はじめに
律 令 国 家 に お け る 郡 司 任 用 方 法 と そ の 変 遷
古代日本の律令国家の地方支配において、郡司が大きな役割を果した
ことは改めて強調するまでもない。この郡司の性格に関しては、宮人的
諸規定上の「守旧性」や非律令的性格に注目した見解、共同体農民の保(‑)護者たるの側面を措‑立場に対して、その宮人的性格、被支配者層に(2)対する収奪者としての側面を看過してはならないとする批判があり、lE,,I爾来郡司の性格の二面性について、多‑の論著が里されている。
こうした郡司の階級的性格や古代国家における位置づけをめぐる論争
とともに、古くから問題とされてきた論点の一つに、郡司の任用方法が
ある。郡司も律令国家の官人であるから、その任用・考課・待遇などの
法制面での考察は'彼らの性格を理解する上でも重要なボインーとなる
からである。従来、この間題をめぐつては、令文に示された任用方法と
その後の法令による変化とについて、才用主義と譜第主義という相対す(4)る概念の適用如何によ‑解釈が戦わされてきたという面が大きかった。
しかし、今泉隆雄氏は、ともすれば才用主義と解されてきた選叙令郡司
条について、軍防令兵衛考満条の(郡領子弟1)兵衛出仕1郡司任用の 公章
コース(=郡領の再生産)の存在から、郡司条の才用主義は郡領子弟の
兵衛出仕制に限定されたものであって、令文の郡領任用方法は譜第主義
を前提とした才用主義という複合的なものと見るべきことを示され、譜(5)第・才用の論争を止揚しょうとされた。このようにーネリ制との関連、
中央・都城と郡領の関係を説いた点は高‑評価されるべきで'そのよう(6)な視点に基づく論考もいくつかロ王されている。
但し'翻って考えてみるに、軍防令兵衛条によると、兵衛を出すのは
一国の三分の二の郡であり、すべての郡領子弟が兵衛出仕のコースをと
る訳ではない。郡司補任請願文書の一つである海上国造他田日奉部直柿
護解(大日古三1一五〇)でも、兄が大領に就任してお‑、自身はーネ
リとして出仕するという状況であった。また今泉氏の研究によれば'実
際に‑ネリ1郡司のコ
ー
スが顕在するのは、天平七年格による副申削採用以降のようである。とすると'郡司の任用方法としては'やはり国司
による鐙擬(国擬)を重視すべきであり、また選叙令郡司条には郡領の
初叙規定が記されているので、多‑の郡領は官人出仕を経ることな‑、
自丁から任用されることが想定されていたのではあるまいか。事実、多(7)‑の郡領子弟は'一般に自丁であったようである。
そこで'以下では改めて律令制下の郡司の任用方法を考察するという(8)基礎作業を行いたい。郡司任用の手続き・儀式については殆ど注目さ
れることがなかったが'近年郡司任用の儀式の中に郡司の特質を見出そ(9)うとする研究も現れ'また平安時代の儀式の分析から遡って奈良時代
のあ‑方を考えようとする研究動向とも相侯って'郡司任周の儀式が奈
良時代に遡る要素を含んでいることが指摘されている。郡司任用の儀式
は律令国家の郡司任用方法の一つの到達点と見ることができ、郡司任用
の諸法令を検討する際にも、それが任用手続きのどの場面に関するもの
かを考慮することは'史料の正確な理解のためにも不可欠な事柄であ‑'
そのような視点での分析に留意したいと思う。なお'郡司任用方法とは
いうものの'諸法令では圧倒的に郡領任用に関する規定が多‑'以下の
考察でも、主政帳はやや副次的とな‑'大・少領についての検討が中心
となることを予めお断わ‑しておきたい。これは郡領と主政帳の地方支
配上の位置を反映した事象であるといえよう。 郡司の姿を明らかにしたい。なお'郡司の解任規定にも任用制度や郡司
の位置づけを窺わせる材料が得られると思うので'任用だけでな‑'解
任の制度も視野に入れるものとする。
f律令における郡司
律令国家は郡司を如何に把握しょうとしたのか。郡司の任用方法を検
討するに際して'国家の郡司に対する姿勢や位置、づけを知ることは'そ
こから任用制度構築の発想や令制以後の諸法令による制度の変遷が出て
来ると考えられるだけに'充分に勘案する必要がある作業であろう。そ
こで、本章では令文における郡司任用方法の考察とともに'国家が郡司
をどのように位置づけようとしていたのかにも注意して、律令における
‑
令文に見える郡司の任用律令条文の中で'郡司任用に関わる規定としては'次のものがある。
①選叙令郡司条
凡郡司'取下性識清廉'堪二時務一者上'為二大領・少領。強幹聡敏、工二
書計者、為.主政‑王帳一。其大領外従八位上へ少領外従八位下叙レ之。
(其大領・少領才用同者'先取一画造一。)
②軍防令兵衛考満条
凡兵衛'毎レ至二考満∴兵部校練へ随二文武才能'具為一書級.'申官。
堪理二時務一者'量レオ処分。其年六十以上'皆免二兵衛一。即雛レ末レ満一
井身送.真部.。検覆知実'奏聞放出。 レ
①は令文に見える郡司の任用基準としては唯一のものであ‑'律令に規
定された郡司の任用方法を考える場合には'まず検討を加えねばならな
い。その条文構造は'大・少領の任用基準、主政帳の任用基準'大・少
領任用者への初叙規定となってお‑'本注として「其大領・少領才用同
者'先取国造」と記すものである。大・少領の「才用」とは'上文の「性識清廉'堪時務」を指すことは疑いない。とするとへ①は才用に基
づく郡司の任用を規定したものと理解するのが至当であろう。
ところが'本注の「国造」ぉよび後に検討する諸法令中の「譜第」の
2
語の存在により'令文は才用主義か譜第主義か'あるいは両者を複合し
たものかといった論議が行われてきたのは周知の通りである。「国造」
についても'「譜第」との関係'令文にもう一箇所「国造」が見える柿
祇令諸国条の「国造」の理解などから、α「新国造」=律令制下に新た
に定められた一国一員の国造'
β
「旧国道」'γ
集解古記は「新国造」だが'この解釈は誤‑で'令文の本意は「旧国道」など'各種の見方が
ロ王されてお‑'①と神祇令の「国造」が同じか否かに関しても議論が存
する。この「国造」をめぐる諸説と私見については別稿を参照していた
だきたいと思うが'私見では'①と神祇令の「国造」は同じものを指し'
それが律令制下に存した国造を意味していることは確実であると考えて(10)(ll)いる。また「譜第」=郡領世襲の事実と国造とは別物であり'諸法令
に「譜第」の語が見えるからといって'その適否を令文解釈にまで及ぼ
すのは根拠のないことであ‑'本末転倒の見方であると評さねばならな
い。本注を改めて読むと'「先二取国造一」となるのは'本文の基準に適
うい‑人かの候補の中に国造が含まれてお‑'しかも他の者と才用が同
じ場合に限っての適用であることがわかり、あ‑までも本文に記された
任用基準が基本であったのである。
では'その任用基準たる「才用」とは何か。主政帳の方は「強幹聡敏'
工盲計.」とやや具体性があるが'大・少領については「性識清廉'堪二
時務一」と記されており'具体的な基準とはなっていないと言わざるを
得ない。「性識清廉」は道徳面での基準であるから、「堪⁚時務」とはど(12)ういうことかが考究されねばならない。この点を①での留意点として
注意しておきたい。 次に②は兵衛1郡司のコ
ー
スが存したことを示すものであ‑'軍防令兵衛条の郡領子弟から貢上される兵衛の存在に注目して'兵衛=郡領の
譜第十①の才用による任用1郡司という関係で令文の郡司任用方法を理
解すれば'譜第と才用の問題を止揚できる材料となる。しかし、「はじ
めに」で触れたような疑問点に加えて'②は確かに郡領子弟である兵衛
が郡司になる場合があることを示しているが'決して郡領任用基準を逮
べたものではな‑'①・②を郡司の任用基準として等置することはでき
ない点にも注意してお‑必要があろう。否'②は任用基準を示したもの
ではなく、単に郡領子弟たる兵衛が郡司に任用された場合の兵衛解任の
手続きを規定したものであ‑'郡領子弟が兵衛として勤務した後に郡司
に任用されることがあるという事柄'それ以上を読み取るべきものでは(13)ないと思われる。②の検討から'任用基準と郡司就任者の経歴とは区(14)別すべきことを学ぶことができ、これは①の「先二取国造」の理解と
通じるものがあり'後に諸法令を分析する際の一つの視点としたい。
以上'律令条文における郡司の任用基準・方法を規定したものは'辛
はり①しかないことを改めて確認した。とすると'その任用基準「堪二
時務.」の内容を知ろうとすれば'まず律令条文に記された郡司のあり
方を検討するのが正攻法であろう。そこで、次に律令の中の郡司の姿'
国家が郡司に期待していた役割は何であったか、また郡司の位置づけは
如何であったかなどの考究に進むことにしたい。
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2郡司の役割と位置づけ
本章冒頭で触れたように'郡司の任用やその「才用」の内容を考える