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修士論文要旨
茨城大学人文科学研究科では、昨年度より本研究科修了生による研究成果を江湖に問い、
また学術的情報交換および切磋琢磨の情報発信源として修了生の更なる発展の機会を担保す べく、『茨城大学人文科学研究』を発行しています。
今年度の第2号より、創刊号の「創刊の辞」でも触れているように、本研究科の昨年度修 了生による修士論文の要旨を紹介することとしました。その試行段階として今年度はまず、
掲載を希望した修了生に限って修士論文提出時に添付された論文要旨を執筆者本人が本号で の掲載用に縮約した形で掲載してあります。
来年度の第3号からは当初の計画通り、本研究科全専攻の修了者全員分の修士論文要旨が 論文本体と同時に提出される形のまま掲載されることになりますが、本研究科に於ける研究 成果として今後の研究テーマ発掘のための情報源、あるいは院生指導上の参考資料等々とし て御活用いただければ幸いです。
本号掲載修士論文要旨 文化構造専攻:
赤間 脩人(07LM101T) 「『ニコマコス倫理学』の幸福論における愛と快楽」
小野 雄介(08LM102T) 「キルケゴール哲学における超越の問題: 反復について」
高橋 裕文(08LM104G) 「 中世東国における領主支配と郷村の自立: 鎌倉~室町時代の 常陸国を中心として」
言語文化専攻:
桑名 伸夫(08LM202H) “Emily Dickinson and the Bible”
舟生 貴士(08LM204T) “Tense and Aspect in English”
地域政策専攻:
熊谷 昭弘(07LM305T) 「福祉国家の諸条件: 国家の役割」
趙 錦紅 (07LM310T) 「中国における環境会計の研究」
泉 清志 (08LM301F) 「 東海村における地域社会と原子力の共生についての考察: 『地 域社会と原子力に関するアンケート調査』より」
鷺 久康 (08LM302X) 「 『ポストモダン・テロ』の原因となる社会変化・社会条件 について: 桜田門外の変化との比較および近代世界システム 論による分析を通じて」
宗 波 (08LM305A) 「中国監査市場の構造研究」
『ニコマコス倫理学』の幸福論における愛と快楽
赤間 脩人
『ニコマコス倫理学』における幸福を愛と快楽という側面から解釈した。愛と快楽のそれ ぞれの理論を通して、幸福とはその人自身のあり方と深く結びついているものであるという ことを示す。ある人が幸福であると言えるためには、その人がどのような人物かということ から問題にしなくてはならないのである。
まず愛については、自己愛の分析から、自己の根幹が理性であることを明らかにする。そ して、愛とは理性を重視し、あるべき仕方で物事を為すことであるということを論じる。こ の議論から、自己愛のある人と有徳な人とは重なりあうことが明らかになる。
次に快楽については、その性質から、快楽が活動と結びついたものであること、また快楽 を感じる者の個性を示すものであることを明らかにする。快楽の議論から、ある人が有徳な 人か否かを判定する基準が明らかとなる。有徳な人とは有徳な行為に、あるべき仕方で快楽 を感じる人である。また、幸福はある種の活動であるが、快楽によって、ある種の個性とし て活動と個人とが繋がっていることから、個人のあり方と幸福の関係性も明らかとなる。
最後に有徳な人と幸福の関係について論じる。アリストテレスが幸福として挙げる観想活 動の徳と対比して、人柄の徳の重要性を論じる。
キルケゴール哲学における超越の問題
─反復について─
小野 雄介
キルケゴール『反復』を読解し、キルケゴール哲学の中で超越の問題がどのような位置を 占めるものであるのかを考える。
『反復』に登場する若者は旧約聖書のヨブに反復を見出す。この若者がなぜヨブに自らを 強く重ねていくのかを、責任と試練という観点から考える。また、ヨブは一般的なものや倫 理的なものからはずれてしまい、一般的なものの中に自己を見出せなくなった例外者であ る。その例外者が超越的なものを経て、再び一般的なものとしての自己を取り戻すことが反 復であることを明らかにする。
さらに、反復・想起・期待を比較し、それらが時間と永遠の問題とどのような関係にある のかを考える。キルケゴールは、時間と永遠の具象的な触れ合いとしてキリスト教的瞬間
(イエス)を提示し、瞬間の定立によって時間が時間性として充実したものとして現れると
述べている。キリスト教的反復とは、その瞬間を生成させなおすことによって、各個人の時 間の中の生を内容豊かで充実したものにすることであると明らかにする。
結論として、反復されるのは自己であり、以前と変わらない自己を豊かで充実したものと して肯定的に受け取ることが反復であると示す。内在的で主体性が希薄である想起に対し、
反復は反復する者が主体的に自己を受け取りなおし、現実の中で生きていくことであると示 す。
中世東国における領主支配と郷村の自立
─鎌倉~室町時代の常陸国を中心として─
高橋 裕文
中世東国の農村はこれまで在地領主の下で従属的な領主型村落といわれてきたが、鎌倉時 代の常陸国の吉田社領・真壁荘・鹿島荘領などの郷村を検討してみると村落構造は基本的に は名主を中心とした根本住人型村落であり、荘園領主や地頭に対しても自立性を持っていた と考えられる。鹿島郡の大賀村の政所は名主が担い年貢の徴収や領主への上納を行い、反対 に領主から下行される勧農や祭祀経費を村のおとな百姓に渡していた。真壁荘では在地領主 の勧農も村落組織である「惣郷」の山野・用水の共同管理に依存していた。室町時代となる と畿内近国では惣村が形成され荘家の一揆が闘われたが、ここでは常陸南部の小河・酒依郷 および古渡・田宮宿について検討した。小河郷では惣百姓による円覚寺造営料所化に反対す る「嗷訴」が起き入部した両使や雜掌らが追放され、覚園寺領酒依郷では御使と郷代表によ る村請け契約が行われ村の自立性が認められた。また、水陸交通の要衝では信太荘佐倉郷内 浦渡(古渡)宿や法雲寺領田宮宿が形成されたが、田宮宿では殿原衆が検断職を握るなど自 治的村落の形成を見ることができる。このように東国における郷村や宿の自立性は中世前期 においては名主を中心とした根本住人型村落、後期においては殿原衆・おとな百姓を中心と した惣村型村落によってもたらされたが、それを支えていたのは村落結合に組織された中下 層の百姓によるものであったことを明らかにした。
Emily Dickinson and the Bible
桑名 伸夫
Emily Dickinson(1830-1886)は 19 世紀アメリカを代表する女性詩人である。現在確認さ
れているだけでも 1700 編を超える多くの作品を残したが、彼女の生前、それらのほとんど は世にでることがなかった。また自然をモチーフにしたものや宗教的な色合いの強いものな どその作品中で取り扱われているものは多岐に渡る。彼女の詩において南北戦争に関係する と思われるものも存在するが、Shira Wolosky が指摘しているようにそれは多分にキリスト 教的な意味を含み、一見、南北戦争について言及しているように見えるが、その実、詩人自 身の宗教的思索であるとも考えられる。実際,ディキンスンが生きた当時のニューイングラ ンドにおいて南北戦争はキリスト教色が非常に強いものであると認識されており、その一端 はそれらの詩作品においても見ることができる。本論文は南北戦争期とその前後に書かれた 南北戦争に関わると考えられるディキンスンの詩を取り扱い、彼女の詩に現れる宗教的思索 としての南北戦争について再考するものである。また彼女が影響を受けたといわれる同時期 の詩人・思想家である Ralph Waldo Emerson との比較を行うことで、ディキンスンがキリス ト教に対してどのような姿勢を示しそれがどのような意味を持っているものなのか探るもの である。
Tense and Aspect in English
舟生 貴士
英語の進行形には、状態動詞は進行形にできないという語彙的制約の他に、以下の例のよ うな談話上の制約が存在する。
⑴ My father took the gun. He #was holding it without assurance.(Molendijk (2005 : 120))
この事実から、英語には先行する文中に動詞の単純過去形が存在すると、後続する文中に 過去進行形は認められないという制約があると推論される。ところが、以下のような容認さ れる例が実際に存在する。
⑵ I took my helmet off and was holding it in my hands. (練尾(2007), Google)
これらの違いを明確にするために単純過去形と過去進行形の組み合わせにおいて様々な例 を観察したところ、先行する文中の動詞が状態動詞の場合に容認された。⑵は先行する述部 が結果構文であるため、その特徴である結果状態によって容認されると考えられる。これら の事実により、「連続する文あるいは動詞句において、後続する述部に過去進行形をとるた めには先行する述部に状態性が必要である。」という記述的一般化をたてた。この記述的一 般化は、様々な動詞の過去進行形においても妥当性があった。また、過去完了形や否定形な どの他の状態性を含む述部が先行する文中にある場合も、この記述的一般化が当てはまっ た。上記の記述的一般化は、かなり一般性の高いものだと考えられる。
福祉国家の諸条件: 国家の役割
熊谷 昭弘
1990 年代以降、情報通信技術の発達や新自由主義(Neo-liberalism)的発想などに基づく 経済のグローバル化が進展し、資本主義各国は活力の源泉である企業・個人間の競争激化で、
国内ばかりでなく国際間でも貧富の格差や貧困の問題が発生、さらには少子・高齢化対策な ど政府の関与を必要とする社会問題は増幅してきている。しかし各国共、経済の高度成長が 終焉し、企業も国家も財政負担能力が減退したことで 19 世紀後半以降築き上げ、互いに収 斂しつつあった社会保障制度や他の国民主義的な経済政策は曲がり角にきていると言われて いる。
そこで本論文では、先行研究者の文献を頼りに先進資本主義国(イギリス、ドイツ、スェー デン)の各初期段階の社会保障制度の生成・発展の歴史を辿り、同じ資本主義体制下にあり ながら、その発展段階の相違、基底にある産業構造や社会の伝統・国民性の相違、労働運動 と政党の役割、またそれを支えた社会思想の影響などを概観し、どんな諸力が強く働いたか を理解した。また今後の福祉国家の在り方を考えるに際し、経済学者の脳裏にある福祉課題 を一瞥したうえで、G. ミュルダールやママルティア・センの福祉問題の分析視点や理想に 触れ、その結果、基礎的な医療・教育の役割や真の民主主義確立の重要性が認識された。
中国における環境会計の研究
趙 錦紅
本論文は、中国の環境会計関連の文献研究を行いながら、中国における環境会計研究の現 状について研究している。
1992 年から始まったとされる中国の環境会計の研究は、これまでの研究を通して一定の 成果を得ることができたが、いまだに理論研究段階に止まっていて、研究レベルは非常に低 いと言われている。中国における環境会計の更なる発展のためには、現段階の環境会計研究 の状況と動向を把握する必要がある。本論文では、中国における環境会計の文献研究、特に 最近発表された資料を中心に文献研究を行いながら研究を進めている。
本論文では、主に三つの章に分けて、中国における環境会計発展の背景、環境会計理論研 究の成果、環境会計情報開示の方法などについての文献研究を行っている。また、環境会計 の研究が進んでいる日・欧米諸国との比較研究を行いながら、中国の環境会計研究の特徴を 探る上で、中国における環境会計研究の現状を把握することを目的としている。
東海村における地域社会と原子力の共生についての考察
─「地域社会と原子力に関するアンケート調査」より─
泉 清志
本論文は、原子力の社会的受容問題に焦点をあて、原子力施設がすでに存在する地域社会 が直面している原子力との共生問題を取扱うものであり、共存という枠組みのなかで原子力 と地域住民との相互関係のあり方に着目して地域住民側の視点で関係改善の施策を検討する ものである。したがって、本論文の目的は、これまでの社会的受容問題で取扱われてきたよ うな原子力の賛否や推進・廃止を問うものではなく、すでに地域社会に原子力が存在すると いう社会環境を前提にしながら、その地域社会と原子力とが共生していくための市民活動に ついて改めて考えてみようとするものである。それは、近年注目されている市民のまちづく りに対する協働と同じように、原子力との共存問題解決に向けて市民自らが自主的に活動で きる地域社会を実現していくためには、どのような取り組み方があるのかを検討し、その取 り組みを実現のための市民活動のあり方ついて、幅広く地域住民の目線で考察するものであ る。
そこで、改めて JCO 臨界事故後 10 年が経過した東海村を対象に村民の意識調査を実施し た。本調査から、①村民の原子力に対する意識や態度の変化を分析し、②村民の地域活動や 協働に対する意識の確認と、そこから、原子力に対する意識や態度との相互関連づけを行い、
③そして、それらから「共生」という概念に立った地域社会と原子力との関係づくりを、ど のような村民活動に結び付けられるのかを考察した。
「ポストモダン・テロ」の原因となる社会変化・社会条件について
─桜田門外の変化との比較および近代世界システム論による分析を通じて─
鷺 久康
本論文は、「現代におけるテロリズムが起きる社会変化・社会状況とはいったい何なのか」
という問いに答えるものである。
今日、国際政治学におけるテロリズムは、世界の新たな脅威として認識されている。その ような情勢の中で、国際政治学者の加藤朗は、テロリズムの分類の一つとして「ポストモダ ン・テロ」という枠組みを提示している。「ポストモダン・テロ」は、冷戦後の新たな「世 界観の対立」として浮き上がってきた問題である。本論文では、この「ポストモダン・テロ」
を具体的な分析対象としている。
「ポストモダン・テロ」の具体的な分析方法は、既存の暴力論のアプローチに加え、テロ 行為者たちの主観に注目するやり方である。
「テロリスト」の主観を理解することに加え、複雑なテロリズムの世界を分かりやすくす るために、筆者は国際政治学の理論を分析のツールに用いることとなった。国際政治学の理 論の一つとされる近代世界システム論は、近代世界システムという一つの空間内における人 類共通の問題として捉えることができる。
また、筆者は、「ポストモダン・テロ」を分析するに当たって、日本の幕末に起こった桜 田門外の変との比較を試みた。
筆者はまず、当時の幕末の貿易や経済について近代世界システム論で分析し、それによっ て、桜田門外の変の発生、すなわちテロリズムの発生までの一つの構図を得ることができた。
そして、この構図を「ポストモダン・テロ」に当てはめるという作業を通じて、テロリズム の原因となる社会変化・社会条件を解明したのである。
すなわち、「ポストモダン・テロ」の分析によって得られた、テロリズムが起こる社会変化・
社会条件は、いずれも近代世界システムの抱える矛盾の一部であったのだ。
中国監査市場の構造研究
宋 波
本論は監査市場構造を研究してゆくが、とりわけ、監査市場構造に影響する諸要素、有効 的標準を検討することにしたい。そして、それを踏まえて、中国監査市場の現状を考察し、
さらに、中国監査市場構造が有効的構造へ発展するための提言を試みる。
監査市場の有効的標準を①規模の経済、②集中度、③参入障壁、及び④製品差別、の四つ から検討できる。有効的監査市場構造というのは、市場には、一部分の大規模事務所が存在 し、集中度も高く、会計事務所の間には、監査製品は差があるが、人的参入障壁が存在しな いということが判明した。
中国の監査市場を考察することから、以下の結果を得た。①ビッグ4の規模の経済が著し く存在するが、大企業市場のみに現れる。それに対して、ローカル会計事務所は規模の不経 済が存在する。②集中度は U の形のように変化している。2000 年以前に、集中度は下がる 一方であった。2000 年以後に、集中度は急に上昇したが、成熟した監査市場と比べ、まだ 低い水準に属する。③市場は非常に区分されている。制度的障壁と地域的障壁は会計事務所 の流動を阻止しているが、中での地域的障壁がなくなってきている。④ビッグ4は高品質な 評判を持っているが、それに対して、ローカル会計事務所は持っていない。それに、中国に ある会計事務所はみな特有知識・技能を蓄積できてない。つまり、有効的標準と比べ、中国
の監査市場はまだ大きな差がある。今の中国の監査市場においては、競争が秩序的に行われ ておらず、市場の効率も低水準である。