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茨城の昔話』所収の武田あき氏の昔話について─

タイトル(英) The Usability of Ibaraki Folktales as a Dialectological Materials (in Japanese)

著者 杉本, 妙子

雑誌名 茨城大学人文社会科学部紀要. 人文コミュニケーシ

ョン学論集

号 4

ページ 79‑92

発行年 2019‑03

URL http://hdl.handle.net/10109/13900

(2)

『人文コミュニケーション学論集』 4, pp. 79-92. © 2019 茨城大学人文社会科学部(人文社会科学部紀要)

−『茨城の昔話』所収の武田あき氏の昔話について−

  杉本 妙子

要旨

 昔話資料『茨城の昔話』所収の話者・武田あき氏の 35 話の昔話を、方言資料という点か らその有用性を検討した。本稿では、助詞「サ」について、方向・着点や場所を表す格助詞

「ニ」「ヘ」に相当する用法としてほとんどは使用されているが、少数だが動作の相手を表す 用法があること、格助詞「ニ」「ヘ」に相当しない並列の「ニ」、経由点の「ヲ」等の多様な 用法があることが確認できた。また、変格活用動詞「来る」「する」の一段化傾向については、

昔話資料では「来る」は否定形と終止・連体形で、「する」では終止・連体形で一段化した 例があり、限定された活用形式での使用であることがわかった。このほか、 35 話には茨城 方言の文法的特徴として指摘されてきたことの多くが確認できた。これらのことから、語り の忠実な文字化がされている昔話資料であれば、方言文法の豊富な使用例を提供してくれる 方言資料としても有用であると言うことができる。

キーワード :『茨城の昔話』、茨城方言資料、資料の有用性、格助詞「サ」、

      変格活用動詞の一段化傾向

1  はじめに

 昔話を方言資料の一つとして使用することについて、井上( 1979 )「昔話の方言学的研究」

の冒頭では次のように述べられている。

    昔話研究と言語学・方言学は、ローマン主義という共通の時代思潮に根ざして生まれ た。共に常民の話しことば―方言―を研究対象とし、研究方法においても共通性が ある。 (中略) 日本民俗学の中でも言語伝承という同一研究分野に位置づけられ、柳 田国男はじめ同一個人が双方の研究に携わった例も多い。

    それにもかかわらず、昔話が方言研究に役立てられたという例は、まだそう多くない。

刊行された昔話集に頼らずとも、方言研究者が足を運べば現地の人から必要な資料が得

られるからでもある。しかし、方言が衰退しつつあり、他方で昔話の忠実な文字化資料

(3)

が刊行されつつある今、昔話集を新たな目で見直すべきであろう。( p.177 )

 井上( 1979 )はこのように述べた上で、方言資料としての昔話集の利点と留意点を考察 している。昔話資料は、談話分析、方言の敬語研究、文法や表現法の研究などにおいて利点 があることを述べている。そして、従来の各地の方言集が単語中心であって文法研究にはあ まり役立たないのに対して、昔話資料は豊かな材料を提供していることや、従来の学校文法 等で見逃されがちな現象を探すのにも適していることなどを、最上地方の昔話資料から具体 例を示しながら指摘している。ただし、発音については昔話の文字化が忠実な場合には役立 つ資料となりうるが、アクセントや語りの調子については、音声資料が公表されている場合 を除けば、昔話集から知ることができないとしている。また、留意点の一つとして、昔話の 文字表記の忠実性・信頼性の検討が必要であると指摘している。昔話資料は、方言の忠実な 再現を目的としているわけではないからである。

 井上( 1979 )において、昔話集が方言資料としてさまざまに活用し得ることが指摘され ているにもかかわらず、昔話を方言資料として扱った研究は近年になって見られるように なってきたが、まだその数は少ないようである。そのような研究の例として、野間( 2014 ) や酒井( 2018 )を挙げることができる。このふたつの研究では、いずれも昔話資料『読み がたり各県のむかし話』(日本標準)を用いた関西圏の方言研究である。野間( 2014 )では 昔話資料の文末に現れるノダ相当の文法形式を調査・検討し、「ネン・テン」の成立過程に ついて明らかにしようとしている。野間( 2014 )は調査に用いた昔話資料について、「語り 手が話している言葉ではあるが、書き言葉的な表現が見られるのである。このように、話し 言葉の写実性という点で問題があるデータであることは否めない。」(野間 2014 : 8 )と資料 の問題点を指摘している。酒井( 2018 )では、同じく『読みがたり各県のむかし話』を方 言資料として使用し、そこに使われている「ハル」「ナル」「ヨル」などの素材待遇形式の近 畿圏の分布から、関西方言における地域差について述べている。ただし、酒井( 2018 )では、

使用した昔話資料の方言資料としての有効性については述べているが、問題点については触 れられていない。

 野間( 2014 )の指摘のような問題点はあるであろうが、昔話集の中でも、採集された昔 話の文字化や編纂において使用されていることば(方言)への配慮があるなど、信頼を置く ことができる資料であれば、方言資料としても扱いうると筆者も考えている。例えば、いつ だれが語ったものなのか、採集者が誰であるのかが明示されていて、採集された昔話を概ね 語られたとおりに文字化しようとしているものであることなどである。

 そこで、本稿では、鶴尾能子編『昔話研究資料叢書 7  茨城の昔話』(以下では『茨城の昔

話』と略す)所収の武田あき氏の昔話を取り上げ、武田氏の語った昔話に見られるいくつか

の茨城方言事象について検討し、方言資料としての有効性が認められることを述べる。具体

的には、武田氏の昔話の中の茨城方言的特徴を概観した上で、主に方向・着点等を表す格助

(4)

詞「サ」・変格活用動詞の一段化傾向を取り上げる。この他の方言事象の詳しい検討や武田 氏以外の語り手の方言使用の検討は、別稿に譲る。

2  『茨城の昔話』における昔話の編集方針とその表記

 編者の鶴尾能子氏は、『茨城の昔話』の「はじめに」の冒頭において、次のように述べて いる。

    昭和三十九年、水戸市に茨城民俗学の会が発足した。それから県下各地の民俗調査活 動が、いっせいに展開した。(中略)

    研究の基礎となる採集の作業は、関敬吾による「昔話集成」の完成時点で一応完了し たといえよう。明治末年に始まった昔話の採集は、全国的に見ればかなり進んでいたの だが、その中で茨城県だけが、ほとんど空白状態であった。しかし、昔話にとって真に 不毛の地というものが、存在するであろうか。

     (中略)

    茨城県昔話の記録に関しては、戦前、戦後の時を逃して、その全体の姿を明らかにす る事は永遠に出来ない。しかし、私は、伝承の潜在化が深まり、崩壊に瀕する昔話につ いて思いをめぐらし、今なにがどのように亡び、なにが痕跡を止めているかについて関

心を払った。 ( pp.11-12

 鶴尾氏はこのように述べた上で、「はじめに」の「二、採集方法と採集地点」において、

次のように述べている。

    採集は、原則として話者から直接録音することとし、録音機の活用により、利用度の 高い資料の採集を目指した。いちじるしく破損している話も、断片・痕跡・文飾(脚色)

の区別をした上で、資料に加えた。 ( p.15 )

 昔話採集と編纂における鶴尾氏のこのようなやり方から、方言資料としての活用が可能で あることが推測できる。なお、同書に収められている資料の採集は、昭和 39 7 月から 41 12 月の間に行われている。一部の資料を除いて鶴尾氏による採集であり、本稿で注目する 武田氏の資料も鶴尾氏によるものである。

 同書収録の昔話の文字化については、聞き取ったままを概ね文字化したものと推測される。

というのは、同書の「はじめに」や凡例において、断片的な昔話も含めて採集したものは全

て収録したことを繰り返し述べていることや、随所に聞き取ったままを文字化したと思われ

(5)

る次のような語りの部分があることによる。(括弧中の引用箇所は、昔話の番号・題目・ペー ジで示す。)

  ・そうゆう話、わたし聞いてますよ。( 90 茅萱と蛇、 p.155

  ・ あのねみなさん、夜の豆は七里行ってもお茶菓子にでた時にはいただくもんだって云 う、そのお話聞いているでしょうね。( 100 味噌豆は三里戻っても食え、 p.179   ・ こりや昔のお話なんだけども、そうゆう話を、わたし聞いたもんですからね。ちょっ

とおじゃまに語ったわけなんですけんどが、そんじぇおわりなんですね。( 100 味噌豆 は三里戻っても食え、 p.182 )

 このような語りは、採集者である鶴尾氏らに向けて語ったものであろうし、それを修正す ることなく文字にしていることから、概ね聞き取ったままを文字化したものと考えられる。

また、家庭内で子どもや孫に語ったのであれば、話の中に登場する人物等の会話以外では常 体の文体であろうと考えられるところに、デス・マス体が頻繁に使われている。このような 点からも、語られたとおりの文字化に努めたことがわかる。ただし、漢字仮名まじりである ので、ルビが付されていない場合の漢字の読み(発音)は確定できない。また、 私たちの 現実の話しことばでは、言いよどみやフィラー、言いさして言い直したりすることがしばし ば観察されるものだが、それらが収録された昔話の中には文字として反映されていないなど、

発話に忠実な文字化であるとは言えないところもある。ただし、『茨城の昔話』には、宮島 達夫氏による「茨城県方言資料」(左 pp.1-16 )が収められており、その中に発音の特徴の指 摘と 3 話の昔話のカタカナ表記版が見られる。その昔話の一つ「継子と笛」が本稿で注目す る武田あき氏の語りであり、鶴尾氏の編集を経たものと考えられる漢字仮名まじりの昔話と 宮島氏による忠実な文字化と比較することができる。下に、両者の始まりの一節の記述を対 照させて示して、両者のズレを確認する。表記の仕方は、上段に宮島氏によるカタカナ版、

下段に鶴尾氏による漢字仮名まじり版を示す。①〜⑥は行を表す。

 ①マズ ムガシネ, ウー ムガシ マズー コドモラカ゜ サンニン アッテ    まず 昔ね。      昔   まず  子供らが   三人   あって、

 ②オッカサマカ゜ シンダンダ(ド)。ホシトー オドッツァマカ゜ ユー ゴドニワ   おっかさまが  死んだんだって。 そすと、 とっつぁまが   言う ことには、

 ③「コドシワ ヨンジウニダガラ,オレワー トシカ゜ ワルイガラ イセマイ

  「わたしは 四十二だから、  俺は   年が   悪いから、 伊勢参

(6)

 ④リニ イッテ クル。」

  りに 行って くる」

 ⑤ド。ホンデ マー トーレーノ オッカニ  コドモラ ムスメラ フターリニ   と。ほんでまあ、 トーライの おっかあに      娘ら

 ⑥サンニン タノンデ,ソーシテ マー デガゲダ ワゲナンダ。  (中略)

  三人   頼んで      出かけた わけなんだ。  (中略)

 ⑦「トーチャンヨー オレニ カイリノ オミヤケ゜ワ アー ナニオ カッ   「父ちゃんよ、  俺に  帰りの  おみやげは     何を  買っ

 上記の比較対照から、次の点が指摘できる。

 ・ カタカナ版では、①行目「ウー」、⑥行目「マー」、⑦行目「アー」などのフィラーが見 られるが、漢字仮名まじり版では削除されている。

 ・ フィラー以外でも、⑤行目「コドモラ ムスメラ フターリニ/娘ら」、⑥行目「ソー シテ」など、カタカナ版にはある語(文節)が、漢字仮名まじり版では削除される場合 がある。削除された箇所は、昔話の話の筋に影響のないところである。⑤行目では、む しろ、言い間違いを漢字仮名まじり版では修正していると考えられる。

 ・ ②行目「シンダンダ(ド)/死んだんだって」、③行目「コドシワ/わたしは」等、カタ カナ版と漢字仮名まじり版とで、異なる表現・語となる場合がある。

 ・ ①行目「マズー/まず」、③行目「オレワー/俺は」、⑦行目「トーチャンヨー/父ちゃ んよ」など、語(句)末を伸ばす発音がカタカナ版では見られるが、漢字仮名まじり版 では見られない。

 ・ 逆に、カタカナ版では⑤行目「オッカニ」のような、話しことばでしばしば観察される 長音の短音化が見られるが、漢字仮名まじり版では「おっかあ」のように修正されてい る。

 ・ カタカナ版には、宮島氏が発音の特徴で指摘しているように、語中(第 2 音節以下)の カ・タ行は原則として濁音化(有声化)し、カタカナ表記でもそれが確認できる。一方、

漢字仮名まじり版では濁音化の例は見られない。①行目「ムガシ/昔」、②行目「ユー  ゴドニワ/言う ことには」⑥行目「デガゲダ/出かけた」など。なお、「行く」に 限っては漢字仮名まじり版でも「行ぐ」と表記される。

 ・ カ行の濁音化に伴って、本来のガ行音はガ行鼻濁音(カ行のカナに゜(半濁点)で表さ れる)となることが、カタカナ版では①行目「コドモラカ゜」、⑦行目「オミヤケ゜」

など見られるが、漢字仮名まじり版ではガ行鼻濁音は表記されず、ガ行音である。

(7)

 ・ ②行目「ホシトー/そすと」、⑤行目「トーレー/トーライ」など、カタカナ版と漢字 仮名まじり版とで音(表記)にズレが見られる。⑦行目「カイリ/帰り」も、この例で はないかと思われる。

 上記のとおり、『茨城の昔話』は必ずしも話者の発音どおりに表記されているわけではな い。上記以外にも、「シトバン/一晩」「シトズ/ひとつ」など「ヒ」を「シ」と発音すること、

「〜トモッテ/と思って」の「トオモ」が「トモ」と融合する話しことばの発音が漢字仮名 まじり版では反映されていないといった違いもある。しかし、漢字仮名まじり版においても、

連母音の融合は多くは融合音として表記され、動詞語尾の「〜ル」の促音化は促音表記であ るなど、全てが茨城方言の音から標準語の音に変更されているわけではない。これらの発音 上の差異や若干の語の変更は、『茨城の昔話』がそもそも “昔話” を資料として記録するた めのものであることから、話として示すことが優先されたためであると考えられる。このよ うな点を考慮に入れて、『茨城の昔話』の茨城方言の特徴を検討していかなければならない だろう。

3  話者・武田あき氏について

 『茨城の昔話』には、本稿で注目する武田氏の昔話が 35 話収録されている。このことや武 田氏について鶴尾氏が同書「はじめに」で述べていることを引用し、話者としての武田氏に ついて確認しておく。

   五、語り手の特色

    優れた伝承者の発見が困難な為、不特定多数の人々から、前代の残滓というべきもの を拾い集めた結果、採集対象となった語り手の大部分は数話を語るのみで、五話以上語 るものは、十名にすぎぬ。これらの語り手と、その前保管者について表示したのが〔第 四表〕である。このうち、伝承者の末裔と云えるのは、三十五話の語り手ただ一人であ る。 (中略)

     (第四表=省略)

  ( 1 )三五話の語り手〔第四表( 1 )〕

     武田あき 明治二八年、東茨城郡下石崎に生れ、美野里町へ嫁ぐ。ハナシ(昔話)は 母親から伝えられた。

     「母親は、涸沼で採れた魚類や貝を、下石崎から周辺の村々へ売り歩く行商人であっ

た。「サノサー」という売声から、「サノサバッパ」と呼ばれ親しまれていた。昔話が上

手な人だった」。(美野里)

(8)

    子供の時、他所の子供がまだ遊んでいる時分から、子守をした。そのため就学せずに 終った。モリナカマがあって、雨の降る日は、お宮やお堂がその溜り場になり、遊んだ り、ハナシを語り合った。あきさんは、母にて、話が好きだったので、モリ仲間と、ヨ ハリの宿にも通い、夜なべをしながら、ハナシを語りあった。結婚前、即ち五〇余年も 昔のことである。

     (後略) ( pp.26-28

 話者の武田あき氏は、明治 28 1895 )年生まれであるので、採集時は 70 歳前後であろう

(個別話者に対する採集年月は不明)。東茨城郡下石崎(現、東茨城郡茨城町下石崎)で生ま れ育ち、南西方向に 20km ほど離れた美野里町(現、小美玉市美野里町。茨城町に隣接)の 堅倉に嫁いでいる。同一村内でも、方言の地域差(あるいは生業による差というべきか)が 多少はあるものであるので、下石崎と美野里との間にも方言の多少の地域差はあったであろ うと考えられる。だが、この両地域はいずれも県央の方言地域に属するので、県央方言の話 者として捉えれば、問題ないと言える。

4  武田氏の語った昔話 35 話にみられる方言

 上の「 2  『茨城の昔話』における昔話の編集方針とその表記」で指摘したように、カタ カナ版と漢字仮名まじり版とでは、主に発音における表記上の差異が少なくない。武田氏の 35 話のうち、カタカナ版は 1 話のみであり、その他の 34 話について音声を確認することはで きない。とはいえ、文法や単語においては文字化はかなり忠実であることが、わずか 1 話だが、

話全体をカタカナ版と漢字仮名まじり版を比較すると確認できる。そこで、漢字仮名まじり 版 35 話をもとに、そこに現れている茨城方言の文法事象について検討していく。

4.1  茨城方言の文法的特徴について

 武田氏の 35 話に現れている茨城方言の文法的特徴の全体について、詳細に検討すること は本稿では行わない。そこで、以下の節で取り上げる格助詞「サ」と変格活用動詞の一段化 傾向の他に見られる茨城方言の文法的特徴として、下記のような点を指摘しておく。なお、

下記は文法的特徴のすべてではないが、下記の指摘は、武田氏の 35 話が、文法に関しては 方言資料としても有用であることの可能性を示すものであると考える。

①意志・推量の意の「ぺ・ぺー」「べ・べー」

 茨城県全域で使用される形式で、武田氏の 35 話の中にも多用されている。「ペ(ペエ)」「べ

(ベエ)」の形で意志や勧誘を、「ダッペ」や形容詞に下接する「カッペ」等の形で推量を表

(9)

している。

 例: 《意志》売っちまうべ( 94:168 )、行くべと思って( 104:197 )、ぼた餅を食うべえ

( 107:202 )

   責め殺してやっぺ( 109:213 )、うちへへえっぺと思ったら( 93:166    《勧誘》山狩りしてとっぺえではねえか( 116:248 )

   《推量》喜ぶだっぺよお( 103:195 )、ここらでひとつどうだっぺな( 115:242    そりゃよかっぺ( 115:238 )、寒かったっぺ( 116:246 )

 この他、「いくらか喜んべ」( 103:194 )のように「〜んべ」の形や、推量の意の「ぺ」の 例「殺したっぺ」( 110:219 )なども使用されている。

②目的語を表す格助詞「コト(ゴド)」

 共通語では「ヲ」で表現する目的語のうち、人目的語を表す格助詞として「コト」が使わ れている。なお、この「コト」の発音は、宮島氏の指摘やカタカナ版で確認できる例をみる と、恐らく「ゴド」であろう。

 例: 姉ちゃんこと、そうやっていじめて( 109:213 )、おめえこと迎けえにくっから

( 110:217

(注

1

、婆様こと殺して( 116:248

 なお、この「コト(ゴド)」については、格助詞「ヲ」には置き換えられない次のような 例も見られる。

 例: きさまこと暇をやっから( 95:170 )、おめえこと先にいい栗をひらわせべえと思って

( 109:210

 これらは、相手を表す「ニ」に相当する例である。茨城方言の「コト(ゴド)」は、これ まで人や生き物が目的語の場合に使われると説明されてきたが、人や生き物が相手であれば、

共通語「ヲ」だけでなく「ニ」にも相当する場合がある可能性を示す例と考えることができ る。これについては、今後の課題である。

③所有・所属等を表す格助詞「ガ」

 共通語の「ノ」に相当する「ガ」が使われている。多くの例は、《人物+ガ+名詞(形式 名詞)》である。

 例: じじいが方さ( 92:161 )、俺がとこさ来っと( 103:191 )、臼が猿めが下になって

( 103:196

④疑問を表す終助詞「ケ・ケー(ゲ・ゲー)」

 今日でも、共通語の疑問の「カ・カイ」にあたる終助詞として「ケ・ケー」が茨城方言で はよく使われているが、武田氏の語りの中には、わずかしか見られない。

 例:はあそうけ( 93:166 )、いやどうしたっけ( 98:177 )

(10)

⑤ “のだ文” の「ノ」が現れない

 共通語の「〜ノダ(ンダ)」にあたる表現で、「ノ(ン)」が現れない形が使われる。特に、

「〜というのだ」の表現(例の中の下 4 例)に現れることが多い。なお、下の例では「ノ」の 位置を「 ▾ 」で示す。

 例: 死んちまう ▾ だ( 94:167 )、これは持っていぐ ▾ だどよ( 94:167 )、俺は貰う ▾ だなかっ た( 99:178 )

    拝む ▾ だつう ▾ だな( 94:168 )、やったつう ▾ だ( 95:172 )、歌詠みをすんだちゅう ▾ だな

( 96:173 )、忍んでくんだちゅう ▾ だな( 98:176 )

⑥格助詞「ガ」「ヲ」の省略

 助詞「ガ」「ヲ」が省かれて、現れないことがある。なお、下の例では「ガ」「ヲ」の位置 を「 ▾ 」で示す。

 例: 《「ガ」の省略》その嫁様 ▾ いたっちな( 93:165 )、田植えおやして、俺 ▾ 行んから

( 101:186 )

    《「ヲ」の省略》こんだいいこと ▾ 考えた( 91:158 )、あのイシ臼 ▾ 返して下さい( 92:162  しかし、「ガ」「ヲ」が現れる場合のほうが多いようである。特に「ガ」の省略は、それほ ど多くはない。

 例: 《ガ》嫁様が

〰〰

いたんだっちゅうんだな( 93:165 )、わたしが

〰〰

行ぎますから( 101:185 )    《ヲ》薬を

〰〰

買ってきて( 91:157 )、ここを

〰〰

掘ってみたらば( 92:161

⑦使役の「〜ラセル」

 一段動詞の使役形「〜ラセル」については、動詞「食べる」の例のみが使われている。

 例:豆をたくさん食べらせてやって( 112:226 )、爺様に食べらせた( 116:248

4.2  格助詞「サ」について

 方向・着点等を表す格助詞「サ」を使うのは、東北方言と共通している茨城方言の特徴で ある。武田氏の 35 話の中にも 200 例以上という非常に多くの使用例が見られる。というより、

「ニ」「ヘ」が使われる場合はわずかである。

 「サ」の使用例を、( 1 )方向・着点、( 2 )場所、( 3 )その他、さらに格助詞「ニ」「ヘ」

に相当しない用法に分類して示していく。なお、適宜[ ]内に主語・対象等を補う。また、

わかりにくいと思われる方言(俚言)の意味等を、例文の後に*で示す。

( 1 )方向・着点を表す用法

a.  主体の移動の方向・着点を表す用法

(11)

 ・[子供が]海だの川さ行ってね( 88:154 )

 ・[死んだ娘が]ここんとこさいつも来っから( 113:233  ・[ムジナが]下さ落ちたっつだな( 114:237 )

b .対象の着点を表す用法

 ・貉殿げさ萱を降して( 91:157 ) *「貉殿げ」は「貉殿の家」

 ・[犬のチンを]裏の畑さ連れてって( 92:160  ・[酒の瓶を]大黒柱のもとさ持ってって( 107:201 )

( 2 )動作等の場所を表す用法

a .主体の動作等が行われる場所を表す用法  ・嫁様はこっちの端さ寝んだ( 96:173 )

 ・[おとっつぁまらが]宿屋さ泊まってて( 110:217  ・二番目の娘の怨念がやっぱりそこさ出て( 110:218 )

 ・[軽業小僧らが]剣の山さ登れ( 115:242 ) *鬼が軽業小僧らに命じたことば  受身文の例もある。

 ・[馬をいじめた馬方は]鼻さ鼻環

かん

を通されて( 115:239 b .存在場所を表す用法

 ・[ぼた餅は]あそこのとこさお鉢さへえってる( 107:201 ) *「お鉢」は「お櫃」のこと。

( 3 )その他の用法

a .動作等の相手を表す用法

 ・今夜のとこは世間さ知らせねえで( 109:214 )   ・姉の方さは、…長男を[養子に]やると( 111:224 )

b .「〜トコロサ」の形で接続助詞的な用法

 ・話をしまったとこさ、猫がやって来た( 102:188 )

 ・[婆様が餅を]搗くべと思ったとこさ、貉がやってきて( 116:245 ) 

 ・[狸が婆様を殺して、爺様に]食べらせたっちゅうとこさ俺出っくわせて( 116:248 )

( 4 )格助詞「ニ」「ヘ」に相当しない用法 a .並列の「ニ」に相当する用法

 ・長持を一つさ、ふくべを千と…買ってくだされば( 101:186 ) b .動作が行われる場所の「デ」に相当する用法

 ・[ 2 ・ 3 歳の小さな子供が]ここさ乳房にすがって泣くところなんだ( 115:240 )

 上の例では、「ここさ」は場所を表しているが、「サ」は格助詞「ニ」「ヘ」に置き換える

のが難しい。「デ」(あるいは「デ」の代りの取り立て詞「ハ」)に相当する例である。

(12)

c .動作の経由点を表す「ヲ」に相当する用法

 ・あの高い山を越さなければ向うの峠さ越えらんねえんだと( 100:179

 約 200 例のうちの 9 割以上が、( 1 )方向・着点と( 2 )動作等の場所を表す用法とで占め られており、( 1 )の用法がより多い。これまで、茨城方言の「サ」は、このような( 1 ) ( 2 ) の用法であると説明されるのが専らで、目的や相手(動作の受け手)を表す用法については 説明されなかったり、このような用法はないとされたりしてきた。

(注

2

しかし、上記の( 3 ) a . のように、相手を表す例が見られるのである。(なお、目的を表す「サ」の例は見られなかっ た。)また、並列の「ニ」に当たると考えられる例(( 4 ) a .)や、経由点を表す「ヲ」に当 たると考えられる例(( 4 c .)なども見られる。( 1 2 )以外の例は、全体の 13 例ほどしか なく、わずかなものではあるが、茨城方言の「サ」の用法が、これまで説明されてきたより も多様である(あった)可能性を示している。今後、武田氏以外の昔話に見られる「サ」の 使用例等を検討してみる必要があるだろう。

4.3  変格活用動詞の一段化傾向について

 関東方言の特徴として、変格活用動詞の一段化傾向を挙げることができる。カ行変格活用 動詞「来る」の一段化傾向を『方言文法全国地図』の 83 図で見ると、「来ない」が「キナイ」

など一段化する地域は関東地方に集中しており、群馬、埼玉、茨城、千葉の各県にほぼ限ら れる。一方、サ変動詞「する」の一段化傾向を『方言文法全国地図』の 131 図で見ると、「す れば」が「シレバ」など一段化する地域は、中部地方から関東地方、東北南部の福島県あた りまでの広域に及び、さらに全国的に一段化地域が点在している。関東地方では、群馬、埼 玉、栃木の各県では一段化の地点がわずかであり、茨城県内も一段化の地点は少ない。

 武田氏の昔話に見られる一段化していると考えられる全ての例を、以下に、カ変・サ変に 分けて示す。各例の後には、矢印(←)で一段化しない形を示す。例の後の②は、同じ例が 2 例あることを示す。なお、両者とも一段化しない使い方も多いが、一段化の出現率につい ては未調査であり、わからない。

( 1 )カ変「来ル」の一段化

例:・来ないうちに( 104:197 ) ←コナイ

  ・来ねえんだー( 114:234 ) ←コナイ(コネー)

  ・落ちてきねえっちゅんだな( 114:236 ) ←コナイ(コネー)

  ・来なけりゃ( 102:190 ) ←コナケリャ

  ・行ってきなけなんねえから( 111:222 ) ←コナケ(〜リャ)

  ・行ってきべ( 91:158 ) ←クベまたはクルベ

  ・地獄を見てきべじゃねえか( 115:238 ) ←クベまたはクルベ

(13)

  ・聞いて来んべではねえか( 100:181 ) ←クルベ(クンベ)

  ・今来っか( 101:186 )② ←クルカ(クッカ)

  ・ここんとこさいつも来っから( 113:233 ) ←クルカラ(クッカラ)

  ・迎えに来んだってな( 114:235 ) ←クルンダ(クンダ)

 カ変の「来ル」一段化としては、連用形を除くすべての活用形式が一段化の対象となるが、

上記の例から、学校文法でいうところの未然形、終止・連体形、仮定形、命令形のうち、否 定の「ナイ」が下接する未然形(否定形)、茨城方言の「べ」(ベシ)等が下接する終止・連 体形において一段化が見られる。特に「キナイ/キネー」がよく使われるようである。漢字 仮名交じり文では、「来ねえ」「来べ/くべ」「来っから」等の表記も少なくなく、一段化し ているかどうかわからない。仮定形の例では、「博打に負けて来うば( 106:199 )」と、一段 化するかどうかわからない「早くなあ二月が来ればええなあ( 103:193 )」の 2 例だけである。

命令形の例では「来お」「来う」の形の使用例があるが、おそらく「コー」であろう。

( 2 )サ変動詞「スル」の一段化の例

・一休みしべじゃないか( 100:180 ) ←スベまたはスルベ

・虱けりでもしべえだねえかな( 115:242 )) ←スべーまたはスルベー

・そうしと( 107:203 ) ←スルト

・そうしっと( 110:216 ) ←スルト(スット)

・そしと( 114:234 ) ←スルト

・そうしっと( 115:238 ) ←スルト(スット)

・そうしっと( 115:241 )) ←スルト (スット)

・そうしっと( 115:243 )) ←スルト(スット)

・お弔いしんのに( 113:230 ) ←スルノニ(スンノニ)

・お墓参りしるてえが( 114:235 ) ←スル+名詞 *「てえ」は「人」のこと。

・心配しんな( 116:248 )) ←スルナ(スンナ)

 サ変の「スル」一段化として注目する活用形は終止・連体形と仮定形である。上記の例か らわかるように、一段化しているのはすべてが終止・連体形の例である。ただし、「する」

「すっと」等の一段化しない例のほうが多いようである。仮定形は「ああすればこうする

( 93:165 )」などであり、一段化の例は見られなかった。なお、意志を表す「シヨウ」に当た

る例として、「御参拝しろうとしたらば( 112:226 )」が見られた。

 このように、「来ル」「スル」の一段化した例は少なくないが、「来ル」では未然形(否定形)

と終止・連体形において、「スル」では終止・連体形のみにおいて観察され、どちらも一段

(14)

化する活用形は限定されていることがわかる。杉本( 2015 )では、仮定形の「キレバ」「シ レバ・シロバ」の例が挙げられていることから、武田氏以外の話者や他地域の話者には仮定 形の一段化した例があるかもしれない。また、一段化が限定された活用形でのみ見られたこ とは、武田氏に対して昔話採集が行われた 50 年ほど前の当時の一段化傾向の状態を示して いるものであり、その後、さらに一段化傾向が進んだと見ることもできる。あるいは武田氏 の出身地の県央方言の状況であり、一段化傾向の地域差として説明できることなのかもしれ ない。いずれにせよ、昔話資料は変格活用動詞の一段化傾向があることと、その一面といろ いろな可能性を示していると言える。

5  まとめ

 『茨城の昔話』の中の武田あき氏の 35 話の昔話を、方言資料という点からその有用性を文 法的特徴に注目して検討した。前節「 4.1 」に示したように、 35 話は茨城方言の文法的特徴 として指摘されてきたことが確認できる資料である。詳細に検討した助詞「サ」については、

方向・着点や場所を表す「ニ」「ヘ」に当たる用法だけではなく、少数ではあるが多様な用 法があることが確認できた。このことは、これまで東北方言の「サ」よりも用法が狭いとい う指摘がされてきた茨城方言の「サ」について、そのことを再検討する必要があることを示 唆していよう。また、変格活用動詞の一段化傾向については、現代において確認できる一段 化傾向よりも、昔話資料では限定された活用形式での使用であった。そのことは、方言資料 として見た場合の昔話資料には限りがあるということの可能性も否定できないものの、時代 差、地域差の可能性を示唆していると考えることもできる。これらの示唆は、より幅広い資 料に対する調査を促すものだと捉えたい。そして、そのための資料として、語りへの忠実度 の高い文字化がされている昔話資料(『茨城の昔話』もその一つ)であれば、本稿で注目し たような方言文法の豊富な使用例を提供してくれることを示すものでもある。

 本稿では、『茨城の昔話』が方言資料として有用であることを述べたが、検討の対象とし たのは武田氏の 35 話のみで、文法項目だけであった。同書には断片的なものも含めて 129 話

(このうちの 40% 強のページが武田氏の昔話)が収められているので、今後、他の話者の昔

話についても検討する必要がある。また、文法以外に方言語彙資料としての検討や、昔話資

料の発音の特徴についてもどのようなことが資料で確認できるかなど、明らかにする必要が

あるだろう。さらに、茨城方言資料としても使用し得る昔話資料としてどのようなものがあ

るかを示すことも、既存の資料の多様な活用のために重要である。これらについては、今後

の課題としたい。

(15)

(注 1 この例は、カタカナ版の「継子と笛」の中の例であり、カタカナ版では「オメーゴド ムゲー ニ クッカラ」と、濁音化している。

(注 2 ) 佐々木( 2013 )、杉本( 2015 )など。

参考文献

井上史雄( 1979 )「昔話の方言学的研究」『日本昔話大成 12 』(角川書店) pp.177-197 国立国語研究所( 1991-93 )『方言文法全国地図  2 ・ 3 』大蔵省印刷局(現、国立印刷局)

酒井雅史( 2018 )「読みがたりむかし話資料にみる素材待遇形式―関西方言における分布と運用の特徴―」

日本語学会 2018 年度秋季大会原稿集、 pp.11-18

佐々木冠( 2013 )「茨城県の方言の概観」『東日本大震災において危機的な状況が危惧される方言の実 態に関する調査研究(茨城県)』(平成 24 年度文化庁委託事業報告)茨城大学、 pp.11-17

杉本妙子( 2015 )「茨城方言の解説」『しみじみ楽しく茨城のことば』(平成 26 年度文化庁委託事業報告)

茨城大学、 pp.49-58

鶴尾能子編( 1972 )『昔話研究資料叢書 7  茨城の昔話』三弥井書店

野間純平( 2014 )「近畿方言におけるネン・テンの成立 : 昔話資料を手がかりに」『阪大日本語研究』

26 、 pp.51-69

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