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イ ノ ベ ー シ ョ ン 重 視 産 業 に お け る 単 独 行 為 に 対 す る 競 争 法 適 用 ―

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三七イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 〔特別寄稿〕

イ ノ ベ ー シ ョ ン 重 視 産 業 に お け る 単 独 行 為 に 対 す る 競 争 法 適 用 ―

ブロードバンド接続規制の例

滝   川   敏   明

はじめに

Ⅰ  競争法の適用目的における静的競争上の効率とダイナミック競争上の効率

Ⅱ  ブロードバンド接続に対する通信当局の規制基準

Ⅲ  ブロードバンド接続に対する競争法規制

むすび

はじめに

諸産業の中で、イノベーション(技術革新)が重要な役割を果たす産業(以下「イノベーション重視産業」)の

割合が増加してきている。旧来からの産業とは異なり、イノベーション重視産業は、新技術と新製品の出現により

(2)

三八

産業構造が急速に変化する。イノベーションにより消費者は、魅力ある新製品を入手するとともに、大幅なコスト

削減による価格低下も手に入れる。高速・大容量のインターネット(ブロードバンド)利用のスマートフォンなど

の諸製品・サービスが代表例である。

ただし、イノベーションを巡る企業間競争は自由に放置しておけばよいわけではない。企業の競争行動を規制す

る競争法(反トラスト法・独禁法)を競争当局が適正に執行しなければ、企業が行使する競争制限行為により消費

者利益は失われる。本稿は、イノベーション重視産業に対して、旧来型の産業に対するものとは異なるどのような

考慮をしなければならないかを、ブロードバンド産業を例として検討する。ブロードバンド産業として、高速イン

ターネット回線の提供に限定せず、ブロードバンドを利用する製品・サービス(モバイル機器など)も検討対象に

含める。ブロードバンドに対置されるのは「ナローバンド」であり、伝統的な音声電話が銅線によるネットワークにより

提供されてきた。ナローバンドは安定した「自然独占」産業であり、イノベーションが起こらない産業である。イ

ノベーションの役割を重視するならば、ブロードバンドに対する競争法適用はナローバンドに対するものとは異な

らせなければならない。

競争法が対象とする二大行為類型―企業間協調と排他行為(単独行為)―の中で、本稿は対象を単独行為に絞

る。

イノベーションに対する配慮がとくに必要なのは、協調行為ではなく単独行為についてだからである。協調行為の

中心を構成する価格カルテル(及びその他のハードコア型カルテル)が当然(あるいは原則的)違法とされるのに

比べて、単独企業による排他行為は、違法・合法の判定に複雑な分析を要する。単独での排他行為は、競争相手を

不利にすることによる競争制限効果を生じるが、同時に、競争を活発にし、消費者に利便をもたらすことによる

(3)

三九イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 「競争促進効果」も生じる。競争法を適用・執行する行政機関(以下「競争当局」)は、競争制限効果と競争促進効

果を総合的に比較判断して、単独行為の違法・合法を判定しなければならない。

カルテル行為に対し競争当局はカルテルを禁止するだけでよい。他方、単独行為に対し競争当局は単に行為を禁

止するだけでは足りず、違反に対する「排除措置」として具体的行為を命令することを迫られる場合が少なくない。

典型的には、電気通信ネットワークの接続拒絶を違法と認定すれば、排除措置として、接続条件(接続料金など)

の具体的内容を命じることが避けられない。

ブロードバンドに対しては、競争当局と並んで通信規制を担当する行政機関(以下「通信当局」)が規制を実施

してきている。ブロードバンド産業の状況については競争当局よりも通信当局の方が業界の実態を把握している。

競争当局は通信当局によるブロードバンド規制から、イノベーションへの配慮方法について学ぶことができる。こ

のため本稿は、ブロードバンドの通信規制についても検討する。

本稿における競争法執行は、競争当局によるものに焦点を当て、裁判所については必要な限りにおいて言及する

にとどめる。世界主要国の競争法執行において裁判所が大きな役割を果たしているのは、私訴が活発に行われてい

るアメリカに限定される。欧州連合(EU)・日本・中国などの諸国・地域での競争法執行は競争当局に集中して

いる。裁判所の役割は、競争当局の法適用についての上訴機関であるにとどまる。

Ⅰ   競争法の適用目的における静的競争上の効率とダイナミック競争上の効率

イノベーションに焦点を当てた競争法分析を行うに先立って、イノベーションが競争法の規制目的とどのように

(4)

四〇 関係するのかを吟味する必要がある。競争法の規制目的については消費者利益(consumerwelfare)あるいは消費 者厚生(consumersurplus)とすることが主要国(アメリカ、EU等)において確定している。経済学者の間では、

消費者厚生ではなく総厚生(消費者厚生に生産者厚生を加えたもの)を目的とすべきとの意見が強い。しかし生産

者厚生の大部分は中・長期的には競争を通じて消費者厚生に還元される。消費者厚生を競争法目的とする立場は、

生産者厚生の消費者への還元をより短期に実現すべきとする立場を示しているのであり、消費者厚生と総厚生の差

はわずかである。

消費者利益を目的とすることにおいて一致していても、消費者厚生についての伝統的な経済学上の見方に対して、

イノベーションによるダイナミックな競争を重視する論者からの批判が強まってきている。競争法の経済学分析が

消費者厚生を静的に捉えてきたことが批判されている。これまで、消費者厚生の増加は価格低下に集約して捉えら

れてきた。低価格を確保するためには、価格支配力(市場支配力)を有する企業が市場に現れることを防止する必

要がある。競争法上の合併規制がこの見方から執行される。単独行為規制においては、市場支配的企業による行為

であれば、競争相手を不利にする効果のある行為(以下「排他行為」)は、違反を認定される。

しかし、現代産業において急速に比重を増しているハイテクあるいは情報技術(IT)産業においては、競争は

ダイナミックに展開されている。企業は市場独占を目指して、新製品の開発競争に従事する。一時的には独占を達

成する企業が現れるが、またすぐ新しい技術・製品を携えた企業が出現し、新しい市場が開拓され

る。静的に捉え

た市場シェアの高さは一時的なものであり、市場支配力の大きさとは必ずしも比例しない。イノベーション重視産

業においては、短期的な低価格よりも、技術革新あるいはイノベーションによる製品革新と新製品の提供が消費者

に利益をもたらす。イノベーションは新製品を生み出すだけでなく、技術革新がコストを削減することを通じて、

(5)

四一イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 中・長期的には価格低下も実現する。短期的な価格支配力の規制よりもダイナミックなイノベーションの確保を競争当局は重視する必要があ

る。

競争法適用対象の企業行為の中で、本稿が対象とする単独行為(単独での排他行為)に対する法適用は、協調行

為に対する場合よりも違法認定に慎重な姿勢が必要である。実際に主要国で、協調行為に対するものとは異なった

基準が形成されている。単独行為規制については、イノベーションのインセンティヴを確保するために所有権を適

正に(絶対的にではなく)尊重する必要があ

る。接続規制において、短期的消費者利益の観点から、接続拒絶に対

し容易に競争法違反を認定すれば、投資した施設の財産価値を減少させる。既存企業と新規企業双方による新規投

資のインセンティヴを減退させ、長期的には消費者利益を損なう。静的な効率性を追求する単独行為規制は、ダイ

ナミックな効率性の実現と両立しな

い。

単独行為に対する競争法違反認定の第一要件として、対象企業が市場支配力を有していること(獲得の高い可能

性を含む)が定着している。市場支配力判定は、画定した市場における企業の市場シェアにもっぱら依拠するので

はなく、新規参入の可能性などの市場状況を総合的に判断する必要がある。イノベーション重視産業においては、

市場集中度が高い場合においても市場支配力は認められない場合が多

い。それに加えて、イノベーションが活発に

進行している産業においては、製品範囲を固定できないので、製品市場の画定が困難であ

る。この点からも、市場

支配力認定における市場シェアの役割を低下させる必要がある。

ただし、イノベーションを重視することは、競争法執行が不要であること、あるいは競争法執行を大幅に緩める

べきことを意味するわけではない。同じイノベーション重視の見方から、排他行為規制の緩和ではなく、規制強化

を支持する立場を導くことも可能である。企業をイノベーションに向かわせるためには、新規参入による競争圧力

(6)

四二 が重要である。既存有力企業が新規参入を妨害するのを、競争法適用により阻止する必要があ

る。

以上をまとめれば、イノベーション重視産業においても、既存有力企業への競争圧力を確保するために、競争当

局は競争法を執行することが求められる。ただし、イノベーション活動の特色に留意すれば、市場画定の意義は薄

れ、市場支配力判定における市場集中度の役割も低める必要がある。個別のイノベーション重視産業の特色に応じ

て、競争当局は、個別事件毎に競争政策上の判断を行うことが求められる。

以下の各節では、消費者利益にとってイノベーションが重要な産業の代表としてブロードバンド(高容量・高速

度のインターネット通信及び通信を利用したサービス・製品)をとりあげ、単独行為に対する競争法適用の基準を

国際比較を通じて検討する。競争法適用基準の検討に役立てるため、競争法適用の検討に先立って、通信規制によ

るブロードバンド規制を概観する。

Ⅱ   ブロードバンド接続に対する通信当局の規制基準

ブロードバンドを含む電気通信の規制を伝統的に担ってきたのは、競争当局ではなく通信当局である。規制目的

を消費者利益とし、競争を重視することにおいて、主要国の通信当局と競争当局の規制目的は基本的に一致する。

通信当局が実施してきたブロードバンド接続規制を批判的に検討することにより、競争当局の競争法基準を改善で

きる。

(7)

四三イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 一  電気通信におけるオープンシステムとクローズド・システムの対立電気通信サービスは、大別して二つの垂直的階層により構成されている。第一階層(上流)は通信(電話とインターネット)のための回線である。第二階層(下流)は、上流の回線を利用して実施されるスマートフォンなど

様々の通信サービス(及び製品)である。下流市場の企業は、上流市場から通信回線の提供を受けなければサービ

スを提供できない。

上流の回線市場の企業が下流のサービス市場の企業を拘束するのを避ける目的から、単一企業が垂直的に統合し

たサービスを提供するのを禁止すべきとする意見が出されている。各階層の所有権を上流と下流に分離する、ある

いは、所有権分離(つまり垂直統合禁止)は命じない場合においても、垂直統合企業が自社の下流部門と同じ平等

の取り扱いを下流の競争企業に提供すべきことが提言されてきた。これが電気通信の「階層分離(Separations

Principle)」あるいは「オープン・システム」と呼ばれる立場であ

る。

「オープン・システム」支持の立場は、近年、とくにインターネットの「ネットワーク中立性(networkneutrali-

ty)」として提唱されている。これは、インターネットで運ばれるコンテントやアプリケーションをブロードバン

ド回線の所有企業がブロックしない、また、速度等をすべて同等に取り扱うことを指す。その立場を支持する規制

方式がアメリカの通信規制に導入された(二〇一〇 (1

年)。

アメリカ競争法(反トラスト法)の歴史においても、かつてはオープンシステムを支持する立場が主流であった。

一九八二年AT&T判 ((

決は、排除措置としてAT&Tを水平的だけでなく垂直的に分割し、地域通信企業が長距離

(8)

四四

通信に進出することを禁じた。アメリカ通信規制も同じであり、一九九六年電気通信法は、地域電話市場における

競争条件が確保されるまで、地域電話会社が長距離部門に進出することを禁じ (1

た。

しかし現代の反トラスト法では垂直分離論は支持を失っている。反トラスト法に限らず、アメリカの通信規制に

おいても、オープン・システム論の支持は減少してきてい (1

る。この背景として、垂直統合が企業にもたらす効率効

果に対する認識が高まってきた。組織の階層分離を企業に強制するのは、内部組織に代えて市場取引を選択するこ

とを企業に強制することを意味する。しかし企業内部取引に比べて市場取引が常に効率的であるわけではない。企

業の自由に任せれば、企業は効率上の理由から市場取引を選択せず、垂直統合により取引を内部組織化する場合が

(1

る。

モバイル産業においては、垂直統合と垂直的提携により形成されたプラットフォーム(モバイル用語では「エコ

システム

ecosystem」)が競争単位となる傾向が顕著になってきている。スマートフォンが典型であり、端末機器 :

(デバイス

device)だけでなく、そのソフトウエアとアプリ(それらの開発者)から構成されるプラットフォー :

ムをアップル・グーグル・マイクロソフトが主導している。この状況は、クローズド・システムに経営効率上のメ

リットが有り、消費者に利益をもたらすことを示している。

オープン・システムとクローズド・システムは二者択一ではなく、程度の問題である。オープンな部分とクロー

ズドの部分の双方を一つのプラットフォーム(エコシステム)が含んでいる。アップルの場合には、ソフト(アプ

リ)の規格・品質をアップルがコントロールしているものの、アプリ制作は自社以外の各社にオープン化している。

マイクロソフトのウインドウズの場合もオープンな部分とクローズな部分が混在してい (1

る。

オープン・システムとクローズド・システムが同一プラットフォームに混在するモバイル業界の状況が示してい

(9)

四五イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) るのは、特定の企業組織を政府が産業政策(あるいは競争政策)により上から企業に強制すれば、消費者利益を減退させるということである。電気通信において階層分離あるいはオープン・システム(ネット中立性など)を政府が企業に一律に強制するのは避けるべきである。二  アメリカ連邦通信委員会(FCC)によるオープン・システム強制からの転換1.一九九六年電気通信法の「相互接続」規制アメリカの電気通信基本法は一九九六年電気通信法(以下「一九九六年 (1

法」)であり、連邦通信委員会(FCC)

が運用している。一九九六年法は、独占企業のAT&Tを反トラスト法上の措置により分割(一九八四年)した結

果として生まれた地域毎の「ベル電話会社(RegionalBellOperatingCompanies)」を主な規制対象とする。

ベル電話会社がAT&Tから引き継いで所有する電気通信ネットワーク(旧来からの銅線によるナローバンド)

が自然独占であるとの認識に基いて、立法者は一九九六年法の規制制度を構築した。規制独占のAT&Tがアメリ

カ全土に張り巡らした電気通信回線のネットワークに匹敵するネットワークを対抗企業が新規に構築することは経

済的に不可能であり、無駄でもあるという認識である。この認識は電力送電線に対するものと共通する。

電気通信ネットワークが自然独占であっても、ネットワークへの接続(アクセス)を新規参入企業に提供するこ

とを政府がベル電話会社に強制すれば、参入企業もネットワークの一員になれる。単一ネットワーク内での競争が

このため成立する。この論理は最初にMCI事件反トラスト法判決が示したものである(新規参入企業のMCIに

ネットワーク接続を提供することをAT&Tに命じ (1

た)。

(10)

四六

一九九六年法が規定する接続規定は、反トラスト法のMCI判決基準を詳細ルール化したものとみなせる一面が

ある。しかし一九九六年法は、反トラスト法理念を詳細化した規制にとどまらず、より介入的な規制を含んでいる。

つまり、MCI判決を含め、反トラスト法の単独行為に対する規制(シャーマン法二条適用)は、対象企業が市場

支配力を有することを規制の必要条件とする。これに対し一九九六年法は、市場支配力の有無にかかわらず、すべ

ての通信企業に接続を義務付けている。

一九九六年法は接続を「相互接続(interconnection)」と位置づけている。これは、独占的企業が参入(あるいは

下位)企業に接続を一方的に提供するのではなく、すべての通信企業がそれぞれ所有する通信回線を相互に接続す

る(それにより単一の巨大ネットワークを形成する)という見方である。ネットワークが消費者に受け入れられる

ためには、できるだけ広範な範囲をカバーする必要がある(友達の間だけでしか通信できないeメールの価値は限

定される)。ネットワーク効果を得るため、通信企業は自己の通信回線を他企業が有する通信回線と相互接続して、

ネットワーク規模を拡大するインセンティブを有している。

一九九六年法は、通信企業が本来有しているネットワーク拡大のインセンティブにかかわらず、相互接続により

単一巨大ネットワークを形成することを政府が強制する規制である。ネットワークを広範で単一にするのは望まし

いことなので、政府介入には正当性があるとの見方が存在する。既に市場支配力を有する大ネットワークを所有す

る企業には、相互接続義務を課さなければ、競争が永遠に進展しない。新規参入企業のネットワークは小さすぎる

ため、ユーザーを獲得できないからである。既存企業は相互接続を拒絶し続けることにより、市場支配力を永続さ

せることができ (1

る。

しかし、一九九六年法が規定する相互接続提供義務は、市場支配的企業だけに限定される規制ではなく、すべて

(11)

四七イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) の通信企業に一律に適用され (1

る。支配的企業に限定せずに、すべての通信企業に一律に相互接続を義務付ける必要

があるかについては別途検討を要する。

2.通信のネットワーク効果が相互接続義務を合理化するか

相互接続をすべての通信企業に(市場支配力の有無にかかわらず)義務付けることについては、通信回線のネッ

トワーク効果を理由とする意見が支持を集めている。電気通信にはネットワーク効果があるため、既存企業にネッ

トワーク接続を拒絶された新規企業は市場に参入できないためであ 11

る。

しかし既存有力企業が市場支配力を有していない場合には、参入企業はその企業以外の企業のネットワークに接

続することにより市場参入できる。ネットワーク効果が存在する産業では、ネットワーク効果を得るため、各企業

は他企業と相互接続することによりネットワークを拡大しようとす 1(

る。市場支配力を有する企業が存在しない場合

には、政府が通信企業に相互接続を強制する必要はない。

相互接続を政府が強制することにはコストを伴う。相互接続を通信企業が実現するには、技術と経営上の調整に

多大のコストがかかり、このコストは一方的な接続の場合より大き 11

い。通信企業が相互接続を拒絶するのは、競争

相手の参入を排除する意志が働いている場合に限定されない。自社ネットワークの通信技術とは異なるネットワー

クと接続するための技術変更などに大きなコストがかかるために相互接続を嫌う場合がある。接続を相互接続とし

て位置づけても、競争法の論理により接続強制が支持されない場合に相互接続を政府が強制することが合理化され

るわけではない。

一九九六年法は、①「相互接続」義務に加えて、②「アンバンドル」義務を規定した。この義務は、通信施設を

(12)

四八

機能要素(交換機能、回線機能、番号案内機能など)に分解することによる接続を「技術的に可能ないかなるポイ

ント」においても他企業に提供する義務である。アンバンドル強制は相互接続義務よりもさらに企業行為の自由を

制約する介入的規制である。

一九九六年法はさらに、③相互接続料金をコスト基準の「卸料金(wholesalerate)」とすべきことを規定した。

卸料金算定基礎の「コスト」は「長期増分費用」によ 11

る。相互接続料金の規制は、接続規制に伴って論理的に必要

性が導かれる規制である。接続提供を政府が命じるだけであれば、命令された企業は、接続料金として極めて高い

料金を請求することにより、実質的に接続拒否と同じ状況を達成できる。この事態を避けるためには規制機関が接

続対価についての価格規制を実施する必要が生じる。

長期増分費用基準の料金は、コストの算定期間を長期にとっているので、固定コストの原価償却分をカバーして

いる。しかし、投資リスクをコストに含まないため、実際の経済コストよりもコストが低く算定され、したがって

接続料金が低く設定される。このため接続提供側に不利(接続を受ける側の企業に有利)な接続料金規制である。

競争法の論理からは、競争上中立的な料金規制にする必要がある。

ただし「相互接続」義務がすべての通信企業に一律に適用されるのとは異なり、「アンバンドル」と「卸料金」

義務は、既存のベル電話会社(一九九六年法の用語では“localexchangecarrier”)に限定して適用され 11

る。この点

で、反トラスト法の発想が一九九六年法に反映されている。実際、一九九六年法には、ベル電話会社の対抗企業が

「アンバンドル」と「卸料金」の恩恵を受けなくても競争上不利ではない状況になれば、FCCが規制を控えるこ

とができる旨の規定があ 11

る。ワイヤレスによる携帯電話が普及し、消費者が携帯と普通電話を選択するようになっ

ている。アンバンドル接続がなくてもベル電話会社の対抗企業が電話サービスを競争的に提供できる時代が既に到

(13)

四九イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 来していると考えられる。しかし、FCCは規制控えをいまだ実施していない。

3.ブロードバンドに対するFCC規制の発想転換

一九九六年法が改正されず、存続しているにもかかわらず、FCCは、ブロードバンドに対しては一九九六年法

による相互接続義務(及びアンバンドル等の義務)を通信企業に適用しない方針を二〇〇五年に表明 11

し、それを貫

いてきている。この「規制控え(regulatoryforbearance)」の理由は、ブロードバンドがナローバンドとは異なり、

イノベーションにより急速に革新をとげている産業だからであ 11

る。ブロードバンド・サービス提供企業について消

費者は複数の選択肢を既に有してい 11

る。

ブロードバンドには相互接続義務規定を適用しないというFCC見解に対して、通信企業の中には規制控えに反

対を表明するものがあった。競争が導入されたものの、地域市場の多くにおいて競争は依然として制限されている

との理由からである。しかしFCCは競争制限論について、見方が静態的にすぎ、競争がダイナミックに拡大しつ

つあることを見逃していると批判す 11

る。FCCのこの姿勢は、競争と競争法適用についてのイノベーション重視

(したがってダイナミック競争重視)の立場と共通する。

三  日本の総務省の電気通信事業法による接続規制

日本の通信当局(総務省)によるブロードバンド規制を上記アメリカFCC規制と比較することにより、接続規

制の改善すべき点を明らかにすることができる。

(14)

五〇

総務省は電気通信規制において、FCCが設けた「ナローバンド」・「ブロードバンド」の区分を設けていない。

ブロードバンドもナローバンドと同じ電気通信施設であるとして、同じ法律規定を適用している。適用法律は「電

気通信事業法(以下「通信 11

法」)」である。

電気通信施設を所有する事業者すべてに通信法が接続義務を課している(通信法三二条)。この義務は、アメリ

カ一九九六年法の「相互接続」義務が全事業者に向けられた義務であることと共通する。

すべての事業者を対象とする接続義務に加え、有力事業者(「第一種指定電気通信設備」の所有企業)にはアン

バンドルによる接続提供義務が課されている(通信法三三条)。「第一種指定電気通信設備」を総務省告示は、都道

府県内における回線設備の五〇%を超えるシェアを有する通信設備と定めてい 1(

る。接続料金規制は、アメリカFC

Cの場合と同様の「長期増分コスト」基準である

一般事業者に対するよりも介入的な接続提供義務を有力事業者に限定して課すのは、アメリカ一九九六年法にお

ける「ベル電話会社」に向けられた義務と共通する。日本ではNTTがベル電話会社に相当する。ただし、日本の

通信法はNTTと特定せず、有力事業者(第一種指定電気通信設備の所有企業)に限定する規制としている。これ

は競争法の単独行為規制における市場支配力要件に類似する。

しかし「五〇%シェア」を指定設備所有企業の選定基準とする日本総務省の基準は、単独行為における市場支配

力についての現代の競争法認識からはシェア数値が低すぎる。そのうえ、市場シェアだけにより市場支配力を決定

し、参入可能性などの市場状況を考慮しないのは誤りであ 11

る。

そのうえ、競争法による単独行為規制の対象行為の中で、取引(接続を含む)拒絶規制については、市場支配力

よりも高い程度の力を要求することが主要国競争当局において主流になっている。これが「不可欠施設」論であり、

(15)

五一イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 経済的に合理的な代替施設が存在しないことを接続義務付けの条件とする(下記EUガイドライン)。五〇%シェ

アでは不可欠施設は認定できない。

これらの拘束的規定を設けているものの、通信法は接続義務について広範な適用免除規定を設けている。すべて

の事業者の接続義務(通信法三二条)及び第一種指定電気通信設備の所有企業向けの特別接続義務(三三条)の双

方に免除規定が設けられている。前者については、「電気通信役務の円滑な提供に支障が生ずるおそれがあるとき」

(及びその他二つの場合)に総務省は規制を免除できる(三二条後段一~三項)。後者については、「[指定設備所有

企業が設定する接続条件が]その内容からみて利用者の利便の向上及び電気通信の総合的かつ合理的な発達に及ぼ

す影響が比較的少ないもの」に総務省が規制を免除できる(三三条三項)。

これらの規制免除規定は、FCCが公益と競争の観点から一九九六年法適用を免除できることに対応する。総務

省には、アメリカFCCに匹敵するか、それ以上の裁量的な規制免除権が与えられている。通信法を改正しなくて

も、総務省がイノベーションについての配慮からデイレギュレーションを実施できる柔軟性が通信法には組み込ま

れている。

しかし総務省はデイレギュレーションに踏み切る姿勢を見せていない。デイレギュレーションは自らの権限を縮

小することになるため、総務省にはデイレギュレーションを実施する誘引が薄い。電気通信のデイレギュレーショ

ンは総務省ではなく政府レベルで決断することが求められる。

(16)

五二 四  まとめ

アメリカと日本双方の通信規制としての接続規制において、伝統的なコモンキャリア規制(通信回線の所有者は

すべての利用者を受け入れ、無差別に利用させなければならないとする視点からの規制)が基本的に維持されてき

ている。ただし、コモンキャリア規制と並立して、支配的事業者に限定する規制をも通信当局は実施するようにな

った。支配的事業者に着目して規制する点は、競争法と視点が共通する。しかし、通信法による支配的事業者規制

は競争法基準と乖離している。第一に、支配的事業者の定義が競争法の論理から外れており、対象企業を拡大し過

ぎている。第二に、通信法の支配的事業者規制の内容(アンバンドル義務など)が競争法によるものよりも介入的

である。通信回線が電力送電線のように自然独占であれば、企業の競争行為に対する通信独自の規制に合理性がある。し

かし、通信回線には電力送電線とは異なり、イノベーションにより競争が導入され、複数の通信回路を顧客が選択

できる。この現象はとくにブロードバンドに著しい。さらにブロードバンドは、活発なイノベーションにより産業

が急速に変貌している。この二つの点から、通信の中で少なくともブロードバンドについては、接続等の競争行為

に対する通信規制を廃止し、競争法を適用する必要がある。

通信企業に垂直分割(通信回路部門とサービス部門に分割)を政府が義務付けるのは避けるべきである。同様に、

川下の自社部門と他企業の一律無差別取扱いを政府が垂直統合企業に義務付けるのも避けるべきである。競争法執

行の経験と経済学分析は、企業に垂直分割(あるいは川下企業の一律平等取り扱い)を強制することが大きなコス

(17)

五三イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) トを招くことを示している。通信回線に自然独占性が失われてきていることに対応して、接続等の競争行為規制を競争法の単独行為規制及び合併規制に移行させていく必要がある。

Ⅲ   ブロードバンド接続に対する競争法規制

ブロードバンドを含む通信の接続は、通信産業に競争が成立する場合には、通信当局ではなく、競争当局が競争

法適用により対処すべきである。その理由として第一に、通信規制は、画一的な行為義務(接続提供の義務など)

を政府が企業に上から押し付ける規制である。それに比べて競争法規制は「事後規制」である。個別の企業行為が

競争制限の効果を及ぼし、それにより競争法違反に該当する場合に限定して、競争当局は企業に行為是正命令(排

除措置)を発する。競争維持のために最小限必要な範囲に企業行為への介入を限定しているので、競争法適用は政

府規制に比べて企業の自主性を尊重する規制方式である。

理由の第二として、通信当局の規制に比べて競争当局の規制は政治経済学上の利点を有する。一つの産業だけを

規制対象とする産業規制当局は、天下りなどのために、規制対象産業における既存企業の利益を代弁するようにな

りやすい(「キャプチャー」現 11

象)。これに対し、多数の産業を横断的に対象とする競争当局は、キャプチャーの虜

にはならず、消費者利益を代弁する規制行動をとる。

前項(通信規制)で見たように、電気通信の中で少なくともブロドバンド分野は自然独占ではない。既に競争が

成立しているので、ブロードバンド市場の規制は競争当局による事後規制(及び限定した事前規制としての合併規

制)に委ねるべきであ 11

る。通信当局は、ブロードバンドの競争規制から撤退し、電波周波数の配分あるいは通信デ

(18)

五四

ータについての消費者保護などに限定した役割にとどめることが望ましい。

一  垂直的排他行為に対する競争法適用基準

通信規制について既に見たように、企業組織の垂直的階層分離を政府は通信企業に強制すべきではない。上流の

回線部門と下流の通信サービスの双方に通信企業が従事することを政府が許容し、その上で、垂直統合企業が実施

する排他行為がもたらす競争制限には、競争当局が競争法により事後的に対処する必要がある。

ブロードバンドを含め、電気通信の接続についての競争問題は、垂直的階層の二段階市場における排他行為(垂

直的排他行為)への対処方である。上流の通信回線市場の有力企業がその支配的立場を梃子にして、下流の通信サ

ービス市場での競争相手を不利にする行為が垂直的排他行為である。代表的行為類型は「取引拒絶(接続拒絶)」、

「抱合せ」そして「排他条件付取引」である。

垂直的排他行為を反トラスト法において敵視する見方は一九七〇年代に消滅した。一九七〇年代のシカゴ学派と

その後のポスト・シカゴ学派のミクロ経済学(産業組織論)は、垂直的取引制限を敵視しない。この主な理由は、

垂直的制限には企業効率を増進させる効果があることを経済学と経営学が示したことにある。

垂直的排他行為の違法・合法を競争当局は、競争制限効果と効率向上効果を消費者利益の視点から総合判断(反

トラスト法用語では「合理の原則」)することにより判定する。総合判定により違法を認定した場合には、消費者

利益を確保しつつ、かつ、企業行為への介入を必要最小限にとどめる是正措置(排除措置)を競争当局は企業に命

令しなければならない。この総合判断の方法に主要国・地域(アメリカ・EU・日本)間で若干の差が存在する。

(19)

五五イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) さらに、ブロードバンドのようなイノベーション分野において、非イノベーション分野と異なる考慮をどのように取り入れるかについても主要国間に差異が存在する。

垂直的排他行為に対する競争法適用は二段階に分けて行われる。第一段階の分析として、対象企業が上流市場で

市場支配力を有していなければ違反は認定されない(第二段階に進まない)。この理由は、有力企業に対抗する企

業が上流市場に存在していれば、有力企業から取引拒絶などの不利な扱いを受けた下流企業は対抗企業に取引先を

転換できるからである。上流市場での市場支配力を有しない企業は、下流での競争相手を排除できるだけの「梃

子」を有しない。

単独行為に競争当局が介入するのに市場支配力認定を必要条件とするのは、当局が企業行為に過剰介入するのを

防止するためのセーフガードとして市場支配力の存在を位置づけているからである。市場支配力は必要条件ではあ

っても十分条件ではない。この競争法上の立場は、イノベーション重視産業においても変わらない。Ⅰ節で見たと

おり、イノベーションの立場から競争法適用の変革を求める立場は、競争当局(及び裁判所)の積極的すぎる競争

法適用に反対するものであり、政府介入への慎重姿勢を求める動きである。

上の状況はブロードバンド利用のモバイル産業では次の状況として表れている。ブロードバンド利用の製品・サ

ービス(モバイル機器・サービス)において、上流・下流を併せたプラットフォーム間の競争が存在していれば、

消費者は最も利便のいいプラットフォーム(モバイル用語では「エコシステム」)を選択する自由を有している。

各エコシステムは自分のエコシステムをより効率的なものにしなければ、消費者を惹きつける魅力を失う。そうな

ればエコシステム間競争に敗退して、市場から消滅していく。

エコシステム主宰企業(グーグル、アップルなど)は、川下市場で自社部門と競争する相手であっても、それと

(20)

五六

取引することが自社主宰エコシステムの効率性を高めるのであれば、競争に生き残るために、取引を行うように迫

られる(他方、効率を低める垂直取引は拒絶する)。アップルが自社アプリのフェイスタイムと競争するスカイプ

の利用を拒絶しないのはこの実例である。アップルがキンドル(eブック市場での競争相手)のアプリを自社エコ

システムのアプリとして採用しているのも同じ現象である。

プラットフォーム(エコシステム)間に有効な競争が成立していれば、プラットフォーム主宰企業がクローズ

ド・システムとオープン・システムをどのように組み合わせるかは消費者利便によって決定される。複数のプラッ

トフォームが競争していれば、垂直統合(あるいは垂直的排他行為)によりクローズド・システムを採用する企業

は、それが効率を低め、サービスの消費者利便を低める場合には、消費者が離れていくので、市場での地位を低下

させる。クローズド・プラットフォーム(つまり垂直統合)に固執した既存有力企業(日本でのニフティ、アメリ

カのAOL)が市場での地位を顕著に低下させたのがその実例である。

したがって上流市場の企業が市場支配力を有していない場合には、競争当局は垂直的排他行為に介入してはなら

ない。そのうえ、たとえ上流市場の企業が市場支配力を有していても、シカゴ学派の経済理論の教えるところでは、

上流の「プラットフォーム」市場での支配的企業は下流市場が競争制限によって不効率になることを望まない。独

占利益は既に上流市場で得ているので、下流市場が効率的になればなるほどプラットフォーム全体の利益は高まる

からであ 11

る。この理論からシカゴ学派は垂直的排他行為を「当然合法」にすべきとする。

しかし、マイクロソフト事件(上流のPCオペレーティグ・システム[OS]の支配的企業であるマイクロソフ

トによるOSの独占維持及び下流のブラウザー部門での競争相手の排他行 11

為)が示すように、下流市場の競争者は

上流市場に進出する可能性が高い。これをおそれて上流の支配的企業は下流市場の競争者を排除しようとする。こ

(21)

五七イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) のためアメリカを含め主要国の競争当局は、垂直的排他行為を当然合法とはしていない。しかし少なくとも、上流市場で市場支配力を有する企業が存在しない場合には垂直的排他行為に当局(競争当局と通信当局)は介入してはならないという結論がこの経済理論により強化される。

上流市場の有力企業が市場支配力を有している場合においても、競争当局は、市場支配力だけの理由で下流市場

での排他行為に競争法違反を認定するわけではない。第二段階分析として、排他行為により競争が制限され、かつ

消費者利益につながる効率性により排他行為が正当化されないことが必要である。

下流でのサービス・商品提供のために上流からのインプットが必要な場合(電気通信はこの代表例)には、下流

での対抗企業が取引拒絶などの垂直的排他行為を上流の支配的企業から受ければ、下流市場での営業が困難になる。

下流での競争制限の発生という違反要件が満たされる。しかし競争制限による弊害を上回るだけの効率が排他行為

によって達成される(それを当該企業が説得的に示す)場合には、消費者利益の視点から当該排他行為を競争当局

は許容しなければならない

垂直的排他行為に競争法違反を認定した場合に、次に競争当局が検討しなければならないのは是正命令(排除措

置)である。違反企業に企業分割などの構造措置を命令するのか、それとも行為命令を課すのかがまず問題になる。

かつては、違反を生み出す市場構造自体にメスを入れることが必要との意見が有力であった。それに加えて、行為

規制では競争当局が継続的な市場監視機関となるのが望ましくないとの見方から、構造措置の方が支持されていた。

しかし近年ではアメリカでのマイクロソフト事件が示すように、構造措置は避けるべきとの意見が支配的である。

これには垂直統合がもたらす効率についての認識が高まったことが影響してい 11

る。垂直分離などの構造措置が消費

者に利益をもたらすかについて識者の意見が対立している。競争当局の構造措置に反対して対象企業が上訴した場

(22)

五八 合、競争当局は裁判所を説得し難 11

い。構造措置が消費者利益を増進することが明らかな例外的場合を除いて、行為

命令が排除措置の内容を構成する。

二  アメリカでの接続拒絶に対する規制

垂直的排他行為全般に対し、反トラスト当局と裁判所は、消費者利益についての総合判断(合理の原則)により

対処することを確立している。ただし、垂直的排他行為の中で、接続拒絶(より広く取引拒絶)については特別に、

違法性を極めて狭く認定する見方を最高裁が形成した。継続中取引の停止ではなく、誰にもこれまで取引を提供し

たことがない場合の取引拒絶はほとんど違反とする余地がないとする見方であ 11

る。

取引拒絶の違法認定を最高裁が極めて狭く限定するのは、イノベーションのインセンティヴ確保の目的から、所

有権(モノと知的財産)を尊重するためである。静的な消費者利益の観点からは取引を強制する方が、競争者の数

が上昇し価格が低下するので、消費者利益は上昇する。しかし取引強制は、投資施設の価値を減少させるので、新

規投資のインセンティヴを減退させる。イノベーションを損なうことにより長期的には消費者利益が減退す 11

る。

しかし取引拒絶を原則合法とする最高裁の姿勢に対しては、同じイノベーション重視の観点からの反対論が存在

する。取引拒絶を原則合法とすれば新規参入が困難になり、支配的企業を脅かす競争圧力が減退する。競争圧力を

受けない支配的企業のイノベーション意欲は減退す 1(

る。取引拒絶以外の排他行為に対しては、イノベーションを重

視する見方からな競争当局と裁判所が排他行為への姿勢を寛容にしたわけではない。マイクロソフト事件において

控訴裁は、ダイナミックなイノベーションが展開されている(かつネットワーク効果の存在する)ハイテク市場に

(23)

五九イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) おいて排他行為規制を強化するのか緩和するのかについては意見が分かれていると評価し 11

た。そのうえで、マイク

ロソフトの排他行為については、PCメーカー(OEM)に対する制限的ライセンス行為などについて違法を認定

11

た。

電気通信の接続拒絶が代表する「垂直的取引拒絶」に対しては、イノベーション意欲維持のため所有権を尊重す

る必要がある。ただし、所有権尊重は絶対的なものにまで高めるべきではない。アメリカ最高裁のように取引拒絶

の違法を極めて例外的場合に限定すれば、競争法の過小適用をもたらすリスクの方が過剰適用をもたらすリスクよ

りも大きい。アメリカでは私訴による三倍額賠償が活発に行われるために過剰適用のリスクが大きい。私訴の役割

が少なく、競争法執行において競争当局が圧倒的に大きな役割を果たしている日本とEUでは、取引拒絶規制にお

ける過剰規制のリスクはアメリカよりも小さい。

さらに、取引拒絶の中で、直接の競争者に対する取引拒絶(水平的取引拒絶)とは異なり、本稿が対象とする垂

直的取引拒絶は上流での市場支配力を下流に拡大するために用いられる。それに加えて、下流市場を競争者に閉鎖

することにより、下流の競争者が上流に参入することを防ぐためにも用いられる(マイクロソフト事件の例)。取

引拒絶の中で垂直的取引拒絶に対しては、他の垂直的市場閉鎖行為と同様に総合判断(合理の原則)により違法性

を判定することが妥当であ 11

る。

垂直的取引拒絶に対する総合判断において、MCI判決が示す「不可欠施設理論」がイノベーション保護のため

の所有権尊重と参入可能性の保護のバランスを適正にとっている。不可欠施設論は、違反認定の条件として、上流

企業が市場支配力以上の力―経済的に合理的な代替経路の欠如―を有することを要求しているからである。

不可欠施設論に基づき競争当局は、第一に、下流企業が営業継続のために、上流の支配的企業の施設以外の経済

(24)

六〇

的に合理的な代替手段がないのかを検討する。代替手段がないと認定した場合には、第二に、取引拒絶がもたらす

効率向上効果と比較衡量した上で、上流の支配的企業による取引拒絶を違法とする(したがって取引を強制する)

か否かを競争当局が判断すべきである。

三  EUでの接続拒絶に対する規制

上流・下流の二段階市場での上流企業による下流での対抗企業に対する取引拒絶について、欧州委員会はアメリ

カ最高裁と同じく、新規投資とイノベーションのインセンティヴ保護の見地から、取引先選択の自由を企業に尊重

する姿勢を表明してい 11

る。しかしアメリカ最高裁とは異なり、取引拒絶を原則的に合法とする立場は採用していな

い。とくに、取引強制(つまり取引拒絶の禁止)しても新規投資のインセンティヴを損なわない状況の産業では、通

常の排他行為と同じ基準により取引拒絶を規制すると表明している。この状況として上流での支配的立場が国家援

助によって形成された場合を挙げてい 11

る。これは通信の規制独占下で独占企業が通信回線ネットワークを形成した

場合に生じるだろう。

単独行為の違法判定を二段階分析により実施することにおいて、欧州委員会はアメリカ競争当局(及び裁判所)

と同じである。第一段階分析において上流市場での市場支配力(EU競争法用語では「支配的地位」)の有無を認

定することも共通してい 11

る。

第二段階分析

排他行為(この場合は取引拒絶)に不当な反競争性が認められるかの判定

については、上

(25)

六一イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 記アメリカMCI判決の「不可欠施設理論」に相当する見方を欧州委員会は表明している。下流市場での対抗企業が上流からのインプットを受けられなければ、「下流市場で有効に競争する」ことが不可能になる場合に取引拒絶 を違法と認定す 11

る。ただし、不可欠施設を認定した場合においても、「消費者利益」の見地から取引拒絶を合法と

する場合があ 11

る。排他行為をその競争制限効果だけからでは違反としない立場が表明されている。競争制限効果と

効率効果を消費者利益の視点から総合判断するので、アメリカでの合理の原則と同じである。

消費者利益の考慮においてイノベーションを重視する立場を欧州委員会は表明している。つまり、「イノベーシ

ョンを具現する商品・サービス導入が取引拒絶により妨げられる場合」に取引拒絶が消費者利益を損なうと認定し

やす 11

い。この見方は、イノベーション重視産業についてもイノベーションの見地から単独行為規制を実施する意義

がむしろ強化されるとするアメリカでの一方の立場と共通する。

さらに欧州委員会は、イノベーションと競争法適用についてのもう一方の立場(前記第Ⅰ節)

競争法の積極

的すぎる適用がイノベーションを損なうことを懸念する立場

に共鳴する姿勢も表明している。取引強制(取引

拒絶の禁止)が市場支配的企業(上流市場での)の投資意欲を損なうことのないように配慮する姿勢であ 1(

る。この

姿勢は具体的には、新規施設の減価償却が終わるまでの期間においては取引(接続)提供を強制しないとする法適

用につながるだろう。

四  日本

NTT東日本事件公取委審決と最高裁判決

ブロードバンド接続に対する日本の競争当局(公正取引委員会―以下「公取委」)の競争法(独禁法)適用基準

(26)

六二 は、東日本電信電話株式会社(以下「NTT東」)に対する審 11

決に示されている。本事件は、ブロードバンドの上

流市場(回線ネットワーク)の有力企業が下流市場(本事件ではブロードバンド接続サービス)の対抗企業に提供

した接続条件を対象とす 11

る。対抗企業を不利にする接続条件が不当な排他行為(私的独占行為)に該当するとして、

公取委が違法を認定する審決を出した(二〇〇七年)。その審決は最高裁によって支持された(二〇一〇年)。

NTT東が構築したブロードバンド回線は光ファイバー回線である。光ファイバー回線は、NTTが国有独占の

電信電話公社時代に構築した銅線の電気通信回線とは異なる。民営化後のNTTが経営リスクをとって新規投資す

ることにより光ファイバー回線を建設した。このためイノベーション(あるいは新規投資)意欲の保護に配慮する

ことが求められる。

1.市場画定とNTT東の市場支配力認定

本件は垂直的二段階市場における排他行為である。垂直的排他行為に違法を認定するためには第一段階の分析と

して、上流市場(回線市場)において対象企業が市場支配力を有することを認定する必要がある。

市場支配力判定のためには市場を画定しなければならない。市場(独禁法用語では「一定の取引分野」)を公取

委は光ファイバー回線に限定して、狭く画定した。しかし、ブロードバンド・サービスのための回線としては、光

ファイバー以外にDSL(あるいはADSL

従来からの銅線の回線を高速化する技術)、ケーブル(CATV

回線)、そして近年に勢力を伸ばしている高速ワイファイによるものがある。技術・態様の差にかかわらず、高

速・高容量のブロードバンドを実現できる技術・施設であれば、すべて消費者の選択肢となる。上流の回線市場に

はブロードバンド回線すべてを含めるのが自然な認定方法である。上記のとおりアメリカFCCは、ブロードバン

(27)

六三イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) ド市場の競争分析において、ブロードバンドを実現する回線をすべて市場に含めた。

それにもかかわらず市場を光ファイバー回線に限定する主な理由として、公取委は「いったんFTTH[光ファ

イバー]サービスを選択したユーザーが、ADSLあるいはCATVインターネットに乗り換えることはほとんど

ない」ことを挙げる。公取委と共通する見方を最高裁がより詳しく説明している

「ブロードバンドサービスの

中でADSLサービス等との価格差とは無関係に通信速度等の観点からFTTHサービスを選好する需要者が現に

存在していたことが明らかであり、それらの者については他のブロードバンドサービスとの間における需要の代替

性はほとんど生じていなかったものと解されるから、FTTHサービス市場は、当該市場自体が独立して独禁法二

条五項にいう『一定の取引分野』であったと評価することができ 11

る」。

最高裁(及び公取委)は、製品(サービス)間の顧客移動に焦点を当てて市場画定を行なっている。このため、

主要国共通の市場画定方法として確立している「仮定独占者テス 11

ト」による市場画定と共通する考え方を採用して

いるように見える。しかし、既に光ファイバーを使用している消費者だけを対象として隣接市場(DSLなど)に

乗り換えるかを検討することにより市場を画定するのは、競争分析として誤っている。

企業は、既存顧客の保持だけでなく新規の消費者獲得についても競争している。ブロードバンドのように急速に

発展している産業での競争戦略としては、抱え込んだ既存顧客から利益を搾り取る戦略よりも、新規顧客を開拓す

る戦略の方を企業は重視する。製品間の顧客移動(あるいは「仮定独占者テスト」)による市場画定の出発点とし

て、最も狭い市場である「光ファイバー」回線から出発する際に対象とする顧客は、既に光ファイバーを利用して

いる顧客に限定せず、これまで光ファイバーを利用したことのない新規消費者をも含める必要があ 11

る。

既に光ファイバーを利用している顧客にとって、室内回線の設置に費用を支払ったことが埋没投資となる(ワイ

(28)

六四

ファイなどの他のブロードバンド技術に利用を変更した場合に投資コストを回収できない)。このため既存顧客は

光ファイバーに「ロックイン」されている(このロックイン状況を公取委及び最高裁が認定している)。光ファイ

バーにロックインされている既存顧客は、旧来の技術であるADSL(あるいはケーブル)だけでなく、新規技術

であるワイファイ・ブロードバンドにも数年間の間は乗り換えない。しかし急成長しているブロードバンド産業に

おいては、既存顧客維持よりも新規顧客開拓の必要性が通信企業の行動を決定する。既存顧客だけでなく新規顧客

も含めれば、製品間顧客移動の分析からの市場画定において、市場は光ファイバーに限定されず、ブロードバン

ド・サービスを実現するすべての技術・施設に拡大される。

ブロードバンド・サービスを実現できる回路全般に市場を拡大すべき補強理由として、ブロードバンドの技術内

容(それに伴う各技術の消費者にとっての魅力)が競争圧力下で急速に変化している。光ファイバーが現時点での

最高技術であるとの認識から市場を光ファイバーに限定して画定するのは妥当ではない。ワイファイによるブロー

ドバンドサービスが世界的に勢力を急速に拡大している。本事件の際にはワイファイ技術はその初期のものが実施

されていることが被審人(NTT東)によって指摘されているだけである。事件後の展開としては、ワイファイ技

術の急速進化によりワイファイ・ブロードバンドが急速に消費者に普及してきている。

市場をブロードバンド回路全体と画定すれば、NTT東の市場シェアは九二%(市場を光ファイバー施設と画定

することに基づく公取委認定)から大幅に縮小する。そのうえNTT東の市場支配力は、市場シェアだけに依拠し

て認定すべきではなく、実際の市場での競争状況から考慮する必要がある。新技術

とくにワイファイ・ブロー

ドバンド

による新規参入の萌芽が事件時に既に現れており、事件後に急拡大している。イノベーションが展開

している産業においては、新規参入の拡大状況を先読みして、市場支配力を認定しなければならない。そうすれば、

(29)

六五イノベーション重視産業における単独行為に対する競争法適用(都法五十四-一) 事件時点の市場シェアから推測される市場支配力の程度よりもNTT東の市場支配力の程度は低く認定される。

2.不当な取引拒絶あるいは価格圧搾行為の認定

不当な排他行為(独禁法二条五項―私的独占)を認定するためには、排他行為の実施企業が上流市場で市場支配

力を有していることだけでは充分ではない。当該排他行為が下流市場の競争を制限しており、それが効率性によっ

て正当化されないことが必要である。

公取委審決は、NTT東による卸料金(川下での対抗企業に対する料金)と小売料金が「価格圧搾」の状況にあ

ることを認定した。つまり、卸料金が小売料金より高いので、川下での対抗企業が利益を出せない状況である。

公取委審決は、「価格圧搾」の状況にあることの認定から直ちに排他行為の不当性を認定し、それにより違法

(私的独占行為)を決定した。しかし、取引拒絶が合法な場合においても価格圧搾が違法となるのかについて疑問

が残る。この点について最高裁は、「本件行為の単独かつ一方的な取引拒絶ないし廉売としての側 11

面」と表現する

ことにより、取引拒絶の違法性基準と価格圧搾(垂直的取引関係における不当廉売に該当する)の違法性基準が共

通することを示唆する。

両者の共通性について最高裁は、より明確に、価格圧搾行為は「実質的」取引拒絶に該当する(EUガイドライ

ン参照)と説明すべきであった。川下の競争者にとって、単純な取引拒絶よりも価格圧搾行為の方が有利である。

このため価格圧搾の違法性を取引拒絶の違法性よりも拡大して認定するのは妥当ではない(つまり取引拒絶が違法

でなければ価格圧搾も違法ではな 11

い)。

本件ではNTTが小売料金より高い水準に卸料金を設定している。NTTと「同等に効率的競争者」であっても、

(30)

六六

営業を継続できるだけの利益を出せないことになる。このため価格圧搾行為に該当するので、実質的に「取引拒

絶」に該当する。

垂直的取引拒絶の違法性は前記のとおり不可欠施設論(競争者が経済的に合理的な代替的インプット経路を確保

できるか)により判断すべきである。前記で示したとおり、市場はブロードバンド回路全体に広げるべきなので、

不可欠施設性は否定されると考えられ 11

る。

もし不可欠施設性が認定された場合においても、取引を強制することがNTT東のコストを増大させ、消費者利

益の低下につながる場合には、競争制限性と効率低下を消費者利益の観点から総合判断することが必要である。接

続提供の強制がもたらすコスト増は、不可欠施設性の否定的認定に加えて、NTTの行為が違法であることを否定

する方向に働く。

3.排除措置

競争当局と通信当局の連携における

接続等の取引拒絶を違法と認定した場合には、違法状態を回復するための排除措置を対象企業に命令しなければ

ならない。接続拒絶を禁止し、接続を提供することを排除措置として命令すれば、対象企業は接続料金を極めて高

く設定することにより、実質的に取引拒絶を継続できる。排除措置として競争当局は、接続料金をはじめとする接

続条件を規定するように迫られる。

しかし本件において公取委は、NTT東の排他行為を競争法違反と宣言しただけであり、排除措置を命令しなか

った。公取委の違反決定審決の前に価格圧搾行為をNTT東が停止したためである。接続料金をはじめとする接続

条件をNTT東は通信当局(総務省)に規制されているので、公取委は接続条件を排除措置により命令する必要が

参照

関連したドキュメント

このように資本主義経済における競争の作用を二つに分けたうえで, 『資本

Giuseppe Rosolini, Universit` a di Genova: [email protected] Alex Simpson, University of Edinburgh: [email protected] James Stasheff, University of North

John Baez, University of California, Riverside: [email protected] Michael Barr, McGill University: [email protected] Lawrence Breen, Universit´ e de Paris

Amount of Remuneration, etc. The Company does not pay to Directors who concurrently serve as Executive Officer the remuneration paid to Directors. Therefore, “Number of Persons”

[r]

[r]

  BT 1982) 。年ず占~は、

また︑郵政構造法連邦政府草案理由書によれば︑以上述べた独占利憫にもとづく財政調整がままならない場合には︑