◎論説国西部大開発
中 国 西 部 大 開 発 の 評 価 と 展 望
大西康雄・・⁝
はじめに
中国の﹁西部大開発﹂戦略は︑東部沿海地域(以下︑東
部)と西部内陸地域(以下︑西部)の格差を是正し︑内陸
経済の自律的発展条件を整備することを目指した国家的プ
ロジェクトである︒同戦略に関しては︑当初から肯定否定
こもごもの評価がつきまとってきたが︑曲がりなりにも第
十次五か年計画(X1001〜〇五年)に盛り込まれたこと︑
提起以来四年の間に様々な政策措置が実施され︑大規模な
インフラ建設が着手されたことなど︑その客観的評価を試
みる材料が揃ってきたと考えられる︒
本稿では︑まず同戦略が登場した背景と︑現在までに打 ち出された具体的施策を整理したうえで︑西部大開発の直
面する課題を検証し︑今後の展望を試みる︒結論部分では︑
日本の協力策についても考察してみたい︒なお︑本稿で用
いる西部地域の範囲は︑中国の公式見解に基づき従来の西
部一〇省市区(四川︑重慶︑貴州︑雲南︑甘粛︑陳西︑青
海の各省市︑寧夏回族︑新彊ウイグル族︑チベットの各自
治区)に広西チワン族︑内モンゴルの二自治区を加えた合
計一二省市区とする︒ただし︑統計については︑データの
連続性などの問題から︑従来の地域区分(東部︑中部︑西
ム 部の三大区分法)に基づいている︒
中国西部大開発 の評価 と展 望
41
西部大開発戦略の登場
e政治的背景
﹁中西部地域の開発﹂という言葉が︑中国のマスメディア
に登場したのは一九九九年春のことであった︒図表1は︑
西部大開発戦略を巡る重要な動き(一九九九‑二〇〇〇年)
を整理したものであるが︑ここからは︑同戦略が江沢民の
イニシアチブによって提起され︑中央指導者や地方政府︑
軍を巻き込むキャンペーンの中で具体的に肉付けされてい
くプロセスを読みとることができる︒ところで︑中国の現
代史の中では﹁大﹂を冠した戦略は﹁大躍進﹂の例に見ら
れるように︑強い政治的な背景をともなって登場すること
が多い︒
同戦略の場合は︑第一に︑拡大する一方の地域間格差を
放置すれば︑支配体制全体が揺らぐかもしれないという最
高指導層の危機意識を指摘することができる︒東部と西部
の経済格差は︑改革・開放が加速した一九九〇年代に拡大
しており︑その後︑各種の施策にもかかわらず縮小してい
ない(図表2)︒また︑中国経済に存在する格差のうち最も
問題である都市・農村間格差は特に西部において大きい︒
都市住民と農民一人当たり収入を比較すると︑東部の二・○ 九二に対し西部は二・八七二であった(一九九八年統
計)︒さらに︑西部には全国の少数民族人口の七割以上が集
中している︒西部において農民と少数民族の生活水準を向
上させることは︑社会的安定維持のために不可欠である︒
第二には︑当時︑江沢民が︑自らの政治的権威を確立す
る必要に迫られていたという事情がある︒﹁六四天安門事
件﹂(一九八九年)という非常事態の中で郡小平によって中
央政界に引き上げられた江沢民は︑以後=二年間にわたっ
て最高指導者の地位を保ち続けたものの︑自前の権威を持
つことはできなかった︒中国共産党第一六回全国代表大会
(二〇〇二年=月)での政治的引退を控えて︑江は一九九
ム 八年末から﹁三講﹂キャンペーンを開始した︒毛沢東︑郡
小平もなし得なかった西部開発をあえて掲げたことは︑江
にとってこうした権威確立に向けた政治的挑戦の一環だっ
たと見ることができよう︒
口経済的背景
他方︑経済的背景としては︑一九九〇年代半ば以降︑中
国経済が構造的転換期にさしかかり︑西部大開発が構造転
換の重要な一分野として浮上したことを指摘できる︒ここ
で︑構造的転換期と呼ぶ理由は︑短期︑中期︑長期の課題
が同時に︑かつ相互に錯綜しながら存在しているからだ︒
まず︑①短期的な課題は︑停滞の続く経済を上向かせ︑
図 表1西 部 大 開 発 関 連 日誌(1999‑2000年)
【1999年】
3月6日 江 沢 民、全 人代 ・全 国政 協 党員 責 任 者 会 議 で、西 部 大 開発 を提 起 。 6月9日 江 沢 民、中 央 扶貧 工 作 会 議 で 、重 要 講 話 。
17日 江 沢 民、西 北 五省 国有 企 業 改 革 ・発 展 座 談会 で重 要 講 話。
8月5〜16日 朱 錯 基 、陳西 省 、雲 南 省 を視 察 。
◎ 対 外 貿易 経 済 合作 部 ・国 家 経 済 貿易 委 員 会 ・財 政 部 ・海 関総 署 ・国 家税 務 総 局 、
「当面 の外 商 投 資 を さ らに奨励 す る こ とに 関 す る意 見 」発表 。 9月 〜10月 朱 鋸基 、四 川省 、甘 粛 省 、青 海省 、寧 夏 回族 自 治 区 を視 察 。 ll月 ◎ 国務 院西 部 地 区 開 発指 導 小 組(組 長:朱 鋸基)成 立 。
15〜17日 中央 経 済 工 作 会議 、西 部 大 開発 を公 式 に提起 。 12月 末 国 家 計画 委 、西 部 大 開 発実 施構 想案 を最 高 指 導部 に報 告 。
【2000年】
1月1日 国 家税 務 総局 、中 西部 に投資 す る奨励 類 の 外資 系 企業 に対 す る所 得税 の優 遇 を開 始 。
17日 海 関総 署 、「外 国企 業 の投 資 を さ らに奨 励 す るため の輸 入 税収 政 策 に関 す る通 知 」 発 表 。
19〜22日 西部 地 区開 発 会議 開 催 。 2月5日
22日 3月12日
15日
17日 4月4〜9日 12日 17日 5月4〜8日
12〜14日 6月8〜9日
14〜19日 22日 7月1日
13日
朱 鋳基 、貴 州 省 を視 察。
全 国 民族 事 務 委 員会 経 済 工 作 会議 開 催 。
国務 院、中西 部 の7省 級 経 済 技術 開 発 区 を 国家 級 に格 上 げ す る こ とを 認可 。 中 央組 織 部 ・中央 統 一 戦 線 部 ・国家 民 族事 務 委 員 会 、「2000〜09年西部 地 区 とそ の他 少数 民 族 地 区幹 部 を選 抜 し、中央 、国家 機 関 、経 済 発展 地 区 に派遣 し、訓 練 す
る工 作計 画 」発表 。
国 土資 源 部 、鉱 山探 索 権 の 外 資 系企 業 へ の 開放 を発 表 。 陳西 省 西 安 市 で東 西 経 済協 力 ・投 資貿 易 商 談 会 開催 。 国家 計 画 委 、西部 大 開 発 関 連 の 「十 大 プ ロジ ェ ク ト」発 表。
交通 部 、2020年 まで に3段 階 で西 部 の 道 路 を完 成 させ る計 画 を発 表。
8月14〜21日 31日 9月10日 10月10日
20〜22日 11月20日
12月27日
胡 錦 涛 、寧夏 回族 自治 区 を視 察 。 朱 錯 基 、内 モ ン ゴル 自治 区 を視 察 。
重 慶 市 で 中 国西 部 開 発 国際 シ ンポ ジ ウ ム開 催 。 江 沢 民 、寧夏 回族 自治 区 、甘 粛 省 を視察 。
国計 委 、経 貿 委 、経 貿 部 、「中 西部 地 区 外 商投 資 優 勢産 業 目録 」発 表 。
中央 軍 事 委 員 会、「軍 隊 が 西部 大 開 発 に参加 し支 援 す る こ とに関 す る意 見 」発 表 。 国計 委 、西部 か ら東 部 へ の ガ ス輸 送 プ ロジ ェ ク トを全 面 的 に対 外 開放 す る ことを 発表 。
李 嵐 清 副 総理 、寧 夏 回 族 自治 区 、新 彊 ウ イ グル 自治 区 を視 察 。 西部 開 発 促 進 の た め、5項 目の価 格 管 理権 限 を地 方 に移 譲 。
国務 院、「耕 地 を森 林 草 原 に戻 す試 験 地 区活 動 に関 す る若 干 の 意 見 」発 表 。 中共 中央 第5回 全 体 会 議 、第10次5か 年 計画 に関 す る建 議 採 択 。
四 川 省 成都 市 で 「2000中国西 部 フ ォー ラ ム」を開催 。
農業 部 、第10次5か 年 計 画期 間 に 西部 地 区 の農 業 と農 村経 済 の 発展 を加速 させ る こ とに関 す る十 大 措 置 を 発表 。
国務 院 、「西 部大 開 発 の政 策 措 置 を実施 す る こ とに 関 す る通 知 」発表 。 注:◎ は 日 付 が は っ き り し な い も の を 示 す 。
43一 中国西部大開発 の評価 と展望
三 大 地 域 所 得(一 人 当 た りGDP)格 差 の推 移(1978‑2000年) 図表2
α£ ㎝ 師 05 胴 03 02 ω 0
0,670,680.67
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[=コ 東 部 所 得 一 中部 所 得[振 コ 西部 所 得(左 目 盛:元)
‑i一 中 部 所 得 指 数 一+一 西 部 所 得 指 数(右 目盛:東 部1)
参 考 三大 地 域 基 本 デ ー タ(2000年) 土 地 面 積
(万k㎡:%)
人 口
(万 人:%)
GDP (億元:%)
GDP!人 (元:指 数) 東 部
中 部 西 部
129.83(13.5) 285.25(29.7) 545.10(56.8)
53,622(42.5) 43,940(34.8) 28,693(22.7)
57,527(59.3) 26,ZSO(27.1) 13,210(13.6)
11,163(1.00) 5,537(0.50) 4,567(0.41)
適度な成長速度を維持していくことである︒ここで確認し
ておかなければならないのは︑中国経済がここ数年︑デフ
レに苦しんできたことである︒消費者物価上昇率を見ると︑
注:地 域区分 は従 来の三大地域区分 に基づ く。
出所 『中国統計年鑑』、『中国統計摘要』各年版 よ り作成。
げたが︑
びつけるためには新しい取り組みが必要であることもまた
ヨ
明らかになった︒ 一九九八︑九九年にマイナス︑二〇〇〇︑〇一
年はわずかにプラスだったが︑二〇〇二年は再
びマイナスに陥った︒デフレの原因は全般的な
需要不足にある︒一九九七年の東アジア通貨危
機の影響で輸出が減退し︑民間部門の投資が振
るわない中で政府が赤字国債を発行して景気を
下支えしている状態である︒中国経済のマクロ
運営において︑新規労働人口を吸収するために
は年率七%程度の成長が必要である︒また︑以
下に掲げる経済体制改革と持続的な発展を実現
するためにも適度な成長速度は必須である︒
②中期的な課題は︑中国共産党第一五回大会
(一九九七年)で打ち出した社会主義市場経済体
制の枠組み造りを本格化させ︑WTO(世界貿
易機関)加盟に応じた体制を整えることである︒
一九九八年三月に成立した朱鐙基内閣が打ち出
した﹁三大改革﹂(原語﹁三個到位﹂11﹁三つの実
現﹂)は︑国有企業改革︑金融改革︑行政改革の
三つを実現することでこの課題に応えようとし
た試みであった︒﹁三大改革﹂は一定の成果を挙
適度な成長速度を維持しつつ︑長期的な成長に結
③長期的な課題は︑﹁持続可能な発展﹂を実現することで
ある︒中国にとって﹁持続可能な発展﹂とは︑二一世紀中
葉に中進国の経済水準に追いつくとした共産党政権の﹁公
約﹂を果たすためのいわば絶対条件となっている︒歴代の
五か年計画が七%成長を掲げ続けてきた背景には︑この成
長率を維持すれぼ十年で経済規模を倍増できるという単純
な計算が存在する︒中国経済は︑七%成長というハードル
を資源やエネルギーなど従来型の成長制約要因に加えて︑
水や耕地など再生不可能な資源からくる制約をクリアしな
がら超えていかなければならないのである︒
0西部大開発の重要性
ここで注目すべきは︑西部大開発が︑上述した短期︑中
期︑長期︑それぞれの課題への有力な対応策という側面を
有することである︒①については︑例えば西部の消費需要
がその人口比(二八・七%︑三億六四四七万人)並みになる
だけで︑消費財小売総額は一一%以上(約四二〇〇億元)
増加すると見込まれる(二001年統計より計算)︒
②については︑計画経済時代の色彩を色濃く残し︑依然
として重厚長大産業が主体の西部経済が市場化すること︑
さらには内資︑外資に対して開放政策がとられることによっ
て︑国内市場統合の進展が期待される︒外資系企業との競
争激化も予想されるが︑国内企業にとって西部は大きなビ ジネス・チャンスを提供するはずである︒
③については︑まず資源供給が確保されることが重要で
ある︒エネルギーをはじめとする内陸の豊富な天然資源の
供給により長期にわたる経済発展を支えることが可能にな
る︒次に重要なのは生態環境の保護である︒近年頻発する
洪水の背景には︑本来は河川の氾濫調整池や森林︑草地で
あるべき土地が耕地化されたことで︑国土全体の災害への
抵抗力が衰えたことがある︒生態環境の破壊は特に西部で
目立っており︑これ以上の破壊をくい止めることが長期的
経済成長の保障となる︒国民経済全体に与える西部大開発
の影響はこのように多岐にわたっているのである︒
一一内陸開発政策の変遷と評価
次に︑建国以来の内陸開発政策の変遷を簡単に見ておき
たい︒一般的な印象とは異なり︑中国では歴史的に内陸開
発が重視された時期の方が長いという事実がある︒
H強力な支援実施期一九四九‑七八年
この時期の経済建設は︑①植民地支配と戦争の後遺症か
ら脱却する必要と︑②国防上の必要から内陸部に大規模な
投資が行われたことが特徴である︒①については︑工業や
交通インフラの七割が東部に偏在し︑内陸部に存在する資
中国西部 大開発の評価 と展望 45