四 ② 地被仰付︑従 公儀御所置被 仰付︑西蝦夷の儀は非常之備等其方手限難行届段申立︑外国之境不容易事二被 思 ③ 召候間︑此度松前・西蝦夷地一円被召上候︑依之其方へ新規九千石被下︑場所之儀ハ追而可相達候
右御老中申渡之候
但︑御礼席之儀ハ是迄之通可相心得事
︵烈公御付箋︶
先年とても︑今とても︑不容易義ハ同様と云中︑殊二近来ハ先年二比すれハ異舶の渡来も数多く︑此ま㌧うかく
被指置へき時とも不思れ.天下の有志も議し可申事也︑扱先年初二東蝦夷御引上二て︑追て如本文西蝦夷迄御引
上二相成ハ︑御見抜きの無事也︑如何となれハ︑一円取てだに海防不行届二︑東蝦夷御引上二て︑収納莫大二減
し︑右二て西蝦夷の海防可相成筈ハなき事也︑此後御引上二ても︑是ハ初より一円御引かへて相成可申事也
○同年七月廿七日
松前若狭守
常陸国 信太郡︑鹿島郡︑河内郡
九千石 上野国 甘楽郡 群馬郡
陸奥国伊達郡
右替地被下置候旨 ④ △在所︑奥州伊達郡梁川 江戸より七十五里
○文化四年丁卯三月廿七日 ⑤ 松前美作守
⑬⑭⑮⑯内容