近年、大学教育における教員の教育技能の養成としてのファカルティ・ディベロプメント
(Faculty Development、FD)(2)の要請や、その実践的方法としてのアクティブ・ラーニン グの導入の必要性が唱えられている(3)。このような趨勢は、哲学教育にも波及してきている。
日本哲学会において、2010年第69回大会(大分大学)以来、哲学教育についてのワークショッ プが継続的に開催されている。
これまでの哲学教育の見直しは、二つの方向で行われてきたように思われる。第一に、教育 の場の拡大である。これまで主に大学の哲学科において教えられていた哲学を、小中高校や大 学の外にまで広げようとする傾向が認められる(4)。第二に、授業形式の変更である。従来の 一斉授業に対して、対話形式を導入した授業形式の導入の提言などが行われている。以上の二 つの方向からの見直しは、相互補完的に展開されてきたといえるだろう。すなわち、哲学教育 の場を、低年齢の学習者や大学の外に広げる際は、権威のある知識の伝授や文献の講読という ような哲学教育を行うのではなく、より具体的な問題を議論するという方式を用いた方が有効 と考えられる(5)。
しかし筆者は、従来の議論では、哲学教育の見直しがこれまでの哲学教育と別のものとして なされている点に疑問を持っている。たとえば、ティム・スプロッド(タスマニア初等・中等 学校哲学協会会長)は、次の二つの哲学教育のあり方を区別している。第一に、哲学の伝統の 中に認められる哲学的な主題や、権威のある哲学書を体系的に学んでいくという「フォーマル なアプローチ」である(オーストラリアの学校では、一般的に後期中等学校〔高校〕でとられ ることが多い)。第二に、フォーマルなアプローチほどは体系的ではなく、少なくとも部分的 に学習者自身によって提起される主題を扱い、そして基本的に、権威のある哲学書を読むのは 避け、さらに、自分たちの考えが哲学の伝統のどの立場に属するのか見極めることを避けるよ うな「インフォーマルなアプローチ」である(オーストラリアの学校では、初等学校〔小学校〕
や前期中等学校〔中学校〕の学年のときにとられることが多い)(6)。
これらの議論では、フォーマルなアプローチと区別されたインフォーマルなアプローチの必 要性について述べられているが、総じて、現在大学で行われている現行の哲学教育、すなわち
木 村 史 人
フォーマルなアプローチ自体をいかに改善するのかという観点が欠けていることが多いように 思われる。いいかえれば、実際に現在大学で行われているフォーマルなアプローチの長所を生 かしたままで、インフォーマルなアプローチを導入する必要性や方法については、十分に議論 されていないと思われる。
そのため、本論文ではまず、大学における哲学教育の現況を概括する(1.)。その次に、主 に第二言語教育において近年注目されている教育手法であるピア・ラーニングおよびピア・レ スポンス、ピア・リーディングという試みを紹介し、大学における哲学教育を改善する可能性 のある方途として、提示したい(2.)。その上で、ピア・ラーニング活動を取り入れた授業の 実践例を示し、現状での成果と課題を述べることにする(3., 4.)。
1.大学における哲学教育の現況
大学における哲学教育を授業形態から分類すれば、(1)哲学史の授業などで行われる一斉 授業形式、(2)発表、討論などのような学生が主体となるゼミ(演習)形式に分けることが できるだろう(7)。さらに(1)は、(1)-1教師が学習者の前で板書し話す、いわゆる講義 型授業(ドイツ語で講義を意味するVorlesungとは、学生の前で(vor)原稿を読み上げる
(lesen)という意味)と、(1)-2マイケル・サンデルの授業のような「対話型授業」(8)に 分けることができるだろう。以下では、それぞれの授業形態の一般的な長所と短所とを指摘す ることとしたい。
1-1 一斉授業の特徴
まず、(1)-1教師主導の講義型授業の長所としては、「多人数の学生に対して」「一人の教 員が」「限られた時間内に」「知識を伝える」ことを挙げることができる。すなわち、この授業 形態は、「知識伝授」の手段として効率的であると考えられる。しかしながら、短所としては、
第一に、ただ知識を教えられるだけで、学習者自身の思考力、自らの考えを提示する能力が伸 びにくいこと、第二に、ただ聞き、書き取ることを課される学習者の負担も大きく、90分の授 業時間中、集中力を保つことが難しいこと(9)、第三に、ただ教えられるだけでは、知識は定 着しにくく、またその本当の理解内容となりにくいことなどが挙げられる(10)。
次に、(1)-2「対話型(双方向型)授業」の長所としては、活気のある授業になりやすく、
自分で考える力をつけさせることができることが挙げられる(11)。また、小林正弥は、マイケル・
サンデルの実践している対話型授業に関して、哲学的対話の原点であるソクラテスの問答の現
代的展開であり、ソクラテス以来の「哲学本来の姿」、「哲学的思考そのものが再生する可能性」
があると指摘している(12)。しかしながら、この対話型授業にも短所があると思われる。それ は、第一に、大教室で大人数相手にこの「対話型授業」を行う場合、そもそも一人一人と対話 を行うことが困難であり、発言者が限られ、大多数の学習者には発言の機会が与えられないこ と、第二に、教師と学習者の双方が高いレベルになければ、良い授業となりにくいことが挙げ られる(13)。また、従来の授業をサンデルのようなスタイルに変更することは、授業計画を含 めた授業法の抜本的な変更が必要となるため、教師の側にも多大な労力を強いること、さらに、
哲学の思想を扱う講義などでは、倫理学の授業に比べて時事的で具体的な問題に関係させにく いため、議論が活性化しないことが予想されることなども、短所と言えるだろう。
さらに、二種類の一斉授業に共通する短所としては、ある教授内容が、ある学習者にとって は理解しやすく興味深いかもしれないが、他の学習者にとっては難しく興味を惹かれないもの であるかもしれないなどといった、学習者の異なったレディネスにきめ細かく対応することが 困難であることを挙げることができる(14)。
1-2 ゼミ形式型授業の特徴
大学教育において、上述のような講義型授業の弱点を補いうるのが、ゼミ形式での授業とい える。受講者の数や教員の考え方によって、さまざまな形の授業が展開されているが、一般的 には次のような特徴を持つといえる。長所として、人数が比較的少数であること、そして自分 の意見を言う機会は、一般的に一斉授業と比較して多いことが挙げられる。しかしながら、全 員で議論をする場合や発表に対して質問する場合、原則的にそのつどの話者は一人であり、時 間の制限によっては発言しないままで終わることも珍しくないことは短所と言えるだろう。ま た、発表を主としたゼミの場合、そのゼミへの参加人数によって、発表の回数は一学期間に一 回程度となることもあり、やはり自分の考えを発表する機会は多いとはいえないことなども、
短所として残り続けているように思われる。
1-3 討議(ディスカッション)を授業に取り入れる試み
大学の授業のなかに積極的に議論・討議を取り入れた試みとして、東京大学における、質の 高い大学教育推進プログラム(教育GP)「PISA対応の討議力養成プログラムの開発」(2008- 2011)を参照したい。このような試みが行われたのは、事前の東京大学教養学部の学生への調 査において、「他者と対話する力」についての質問に対して「とても身についた」と答えた学
生は3.8%に、「ある程度、身についた」と答えた学生は18.5%にとどまったという状況を改善 するためである。具体的には、学生の討議力を高めるために、さまざまな形態の授業に取り込 むことができる「モジュール(総合的な資源・工夫・アイディア)」を開発し、多数の授業で 討議力養成が図られることになった。試みの成果としては、このモジュールを310以上の授業 に取り込み、5200名の学生が履修した点、また、討議型教室での授業を履修した学生へのアン ケート結果で、約48%が「討議力が身についた」と回答した点などが報告されている(15)。
東京大学では、討議を取り入れた授業を円滑に行うための「討議型教室」という専用教室が 作られた他、教室内には高度な教育ICT(Information and Communication Technology)設備 などを設置した。さらに、ライティング・サポートや実験相談などを行ってくれる「駒場ライ ターズ・スタジオ」のような充実した支援体制も整えられている。しかし、すべての大学でこ れらと同程度の設備を設置することは、現実的に多大な困難を伴うだろう。また、「討議」を 取り入れた授業として紹介されている例のほとんどは、従来の講義型授業とは別種の授業であ り、「モジュール」を従来の講義型授業で生かすことは困難であるという印象を受ける(16)。学 生の討議・対話力を伸ばすためには、受講者数が百人を超えることも珍しくはない従来の講義 型授業とは異なった形態の授業が必要であるという提言として、またその方法論として、東京 大学のプロジェクトは有益な示唆とはなりえても、従来の講義型授業の改良案としては心もと ないといえる。
1-4 本論文の問題意識
「PISA対応の討議力養成プログラムの開発」の成果をまとめた「授業の中での討議力養成 HINTS10」では、第一に、学習者の動機付け(学習意欲)が高まるという点、第二に、学習 者が自分の学びに気づくようになる(学びの意識化、フィードバック)という点、第三に、自 分で学んだことは定着率が高いという点から、「正しい知識を身につけるだけではなく、新し い知識を生み出す力を養わせることを目的とする大学」では、議論、対話を取り入れることが 有効であると提言されている(17)。
さらに、哲学教育の目的について、佐野之人は「哲学教育における第一義、すなわち最も大 切なことは、学習者が自力で哲学することができるように心がけること、このことは動かない と思う」(18)と述べている。学習者の討議を取り入れた授業のほうが、考える力を伸ばしやす いとするならば、そのような活動を取り入れた授業は、哲学教育の目的に適っているといえる。
しかし、現状の大学教育では、講義型授業ではほとんどその機会は与えられず、ゼミ形式の授
業においてもその機会は限られているといえる。
そのため、本論文で目的とするのは、以下の課題を解決することである。第一の課題は、教 室設備への投資や、授業目的、教授内容の抜本的な改変を伴うカリキュラムの変更をせずに、
大学の授業内に討議・対話を取り入れ、その長所を生かすことである。第二の課題は、従来の 講義で行われていた知識の伝授を疎かにせずに、第一の課題を解決することである。
本論文では以上の二つの課題を解決するために、第二言語教育におけるピア・ラーニングを 生かした、授業の改造案を提案する。すなわち、これまでは「大人数講義で定型的な知識を効 率的に伝達する技術と、学生との対話を通じて批判的な思考を発達させる技術は異なる」(19)
などと、「正しい知識を身につけること」と「新しい知識を生み出す力を養わせること」とは 別個の授業で達成されると考えられがちであったが、「正しい知識を身につける」授業が同時 に「新しい知識を生み出す力を養わせる」授業でもあるような、授業プランを提示したい。
2.ピア・ラーニングおよびピア・レスポンス、ピア・リーディングとは何か
ピア(peer)とは「仲間」という意味であり、ピア・ラーニングとは第二言語教育において 注目されている、学習者同士の協働的活動を通しての学びの総称である。近年ますます注目さ れているアクティブ・ラーニング(能動的な学び)の一形態といえる(20)。
ピア・ラーニングは、教師対学習者ではなく、学習者同士の活動一般を指すため、以下で具 体的に述べるような活動以外では、たとえば一つのテーマについてグループで調べ、発表する などの活動も、広義のピア・ラーニングに含まれる(21)。ピア・ラーニングの内、学習者同士 の意見交換をメインとする活動がピア・レスポンスとされ、さらに読解の授業で行われる活動 が、ピア・リーディングといわれる。
ピア・ラーニングは、従来の教師主導による一斉授業に対する批判として提唱されてきた。
池田玲子・舘岡洋子は、教師主導の一斉授業を、知識の伝達という点では効率的であるが、「学 び手自身の思考活動を無視した一方的な知識注入」であり、「受身の授業を強制するため想像 力が発達しない」という点、また試験で点数による順位をつけるなどの「競争的学習方法」を 用いることで、社会性の発達に悪影響を及ぼす点を批判している(22)。
以下では、数年間日本語教育に携わった筆者の経験を踏まえながら、第二言語教育における いくつかの授業形態において、従来型の授業とピア・ラーニングを用いた授業とを比較してみ たい。
2.1 会話授業におけるピア・ラーニング
まず、言語的知識の導入(「インプット」)は勿論、インプットされた知識を実際に活用(「ア ウトプット」)できるようになることを目的とするような、会話の授業を取り上げる。会話の 授業では、ただ教師の言うことを聞くだけではなく、その授業内で得た知識や、これまでに蓄 積された知識を実際に用いながら、発話し、会話を行うことが求められる。そのために、教師 との対話の機会を多く作ることが求められる。しかし、従来の会話授業では、受講者が2-4 人であれば、それぞれに対して十分な対話の時間を取ることができるが、受講者が多くなれば 多くなるほど、一人に割くことのできる時間は減少し、学習効果はおぼつかなくなる傾向があ った。
以上のような会話授業の改善案として、基本的な文型や表現を教えた後で、数人のグループ を作らせ、学習者同士で会話(ロール・プレイ)をさせるなどがされてきた。このような活動 を取り入れるのは、第一に、グループ毎に平行して会話をさせることによって、発話と聴解の 機会を多くすることができるためであり(活動の同時性(23))、第二に、より実際の生活で直面 する場面に似た状況を設定することができるためであり(24)、そして第三に、教師の説明を聞き、
教師と話すというだけでは単調になりがちな授業が、バラエティに富んだ、学習者の飽き難い 授業となるためである。
2.2 作文授業におけるピア・レスポンス
次に、学習者の作文能力を伸ばすことや、そのための文型などの習得を目的とする作文授 業を取り上げよう。従来の授業はしばしば(1)教師による文型や模範の提示、(2)教師の 提示した課題の作文、(3)教師による添削という順序で授業が行われることが多かった。し かしながら、特に教師の添削について、現在までに次のような点が問題とされてきた。それは、
第一に、教師の負担が大きいこと、第二に、学習者は教師の一方的な添削を押し付けられるこ とによって、学習者の書く意欲が減少すること、第三に、教師の添削に頼りきり、自律的な添 削能力が育たないこと、第四に、読み手不在の作文となりがちであることなどである(25)。
以上のような作文授業、特にその教師添削の抱える問題を、ピア・レスポンスを用いた活動 を取り入れることで、改善することができる。ピア・レスポンスとは、教師が学習者の作文を 評価、添削するのではなく、学習者同士がお互いの作文を批評しあうことで、より良い作文へ 仕上げていく活動である。その際、いきなり否定的な評価を下すのではなく、まず肯定的な評 価を下すように促すことや、評価点を明確化するためのワークシートの作成など、方法面で体
系化されている。
このピア・レスポンスを取り入れるのは、第一に、他者によって評価されることにより、自 分の作文がどう読まれるのかがわかり、他者の視点を意識した文章となることが期待できるた めである。第二に、「他人の振り見て我が振りなおす」というような、自己の作文へのフィー ドバックが見込まれるためである。すなわち、他者の作文を批判的に読み、共に改善策を考え ることによって、どのような作文、書き方をするとわかりやすい/わかりにくい作文となるの かが意識化され、以降の作文に生かされることが期待できるためである。
第三に、よくわからない点などについて他者から質問されたことに答え、説明することで、
自分の考えをまとめ、明確化するきっかけとなることが期待される。第四に、対話に母語では なく日本語を用いることで、日本語を用いた実践的な対話の機会となるためである。
現在までの実践報告では、学習者の日本語のレベルに関わりなく、ピア・レスポンスによっ て作文の内容面での改善が見られること、学習者の日本語能力のレベルに左右されるが、文章 面でも一定の効果があることが報告されている(26)。
2.3 読解授業におけるピア・リーディング
次に、読解授業を取り上げたい。従来の日本語教育の読解の授業では、学生の日本語能力が 低いわけでも、不真面目なわけでもないにもかかわらず、内容の理解のみに留まり、引用や批 判などを行うようなアカデミックな読解力が身に付いていない点が課題となっていた。そして その理由として、従来の一斉授業形式では、個々の学習者の読解のプロセスがわからず、また 学生が受身の授業では、「書き手によって書かれたテキストの要因と読み手の要因が様々なレ ベルで相互に作用し合い、新しい意味が構築される」(27)という読解のための能力を養成する ことが難しいことなどが指摘されてきた。
以上のような従来の読解授業の問題点を改善するために、ピア・リーディング(28)を用いる 方法が提案されている。ピア・リーディングとは、本来一人で行うテキストの読解を学習者同 士が助け合いながら行う活動(「読みの結果ではなく過程を、それも仲間とともに学ぶこと」(29)) とまとめられる。ここで注意しなければならないのは、読解を予習として個人で行い、それ を踏まえて授業内で議論や質疑を行う授業では読解の結果のみを扱っているため、厳密にはピ ア・リーディングとはいえないことである。ピア・リーディングではあくまで読解の過程を学 習者同士で共有することが重視される。また、先程紹介したピア・レスポンスとの最大の違い は、ピア・レスポンスでは、作文などの産出物に対して仲間の学習者がコメントを加えるのに
対して、ピア・リーディングでは目に見える形での産出物がないという点にある。
読解授業にピア・リーディングを取り入れる目的は、第一に、互恵的な学びが起こることに よって、語彙や表現などの言語知識や背景知識の学びあいや、未知語の類推のストラテジーな どの手続き的知識を体験的に学べること、すなわち一人で読むよりもリソースが増えることが 挙げられる。つまり、異なった文化、背景、経験、知識を持っている個々の学習者が、お互い に異なったリソースを提供することにより、リソースが増え、問題解決能力が高まると考えら れる。
第二に、自己を見直す機会を提供しうることが挙げられる。つまり、他者に説明するという 活動によって、自己の考えが整理され、気づきが生まれ、次に、説明の結果、他者からの質問 や反論に応答することが、自分の読解の内容や方法を見直す機会となると考えられる。つまり、
ピア・リーディングにおいて、仲間の学習者は単なるリソースとして機能するばかりではなく、
「わかったつもり」という一種の安定状態を壊し、問い直しを促すような、自らの読みに揺さ ぶりをかける存在となることが指摘されている。このピア・リーディングという活動を通じて、
当初持っていた自分の予測が他者と一致しないことに気づくことによって、テキストを再度読 み直して自分の理解を深化させる過程を観察することができたと、舘岡は報告している(30)。
2.4 ピア活動の問題点とその修正策
以上、有効性を指摘してきた、ピア・ラーニングという活動であるが、いくつかの問題点も 指摘されている。第一に、学習者同士の活動をさせた場合、教師は何をすればよいのかわから ない、という活動中の教師の困惑が報告されている。ピア・ラーニングにおける教師の役割と しては、まず議論がスムーズにいくように授業をデザインするデザイナー(使用する文型の提 示、自分の考えをまとめやすくするプリントの工夫など)であり、またたとえば習熟度の低い 学生の集まったグループに一時的に参加し、その活動がよりダイナミックに行われるよう促進 するファシリテーターであり、かつ適度な足場作りにより適切に導いていくコーチあるいは支 援者としての役割が求められる(31)。
第二に、学習者の授業観(ビリーフbeliefs)と齟齬をきたすことによって、活動の効果が半 減してしまうことが指摘されている。すなわち、学習者が授業とは教師に教えられたことを、
理解・記憶することであるというような授業観を持っている場合、ピア・ラーニングは、職務 の放棄と取られる可能性がある。また、学習者が協同学習について必ずしも良い印象を抱いて いないことも多い(32)。
第三に、作文の授業では、学習者同士のピア・レスポンスだけでは、きちんと修正ができて いるかどうか、あるいはグループ発表の授業では、自分や友達の調べたことが本当かどうかに ついて、不安を抱く学習者が多いことが挙げられる(33)。
このような学習者の授業観との齟齬と、彼らが抱く不安を改善するためには、以下の方途 が有効であるとされている。第一に、ピア・ラーニング活動の目的、意義、効果などについて、
活動を始める前に説明しておくこと、第二に、学生の不安を取り除くために、ピア・レスポン スの後に、教師による添削を行うことや、教師がコメントし適切にまとめ直すことを併行させ、
そのことを事前に通知しておく必要がある。
ピア・ラーニングの活動の最大の問題点であると考えられるのは、インプットの時間の減少 という問題である。学習者同士の活動に多くの時間を使えば、教師が新しい知識を教える時間 は必然的に短くなる。既習知識の運用力は高まったが、新しい知識は得られなかったという授 業に対して、学習者は不満に思う傾向がある。そのため、ピア・ラーニング活動などの学習者 の主体的なアウトプットを重視する授業では、講義によるインプットとその応用であるアウト プットのバランスを考える必要がある(34)。
さらに、ピア・ラーニングの活動では、「ギャップ」の確認(モニター)の機会が減少する のではないかという危惧がある。第二言語習得においては、「ギャップ」の確認(モニター)
が重要とされる。ギャップとは、実際の言語活動においてその活動が上手くいかないこと(「話 した内容が伝わらない」、「相手が何を言っているのかわからない」など)によって、現状のイ ンプットの不十分性を自覚することである。すなわち、言語の習得は、インプット→アウトプ ットという流れで行われるが、アウトプットの際、現状のインプットでは十分に言いたいこと がいえないことや書けないこと、聞き取れないというインプットとアウトプットのギャップ を確認し、この不十分な点を埋めるために、再度インプットを行うことで、言語の運用力が伸 びていくと考えられる(35)。学習者がモニター経験を得るためには、自分よりもレベルの高い 言語運用者を相手にする必要があるといえるが、ピア・ラーニングでは、学習者同士にレベル の差がない場合が多いため、不正確なまま言語行為が成立してしまう可能性があり、言語面で のギャップのモニター経験が得られにくいと考えられる。そのため、会話の授業では、授業内 外で教師を始めとするネイティブ・スピーカーとの会話の機会を増やすこと、作文の授業では、
前述したとおり、教師による添削を併行して行うこと、読解の授業では教師がピア活動が上手 くいっていないペアを支援したり、気づきを促すための質問をしたりすることが求められる。
本節で考察してきたように、ピア・ラーニングは、いくつかの問題点、改善点が残る手法で あるが、現状、第二言語教育において有効であることが実証されている。これまでの一斉授業 をインプット重視型、教師から学習者への垂直的・一方的な授業と呼ぶならば、ピア・ラーニ ングを積極的に取り入れた授業は、アウトプット重視型、対等な学習者同士の水平的・相互的 な授業ということができる。従来、学習者は受動的に授業に関わるだけであったのに対して、
ピア・ラーニングを取り入れた授業では、主体的に授業へ関わらねばならなくなる。次節では、
以上のようなピア・ラーニング活動を生かした哲学教育の改善案を提示したい。
3.ピア・ラーニングを取り入れた哲学授業の実践例 「倫理学とは何か」第5 回目の授業で実施したアンケートを例として
3.1 一斉授業の改善案
どのようにピア・ラーニングを哲学教育に生かすことができるのかを考察するために、筆者 が勤務している立正大学にて、2015年度Ⅰ期に担当していた「倫理学とは何か」(Ⅰ期、2 クラス)という授業での試みを例に取りたい。筆者が現在担当しているいくつかの授業のうち、
本授業を例として取り上げるのは、第一に、この授業が哲学科の学生だけではなく、他学科の 学生にも開講されている点、また第二に「倫理学とは何かB」は受講者の数が比較的多い授業 であり、一般にピア・ラーニングのような活動を導入することが困難と考えられがちである大 教室の授業での効果について検証できる点、さらに第三に「倫理学とは何か」の二つのクラス
(以下Aクラス、Bクラスと称する)は、登録者数に差があり(Aクラス46名、Bクラス104名)、
同一内容の講義でありながら、ピア・ラーニングの効果が受講者数の差によって変化するのか 否かを検証できる点で、検証対象として適切と思われるためである。
3.2 「倫理学とは何か」の到達目標、授業の進め方
本項では、「倫理学とは何か」という授業の概要について述べたい。筆者は本授業の目的を、
第一に、倫理学における重要な人物名や理論について、正確な知識を習得すること、第二に、
ただ名前や語句を丸暗記するだけではなく、学んだ理論を理解し、自分で用いることができる ようになることと定めた。
「倫理学とは何か」では、次のような要素から授業を構成した。(a)教師による一斉授業(講 義)、(b)教師が提起した質問を、まずは自分で考え、解答欄に記入させるという活動、(c)
グループ毎に対話の時間を設け、グループで出た結論を解答欄に記入させる活動(ピア・ラー ニング)、(d)グループで出た結論を数グループに発表させ、共有・確認する活動、である(36)。
多くの授業では、(a)→(b)→(c)→(d)という順序で授業を構成した。その際、
すぐにピア・ラーニングでの作業に入らず、(b)自分で考察、記入させるという活動を入れ るのは、第一に、教授内容を自分で応用することによって、理解を深めるためであり(37)、第二に、
ただ授業を聞いただけというよりも、自分なりに咀嚼し、紙に書いた後であれば、発言をする ことの心理的障壁が緩和され、(c)の活動へと入ることが容易となると考えたためである。
本授業で(c)ピア・ラーニング活動を取り入れる目的は、第一に自分で考えたことを他者 に説明し、議論をすることを通してさらに理解を深められると考えたためであり、第二に、活 動を通して、教授内容の印象が強まり、その定着が見込めるためである。さらに第三に、学習 者間でのレベル差の補填が見込まれるためである。つまり、授業の内容がある学習者にはわか ったが、ある学習者には難しすぎた場合、教師が個々の学生の理解に合わせて補完的な説明を 行うことは難しいが、学習者同士の対話は、互恵的な知識/理解の共有がなされる機会となり うると考えられる(38)。さらに第四に、活動を通して、自分の意見を適切に発言する、他者の 意見を適切に理解するといった、コミュニケーション・スキルの上昇を見込んだためでもある。
3.3 ピア・ラーニングを取り入れた一斉型授業の実施例
それでは次に、授業の実際の進行を、第2回目の授業を例にとり、みてみたい((a)~(d)
は、3.2の講義の構成要素に対応している)。
(b-1)1-10分 功利主義を講義する前のウォーミングアップとして、サンデルも用いている「トロッ コ問題」を、まず自分で考えさせ、解答欄に記入させた。
(d-1)10分-20分 何人かに発表させ、教室内で意見の共有をはかった。
(a-1)20-50分 ベンサムの功利主義についてパワーポイントと一部穴あきのプリントを用いて概説的 な説明を行った(39)。
(b-2)50分-65分 「授業中に私語をすることは、正・不正(善・悪)どちらか」という質問に対して、
①授業中に私語をすることにおける、個人の快楽と他者の快楽の量について、さらに
②ベンサムの功利主義の立場から、正・不正である理由を自分で考えさせ、解答欄に 記入させた。
(c-1)65分-75分 3-4名のグループ(40)でピア・ラーニング活動を行わせ、グループでの結論を出さ せた。
(d-2)75分-85分 いくつかのグループに発表させ、教室内の意見の共有をはかった。
(b-3)85分-90分 活動を踏まえて、ベンサムの功利主義の良いところ、悪いところ(問題点)について、
自分で考えさせ、解答欄に記入させた。
3.4 ピア・ラーニングを取り入れた一斉型授業への学生の反応 第5回目の授業で実施し たアンケートから
功利主義についての説明が一区切りついた、第5回目の授業で行ったアンケートを基に、ピ ア・ラーニングの効果および学生の反応を探っていきたい。Aクラスのアンケートは5月8日 の授業内で、Bクラスのアンケートは5月12日の授業内で行われた。回答内容は成績に反映し ないことを周知した上で、氏名の記入は任意とした。Aクラスの回答は33名(男24名、女8名、
性別無記入1名)、Bクラスの回答は87名(男43名、女42名、性別無記入2名)であった。
アンケートは、全16問から構成され、そのうち、数字選択式9問、記号選択式2問、記述式 5問(ただし、記述式の内後半の3問は特に現状のやり方に変更の要望がない場合、無回答で も良い)であった。
表1は数字選択式の質問への回答結果をまとめたものである。質問A②③の回答から、受講 者はおおむね本授業を有意義と感じ、楽しんでいるといえる。B①②からは、講義内容を若干 難しいと感じているものの、ある程度は理解できていると感じていることを見て取ることがで きる。しかしながら、多くの項目でAクラスに比べてBクラスの評価は低く、少人数授業のほ うが総じて評価が高いという一般的傾向を裏付ける結果となった(41)。
質問事項 Aクラス Bクラス 差【(A-B)】
A②この授業は有意義でしたか?
(5~有意義だ、1~有意義でない) 4.2 3.8 +0.4
A③この授業は面白かった/楽しかったですか?
(5~面白い、1~つまらない) 4.0 3.7 +0.3
B①授業の内容は難しい/簡単でしたか?
(5~難しすぎる、3~ちょうど良い、1~簡単すぎる) 3.4 3.3 +0.1 B②講義の内容は、よく理解できましたか?
(5~よく理解できた、1~できなかった) 3.6 3.4 +0.2
B③プリントの内容は、適切でしたか?
(5~適切、1~不適切) 4 3.8 +0.2
C①ピア・ラーニングは、面白い/楽しいですか? 3.5 3.5 ±0 C②ピア・ラーニングは、講義内容の理解に役立ちま
したか? 3.8 3.7 +0.1
C③ピア・ラーニングは、講義内容の定着に役立ちま
したか? 3.7 3.5 +0.2
C④ピア・ラーニングによって、自分の意見を言ったり、
他人を説得したりするといった、議論の能力は向上し
ましたか? 3.3 3.3 ±0
表1 「倫理学とは何かAB」アンケート、数字選択式回答の平均スコア(小数点2位以下は切り捨て(以下同じ))
また、ピア・ラーニングに関する質問C①-④からは、学生がピア・ラーニングという活動 を、講義内容の理解、定着に役立つと評価していることが読み取れる。しかし、C①-③の質 問に対して、C④のスコアは明確に低く、学生は、授業内容の理解や定着に比べて、議論の能 力の向上にピア・ラーニングが役立つとは感じていないことがわかる。
表1はクラスの平均値を示したものであったが、その内で学生の分布はどうなっているだろ うか。表2はピア・ラーニングに関する質問C①-④の平均値の人数分布を示したものである。
表2からは、過半数の学生がピア・ラーニング活動に満足し、有意義であると感じているこ とがわかる。しかし、各クラスで二三割の学生にとっては普通程度の満足度であり、また一割 程度の学生にとっては満足度が低いという結果となった。
上述したようなAクラスとBクラスでの差は、何に起因するのだろうか。以下の表3は記述 式回答を内容の傾向毎に分類し、それぞれの人数と回答者数に対する割合を出したものである。
表3の質問A④に対して、ピア・ラーニングを好意的に挙げた学生は、Aクラスでは11名
(33%)、Bクラスでは15名(17%)、またA理由では、Aクラスでは9名(27%)、Bクラスで は26名(29%)がピア・ラーニングについて肯定的な記述を行っていた。またA理由に書かれ たコメントには「他の人の意見が聞けて納得できたり、考えを深めることができたから」(A クラス、男性1年、A平均4.5、C平均3.75)(43)、「先生の授業は、自分の中の理解だけではなく、
相手と話しながら理解を深めていけるのでとても良いと思います」(Bクラス、男性2年、A 平均5、C平均5)、「この授業は、意見に賛同するかは別としても、自分とは違う考えをする 人の意見を聞けて刺激になる」(Bクラス、男性3年、A平均5、C平均4.25)などの意見があ った。以上のことから、本授業において、ピア・ラーニング活動が非常に印象的であり、また その活動を有意義と感じている学生の数が多いことがわかる。
しかし、看過してはならないのは、表2からわかるように、各クラスともに、ピア・ラーニ ングに不満を覚えている学生も全体の一割ほどいることである。A理由にピア・ラーニングへ の不満を書いたのは6名(Aクラス1名、Bクラス5名)であり、質問C⑤にピア・ラーニン
Aクラス Bクラス
満足度が極めて高い(Xが4.2以上) 11名(33%) 27名 (31%)
満足度がやや高い(Xが4.2未満3.5以上) 11名(33%) 24名 (27%)
満足度が普通である(Xが3.5未満2.5以上) 8名(24%) 27名 (27%)
満足度が低い(Xが2.5未満) 3名(10%) 9名(42)(11%)
表2 ピア・ラーニングに関する質問C①-④の人数分布(X=(C①+C②+C③+C④)÷4)
グへ批判的なコメントを残したのは7名(Aクラス1名、Bクラス6名)であった。具体的に は、「グループ・ワークがタルイ」(Aクラス、男性、学年不明、A平均2、C平均2)、「グル ープ学習する意味がよく分からない。せめてグループで話す程度を減らして、授業の内容が増 えるほうが好ましいと思っている」(Bクラス、男性2年、A平均3点、C平均2点)、「議論 より知識をつめたい。知識をつめてから最後に議論したい」(Bクラス、女性3年、A平均2点、
C平均2.75点)というような、ピア・ラーニング活動に否定的な意見、その効果や意義につい て疑念を表明している回答があった。
また、時間配分についてやグループ分けといったピア・ラーニングの方法への不満・要望は、
質問事項 回答内容 Aクラス Bクラス
質問A④授業内容で、印象 に残っていること・面白か ったことは何ですか?
授業内容(功利主義)について 11(33%) 30(37%)
ピア・ラーニングについて 11(33%) 15(17%)
授業で取り扱った例について 3(9%) 7(8%)
授業内で出た他者の意見について 0 3(3%)
特になし 0 5(5%)
その他 2(6%) 7(8%)
質問A②~④の理由を教え てください。
(本文では「A理由」と略記)
ピア・ラーニングについて肯定的意見 9(27%) 26(29%)
ピア・ラーニングへの否定的意見 1(3%) 5(5%)
授業内容(功利主義)を理由としてあげる 7(21%) 14(16%)
既習内容との重複 0 4(4%)
一義的な結論が出ないことについての不満 0 4(4%)
ピア・ラーニングの時間、グループ分けについての不満 0 3(3%)
授業が難しい 0 3(3%)
授業が簡単だ/適切だ 0 2(2%)
その他(肯定的) 6(18%) 12(13%)
その他(否定的) 2(6%) 9(10%)
特になし 0 2(2%)
B④講義パートについて、
要望があれば、書いてくだ さい。
理解が難しいことについての要望 1(3%) 8(9%)
その他(要望) 1(3%) 3(3%)
その他(感想) 0 1(1%)
C⑤ピア・ラーニングにつ いて、要望があれば、書い てください。
グループ分けについて 4(12%) 8(9%)
ピア・ラーニングについて批判的意見 1(3%) 6(6%)
ピア・ラーニングの時間について 1(3%) 4(4%)
D 上記以外で、授業全体 についての感想があれば書 いてください(裏面)。
要望 3(9%) 2(2%)
感想 1(3%) 6(6%)
表3 記述式回答の回答傾向
A理由には3名(Aクラス0名、Bクラス3名)、C⑤には、グループ分けについて12名(A クラス4名、Bクラス8名)、時間配分について不満・要望は5名(Aクラス1名、Bクラス 4名)おり、ピア・ラーニングの方法には改善の余地があることを示している。グループ分け について不満を抱いた学生が多かったことは、発表者にとって意外であった(グループ分けの 方法については注(41)を参照)。
また「授業が終わってからスッキリというよりはいつももやもやする印象」(Bクラス、女 性2年、A平均4、C平均3.75)などの議論によって出た一義的な結論が出ないことに対する 不満が質問A理由に4名(Aクラス0名、Bクラス4名)いた。
また、表1~3から読み取れるのは、Aクラスの多くのスコアが、Bクラスのスコアを上回 っている点である。たとえば表1では、全9項目中、5項目でAクラスのスコアが、Bクラス のスコアを0.2以上上回っている。C⑤に「少人数の授業ならまだしも、これだけ多い授業だ とピア・ラーニングは難しい気がする」(Bクラス、女性3年、A平均2.5、C平均1.75)と書 いた学生が言うように、「大教室ではピア・ラーニングの効果が減少する」あるいは「ピア・
ラーニングは大教室には向かない」のだろうか。
そこで、表1を一年生と二年生以上に分けた表4-1、そして学年間、クラス間の差を示し た表4-2を見てほしい。
表4-2からは、
(1)WおよびXの値から、1年のスコアが2年以上より0.2以上高かった項目は、三分の 二(全18項目中13項目)であった。このことから、一年のほうが二年以上よりも、本 授業に満足していることがわかる。
(2)学年別に各クラスを比較したYおよびZの値から、人数の少ないAクラスのほうがB クラスよりもスコアが0.2以上高いのは、半分(全18項目中9項目)にとどまった。こ のことから、やはりAクラスのほうがBクラスよりも、各学年ともに高評価を得てい ることがわかる。
特にピア・ラーニングに関する質問C①-④においては、1年生のほうが、二年生よりも 0.2以上高く評価している項目は全8項目中7項目であるのに対して、学年別にクラス間での 評価を見ると、AクラスのほうがBクラスを上回っている項目は全8項目中2項目にとどまっ ていた。以上の結果から、第一に、ピア・ラーニングに関する質問C①-④において、学年別 にクラス間での評価の差が認められなかった項目が多いことから、前述したような一見正しい ように思われる、「少人数の授業ならまだしも、これだけ多い授業だとピア・ラーニングは難
しい気がする」とは簡単にはいえないことがわかる(むしろBクラスの方が高く評価している 項目もある)。第二に、ピア・ラーニングは一年生に好意的に評価されているほどは、二年生 以上の学生には評価されていなかったといえる。BクラスがAクラスに比べて低評価にとどま った理由のひとつは、Bクラスでは二年生以上の学生の割合が高かったことによることがわか る。
学年間で大きな差が多く生じた理由、つまり二年生以上の学生の評価が低いものにとどまっ た理由を、自由記述の回答から推定するならば、「すでに勉強した内容と重複したこと」(Bク ラスに4名)による動機の低下や、数年間の大学生活を送っていることによって、前述した「少
Aクラス(学年未記入2名) Bクラス
【1】一年(21名) 【2】二年以上(10名) 【3】一年(38名) 【4】二年以上(49名)
A② 4.3 4.1 4.0 3.7
A③ 4.2 3.9 4.0 3.5
B① 3.5 3.4 3.5 3.1
B② 3.7 3.5 3.3 3.5
B③ 3.9 4.3 3.8 3.8
C① 3.8 3.3 3.7 3.3
C② 4 3.6 3.8 3.6
C③ 3.9 3.7 3.5 3.6
C④ 3.4 3 3.5 3.2
各クラスにおける学年間の差
(プラスであれば、一年のほうが高評価) 各学年におけるクラス間の差
(プラスであれば、Aクラスのほうが高評価)
Aクラス
W=【1】-【2】 Bクラス
X=【3】-【4】 一年
Y=【1】-【3】 二年以上 Z=【2】-【4】
A② +0.2 +0.3 +0.3 +0.4
A③ +0.3 +0.5 +0.2 +0.4
B① +0.1 +0.4 ±0 +0.3
B② +0.2 -0.2 +0.4 ±0
B③ -0.4 ±0 +0.1 +0.5
C① +0.5 +0.4 +0.1 ±0
C② +0.4 +0.2 +0.2 ±0
C③ +0.2 -0.1 +0.4 +0.1
C④ +0.4 +0.3 -0.1 -0.2
表4-1 「倫理学とは何か」学年別スコア
表4-2 クラス間および学年間の差
人数の授業ならまだしも、これだけ多い授業だとピア・ラーニングは難しい気がする」という ような、「大教室での一斉授業では講義型の授業が行われる(議論などはしない)」といった授 業観(ビリーフ)を持っていることなどが考えられる。また、学年間で動機とビリーフの相違 があることによって、議論が活性化しにくかった可能性が考えられる。それゆえ、一年生に比 べて二年生以上の学生が強く持っている一斉授業についての固定的なビリーフを修正すること で、彼らに主体的に活動に参加してもらい、有意義だと感じてもらうことが、今後の課題の一 つとなると考えた。
3.5 ピア・ラーニングを取り入れた一斉型授業の課題と対策
3.4のアンケート結果から、一斉授業にピア・ラーリングを取り入れる際に、以下の三点 について、学生は疑念・不満を抱くことが多いことが判明したといえる。三点とは、(a)ピア・
ラーニングの効果、意義に対する疑問、(b)時間配分に関する疑問・批判、(c)一義的な結 論がでないことに対する不安である。
以上の(a)~(c)は、ピア・ラーニングという活動に対して、正確な理解がなされていな いこと、いいかえれば、授業の際の教師の説明が結果として不十分だったことに起因すると考 えた。すなわち、ピア・ラーニングの目的を、「良質の結論を出す」ことあるいは「グループ 内で統一した結論を出す」ことと考えてしまうと、確かに、授業内の時間は十分とは言えず、
そのための時間の不足や、前提とされる知識の不足についての不満が生じてくる。そして、そ のような目的を完遂できないピア・ラーニング活動の意義について疑念が生じやすいと考えら れる。しかし、ピア・ラーニングの第一の目的とは、自分の意見を表明し他者と対話すること を通じて、理解を深めることにある。さらに、理解を深めたことによって、安易な思い込みが 打破され、ある理論についてのさまざまな解釈やそこから帰結する結論が一義的には確定でき ないことが明らかになることは、本論文2.3におけるピア・リーディングを説明した際に指 摘した、「わかったつもり」という安定状態が壊された状態であるといえ、むしろ理解の深ま った状態として望ましい状態といえる。
以上のことから、この段階で筆者は、ピア・ラーニングについての学生の不満の多くは、学 生が授業についての固定的なビリーフを持っていることおよび筆者の説明不足によって、ピ ア・ラーニングの目的と遂行について正確な理解がなされていないことによると考えた。その ため対応としては、以降の授業内では、ピア・ラーニング活動をなぜ行うのか、そして何を目 的とした活動であるのかを丁寧に説明することにした。具体的には、初回授業で行ったピア・
ラーニングに関する説明を、アンケートを取った次の第6回目の授業でも再度実施した。さら に、説明の際、ピア・ラーニング活動の第一の目的は、必ずしも結論を出すことではなく、他 者への説明と議論によって、理解を深めることにある点を強調した。特に、「簡単すぎる」と 感じている学生向けに、ピア・ラーニングとは、他者へ説明し、教え合うことで、自分の理解 を深める機会となる点を強調した。また、課題(c)に対しては、一義的な結論が出ない状 態こそが正常であり、そのような不十分性が認められるからこそ、理論の改善案や別の倫理学 理論が提案される余地があることを説明したうえで、ただ教えられたことを知るだけではなく、
そのことに疑問を持つ状態というのは理解の深まりとしてポジティブに捉えられることを強調 した。さらに、知識・理解の共有という点では、大人数のクラスであるからこそ、ピア・ラー ニングの必要性が高まることを説明した。
また、筆者の予想に反して、グループ分けについて不満を抱いている学生が多かった。その 不満は、第一に、グループ分けをしたくない(知らない相手とではなく、友達と議論したい)
という意見と、第二に、グループ分けの方法や人数に関するものに分けることができる。その ため、第6回目以降の授業では、第一に、知らない相手と話すことがコミュニケーション能力 涵養の機会となることを説明し、グループ分けすることに理解を得ること、第二に、グループ 分けの際、4-5人程度の少数のグループを作るよう、教師が明確な指示を与えるという対策
(人数の少ないAクラスでは、教師が出席票をもとにランダムにグループを指示、人数の多い Bクラスでは授業の最初にくじ引きを行い、a~tまでのグループに分ける)をとった。
4.ピア・ラーニングを取り入れた哲学授業の実践例 「倫理学とは何か」にお ける授業改善アンケート、最終回の授業で実施したアンケートを例として
3.5で述べた方針にもとづいて、以後の「倫理学とは何か」を行ったが、結果はどうだっ たであろうか。本節では、まず立正大学全学で実施された「授業改善アンケート」の結果を検 討し(4.1)、その次に最終回の授業で独自に行ったアンケート(以下、「最終回アンケート」
と表記)の結果を検討することを通じて、第Ⅰ期の授業の成功不成功を振り返りたい(4.2)。
その上で、明らかになった課題に対して、取るべき対策を検討したい(4.3)。
4.1 授業改善アンケートの結果から
「授業改善アンケート」は立正大学全学で行われる一律のアンケートである。教員は授業内
でアンケートのための時間を取り、携帯端末などを用いて、その時間内でアンケートを提出す るよう要請した(諸事情によって授業内でアンケートへの回答が難しい場合は、授業外でも回 答可能であった)。
「授業改善アンケート」は全学に共通するものであるため、質問事項など、本授業の取り組 みの実情を評価する際に不十分な点がある。しかし、本学の他の授業の平均点と比較すること ができるため、本学の授業の中での本授業の位置づけを確認することができる。
本授業では、2015年7月の第14回目(Aクラス)、第13回目(Bクラス)の授業中に、「授業 改善アンケート」に回答するように指示した。回答人数はAクラス27名、Bクラス68名であっ た。以下、五段階評価の平均が算出された回答結果をまとめたものが表5である。
表5からは、Bクラスよりも、Aクラスのほうが学生の評価が高いことがわかる。両クラ スを比較した場合、9項目中8項目でAクラスのほうが高評価であり、0.3以上の開きがあっ た項目は、7項目にのぼった。また、全学平均と比較した場合、0.3以上高評価であったのは、
Aクラスでは7項目であったのに対して、Bクラスでは2項目にとどまった。
以上の結果からは、Aクラスの学生はその他の授業よりも高い満足度を示したといえるのに 対して、Bクラスの学生の満足度は平均と同程度であったといえる。
さて、「授業改善アンケート」から判明した授業に対する満足度の差は、何に起因するのだ ろうか。第5回目の授業で実施したアンケート(以下、「第5回アンケート」と表記)の結果
問い 全学平均 Aクラス Bクラス A-B
設問2 この授業全体を通じての出席率はどの程度で
したか 4.6 4.4(-0.2) 4.5(-0.1) -0.1 設問3 あなたは授業内容を理解するために積極的に
取り組んだと思いますか 4.0 4.2(+0.2) 3.9(-0.1) +0.3 設問5 授業はシラバスに沿った展開でしたか 3.5 4.0(+0.5) 3.5(±0) +0.5 設問6 授業に対する先生の熱意や意欲が感じられま
したか 4.3 4.5(+0.2) 4.3(±0) +0.2
設問7 先生の話し方は聞き取りやすかったですか 3.8 4.5(+0.7) 4.1(+0.3) +0.4 設問8 先生の板書、スライド等の文字は読みやすか
ったですか 3.7 4.3(+0.6) 4.0(+0.3) +0.3 設問10 授業の内容を理解できましたか 3.8 4.1(+0.3) 3.8(±0) +0.3 設問11 この授業で新しい知識や考え方が得られまし
たか 4.0 4.3(+0.3) 4.0(±0) +0.3
設問12 総合的に判断してこの授業に満足しましたか 3.9 4.3(+0.4) 3.8(-0.1) +0.5 表5 「授業改善アンケート」回答結果(括弧内に全学平均との差を示す)