示すものであ

る︒所謂東南亜諸国の経済開発においても︑且つ又金融組織全般の問題κついて見ても︑この特異性を考慮の外

におくことをえないところに後進国経済問題の困難さ︑複雑さがひそんでいるといえるであろう︒

 中央銀行政策についても同様である︒先進国における金融政策と後進国におけるそれとを︑その目的︑方法︑

効果について同列には論じ難いものがあろう︒東南亜諸国における金融制度がなお未整備の段階にあり︑金融政

策の行われうる十分な場を駆除していたとい\うる︒そのために︑そこには当然政策上の制約が存在したであろ

︾つ︒ 要するに東南亜諸国は︑モノカルチュア型の経済構造にして︑産業人口中に占める農業人口の比率が非常に高

く︑それだけ工業化が遅れた段階に止まることを示している︒一般に低所得︑低貯蓄率︑低生産性で特徴づけら

れ︑資本不足が顕著にあらわれている︒そうした中で金融政策もおのつから後進的様相を示しており︑従って経

済開発の段階において︑それが重要な側面を存することはあらたあて認識されなければならない︒

 ︵註︶当該報告論稿のなかで︑同氏は簡明にまとめておられる︒それによると︑ ≦・出︒津ヨき⇒ は︑工業化開始の時期を一

   七七〇1一八六〇年︑一八六一−一九一八年︑それ以降の三段階にわけて︑先進国︑中進国︑後進国とする︒

(5)

匿・珍巴Φ嘱や缶・名・㊥ぎαq巽は一人当り所得水準の区分を四五Qドル以上︑四五〇一一五〇ドル︑ 一五〇ドル以下と

してそれぞれ先進国︑中進国︑後進国におけている︒なおジンガーは︑農業人口比率から六〇パーセント以上のものを

後進国の特徴づけにしている︒ 日.O.O巻筆σqは︑輸出貿易構成から後進国を原材料輸出国とする︒臼・<冒霞は︑資

源の開発状況から低開発国を後進国とし︑定義して後進国は追加投資︑追加労働力および利用可能な資源などについて

 レ将来性が十分あり︑現在の人口のもとで生活水準をさらに向上させる可能性のある国としている︒幻・Z霞目ω①は︑資本

の存在量から︑資本過少慣すなわち低所得︑低貯蓄率︑低生産の国を後進国としている︒さらに国・切oo吋Φは︑経済社

会構造的見地・から︑後進国を異質的二重社会の構造をもつ国としていみ︒

2

 金融政策ということばが使用せられる場合︑その内容は多様で意味を異にして用いられる如くである︒一般に

通貨信用を調節するのが金融政策の眼目であるが︑金融に関する政策を全般的に総括してさす場合は︑それは広

義の金融政策を意味するであろう︒

ω

通貨信用の量的調節

市中金利の規制

選択的金融統制       \政府金融機関の行う政策

市申金融機関の規制

金融制度︑金融市場の整備 77

広義の金融政策をさしていう場合には︑具体的には以上の如きが含まれるであろう︒中央銀行政策は金融政策

  東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の考察       六七

(6)

︑   研 究 年報      六八

の重要な部分であるが︑その全部ではない︒中央銀行の行う金融政策は︑量的調節によって通貨信用の状態︑従

ってまた有効需要の状態に影響をおよぼすものであるが︑以上の方策のうち制度的なものを除外したものが通常

の金融政策とされるものであろう︒通貨信用の調節という点から見るならば︑金融政策の核心をなすものは狭義

の金融政策であり︑中央銀行の行う次のものをさすといってよいであろう︒

  ω 公定歩合政策︵&ω8自三bo一一〇団︶

  @ 公開市場操作︵o弓︒口目§︒爵簿ob①轟二8︶

  の 支払準備率操作︵ヨ国巳b巳9鉱自︒鴎おω㊦同く①惹菖︒︶

これに選択的金融統制を加えて︑伝統的に中央銀行がこれを担当したが︑すべて当初からこれらを中央銀行が

行ってきたものではなく︑歴史的変遷をたどって漸次拡大し︑しかも︑そのウエイトは国によって異るものがあ

る︒      ︑

 金融政策は一般に資金需給に対する通貨調整を行い︑通貨価値の安定を維持することが重要な目標とされてき

たが︑この場合通貨価値の安定には︑国内物価の安定と為替レートの安定とを含んでいる︒今日では完全雇用の      ︵註︶達成と国内均衡および国際均衡との同時的実現︑或いは経済成長の達成がその目標としてあげられるであろう︒

 中央銀行の目的を如何に考えるかに関連して︑通貨価値の安定に基本的重要性を認めても︑これが経済の発展

にとり必要条件ではあるが︑それさえ維持されうるならば︑常に成長の実現が保証されうるという十分条件とは

ならないであろう︒従って通貨価値の安定は勿論重要ではあるが︑経済発展のために完全雇用︑経済成長にその

目標をおくべきであるとする考え方に対し︑通貨価値の安定と経済の発展とは︑後者が金融政策を含めてすべて

経済政策の目標となるものであるが︑この目標実現のためには通貨価値の安定は不可欠の前提条件となるもので

(7)

あるとする立場もまたよく理解しうる点であろう︒これは先進国と後進国との金融政策を考慮する場合において

も問題となるものであろう︒先進国経済と後進国経済との構造的相異︑後者の質的特異性は金融政策の側面にお       へいても異った反映を示すものがないであろうか︒

 こ㌧では東南アジアの若干の国における中央銀行の目的について︑その規定するところを簡単にながめて見よ

う︒通貨価値の安定ないし通貨の安定維持に目的をおく国にインド準備銀行︵閑Φq陰①目く 同一固口吋 OhH昌α一9ρ︶︑パキ

スタン国民銀行︵ω↓9けΦ  しd切目評 Oh ﹈℃O閃凶ωけ鋤口︶︑セイロン中央銀行︵O魯#巴しd切口屏ohOΦ覧︒口︶およびブイ

リッピン中央銀行︵O①p葺筋切餌p吋︒囲℃三一首bぎ①ω︶などがある︒何れも共通的な目的にか〜げているものが

この通貨価値の安定であり︑特にこれを目的の中心におくものがインドである︒そこではインドにおける通貨の

安定を確保する観点から︑銀行券の発行と準備金の保有とを規制し︑かつ一般的に国家の利益となるよう通貨お

よび信用制度を運営するためとその︐設立趣旨をうたっている︒なお通貨・銀行制度の規制︑管理ないし調節をパ

キスタン︑ブイリッピンおよびセイロンにおいてそれぞれか〜げていることはインドと同様である︒ブイリッピ

ンではさらに通貨の交換性の保持を目的としている︒A二つ重要なことは︑フイリッピンおよびセイロンにおい

て生産︑雇用︑実質所得の各水準の維持︑向上をその目的とし︑セイロンおよびパキスタンにおいて国内生産資

源の開発の助長︑促進をか㌧げていることは注目されるべき点である︒

︵註︶塩野谷氏は通貨調節は︑経済の安定および発展を促進するために︑通貨供給を通貨需要に適合さぜるもので直接の目標

  として次の点をあげられる︒ ︵塩野谷九十九氏︑準備預金制度︑四二一三頁︶

   ︵一︶不完全雇用の場合︑そして資本設備について生産力に余裕のある場合︑何よりもまず完全雇用の達成におくべき

    である︒::

  東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の考察         幽      六九

(8)

研究 年報      七〇

︵二︶不完全雇用の場合︑通貨調節の目標として︑単純に貯蓄と投資の均等化を考えることはそれ程重要な意味をもつ

  ものではない︒⁝⁝

︵三︶物価安定という目標は︑完全雇用に近づき︑また完全雇用に到達して通貨供給の増加が物価水準を高める可能性

  のある場合に︑表面にかエげられるべきものである︒⁝⁝      ・

︵四︶外国貿易を含む開放体系の場合には︑国際牧麦の均衡という目標は重要な意昧をもつ︒とぐに貿易への依存度の

  高い経済においては︑この目標がしばしぼ完全雇用の実現という目標に先行する︒

1

 割引政策は伝統的に中央銀行政策の最も重要な手段としての地位を占めてきたものであるが︑その重要性は一

九二〇〜三〇・年代において大いに減退した︒公定歩合の引上げ︑引下げによって市中金利を左右し︑これによっ

て通貨の調節を行わんとする方法が︑資本蓄積の進行︑市中銀行の発展︑強化が見られるにつれて︑換言すれば

市中銀行の中央銀行への依存度の減退によって︑割引政策のもつ効果が著しく減殺されるようになった︒しかし

ながら第二次大戦後︑割引政策のもつ効果の絶対性が減退したとはいえ︑通貨政策の復活が論議されることのう

ちには︑割引政策の有する効果の再確認があったわけで︑その他の中央銀行政策と並行して行われることにより

再び重要な金融調整手段となっている︒

 中央銀行の初期の歴史は︑その殆んどすべてがイギリスにおける中央銀行の歴史である︒匂・国●O一碧ゴ土日の

筆になるすぐれた沿革史のほかにも多くの人々による貴重な研究がある︒そうして中央銀行の歴史をとりあげて

(9)

いる限りにおいて︑両大戦間の時期における眼をとおして見ているのであって︑結果的には申央銀行による信用

の量および価格の調整の発展一約言すれば公定歩合操作の発展一が悶題とされている︒ ︵幻・ω・ω薯Φβ広瀬久重訳

現代金融政策論︑第三章v︶割引政策がはじめて行われたのはイギリスにおいてであり︑一八三三年の銀行特許条

例により完全な割引政策の実施が可能となったものである︒        イングランド銀行の伝統では︑公定歩合はペナルティ・レートとい〜うる程に高率であった︒もともとそれは

再割引歩合のための手形に対し︑商業銀行が課する割引歩合よりも高いレードを意味するものであるが︑イギリ

スでは公定歩合が長期的に罰則的水準に維持されそいる︒か㌧る公定歩合を課する代りに︑多くの国では商業銀

行の中央銀行に対する依存度を制限するために︑再割引手形の適格条件を引締める方法がとられている︒また直

接的な方法で商業銀行の尊重銀行からの借入額を制限しようとし︑或いはその最高限度を設定しようとする方法

が用いられている︒さらに借入額の増加とともに高率の割引率を適用する制度も行われている︒︵日本銀行調査局︑

諸外国における中央銀行の政策手段︑七一入頁︶h

 いま東南二四か国の中央銀行における︑公定歩合ならび忙貸出制度を見ると次の如くである︒︵日塞銀行調査局︑

各国の中央銀行制度︑ =一九ーコご六頁︶       ︐

 フイリッピン中央銀行における公定歩合の建て方には︑割引歩合と貸付利子歩合とがあって︑通貨理事会によ

り定められている︒一九四八年八月設立当初における公定歩合はニパーセントであったが︑その後の推移は一九

五四年二月に一・五パーセント︑一九五七年には二度変更され︑四月にニパーセント︑九月に四・五パーセント

に引上げられた︒貸出は主として国債担保貸付によって行われているが︑近年申央銀行に対する商業銀行の依存

度が高まり︑中央銀行は貸出増加を拒否し︑または削減に努めている︒      −

   東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の老察      七一

(10)

   研︐究−年報      七山

 セイロン中央銀行も通貨理事会の決定によって︑割引歩合と貸付利子歩合とが定められている︒一九五〇年八

月設立当初において︑公定歩合は二・五パーセントと定められ︑その後一九五三年七月に三パーセント︑︑一九五

四年六月に二・五パーセントと変更されている︒その運営は弾力性に乏しい︒商業銀行が比較的多額の資産を有

し︑申央銀行からの貸出に依存することの殆んどない事情によっている︒

 インド準備銀行の公定歩合には︑基準割引歩合︑国.債担保貸付利子歩合︑再割適格手形担保貸付利子歩合とあ

り︑現在何れも同率にしてほかに州協同組合銀行に対する優遇貸付歩合がある︒その決定は最高機関である中央

理事会によって定められる︒一九四五年末において三パーセント︑一九五一年一一月三・五パーセント︑.一九五

七年五月四パーセントに引上げられて現在に至っている︒その運用は弾力性に乏しい︒その貸出対象となる機関

は指定銀行︑州協同組合銀行および銀行会社︵bdき誠謁・Ooヨ冨塁︶ ︵註1︶であるが︑指定銀行の中央銀行依

存度は低い状態にある︒

 パキスタン国民銀行は一九四八年七月設立以来︑公定歩合を三パーセントに据置いてきたが︑一九五九年一月

四パーセントに変更された︒公定歩合は最高機関である申央理事会により決定される︒その貸出対象は指定銀行

公認金融機関︑農工関係特殊金融機関および協同組合銀行︑ほかに銀行会社︵註2︶が含まれている︒ 指定銀行

の中央銀行依存度は低い状態で︑異った種類の高率適用レートが採用されており︑そのレートは貸出額のみでな

く貸出期間によっても左右されている︒

 戦後の公定歩合政策はその初期の段階では効果に十分なものが認められなかったが︑多くの国でインフレーシ

ョンに対する重要な手段として認識され︑金融先進国において特に顕著なものがあった︒その意味で通貨政策の

復活が云々されたのであるが︑東南亜諸国における公定歩合政策の実施状態を見た場合︑必ずしも前言にふさわ

(11)

しいが如く︑公定歩合政策が弾力性をもって浴用されている実情にあるとはい\難い︒もっとも中央銀行の歴史

も浅い事情には.あるが︑パキスタンにしろインド︑セイロン︑ブイリッピンにしろ公定歩合の変更の度数は極め

て僅かである︒インドネシア︑タイ︑ビルマにおいては設立以来︑公定歩合の変更を行っていない状態にある︒

公定歩合政策は弾力性を欠ぎ︑従って景気調節策のための手段としても利用されなかったことを示している︒

 公定歩合政策が従って十分な効果をおさめ得なかったことについては︑そこに金融先進国と異った東南亜諸国

の経済の特殊事情がしからしめたものであろうが︑その原因としては種々の点が考えられる︒ ︵日銀調査月報昭和

三+三年五月︑後進国の中央銀行をめぐる諸問題︶すなわちこれら諸地域における商業銀行のその国中央銀行に対する

依存度の稀薄であること︑総体的にいえば︑一般金融制度が未だ整備されておらず︑なお未発達の段階にあるこ

とである︒短資市場或いは手形割引市場が貧弱で︑中央銀行の再割引手形残高がいうに足りない状態で︑商業銀

行は豊富な現金準備を保有する慣習がある︒一九五二年インドで︑じd巳島隠跨9ω︒ゴΦヨ① ︵註3︶が採用せら

れ︑同様の計画はパキスタン︑ビルマにおいても採りあげられたが︑商業手形制度の普及が一般化していないと

いう後進性に大きい原因を見出すことの出来る事情にある︒

 か㌧る中央銀行と商業銀行との関係は金利の上に反映しており︑公定歩合と市中金利との間に有機的関連性が

極めて薄いことである︒インドにおける主要な中央市場として︑ボンベイおよ︐びカルカッタの市場がある︒それ

に対しび欝母hヨ鎚屏9 ︵註4︶がある︒前者の中心はコール市場であり︑ブローカーが仲介業者として存在し

ている︒この市場は商業手形︑大蔵省証券などの短期証券市場を有していない︒後者は地元銀行の周囲に存在し

商業手形を取扱っている︒ ︵前掲︑諸外国における中央銀行政策手段︑﹁戦後における金融市場の発達﹂︶ とこ参でイン

ドの公定歩合は既に述べた如く現在四パーセントであるが︑バザール市場の割引歩合は九〜一〇パーセントと非

    東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の考察      ズ     七三

(12)

    研究 年報      −      七四

常に高く大きな格差がある︒しかも公定歩合の変動は市中金利の上に殆んど影響をおよぼさず︑有機的関連性に

乏しい︒フイリッピンにおける公定歩合は四・五パーセントにして︑タイ七パーセント︑インドネシアおよびビ

ルマは各々六パーセントであるが︑金融先進国との間に特に大きな差異はないといえよう︒︸しかしながら市中金

利は一般に高く︑公定歩合との間にかなりの格差が存在することはインドにおけると同様である︒

 東南亜諸国では従来︑金融政策を行使する場を欠除していたため︑すなわち金融制度の未整備︑金融市場の未

発達と相まって︑その効果の十分に見るべきものが期待されなかった︒むしろ為替政策が主たる地位を占めてき

たところに後進国としての特徴が見られる︒厳重な為替管理を実施しているために︑金利差による資本の流出入

は行われない︒公定歩合が国際資本移動のインディケーターとしての機能を果していない︒公定歩合は比較的に

低位におかれてきたものである︒金利構造自体も銀行当局の政策を︑金利水準の上に直ちに反映させるほど敏感

ではない︒そこで通貨の交換性が恢復し︑金融政策が金融先進国におけると同じ冒8巳として機能し始めると︑

内外金利差による外資の流入が起り︑金融的側面は異った現象を示現するに至るであろう︒

︵註1︶ 鴇註2︶インドおよびパキスタンにおいて︑それぞれ銀行業務を営む会社をいう︒

︵註3︶従来商業銀行の貸出は当座貸越の形で行われていたために︑インド準備銀行が最終的貸手とし.て関与する手段をひら

  くために︑適格商業手形を有しない商業銀行をして︑手形を担保とする貸付の形式で中央銀行からの借入を受けうるよ

  うにした︒この手形は当座貸越の部分を転換させたもので︑これを準備銀行は当初公定歩合以下の優遇レートで割引に

  応ずるようにしたものである︒この計画で商業手形制度の普及化をはかり︑銀行に資金を供給して金融市場に弾力性を

  与えんとしたものである︒

︵註4︶土着金融業者の手形割引市場にして︑中央市場に対する地方市場である︒銀行間の取引市場である中央市場とバザー

(13)

ル市場との関係は薄いようである︒

2

 公開市場操作は前述の割引政策と同じく量的金融統制で︑中央銀行に与えられ︐ている有力な手段であり︑中央

銀行が公開市場に出動し︑公債その他政府証券の売買による金融市場の調整を目的とするものである︒公開市場

操作の端著もイギリスにおいてゴある︒イングランド銀行がこの操作を行ったのはかなり古くからであるが︑割

引政策の補助的手段として行われたに過ぎなかった︒その後公開市場操作のもつ役割の重要さが認められるに至

ったが︑特に注目を惹くようになったのは︑一九二二i二三年のアメリカにおける連邦準備銀行によるそれによ

ってゴあった︒      ︐

 公開市場操作の種類︑程度︑その金融政策のうちに与えられた重要性については︑国により異るものがあっ

た︒一般的にいって一九三〇年代以前における公開市場操作は︑若干の中央銀行により経験されたに過ぎなかっ

た︒この政策手段に重要さを認めてきたのはアメリカであり︑これに加えてカナダ︑イギリスなどが数えられる

であろう︒しかし現在ではすべての国の中央銀行が政府証券︑政府保証付証券或いは銀行引受手形および商業手

形の売買を行う権限を有している︒

 公開市場操作がその効果をあげるためには︑発達した証券市場の存在が必要である︒この点に関して後進地域

たる東南亜諸国における実情は︑殆んど存在しないか或いは極めて限定された状態にあるかの何れかであるとい

えよう︒同時にそれを有効に行うためには適切な制度的仕組が必要であるが︑これに欠げることもまた大きい障

害となるものである︒従ってか\る条件のもとにおいては︑公開市場操作の実質的効果は期待されないものがあ

   東南亜諸国の申央銀行政策をめぐる若干の老察       七五

(14)

   研究年報       七上

るであろう︒

 ブイリッピン中央銀行は公開市場操作について︑それを通貨政策の目的達成のためにのみ行うことを法定して

いる︒その対象物件となるものは政府またはその下部行政機関の直接発行にか\る債務証書︑政府保証の債務証

書および中央銀行債務証書︵註︶である︒中央銀行はインフレーション或いはその恐れのある期間︑買オペレー

ションを差控えるか︑証券保有額の減少もしくは中央銀行債務証書の売却に努める︒逆にデフレーションの際は

政府証券の取得︑中央銀行債務証書の期限前買戻しを行うことを定めている︒もっとも中央銀行債務証書は一九

五七年までにおいて現実には発行されたことはない︒市場が狭隆であるため若干の買オペレーションが行われて

いる程度である︒

 セイロン中央銀行においても︑通貨理事会の決定に基づく通貨の供給︑アベイラビリティおよびコストの増減

ならびに証券に対する民間投資を促進するためその証券の流動性の増加もしくは価値の安定︑証券相場の著しい

変動の防止もしくは緩和を公開市場操作実施の目的としている︒ ︵中央銀行法八九条︶主たる対象物件は政府発行

もしくは保証の有価証券および中央銀行債務証書である︒後者についてはブイリッピンにおける場合と異って︑

一九五六年二月および一九五七年二月にこれを発行している︒・またインフレーションの時期において中央銀行が

証券の購入を行うことを禁止しており︑政府証券に対して操作を行う場合︑信用の緊縮が必要な時その信用を容

易に寸心させることが出来るよう短期証券の適当な保有を維持するよう定めている︒ ︵同法八九条︶セイロンにお

いても公開市場操作は小規模にしか行われていないが︑金融市場の流動性を調節する目的で行われ︑時に政府証

券の発行期間中︑市場安定の効果をあげるために行われることがある︒

 インド準備銀行およびパキスタン国民銀行における公開市場操作の主たる対象物件となるものは︑再割適格手

(15)

形および中央政府または地方政府の発行もしくは保証する証券にして︑市場育成を目的として操作が実施されて

いる︒なおイシドにおいては操作は金融機関およびブローカーを対象とし︑パキスタンでは中央銀行がブローカ

ーに対し証券の買入れまたは売却の用意あることを通知し︑これを受諾するか否やは市場の自由に委ねている︒

これによって金融調節に対する準備をなし︑証券に対する需要の安定をはからんとしてきた︒

 前述した如くインドにおける◎d已護霞〆雲ω︒言ヨ①は︑商業手形制度の普及化をはかり︑金融市場に弾力性

を与え︑その拡大化をはかる意図をもつものであった︒パキスタンおよびビルマにおける計画も同様の性格のも

のであったが︑こ\では必ずしも成功したとはいえないようである︒一方セイロン︑フイリッピンにおいては長

期政府証券市場の育成に努力が認むけられ︑資本市場拡大化の方向にむけられている︒

 東南亜諸国における公開市場操作の効果を阻害する原因の解決は困難な聞題である︒中央銀行が公開市場操作

に適する証券を保有することは一つの重要な要件であり︑自己の債務証書を発行する方法を採用することも一つ

の方法であろう︒一般に赤字財政を行って多額の公債を発行している場合には︑対象の不足が量的に起きること      \はないであろう︒−たゴ公債利廻りと市中金利との格差の障害は残された問題である︒根本的には制度的仕組の発

達を助成する必要がある︒市場の育成は肝要で︑発達した金融市場︑資本市場の欠除の問題に対処しなければな

らぬ︒金融後進国におけるこの問題は︑絶えざる経済成長の要請と条件を共にするものであろう︒

 ︵註︶中央銀行が対外準備金または取得した証券を担保として発行するものである︒自由に譲渡され︑通貨理事会が︑その利

率︑漏期日などを決定する︒金融後進.国においては中央銀行によって金融政策の目的からこの発行制度が利用され︑特

に中南米諸国においても行われている︒

束南亜諸国の中央二型政策をめぐる若干の考察七七 ・

(16)

研究年報

七八 3

 支払準備の主要な目的は本来銀行資産の流動性を確保するにあり︑それによる預金者保護をたてまえとするも

のであったが︑一九三〇年代のなかばより支払準備に新たな統制的機能が認められるようになって︑中央銀行に

よる支払準備率の引上げ︑引下げによる市中銀行の貸出量を統制せんとする操作︑すなわち支払準備率操作が割

引政策︑公開市場操作についで︑金融の量的統制手段として登場するに至った︒

 割引政策および公開市場操作は︑貨幣金融当局によるオーソドックスな通貨金融政策であるが︑それが量的統

制を目標とする本来的な信用調節手段であるに対し︑中央銀行の支払準備率操作は︑市中銀行の預金通貨の造出

の基礎となる現金預金を準備として︑それを凍結することによってその造出を量的に調整しようとするものであ

る︒市中銀行が一定の支払準備金に基づいて︑それに数倍する派生的預金を設定しうるとする信用造出機能によ

って︑支払準備率の操作による超過準備金の増減による乗数的効果を期待して︑信用量の拡張または牧縮をはか

らんとする狙いである︒

 一九四〇年代︑預金支払準備制度を設け︑支払準備率の変更を中央銀行の権限とすることが一般的に行われる

ようになった︒この支払準備率の変更および支払準備の内容を中心に支払準備制度を分類すると次のように区分

しうる︒  ω 可変支払準備制度︵<霞㌶げ一①おω①零①話ε︸お日Φヨ︶

  ω 固定支払準備制度︵な︒雷ε8蔓円霧Φ署①器ρ=貯Φヨ①三︶

  ㈹ 特別準備制度︵ωb8凶9︒一おω①署Φ冨ρ9おヨΦ暮︶

(17)

 東南亜諸国においてはビルマ︑セイロン︑インド︑パキスタン︑タイ︑ヴェトナム︑ブイリッピンなどにおい

て︑可変支払準備制度が採用されている︒全体として見る場合︑この方式をとる国が最も多くを占めている︒勿

論国により若干の相異があるが︑共通的な特色を見出すことが出来る︒すなわちこの方式は支払準備率の変更を

認めるもので︑支払準備率に一定の幅をもたせ︑預金額につき最高限度と最低限度との準備率を定め︑金融事情

の変化に応じたとえば超過準備金の高に応じ︑その操作を行わんとするものである︒これに対し固定支払準備制

度は銀行が一定の法定準備率を維持することを法令で要求するものである︒従って準備率の変更は法令の改訂に

よる以外は行われない︒主として銀行資産の流動性の確保︑ひいて預金者保護を目標とするもので︑金融政策上

の目的をもつものではない︒特別準備制度については︑支払準備の内容に中央銀行に対する預金の外に︑手許現

金および国債その他の資産を充当することを認めるものである︒

 東南亜諸国の支払準備制度を見ると次の如くである︒ ︵前掲︑各国の中央銀行制度︑一五ドー六頁︶

ーブイリッピン中央銀行は一九四八年︑可変支払準備制度を採用した︒銀行を対象とし︑その定期性預金と要求

払預金︑外国通貨預金および当座貸越未使用残高に対し︑可変的支払準備率を課している︒準備率の最低および

最高限度は︑定期性預金については五1二五パーセント︵現行五パーセント︑一九五七年現在︑以下同様︶︑要求払

金預および当座貸越未使用残高については一〇一五〇パーセント︵一八パーセント︶と定めている︒なおインフ

レーションの時期においては特定日以降の預金増加額に対し︑一〇〇パーセント以内の高率準備を課すことをう

る︒たゴし中央銀行に対する預金は無利子を原則としている︒

 セイロン中央銀行においても一九五〇年これを実施した9商業銀行を対象としてその定期性預金︑要求払預金

および当座貸越未使用残高に対し︑次の如き幅の準備率を課すことを定あている︒定期性預金に対して五−二〇

   東南亜諸国の申央銀行政策をめぐる若干の考察      .      七九

(18)

   研究年報      八○

パーセント︵五パーセント︶︑要求払預金および当座貸越未使用残高に対して一〇一四〇パーゼント︵一〇パー

セント︶である︒インフレーションの時期およびそれが予測される時期においては︑特定日以降の預金増加額に

対し一〇〇パーセント以内の高率準備を課しうること︑また中央銀行に対する預金が原則として無利子であるこ

とはブイリッピンにおける場合と同様である︒

 インドにおける可変支払準備制度の採用は一九五六年にはじまる︒その対象となる金融機関は指定銀行である

が︑これとは別に指定銀行以外の銀行に対し︑預金者保護の観点から一九四九年の銀行会社法により︑固定現金

準備制度︵註1︶が設けられている︒ 指定銀行の預金は要求払預金と定期性預金を対象とし︑その準備率の最低

および最高限度の幅を定めている︒すなわち要求払預金については五一二〇パーセント︵五パーセント︶︑定期

性預金についてはニー八パーセント︵ニパーセント︶となっている︒たゴし準備銀行は特定日以降の増加預金額

について一〇〇パーセント以内の迫加準備を課することをうる︒準備銀行に対する預け金は無利子であるが︑両

種預金の最低必要準備額をこえる部分については︑随時定める利率で利子を支払うことにしている点は他の中央

銀行と異る点である︒曜

 パキスタン国民銀行も一九四八年この制度を採用した︒別に預金者保護のたてまえから一九四八年分銀行会社

法により︑流動比率制度を設けている︒適用金融機関の範囲は指定銀行で︑その要求払預金および定期性預金を

対象とし︑準備率としては最低限度のみを法定しているが︑この点は他の国のそれと異る注目すべき点である︒

すなわち要求払預金に対しては五パーゼント︵五パーセント︶︑定期性預金についてはニパ雲母ント︵ニパーセ

ント︶と定め︑国民銀行に対する預け金は無利子である︒

 以上述べたところがら知られる如く︑東南亜諸国における制度では︑何れも預金の種別毎にその準備率の適用

(19)

を異にしている︒これは多くの国で見られる共通の方式であるが︑アメリカ︑西ドイツ︑メキシコなどに見られ

る如き︑銀行所在地の地域別による準備率の適用を異にする方式は︑この地域で行われていない︒また金融機関

の規模に応じ準備率の適用を異にする制度も行われていない︒ ︵註2︶なおインフレーションの時期における増

加預金に対して迫加的支払準備︵ω弓b一①目Φ艮錠団おω①居く①おρ自色①目①暮︶を要求する国に前述したブイリッ

ピン︑インド︑セイロンがあるが︑これは東南亜諸国における一つの特徴をなす点である︒ ︵註3︶ 準備率の最

高限度および最低限度は国により大きな開きがあるが︑その最高限度は一般に高く︑セイロンの四〇パーセント︑

フイリッピンの五〇パーセントはその例である︒パキスタンにおいてはニュージーランド︑ベネズエラと同じく

その最高限度が法定されていない少数の例である︒フイリッピンおよびセイロンでは︑当座貸越未使用残高に要

求払預金と同様な準備率を課している国であり︑・またフイリッピンではラテン・アメリカ諸国と同じく預金の適

用範囲に外貨建預金を加えている︒

 支払準備率を変更する権限をもつものとしては︑前述四か国のうちフイリッピン︑セイロン︑インドにおいて

はそれぞれ中央銀行の通貨理事会或いは中央理事会であるが︑パキスタンのみは中央政府がこれを掌握してい

る︒この権限は大別レて中央銀行︑政府当局或いは特殊機関︵註4︶ の何れかゴにぎっているが︑何れの機関が

これをもっかは金融政策の上に政治的色彩の介入の可能性によって一つの問題となりうる︒一般に中央銀行がこ

れを掌握している国が多い︒

 支払準備制度のもつ意味が︑弾力的な信用政策として重要な効果を有することが多くの国で漸次認識せられる

に従い︑国によって支払準備率の操作が頻繁に行われるようになった︒しかしながら東南亜諸国においては支払

準備率の変更が必ずしも弾力的に行われていないようである︒この地域では商業銀行の発展︑その大きな活動を

   東南亜諸国の申央銀行政策をめぐる若干の考察       入園

(20)

    研究年報      入二

必要とするにもか\わらず︑逆に準備制度が発展を助成すべき銀行活動の上に負担を負わせる結果となりうる危

険性は︑後進国における預金通貨の通貨量のうちに占める比重の小さいこと\考えあわせて︑金融先進国におけ

ると同様の効果をこの制度に期待させるまでに至っていない事情にあるといえるであろう︒また特殊の制約条件

の存在もあって︵註5︶︑この面でも割引政策や公開市場操作の場合におけると同様な効果の乏しい状態にある︒

銀行制度或いは金融市場︑資本市場に著しい相異が存在する限り︑金融政策の果す機能︑従って支払準備率操作

についてもその変更の有効なる機会が制約される傾向がある︒従って金融制度の整備︑拡大がまず重要な条件ど

なるであろう︒

 ︵註1︶これは預金者保護の目的から︑最低定期性預金のニパーセント︑要求払預金の五パーセントを現金または準備銀行預

    け金で保有せしめるものである︒このほかにも同法により︑固定流動比率制度が同じ目的から設けられている︒これは

    預金債務合計額の二〇パーセントをさがらない部分を現金︑金もしくは証券で保有することを定めたもので︑これ遮ま

    たパキスタンにおいても同様の目的からこの制度が設けられており︑その流動比率︑充当内容はインドにおけると同じ

    である︒

 ︵註2︶西ドイツ︑オランダ︑ブインランド︑ベルギー︑ノールウエi︑スイス︑スエーデンなどで行われている制度であ

    る︒

 ︵註3︶これは金融後進国における準備方式と考えられるもので︑ブラジル︑コpンビア︑エクアドル︑アルゼンチン︑ペル

    一︑ボリビヤ︑パラグアイ︑ウルグア・イ︑ベネズエラなどラテン・アメリカ諸国においても採用されている︒

 ︵註4︶ベルギーにおいては一九四六年に銀行委員会︑イタリーでは一九四七年に貯蓄信用閣僚審議会︑フランスでは一九四

    八年に国家信用審議会にそれぞれこの権限が与えられている︒

(21)

︵註5︶経済構造が農業を中心とし︑農産勅輸出に大きく依存しているため㌔変動の激しい季節性と天候条件との影響から︑

  準備率変更を政策手段のうえにあらわすことの困難であること︑外国銀行の支店が海外資金を流動性の基礎としている

  限り︑外貨を容易に国内通貨にかえることをえて︑準備率変更の影響が国内銀行の方に不公平な負担を生じ︑何れもそ

  の効果が制約されてくる︒ ︵前掲調査月報︑後進国の中央銀行をめぐる問題︶

四争

 第一次大戦後における各国の経済構造の高度化と併行して︑中央銀行の政策手段も多様化してきた︒中央銀行

の古典的な政策としては割引業務に伴う公定歩合政策を主たるものとしてきたが︑アメリカを中心として発達し

た公開市場操作が各国中央銀行の主要な金融調節手段となり︑ついで支払準備制度が近年預金者保護を目的とし

たものから︑訂しい金融政策の手段として登場することになった︒特に第二次大戦後制定された中央銀行法は︑

何れも支払準備率操作を中央銀行の新しい政策としてとり入れ︑現在中央銀行の一般的︑量的金融政策の手段と

して不可欠のものと考えられている︒

 さらに第二次大戦後の他の面における特色は︑前述の政策手段をこえて複雑多様化の傾向を示している︒例え

ば建築信用︑消費者信用或いは輸入信用などの選択的信用統制︑市中信用および市中金利の直接的統制など広範

囲におよび︑中央銀行法等によって申央銀行の権限として認められている国もすくなくない︒

 選択的信用統制は一般的信用統制の補助手段として︑︑国民経済の中でそれぞれの分野における信用量の統制を

行わんとするもので︑建築信用︑消費者信用︑証券取引信用︑輸入信用などの諸部門における規制である︒この

窓前三者についてはイギリス︑アメリカ︑フランス︑カナダ︑スイスなどの諸国で発達を見たが︑貿易依存度の

   東南亜諸国の中央銀行政策をあぐる若干の考察      八三

(22)

   研究年報      八四

高いセイロン︑フイリッピンなど後進国地域では輸入信用の規制方式が発達している︒市中信用の直接統制は︑

中央銀行の固有の信用調節手段とは称しがたいであろうが︑必要の場合それが権限を中央銀行に附与している場

合が多い︒この市中信用の量的および質的統制の権限を附与している国に︑ブイリッピン︑セイロン︑インド︑

パキスタンなどがあげられる︒かつ市中金利の直接規制について見ても︑預貸金金利の決定が︑中央銀行にゆだ

ねられている国にブイリッピン︑セイロンがあり︑貸出金利のみ決定する権限をもつものにインド︑パキスタン

がある︒ 多くの後進国で選択的信用統制は金融政策手段のうちで重要な地位を占めているといえるであろう︒それは後

進国開発の問題に関連して︑経済的資源の望ましい配分につき︑従来の金融政策が必ずしも効果的に運営されな

かった事情について考えなければならないからである︒金融制度の未熟さから量的金融調節手段が不完全である

ため︑有効な機能を果しうるものとならなかったし︑信用通貨量の増大も︑経済の成長と国際牧支の均衡との上

に両立しうるためにはそこに限度について条件となるものであろう︒

 東南亜諸国においては既に述べた如く︑金融政策を十分に行使する場を欠除しており︑そのため金融政策に見

るべきものがないといわれ︑むしろ貨幣金融当局の行う為替政策つまり為替管理に重点がおかれたであろう︒第

二次大戦後金融機構の近代化に伴い︑金融政策の行使の上に障害が除去されるに至ると︑そこに新しい側面が見

出されることになるであろう︒

 東南亜諸国における金融政策の効果に対し︑ネガティブな作用をおよぼすものが何であるかは重要な問題であ

る︒中央銀行政策が活溌に働き得ず︑またその効果が著しく阻害されていることには︑東南亜諸国の後進国経済

の特殊性からくるそれなりの黒帯が当然存在するであろう︒組織的な金融市場が極めて翠黛であり︑同時に土着

(23)

金融市場との岡の結びつきが薄いことは決定的な要因であろう︒金融構造の面における二重性のあらわれにある

と考えられよう︒金融部門内での銀行慣習も普及しておらず︑貨幣供給の多くが流通通貨の形をとっており︑貨

幣市場も資本市場も狭少で︑そこでは必然的に割引政策も公開市場操作も制約を受けざるをえない︒

 東南亜諸国における経済社会の構造に︑自給自足的経済を背景とする停滞的農村と市場経済的︑植民地経済的

資本主義を背景とする近代都市との併存的対立を見ることは既に述べた如くであるが︑そこでは発展段階におけ

る大きなズレ︑産業経済の後進性が見られることも当然である︒一般に低所得︑ひいて低貯蓄︑しかも資金需要

は概して低いであろう︒民間貯蓄量は投資量としても微々たるものであり︑個人事業資金の形で個人の手許に滞

留し︑銀行資金の形態をとって資本として有効化するに至らない︒従って資本蓄積の乏しさから近代的商業銀行

の体系的な発達が十分に進まず︑民間貯蓄資金が金融機関に流入されず︑むしろ商品や不動産など投機的需要に

向けられた傾向が強い︒他方産業構造のいびつさが政治および経済の不安定からくる融資の不活澄なこと㌧から

みあって︑悪循環のうちに中央銀行政策の活動を低調ならしゆている︒

 かくて金融市場の拡大化は同時に金融機関の発展の必要性と結びついた問題であろう︒商業銀行が十分な整備

組織を見ない限り︑中央銀行の機能は期待しえない︒たゴ後進国の金融機関の存在の中で︑先進国の支店銀行が

重要な地位を占めていることは︑問題を考察してゆく上で注目すべきことである︒たゴこれら外国銀行の活動は

貿易金融を主とするものであるため︑東南亜諸国においては銀行活動のその国の経済との結びつき︑従って自国

経済の開発についてはそれぞれ自国金融機関の整備︑育成に大いにまたなければならない︒

 なかんづく後進国の援助開発の問題は︑今日国際経済の中でクローズ︒アップされた問題である︒しかし経済

開発はまず国内金融機関の活動をまたなければならず︑これがイニ訊アティブをとるものはいうまでもなく中央

   東南亜諸国の申央銀行政策をめぐる若干の考察      入五

(24)

   研究年報   

︑       八六

銀行でなければならない︒かくて後進国における中央銀行の役割は︑信用統制をこえて経済開発のための資金供

給の面に拡大し︑中央銀行の機能が一段と重要視され︑経済成長と中央銀行政策との問題が︑先進国と同様に後

進国においても重要な問題を提示するものと考えねばならない︒

 経済開発における銀行の役割として︑銀行の動員しうる貯蓄は限られている︒低所得︑低貯蓄からくる低投資

は避けがたい経路である︒銀行預金の増大は所得水準の増大と預金者の態度の変化とを前提とするものである︒

民間貯蓄が金融機関に流入すれば︑政府は低い利率でこれを利用することが出来る︒しかしこの流れを急速にふ

やすことは出来ないから︑政府が巨額の証券発行によって新しい貯蓄を吸牧することは困難である︒それ故に政

府が開発を緊急に進めようとする場合には︑外国からの借入れ︑増税または赤字財政に依存せぎるをえない︒

︵全国銀行協会連合調査部訳﹁新しい銀行﹂︑後進国開発における銀行の役割︑一一五頁︑ 一一八−九頁︶

 この場合中央銀行信用が赤字財政補填のために利用せられることになる︒これがインフレーションを昂進させ

る原因となる点はともかく︑中央銀行が開発のための長期資金の供給に協力せざるをえないところであろう︒こ

の場合一つの方法は長期資金供給のために特殊金融機関の設立を行い︑中央銀行の政策に協調させようとするこ

とである︒

 民間投資が低い程︑開発にあたって政府の役割は大きくなる︒外資導入︑増税とともに中央銀行の信用造出に

依存せぎるを得ない︒低所得水準における増税にはおのつから限度がある︒外資導入が提唱される所以であるが

そのためにはまた輸出増大策︑財政政策の問題の考慮が必要となるであろう︒これをめぐって後進国の開発計画

の遂行には多くの障害が起きてくるであろう︒何れにしても東南亜諸国における中央銀行政策について財政政策

との協調は重要な澗題であり︑中央銀行政策が金本位制の下での自動的調整の実現を期待しえたときと事情を異

(25)

にし︑国際牧支の均衡︑国内経済開発︑経済成長という政策目標に対応して︑中央銀行政策の目標達成の上には

多くの困難があるであろう︒そこに東南亜諸国の中央銀行政策の問題をめぐってなお考察さるべきものがあるが

他日稿をあらためることにしたい︒

東南亜諸国の中央銀行政策をめぐる若干の考察八七

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