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真宗談義本『御傳鈔演義』について : 近世語研究 (その九)

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真宗談義本『御傳鈔演義』について : 近世語研究

(その九)

著者 深井 一郎

雑誌名 金沢大学教育学部紀要 人文科学・社会科学編 =

Bulletin of the Faculty of Education, Kanazawa University. Social science and the Humanities

巻 38

ページ 180‑163

発行年 1989‑02‑28

URL http://hdl.handle.net/2297/20210

(2)

金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編)

はじめに

「御傳紗演義」という本書の解題に入る前に、角書の「真宗談 義本」の説明から始めよう。「談義」とは、〃H、はなし合うこと 相談してとりはからうこと。談合。口、道理を説ききかせること 意義を説くこと。文学・芸術その他種々のことについて解説し、 論説して示すこと。また、その講義や書物。曰、仏語。仏教の法 義や宗旨について説き明かすこと。説法をすること。また、その 話。後には、問答の意に用いる。法談。鋼1意見をすること。こ

ごとを一一一百うこと。また、そのこごと。訓戒。〃と一般的に理解され

ている。意味四項の中、口・曰項が該当すると見られ、とくに「真 宗」という語を冠して考えれば、口項と考えてよいであろう。と ころが、「談蘂擢避という概念は「滑稽本」の前段のものを指して

いるようである。通俗滑稽小説という性格と、いかにその前段階

とはいえ「真宗」という概念とは関係を理解しがたいところであ る。「真宗談議本」の名称は、最近、高羽五郎氏が「御文唆溝録」

註3を「真一示談義本小系1」と名付けられたのに依拠したものである。私の理解としては、文学史ジャンルとしての「談義本」ではなく、『真宗における談議の本』という命名であろうと考えている。仏

教の説教・説法・法談釧噸が、一一一一口語研究の資料として価値あるも

のであることは、すでに指摘されているところ・である。 真宗談義本

『御傳紗演義』について l近世語研究⑪

近世仏教にあって、談義・説教をもっとも盛んに行なったのは 浄土真宗であった。日蓮宗も激しい鋭噺活動を行なったが、真宗

が伝統的な安居院流や一一一井寺派系統の遺産の上に談義・説教の輪

を拡げていったのに比して、日蓮宗は独自の布教方式を重視した ためか拡がりに限界が見られる。近世後期、明和・安永頃に、菅 原智洞・粟津義圭の両者の活躍によって、真宗の談義・説教は大

いに発展し、後の明治以後の節談説教の内容・技巧の基となり、この期の説教興隆の基盤を築いたと一一一一口ってよかろう。

註6

菅原智洞は、石川県羽咋郡志雄町菅原によめる浄土真宗本願寺派

の明専寺第六世覚山の第三子と生れ、後上洛して陳善院僧撲に師

事し、説教師・談義僧として活躍したという。博学で文才は豊か

であった。「勧導簿照」「芙蓉篇」「言々海」「巍々篇」「説法百華園」

「勧向西方篇」「説法微塵章」「浄土安心要一一一一口断疑本」「無尽蔵」「浄 土勧化論語」「勧詞小筌」「三文一六八十余座」など多数の説教本 を書いている。これらは説話的・文芸的で一般に親しまれ易く、 広く読まれた謎欝えられる。

粟津義圭は、滋賀県大津市木下町にある浄土真宗大谷派の響忍

寺に生れ、高倉学察に入って教学を学んだ。のち唱導に力を注ぎ

説教者としての名が広まった。寛政一一一年二月「徹照西方義」を作っ 深井

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深井 郎:真宗談義本御伝紗演義について 179

本書は、本願時一二地物覚如(’一一七○’一一一一五一)が撰述した「本

ごでんしよう

纈特の聖人親鴬伝絵」(一一巻)から詞書だけを抜き出した「御伝紗

」を粟津義圭が講述したものである。岩波の「国書総目録」では、安永八年版、京大十三巻十冊、東洋大竜谷十巻十三冊、牧野と所 て、本願寺派六世能化功存の著「願生帰命弁」と論駁したことは宗門内外で有名であった。教学の研究にも見識があり、談義・説教においても、多く譽嚥因縁談を用いた名調子によって教義を平易に説いた実用性に富んだものとして、全国の真宗説教者及び他宗派の談義僧にも手本として珍重がられたという。著書には次のようなものがある。「阿弥陀経依正證」㈹二枚起請文説藪」ロ「和讃即席法談」伽「高僧和讃開導」ロ「二河白道護信録」ロ「同後編」口「現世利益辨」ロ「改悔文便導」口「新選即席護」曰「御伝紗演義」白「善光寺如来東漸録」国「帳五十座法談」口「巻懐五十座法談」口「袖珍勧考」H「初珍勧録」H「袖珍勧序考」H

「浄土現世利益纈弘目二枚起請文信紗」口「真宗閑論」口「徹

照西方義」□なお外に「四十八願喚紗」「正信偶勧則」「御式文述讃」「御文竣溝録」「大坂建立章説」「御文末代」「無智奨訓」「善悪業道談」「高僧和讃写瓶録」「真宗安心消息」「御文不簡摂生證」「袖珍月しるべ」「御正忌御文高顕録」ロ「正像末和讃可説」国などが知られる。〔()内は冊数〕菅原智洞・粟津義圭という真宗説教者・談義僧によって、大いに流行を見せた書物の一群を「真宗談義本」と名付けたものと理解してよいだろう。「仏教説話」の系譜を受け、中世「咄本」の流れも汲み、同時期の「心学道活」と位相をほず同じくするものとして、言語資料たる性格は十分に所有すると考えられる。

「御傳紗演義」解題 在を記している。いま、底本に用いたのは、金沢大学教育学部国語研究室所蔵の板本である。この本は、巻一において十二丁めが一枚欠落し、第十一巻(十一冊目)が欠本である。極めて不備なテキストではあるが、概要は次の通りである。体裁は、タテ二五・八センチ、ヨコ一八・五センチ。表紙は薄墨色。綴糸は白。何れも原装のま、と見られる。題篭は、巻一・巻五以外原形或はその一部を残している。鮮明な巻二・巻六・巻七・巻九を基に他を推定すれば次のようになるであろう。巻一(御伝紗演義初編一)巻二御伝紗演義初編二巻一一一御伝紗演義初編三巻四御伝紗演義二編四巻五(御伝紗演義二編五)巻六御紗演義二編六巻七御伝紗演義三編七巻八御伝紗演義三編八

巻九註蝋伝紗演義三編九巻十御伝紗演義三編十

巻十一(御伝紗演義四編十二巻十一一御伝紗演義四編十一一巻十三御伝紗演義四編十一一一十三冊十一一一巻は題篭によれば、ほぼ等量の四編に編集されていることが分るのである。さらに内部を見てゆくと、次の二つの事柄が判明する。一つは表紙の次ぎに、各巻目次を掲げているが、その目次の上に、巻一から巻六までは「演義巻一~六目次」と記し、巻七から巻十三までは「御伝紗演義巻七~十三目次」となっている。このことは、目次表題の記載については、十一一一巻十一一一冊が、二分されて、各別個の書き方を持ったと見られることである。ついで、もう一つは、各巻の目次及び本文中に、巻一から巻六にわたって、「第一段」から「第八段」までの見出しが掲げられ、巻七から巻十三に及んで同じく「第一段」から「第七段」までの見出しが付けられている。この事は、目次の上の書名と併せて、全巻が内容的に二大別されていることを意味していると考えられる。もちろん講釈

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金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編) 第38号平成元年

〈巻六末〉安永五年丙申孟春吉旦皇都書騨五条通高倉東入町北村四郎兵衛/寺町通松原上ル町菊屋七郎兵衛/寺町通松原下ル町菊屋喜兵衛〈巻十末〉安永七年戊戌初冬皇都書陣五条通高倉東へ入丁北村四郎兵衛/寺町通松原上ル丁菊屋七郎兵衛/寺町通松原下ル丁菊屋喜兵衛〈巻十三末〉安永八年已亥孟春寺町通松原上ル丁今井七郎兵衛/五条通高倉東へ入丁北村四郎兵衛/寺町通松原下ル丁今井喜兵衛〔/は改行を示す。以下同じ〕なお、巻三と巻十の末尾には次の広告・予告の記事がある。〈巻三末〉粟津義圭師著述品目、阿弥陀経依正謹六巻、大経和讃一一十一一首即席法談三巻、袖珍勧考一巻、一一河白道護信録三巻、同後編一一巻、帳中五十座法讓一一巻、勧小護十四首即席法談三巻、袖珍勧録一巻、善光寺如来東漸録五巻〈第十末〉御傳紗演義四編三冊近日出来仕候/巻懐五十座法談二冊出来/勧序考小刻一冊出来この刊記を見れば、先に述べた内容の四編に編成された、各編ごとに一まとまりのものとして刊記が付けられ、四回に分けて出版されたことがわかる。なお、巻一の最初に序文一枚が存し、内題は各巻共通して「御伝紗演義巻一(~十三)」とあり、その下に「粟津鐸義圭述」と記されている。各巻の丁数は次の通りである。巻一別、巻二 兵衛/寺町通松原下ル町藤屋東七 の基となった「御伝紗」が二巻二冊の編成であることから、当然予想しうるところである。さらに、この書の刊記は次のように四回にわたって記されている。〈巻一一一末〉安永三年一一一月吉日一京都書陣五条通高倉東入町北村

四郎兵衛/寺町通松原上ル町菊屋七郎兵衛/寺町通松原下ル町菊屋喜

◇四つ仮名・開合・手足ノカジケルト云事ハナイ(一別ォ)・氷ノ中テモカヂケル事ナシ(一別ゥ)チッ

・此一トモカヂケル計色ナク(一別オ)

ソンヂヨソコヨイソンチヨソ。・某地某処ニハ良薬カアリ。其地其処ニハ上手ナ医者カアルトイヘハご弱オ)ソンジヨソ。・某地某所へハ手前モ参ルホドニ(一二閲ゥ)

・鴬処征ト云分限者ノ家二(五皿ウ)

ヂキ.直二取一丁(六Ⅲゥ)ジキ.直一一御弟子トナラレタハ(’5ォ)右の外「ヂヤ」と「ジヤ」は屡々混用される。巻三がとくに激しくⅣ例の中、ジヤ9例・ヂヤ8例と、ほぼ半々である。全体を 「真宗談義本」と呼びうるものの中、長編とはいえ、た蜜一部の書物を対象とした調査であるから、体系立て物を言うことは不可能である。いまここで取りあげるのは次の各項である。○四つ仮名・開合○ワ行の仮名遣○擬音・促音・勘音表記、音便○漢字音○変った音表記〔以下において()内に示す数字は、巻数.丁数及び表裏である。〕 弧、巻三別、巻九である。

「御伝紗演義」の表記(音韻) 妬、巻四蝿、巻五弧、巻六稲、巻七皿、巻八冊、巻十釦、巻十一(不明)、巻十一一妬、巻十三Ⅲ

一一一

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郎:真宗談義本御伝紗演義について

深井 177

通して見れば、「ジヤ」の方が少数である。ほかにミヂカ・短イノハ五年一二年(四Ⅲゥ)トンヂヤク・一途二貧著シテ居タハ(四咀ォ)チヤウ・外カーフピント鎖ヲオロシテ(五皿ォ)このように正しい用法のみのものもあれば、次のように・申シ出サル、ヲヂット待一丁御座ル間(五羽ゥ)ガン・雁ガ飛へハ石亀ガジタンダ。(七旧ゥ)誤用のみが見られるものもある.臺ズーヅではラレ・害心忽チムズ折シテ(-5ォ)

・印魏ヲ綱ニシタカフテ(|uウ)

キスクサリ・其疵カーブ腐か来テ(|uゥ)サテメツクラフ・借キサスト一戸ハ萠ト云事(一別ゥ)・九歳ノ時カラメヅクラフタト云事(一別ゥ)コスエ・梢ニハ花ヲメヅクーフフテイル(|別ゥ)

・念仏申ス事丸覗ピヤラご釦ウ)

・シヅカニ名号ヲ称へ玉フ事(|別ォ)・ワヅカ一人前ノ極楽詣カデキルニ別ォ)・イタヅラ事ニナリマシヤウ間(|胡ォ)

・イヅレモ他カノ吋繍ヲ御存シナケレハ尤ナ事(二別ウ)

クツ・目ゴロノ修行ハ崩レテシマフ。(五別ォ)

・槌がノ御勧化ニアヅカリテ(六兜オ) ・其欄ナ識ノ下ラヌ論諭瑠ナ事ハ(七9ウ)

・オノヅト其教ノスタルヲ廃退ト云毛Ⅲォ)・何デモ定木スミカネガハヅレテハナラス(十羽ゥ)ムキズ.随分無疵ナ同行卜見ユレトモ(十一一虹ォ)これらの外に、ハヅ(筈)マヅ(先)はすべて「ヅ」で表記されており、誤用は見られないようである.「ジーヂ」の混用の多いのに比して「ズーヅ」の誤用の少さはどうしたことであろう か。開合に就いては、○御恩ヲ報スルヤウニト思食レテナリ(-1ォ)ヒヤウシ○何ゾノ拍子ニハ(-2ォ)

・膝クミアフテ晦尹|ゴフスル咽地ガスルつ4オ)

ヒサシヤウズ○上手ナ絵師ガアーア(-6ォ)

・馬入職《マデ茄謝ピト云.、ロナリ(’6ウ) ・緋糠辮ナシノ御影チャトハ思フナ(|票)

ウロクスノマ○鱗ノ分トシテ士ヲ呑フトハ(|uゥ)

○長上物語ナレトモ縦砿(|分ナレハ(一過オ)

ヒヨウシ○何ソヤ表示ノアル事カト一万一一(一妬ォ)

○終一一天下孔篝憾セラレタ(-咄ウ)

セイセイサウサウ○章モ萎々蒼々トシテ見事ナレトモ(一Ⅳォ)○御奉公マフス事ナリつ妬ォ)

○洞禰塑僻ノ絵像木像二卿乙

チヤウド○丁度猿ト同シ事チヤ(|蛆ゥ)巻一における開合にか、わる異なり語形のほずすべてであるが、次にあげる二例以外は表記は正しいようである。

・動容周旋自然ト如来ノ徳圦瑞杠サセラレテ(’2オ)

タウヤウシウセン

○アリソウナモノチヤ(|Ⅳゥ)巻二以降も概ね正しい表記をとっている中に、次のような混用や誤記が見られる。これら表記を誤った語に特別な性質はないようである。ヒラトフハラ○十分ニタベタコ、ロ狸語イヘハ腹ノフクレタノヂヤ(||〃ォ)ヒラタフ○若我成佛ト云ヲ埋語イヘハ(四閲ゥ)リカウ○モソット利ロナ職モ有フーー(七9)

○堂上堂祠末々マテ|纐二販依ノ事(入超ウ)

これらの外、先に一例は掲げておいたが、動詞四段ウ音便の形

-■■■■■■・

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金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編) 第38号平成元年

◇ワ行の仮名「ワ」については、次の二例が特異である。○霜雪ヲモイタ、キ射山ニワシリテ(|妬ォ)ハタクシ○残念ナカーフ妾ハ是ヨリ帰マセフカ(|妬ゥ)前者は、経典に依る「御伝紗」の本文と見られる文中の用例でワタクシワシある。他に例はない。後者は他所に「妾」(一妬ゥ)「妾」(四7ゥ)ワタクシ「僕」(四Ⅳゥ)などの例もあり.|般的な傾向として「ワーハ」が混用されたものではない。「ヰ」については次の通りである。

・軽一鰐ハ舳綴マレテ(|uォ)

ニセムラサキ○凡夫ノ、心ハ贋紫デ、ツヰ見ザメカシヤスイ(一一羽ォ) で恐らくは長音に発音されたかとも考えられるものが多数あるがいずれも正しい仮名遣で表記されている。イサナ

女人ヲ誘フテ、句ヲアテガフテ、鰐ヲネラフテ、印魏ヲ鰯ニシ

タカフテ、雪霜ニアフーアハ、など。また、意志・推量の助動詞「ウ」が付いた語形も、仮名の遣い方は正しいようである。コマラサ

困フト、佛ニナサフゾト、シ賎ゼフト、教マセフトテ、

ハツサ取り放フナーフハ、など。その外「ヤウナ・ヤウニ」の類は例外なく開音表記をとっている。これに引かれたのであろうか、次のようなものがある。ヤカラ○シヤウ事ナシニ出家スル族モアル(|〃ォ)○證擴ヲ見シヤウカト(一元ォ)○カクシテ居ヤウョリハ(三別ォ)

○極楽一丁得ヤウト思フテ(五町ウ)

最初の例は「仕様」とも考えられるが、或は「為ヨウ」とも考えられる。後の三例は、助動詞「ヨウ」と見られる。 「つゐに」の語は右の外の書中例もすべて「井」表記である。これの外には、次の如きものがある。ダウチクヰ○稲麻竹葦ノ如ク御繁曰已アリシニ(入砠ォ)ヲスマヰセマ○唯今ノ諦居アマリーー湫溢、ン(九、ゥ)○衆生ノ方二宿善ノナマシヰト熟シタトガアテ(九稲ゥ)アキレヰ○夕F呆了テ居ルハカリチヤ(十週ォ)ヰル

○名乗モッイテ居ホドノ身持夕鼠百姓デ在夕(十一一仙オ)

ナマ一二番目の例「ナマシヰ」は「生しい」(未熟)であり、仮名遣は誤っている。「ヱ」においては、次の如くである。○阿ミタ如来ヲ敢オカマス(’4ゥ)○喜フヤウニナリヱタハ、アクマテ凡夫……(二肥ォ)

○極楽テ得ヤウト思う一丁(五町ウ)

タヤスク○容易通りヱラレヌホドノ険阻(十一一、ォ)モトッ○性生一定ノ覚悟一一原クヤウニハナリヱタ(十一一一uゥ)右のように「得」のよみの仮名には概ね「吾が用いられるが中には次の如き例も見られる。

端私ハ停参ルマヒトスゲナフ返答モナラス(十三妬オ)外には、

ヱカキ

○梯身ヲ以一丁画アヤトリテ(’4ウ)

ヱキ○益ナヒ事ゲヤト(七卯ゥ)ナ出ヱヒサヤヱヲリ○七重ノ膝ヲ八重二折テナリトモ(八6ゥ)

○識春ノ術ニック(十Mユ

ワレ○破夕石ノ再タビイヱアハヌ如クジヤトアルニ(十一一恥ォ)ヱ{プ○国虚ヲ樺ハスドコデモッカヘルト云事(十一二6ゥ)オミフリオメミエ「ヲ」の仮名の用い方は、接頭語「御」は、御身振・拝顔・精オタマシヒオチ

神・御乳ノ下・御屏聞・御種のように振仮名としては「オ」が

ワスマヰ多い。中には諦居といった例もある。また、巻一に限って見れば、ヲホハオホネヲリヲクヲリクチヲシ漢字に付した振仮名は、覆レーア・御骨折・奥・織ツケテ・口惜フ.

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郎:真宗談義本御伝紗演義について 175 深井

◇促音・擬音・勧音と音便促音は「シ」で表記される。チッケシキ○比ニトモカヂケル気色ナク(一別ォ)ノルイッチ○聖道自カノ陸地ヲ乗二寂スクレタガ(|仙ゥ)○見ルーーッケテハヒシ、キ間クニツイテハヒッ、キ(一側ォ)

○初メカラ穗勵二塵ヲ尽シハナサレナンダ(一一Ⅲオ)

○夫レハモソット残念ナリ(一一一2ゥ)リッハ○彼ノ立派ナ精進潔斎ノ清僧達ノ目ニハ(一二皿ォ)マツシロ○雲ノ上二皎然二見エワタル処ガ(四5ォ)○御勧化ノ薬デサッハリト雛シテシマヘハ(四砠ゥ)○袖ノナヒホド引ツリヒッハッテ馳走ニアフハ(十二四ゥ)セツカクアトモドリ○切角ツトメテモ退転シテ(十一一別ォ) ヲサメヲソロシヲシヲシヲモテヲモシロ収一丁・怖ヤ・推尊ムデ・推テ見タレハ・海ノ表ニハ・面白カーフフヲクレモノヲッシヤラヲサナイヲシヘヲイヲコリト・人ヨリ後テ.一一一一口語ヌハ・稚トキハ・諒一フル・老ヲ・本ノ輿ヲ・イヤシヒヲリヲコタラヲリカラ卑谷二下テ・慨ス祈・折柄の如く「。/」が用いられ、例外は、オリフシオホテカラオハシマ折節・大動功・在スのみであう(〕・一方、仮名書きでは、オハシマス・オトサセラレタ・オョソ半時・助ケオホセテ・チカラオョハナミカサリス・浪ハオコーフヌ・朱印コノオシテ・父母ニオクレ・餅ヲオロシ.一日オソナハレハ衆生ノ性生か一日オソナハル・オカマレ玉フ・心ノオチッイテアル・オチッカヌニ依テの如く「オ」のみである。オヂゴヲヂゴヲリカラ.なお「伯父御(一班ゥ)と伯父御(一胡ォ)」や、「折柄(一伯ゥ)オリフシヲノレと折節(一咽ォ)とオリカーフ(十一一焔ォ)」、「オノヅト(七Mォ)と己(十二4オピ特に明確な規範性が存するとは思われないが、或る傾向が見られる。これが、設教・談義の文章表記の特色かどうかは今のところ何とも一一一一口えない。 ○十一月廿八日午ノ正中マッヒルニ浄土へ御還リナサレタ(十三側ウ)右は用例のすべてではない。なかに僅の例外であるが、

○鍜治屋ノ鰡打チーーナテ御座ツタ(一一一7ウ)

○興福寺ノ衆徒追シシ、ヒテ(八咀ゥ)「シ」小書きの例が見える。この書は時折「仮名小書き」を見せているが、大部分は「送り仮名」に当るものと見られ、その一類と見た方がよいであろう。他に後に触れるところであるが、促音便は「無表記」である。擢音は「ン」又は「ム」で表記される。○正真ジャト云一丁喜ン夕(|Ⅲォ)○羽ヤ白フナルラント云う御歌ナリ(一一2ゥ)○ネンコロニ伝ヘテ給ハレ(二妬ゥ)テホン○規矩ヲ御出シナサレタ(四週ゥ)

○幟嶽柵一ツヲ見コムテ(四Ⅳウ)

ヨン○一リノ僧ヲ呼デ申スヤウ(四旧ォ)○斯書ヲ見聞センモノ(五3ゥ)トガ○是ハ目ノカスムタ過ヂヤ(五刑ゥ).メンメウ○御面貌ヲオガムダ事ガナヒ(五旧ォ)○ミクシハカリヲウッサレンニタンヌヘシ(六別ォ)ソシヤウ○彼レ是レノ訴訟ゴトモ暫クヤムダ(八、ゥ)

○好事聞タト停尹一一継一丁(八妬オ)

ヨイ

○母一一別ル、ヤウニ悲シムタ(+3ゥ)ハンベ○霜アック侍ルュヘ(十一一略ゥ)ムマムメポシまた、「産セラレタ」(一通ゥ)「梅干」(九岨ゥ)の表記も見られるが、限られた語のみであり、擬音ではない。「ン」と「ム」との間に特に使い分けがあるとは考えられない

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金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編)

ようである。意志・推量の助動詞は「フ・ど表記のみで「ム」語形は見当らない。なお、「シム」助動詞は「ス、メシム」(三妬ゥ)の一例が見られる。勧音(勘長音)の表記は次の如くである。

漢語の振仮名としては、「対聯遥雛剛(’8ウ)・御謡關(|、ゥ)・ 金天粛殺ノ気(一別ォ)・釘鞠霊(|季)・ね嚥芭(|妬ゥ)」といつ

シクサッ

シクた様相である。開勘音も存し、覇のような表記も見られる。一方和語(仮名書き)の面では、ヤカラ

o世間ノ人一一鵜レシャウ事ナシニ出家スル族モアル(一町ォ)

○向ンノ御礼一一及ヒマセフソ(|別ゥ)テケフ○若シアーフハ大勢ノ人損シガ出来卜仰置レテ(一一一皿ゥ)○念仏ヲヒロメウ為ヂヤ(三uォ)○他カノ信心ヲ説間サフタメバカリヂヤ西6ォ)○金ノ鍵ヲケナリフ思へトモ(五Ⅳゥ)これらの外、形容詞のウ音便形と動詞のウ音便形が多数見られる。いずれも勘長音の発音を持ったと考えられる。つづいて音便について述べる。用例は一部である。〈動詞イ音便〉カイ○是レヲ絵一一画テミヤレ(’6ォ)○名ガッイタカラハ(一一路ォ)コシヲレ○木一一竹ツヒタ杜撰デモ(五8ォ)カハイ○個渇テシマフ(七2ゥ)〈動詞ウ音便〉

o璽津ヲ幕フテ(’1ゥ)

ヒサ○膝クミアフテ(’4ォ)○弓ヲ引一丁向フタレトモ(|明ォ)○云うタモ云う夕(四弱ゥ) なお、「許シ玉ヒタ・サッカリ玉ヒタ」の如く原形も見られる。〈促音便〉○上手ナ絵師がアテ(’6乙○其か手力、リニナテ(五4ォ)○今二京都二御逗留アテ(八Ⅳォ)○夢テアタカ現テアタカト(十一一田ォ)促音便の語形は、大部分が右の如く無表記であるが、中に○見ルニッケテハヒシ、キ聞クニッイテハヒシ、キ(|伯ゥ)クハイザンジ・一塊ノ雲か暫時ニハビコッテ天二満ル如ク(十8ゥ)○袖ノナヒホド引ツリヒッハッテ馳走ニアフハ(十二四ゥ)右の如く「シ」表記を採るものも若干ではあるが見られる。ヤハリ○大キー一異夕(|Ⅲォ)○軍サカアリタ(|明ゥ)○御存シナカリタイカリニクム

(|妬オ)○其レハ鍼か一一司分(一二Ⅳオ)○腹タリ僧タリスルヲ(十

9ォ)というような原形も数多く見られる。音便形と原形の使用は、ほぎ相半ばという様相である。〈擬音便〉○正真ジヤト云一丁喜ン夕(|Ⅲォ)

・鍼ンサニ幽一丁喜ンダ(四7ウ)

トガ・○是ハ目ノカスムタ過ヂヤ(五脳ゥ)

○御耐瀦ヲオガムダ事ガナヒ宝肥乙

○ミクシハカリヲウツサレンニアンヌヘシ(六別ォ)ソシヤウ○彼レ是レノ訴訟ゴトモ暫クヤムダ(八、ゥ)

○妬事聞タト停尹一一縦テ(八別オ)

カキ○神輿ヲ御所ノ内へ界コムテ(八町ォ)○母二別ル、ヤウニ悲シムタ(十3ゥ)

○霜アシ久儀ルユヘ(十二蛆ウ)

音便形は「ン」と「ム」との表記をとる。両者の間に差異はな

(9)

郎:真宗談義本

深井 御伝紗演義について 173

スメ○イニシヘョリ解一一クヒ歌(四虹ォ)〈すむ(四段活用)〉○ホッコリト意味カワカレニクヒ(四虹ォ)〈わかる(四段活用)〉

○盛ハ総鴎(六4オ)〈ひめもす〉

モクラホイアレ○蘇生テ荒ダル宿ノ(七uゥ)〈むぐらおい〉モクロ○安楽一房ノ鵠ヲ江州馬淵一一送り(八Ⅲォ)〈むくろ〉右の例中、第二・’一一例は動詞活用の違いとは考えにくい。またホイ第五例の「生」はハ行転呼幸曰の〈ホ・オ〉混用と見られる。あとの変化は、母音「e↓i、u↓e、i↓e、u↓o、u↓o」と考えてよいであろう。語を離れて音の面からのみ見れば、「e↓i」と「u↓e・o」と見うる。〈漢語〉トウザン○今日登麥仕りマシタハ別ノ子細ニアーフズ(--6ゥ)或は「当参」の転用か。単に「まゐりました」の宛漢字か。 ◇変った音表記〈和語〉タトヒ○設(愚擬ノ尼入道(囚加ゥ)〈たとへば〉 右の如く連用形の音便形は多い。ただし原形も見られる。

○蝋ノ多クムラガリ追フテュク(’6ウ)

マツシイヤシフ○身分力貧ク賎シテ(|皿ゥ)ワツラハ○煩シク摩耶夫人ノ胎内ヲカーフセラレタソト云(|、ォ) ○心ノ御弟子ラシフナヒ者ハ(四Ⅲゥ)○何トヤラウトノく、シフナリテ(五1ゥ) ○幻シニハ天竺ノ天親菩薩アザノーー)イッレマコト○執モ始〆賞シフハ思ハレマヒ(|、。ウリ○法ハ貴トフ覚エマスレトモ(一一、ゥ) いようである。原形は見当らない。〈形容詞ウ音便〉・幻シニハ天竺ノ天親菩薩アザノーシフイッレマコト○執モ始〆賞シフハ思ハレマヒ(|、ォ) 二2二

◇人称代名詞においては、|人称が極めて豊富であり、三人称と見られるものは極めて少数であるが見られる。特徴的なものとし

ては、「艇學」などの語形で表わされる特定人物(親鶯上人)を指

す用法である。人称代名詞というべきではあろうが、具体的な言語の場がどのように変わろうが、指示される人物が特定であるという点では、|股と異ると見られる。一人称(傍線の下の()内は、傍線語に付られた振仮名)○我等力魂ニソミコミ玉ヒタハつ4ゥ)○我浄土エ往生シタラハニⅢゥ)Iモライ○私ソレヲ賞ウケーア(|uゥ)○妾(ハタクシ)ハ是ヨリ帰マセフカニ妬ゥ)○ヲレカ東シ隣リニ孔丘ト云男ガアルガ(一一8ォ)○煩悩成就ノワレラニハ(一一|弱ゥ) 本書の語法的性格を見るに際して、特色を有すると考えられる次の各項ごとに採り上げることとする。○人称代名詞○接続詞○用一一一一口及び敬語表現○助動詞○助詞 タンジヤウ○誓」」トハ約束丹誠ダテノ事(四町ォ)タンセイ「丹誠」か。「誠」に「シヤ声ソ」の音はない。オセナカ

・夕霞背後ハカリヲオガムデ製二御廊郷ヲオガムダ事ガナ」」(五 肥と「廊猟」の誤りか。

「御伝紗演義」の語法 一一一ハ

(10)

金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編)

。否妾(ワシ)か親ハ繩掌デハナヒ西7ゥ)

イヤー

○僕(ワタクシ)事ハ瞳行者卜甲スモノ(四Ⅳゥ)○朕(チン)か手ワザニ及ハヌモノハ西肥ォ)シアハセ○僕(コチ)ガ若シ天幸シターフハ(四弱ォ)○拙者力所存ノ程ヲ御推量アレョ(五8ォ)

○迺公(ヲとガ蝋テ居ル間ハ(五昭ウ)

トシコロ○弧(ワタクシ)モ年来病身一一御座レハ(八皿ォ)○妾(ワタクシ)か前生ハ此近辺(十6ォ)○僕(ワレ)スデニ地獄ノ苦患ヲノガレテ(十四ォ)ヲリヲリウコキ○時々ハヒトリ己(ヲノレ)ト動揺マスルユヘ(十一一4ォ)○此(コチ)ハ清僧ト自慢シテモ(十二8ゥ)○手前ハ存セス(十三銘ゥ)スミなお、外に「我住処・我力・我心・我家・我上人・我望・我身・ヲシへ我教エ・我訓」といった例も多い。以上、|応異なる雪叩形はすべて掲げた。宛漢字の多様さが目立つところである。二人称・孔丘ト云男ガアルガ其しか事デ有フト云夕(二8ォ)・洞か教へヤウガアチラコチラナレパ(一一加才)アハレシユウジン○其方(ソナタ)ニハ雨晴衆人ニスクレ玉フホドニ(一一一mゥ)鶚’○僧ハ其方(ソナタ)ノ娘デアリタョ(五uォ)↓,’○否妾ガ親ハ卿等(ソナタ、ン1)デハナヒ(四7ゥ)○是し決シテ足下(ソナタ)ノ自作ト聞へ夕(五7ォ)ハタラ○家翁(ソナタ)モ段々働ヒテ年モョーフレタ事ヂヤ(五羽ォ)バン-○晩ニハ女(ソチ)トー一タリッレテ(五昭ゥ)○洞引か働キヲ識ミントテ(五羽ゥ)○汝等(ナンタチ)シラスヤ(六妬ゥ)アナ夕ここで前に述べた「彼尊」の類の例を挙げよう。セッキアナタ○祖師聖人ヲ催促タテ、彼尊二御髪ヲ剃セマシタ(一弱ォ) ○アナタノ御身二取テハ成りカタヒデハナケレトモ(|蛆ォ)アナタケンソカンナン○彼尊カタハ聖道自カノ嶮岨顛難イロノー、術ナヒ目ヲナサレテ仏ニハナリニクヒト云事ヲヨウ御存シノ上ヂヤ(二9ゥ)アナタ○彼方御一人か聖道門ノムッカシヒ事ヲ勤テ御ミセナサレタ(|’9ユアナタトゲアマヒカラヒ○彼尊御一人が叡山ノ奉醍ノ中チ廿年ノ御苦労ヲ遂サセーフレ甘辛ナメヲ誉テミテ(一一、ォ)アナタタ配ヒト○彼尊ハ弥陀ノ御化身凡人ナーフヌ御身ノ上ナレハ(一一巧ゥ)アナタオアトメ・グッスリ彼尊ノ家督ニナル(四9ォ)

○漉乃ノ御職ヅモリニアル事(六加オ)

アナタ○彼方ノ御勧化ニアヅカリテ(六釦ォ)アナダ○彼方一一幾千万ノ御心労ヲカケマシタ事ゾ(九〃ォ)アナダ○一念彼方ヲ頼ミマシタ処か(十9ォ)アナタミチ○彼方ノ御在世ヨリモ後バリニ御門下一天四海ニ充テ(十一二Ⅲォ)三人称○那的(アヒハ〈以下一丁分欠〉(-,ゥ)

○那(カレ)ハ身ノ上へ孔一一一%跡デモラフテ(一一一銘ウ)

ヲシヲキカナ

・別(アレ)ハ搬開繭コト何ニトモスマヌ御仕置哉ト(八皿ォ)

○イカサマ那的(アノヒト)一一無心イハフト思へハ(十一一一閲ォ)第三例は人ではなく事柄を指す意かも知れない。「那」は中国での用法は「かの.あの」という指事語であり、「的」は人を表わす助辞である。不定称○誰(タレ)力行不退ノ座へツカフトイヒテハアルマイ宝朋ォ)I夕○誰力’一一一一ロノ出シテガナヒ(五兜ォ)○誰(タレ)シモ思ハフケレトモ(六邪ォ)

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(11)

深井 郎:真宗談義本御伝紗演義について 171

◇用言及び敬語表現活用形のうち終止連体形、即ち連体形が終止形の用法を兼ねる傾向は、次の通り顕著である。○無上浬藥ノ妙果ヲ得セシメ下サル、(’1ゥ)○末ニナルホト御繁昌ナサル、(一別ゥ)○先シ以テ法容萬福珍重一一存ズル(一一5ゥ) ◇接続詞は異なる語形を掲げるにとどめる。

;…“糯I…鰺○深藪ノ奥二酒家ガアテ而モ酒家ガ梁ノ辺ニアル(-6ォ)I…命’○サテハ竹モ画フシ橋モ画フか(-6ォ)■8○シカシナガーフ癖ヂヤホドニョイハト云テ(|羽ゥ)○ソレカラ思ヒノーーー戒壇二登テ(|稲ゥ)○麦(ココニ)空海祈請シテ念スラク(|鮒ゥ)ハタクシ○妾ハ是ヨリ帰マセフカシカシ登山イタシターフバ(一妬ゥ)○歓喜ノ涙袖ニアマリ然ラハ明日参詣仕ルデ御座ラフ(二6ォ)○賞一一冥加ナヒ事ヂヤソレテ法然上人ハ(’’9ォ)糯繪…へ’七ツカラ○痩衰一丁骨ヲ折り加之(ソレハヵリヵ)馬ノ背ヲ疲シ(一一Ⅲゥ)○御演説ナサレタスレハ如来ヲ頼テモ(二皿ォ)○一念テナケレバナラヌ蜘川ⅡⅡ1列‐。当流ノ御勧化(一一皿ォ)

o議ジ覚二夕人カアラハ其人ヲ我ヵ夫トーーセフト云ソコデ青年者

l‐瓠

ヲホエウドモガドウゾシテ語調ゾト(一二Ⅲォ)3.l〆ハナ○怖シフナルサテ能ク見ルホド目鼻モアリ(四Mゥ)

○牝至極一一存慨恥叶川ⅡnMラモソット御思按か足ヌヵ(五7ゥ)

アサヒ○誰シモ思ハレフヶレトモ夫ハ凡夫ノ膚浅料簡(六肥ォ)ミ1号○上人ノ御酬ニサレパトョ舟ニノリ風波ハョシ(八羽ォ)○聖人ノ御返答ニサレバトョ我今関東ヲステ、(十二Ⅱォ)ヨヒダ○於是(ソコテ)権現一一一国ノセ高僧ヲ呼出シ(十一二胡ゥ) キ出テムネ○聴者ノ旨ハサマノl、、ニワカル、(一一別ゥ)ヨソ・余所ノ宗旨ノ人サヘモヨ(マフサ)‐川‐‐Ⅷ‐(一一一列ゥ)・カウコザ・〈叩令形には、「旅サセイ」「入レョ」「聞サレョ」「斯来レ」「タシナマレョ」「マケヤ」「取リナサレョ」などが見られる。禁止には、・ワスレ●●「シーフスナ」「遣ナ」「スナ」の形が多い。つぎに二段動詞の一段化の傾向は十分に見られる。春ヲ迎フルホドイト蚕白フナル(一別ゥ)信スレハ迎エルゾト待受下サル、(四銘乙弟子ヲ豹ゴー川‐ニハイロノく、1アリサウナ事ヂヤガ(一一別ォ)猟ハ鳥力劃ゴー川ト云諺ト同シ道理ジヤ(一一一咀ウ)左ホド我一一別ル、事ヲ悲ムカ(十3ゥ)

已今・当ノ一一一世ノ性生早上晩ヒガワカレル(九稲ゥ)右のものは、同じ語が二段一段の両活用を採る例である。他に〈二段活用をするもの〉年,ユ下サル、・キコユル・ナサル、・消し肝トーモ・間ユレドモ・用ユル・助クル・称フル・カロシムル・卜、ナフルなど。〈一段活用をするもの〉ノミコミニケルココロミ『会得し刀ネル・北トキハ・サシカケル・ワスレル・試ルーーハ・行キヨメソタカケキカネル・フリステル・清ル・育テル・欠ル・ス、メル・見エル・ソムケオチル・ツカヘル・背夕・ステルなど。サ変動詞には、単独、漢語につく、和語につく種別がある。メシワンクフ.ハナシ○蟻ノ心デハ食椀デ喰人間ノ話「フシターフハ合点ハセマヒ(’--8ォ)

○彼老女色チガヘヲシドレト云テ』】‐一巻ノ裾ヲ取テ(二妬オ)

シリコミ011-○ヨイト云テ自慢ヲスナワルイト云テ辞退「フスナ(四別ゥ)~二:l;○順志ノ順タリ僧タリスルヲ腹ガ立ツト云(十9ォ)

○凡夫触漉『|‐刀M‐ハナル事勤メタラハ出来サウナモノヂヤ(一一一皿

ウ)

(12)

金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編) 第38号平成元年

可能表現では、下一段活用の可能動詞が多く見られる。外には「得」と「出来ル」が目に付く。○弥陀ノ御化身ト云事力知レター(一旧ゥ)…霧’○御開山ノ功勲ハシレタ(一二釦ォ)「知レル」は例が多い。ミセ…薇’○店ニョリック者ニハ猶対ニナレル(七、ォ)○法然上人へ弓ノ引レヌヤウニ成ツテ(八、ゥ)ヲテーー11○御手ノウチニハタ、ミガ八畳、ンケルゲナナト、(十、ォ)○始メニッハ守リタレトモ後ノ|ツガ成(イヶ)ナンダユヘ(十一一㈹ゥ)ヱーフ○国虚ヲ樺ハスドコデモッカヘルト云事(十一二6ゥ)

○畷モノ追灘モノモ灘ル(十一一一6ウ)

カケ○喜フヤウニナリエタハ・…:御蔭ニテマシマス(一一肥ォ)○佛ニナシヱテ下サル、ガ(四Ⅲゥ)タヤスフI・ナカノー容易通りヱラレヌホドノ険阻(十一一、ォ)ホロホ

・敵国ヲ亡スホトノ手柄力壯鶏夕(一別ォ)

○久シフフリデノ対面力出来ルテアラフ(|胡ゥ)

o盤蕊か灘魯ナニ叶一了匝邊費で型湘ス(五4ゥ)

補助動詞では、置ク・呉レル・了フ・ヤルが見られる。

○煮議勤ナ事ハ里グ陶引圏テ今近上譽デ申サフ(七9ウ)

…’一ナケフ○設アルニモセョ若シアラハ大勢ノ人損シか出来ト(一二皿ゥ)漢語に合体したサ変動詞・和語に付いたサ変動詞は、次の如くである。シリゴミ卑下スル・辞退ス・報スル・存ズル・案シナ・合点セマヒ・念ハツメイゼョ・信スレハ・発スルナ・信スル一一・判ジル・滅亡シ・銘ズミンモツル・安堵スル・現在シテ・恨没シテ・翻訳シテ・應同シテ・署シテ・至極シなど。

色チガヘシテ・褥徹スナ・焔艸トヒス・手ホメスルなど。

○ナルホド其ハョウ云テクレタサリナガラ(五皿ォ);‐’○日ゴロノ修行ハ崩レテシマフ(五妬ォ)○見アヒガウニ殺シ引州均潮「トモ(十一一四ォ)夕L○頼ム者ヲ舐今佛一一ナシテヤルゾト(九四ゥ)ついで敬語表現を見ると、「御……ナサル」「ナサル」が最弘思夕い。各一例を挙げるに止める。○證擴ノ為二遺置ソト御意ナサレタトアル(|Ⅲォ)1---トンナ○一一一返ヅ、唱へテ禮拝ナサレ遂ク出来アガラセラレタ(四、ゥ)この他に、次のようなものが目につく。○拙者力所存ノ程ヲ御推量アレョ宝8ォ)

・御繁昌ナサルベキ事ヲ獄テョリ制幽仔ジシラ川(六皿ォ)

○何トゾ一句ノ法門ヲ仰セラレ下サレナハ(八Ⅲォ)I影lll○法然上人ヲ御慕ヒアラセーフレテノ御詠ト聞エタ(九6ゥ)

○我レート鮴アッマリテ御対面申サレタ(十一一Ⅲウ)

11:○御勘気御晃(コメン)ナシ下サレタキ由(十一二胡ォ)○指当り一丁上人ハイカ守遊バサレテ御座ナサル、事ゾ(八肥ゥ)

他に「賎ル」「思シ食ス」「遊バス」「オホセラル」「マシマス」な

どの本来敬意を有する動詞、「下サル」「イタス」「申ス」「奉ル」など補助動詞、「侍」「候」の丁寧語、および助動詞の「る・らる・れる・られる」「す・さす」「せる・させる」などが用いられている。なお、次の「ヤル」も弱い敬意を表わすと見られる。#’○是レヲ絵一一画テミヤレト云夕(-6ォ)○七人ノ衆此レ出ヤレ(十三路ゥ)形容詞と形容動詞について特色を記す。○コレガ取り分アリガタヒニ別ゥ)○春ヲ迎フルホドイト守白フナル(|妬ゥ)彌卜:lソタツ○親ノ懐二在テ痛痒(イタィヵュィ)ヲシーフスニ育モノハ(一一9ォ)

(13)

郎:真宗談義本御伝紗演義について

深井 169

◇助動詞文語助動詞と口語助動詞が混在する。各語用例は一二にとどめる。(各語の次の「多」は「多数」、「少」は少数、数字は限られた用例数を示す)○ス多思ヒッカセラレタアラセラレタ○サス多楡ヘ制刈引ラレタ出カケサスルテ有フか○シム3妙果ヲ得セシメ下サル、弘誓ヲス、メシム○ヌ6閉テヤミニヶリ滅亡シナントスタンヌベシ○タリ多思レタラハ形一一止リタレハ○リ1今ト符合セリト ○一処二御座ナサル、ハモノウルサク御退屈一一思召ス(十一一妬ォ)I1,○在虚ハ近シト急トコローー(一一一町ォ)薊篶I○市中チカキ此ノ処ニト申玉へハ(四uゥ)ソナタ・サラノー足下ヲ議奏イタステハナカリタ(五8ォ)后「○一文ニマヶヤト讐直ハ僧(ニク)ケレドモ(七Ⅳォ)右のように、活用形に両形が見られるが、口語活用形の方が多いようである。注目すべきものに次の二例がある。・或ハ苔シミ或ハ菊刻刻イロノーノ事ニアヘトモ(十一一兜ウ)○門弟衆ノ事問上来ルモ司州刈利ⅦⅧトテ(十一一一町ォ)さきの例は「楽シミ」の誤刻かとも考えられるが、ともあれ、この時期の用法としては珍らしい。形容動詞としては次のような例がみられる。タカフ○晴ナ座敷テ此間ハ米力翔貴テナンドー玄ハ(|略ゥ)ヤリ○鑓ヲ取ハ地ニオトス甚タ刑弓側刮列引刊川1打処ヲ(|別ォ)芝’○世間並ノ私ハ愚カニゴザル(四辺ゥ)○是ハ珍(チン)ナ事ヂヤト云一丁家内ハ悦フ(七4ゥ)

○斯シダ手バヤナ御利益カマシマスュヘ(七妬ゥ) ハナターrI○キ・・放シか京へ上り、ン後ハホメ○ケリ4賛マハ者コソナカリケリ教へ玉フト見へケルガ○ン多信ゼン人ハマイリタク候ハンーーハ○ウズ2対面ナサレウズト聴聞シタデモ有フズレトモヤラIトラ-○ジ2オノレ遺ジト取レジト用心シテ○マシ1アヤシク候ヒナマシ○マジ2左称ノキビシヒ事ハアルマジヒヤウニ思へトモ参ルマジ上我等か浄土へ参ル○ラン1夕、サキノ羽ヤ白フナル引引『○ヤラン1煩悩ノナキヤラント○ラク1祈祷シテ念スラクハ鯨11’○ナⅡソ多取り放フナラハ證檬ナリ大雪ナレドモ賞11舅シ○タン6結ハセタク思フカーフアラセーフレタキ由○如シ多カキヶス如クニ我等如キハ○ベシ多老若ニョルヘカラス立チノクベシ

○ベカカリ4ヤハリ時二合セテアリーベー刺‐Ⅱ川噛アリ剣‐刺‐Ⅶ

I了。リリノ侭垢離モトラスーlイコ;’○レル多御制作アラレ思ハレマレ」射殺レテーi川○ラレル多宿セーフレタ素懐ガトゲラル。賛一フレタ一一一一口○夕多成テ在シダ見コムダト覚エマシタガ沈夕時コマラサ-○ウ多困フト佛ニナサフゾト

○ヨウ2カクシテ居ヤウョリハ極楽テ得封Ⅱ列ト思フテ

ーホトリ-○ズ多シーフヌ人底モシレネハ涯モシレヌ○イデ1イハヒデモシレ夕○ナンダ多思ハ判釧創川か見エサセラレⅡ「川引例Ⅱ『トモ○マイ少思ハレマヒ供かナルマヒホドニI識…鱸l○タイ3癖付々/イハ徳色ガシタフナルー’’○ヤウダ多思ヒシルヤウニナル飯ニセフト云ヤウナモノデ

(14)

金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編) 第38号平成元年

◇助詞格助詞・接続助詞・副助詞・終助詞・並立助詞・準体助詞・係助詞が見られる。〈格助詞〉「か・ノ・ヲ・一〒ト・ヘ」は用例を省く。デ○始メハ猟師デアリタつ兜ォ)カラ・海中カラ何物ゾ見コムダト(一週ゥ)

マデ○最前ョ鰐デ差シ上夕引割列ハ随分ロチヲアイテ(一一一週ォ)

〈接続助詞〉「トモ・ドモ・テ・か.(・ヲ」は用例を省く。カラ○済度シ初メハヤト思食スカラ父母ヲ頼テ(luォ)

カラガ○タカデ義理ヲ峡テ制引列制際デ識一フル、ハカリ(五、ォ)

カラハ○自カト名カッイタカラハ何レモ断悪證理シテ(一一羽ォ)二○ドフシテ除クゾト云二観音様ノ御世話ニナテ(二釦ォ)ヲリカラナガーフ○時ハ春ト云ナカライマダ余寒ノハゲシキ折柄(二1ォ)・右ノ人々コハハ、判Ⅶ刻刻手一一受取ルト思へ((||巧ゥ)

シテ・身弼九観列蝋洲升人ノ目下ダニ見ラレ(|Ⅲウ)

…しIFレシ○竹モ画フシ橋モ画フガ(-6ォ) 取リジメガナヒヤウナレトトモー勝帰l…○サウダ少同》ン事デアリサウナモノ妖物ヂヤサフナト怖シフナル○マス多覚エマシタカ及ヒマセフゾ心ヲ尽シマスレトモヤキ○タガル1橋ヤブリヲイヒタガル#11・ヤル2画テミヤレ此へ出ヤレウセ-

○ゲ註期馬か亡タゲニ御産ル人一一一澗ハレタげけ

○ケし3心地モセフケレ考コソ悪モセフケレ○ヂヤ多助ル事ヂヤ程一一正夢ト云モノジヤ打梢の「ナイ」と断定の「ダ」は用例を見ないようである。 ト○機師モ其レヲミルト頻リニ心ガシホレ(一羽ゥ)フトコロゴトテ○何ボウ掌珠チヤホドニトテ親ノ恩ヲ知ネハ(--9ゥ)ユヘ○告ヲ蒙リマシタュヘ今日推参仕リマシタ(一一7ォ)I鑿ノデ○仰セーフレタノデ信心か正ヂヤト云事か知レタ(四別ォ)壜…I一一依テ○アマリ鄙僅二依テ八木か高直デナド、云(’四ゥ)l…程二・安堵シダ如クヂヤホドニ其。/決定シ(一一別ォ)候間○出家ヲ望ミ偶問何トソ許シ玉ハレ(|師ゥ)

ケレトモ○誰シモ思ハレフケレトモ夫ハ凡夫ノ膚浅料簡(六肥オ)〈副助詞〉「力・ゾ・ハ・モ」は用例を省く。サヘ○同シ迷ノ中テ引引大キヒ小サヒノカハリカアル(一一一7ォ)耐Iバカリ○識タハカリテ生死ノ迷ハ雛レーフレヌト(’’2ゥ)タケ○足ノッざクタケ古郷ノ方へトイソグ処一一(十一一皿ゥ)ダケ○信心モソレノく、ノ智恵ダケニカハル(六Ⅲゥ)ヤラ○何トヤラ劣ルヤウニ思ハレマスル(六mォ)二”lバシ○悪上事トバシ思ハネトモ(一ハⅢォ):lシモ○誰シモ思ハレフケレトモ(一ハ肥ォ)デモ○御安心二秘事口訳デモアル事力(四Ⅳォ)シテ○我身ノ志ヲ得ヌカラシテ人ヲカコチ(一一2ォ)〈終助詞〉・藤lカシ○親ノ後「フシ、ケカシト(五4ゥ)昂壽!lガナ○士口事ノ端デガナ御座一フフト(七4ゥ)ナ○御影チヤトハ思フナご旧ォ)バヤ○初メ卸。Ⅱト思食スカラ(|uォ)モノ○御宗旨御取立卜云モノ然しハ(七1ゥ)モノカ○西国マデモ行フモノカ(三判ォ)モノヲ○華ヲヤラフモノヲト思レタラハ(|uォ)

-

(15)

郎:真宗談義本御伝紗演義について

深井 167

ヤ○助ケタヤト思召ス御慈悲ノ御勧化(五4ユ

ョ○蝉ハ鄭方ノ娘デアリタョ然ラハ先シ墓所へ(三、オ)

ハ○アトモドリヲセヌパカリノ事ヂヤト見ラレタハ(一一別ォ)ゾ○何ノ御礼一一及ヒマセフゾニ別ゥ)〈並立助詞〉○助ラフカ助カルマイカト(二羽ゥ)ノド-1夕へ○咽ノカハクト腹ノヒダルヒトニ堪カネタレハ(五uゥ)シi↓スー・爪シ摩ツイロノーノ善巧方便デ(十一一砠ゥ)Ilワケハコフ○善ノ悪ノト分ノアルハ自力ヲ運聖道門(一二虹ォ)セマワー○狭モナリ又広大ニモナル(|別ォ)イカⅡ’しクr‐’○順タリ僧タリスルヲ(十9ォ):11籠司○浴室ニデモ入り行水デモシテ身ヲ漬ル(四Mォ)

I’○壁ノ中へ塗コメナリトモ又ハ地一一埋ミナリトモナサレテ(五2ウ)

・念佛申ス事か剛ピ制引数珠モッ事ガ人ト目ワルイャラ(-犯ウ)

〈準体助詞〉ミジカ-○短イノハ五年(四Ⅲゥ)○出家シタノヲ禿人ト云一ア(四Ⅲゥ)○其か即チ私ノアルノヂヤ(十三9ォ)〈係助詞〉○御イソキナサレタコソ道理ナレご羽ォ)聯’○賛ヌ者コソナカリケリ(|蛇ゥ)クン薑’○如来ノ大悲か|度々々二蘆ジッカセーフル、二由テトコソノ程デハアリガタヒ心ニナル(七Ⅳゥ)助詞の中で、江戸語に特徴的に見られる上接語との間に起る音融合の現象は全く見られない。打梢助動詞「ナイ」や断定の助動詞「ダ」の使用が見られないことを併せ考えてみるならば、全体として強い保守的な上方系の一一一一口語であると言いえようか。 本書は漢字カタ仮名交り文である。和語は仮名書き、漢語・仏語は漢字表語がもっとも一般的である。漢字表記の中、約三割程度のものに振仮名が付けられている。振仮名にはその漢語の音や訓と普通に考えられているものが付けられている。ただ中には、右寿に音、左奎に訓と両側に付いているものも若干見られる。まオウた「訓」という範囲に入れてよいかとも思われるが、例えば、官クハンカケヲチ道・邇逸などのように所謂「白話小説翻訳書」の中によく見られる性質のものがある。これらの語の表記を見ると、高座からの説教・談義の実態から離れ、眼で見る際の興味・教養を重点に置いたものと考えざるを得ず、談義本の内容が、「語られた」一一一一口語の実態を示しているとは単純に言えないのではないかと考えられる。以下、紙数に余裕がないので目ぼしいものを掲げる。

⑦苅而酢(五皿ウ)対機(|妬7六uウ・七別ウ)対祝(四、オ)實

アイテオアイテアキ

ナヒアキナヒミセ

買ゴト(五4ウ)商店(七巧オ)悪性モノ(十一一一肥オ)螂鼎(一二皿ウ)

アサヒ

浅膚料簡(六肥ォ)麓ガラ(四8ウ・七皿ウ)アチーフコチラ(一一別オ)

アハウアハウ後バリ一一(十一一一団ォ)穴賢々々(十一一一Wゥ)不肖(七四ゥ)白痴ナ(九アラヒモノヤⅢゥ)洗物屋(一一四ゥ)アリアガル(九通ゥ)アリソウナ(一別ゥ)アリヒコトヤウ嬉戯(+咄ォ)アリ様(九羽ォ)アルナシデ(五Ⅲォ)有無一一(四uアハレォ)雨晴(一二Ⅲゥ)イカテイ①イヒサマス(五3ゥ)イヒテ(五躯ォ)異学異見(五3ゥ)如何躰イゲウ

(入銘ウ)イカナノー(五Ⅲウ)感スヂ穂(六6ウ)意楽(+Ⅳオ)活

イキ

イクチ如来(六皿ゥ)峡唇(十一一妬ォ)イソナリ(八四ゥ)一倍ス(四9ゥ)イチマチタウ|番ロチ(一二別ゥ)市中(四uゥ)一刻ハカヤリナ(十Mォ)一統ニイッナイナカヒトイヌトモ(八西ゥ)飯縄(十一一弧ゥ)東野人(十旧ォ・咽ゥ)群狗(七町ゥ)位ハイイロ〆牌知行(四8ゥ)今ガ今一一(五Ⅲゥ)色チガヘ(一一妬ォ・’一|Ⅲォ)色目 「御伝紗演義」の語彙

(16)

金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編) 第38号平成元年

インモツ(||Ⅲォ)音物(十3ォ)ウエッカタウキヨタウリウウケアヒテ⑥高貴(一ハ巧ォ)浮世逗留(四昭ォ)請合人(十一一一皿ォ)ウサル(六ウシロクラヒウチアケウチアキレウチ、ォ)續貨(五加ゥ)訂テ(七妬ゥ)瞠若(六妬ゥ)打ツブス(一ハウツクシウツタツ5ゥ)精微キ(四Ⅲゥ)而還(七肥ゥ)ウトノノー、、シフ(五1ゥ・九町ォ)

負廊(十mウ)害口(十一一別オ)鱗塁(十一一別ウ)且筍(十一一一筋オ)

ウラヤウレクチウロクズ

エⅡ〃

④依枯晶眉(六9ウ)停尹二組(八肥オ)襟ニック(十Mウ)演説ス

エコヒイキ

(十一一ワーォ・閉ォ)オウクハンオホキナカホオホチヤクモノ④官道(||Ⅳゥ)徳色(六1ゥ)亡八的(四鉛ゥ)應同ス(十一二妬オホフロシキオカゲヲカゲォ)王法ゴカシ(入朋ォ)大献子(五皿ゥ)御庇(四mゥ)大庇(九Ⅲヲカメオキテヲキロォ)オガミッケル(六7ゥ)傍観(十一一一別ォ)法令(一ハ9ゥ)蹟(|ヲサヲシコミカントウ側ォ)長百姓(十一一仙ォ)強盗撞賊(一一妬ゥ)押コミニ(六Mゥ)斬秘ヲホ

〈オシム〉(五2ウ)諦居(九皿ウ)左右(九Ⅲゥ)溺愛(’二2ゥ)語

ヲスマヰオソハ エウヲモ調ゾ(一一一Ⅲォ)御身ブリ(十一一Ⅲォ)オメノノー、、ト(四釦ゥ)正ヂヤ(四オヤコヲヤヂ別ォ)親戚(七妬ォ)老父(二8ォ)及上々/ヘル(六7ゥ)オリ見舞ヲし(十二一妬ォ)迺公(五別ゥ)〔〈〉内は左考に付けた振仮名。以下同じ〕カキカケヲチ

⑥識且(十二一胡ォ)縞ヤブリ(八5ォ)カケ合ス(四皿ォ)邇逸(十

カケ〆一二蛆ォ)欠目(十一一一皿ゥ)カコチガマシ(八皿ゥ)カサビクナ(五5ゥ)カシコヒカタイナカカジケル(|羽ォ)離慧(六咽ゥ)鍛冶屋ノー一蔵(一一一7ゥ)僻地(五カタクナカタテウカタテウチⅢゥ)頑魯(五4ゥ・九Ⅲゥ)偏チニ(四肥ゥ)偏聴訟ナ(入朋ォ)我夕ヒシカタハカドナミ他彼此(六5ォ)不成人(’5ゥ)カッフッ(四羽ォ)門並二(十一一

仏ォ)戸ナラビ(七胆ォ)鑓舞(七旧ウ)豪家〈カネモチ〉(十6ォ)

カド

カミカタカラダカリソメカハイ賛穀下(五Ⅲゥ)肋(七別ゥ)筍且ナ(’二肥ォ)個渇テ(七2ゥ)キコリクサカリキシヤウ厚

④守勢騰糊(十一二別ォ)聴ナシデ(四Ⅳォ)樵者葛蘂(九砠ウ)気盛

キシヤクモノ(十一一9ゥ)気色(九別ォ)気ズミ(十一一一帥ゥ)キッイ(一一Ⅲォ・キッスイキツキモメイ十一一四ォ)精粋(七別ォ)吃ト(六9ゥ・七uォ)肝二銘ズ(八田ゥ)

協議無厩ノ流(十5ウ)恭敬イタス(六皿ウ)其時ギリ(|“ウ)義

キン上理。/ツケル(四虹ォ)器量(六Mゥ)キレカハリ(||Ⅲォ)斬秘ス(五

?]ウ)クセ

②杭(四uゥ)鰄樹(十一一妬ォ)グズノl、ト(二3ゥ)僻法門(八2

クイギ

ォ)グッスリ(四9ォ)クーフガリ法義(七Ⅳォ)グルノく~ト(一一一mゥ)グワラリト(八通ゥ)ケシカラヌ

⑦乖堪擦膨(四岨ウ)舞文(入皿ォ)決シテ(五7ォ)ケナリフ(五

ケンロ

Ⅳウ)僻桃(五昭オ)現在ス(十4ォ)現量コト(七別ウ)顯露(七肥

ウ)コイカウギカウミ、乞セタゲル(|犯ゥ)懸官(六9ゥ)好味ナ(一二uォ)心ズミ(+コサカシコシヲレコシコタエ’--1ゥ)小智上(六咽ゥ)杜撰(五8ォ)腰ノスエ処(+’二4ォ)御酬コツズイコッチヤウ(八羽ォ)骨髄(九咀ォ)骨張スル(八3ォ)コトノく、、ン(’9ゥ・ヲトシゴメン十一一羽ォ)事ノ極り(四囮ゥ)コナシ艇メン(八5ォ)御免アル(九コメンメウゴモッタイゴレハシ別ォ)御面貌(五蛆ォ)御物躰(十略ォ)是端ノ事(一羽ゥ)コハイコンリトン(十一一四ゥ)根機「フ尽ス(一一|、ォ)根ノ利鈍(六uゥ)⑥サシモグサ(九3ゥ)サシコミ(九2才)サッパリ(七2ゥ)サバサマサマサメキリク(六6ゥ)様ツケ(五通ォ)厘々(六田ォ)覚了夕(十邪ゥ)サーフノー、

(五8オ)去リトハ(四6オ・六2オ)童(五Ⅲウ)卿同前ノ者(九巧

サルコ

マイシキゥ)サレバトョ(八羽ォ.十一一、ォ)一一一枚敷(一一一7ォ・四別ゥ・五Ⅳォ・十mゥ)シアハセシヲキシヲチシカニギリ②天幸(四妬ォ)文法(六肥ゥ)仕落(六岨ゥ)獅檸々/(十一一囮ォ)クラフシキエシゴトシガミ咀(七町ゥ)色衣(十蛆ゥ)至極ス(五8ォ)業(五別ォ)産ゴトカタテシツヤマカツ業片手二(六4ォ)山民野処(九珀ゥ)舌ヲマク(六、ゥ)下タ々(一ハシニサマシハラクシヤイ巧ォ)シッカリト(一Ⅲゥ)属鑛(五羽ォ)少頃(luォ)闇維(十一二

“ウ)殖魂西皿オ)從類(九、ォ)殊勝出立(九明ォ)出世ロチ(五

シユツ囮ォ)術ナサニ(四妬ォ)正姥(十一一7ゥ)承上起下(|妬ゥ)障難(八シヤウヘイミヨ

uウ)繕麺(一週オ)昇平ノ御世(六妬ウ)上来(二一蛆ウ)所詮(八

シリゴミシリ〆8ォ.十一一別ォ)所談ナル(七Ⅳォ)辞退(四昭ゥ)狼顧一一カヶ(一別シロトスキシワハコシゥ)素人好(七皿ゥ)鰔(九肥ゥ)信行両座(五筋ォ)神在餅(十一一週ウ)

参照

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