論 説
フ ラ ン ス 司 法 国 家 論 に お け る 司 法 消 極 主 義
! i 一 九 世 紀 前 半 期 の { 行 政 裁 判 ﹂ 胴 行 政 訴 訟 ﹂ } 行 政 行 為 ﹂ 覚 書 き ; ー
村 上
順
目次
はじめに
第一章復古王政末期行政裁判制度論争
9プロィユ公爵の司法国家論
目アンリオン・ドゥ・パソセーのプロィユ公爵批判
第二章七月王政期行政裁判制度論争
9ケノーのプロィユ公爵批判
@フィシュの司法国家論ハ日コロンベルの司法国家論︹四ヴィヴィアンのプロィユ公爵批判
むすびにかえて
は じ め に
(2π)
フラソスにおいては何故行政訴訟事件は司法裁判所に委ねられなかったのか︑について︑私は先に革命期行政裁判87
(1)制度史の研究において不充分ながら明らかにした︒それは︑国有財産売却訴訟について︑司法裁判所の民事的形式主
義が政府の財政的利益と国有財産取得者の権利を損なうおそれがあったことから︑これを革命の推進者である︑政府
.ブルジヨワジー(ウ桐)硅行政権自身に委ねることが市民階級の利益と感じられたからであった︒そして︑これはナポレオンの行政裁判制度
(3V下においても変わることはなかった︒
(4)ところが︑この様な状況は復古王政期に到り一変する︒すなわち︑国有財産売却訴訟を︑革命期・帝政期行政裁判
制度の構成を基本的に引き継ぎ︑活動行政権と行政裁判権の組織的分離を果たしていない復古王政期コンセーユ・
(5)デタに委ねたならば︑旧封建勢力から成る︑この政府の支配・介入を通じて︑国有財産取得者の利益が損なわれるの
(6)は火をみるよりも明らかであった︒かくて︑ここに革命の政治的成果を護持するために︑新たにコンセーユ・デタ制
度改革が提言されるに到る︒これが復古王政期行政裁判制度論争であり︑議論は︑8行政事件を現行コンセーユ・デ
(7)タに委ねようとする政府の利害を代表する行政国家論︑O活動行政権と行政裁判権の分離の要請から︑これを端的に
(8)司法裁判所に委ねようとする司法国家論︑日最後に︑一方において活動行政権と行政裁判権の分離を求めると共に︑
他方で︑司法裁判所の民事的教条をきらい︑これを独立の行政裁判所に委ねようとする行政裁判国謙・この三者間
で争われたのであった︒
しかしなが巨本稿は右の三者の思想をそれぞれ紹介することはしない・これは別廼譲るとし@本稿はその後
の行政裁判制度史の推移において︑何故フランスでは司法国家理論は容れられなかったのか︑これを復古王政期︑つ
いで七月王政期の司法国家論の思想構造の中に探ろうとするものであり︑フラソスにおいて行政事件が司法裁判所に
(11)委ねられなかった理由を引き続き学説レヴェルで明らかにしようとするものである︒
さて︑復古王政期行政裁判制度論争は︑その高潮期を一八一八年︑一八二八年代の二度にもつが︑前期は主として
フ ラン ス司 法 国家 論 に お け る司 法 消極 主 義
国有財産売却訴訟︑国家債務訴訟︑納品・公土木契約訴訟の裁判権の所在をめぐり議論された︒したがって︑これら
の訴訟の例示から理解される様に︑前期は︑行政の行為形式論からは行政契約の解釈・執行が︑行政訴訟の種別とし
ては︑完全裁判訴訟事例が問題とされた︒未だ︑論者らにあっては︑行政行為すなわち・行政の﹁法判断作塵領
域と取消訴訟(特に︑越権訴訟)によるその統制は姦に登ることはなかつ蜂これが問題となるのは後期に・とり
わけ行政警察領域をめぐってであり︑その噛矢となったものが︑フランス行政法学史上︑司法国家論の代表者とされ
るプロィユ公爵の議論であった︒そこで以下︑まず︑この彼の議論をみていくことにしよう︒
(1)拙稿﹁フランス革命期行政裁判制度研究試論(一‑四完)﹂神奈川法学一〇巻二・三号︑哺一巻U号︑二・三号︑一四巻一号︒
(2)復古王政期における一行政国家論者は回想していう︒﹁この︹行政裁判︺権限は︑司法権の侵害であると訴えられてきた︒確かにこれは侵
害である︒しかし︑それは法律に基づくものであり︑これら︹国有︺財産取得者が︑司法裁判所の前にひきだされた場合の不安な状態に基づ
く必要性からである︒これら所有権の譲渡は︑その大部分が無効を宣せられるであろう様な︑紛擾と無秩序のあれくるった時期に行われたも
のである︒司法裁判所において︑文字通りに(鮎"9︒箕窃冨一①葺︒)裁判されたならば︑ほぼすべての国有財産取得者は追奪を宣せられたであ
ろう︒極めて多数の︑かつ大部分の人々の利益が再度問題とされることがない様にすることが︑公けの平和(﹁超︒︒・宕匪︒)の維持に必要であった︒立法者が︑この事件について︑衡平と例外裁判官を配すべく求められたのは︑まさにこのためである︒この措置を不満とする人々は
普通法の墨守がもたらしたであろう様な帰結をおそらくは予想しなかった者である︒﹂(国畠ユQoぎ9炉曾Oo議①鵠昏け翼8蕊哉曾ゆα9︒器8昌︒.頓鶴昌一㎝脚斡δロm︒ε︒嵩︒噂冨NP㍗麟,劇O)なお︑彼はこの引用に続いて︑現在︹復古王政期︺︑司法国家論の立場から行政裁判制度システムを批
難︑攻撃するまさに当の人々らが︑革命期︑このシステムを創り上げたものであることを指摘し︑その主張の首尾一貫しないことを行政国家
プルジリワジ 論の立場から鋭くつく︒市民階級のこの点での利害の所在の逆転については︑註(4)の引用参照︒
(3)県参事会の創設が︑国の財政的利害の考慮の上になったものであること(ロデレール("需紆屋噌)の発言︒﹀容㌶︿霧頴﹁剛㊥日〇三岱ヰ①︒︒㌣拾吋断P
計①㍗嵩O)︑コソセーユ.デタにおける訴訟委員会の設置にもかかわらず︑国有財産売却訴訟と国家債務訴訟の審理・裁判権はここからは
除外され︑活動行政権と未分離なコンセーユ・デタ例外部の評定官︑および清算委員会に委ねられていたこと(βo興ρaO︒霧①臨昏攣麟戸
一Q︒一ρ㍗一8)については︑拙稿﹁ナポレオンの行政裁判制度﹂神奈川大学法学研究所研究年報四号掲載予定参照︒
(4)七日王政下の司法国家論者であるコロンベル(Oo一︒ヨ冨一)は当時を回想していう︒﹁偏狭な政策的見地が他のシステム(行政裁判制度)を示
唆した︒諏ルムナンが指摘した様に︑人はこれら︹司法︺裁判所の独立性をおそれ︑取得者により好意的な裁判官(胤霧甘σ︒窃覧話審くo轟ぴ一︒切)
(213)
89
が与えられる様望んだ︒:・⁝それが普通法からの背反をもたらし︑司法権に対する新たな侵犯を行わしめることとなった︑奇怪な動機である︒
その時には︑人は国有財産取得者のために採用された措置が︑彼らの利益に相反するに到る︑反動の時代がやってくるとは想像だにしてい
なかった︒事実は︑一八一五年の運命的な時が鳴りひびき︑県参事会とコンセ1ユ・デタは︑これまで保護が求められてきた取得者にとっ
て︑少なくとも︑その政治的見解の上で敵対的な人々で一杯になった︒﹂(Ooごヨびo}噛牙訂㎞霞崖6汁ご旨践巳瓢聾轟梓ぞP一︒︒恥ρ,器α)
(5>復古王政期当初のコソセ!ユ.デタは︑国王留保裁判制の下に︑評定官の終身制の身分保障の欠如と︑その存立が一片のオルドナンスに拠
る点で︑すでに法的・制度的欠陥を有するものであったが︑その後の制度的改革はこの欠陥をさらに先鋭なものにした︒すなわち︑コソセー
ユ・デタは︑﹁立法﹂﹁内務﹂﹁財政﹂﹁陸軍﹂﹁海軍﹂﹁訴訟﹂の六つの委員会から成り︑そのそれぞれが単独で所管事項の処理にあたるが︑この
うち︑立法委員会の起草する法律および行政立法の原案︑訴訟委員会の判決原案のみは︑これら委員会の評定官と各委員会の長である六人の
国務大臣の会同する総会(霧器ヨげ尿︒σq曾曾9︒εで︑衆議の上決せられて成案とされる仕組みになっていた(一八一四年六日二九日のナルドナ
ンス)︒これは︑諮問機関としてのコンセーユ.デタ本来の任務である法律︑行政立法の成案をうるためには合理的なシステムであるが︑裁
判機関としてのそれとしてみた場合︑次の様な活動行政と行政裁判権の未分離の問題を惹起した︒すなわち︑訴訟委員会において被告・当事
者の立場にあった国務大臣が︑総会において裁判官の資格で評議に参加し︑判決を左右する地位にたつことである(O︒§①巳炉含Oo旨器自
α︑怖婁︒匿︒︒9σ・伽8ヨ§8§繭一①件8目馨冒崖a︒=霧葛叶話暮髭﹁︒響§︒・鼻三剛︒自巴︒藁︒︒H︒︒哺等㊤窃ま・齢¢毒㊤)︒
ところが︑一八一五年八旦一三日のオルドナンスは︑法律︑行政立法の原案作成を内容毎に各委員会の所管事項としたうえで︑総会係属案
件とすることを廃し︑ついで︑噌八二四年八日二六日のオルドナンスは︑立法委員会を廃止するに到った︒しかしながら︑訴訟委員会の判決
原案については︑従来からの変化なく総会係属案件とされたことから︑復古王政下のコンセ:ユ・デタ改革は︑その本来の任務としての諮問
機関的役割を放棄し︑行政裁判機関として自己を特化していく過程であったことである(い9﹁ρO器5̀窃苺窃︒︒賃噌♂Oo窃︒出臨.齢雷計一︒︒ωO"Ψ
一Q︒)︒これは多くの攻撃と批難を呼び︑一八二八年一一月五日のオルドナソスは︑立法委員会を廃止したままではあったが︑各委員会での法
律︑行政立法原案を総会係属案件とすることを余儀なくされた(一四条)︒ただし︑そこには︑この場合の具体的運営︑手続規定が存在し
なかったことから︑復古王政政府の譲歩は形ばかりのものとなった(いg昼β魯二"﹂㎝)︒かくて︑復古王政期のコンセ!ユ・デタ批判
は︑これを裁判機関とした場合︑訴訟委員会の総会からの独立案を最右翼に(臨o昏oけ)︑最左翼に︑コンセーユ・デタの改組と独立の行政
裁判所設置案(O︒§〇三P竃p︒9邑)を展開せしめることになった︒また︑諮問機関としてのそれとしては︑立法委員会の再建案(=昌誌
ω冒伽霧噂Ho臼ひ)があった︒
へ6)国有財産売却訴訟は︑H所有権に基づき︑誤って革命期の諸政府により没収された財産の返還請求訴訟と︑C⇒国有財産の競売手続の違法︑
競売契約の解釈︑執行を争うものと︑大きく一一つに分けられる(嵩¢冥ざロ魯勺雪︒︒①¥ユ¢日.﹀三〇鼻0甘島︒蕊話︒ロ句話琴p一Q︒一Q︒噛ヤミ◎︒)︒こ
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のうちHについては︑競売自体が適法に行われた場合︑以後︑所有権に基づく返還請求訴訟は︑共和暦三年憲法三七四条により遮断され︑該
土地財産に所有権︑担保物権を有する等の︑国内の第三者のみが損失補償請求訴訟を行いうるに止まることになった︒右の規定は︑統領政府
下の共和暦八年憲法九四条︑復古王政下の憲章九条によっても確認された︒したがって︑取得者からの所有権の追奪がありうるものとして(Ooき①巳ロL)﹁o搾巴鼠昌翼富け鮮冨劇O噂ρひ︒.や.一嶺)︑訴訟は⇔に集中することになった︒
(7)代表的なものとして︑①ω⁝話ぎ費O︒蕊亀匹.踏讐︒・巴o昌置O密﹁88昌︒︒簿三ご嘗①=①.笛鼻②誕①鼠零留謬諺①ざ結ピ.﹀暮︒箋ε巳蕊葺①
窪宰睾8鰯一〇︒窃がある︒この二者の議論の分析は別稿参照︒このほか︑③罵8ぎr象O︒ま亀儒.卑3"﹂ω嚇④忌ドヨ駐P晋言,q§魯樽
曾8瓢8註㊦齋脳.巴臼三︒︒什翼帥o鋭窟=6噌︒曲窪8譜Oo霧①臨山.孚鼻笛H◎︒唱.Φ⁝⑤穿艮Q︒ヨ仏oP曾Oo霧①画一恥.単既8鼠廉融辞霧騨・§
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もなお︑七月王政下のこの論者として︑⑦<圃臼崖β・P牙冨㎞鼠黛︒齢地露魯︒9①曾0︒壼①に胤.団翼'Hq︒癖ρ唱・δどδ0①樽︒・二卜︒﹃o︒︒諾・⁝⑧O冨薯魯ロ・
も知ユ9首$牙8日罵貯窪8忠紆冒﹁襲a魯践目ぼ駒︒・仲轟軒︒︑一紹押齢トや図図図冒萸隅冒疑鼻⑨国︒︒8罵噛費O自器⁝乙.国馨噛8瓢︒茜掌︒ロ密ま炉
磨8"昌8ユ箪飢o︒︒霧9葺箭葺幽8︒︒噂一窪伊後述第二章口註(15)参照︒
(8)⑩ゆ窪智巨目08器塁9舞い山︒℃︒葦睾︒8蕩酔ぎ仲幽︒嘗φ掃剛p雷刈b︒謄稗ト窄器メ㊤冨且艮醤閂︒︒噂臼Oo器巴創.帥翼卑号器8ヨ幕3馨p
冨爵箸﹄ω鳩認9時︒ゴ⑫同じく︑Oo霧藻藍o鵠号ぎ鑓仲一畠{轟起帥罰︒︒ρ蕊挿ΨωO禽㊨漂同雷σq︒N'留r&諺瓢86識目ぎ亀︒窪閃鑓鴇ρ笛一〇︒'
唱.器3⑭O騨菖o〜騨鼠護N冨ぴq臼・冨目紳陣窃貯象鼠牙o開蕾侶oは畠§ま榮㎜︒旨鋤紆置い鼠寒℃冨巳""﹂8鼻$嚇⑮臼芽誹号く︒賦歩
も鮎o㎝国日覧禽o旨¢霧費O雷器鵠恥.蝉黒・︒ロ=①・︒蕊﹃毒鍵き一〇︒b︒♪噂﹄b︒らω⁝⑯2︿︒惹葭畠Φ欝ロ冨彗ρα︒い.Oa器制σ頃巴窪午窪8無傷窃呂窃
臨.麟言︒N⁝静・おひ︒︒︒嘘紳﹂矯噂・b︒2・魅N咽⑰切⇔ミo受噛↓邑鼠儀霧8鑑一蕾自自唱聾霞窪冨幽=.固葺鼠$騎︒段芝︒・欝けぞ︒︒︒口=︑碧§憲甘象爵落L︒︒NQ︒噛
噂軸︒︒嚇⑱同じく︑O︒窃亀飢.け聾曽8瓢器昌︻o愚﹃6冨日げ器隅霧旭帥器噌冨器'唱﹂Oご⑲ピ︒皆自曾卑謁ぽ嘘Oo目嘗︒﹁窪珪導冨ぽζ零胃典︑︑穿切茸誹ロ舞巽匙琶ぎ算噌帥無︒・.︑閃薯器州話沼臥器堵一︒︒NQ︒後述第一章8参照︒⑳09・餅鼠ロ号rp図gロ鑑呂B巳傷℃恥窪﹀痔等鼠o田詮O︒霧①臨
隅.帥翼﹂︒︒Nρ署﹄恥誤簿︒・,.鵠ω簿︒・.⁝なお︑七月王政下の司法国家論者としては︑後述の第二章ロ国の⑳葱島①3皆O︒田︒臨傷.財9露曾
8艮窪仲融賛巴慧巳︒・誉紳削ρ一〇︒む︒O咽⑫Oo剛oヨ冨㌍伽oヒ9︒嘗ユ無oユo昌薮日言馨鑓けぞP一陛Oがある︒
も(9)代袈的なものとして︑⑳Ooヨ①巳算含O︒窃亀飢.更韓露証︒︒9︒鳳8営白①8霧㊦臨雲8ヨ臼¢冒ユ島a︒謬8器ま梓﹁Φ臼o器器田①8諺翫窪紳凹︒瓢目亀p
冨笏⁝⑳同じく︑鮎o訂﹁窃℃oロ器竃曲融紆︒︒帥鴨窃臼αqo薯㊤器ヨ窪ご︒紳ユ霧σq舞睾鵠窃歳霧︒ぎ嘱雪㎝矯冨蚤⑳同じく︑訂[伽α弓o臼騨鼠6﹂鍵舟
⑳竃営喫鼻血窃↓凱評田巽帥飢ヨ剛翻聾藁タ一︒︒b︒◎︒がある︒両者の議論の分析は別稿参照︒このほか⑳属信簿α︒09︑臣︒・碧b紆び.oお睾凶︒・帥酔ご目
し自o冨窟誘睾8鼠芭ρ一︒︒器矯掌ωb︒N‑ω器⁝⑱該︒茜巴ぐざ費Oo鵠亀α.障象鼠︒︒魯冨欝o乱①碧①6冨唱ぎ︒帯鵠計鼠畠賀叶︒8霧餓鼠弐︒壼邑ρ
も一G︒斡◎︒・マ劇ω,匙⁝⑳図o黛宮①詳畠o一.O薦睾凶・︒毘9含00諺蝕一臥.窪暮魯8舞甘繕︒蛋噌や一︒︒N︒︒・署・起"G︒9一忠曾一8引なお︑七月王政下の論者
(215) 91
しとして︑⑳≦邑力o黄・Oo器罷曾馨一〇鵠︒︒霞♂㌫$び濠︒︒oヨ①昌仲店ロOo塁①出飢.田餌ご冨ωρ7伝⁝⑳け9﹁ρO蕾89︒︒<¢窃︒︒耳師oOo田o臨畠︑弾臼3
し一Q︒も︒ρ唱・&"⑫=Φ諺ご鵠畠︒剛自器ざ§寓9︒︒弩一︒0︒諺Φ凶一飢︑国訂計一︒︒ωP後述第一章口参照︒これは前掲②での説を変えたものである︒⑳
もOμ曾p巳♂号門ロ甘臥黛︒梓δロ巴日向三切訂旬ひ貯ρ一Q︒ωO︑後述第二章日参照︑⑭≦≦︒p響巳霧﹀儀慧三・︒貯罠紳署︒・・"一ぶ山.鳩一〇︒膳9後述第二章⑳参照︒
もも⑮彗導90昌窪島話霞呂Ooロ︒・o臨飢.国畠r氏o訂忌8︒︒ω凶な脳.砦①冨︒︒痺げOo器Φ出飢.団冨♂一Q︒麟︑Ψ㊤O簿口:がある︒
パンフレットなお︑以上の註(7)(8)(9)の著書︑小冊は︑本学からの在外研究期間中(一九八一・ニー一九八二・三)︑パリのしd筐剛o臣8ロ︒暴梓凶o富一︒
において読みえ︑コピーしてきたものである︒これにより︑復古王政期︑七月王政期行政裁判制度論争に参加した文献はほぼ網羅しえている
と思う︒七月王政下の教科書類(切︒︒自冨は‑卜①噺90珪︒自︑男︒目畏︑即訂州窪騨・M評︒民ぎコ等)は︑行政裁判制度に関する叙述的取り
扱いが客観的なものであることから(すなわち︑その行政国家的構成の確認︒たとえば牢︒民5︒9↓或尽魯匹oヨ︒︒言¢腰嘉P一︒︒ωω噛二b
Ψδご即ピ駄忠﹁幽酵pOoロ誘窪︒黛o腎やロ匡廟︒g巴目三︒︒茸︒︒藻喝一︒巴こ一Q︒ωり︑唱・Q︒﹃)︑右に数えない︒
(10)すでに成稿としてあり︑フランス行政法学説史に関する共同研究の成果として︑他に公表の計画がある︒本稿はこの別稿の後半部分と一部
重複しつつ︑紙数の制約から論及しえなかった部分を書き継いだものである︒
(11)この様な問題視角は︑戦後︑司法国家制をとるわが国特有のものであることはいうまでもない︒フラソスの行政裁判制度史研究の水準を
ちへ示す︑最近の二つの研究︑即Qり碧伍︒ぎぎ国ε匹窃︒・窺一①器8自︒︒恥︒豆㊥言①甘ユ岳︒凱o斜一㊤O倉旨O冨話田︒さピ.国︒︒庁6鵠梓δロ岳︒︒8﹁言ロφ匹ロ
窟冒6ぢ︒牙︒・曾曽艶o昌恥①冨甘ユ象ao昌註日凶巳︒・#豊器9昏︒一︑巴ヨ脚鼠︒・#豊8霧紳貯①b一零Oにはこの問題意識︑検討がない︒そして︑従来か
らフランスの行政法学者が顧りみることのなかった︑後述プロィユ公爵︑アンリオソ・ドゥ・パンセー︑コロンベルの評価と︑ケノー︑フィ
シュの思想の発掘は︑この観点からのものである︒
(12)この用語は︑下山瑛二﹁イギリス行政手続法の法理﹂(﹃人権と行政救済法﹄)一七三‑四頁︒
(13)ただし︑はやくコルムナソが︑公務員に対する損害賠償請求訴訟︑刑事訴追制度の改革的提言の中で︑行政の﹁法判断作用﹂領域の別出と
これの裁判的統制のありかたを端緒的に論じていた︒O︒琶︒乱P血︒額融︒︒"8︒︒帥げ農芯牙︒︒認①霧牙σqo薯︒導︒目︒目計一◎︒一P"Ψωω簿切︒︒︑これ
については別稿参照︒同じく︑Oo哨日︒巳炉O募︒︒けご冒紆岱﹁o犀巴巳巳︒︒↑雷江ひω.OF隔二.ワ毬・ωOには︑越権訴訟への最初の言及がある︒
第 繭 章 復 古 王 制 末 期 行 政 裁 判 制 度 論 争
フ ラソ ス司法 国家 論 に お け る司法 消 極 主義
臼プロィユ公爵(ド①含︒αΦ切δσq閑)の司法国家論
フラソス行政法学説史上︑特異な議論として知られるプロィユ公爵(立憲王党左派議員)の司法国家論は︑そもそも
はマカレルの著書に対する彼の書評論文﹁マカレル著"諸行政裁判所論"書評﹂︹フランス誌第六号一八二八年=月︺
(O︒思8§皆α三ぎΦ分竃帥§①討︑.oΦ・・三げ賃慈賃銭慧駐幹H讐酵.."寄苺①{§鼠︒・p・︒9ぎく§ぎ§︒︒)において展開さ
れたものである︒
一さて︑ブ冒イユ公爵の議論の出発点は︑彼が登場する直前までの﹁行政裁判国家﹂論と﹁行政国家﹂論間の一
大争点︑すなわち﹁コンセーユ・デタは権利事項に関し判決を下す裁判機関か︑利益事項に関し裁決を下す単なる訴
願的.階層的統制機関にすぎないか﹂の問題にあった︒彼はこれを︑行政国家論者の認識に即して︑それが﹁現状の
事物の秩序の擁護者﹂(傷亀窪器霞山①一︑o巳話山Φ︒ぎ︒・Φ碧ヨ鉱)のものであることを明確に指摘しつつも︑さらに徹底す
る方向で考えようとする︒そしてこの意味で彼は︑﹁甘邑鐸δロ巴巨昌匿同鑑くΦに提起される問題は真の司法的問題︑
権利問題である﹂とする︑マカレルら行政裁判国家論者の見解に︑その理論的・自由主義的意義を充分に承認しつつ
(1)反対する︒しかし︑他方で彼は︑﹁行政権が判断を下す資格も権能もない一連の純粋に司法的問題が︑8馨魯幕受
(2)践巨巳︒︒欝まの名の下に誤ってコンセーユ・デタに係属していること﹂︑このこともまた認める︒そして︑彼は︑この
問題が︑実は︑﹁行政国家﹂論︑﹁行政裁判国家﹂論間の紛糾の原因をなしており︑しかもこれが︑8韓8什一Φ受巴ヨや
昌蜂鎚駿として表象されているものの両説の齪齢に集中的に表現されていることを指摘する︒すなわち︑政府"行政
個家論者が︑コンセーユ.デタは利益事項に関し裁定を下す階層的統制機関であると解する立場から︑oo算Φ暮剛①奏β︒阜
(217) 93
ヨぎ韓§罵を階層的統制訴訟とみているのに対し︑行政裁判国家論者は︑コソセーユ・デタに権利事項が係属してい
ることを手掛りに︑8馨8膏ロ×巴ヨ巨︒︒仲翼凶{を行政訴訟と解していることである︒しかして︑この問題に対するプ
ロィユ公爵自身の立場は前者と共にある︒
﹁固有の意味で8翼8け凶①環巴巳巳︒・#象剛hと呼ばれているものは︑全く司法的でない問題︑通常裁判所にも︑他のい
かなる裁判所にも提起されるべきでない問題︑単に︑公序(︒H爵ω筐匡8)の要請からのみならず︑真理と︑良識と理
性の永遠の諸原則が尊重されるとしたならば︑当該問題を惹き起したまさに当該官庁によってのみ裁決されなけれぽ
(3)ならず︑またされうる問題︑から構成される︒﹂
それでは︑何故︑8三窪什一①受巴ヨ一艮︒・霞拶無は︑彼の説くように﹁階層的統制訴訟﹂と解されるのか︑さらに遡って
何故︑コンセーユ・デタは階層的統制機関とみなされうるのであろうか︒この問題に対し︑プロィユ公爵は︑政府U
執行権力(や葺︒・︒︒碧︒①①×①2嵩く︒)の作用を三分類するという独創的な論理構成の下に︑この執行権力の各作用に対応す
る市民の法的地位は何か︑を見定めることによって答えようとする︒以下︑その内容をみていこう︒
ニブ駆イユ公爵は︑﹁モンテスキューの偉大な著作と︑彼のものほど重要ではないが︑同じく著名なドゥ.ロー
ム(Uo一〇一目①)の潅以来﹂の分類にし奈って・公権力(冨︒・.・9・鵠・§げ喜)を立法権力(蓄§Φ璽量)︑司法
権力("駐︒︒窪8宜惹昏Φ)︑執行権力(℃鼠︒・︒︒雪8繋曾三ぎ)の三とする︒そして︑この最後者をさらにその作用にした
がって三つに分ける︒このうちのまず︑二者が﹃執行権﹄(醤薯︒マ①巻邑5と﹃行政作用﹄(騨α巳冨闘︒︒梓.餌鉱︒昌)である︒
﹁市民に︑法律の遵守を強要すること︑有罪の宣告をうけた者に判決の履行を強制すること︑この様な事柄が︑公
法学者のよく語るところによれば︑執行権の作用({魯9凶8含づ8く︒一.︒客o︒偉け5ということになる︒公法学者は︑執行
権の作用としてそれ以外のものをたやすく認めない︒公法学者は︑君主制における君主︑共和政における首相あるい
フ ラン ス司 法 国 家 論に おけ る司 法 消 極主 義
は総裁を︑立法者ないし裁判所のイニシァチブの下で行動する︑単なる強権の発動者の地位(︒・冒℃♂隻︒留︒冨剛留一函
♂§讐げ言器)に好んでおしこめようとする︒しかしながら︑︹法律の遵守や判決の執行を確保するという︺役割を果
すためにも︑君主や首相がかかる地位に止まるだけでは不充分である︒君主︑首相︑総裁は︑あるいは︑君主制も共
和政も想定しない中立的表現を使うならば政府は︑さらに他の︑しかもより広汎な諸権限が付与されていなければな
らない︒事実︑強権は︑国が強権の担い手たる人々と︑これらの人々への俸給とを用意するという︑単にそのことだ
けで存立しうるものではない︒これを発動する前に機構を整備し︑武装させ︑装備を整える必要がある︒強権の担い
手たる人々を宿営させ︑制服を整え︑食物を給する必要がある︒すなわち︑兵舎を建設し︑売買契約を締結し︑武器
等を入手する必要がある︒そこでは明らかに︑政府は︑憲法制定者がこの語を解した意味での︑すなわち︑執行権(宕享︒マ・監︒95としてはもはや行動してはいない︒政府は命令を伝え︑反抗する市民を逮補し︑彼をして服従せし
める︑法律の単なる手足ではない︒全く反対である︒政府は私人と合意の上で取引を行う︒政府は購入し︑売却し︑
賃貸し︑あらゆる諸形式で契約を締結する︒大邸宅の家令こそが︑必要な建物の建築を監視し︑奉公人の衣服と食物︑
(5)門衛の装備を支給し︑動産の修繕にあたるのである︒いいかえれば︑彼は管理する(出薗山巳昌剛︒︒梓目.)のである︒L
プロィユ公爵は︑﹁執行権力﹂(℃三︒︒︒・き8Φ巻︒三向く①)と﹃執行権﹄(唇塁︒即Φ鵠伽6ロユ{)とを区別し︑後者を前者の一分肢・
とみなす︒そしてこれによって︑従来︑﹁公法学者﹂﹁憲法制定者﹂が﹁執行権力﹂そのものの作用と解してきた﹁事
実的法執行作用﹂︑すなわち︑法令に基づく義務づけを現実に確保するための物理的強制力の行使を﹃執行権﹄の作
(6)用とすると共に︑﹁執行権力﹂にもう一つ別の作用をみいだす︒"︑れが︑含︑われわれのいう罪権力行政作用Lで励
あることは明らかであろう︒問題は︑これら二つの作用に対応する市民の法的地位と︑これが侵犯された場合の救済儒
機関である︒これについてプロィユ公爵はいう︒95
﹁政府が︑執行権の資格において(魯・︒餌ρ・髄一ま山︒唇薯︒一同Φ駄︒算5︑法律に規定された場合以外に︑市民に対し強権
を行使したこと︑すなわち暴力を行使したこと︑を理由に︑市民が政府を攻撃する時もまた同様である︒このことは
軽罪(ユ霞什)を構成する︒すべての軽罪はこれを裁く裁判官を有する︒
同様に︑政府が行政(権)の資格で(自︒︒騨豊豊緑α︑践ヨ芭︒︒ぎま・)︑市民と締結した契約ないし何らかの約定の条件
を履行しなかったこと︑あるいは不完全にしか履行しなかったこと︑を理由に︑市民が政府を攻撃する時︑それは通
常(民事)訴訟の問題である︒行政権は︑市民と全く対等の立場で契約をかわしたからであり︑行政権は︑一般法の支
(7)配下で契約をかわしたからである︒行政権の勝訴︑敗訴が決せられるのは︑まさに一般法の支配下においてである︒﹂
プロィユ公爵は︑事実的法執行作用として行われた強権の発動が︑法律の根拠に基づくものでなかった場合︑当該
官吏は︑刑事裁判所において軽罪違反として罰せられるとする︒また︑同じく彼は︑非権力行政としてなされた契約
等の債務不履行︑不完全履行の問題についても︑民事裁判所によって紛争解決がなされるべきことを説く︒そしてこ
のことによって︑プロィユ公爵が﹁執行権力﹂中の右の二作用に対応する市民の法的地位として︑一般市民法の保護
法益︑すなわち︑﹁権利﹂を想定していることは明らかであろう︒ーーしかしながら︑かくては︑プロィユ公爵が︑
8簿魯紳8受巴邑三︒・什糞闘{を﹁利益﹂事項に対応する階層的統制訴訟と解する根拠は︑右の﹁執行権力﹂の二作用中
に求めえないことになる︒したがって︑これは︑﹁執行権力﹂の第三の作用に関するプロィユ公爵の次の議論の中に
こそ求められることになる︒
三プロィユ公爵によれば︑小国では︑立法者は﹁事物の性質が彼にふりあてるあらゆる作用を自らその権能とし
て遂行﹂しえ︑﹁いわば︑あらゆる権利︑あらゆる負担︑あらゆる義務を手ずから個々に配分し︑立法者として本来
なすべき事柄を一々規範化していく﹂ことができる︒これに対し︑大国では事情が異なる︑という︒そして︑この場
ツ ラン ス司法 国 家 論 に おけ る司法 消極 主義
合︑プロィユ公爵は問題を二つに分けて考える︒
θ法規範があらゆる場舎に︑しかも誰に対しても一般的に適用されうる例外の少ないものである場合(たとえば・
民事法︑刑事法の様な場合)︑立法者は自ら︑かつ単独で︑命令する自己と︑これに服従する市民との間にいかなる補助
者も介在させることなく︑規範を設定しうる︒
◎ところが︑﹁法規範の適用が例外で蔽われ︑障碍に苦しみ︑時︑所︑人によって不断に変化するという様な場合﹂
あるいは﹁法規範を設定する機関が︑前もって︑各事項に付着する詳細を知悉し︑偶発的諸事項︑背景︑地域的特殊
事情を考慮しているのでなければ︑公正かつ理性的な︑法規範の適用を図りがたい︑という様な場合﹂は︑事情は変
わる︒この様な場合︑立法者は︑一般的・調整的原則を設定することで満足し︑彼に専属する法規律権は︑これを﹁事
物︑人々のより身近にあって﹂事案を知りつくし︑原則の具体的適用を確保する(﹁主権的機関﹂(牌三︒門濠じ︒︒ロ<︒或目①)に
対蒐と︑﹂ろの)﹁下級諸欝﹂(き8H譲︒︒駐弊岡①母①艦﹁従属諸権力﹂(や︒目く︒一.・,聾・山︒ 価㎝)暴任する必蒙ある︑と
説く︒
そして︑この﹁下級諸機関﹂﹁従属諸権力﹂にあたるものが︑﹁政府﹂諸機関︑諸権力(国王︑大臣︑知事)であり︑
﹁執行権力﹂の第三の作用はまさにこの局面で問題とされる︒すなわち︑
﹁ここに︑政府は少くともフランスにおいては︑また︑多かれ少かれ諸国においても︑われわれの目に︑新か偽︑
ヘセヘヘへ第三の相貌(霞鼠︒︒律ヨo節8)をもって立ち現われる︒固有の意味での執行権(℃︒薯︒マ粟魯糞5の資格︑すなわち︑法
律の執行および法律を適用する裁判所の仕事に力をかすものとしてではもはやなく︑また︑固有の意味での行政(権)
(騨恥5P帥コ一加仲﹁9◎陣剛O昌)の資格︑すなわち︑会社の事業家としてでももはやなく︑立法者の代理人(︒︒・誹障紀)の資格で・立法
者の代りに︑かつ立法者の立場で︑一定の諸要件と権限内において︑権利を付与し︑義務を課し︑租税徴収額を確
(221) 97
︑︑︑︑︑︑(9)定︑これを賦課し︑命令し︑禁止し規制する︑小型の立法者(厨脚︒︒巨①霞9︒億更津且①ユ)としてである︒﹂
この様に︑プロィユ公爵は︑﹁執行権力﹂の第三の作用として︑﹃小型の立法者﹄としてのそれを挙げる︒行政立法
権限は︑ここでは︑﹁立法権力﹂に本来的に専属するものを︑﹁執行権力﹂が便宜.肩代りして行使するものと解され
ており・﹁執行権力﹂固有の権能としては捉えられていない︒﹁執行権力﹂は︑﹁立法権力﹂の一部を代替的に行使し
うること︑このことが﹁執行権力﹂の一作用として承認されているものと解されている︒
さて・それならば︑この局面における市民の法的地位と救済権限の所在はプロィユ公爵によってどの様に考︑兄られ
ているのであろうか︒
Hまず︑行政立法作用が︑本来的には﹁執行権力﹂による﹁立法権力﹂の代替的行使につきるものであれぽ︑こ
の局面での市民の法的地位も︑﹁立法権力﹂そのものに対する市民のそれと何ら異なることはない︑と考・兄られる︒
そして事実︑プロィユ公爵もこれを同列に論じる︒そこで︑この後者の局面︑すなわち︑法律が﹁正義に反する﹂と
して市民から異議申立てされた場合についてのプロィユ公爵の議論についてはじめみていく必要がある︒彼は次の様
に問題を設定する︒
二ないし数人の市民が︑あれこれの法律が彼らにとって正義に反しており︑彼ら固有の利益と同時に︑公益にと
って有害であることを見いだしたとしよう︒彼らと立法者自身の間に起こる紛争は︑その性質上司法問題として解決
(10)されうるか︒L
プロィユ公爵はこれを否定する︒なぜなら︑﹁そこにあるのはあくまで利益(一β叡.弾・︒)に関わることであって︑異議
(11)申立て者(℃臨︒q器琶の側には権利がないからである︒﹂
プロィユ公爵によれば︑裁判所の職務は︑立法者意思を確定し︑宣告し︑彼に付託された事実に立法者意思を︑そ
フ ラ ソス司 法 岡 家論 に おけ る司 法 消極 主 義
の是非︑善悪を問わずあてはめることであって︑その得失を論じたり︑あまつさえ︑それを破棄したり︑変更したり
することではない︒かくては︑裁判所は︑政治体(8§唱︒盗睾㊦︒︒)と化すばかりか︑その独立・第三者性と身分的保
障は︑それが本来隻る晶以外のものに悪用される結果となるからで為・fそれでは・﹁妾者のまさにその
行為によって﹂不利益を受けた市民は︑﹁誰に対し救済を求めることができるのであろうか︒﹂プロィユ公爵はそれは
請願(需彗δロ)という形式で﹁立法者自身﹂であることを説く︒ただし︑この場合でも彼は︑それが﹁市民の不満
(αq夙腕.h︒︒)を述べるため﹂のものであって︑﹁権利(黛鼻︒︒)を主張するため﹂のものではないことを付言することを忘れ
ない︒また︑請願を受理した議会も︑当該法律の改廃・変更は︑諸利益間の調整に配意した︑その任意の意思に基づ
(13)くものであって︑市民の要請に拘束されるものではないことを指摘する︒
口右の事柄は︑したがって︑﹁執行権力﹂が﹃小型の立法者﹄として活動した場合の紛議についても妥当するこ
とになる︒すなわち︑彼は︑政府が第二次的立法者の資格で(呼伸団g飢巴&匂・智①葺①・︒︒︒︒8恥)立法作用(♂昌島§︒︒一甜げ一帥ユ<.︒︒)を行使する時︑政府は︑その準立法(雲鼠ぎ芭によって利益侵害された︑とする者から異議申立てされる不
利益は︑真正の立法童馨葺・孟けH・)同様これを免れることはできな(瞳・とした上で・同じくこの局面での紛
議もまた司法的解決になじまない︑とする︒その理由としてプロィユ公爵は︑具体的に政府"執行権力の水利(爆雷︒q︒α.︒︒.帥ロ図)規制に対する市民の異議申立ての事例1⊥囚河岸沿いの土地所有者が︑政府に水車場設置許可を求めて拒
否にあった場合︑圖水流の下流の第三者にあて行われた政府の水車場設置許可に対し︑上流の河沿いの土地所有権者
が︑該水車場によって上流の土地が冠水すること︑あるいは水流がせき止められること等を理由にこれを争う場合
(15)ーを挙げ説明する︒
すなわちi︑
(223) 99
第一︒水利規制に関する立法権力の能力的限界と執行権力によるその補完的役割︑いいかえれば︑この問題局面で
の執行権力の﹁準立法﹂権限に関し︑プロィユ公爵は次の様にいう︒
﹁立法者は︑航行不能の︑かつ木・筏も流しえない水流は︑河岸の土地所有権者のものであることを︹法律によっ
て︺承認する︒しかし︑同時に︑立法者は︑この所有権が条件的なものであることをも規定する︒すなわち︑河沿い
の人々の手に委ねられた水流の利用は︑その相互の利益︑警察︑公衆衛生に沿う様定められた幾つかの原則に服しな
ければならない︒しかしながら︑そのたえざる変化に応じて︑これら原則を適用すること︑具体化することに不得手
な立法者に︑一体何ができるであろうか︒立法者は︑政府︑すなわち︑内務大臣その人に対してであれ︑彼に従属す
る知事その人に対してであれ︑どこそこの水嵩を維持し︑水車溝の管理を監視し︑あれこれの工場︑あれこれの水車︑
(16)あれこれの水門の設置の許可︑取消のため等︑必要な事柄を命ずる(O目ユO暫口O目)権限を授与する︒﹂
次に︒プロィユ公爵は︑水車の設置許可(㊤口梓ON一〇〇即瓜O瓢qOOOコ㎝什門ロ一HΦ口昌ヨO口翻口)の法的性質に関し︑それは﹁特定の場
合に制定された法律(蚕目雷曾︒匿器§8q︒︒・慧︒凶巴)﹂そのものであると主張する︒
﹁それが法律であるのは︑それが河岸の土地所有権者間の水利用関係を規律するからである︒それが法律であるの
は︑許可の取得者に義務を課するからであり︑その隣人に対しても義務を課するものであるからである︒それは単に︑
(17)立法者の代りに︑立法者の立場で︑政府によって制定された法律である︒﹂
第三︒かくて右の論拠に基づいて︑プロィユ公爵は︑先の事例毎に次の様な議論を展開する︒︹事例A︺﹁異議申立者は︑彼が申請した許可を行政権が拒否したことは︑行政権(立法者の代りに︑かつ︑その地位
で決定を下す行政権)が︑権限なくして行動したものであるとして︑これを告発することはできない︒異議申立者は︑
行政権を代表する大臣ないし知事が︑なすべく権能をもたないのにことを行ったのではないことを知っている︒異議
フ ラン ス司 法 国家 諭 に お け る司 法 消極 主 義
申立者は︑大臣ないし知事が許可を拒否したことで彼から権利を奪ったとして︑これらを告発することはできない︒
異議申立者は︑自分に全く権利がないことをすぐに認めるはずである︒彼が告発するのは︑大臣ないし知事が︑彼ら
の正当に行使しうる権限を慎重に︑分別をもって︑︹あるいは︺賢明に行使しなかった︑ということを理由とするも
のである︒﹂﹁︹他方でまた︺裁判所も・権限の保持者の蟹性に関する裁判官たり﹂えな^邸)・
︹事例B︺政府の許可に基づき︑水車場が設置され︑この水車場の所有者が︑水流の利用に関する許可﹁条件﹂
(19)(60昌儲剛酔繭O口oo)を遵守していたとする︒しかしそれにもかかわらず︑上流の河沿いの土地所有者が何らかの被害にあっ
たという様な場合︑後者の当該許可に対する異議申立ては司法問題たりうるか︒プロィユ公爵は否とする︒﹁そこに
は事実上の紛議も法の問題も全く存在しない︒﹂そこで問題となっているのは﹁法律の妥当性﹂﹁法律の︑すなわち河
岸沿いの者等に法律を宣告したオルドナンスの︑まさにその正当性にある︒裁判所はかかる事項については権限はな
い︒立法者自身によってそれが行われる代りに︑立法者の代理人によって︑彼に委任された権限の範囲内で制定され
たものであることから︑法律は︑すべての市民にとってもなお拘束力を有し︑裁判官といえどもこれをそのまま尊重
(20)しなければならない︒﹂
㊨この様に︑プロィユ公爵は︑そのいう﹁準立法﹂もまた﹁法律﹂そのものであるとする理解から二つの結論を
引きだした︒すなわち︑θ法律が正義に反するものであることを理由に︑市民がその改廃を求めて議会に請願する時︑
そこでの市民の法的地位が﹁権利﹂ではなく﹁利益﹂であるとするならば︑法律とパラレルに考えられる﹁準立法﹂の
場合も︑これに対応する市民の法的地位は権利ではありえないこと︑また︑◎裁判官は法律をそのまま尊重し︑具体
的事実にこれをあてはめ︑何がそこでの法であるかを語ることを職務とすることから︑法律そのものの当否を論ずる
ことができないのと同様︑準立法の当否をも論ずることはできない︑というものであった︒
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