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TheLifeandThoughtofKuniichiKondou(5)TsuneyoshiGoto 近藤国-の生涯と思想

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(1)

近藤 国‑ の生涯 と思想

(5)

後 藤 恒 允

TheLifeandThoughtofKuniichiKondou(5) TsuneyoshiGoto

KuniichiKondouaccomplishedbrilliantachievementsinpriacticeofJapaneseand'1earnhow tolearn'education.Andhewrotemanybooksinwhichhetheorizedit.

Thepurposeofthispaperistoconsiderhisachievementsandclarifyhisthoughtabouthuman, educationandlanguagewhichproducedthem.

‑ は じめ に

前章 で は, 日本 学 び方研 究会 お よび秋 E I ] 県支部 の動 向 と, その 中で果 た した近 藤 国‑ の業 績 につ いて概観 した。 本章 で は これ を受 け て, 近 藤 国‑

の唱 えた学 び方学 習指 導論 を体 系化 し, 考察 を加 え るこ とに した い。

さて,近 藤 国‑ は

,

「学 び方 随想( 9 私 が学 ん だ こ とか ら」 の 中 で, 学 び万学 習が戦 後 にア メ リカ か ら導 入 され た問題解 決学 習 の理 論 に よった もの で あ るこ とに触 れ る と ともに, 問題解 決 学 習 が抱 えて いた課題 は 同時 に学 び方学 習指 導論 の抱 えて いた課 題 で あ った と, 次 の よ うに述べ て い る。( 1 ) 戦 後 の新 しい学 習指 導 法 の一 つ に 「問題解 決 学 習」 が あ る。 問題解 決 学 習 は, 生 活 の 中に子 ど もに とって切 実 な問題 を設定 し, それ を解 決 す る過 程 の 中で近代 的 な知 性 や 科 学 的態度 を育 て よ う とす る もの で あ る。

子 ど もた ちは 目を輝 か して, 生 き生 き と学 習 した。 これ は知 識 の一 方 的 な注 入や 詰込 み授 業 で は な く, それ と対 立 した 目的研 究 的 な学 習 で あ るか らで あ る

c

Lか し, この 問題解 決 学 習の悩 み は,教 科 に配 列 され て い る基 本 的 な知 識 内容 を落 ち 度 な く習得 させ るこ とに, か な り困難 な と ころが あ る。 そ こで, その後 か ら, 伝統 的 な教 科 を尊重 しなが らその系列 の 中で, で きるだけ 目的探 究 的 な学 習活動 を発展 させ る努 力が重視 され て きた ( 『 岩波教 育 小辞典 改訂 版

)

o これ と同 じ問題 が学 び方学 習 に

も存在 して い るよ うであ る。 ( 太字 後藤) 近藤 国‑ は この課題 を克服 す るため に, 学 び万 研 究 会 の メンバ ー として 『 教科 書 を生 か した学 び 方指 導』仝 四巻 の編 集執筆 に 当た った こ とを述べ ,

これか らの学 び万 学 習指 導 の 目標 につ いて次 の よ うに述べ て い る。

第一 子 ど もの興 味, 必要 に も とづ いて探 究 的 な学 習活動 の展 開 をす るこ と

第二 子 ど もの主体 性 と発 達 に即 し,教科

固有 の 系 統 的 な 内容 を習 得 させ る こ と

第三 一 人 ひ と りの能 力 を育 て る とと もに 子 ど もた ちの連 帯性 を高 め るこ と。

私 た ちの研 究 は い まだ未熟 で あ るが, その 課題 と切 り結 ん だ問題 の解 決 に‑ 歩一 歩, 近づ きたい と念 じて い る

この言説 で注 目され るの は 「第 二」 の項 目で あ るC 「 子 ど もの主体 性 と発達 に即 し」つつ, 問題解 決 学 習 を 「 教 科 固有 の系統 的 な内容 を習得 させ る

こ と」 に も通 用 して基礎 的 な学 力 を も保 障 しよ う とす る発 想 は, 実 践上 現実 的 で堅 実 な解 決 策 で あ った。 しか し, この こ とは同時 に, 各教科 の教 科 内容 と, メタ学 力 として の汎教 科 内容 た る問題解 決 学 習 とを契合 させ る困難 な道 を選 ん だ こ とを明 確 に したの で あ り, この契合 の しか たが うま くい って い るか ど うか が, 学 び方研 究会 の 内外か ら問 われ るこ とに な った。

近 藤 国‑ が学 び方学 習指 導論 につ いて述べ た課

題 は また, 前章 で述べ た よ うに 巨視 的 には二つ の

学 力論 の対 立 を背景 に して い る こ とは指摘 す る ま

で もあ るまい。学 び方学 習指 導論 に対 す る二つ の

1‑

(2)

秋田大学教育学部教育研究所 研究所報第

35

19983

陣営 か らの評価や批判 につ いていえば,教 育 内容 の科 学化 を唱 え る側 では 「 教科 に配列 されて い る 基本 的 な知 識 内容 を落 ち度 な く習得 させ 」 て いな い と指摘 し, 態度主義 的立場 の側 では子 どもの主 体性 を尊重 した 「目的研 究的 な学習」 の指 導論 と しては諸理論 の寄せ 集め で独 自な実践理論体 系が な く中途半端 だ と指摘 す る,厳 しい ものであ った。

実践 ・理論両面 にわた り学 び万研 究会 の指導者 的役 割 を果 た して きた近藤 国‑ の学 び方学 習指 導 論 も,こ うした評価や批判 の対 象か ら免れ られず, 当然以上述べ た観 点か らの考察 が必要 とな る。 と 同時 に,研 究の視 点 としてはその評価や批 判‑ の 是非 を検討す るこ とも必要 であろ う。

その前提 として,学 び方学 習や近藤 国‑ の学 び 方学 習指導論 を体 系化 し, 分析 的 に考 察 を加 えて, で きるだけ的確 に理解 す るこ とが必要 であ る。

この章 では, こ うした基礎 的作業 を展開 し, そ れに よって,今 後,近藤 国‑ の学 び方学 習指 導論 の意義 と課題 につ いて よ り適切 な考察 が な され る 契機 にな るこ とを期待 す る ものであ る。

この ため この章 では, いわゆ る学 習指導論 を構 成す る, 目標論 ( 学力論 )・学 習指導計 画論 ・ 授業 過程 ‑学 習過程諭 ・学 習指導方法論 ・学習指 導技 術論 ・評価論 ・教 師論 の観 点や, 学 び方学 習指導 論 お よび近藤 国一 に対す る評価 につ いての論 等の 観点か ら順 次述べ るこ とにす るD

目標 論 ( 学力論 )

近 藤 国‑ の学 び方 学 習指 導 論 に お け る 目標 論 ( 学 力論)を考察す るにあた って, 目標 ( 学 力)を 論 ず る私 の枠組 み を示 したい。

「 教育 内容 」 とい う言葉 が あ るが, その概 念 も 内部構造 も論 者 の立場 に よって 多義 的 であ る。私 の枠組 み としては, まず授業 の構成要素 か ら教育 内容 を教授 内容 ・学 習 内容 ・教材 内容 に三分 し, さ らに教 授 内容 を 「 教 科 内容」・「 汎教 科 内容」・

「 教 育 目的的 内容」に三分 す る。後者 の三分 され た 教 育内容 は , 「 教育 目的的 内容」を同心 円に し , 「 汎 教科 内容 」 「 教科 内容」 が それ をよ り具体 化 ・ 実践 化 す る もの として外側 に向か って連続 して い る構 造 を想定す るのであ る。 これ を広 岡亮蔵 が仮 説 と

して提 唱 した学力 の三層構造 と関連づ け る と次 の よ うにな る

。(2)

( 丑 基本 的 な知 識 ・技能 ( 錯綜 した知 識体 系 を

な りたたせ てい る根幹 の し くみ ・知識 の構造 であ る とともに子 どもの発達 に照 応 した知 識 の構 造)一一 「 教科 内容

② 学 び と り方の能力 ( 問題解 決能 力 +情報処 理能 力 十 日己評価 カ ニ 自己学 習能 力)‑‑ 「 汎 教科 内容 」

③ 考 え方な どの態度 ( 学 力の層構 造 の核 心, よ り恒 常 的 な能 力傾性, 人格 の核 心 に位 置す る)一一 「 教育 目的的 内容」

本章 で考 察 の対象 とす る近藤 国‑ の学 び方学習 指 導論 は, 教授 内容

(

「 教科 内容 」

「 汎教科 内容 十

「 教育 目的的 内容

)

・学習 内容 ・ 教 材 内容 の全般 に わ たってい るが,( 診学 び と り方 の能 力 ( 問題解 決 能 力 十情 報 処 理 能 力 + 自己評 価 カ ニ 自己学 習 能 刀) ‑ 「 汎教科 内容」に主 としてかか わ る ものであ るこ とは い うまで もない。② は③ を根 底 としなが ら① の メタ学力 (目標) とな る もので あ る。①②

③ の こ うした関係が いか に論 じられて い るか考察 す るこ とが, ここでの最初 の課題 とな る。

まず,③ につ いて 言及 したい。近藤 国‑ は繰 り 返 し 「 生 き方 と学 び方 を一つ に」 をモ ッ トー とし て述べ 続 けて きた。 た とえば 「 生 き方 と学 び方 を 育 て る指 導 (

3)

」で , 「人間 は生 の充実 を求め,生 活 を創造 して きた。生 活の 中の問題 を発 見 し, これ を学習 に よって,一つ一つ解 決 して きた。 習慣 の 反復や惰性 的 な生活 には真 の学習 はな く, したが って創造 はない。またいか に生 の充実 を求め て も, もし学習が ともなわ なければ,生 は空虚 に終 わ る。

生 活 と学 習,生 き方 と学 び方 は深 く結 びつ か なけ れば,生活 の創造 はむずか しい 。 」と, 生 活 と学 習 との結合,相即 的一体化 を主張 してい る。これ は, 一 見すればプ ラグマ テ ィ ックな学習理 論 の主張 に

もとられ るが,近藤 国‑ の真意 は, 人 間 とい う存 荏‑ の信頼, す なわ ち知 的好奇心 の充 足 を求め 自 己実現 を 目指 して学 習 し続 け る存在 と しての人間 に対す る信頼 に,学 び方学 習指導理論 の基底 を置 こ うとす るこ とにあ る。 その意味 では,近藤 回‑

の学 び方学習指 導理論 は, 人間いか に生 くべ きか とい う人間論 であ り, またいか に本 来 の生 くべ き 存在 としての人間 た ら しめ るか とい う方法 の論 で もあった。事 実,近藤 国‑ は『 学 び方学 習の指導 』

で 「 学ぶ力」 を,

1

基底 とな る力 ( 1 )くもりな き人 間性 ‑生 の 充実 を求 め, 生 を創造す る力 とな る もの

‑ 2‑

(3)

近蕗回‑の生涯 と思

想 (5)

( 2) 好奇心や探究心

2

問題 ( 課題 )解 決 の力 ( 下位 項 目省略) と二層構造 とし, よ り真 な る もの ・よ り善 な る もの ・よ り美 な る もの を求めつつ生 の充実 と生 の創造 を求 め続 け る , 「 基底 とな る力」が 人間生 活 を豊 か にす る ものだ として , 「 学ぶ力」に組 み 込 んでい るの であ る

「生 き方 と学 び方 を一つ に」 をモ ッ トー とす るこ とや , 「基底 とな る力」を学 力 に含 め るこ と につ いて は近 藤 国‑ 白身 も批 判 を予 想 して お り, その論 調 が精神 主義 的 な面 が あ った こ とに つ いては後述す るこ とにす る。 しか し,近藤 国

‑ の学 び方学習指導論 に対す る背走 的 な見方 と しては,た とえば第十五期 中央教育 審議会 の「第 一 次答 申」 に見 られ る 「 生 きる力」論 の先齢 と して,今 日的意義 を認め るこ とも可能 であ ろ う。

「 生 きる力」 とは同答 申に よれば,今後 に予 想 され る変化 の激 しい社会 に あ って も, 子 ど も た ちが 「自分 で課題 を見つ け, 自ら学 び, 自ら 考 え, 主体 的 に判 断 し,行 動 し, よ りよ く問題 を解決す る能 力」 であ り, また 「自らを律 しつ つ,他 人 とともに協調 し,他 人 を思 いや る心や 感動す る心 な ど,豊 か な人間性」 であ るこ と, さらに 「た くま し く生 きるため の健康 や体 力

であ り,「これ らをバ ランス よ くは ぐくんでい く こ と」が教 育の課題 であ る と述べ てい る。社 会 へ の適 応 を主題 とす る答 申 と, 人間生 活の 向上 に重点 を置 く近藤 には発想 の基盤 に違 いが 見 ら れ るに して も, 問題解決能 力 と豊か な人間性 の 育 成 を 目標 としてい る点 では, 両者 は軌 を一 に

してい るのであ る

同答 申では さらに , 「 生 きる力」は 「 全 人的 な 力であ り,幅広 く様 々 な観 点か ら敷 宿 」 で きる として,社 会的 な存在 であ る人間 としての実践 刀, 問題解 決能 力,情報処理能 力,理性 的 な判 断力や合理 的精神 と豊 か な感性, 基本 的 な倫理 感,社会 貢献 の精神 な どにつ いて詳述す る とと もに , 「 生 きる力」の育成 の ため に個性 尊重 と個 性伸 長が必要 だ と述べ て い る。やや総 花的 で焦 点化 され ていない きらい もあ るが,学 習指 導論 の根 底に, いか な る人 間 を育 んでい くか, いか な る生 き方 をす る人間 を育 んでい くか とい う問 題 をひそめ てい る点 では,近藤 国‑ の論 と近似 してい る。歴 史の循環法則 にたが わず, 問題解 決学 習 は新 たな時代 的要 請 をおびて再 生 されつ

つ あ る。

したが って,学 び万学 習指 導論 は単 な る方法 論 ではな く,生 き方 の問題 に帰結す る とい う学 び方研 究会 の メンバー の言説 もこ うした点か ら

もっ と根源 的 に検討 す る必要 が あ ろ う。近藤 国

‑ は,前掲 の 「学 び方随 想⑤ 私 が学 ん だ こ と か ら」の 中で , 「 私 た ち教 師 は,青年 時代 か ら自 発性 の重要性 につ いて学 んだはず であ る。 自発 性 の重要性 を忘 れ た教 師 はひ と りもいない。 し か し今 も自発性 の教育 は成功 していない よ うで あ る。 それは 自発性 の理 論 を抽 象的 に学 び, ル ソーやペ ス タロ ッテや フ レーベ ルが 自発性 の原 理 に命 をかけて実践 したわけ を学 ば なか ったか らであ る。」 と述べ て い るが , 「ル ソーやペ ス タ ロ ッテや フ レーベ ルが 自発性 の原理 に命 をかけ て実践 したわけ」 を彼 らの理論 形成 の場 に もう 一度立 ち返 ってみ るこ とに よって, この問題 を 再考 す る必要 が あ るだ ろ う。

以上述べ た 「 基底 の力」 は,私 の立 てた枠組 み では( 診考 え方 な どの態 度 ( 学 力の層構 造 の核 心, よ り恒 常 的 な能 力傾 性, 人格 の核心 に位 置 す る)‑‑ 「 教育 目的的 内容」 に当た る

それ では,私 の立 てた枠 組みの② に当た る

2

問題 ( 課題 )解決 の力」 は具体 的に どの よ うに 細分 化 され,体 系化 され てい るであろ うか。

『 学 び方教育 講座

1

学ぶ力 を育 て る学 習訓 練』 では,学 び方学習 を 「 授 業 を子供 の 自己実 現 の場 に しよ うとす る教 育 」 「 価値 高 い もの を願 望 し,生涯, そのため に学 習 を継続 しよ うとす る人間 を育 て よ うとす る教育」 と規定 した うえ で, 次 の よ うな 目標 を設定 してい る

。(5)

1

学 び方学習 は価値 高 い願 いや 夢 に 目覚 め させ,学 習意欲 を旺盛 に し,生涯学ぶ 自覚 と能 力 を育 て る

2

学 び方学習 は問題 に気づ く力, 問 う力 を 育 て る

3

学 び方学習 は学 習 に成功 させ るため問題 を解 く方法 を発 見す る力 を育 て る

4

学 び方学習 はひ と りで学ぶ 力 を育 て る

5

学 び方学習 は共 同 して学ぶ 力 を育 て る 6 学 び方学 習 は基本 的 に知 識 ・技能 を発 見

し構造化 す る力 を育 て る

7

学 び方学 習 は不 断 に向上す るため 自ら評 価 す る力 を育 て る

8

学 び方 学 習 は評 価 に も とづ き 自 ら練 習

(4)

秋田大学教育学部教育研究所 研究所報第

35号 19983

し, 自ら補 充す る態度 を育 て る

9

学 び方学 習 は発展 的 に学 習す る力 を育 て る

10

学 び方学習 は さまざまな学 習技能 を習得 させ る

1

1 学 び方学 習は思考 力,想像 力,記憶 力 な どを伸 ばす

12

学 び万学習 は,や る気,集 中力, 忍耐力 な どの意志 力 を鍛 え る

13

学 び方学 習 はそれ を成立 させ るため教 育 の原点 に立 ち返 り, 子 どもに生 きる喜 び を 与 え生 き方 を育 て る

これ らの項 目の配列 を見 る と, おお よそ学 習過 程 に治 ってお り

, 1

は学習の 内発 的動機 としての いわゆ る関心 ・意欲 ・態度 に感す る もの, 2と3 は問題 を発 見 し解決 す る学 習遂行 能 力, 4と 5は 学 習形態へ の態様適 応能 力 ・コ ミュニ ケー シ ョン 能 力 ・情報処理能 力, 6と

10

は基礎 ・基本 に関す る もの

, 7

は問題解決学習 の過程 の 中で働 き続 け る自己評価能 力, 8と

9

は問題解決学習 を終 えた あ との補 充学 習 と発展学習 に関す る もの,11は思 考力, 想像 力,記憶 力 な どの認知能 力 に関す る も の,1

2

と1 3は学 び方学 習の成果 ・生活化 に関す る もの となってい る。学 び方学 習 に必要 な基幹 的 目 標 は網 羅 されて い るが, 各 自標 間の関係 がつかみ に くく, もっ と構造化 し図式化 して提示すべ きで あ った。

学力 (目標 )設定 にあた っては発達過程 に即 し

1 2

345

教 材 の検討 教 材 の研 究 学 ぶ力の指導計

年 間指導計画 各 時の指 導計画

た系統化 が必要 とされ るが , 「 学ぶ力」の系統表 を 近藤 国‑ は

,

『 学 び方教育 講座

1

学 ぶ 力 を育 て る 学 習訓練』と

,

『 学 び方学 習の指 導』巻 末 に示 して い る。各学年 とも

,「1目標」「2

内容

(1)

問題解 漢 ( 2) 学習形態 ( 3) 学 習技能等 ( 4) 学 習態度」 か らなってい る。 ちなみ に

「1

目標 」 は小 学校

1・

2年 が 「楽 しい学 習」 , 3 ・4年 が 「 発 見の喜 び, 成就 の喜 び」

, 5 I6

年 が 「自己学 習」, 中学校 が

「自覚 的学 習, 自己教 育」とな ってい る。主体的 に 学ぶ こ との楽 しさを味 わせ るこ とか ら入 って次 第 に 自己学 習の充足感 を もたせ, 自己学 習 を自らの 自己表現 に とって必然的 な行為 として 自覚 してい く過程へ の支援 の筋道 が ここに示 され てい る。

各教科 の メタ学 力 としての 「 学ぶ 力」 は,各学 年 の発達段 階 の とらえか たがむずか しい うえに, 具体 的 な下位 項 目 も設定 しに くい。近藤 国‑ の系 統表 は 自らの実践体 験か らは じき出 した独 自な試 み であ り,今 日の学習指 導 の参考 にな るD ただ, 設定基準 がやや 高 くて, それ を可能 にす る具体 的 な手立 ての工 夫が教 師 に求 め られ よ う。

ニ 学 習指導計画論 ・授業過程 ‑学 習過程 論

近藤 国‑ は授業 を構 想す るこ とを「 単 元づ くり 」 と称 して

,

「 指導 目標 を達 す るため,教 科 書教 材や 他 の資料 を用 いて, 問題や 課題 の発 見 を中心 に, 授 業過程 に示 した‑ ま とま りの学 習 活動 をつ く

る」手順 を次 の よ うに示 してい る

。(6)

第一 各教科 ご と,各学年 ご との到達 目標 第二 第‑ の到達 目標 を達成す るため の指 導計 画

‑ 単元 ( 題 材) 二 目標 ( 能 力 ・態度)

‖ 内容 ( 学 習指 導要領 に よる) 仁) 学ぶ力

三 教 材 資料 な ど 四 中心 とな る学習活動

五 指導計画 ( 指導時数 , 各時のね らい,各時 の学習活動 な ど)

また ,「5 各 時の指 導計画」は問題解 決学習の理論 に よ り,次 の よ うに示 してい るO近 藤 国‑ の授 業 過程 ‑学 習過程論 の骨格 は,前述 の 目標 設定 の組 み立 てに もす でに うかが え る ところであ るが,一つ の

方式 として打 ち出 した ところに特色 が あ る

。(7)

‑ 4

(5)

問題解決 活動 ( 課題成就 活動)

L

近藤国‑の生涯 と思

想 (5)

1

問題 ( 課題) を とらえ る

2

学 習計 画 を立 て る ( 方法 を決 め る)

3

問題 ( 課題 ) を解 く

( 1 ) 個 人学 習 ( ひ と り遊 び)

(2)

グルー プ学習

(3)

全体学 習

4

学習 の ま とめ ( 新知 識 の関係づ け)

I

I 終決活動

芸冨 t ' 芸 慧妄芸 る

iI

I 発展 ( これか ら学 び

7

発展学 習 たい もの)

ここには,授業 の流れ を授業活動 の視 点か ら「 導 入 」 「展開 」 「 整理 」 とす る従 来 の授 業過程 の設定 の しか た を否定 し, 子 ど もの学 習活動 の論理 に し たが って組 み替 え よ うとした近藤 国‑ の意識が反 映 されて い る。 また,学 習過程 を 「Ⅰ 問題解決 活動」 か ら

Ⅰ 発 展」へ, す なわ ち問題解決活 動 に よる学 習の成果 を転移 させ る過程 ととらえて い るこ ともみて とれ る。 さらに,学 習の成果 を確 認 し基礎 基本 を再確 認す るための

「Ⅰ

終決 活動 」

を置 いてい るこ とも,学 習活動 が上 滑 りにな らな い よ うにす る配慮 として とらえ られ る。

近藤 国‑ の示 した学習指 導計画論 ・授業過程 ‑ 学習過程論 は,今 日ではほ とん ど自明の もの とな ってお り,殊 に平 成元年告示 の学 習指 導要領 に よ って 「 新 学 力観 」 が提 唱 され, また次の学 習指導 要領 改訂 を意識 して 「 生 きる力」 の実践化 が試 み られ てい る平 成九年 時点 では, 問題解 決学習 の学 習過程 が 多 くの指 導案 に具体 化 され てい る。 その 意味 では, 時代 の先殿 をなす実践指 導論 として評 価 で きよ う。

ここで誤解 が ない よ う断 っておかねば な らない のは, この学 習過程論 が近藤 国‑ の独創 だ とい う の ではない こ とであ る。近藤 国‑ が どの よ うに し て これ を安定 した形 に定着 させ たか, その形成過 程 を検 証す るまでには至 っていないので推測 に よ る しか ないが, 学 び方研 究会 の先進 的 な研 究会 で 練 りあげてい った学 習過程 論や,研 究者 の理論 に 学 んで体 系化 して い っであろ う。 ちなみ に, 学 び 方研 究会初代会 長野瀬寛顕 の 『 学 び方教 育 のすす め』 には図表 Ⅰの千葉 県長生郡 土睦小学校 の 「 つ ちむ っ しょう方式」 が示 され,仝硬 挙 げての研 究 体制 に よ り第五 次 の改訂 に よって これ に辿 り着 く

までの経過 が記録 されて い る。機 関誌 『 学 び方教 室 』

『 学 び万』 にはそれ ぞれの学校 の実態 に即 し

て案 出 され た問題解 決学習 が発表 され てい る。

ただ学 習過程 論一般 につ いていえ る課題 は, そ れが定式化 し,形骸化 す るこ とであ る。すべ ての 学 習 に問題解 決学 習がふ さわ しいので もな く, ま た この通 りの学習過程 がすべ てなのではない。 日 常 の実践 では, 問題解決学 習が なぜ 必要 なのか, その原理や精神 を想起 す る ともに, その学級 の, その時間の, その教 材 の学 習場面 に必要 な学習過 程 を柔軟 に創 出 し,組 み立 ててい くこ とが求 め ら れ る。

なお,上 の学 習過程 論 の 中に示 され た学習形態 か らは,学 習 は本 来個 々人 の問題 意識か ら発 す る もの であ るけれ ども,教 師 の適切 な手立 ての工夫 と支援 ・励 ま しに よって, 集 団思考 の なか で子 ど もた ちが思考 を錬 磨 し合 い深化 拡 充 し合 い なが ら,相互 に一 層高 い次元へ の到達 を促 し合 うとこ ろに本 来の学習活動 が あ る とす る考 えが うかが え る。学 び方学 習 には相補 的 ・相互媒介 的 ・相互促 進 的 な コ ミュニケー シ ョン と共生 が な され る とす るのが近 藤 国‑ の考 えか たであ った。 そ こか らは

「い じめ」や 「 不登校 」の問題 が発生す るはずが な

く,学 び方学習 は これ らの深刻 な教育病理へ の対

症療法 とな りうる とす るのが近藤 国‑ の考 え方 で

あ った。 これは,やや楽 天 す ぎる発 想 であ り,倭

合 的 な原 因が絡 んでい る 「い じめ」や 「 不登校 」

の解 消 に学 び方学習が どれ ほ ど寄 与す るか は,厳

密 な検討 が必要 であ ろ う。 まだ どの国 も,文 化 の

成熟 した社会 に学習意欲 の低 下 ・喪失 した子 ども

が発生す る とい う,逆 説的 で皮 肉な現象 に明快 な

説明 を下 し,適切 な対症療 法 を もつ までには至 っ

ていない。 ただ,近藤 国‑ のい うよ うに, 自覚 的

に 「 生 の充実 を求め,生 活 を創造」す る人間 を,

子 ど もたちのあ らゆ る生活 の場 で育成 してい く普

段 の努 力が,教育病理 か らの治癒 に役 立つ のだ と

(6)

秋田大学教育学部教育研究所 研究所報第

35

19983

図表

「 つ ちむツ しょう方式」 の基本 的学習過程

(千葉 県土睦 小学校 )

学 習 iJ't' 陣 段 階 の ね ら い 学 習の壌 学 習形態 1. 間男 を⑳ か む ○学 習に対 して.典味 や関心 を高 ◎ 官 長 ○個

jJA特t o Lつか り学 習の 目あてをつかむ.め る. ○ 学 校 ○ グル ー 7' 2. (参が うとこ ろ ○学 習課名 の意味 、内等 を考 え る4 ◎ 号 度 ○個

をみつ け る段 階 ○ 自分のわか ら1える. ‑.い とこ ろ をお さ ○学 校 ○ グル ー 7' 3.㊨ りの な い よ ○既 習事項 の活用 を図 る。 ◎学 校 ○個

そ うをT=て る段

拷 ○解決の方法 を考 える. ○ 音 名 ○ グル ー 7'

4.⑳ ふ か きねか ○各 自解決 して行 く. ◎ 学 校 ○個

いけつ す る段 階 ○自分の 答え を もつ. ○ タ'○一ル ー プ斉 5.⑮ うらいつ ○話 し合 い結論 を引 き出す. ◎ 学 校 ○個

か え るよ うま と

め る段 階 ○結論 をまとめ る, 0一○ グル ー 1斉 6.⑦ ま くつか い ○練 習 L身につけ る. ○ 哀 虐 ○個

い う確 信 は持 ち続 け る必要 はあ る。

さて, 子 どもた ちが生 き生 き と学 習に取 り組 む ため には,何 よ りも適切 な問題 ( 課題 ) を もつ こ とが必要 であ る。近藤 国‑ は,梅 原猛 ・ 湯 川秀樹 ・ 中谷宇吉郎 ・寺 田克彦 ・藤 岡由夫 な どの思索家や 科 学者 の言説 を引 き合 いに して, 哲学や科 学 の探 究 に とって,事 象 に対す る疑 問 を抱 き追求す るこ

とこ との重要 さを説 いて きた。

しか し,子 どもに とって適切 な問題 ( 課題) と は どの よ うな問題 なのか, それ を もたせ るには ど うすべ きか は,教育 の本質 的 な課題 であ り,教育 技術 の切 実 な課題 であ る。

近藤 国‑ は まず 「問題 ( 課題 ) の条件」 として

第一 問題 は子 ど もに とって切 実 な もの であ る こ とG

第二 その問題 ( 課題 ) の解 決 に よってその単 元がね らって い る知 識 ・技能 が習得 で きる こ と

第三 問題 は既知 を活用 し, 思考 力 を働 かせ る こ とに よって解 決 で きる もの であ るこ と 第 四 問題 は学 級全体 の子 ど もが取 り組 もうと

す る問題 であ るこ と。

第五 能 力差 に応ず る幅が あ り, で きる子 もで きない子 もそれ な りに学 習 で きるこ と

の五つ をあげ

8),

「問題 をつかむ力の育 て方」とし て「 探究心 をか きたて る問題 のつか ませ 方 を工 夫」

す る観 点か ら,( 彰ど うにか しなければ な らない場 面 をつ くる,②既知 か ら未知 を発 見 させ る,③ 事 実 に直面 させ て問題 をつか ませ る,④ 子供 の欲 求 を掘 り起 こす,⑤感 想か ら問題 を持つ,⑥ それ は なぜ か,⑦ それは どうなってい るか,⑧ ど うすれ ば よいか,の八項 目をあげ てい る

(9)

。実 践体 験 に よ って割 り出 した,学 習者 の実態 に即 した問題 ( 課 題 )論 であ る。教 師 は子 どもた ちの生 活実態 をよ く観察 し, その生 活事実 の 中か ら子 どもたちが そ こにひそむ真理 にあ らため て驚異 の 目を もって認 識 の地平 を開かれ るよ うな事 象や,探 究心 がか き たて られ るよ うな学 習活動 の手立 て を工 夫 して提 示 す る必要 が あ る。 また, さまざまな学 習形 態 に よってその問題 を追求 してい く過程 で,発達段 階 に即 した思考 力 を培 い知 識や 技能 が習得 で きるよ う学習過程 を組織す る必要 が あ る。 したが って, 小 学校低 学年 で は い きお い経 験 主 義 的 学 習 に な

,次第 に抽 象的な課題 の設定 と解決 に向か わせ る長期 的視 点 が必要 とされ るO この よ うな課題 の 具体 的 な提示 の技術 の錬磨 が教 師の課題 とな る

子 ど もたちに生 きた問題 の場, 生活 の場 に出会 わせ るこ とを重視 す る近藤 国‑ は, 必然的 に 「単 元学 習」 を重視 す るこ とに な る。論考 「国語科 の 学 び方研 究 は どう行 われてい るか」 の 中 で ,大村

‑ 6‑

(7)

近藤El ‑の生涯 と思想

(5)

は まの開拓 した国語科 単元学 習 は,大村 自身には 否定 され るか もしれ ないが 「 素 晴 らしい学 び方学 習」 であ る と述べ て い る。 そ して 「国語科 の新 生 を求め る者, 国語科 の学 び方学 習 を求 め る者 は現 代 に即 した 単元学 習の姿 を探究 して きた」 として 歴 史的 な考 察 を した あ と,次 の よ うに述べ て い

。(10)

単 元学習 はその後,学 力低下 を釆 たす i )の と して激 しい批 判 を浴 び, その ため学 習指 導要 領 も改訂 され ねば な らなか った。 しか しなが ら もともと西尾先生 の 「 言語生活 の 向上」 を 重視 し,近代教 育が発 見 した 「 子 ども ・主体 性 ・生活性 ・問題 の解 決 ・自己活動」 を尊重 した国語教育 の探 究者 は経験主義や知 識重視 の欠陥は排 除 したが,単 元学 習の持 つ本質 は 放棄 す るこ とな く, その新 生 を求め て苦 闘 を 続 けて きた。 この単元精神が 学び方学 習の一 つの基調 とな るの であ る。 ( 太字 後藤 ) 豊か で価値 あ る 「 子 ど も ・主体性 ・生活性 ・問 題 の解決 ・自己活動」 を学 習の姿 に求め てや まな い, この 「 単 元精神 」 を近 藤 同一 は 「 学 び方学習 の一つ の基調」としよ うとす る。学 び方研 究会 と, 国語科 単 元学 習 を追求 して い る 日本 国語教 育学会 とは直接 の交流 は ない。 しか し, その求め る とこ ろの 「 精神 」 「 基調」にお いて,両者 の共通点 が近 藤 国‑ の学 習理論 で 自覚 され,結合 した。

学 習指導方法論 ・学習指導技術論

「 学 習指導」は,知 識 の伝 授 を主 とす る 「 教 授」

とい う言葉 に対 して,理解や 技能 の習得 を 目指 し た子 ど もた ちの 自発 的 で創 造 的 な活 動 を支 援 す る,教 師の実践指 導 であ る。 この ため教 師は, 継 続追 求的 で有機 的 な ま とま りを もった単 元 を組織 し,適切 に学 習形 態 を組合せ ,適切 な様 式 に よ り 主体 的 な学習活動 が展 開す るよ う工 夫す る と とも に, 最終 的 には個 々人の子 どもの個煙 に応 じた能 力の伸 長 と変容 が促 進 され るよ う働 きかけ る。 こ の教 師の働 きが ナ方が学 習指導 の方法 であ り, そ の方法 を生 かす具 体 的 な指 導技術 が学 習指導 技術 であ る。学 習指導 方法論 な き学 習指導技術論 はあ りえない し,学 習指導技術論 に裏付 け られ ない学 習指導方法論 もあ りえない。両者 は表裏一体 の実 践理論 であ る。学 習指導 の方法や 技術 は また, 千 ど もた ちに学 ばれ るこ とに よって学習の方法や 技

‑ 7

術 ともな りうる転移性 を も

つ (ll)

ただ,学習指 導の方法 は授業 の計画 ・実施 ・評 価 にわた る包括 的 な概 念 で もあ り, 以上 で述べ て きた こ とも包含 す るの で, ここでは,近藤 国‑ が 所長 であ った学 び方研 究所 の編集 にな る 『 学 び方 教 育講座』 の第一巻 『 学 び方 を育 て る学習訓練

,

第二巻 『 学ぶ力 を伸 ばす共 同学 習』, 第三巻 『 学ぶ 力 を伸 ばす学習の手 引 き』 に ちなん で,学 び方学 習指 導 の方法 としての 「 学 習訓練」 , 「 共 同学 習」,

「 学 習の手 引 き」の作成 とその活用 に限定 して考 察 す るこ とにす る。 これ らは近 藤 国‑学 び方学習論 の三部作 ともいえ る もので あ る。( 以下 に これ らの 編著書か ら引用す る場合 は, それ ぞれ を( 丑②( 卦と 略記 し, 引用部分 の頁数 だけ を示 す。三巻 とも近 藤 同一 の編 著 に よって い る こ とは い うまで もな

い。)

( 1 ) 学 習訓練

『 学 び方教育 講座 』 の第一巻 『 学 び方 を育 て る 学 習訓練』 は, 原理編 であ る第一 ・第二幸 と実践 編 であ る第三 〜六 お よび終章 か らな ってい る。 ま ず原理 編か ら概観 したい。 第一 ・第二幸 は近藤 国

‑ の分 担執筆 であ る

さて,学 び方学 習の学 習指 導 は「 主体 的 に学ぶ」

能 力や態度 を身につ け させ る指 導法 であった。 し か し,近藤 同一 は, そのア ポ リアす なわ ち,子 ど もたちの 「 興 味」や 「 主体 性」を尊重す るあ ま り, 甘や かす こ とや,学 習体 験や学 習活動 を与 えて子

どもの 自主性 に まかせ が ちにな るこ とを厳 し く戒 め て,主体 的 な学 習の原動 力であ る 「 興 味」 の喚 起 と学 習指導法 としての 「訓練」を統一 す るこ と, つ ま り 「自分 を鍛 えるこ と自体 に意欲 を燃やす子 供 を育 てあげ」 る指導方法 を提 唱 し,実践指導 し

「 訓練」 とい う言葉 には,専制 的他 者 に よる強 制 と 「 単純 な反復練 習,単純 な型 はめ」 ( ①‑33 )

とか,訓練 を受 け る者 の苦 痛, 忌避 ・主体性 の喪 失 といったマ イナ ス イ メー ジがつ きま とう。 強制 的 「 訓練」 に人 は心服 して従 ってい るわけ ではな いか らであ る。 しか し,近藤 国‑ の言 う 「 訓練」

はプ ラス イ メー ジ を もった積極 的 な言葉 であ る

それ は 「 練 習, 習慣, 習熟等 の指導 を包含 した言

す るこ とに習熟 し, それが習慣 とな り習性 とな る

よ うに指 導す るこ と」 , 「 的確 な思 考や行 動 が身に

(8)

秋 田大学教育学部教育研究所 研究所報第

35

1998

3

つ き,いつ で も自由に行 われ るよ う指導す るこ と」

( ①‑40)の謂 いであ る。「 学 習 した知識 ・技能 ・ 態 度 が行 動 場 面 で 自由 に 自動 的 に働 くよ うな状 態」 を培 うこ とが学 習訓練 の究極 的 なね らいであ る。近 藤 国‑ は 「 訓練 は練 習 に始 ま り, それに よ って習熟 し, 習慣 とな り, つ いには よ き習性, よ き人格 の形成 に力強 く働 く一 連 の教 育 過 程 で あ る O 」 ( ①

‑29)

として , 「 学 び方学 習 を実 らせ る も の は訓練以外 にない 。 」と, その重要性 を指摘 して い るO

この近藤 国‑ の 「 訓練」観 は,篠原助 市 ・正 木 正 ・古銭一郎 ・デ ュウイ ・南博 な どの教 育学者 ・ 心理 学者 の影響 を受 けて形成 され た。

た とえば,近藤 国‑ は , 「 訓練」の第一要素 であ る 「 練 習」 につ いて,篠 原助 市 の 「 知 を能 に転ぜ しむ るこ とに よって始め て教 授 は完結 す る。然 る に知 が能 とな るのは一 に練 習の賜 であ る 」 「反復 は 学 習の母 であ る 」 「 練 習 は名 人 を作 る」とい う言説 を引用す る とともに , 「 練 習」に よって形成 され た

「習慣」につ いての,篠 原助 市 の次 の よ うな分 類 E q 式 をあげて い る。 これ を通 して近 藤 国‑ が想定 し た学 習習慣 を うかが うこ とが で きよ う。

第‑ 知 的面 の習慣

1

細 心 に対 象 を観 察 す る習慣

/2

根 本 的 に思索 し, あ くまで明晰 を期 す る習 慣 /3 一定 の秩 序 に従 って‑ 歩一 歩 ( 飛 躍 しないで) 総合 的 に進 む習慣

/4

総合 の結果 を反省,批判す る習慣

第二 意志面 の習慣

1

他 人に依 頼 しないで 自由に 自ら決定 し,決定 した ものに注意 を集 中,持 続す る習慣

/2

あ くまで 自己に忠実 な習慣/

3

目的の遂行 を妨 げ る内外 の障害 を退 けて進 む習慣

第三 感情面 の習慣

1

各種 の価値 に対す る微妙 な, そ して 深 い感 受 性 /2 感覚 的 な興 味 に駆 られ ない感 情 の 沈静

/3

価 値 その もの に対 す る愛 と感 激性

篠 原助 市 は学 習指 導 に よ って形 成 すべ き良 き

「習慣」を,思考 の態度,知 的探究 を遂行 す る意志 の持続,感性 の洗練 と感情 の抑制 とい った,知 情 意 の三つ の側 面か ら分析 し体 系化 して い る。 「 習 慣」 は一般 的 には固定化 とい うこ とを 目的要 因 と

して学 んでい るので, あ る事柄 が 「 習慣 」化す る

こ とに よってやや もす れば それ は惰性 にな り清新 さを欠 きが ちに な るが, ここで い う良 き 「 習慣」

は正 し く知 的探 究 を遂行 し続 け る行為 の性格 をい うのであ って, こ うした 「習慣 」 を身につ け る限 り, その人間の知 的探 究 の対 象 お よび態度 は絶 え ず清新 であ ろ う。 そ うした知 的探究 に よる自己革 新 に成就 感 .達 成感 を もって, さ らに前進 す るこ とに喜 び を もつ子 ど もを育 て るこ とた 目指 され て い るのであ る。近 藤 国‑ が形成 しよ うとした 「習 慣」 は, こ うした意味 での 「 習慣」 であ った と考 え られ る。 なお,近藤 F B j‑ は生 前 に しば しば,学 ぶ 力の主要 な構成要素 として 「 意志 力」 に言及 し てい るが, その理論 的根拠 が篠 原助市 の 「習慣」

の分 類 図式の 「第二 意志面 の習慣」 に あ った こ とは銘 記 され るべ きであ ろ う。篠 原助 市 の い う「 集 中」力 , 「 持 続」力, 目的遂行 力 は学 び方学 習 にあ っては 目標達成 の ため に と りわけ重要 だ とい うの であ る。 ちなみ に近藤 国‑ は 「 意志 力」 として次 の よ うな項 目をあげて い る。

A

それが 困難 であ って も仕遂 げ よ うとす る 目的 を持 ち,意欲 が強 い こ と。

B

仕遂 げ るため の手段 を選択,決定 す るこ と

C 仕遂 げ よ うとしたこ とを行動 に移 す実行

が あ るこ と。

D

精神 を傾 注す る集 中力 が あ るこ と。

E

実行 した もの を継続す る持 久力が あ るこ と。

F

誘 惑 に負け ない抑制 力や 障害 に層 しない 抵抗 力が あ るこ と。

習慣 の形態分 類 として近藤 回‑ は また , 正木正 の唱 えた説 ( 第‑ 運動 系列 の 固定化 としての 習慣,第二 一定 の状況 に対 す る定型的行 動群, 第三 心情 の習慣 ) に言及 して い る

C

この うち

「 第三 心情 の習慣 」 とは ,「 ○興味 の対象 ( あ る対象 または状 況 に対す る快 的経験 の重複 に よ って特殊 の関心 的態度 が形成 され る

)

」「 ○情操 ( 対 象 に対 す るたび たびの経 験 か ら一 定 の感情 的構 えが形成 され,情 緒的体 制 が形成 され る。

情操 には論理 的, 美 的,倫理 的,宗教 的情操 が

あ る。情操 は一朝一 夕にで きあが る もの ではな

く,長 い生活経験 と修練 に よって生成す る) 」の

謂 いで あ る ( 太字後藤)。 ここには , 「 新学 力観 」

の評価 項 目であ る興 味 ・関心 ・意欲 ・態度 の各

項 目間の関係 が示唆的 に とらえ られて い る。つ

ー 8‑

(9)

近藤国‑の生涯 と思想

(5)

ま り, あ る対象へ の 「 興 味や 関心」 が その対象 に対 す る志 向的 な追求 の傾 向化 ・体 制化 を経 て

「 態度」とな る深化 の過程 が示 されてい るの であ る。興 味 ・関心 ・意欲 ・態度 の評価 項 目は横 一 列 に並 置 されて い るのではな く

,

「 興 味」か ら「 態 度」へ 向か って傾 向化 し深化 し人格化 しす る も の として とらえ られねば な らない。

ともあれ近藤 国一 に とっては, こ うした諸習慣 が個 人の 中で組 み合 わ され体 系が作 られて よ き 習性 とな り, よ き人格 の形成 に力強 く働 くもの と考 え られ, その もとにな る訓練 は,学 習 に と って不可 欠の ものであ ったC

それ では,近藤 国‑ は 「 学 び方学習」 の訓練 の 方法 としては, どの よ うな こ とを どの よ うに体 系化 していただ ろ うか。次 にその概 略 を示す。

まず,近藤 国‑ はその方法原理 として次 の項 目 をあげ る。

① 自主性 の原理 と方法

ア 必要 性 に気づ かせ る/イ 発 見 さ せ る/り 実行 を決 意 させ る/エ 自己 評価 させ る/オ 発奮 させ る/カ 長所

を称揚す る/キ 自覚 に まで高め る

② 反復練 習の原理 と方法

ア 授 業 の 中 で指 導 す る/イ 新 鮮 な 実 践/り 壁 を作 っ て 挑 戦 させ る/エ 評 価 す る/オ 叱 っ て も怒 ら な い/カ 進歩 の喜 び/キ 自覚 に まで高め る ( 診強化 の原理 と方法

④連続発展 の原理 と方法

ア 段 階 的 に訓 練 す る/イ 基礎 の完 全 習得 /り 到達可能 な要求/ェ 自信

を与 え る

⑤集 団の原理 と方法

ア 学級全体 が努 力す るこ とを約 束 し 合 う/イ リー ダー を育 て る/り 班 が 互 い に励 ま し合 う/ェ 友 愛 と努 力 の 集 団づ くり

⑥鍛練 の原理 と方法

実践編 は これ に基づ き,次 の よ うな構成 にな って い る。

第三章 学 び方学 習訓練 の実 際 ( 近藤 国‑ の 分 担執筆 )

一 問題 解 決 力 の 訓 練 方 法/二 思 考 力の訓練 方法/三 意志 力の訓練方法/

四 個 人学習 .グループ学習 ・全体 学

習 の訓 練 方 法/五 学 習技能 と訓 練 方 法/六 家庭 学 習 と訓練方法/七 知 識 習得 法 の訓練 方法

第四章 学ぶ 力の学年別 系統 と訓練 方法 ( 近 藤 国‑ の分 担執筆 )

一 系統 的 に伸 ばす/二 小 学 校 低 学 年 の学 習 訓練/三 小 学校 中学年 の 訓 練方法/四 小 学校 高学年 の学習訓練/

五 中学校 の学 習訓練

第五章 学級 ・教科 におけ る学 習訓練 の実 際

‑ 小 学校低 学年 の学習訓練 〈国語科 中心)( 柏 木 勇夫 の分 担執筆 )/二 小学 校 高学年 の訓練 方法 〈 算数科 中J L J ( 佐 藤 勇 の分 担 執 筆)/三 中学 校 の 指 導 ( 社会 科 中心〉 ( 森谷祐 二の分 担執筆) 第六章 全校 が初 め て学 び方学 習訓練 と取 り

組 む時 ( 渡辺正 巳の分 担執筆)

‑ まず教 師 の共 通 理 解 か ら/二 学 級 の現 状 をつ か む/三 特 に重 点 的 に 考 え るべ きこ と/四 学 習記録 を学 習 す る

終 章 学習訓練 の生 きる基礎 ( 近藤 国‑ の 分担執筆 )

‑ 子 供 た ちに 「 生 きる喜 び」 を/二 七つ の指導/三 二の教 師に学ぶ この構 成 に よる と, 第一 ・二章 を受 けて近藤 国

‑が学 び方学 習訓練 の実 際 につ いて, 第三章 では 問題解 決学 習に必要 な思考 力や学 習形 態, さらに は学校 での学 び方学 習の延 長 で あ り補 完 であ る家 庭学習 につ いて 言及 し, 第四章 では学ぶ 力の学年 別 系統 と訓練方法 につ いて発達段 階 に即 して体 系 的 に述べ てい る。 第五章 は,秋 田県学 び万研 究会 の主要 な メンバー であ る三 人の教 師に よる実践的 な論述集 であ る。 この うち柏 木 勇夫 は秋 田大学教 育学部 附属小 学校 に

20

年 間近 く勤務 し,後 に秋 田 県学 び方 研 究 会 会 長 ・秋 田県 国語 教 育 研 究会 会 長 ・日本 国語教育 学会仝 L x ] 理事 お よび秋 田県支部 長 をつ とめ た。佐藤 勇は秋 田市立築 山小学校 で教 諭 お よび校 長 と して,全 国 に先 駆 け て長 年 テ ィ ム ・テ ィチ ン グの先導的 な実践研 究お よび指 導 に 努め た。平成1

2

年 に改言丁が予 想 され る学 習指 導要 領 では クロス ・カ リキュ ラムが話題 にのぼ ってい る折 か ら, 必然的 にテ ィム ・テ ィテ ン グの先駆的 な指 導者 としてその業績が高 く評価 されて い る。

森谷祐 二 は秋 田大 学教 育学部 附属 中学校 勤務 等 を

‑ 9‑

(10)

秋 田大学教育学部教育研究所 研究所報第

35

19983

経 て後 に秋 田 県総 合 教 育 セ ン ター 所 長 をつ とめ た。 第六 章 を分 担執筆 した渡 辺正 巳は前章 で も触 れ た よ うに大 曲市 立大 曲小 学校 長 として学校 ぐる み の学 び方学 習指 導 に 当 た った人物 であ り, その 知 見 が本 章 に生 か され, 啓 蒙 的 な役 割 を果 た して い る。 いずれ の章 も学 び方学 習 訓練 の実 際 につ い て, それ ぞれ実 践指 導 の課題 をあげ て これ に具体 的 に こた え るよ うに論 述 され て い る。

これ らの記述 をすべ て取 り上 げて考 察 す るに は 多 くの紙 幅 を要 す るの で, こ こでは近 藤 国‑ が担 当 した第三 章 「 学 び方学 習 訓練 の実 際」 の七 「 知 識 習得 の訓練 方法」 に限定 して論 ず るこ とに した

い 。

現場教 師の声 に, 学校教 育 が実質 的 に受 験 の競 争 原理 に支 配 され て い る状 況 中で は学 び方学 習 は

「 知 識や 技能 の習得 , つ ま り学 力の 向上 」に は対処 で きないの では な いか とい う批 判 が あ る。近 藤 国

‑ は これ を取 り上 げ, それ は 「誤解 」 で あ る とし て次 の よ うに述べ る。

学 び方学 習 は たび たび述 べ た よ うに,知 識 を 伝 達 す るの では な く,知 識 の発 見過程 を体 験 す るこ とに よって本 当の知 識 を習得 させ よ う とす る もの で,知 識 の獲 得 を もちろん重視 し て い る。伝 達 され た もの を記憶 す るだけ で は 知 識 は身につ か な い し, 基礎 知 識 が なけれ ば 問題 を解 決 す るこ とが で きない。

知 識 は習得 の方 法 が あ る。 学 び方学 習 は知 識 の 習得 法 を子 供 に体 得 させ よ う と努 め て い る。 それ は知 識 を重視 す るか らであ る。知 識 成立 の方法 は学 問上 の問題 で あ るが, 小 ・中 学校 では基礎 的 な こ とを指 導す る。

平 成

9

9月末 に, 文 部 省 か ら 「

教 育過 程 実施 状 況 調査 」 ( 新 学 力 テ ス ト) の結果 が発 表 され た。

「 新 学 力観 」では問題解 決 能 力 とと もにそれ を支 え る基礎 基本 の力が重視 され て い るが, この テ ス ト で は基礎 力 の低 下 が具体 的 に数値 化 され て示 され た。 「 新 学 力観 」に よる教 育 に危供 を抱 いて人々 に よっては それが実証 され た こ とに よ り, これ を機 会 に再 び 「基礎 に帰 れ」 とい う動 きが活発 化 す る で あ ろ う。 問題解 決能 力 を確 か な もの にす るには 基礎 的 な知 識や 学 習 技能 の習得 が必須 を こ とは否 定 すべ くもな く , 「 新 学 力観 」に よる教 育 が上 滑 り に な って い た こ とも事 実 であ ろ うO この こ とは ど うして も是 正 され ね ば な らな い。 ただ, 近 藤 国‑

も指 摘 して い る よ うに, その際 「本 当の知 識 を習

得 」 す る 「 知 識 の習得 法」 が 問題 なの で あ って,

「 知 識 の発 見過程 を体 験 す る」 こ とを抜 きに して, 単 に 「 伝 達 され た もの を記憶 す るだけ」 の教 育 に 短絡 的 に逆行 させ ては な る まい。確 か に 「 知 識 の 発 見過程 を体 験 す る」 こ とに は時 間が かか る し, 子 ど もが 「 発 見過 程 を体 験 」 したか 否か の判定や 評価 も計 量的 に数 値 化 で きない。しか し,「 知 識 の 発 見過程 を体 験 す る」 こ との もつ学 習 の確 実 な成 果 を看過 すべ きで は ない。

それ では , 「 知 識 の発 見過程 を体 験 す る」に は ど の よ うな方 法 が あ るの だ ろ うか。

近藤 国‑ は まず 「 知 識 の学 び方 で最 も重要 な も の は必要や 要 求 か ら学 ぶ 二 とい うこ とであ」って, 学 ぶ対 象へ の知 的好奇 心 を もつ能 力や 態度 を訓練 す る こ とが 「 知 識や学 力 を身 につ け る第一 歩 であ る」 と述べ る。 これ を受 け て た とえば森 谷祐 二 は

「意 味 の あ る, いい問題 を作 る」学 習訓練 を試 み て い る 。 「 意 味 の あ る, いい問題 」 とは , 「 徳 川幕府 は鎖 国 を重要 な政 策 の一つ に して いたの に, なぜ 開 国す るこ とに な ったの だ ろ うか」 とい った 「前 の学 習 との矛盾」を とらえた問題 , 「日本全 体 の鉄 鋼 業 は著 し くの び て い るの に なぜ 北 九州 ( 八幡 ) は停 滞 して い るの だ ろ うか」 とい った 「 社 会事 象 ど うしの矛盾」を とらえた問題 , 「大 勢 で暮 らす と 楽 しいの に,ど うして核 家族化 は進 む の だ ろ うか」

とい った 「 生徒 の経験 レベ ル と実 際 との矛盾 」 を とらえた問題 で,社 会事 象 の背景 の探 究 に 自己体 験 か ら来 る疑 問 をか らませ た もの を さす。森 谷 は この試 み につ いて , 「 以上 の よ うな もの を,意 味 の あ るいい問題 として とらえ, 生徒 に で きるだけ 自 分 の力

, この よ うな問題 を作 れ るよ うに, 何 回 か の学 習 でや らせ て きた。 は じめ は ぎこちなか っ たが,何 度 かや って い る うちに,程 度 の差 は あれ, 大部分 の生徒 が そん なに抵抗 な く問題 を作 れ るよ

うに な って きた。や は り, こ うい う問題 作 りも, 習 熟, トレー ニ ン グ とい うこ とが もの をい うよ う で あ る」 と述べ て, 問題 作 りの訓練 の必要 性 を指 摘 して い る。 こ う した問題 意 識 を他 の学 習対 象 の 探 究 に も転移 す る こ とが学 び方学 習 に とって必要

とな る。

子 ど もは好 奇心 が 旺盛 であ る。 しか しどの子 ど も も学 ぶ対 象‑ の知 的 好奇 心 を もって い るの では ない。学 習者 が学 習対 象 に対 して知 的好奇 心 を も つ能 力は それ ほ ど容 易 に は培 うこ とはで きない。

また学 習者 の問題 意識 は レデ ィネス ・生 育 歴 ・個

‑ 10‑

(11)

近藤B] ‑の生涯 と思想

(5)

性 ・興 味 ・知 的発達度 な どの違 いに よって 多様 に 異 な るのであ って,一 人一 人の学 習の 「 必要や要 求」 を把握 し, それ を強め高め てい くこ とも容易 では ないo ま してや,生活 と学習 とが揮然 とな っ てい る小学校低 学年段 階 は ともあれ, 学 習対象が 抽象度 を増 して い く中学校 では 「 必要や要求」 も 抽 象化 しが ちで あ る。 こ うした課題 に教 師 は どの よ うに こた え るか, 問題 意識 の切 り口を どの よ う に具体 的 に与 えそれ を自分 で見つ け られ るよ うに 訓練 してい くか。森 谷 の試み は こ うした課題 に対 す る一 つ の示 唆 とな る。

近藤 国‑ は 「 知 識 の発 見過程 を体 験す る」 第二 の方法 として 「内容 を入れて学ぶ」 こ とをあげて い る。 た とえば 「円周率 は円周 を直径 で割 った数 であ る」 の理解 には円周率 ・円周 ・直径 の 「中身」

が分か るこ とが必要 であ る としてい る。 これ は, 命題理解 の前提 としてそれ を構成す る概 念 の基礎 知 識が必要 であ り, その上 でそれ らの関係 が もつ 厳密 な法則性 が わか るのだ とい うこ とであ るO「 知 識の発 見過程 を体 験 す る」 ため には, さ らにその 前提 として小学校段 階 では さ まざまな大 きさの円 で この法 則が成 立 してい るこ とを実体 験す るこ と も必要 であろ う。対象 と概 念 との密接 な結 びつ き, 命題 を構 成す る概 念の確 実 な習得,帰納 と演樺 と の往還 に裏 打 ち され た思考 が学 習 に とって必要 で あろ う。 これ らを欠 いた, 単 な る記号 としての言 葉 に よる知 識 を,近藤 国‑ は退 け るの であ る。

近藤 国‑ は 「 知 識の発 見過程 を体 験す る」 第三 の方法 として 「 発 見的 に学ぶ」こ とをあげ る。 「 教 科書や本 で学 ぶ時 は何 を知 るため に読 むか, どん な問題 を解 決す るため に読 むか, 目当て を きめ る こ とであ る( た とえば 『 武士 の奮起』を学 ぶ時 は, なぜ 武士 につ いて学 ぶ のか, なぜ 武士 がお こって

きたのか, と問題 を決め て学ぶ」 こ とだ として,

「 発 見的学習や主体 的学 習 を 目ぎ し,子供 の思考 力 を生 き生 き と働 かせ , これ を鍛 えてい く」 こ との 重要性 を指摘 してい る。

「 知識 の発 見過程 を体験 す る」 第 四の方法 とし て 「 発表 しなが ら学 ぶ」 こ とをあげ るO個 人学習 で得 た知 識 を公 開 ・公表 し, グルー プ学習や全体 学 習の 中で個 人 の独善 ・独 断 を批判 ・是正 して, 間主観 的 な真理 の追求 にあた るこ との学習習慣 が 教 室 で 日常化 す るこ との必要性 を指摘 す る。 残念 なが ら 日本 で は近 藤 国‑ が指 摘 す る よ うに 「 公 開 ・公表 の精神 」 が欠けてお り, スピー チの教育

‑ ll

が不徹底 であ る。 間主観 的 な真理 の追求 にあた る とい う意味 での コ ミュニケー シ ョンの教育 が,辛 成

12

年 に改訂 が予想 され るカ リキュラムで よ うや

く今 後 の学校教 育 の課題 に なろ うとして い る。

「 知 識 の発 見過程 を体 験す る」 第五 の方法 とし て 「 評価 ・再 学 習 しなが ら学 ぶ」 こ とをあげ る。

学習戦略 の PDSとして学習者の 自己評価 力が必 要 であ り,学 習過程 の節 目節 目で 自己評価 として 学 習 を補 充 した り,新 しい ステ ップ を踏 む こ とを 自己判 断 した りす るこ とが 自己表現 に欠かせ ない 要件 であ る。

「 知 識 の発見過程 を体 験す る」 第六 の方法 とし て近藤 国‑ は 「 順 序正 し く系統化 ・体 系化 して学 ぶ」 をあげ る。知 識 の世 界や学 習 内容 は, さまざ まな領域 間の関係か らな る横 の網 の 目と,原理 の 発展応用 ・難 易 ・複雑化 な どさまざまな階層か ら な る縦 の網 の 目との織物 で構成 されてい る。 この 知 識 の世 界 に 目を聞かせ , い ま学 んでい るこ とが 他 の どの よ うな知 識 と関係 して い るか を意識 させ るこ とが必要 だ とす るのであ る。知 識 の系統化 ・ 体 系化 の基礎 を小学校 時代 か ら養 うこ とが将来 に

わた っての生 きる力 を培 うこ とに な る。

「 知 識 の発見過程 を体 験す る」 第七 の方法 とし て 「 既知 を大切 に して学ぶ」 こ とをあげ る。近藤 国‑ は,英語 の上達 には中学英語 の徹 底 的 なマ ス ター で十分 だ とす る小 川芳 男の こ とば を引用 しな が ら基礎 の毒要 さを指摘 し

,

「 今知 った知識 の重要 さ,既知 の重要 さに 目覚 め させ るこ とが知 識獲得 の方法」 であ る と指摘 す る。私事 にな るが,六十 の手習 いで最近 書道 を習 い始 め て,先 日あ る書道 展 を参観 したC上位 入賞者 と下位 入賞者 との違 い が, 基本技能 ・基本的 な書法 の鍛練 の しか たの違 い と, それ を作 品制 作 に忠実 に生か し得 るか否か にあ るこ とを痛切 に実感 させ られ て,書道 師範 が, 塾生 に与 え る臨書 手本 で さえ一 点一画 もゆ るがせ に しないで基本 技能 に忠実 に したが って表現す る 意味 を再 認識 し,稽古 の態度 に打 ち込 む態度 を改 め ざ る を え なか った。 自在 な筆 さば き も基 本 技 能 ・基本 的 な書 き方 の鍛 練 の積 み委 ねに よって生 み 出 され た成果 であ る。奇 をて らった書 の表現 は 弱 き と嫌 味 を露早 す る。 「 既知 の重要 さに 目覚 め」

るこ とは学校教育 のみ な らず,生涯 にわ た るさま ざまな学習場 面で 自覚 的に生か されねば な らない だ ろ う。

「 知 識 の発見過 程 を体験 す る」 第八の方法 とし

(12)

秋田大学教育学部教 育研究所 研究所報第

35

1998

3月

て 「 教科 の特質 に即 して学 ぶ」 こ とをあげ る。学 び方学 習法 は教 科 を超 えた メタ学 習法 であ るが, 各教科 の学 習法 と表裏一体 の関係 にあ る。各教科 の学 習法 は,それ ぞれの教 科 の用 い る記号,対象, 思考方法,概 念, 法則,教 材 の内在 的構造 等 に よ って異な ってお り, この 「 教科 の特質 に即 し」つ つ学 び方 を学ぶ こ とが必要 であ る。 ただ, 学 び方 研 究会 の実践 には教科教 育 学か ら見て, 各教科 の 先進 的 な実践研 究 に まで踏 み込 んだ報告 が 多 くな い こ とに課題 が あ る。た とえば,近藤 国‑ は国語 ・ 英語 ・社会 ・理科 等 の特質 をあげ, この うちた と えば国語 につ いては学習 の重要 なポイン トに触 れ たあ とで , 「 以上 をま とめ る と,読解 ・ 鑑賞 力 を高 め るため には, 〈 文字 ・語句 ・文 法) ( 文 の成分 の 受 け係 り〉 ( 文 と文 ・段 落 と段 落 との接続法) 〈思 考 と想像 ) ( 読書)が重要 な学 び方 にな る」と述べ てい る。 国語 の学 習法 の重要 な諸要素 を取 り込 ん だ手 堅い 「ま とめ」 であ るが, もとよ り国語 の学 習法 は これ で十分 なわけ では ない。近 藤 国‑ の国 語 の学 び方学習論 につ いて は次 の章 であ らため て 論 ず るこ とにす るが, ここには文法論 的文 章論 に 多 く依拠 してい る点が 見 られ,課題 が あ るこ とを 指摘 す るに止め る。

「 知 識の発 見過程 を体 験 す る」 第九の方法 とし て 「 基礎 ほ ど大切 に学 ぶ」 こ とをあげ, 基礎 力が ないために落 ちこぼれが 出てい る学校教 育 の実 態 を統計 を もとに考 察 して い る。

「 知 識の発 見過程 を体 験 す る」第十の方法 とし て 「 経験 と結 びつ けて学 ぶ」 こ とをあげ る。近藤 国‑ は三木活 の 『 哲学 入 門』 か ら 「 哲学 は究極 の もの に関心す る とい って も, つ ねに ただ究極 の も のが 問題 で あ るの では ない。我 々が 日日に接触す る現実 を正 し く見 るこ とを教 え得 ないな らば如何 に深遠 にみ え る哲学 もすべ て空語 にひ としい」 と い うこ とば を引いて,学 習 を 「 生活や経験」 と結 びつ け るこ との大切 さを説 いて い る。

「 知 識の発見過程 を体 験 す る」 第十一 の方法 と して 「 正確 な資料 で学 ぶ」 こ とをあげて い る。 こ れ は学 問研 究 の必須 の要件 であ り,最初 は教 師や 図書館 の資料 か ら学 び,次 第 に 自分 で判 断 で きる 力 を培 うべ きこ とを指摘 してい る。

佐藤 勇は近藤 回‑ の こ うした論述 を受 けて,小 学校 算数科 におけ る学 び方学 習 として 「シー ト学 習」 の実践報告 を してい るO

佐藤 勇は算数科 の 目標 を 「で きあが った計算の

しか た を教 え, それ を誤 りな くで きる子供 を育 て るだけ ではな く,教 え られ ない計算,新 しい計算 に当面 した ときに も自力 で対決 して 『 計算 の しか た』を生 み出 し,解 決 ・ 発 展 してい くェ ネル ギー ・ バ イ タ ) )テ ィー を もった子供 に育 て る こ とで あ

る」 と述べ て,主体 的 な 自己学 習者 の育 成 をめ ざ してい る。 この ため

,

「 教科 書 を概 念的 に教 授」す るこ とを退 け 「あ くまで も資料 として利用」す る。

これに代 わ るのが 「シー ト学 習」 であ る。

学習 シー トに よって教 材 の 中核 をお さえ, そ れ を学 習問題 として把握 させ, 焦点化 して, 子供 自身の力 で解 決 してい くよ うな学 習 を展 開 させ て こそ,積極 的 な学習が期待 で きる。

だか ら 「この よ うな考 え方 をさせ る」ため に,

「この問題 を設定 した」とは っ き り意 図づ け る もの を組 み込 む こ とが教 師の仕事 とな る。 そ の こ とが, 子供 に強 く反映 してい き,喜 んで 自ら進 ん で考 え, 自ら解決 の見通 しを立 て, 自力で解 く機会 を多 くす るこ とにつ なが って い く。

「シー ト学 習」 の学 習過程 を図式化 したのが図 表 Ⅰ Ⅰであ る。 ここには , 「シー ト」に よって学 習進 度 に応 じた個別 学 習 に始 ま り, 問題 を 「 発見」す るため に個別 学 習‑ グルー プ学習 一全体 学 習の関 連 の 中で討議 ・発表 を通 して検 証 しつつ,知 識 の 定着 と自己評価 の育成 を図 ろ うとしてい るこ とが 見 て取れ るo 「シー ト」に よる発 見学 習的 な方法 に は問題 が あ るが, 学習 の グレー ドを高めつつ, 問 題解決へ の意欲 と, 成就 感 に よるさ らな る問題解 決学習へ の動機づ け を図 ってい るな ど, す ぐれ た 実践報告 といえる

近藤 国‑ の理論 と三 人の実践 は必ず しも有機 的 に噛 み合 ってい るわけ ではないけれ ども,本書 は

「 学 び方訓練 学習」を具体 的 に提 唱 した, 当時 にお け る一つ の達 成 として評価 で きる

さて

,

『日本教 育新 聞』では平成

9

10

月1

8

日号 第

6

面 に

『 新学 テ』で新 たな課題」の タイ トルで,

「 新学 力 テ ス ト」 で指摘 した 「 知 識 ・ 理解 はそ こそ こあ って も思考 力 ・表現 力に乏 しい」傾 向にあ る 小学校 の実 態 を浮 き彫 りに してい る。 その 中に次 の よ うな指摘 が あ る。

調べ た結果 を交流す る場面 を設け たが,発 言が盛 り上 が った割 に考 えが深 ま らない。

こん な悩 み をささや く教 師がふ えた。

横 浜市 の あ る小 学校教 師 もその一 人。 四年

‑ 12‑

参照

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