HB-EGF を標的とした卵巣癌治療
卵巣癌はその解剖学的特徴から無症候性に腹腔内 に直接浸潤し、多量の腹水を貯留する疾患である。
治療は根治手術を基本とし、多くの患者ではアジュ バンド療法を含む術後の化学療法を必要とするが、
現在の標準治療における進行癌患者の5年生存率は 40%を下回っている。このため、新たな治療戦略の 開発が望まれている。近年、乳癌や大腸癌などの固 形腫瘍において、単独の分子を標的とした分子標的 治療の臨床応用が目覚ましく進んでおり、卵巣癌を 含む他の悪性腫瘍ヘの適応拡大が進んでいる。
Heparin-binding EGF-like Growth factor(HB-EGF)は 癌治療標的分子である上皮系増殖因子受容体のリガ ンドの一つである。HB-EGF は膜貫通型タンパク質 として合成され、主に ADAM(A Disintegrin And Metalloprotease)ファミリーにより切断されること で、リガンドとしての活性を持つ遊離型の HB-EGF となる。HB-EGF の結合した上皮系増殖因子受容体
(EGFR および HER4)はホモダイマーまたはヘテロ ダイマーを形成し、細胞内に種々のシグナルを伝達 する。このシグナルは癌の増殖や浸潤に重要な役割 を果たしており、上皮系増殖因子受容体に対する分 子標的治療薬は臨床応用されている。これらの治療 薬は一定の効果は得ているものの、他の受容体型チ ロ シ ン キ ナーゼ に よ る シ グ ナ ル の 補 完 や phosphoinositide-3 kinase(PI3K)/Akt 経路の活性化に よる耐性機構が指摘されており、期待されたほどの 効果が得られていない状況である。
当科では HB-EGF の癌治療標的分子としての意義 を検討しており、卵巣癌、胃癌、乳癌などの治療に おいて有効であることを報告してきた。特に卵巣癌 では腹水ならびに組織中の HB-EGF は他のリガンド と比較し高値であり、予後とも相関することがわ かっている。HB-EGF 特異的抑制薬である CRM197 は
in vitro および卵巣癌モデルマウスでの検討にて卵巣 癌細胞の著明な増殖抑制効果を認めている。この 薬剤を用いた再発・難治性卵巣癌に対する第Ⅰ相臨 床試験はすでに終了し、現在第Ⅱ相臨床試験を行っ ている。癌治療における HB-EGF やそれに関連した 分子の生物学的意義については未知な部分も多く、
当教室ではこれらを明らかにするための検討を行っ ており、以下に一部を紹介する。
HB-EGF の転写に関わる分子の同定
近年、遺伝子の発現制御にはゲノムの構造やエピ ジェネティックな制御が関連していることが多数報 告されるが、最も直接的に遺伝子発現調節を行って いる転写因子に着目し、解析を行った。卵巣癌細胞 株におけるルシフェラーゼアッセイを基にした HB- EGF のプロモーター解析より HB-EGF の転写制御に、
特に抗癌剤による HB-EGF の発現亢進に関わる転写 制御領域を同定した。In silico 解析およびクロマチ ン免疫沈降法などによる解析により転写因子 SP1 が HB-EGF の発現制御に関与していることを同定した。
マウスを用いた既出の報告では、創傷治癒や炎症な どのホメオスターシスの過程で SP1 は HB-EGF を発 現させる転写因子として報告されている。SP 1 の 発現を抑制した卵巣癌細胞株では抗癌剤による HB- EGF の発現が低下し、抗癌剤感受性が高まることか ら、HB-EGF の発現亢進は SP1 を介して抗癌剤への 防御機構に関与していることが示唆された。
代謝関連経路との関わり
癌と代謝疾患の関連については既に多くの報告が あり、スタチンなどの代謝疾患治療薬には悪性腫瘍 患者の予後改善効果があることが示唆されている。
当科では非切断型 HB-EGF が過剰発現する実験系を 用いたマイクロアレイに基づくスクリーニングを行
― ―19 研究機関研究所近況
基盤研究機関 先端分子医学研究所
HB-EGF を標的とした卵巣癌治療薬の創薬
宮田 康平1)、南星 旭1)、四元 房典2)、黒木 政秀2)、宮本 新吾1)
医学部産婦人科学教室1)、医学部生化学教室2)
い、HB-EGF の自己分泌によって代謝関連分子の発 現が亢進することがわかった。その中で酸化 LDL のスカベンジャーレセプターである CD36 に着目し て、HB-EGF との関連について検討を行った。卵巣 癌組織での CD36 の発現は良性卵巣腫瘍や正常卵巣 と比較し高値であり、HB-EGF の発現と相関してい た。また、リガンドである、酸化 LDL は卵巣癌患 者の腹水中には高濃度に存在し、これも HB-EGF と の相関を認めた。その後の解析により、CD 36 は活 性型 HB-EGF である遊離型の HB-EGF を増加させる とともに、Src を介した細胞内シグナル伝達により、
HB-EGF の転写も活性化することが証明された。
shRNA 法を用いた腹膜播種モデルマウスでの検討で は、CD 36 の発現を抑制すると腹膜播種が減少する ことがわかった。そこで、糖尿病治療薬の一つであ るピオグリタゾンが高濃度での使用で CD36 の転写 を低下させることから、抗腫瘍薬としての効果につ いて検討した。卵巣癌皮下移植モデルマウスで、ピ オグリタゾン単独投与では抗腫瘍効果はみられな かったものの、CRM197 との併用では CRM197 単独 投与と比較しても有意に抗腫瘍効果がみられた。こ れらの結果から、CD36 は卵巣癌における HB-EGF の転写および活性を補助的に制御しており、有効な 標的分子である可能性が示唆された。
今後の展望
臨床試験で血液中の HB-EGF の濃度が高値を示し た6例全例で、CRM197 の投与により治療後の血液 中 HB-EGF 値は低下した。また、一部の症例につい ては明らかに腹腔内病変が縮小し、予後の改善が認 められた。現在、進行・再発卵巣癌に対しての既存 の抗癌剤との併用を行う第Ⅱ相試験が進行中であり、
抗腫瘍薬胃癌への適応拡大を目的とした非臨床試験 も同時に進行中である。分子標的治療ではその適応 症例の選定が必須である。分子の特性上 HB-EGF に ついては、血液中や腹水中の HB-EGF 濃度を参考に することが考えられるが、他の疾患や全身状態によ る数値の変動が起こる可能性がある。そこで、マイ クロアレイをベースにした血液中 micro RNA や癌組 織そのものの遺伝子発現についての網羅的解析を行 うことで、新たなマーカーの探索も行っている。癌 の診療に有用な創薬とバイオマーカの樹立ならびに
新たな治療標的の開発は、多くの悪性腫瘍の予後を 改善する医療イノベーションの実現に寄与すること が期待される。
文 献
1) Miyata K, Yotsumoto F, Nam SO, Kuroki M, Miyamoto S. Regulatory mechanisms of the HB-EGF autocrine loop in inflammation, homostasis, devel- opment and cancer. Anticancer Res. 32(6), 2347- 2352(2012).
2) Miyamoto S, Hirata M, Yamazaki A, Kageyama T, Hasuwa H, Mizushima H, Tanaka Y, Yagi H, Sonoda K, Kai M, Kanoh H, Nakano H, Mekada E.
Heparin-binding EGF-like growth factor is a prom- ising target for ovarian cancer therapy. Cancer Res.
64(16), 5720-5727(2004).
― ―20
厚生労働省は、国民の健康づくりの指針となる 2013〜22年度の第2次「健康日本21」を公表した。
第2次「健康日本21」には「高齢者の健康」が加え られ、新たな視点として 健康寿命 に着目し、日 常生活に制約のない期間を延ばす考え方を打ち出し、
平均寿命の延びを上回るペースで健康寿命を延伸さ せることを目標として超高齢化社会を見据えたもの となった。
一方、平成20年度から開始されている特定健診・
特定保健指導では、健診結果に基づき生活習慣病予 防の重要度を判定し、階層化され実施すべき保健指 導内容が適用される。ところが、65〜74歳の高齢者 に関しては、リスクが重複した場合、すなわち積極 的支援の該当者においても、初回支援と6ヶ月後の 最終評価のみの動機づけ支援の対象に分類するよう になっている。
退職等に伴って生活環境が激変する高齢者におい ては、身体活動が顕著に低下することによって様々 な疾病の引き金となることが懸念されている。一方 で、高齢者は生活習慣の改善へ向けた時間の確保は 容易になるとも考えられる。すなわち、生活習慣病 や要支援者・要介護、医療費が急増する高齢期にお いてこそ積極的に運動習慣形成へのアプローチを行 うメリットが期待できると推察される。
そこで、我々は前期高齢者における動機づけ支援 該当者を対象としてニコニコペースの運動を主体と した運動習慣形成支援によるメタボリックシンドロー ム改善効果と医療費に対する長期効果について調査 を行っている。今回は、体力・健康診査やメタボリッ クシンドロームの改善状況等を示すと共に、医療費 抑制効果についてその経過を報告する。
【事業の経過と方法】
対象者の募集は、宮崎県都城市に在住し、かつ、
市町村が実施する糖尿病等の生活習慣病に関する健 康診査(以下、特定健診)において健康の保持に努 める必要がある者に対する保健指導(以下、特定保 健指導)で「動機付け支援」の対象となった前期高 齢者に参加協力願いの通知を行った(1,356名)。そ の内、事業説明会を行い、本事業の趣旨を理解し、
研究参加同意書に署名した者160名を対象者とした。
本事業は、1年6ヵ月間の介入調査期間が終了し、
2年後、3年後の健診並びに体力測定の実施を進め、
1年6ヵ月107名(106名)、2年後が101名(90名)、
(カッコ内は体力測定者数)であった。
参加者は介入前に特定健診、有酸素性作業能、身 体活動量の測定を実施した。運動は、週1回の教室 と自宅でのステップ運動を1年6ヶ月間実施させた。
1年6ヵ月間の介入期間終了以後は、参加者の運動 習慣継続を支援するために希望者に対して月1回の 任意参加型の教室を設けた。
健康教室は、健康観察を行った後、準備運動、10 分間のステップ運動を2回、レクリエーション、管 理栄養士や保健師による講話、整理運動で構成され た。健康教室と自宅でのステップ運動は、ステップ 台を用いた体力測定にて得られたニコニコペースの 運動強度(乳酸性作業閾値強度)を個別に設定され た。1週間のステップ運動の合計時間は、300分を 目標として体重変化、ステップ運動時間、および歩 数などを運動日誌に記述し、健康教室時に提出、保 健師、管理栄養士ならびに健康運動指導士よりアド バイスを受けた。また対象者、介入開始から経過を 確認するために6ヶ月ごとに形態測定と有酸素能測 定を実施し、体力の向上に伴う運動強度の相対的低
― ―21 研究機関研究所近況
基盤研究機関 身体活動研究所
ニコニコペースの運動を主体とした運動習慣形成支援
〜都城市医療費抑制事業〜
スポーツ科学部助教 森 村 和 浩
身体活動研究所長・スポーツ科学部教授 田 中 宏 暁
下を防ぐために実施した。
【メタボリックシンドローム改善効果】
本報告の対象は、介入開始から2年後まで体力測 定や健診を受け、かつデータ不備のなかった79名
(介入群)と前期高齢者の保健指導階層レベルにて 動機づけ支援に分類され、性と年齢と健診データか らマッチングされた79名(対照群)として検討を行っ た。尚、健診データのマッチングにより抽出された 対照群については、通常の保健指導(健診結果の説 明や特定保健指導への案内等)が行われている集団 であった。
各年代の有酸素能と本研究対象者の有酸素能を図 1に示した。介入群は、介入後の有酸素能が有意に 向上し、若者の平均値を上回る有酸素能を保持する とともに介入以降の維持期においても高い水準を維 持できていた。形態ならびにメタボリックシンドロー ム(MetS)構成因子の変化を表1に示した。体重、
腹部周囲長、BMI は対照群と交互作用を認め、対照 群と比して有意な減少を認めた。また、収縮期血圧、
中性脂肪、HDL コレステロールにおいては交互作用 が認められなかったものの介入群にのみ1年後と2 年後でそれぞれ介入前と比べて有意な改善が認めら れた。保健指導階層レベルならびに MetS 該当者の 割合は図2、図3に示した。介入後保健指導階層レ ベルが改善した者は,介入群は1年後が32名(40.5%)、
2年後が33名(418%)であり、対照群は19名(24. 1%). に留まった。
以上より本結果は、ニコニコペースを用いた運動 習慣形成支援が前期高齢者の MetS の改善や予防に 対して有益である可能性を示唆した。加えて介入終 了以後においても形態・MetS の構成因子、体力水準 が介入以後も一定の介入効果を保持できていたこと は、本プログラムが介入後の運動習慣形成と生活習 慣病予防に対しても有効である可能性を示唆するも のであった。
【医療費抑制効果】
医療費の解析には、本事業参加者のうち高額医療 を受けておらず、かつ教室に参加し体力測定を実施 している77名と年齢・性別・医療費からマッチング された77名を抽出し介入開始前の1年間と介入開始 から2年後までの計3カ年の医療費について比較検 証をおこなった。
介入前の歯科を除く総医療費は、介入群が一人当 たり13万8,100円、対照群が12万700円であった。こ れに対し介入群の医療費は1年後15万800円、2年 後15万1,700円で医療費の増額は認められなかった。
― ―22
図3.特定保健指導レベルの変化
※前期高齢者の積極的支援該当者については動機づけ支援に分 類されるが、細分化されたレベルごとに示した。
図2.メタボリックシンドローム該当者数の変化
図1.教室参加者の体力の変化と年代別体力水準 は本研究室で収集された20代と60〜70代の体力(有酸素 能)データを図示。
□は、教室参加者の介入前、半年後、1年後、1年半後、2年 後の推移を示した。いずれも介入前と比して有意差あり(p<0.01)
一方、対照群の医療費は1年後14万5,800円、2年後 は17万8,600円と増加した(図4)。それぞれの1年 間の増加額(前年比)は、介入群が1年目1万2,700 円増、2年目800円増であり、対照群は1年目が2 万5,100円増、3万2,800円増と増加の傾向を示した
(図5)。また対照群の医療費増加額から介入群の一 人当たり年間医療費増加抑制額を算出したところ、
1年目の増加抑制額は一人当たり1万2,400円、2年 目は7万2,000円となった(図5)。また、運動習慣 形成支援による医療費増加抑制の総額(77名)は、
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図4.一人当たり歯科を除く総医療費の推移
表1.形態・メタボリックシンドロームの危険因子の変化
1年目が118万3,000円、2年目573万3,800円であっ た。
以上より、ニコニコペースの運動習慣形成支援を 受けた前期高齢者は、同年代の通常の保健指導対象 者に比べて医療費増加が抑制されており、ニコニコ ペースの運動を用いた運動習慣形成支援は高齢者の 医療費抑制に対して長期的に寄与する可能性が示唆 された。
【まとめ】
身体活動量を高く保つこと、また定期的な運動習 慣によって得られる高い体力(有酸素能)は、肥満 をはじめとした高血圧、脂質異常症、糖尿病などの 生活習慣病の予防治療に効果的であることが示され ており、身体活動を主体とした積極的な健康づくり が推奨されるようになってきた。本研究では、動機 づけ支援に該当する前期高齢者に対してニコニコ ペースの運動を主体とした積極的な運動習慣形成支 援を試みた。その結果、前期高齢者におけるニコニ コペースの運動を主体とした運動習慣形成支援は高 齢者の体力水準向上のみならずメタボリックシンド ロームの改善と医療費の増加抑制に対して有効であ ることが明らかとなった。
今後、わが国においては生活習慣病の増加と高齢 化の進展により医療や介護に係る負担が一層増すこ とが予想されている。このような状況下の中で活力 ある社会を実現するためには、生活習慣病を予防し、
また、社会生活を営むために必要な機能を維持・向 上すること等によって、国民の健康づくりを推進し 健康寿命を高めることが重要となる。こうした取組 によって健やかな高齢者が増えることは、地域の活 性化に資するのみならず、社会活動の貴重な担い手 が増加することにもつながる。ひいては、日本が世 界に向けて「元気な高齢者が人口減少社会を支える」
という超高齢社会への一つの解を示すことができる と考えられ、その確かな健康施策の為にも我々は本 プログラムの有効性を長期的な視点から検証すると ともに「ニコニコペースの運動」の普及・啓蒙活動 に取り組んでいきたい。
― ―24
図5.一人当たり歯科を除く総医療費の増加額(前年比)と増 加抑制額
*増加抑制額は、対照群の増加額から介入群増加額の差分から 算出した。
1.はじめに
拡大内視鏡は、内視鏡先端に可動式レンズを組み 込んだ光学的に対象を拡大観察できる内視鏡である
(図1)。近年、本内視鏡の開発は長足の進歩をとげ、
最新の内視鏡では、5.6ミクロンの空間分解能を有す るハイビジョン拡大内視鏡を一般の診療で使用でき るようになった[1]。また、これに加えて、短波長(415
nm と540nm)を中心波長とする狭い帯域の光を消化
管粘膜に投射し内視鏡観察(狭帯域光観察、NBI) を行うと、血管が高いコントラストに描出され、粘 膜表面の構造が明瞭に視覚化される。NBI を拡大内 視鏡に併用すると、毛細血管や上皮など、顕微鏡レ ベルの微細な構造をリアルタイムに観察することが できる[1]。光学医療研究所の目的の一つは、最新の 光学機器を臨床応用し、人体に有用な新しい知見を 求めることである。本稿では、従来の内視鏡観察で は不可能であった早期胃癌における組織型(乳頭腺
癌 vs. 管状腺癌)の診断が、NBI 併用拡大内視鏡を 用い可能となり、ある程度の知見[2] を得ることが できたので、概要を紹介する。
2.背景:早期胃癌における組織型診断の意義 早期胃癌の組織型は、分化度により、大きく分け て分化型癌と未分化型癌に分類される。未分化型癌 は、分化型癌に較べ、進展すると予後が悪く、臨床 的取り扱いも異なる。さらに、分化型癌は、管状腺 癌と乳頭腺癌に亜分類される。乳頭腺癌は、管状腺 癌と比較して、病理組織学的研究により生物学的悪 性度が高いと報告されているが、術前に内視鏡で両 者を鑑別診断することは、不可能であった。しかし、
NBI 併用胃拡大内視鏡を早期胃癌に応用する経緯で、
正円形の上皮に囲まれた微小血管の拡大内視鏡像 vessel within epithelial circle(VEC)pattern は、癌の乳頭状 構造を反映していることが、判明した。そこで、
case-control study を行い、NBI 併用拡大内視鏡で捉 えた VEC pattern が、組織学的に乳頭腺癌の乳頭状 構造をどれだけ正確に予測できるか否か、また、VEC pattern を呈する早期胃癌は、呈さない早期胃癌に比 較して、臨床病理学的意義が異なるか否かを求めた。
3.対象と方法
2006年1月から2011年11月の期間に福岡大学筑紫 病院・内視鏡部で内視鏡的に切除された連続した早 期胃癌(分化型癌)395病変を対象とし、NBI 併用 拡大内視鏡で、VEC pattern を呈した連続した case 群(図2)、大きさ・肉眼型・発生部位を対応させ た VEC pattern を呈さない control 群(図3)を抽出
― ―25 研究機関研究所近況
基盤研究機関 光学医療研究所
狭帯域光観察(narrow-band imaging, NBI)を併用した 拡大内視鏡による病理組織像へのアプローチ:
早期胃癌における乳頭腺癌の診断と臨床的意義
光学医療研究所長 筑紫病院内視鏡部・診療教授 八 尾 建 史
筑紫病院消化器内科・大学院生 金 光 高 雄
図1. 光学的拡大内視鏡の仕組み:拡大内視鏡先端部。内視鏡 先端部に可動式レンズが組み込まれており、レンズを動 かすことにより、内視鏡検査中に対象を任意の倍率に拡 大できる。最大倍率は80倍である。
した。これらの2群についてVEC pattern 陽性の癌 と組織学的乳頭状構造の相関、未分化型癌の合併 する頻度と粘膜下層浸潤を伴う頻度を求め比較した。
4.結 果
対象から、35病変の VEC pattern 陽性の癌(case 群)、
70病変の VEC pattern 陰性癌(control 群)が抽出さ れた。組織学的乳頭状構造は、94%の VEC 陽性癌
― ―26
図2A. 胃前庭部の早期胃癌の内視鏡像。矢印で示す部位に発 赤した扁平隆起病変を認める。
図2B. 胃前庭部の早期胃癌(図2Aの矢印で示した部位)の NBI 併用拡大内視鏡像。矢印が癌の境界部である。そ の内側の癌には、円形の上皮に囲まれた血管像(vessels within epithelial circle, VEC)pattern を認める。
図2C. 胃前庭部の早期胃癌(図2Aの矢印で示した部位)の NBI 併用拡大内視鏡像。図2Bの円形の上皮をトレー スして分かり易く示した。
図2D. 内視鏡的切除標本の組織学的所見:円柱状または立方 状の腫瘍細胞に縁取られた指状の突起からなる高分化 腺癌、すなわち乳頭腺癌の像である。
図3A. 胃前庭部の早期胃癌の内視鏡像。矢印で示す部位に発 赤した扁平隆起病変を認める。
図3B. 胃前庭部の早期胃癌(図3Aの矢印で示した部位)の NBI 併用拡大内視鏡像。矢印が癌の境界部である。そ の内側の癌には、円形の上皮に囲まれた血管像(vessels within epithelial circle, VEC)pattern を認めない。
に認めたが、VEC 陰性癌には、9%にしか認めなかっ た。乳頭状構造の存在は、VEC pattern の存在と統計 学的に有意で、強い相関を有していた(P<0.001)。
すなわち、NBI 併用拡大内視鏡で VEC pattern を早 期胃癌に認めた場合、組織学的乳頭構造が存在する
診断能については、感度:85%、特異度:97%、陽 性的中率:94%、陰性的中率:91%であった。未分 化型癌を合併する頻度は、VEC pattern 陽性群と陰性 群においてそれぞれ23%と3%であった(P=0.002)
(図4)。粘膜下層浸潤を伴う頻度は、VEC pattern 陽
― ―27
図4A.胃前庭部の早期胃癌の内視鏡像。矢印で示す部位に発 赤した扁平隆起病変を認める。
図4D.内視鏡的切除標本の組織学的所見:深部を強拡大で観 察すると腺管形成に乏しい低分化腺癌の所見を呈して いた。
図4B.胃前庭部の早期胃癌(図4Aの矢印で示した部位)の NBI 併用拡大内視鏡像。矢印が癌の境界部である。そ の内側の癌には、 VEC pattern 陽性である。
図3C.胃前庭部の早期胃癌(図2Aの矢印で示した部位)の NBI 併用拡大内視鏡像。図3Bの円形でない上皮をト レースして分かり易く示した。
図3D.内視鏡的切除標本の組織学的所見:円柱状または立方 状の腫瘍細胞が管状の構造を呈する高分化腺癌、すな わち管状腺癌の像である。
図4C.内視鏡的切除標本の組織学的所見:表層部は乳頭腺癌 であるが、深部では、分化度が低くなっている。
性群と陰性群においてそれぞれ26%と10%であった
(P=0.045)。
5.考 察
本研究は、NBI 併用拡大内視鏡により視覚化され た VEC pattern が、腺癌の乳頭状構造を診断する極 めて有用なマーカーになりうることを証明した。本 研究により、内視鏡のみで組織学的乳頭状構造を診 断できる可能性をはじめて示した研究である。
さて、なぜ VEC pattern が組織学的乳頭状構造を 予測するのに有用かを考えてみる。図5に示したよ うに、NBI 併用拡大内視鏡により表面から観察され る VEC pattern すなわち正円形の上皮に囲まれた血 管を含む間質の構造が、指状に発育した上皮に取り 囲まれた狭い間質を有するという組織学的乳頭状構 造に一致するからである。
また、VEC pattern は、単に乳頭状構造の癌を予測
するのに有用なマーカーであることのみならず、VEC pattern 陽性の癌は、生物学的に悪性度が高いことが 示唆された。すなわち、VEC pattern 陽性の癌のうち 約4分の1の病変に未分化型癌が合併するか、癌が 深層に浸潤していた。従って、VEC pattern 陽性の癌 は、早期胃癌であっても、悪性度が高い可能性を念 頭において診療を行う必要があるという警告のサイ ンであると考えられた。今後、このような悪性度の 高い癌について、どのように取り扱うかという臨床 的対応を検討する余地が残されている。
6.終わりに
NBI 併用拡大内視鏡により、消化管粘膜の上皮や 毛細血管などの組織学的構造を直接視覚化できるよ うになった。もちろん、画像診断の gold standard は、
病理組織学的診断であることが前提ではある。今回 紹介した研究は、限りなく病理組織診断に近い所見 を得ることができた好例である。しかし、一方では、
人体に様々な光を投射してすると、従来の組織学を はじめとする基礎医学でも発見すら出来なかった知 見を捉えることができるようになったのも事実であ る[3]。光学医療において、新しく捉えた現象の病態 を解明し、人類の医学に役に立てる好機を逃しては ならない。今後、研鑽を重ね福岡大学における学術 の振興にさらに寄与したい。
文 献
1. Yao K, Anagnostopoulos GK, Ragunath K.
Magnifying endoscopy for diagnosing and delineating early gastric cancer. Endoscopy 2009; 41: 462-8.
2. Kanemitsu T, Yao K, Nagahama T, et al. A. The vessels within epithelial circle(VEC)pattern as visualized by magnifying endoscopy with narrow- band imaging(ME-NBI)is a useful marker for the diagnosis of papillary adenocarcinoma: a case- controlled study. Gastric Cancer 2013[Epub ahead of print]
3. Yao K, Iwashita A, Nambu M, Tanabe H, Nagahama T, Maki S, Ishikawa H, Matsui T, Enjoji M. The nature of white opaque substance in the gastric epithelial neoplasia as visualized by magnifying endoscopy with narrow-band imaging. Dig Endosc 2012; 24: 419-425
― ―28
図5.NBI 併用拡大内視鏡により視覚化される VEC pattern(上 段)と対応する組織学的所見(下段)。内視鏡で捉えられ る円形の上皮は、組織学的に上皮に縁取られた指状の突 起に対応する。内視鏡で捉えられた円形上皮内の血管は、
組織学的に上皮下の間質に増生した血管に対応する。
1.はじめに
不法投棄サイト、不適正最終処分場、汚染土壌サ イト等において発生する硫化水素ガスやメタンガス の無害化、地中の有機汚染源の酸化分解を目的に低 コストでの原位置処理技術及び早期安定化技術とし て、オゾンや過酸化水素水などの酸化剤を霧状にし て、地中に注入する工法の技術開発を行い、実用化 に成功したので紹介します。
2.霧状酸化剤注入工法とは
霧状酸化剤注入工法とは、過酸化水素水等の酸化 剤を霧状にして最終処分場内部や不法投棄サイトに 直接注入し広範囲に拡散させることにより、硫化水 素やメタンガス等のガス処理や埋立物に付着した有 機性汚染物質の分解、浸出水中の COD, BOD 濃度の 早期低減化を実現する原位置早期安定化工法です。
発生させた霧の中でも 10µm 以下の霧を ドライフォ グ と言い、固体に接触しても跳ね返り直ぐに液化 しない特性を持っているので、層内の間隙を通って 広範囲に酸化剤を拡散させることが出来ます。(図 1参照)
3.開発の経緯
不法投棄サイト等からの硫化水素ガスやメタンガ スは地中に埋め立てられた廃石膏ボードや有機汚泥 が嫌気的分解を受ける過程で発生します。硫化水素 は悪臭かつ有害ガスとして食品加工工場や安定型最 終処分場で発生し、800 ppm 以上で致死濃度に達し ます。しばしば死亡事故が発生しています。メタン ガスは可燃性ガスで火災や爆発の原因となります。
これらのガスが発生した場合、空気や酸化剤の注入 等により処理しますが、発生したガスを処理しても 発生源となっている有機汚泥等を分解しなければ再 度、発生することになります。このためガス処理と 発生源対策を同時に行うために開発したのが霧状酸 化剤注入工法です。既存の地中の有機汚泥等(ホッ トスポット)の分解処理技術として酸化剤を注入す るケミカルオキシデーション法がありますが、酸化 剤は液体ですので地中に水みちが生成され、なかな か有機汚泥と接触しません。またガスは気体ですの で気液接触効率が悪くガス処理効率は低くなります。
そこで特殊ノズルを用いて酸化剤を霧状にし、地中 に噴霧することにより、土中間隙を移動し、広い範 囲に酸化剤を拡散させることができ、ホットスポッ トへの接触を確実にし、酸化分解することができま す。また霧の粒径が 10〜30µと微細なため、ガスと の気液接触効果が高く、ガス処理も行うことが可能 となります。そこで北九州市環境未来助成金を受け 実験機を作成し、北九州市内の安定型最終処分場で 実証実験を行いました。
4.実証結果
3年間の実証実験の結果、3
%の過酸化水素水あ るいはオゾン水を用いることにより、硫化水素は短 時間(1〜3日)で、メタンガスはホットスポット への噴霧により1か月程度で安定化できることが分
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産学官連携研究機関 資源循環・環境制御システム研究所
霧状酸化剤注入装置による環境修復技術の開発と実施
資源循環・環境制御システム研究所長 樋 口 壯太郎
図―1 霧状酸化剤イメージ
かりました。また霧状酸化剤の拡散範囲は注入点を 中心に半径5.0の範囲に拡散することが分かりました。
さらに地下水が汚染されている場合、ノズルを水中 まで降ろし噴霧することにより地下水中の COD 等 も分解することが可能であることが分かりました。
5.装置化
北九州市の企業に技術移転し、事業化準備として 装置化を行いました。図2に装置の概要を示しま した。霧状酸化剤注入装置は、注入装置部、酸化剤 希釈装置部、注入ヘッド部で構成されています。注 入装置部は圧縮空気と酸化剤の注入量を管理し、酸 化剤希釈装置部は酸化剤原液を注入濃度に希釈・貯 留し、注入ヘッド部は霧状酸化剤を生成・注入する 機能を有しています。
霧状酸化剤注入装置の特徴として以下の事が挙げ られます。
①注入装置部は、対策地点数、圧縮空気と酸化剤 の流量等により装置の能力が選択可能である。
②酸化剤希釈装置部は酸化剤の使用量に合わせタ ンクの容量が選択可能である。
③注入ヘッド部は、対策孔の上部に取り付け、対 策孔全体に注入できる据置型と、対策孔内部に 挿入し任意の深度にあるホットスポットに直接 注入する深度可変型から選択可能である。
④装置にトラブルが発生した場合、指定の電話に 異常を知らせる異常監視通報装置を内蔵してい る。
6.事業化例
61 三重県津市における最終処分場早期安定化事業 三重県津市の最終処分場では埋立が終了して20年 経過した区域から硫化水素ガス、メタンガスが未だ に発生しているため霧状酸化剤注入装置を導入、3
%の過酸化水素水を注入しました。霧状酸化剤注入 後は、メタンガスが52.5%から0.0%、硫化水素ガス が 4ppm から 0ppm に減少し、現在別の注入管へ移 設し、稼動中です。
62 三重県不法投棄サイトにおける原状回復事業 三重県四日市市内の不法投棄サイトの現状回復事 業として第2号機が採用された。行政代執行による 恒久対策前の緊急対策としての硫化水素ガス対策と して本技術の導入が決定されました。
霧状酸化剤注入装置(写真1)は一度に8箇所 同時注入出来るものを設置し、平成24年2月から1 箇所当たりおおよそ2週間を目途に注入しています。
最初の8箇所の注入終了後、次の8箇所へ注入ヘッ ド部を移設し、これを繰り返し平成25年度中に全48 箇所の注入を完了する予定です。
7.おわりに
本技術は夏の暑い日に小倉駅に設置してある、
クールスポット(水をミスト状にして散布、気化熱 により涼を提供している)からヒントを得て開発し たものです。2件の実績に引き続き、他の自治体や 企業あるいは海外からも問い合わせがきており、地 下水処理等へ拡げて行きたいと考えています。
― ―30
写真―1 第2号機 図―2 霧状酸化剤注入装置イメージ図
はじめに
私は、福岡大学産学官連携研究機関「加齢脳科学 研究所」(所長:岩崎克典教授)において、「創食」
をテーマに共同研究を行っている。老化(senescence)
は、加齢とともに各臓器の機能、あるいは、それら を統合する機能が低下し、固体の恒常性を維持する ことが不可能となり、ついには死に至る過程とされ る。一方、加齢(aging)は、生後から固体に時間経 過とともに起こる現象のすべてを含む。従って、本 研究所における研究対象は必ずしも高齢者とは限ら ず、人のライフサイクル全般を視野に入れることに なる。
私の研究対象は主に青年期であり、この時期に栄 養、食行動、肥満が脳にどのような影響を及ぼすの かに関して研究を行っている。小児・青年期におけ る肥満の増加は、メタボリックシンドロームや2型 糖尿病の高率な発症の危険を伴う。米国においては、
メタボリックシンドロームは、青年期人口の4%に、
青年期肥満者の50%に認められる[1]。更に、小児の 高度肥満者の25%に耐糖能異常が認められ、耐糖能 異常を伴う高度肥満者は約2年で2型糖尿病に移行 するといわれる[1]。耐糖能異常から2型糖尿病まで の移行が510年である成人に比べると[2]、小児・
青年期肥満者の糖尿病発症は極めて短期間に進行す るという危険を持つ。わが国においても、青年期肥 満者の4%に2型糖尿病を、9%に耐糖能異常を認 めるとの報告がある[3]。食事を中心とした生活習慣 の改善とそれに伴う早期の肥満改善を促し、将来の 生活習慣病予防を行う必要がある。
食の快楽
食事はエネルギーを取り入れて生体の恒常性を維 持するために必須のものであり、人の脳では、視床 下部がこの過程を制御している。しかし、「食」は
単なるエネルギー供給過程ではなく、美味しい食事 は「よろこび」(快楽)を伴い、時には「渇望」さ え生ずる。「太ると分かっているのに、どうしても 止められない」状況である。近年、腹側被蓋野(ventral tegmental area: VTA)という脳内ドパミン中枢が、食 の報酬形成過程に重要な部位であると注目されてい る[4]。VTA は中脳ドパミン作動系の起始核に相当
し、VTA ドパミン神経はその軸索を線条体に投射す
る。中脳ドパミン系を介して食報酬が形成されるた めには、線条体におけるドパミン放出増加が不可欠 であると考えられている(食報酬の「ドパミン仮
説」)[5]。VTA には、主に、ドパミン神経(〜70%)と
抑制性の GABA 神経(〜30%)が存在する。両神経 細胞ともに、心臓のペースメーカー細胞のように自 発活動している。筆者は、「肥満においては、脳内 報酬系中枢である VTA の神経機能に変化が生じて いるのではないか」という仮説を立て、電気生理学 的手法を用いて検証を続けてきた。
研究成果の概要
高脂肪(45%)食による飼育で、内臓肥満を伴 う肥満マウスを作製することが出来た[6]。 肥満マウスの VTA ドパミン神経の興奮性は、
通常マウスと比べて変化はなかった[6]。しかし、
VTA ドパミン神経に存在するドパミン D2 自己受 容体による抑制機能は、通常マウスに比べて、肥 満マウスで優位に低下していた(図1:D2 受容体 作動薬である quinpirole を順次投与した。白丸,
通常マウス,n=5;黒丸,肥満マウス,n=5)。
肥満マウスの VTA ドパミン神経でみられた D2
自己受容体を介する抑制作用の減弱は、D2 受容体 の内向き整流性 K+(IRK)チャネルに対する開口 作用の減弱によるものであった(図2:quinpirole 投与で惹起された内向き整流性電流の電流電圧
― ―31 研究機関研究所近況
産学官連携研究機関 加齢脳科学研究所
食の報酬効果:おいしい食と脳の密接な関係
加齢脳科学研究所 薬学部准教授 小 山 進
関係を示す。矢印は K+ の平衡電位を示す。)。
肥満マウスの VTA GABA 神経の興奮性は、通 常マウスに比べて、優位に低下していた[6]。
今後の課題
・VTA ドパミン神経:肥満マウスにおいては、D2
自己受容体の抑制機能の減弱により、間接的に VTA ドパミン神経の興奮性が高まっていた。高脂肪食 負荷肥満マウスの VTA における D2 受容体数には 変化がないことから[7]、肥満マウスの VTA ドパ ミン神経においては、D2受容体から IRK チャネ ルに至る細胞内伝達経路のシグナル減弱が関与し ていると推測される。しかし、どのような因子が、
このシグナル減弱を引き起こしているのかに関し ては明らかでない。現在、脳血液関門を透過して 直接的に VTA 神経に作用することの可能な摂食 関連ホルモンとして、インスリン、アディポカイ ン(レプチン、アディポネクチン、レジスチン)
及び消化管ホルモン(グレリン、CCK、PYY3-36、
GLP-1)などが候補として挙げられる[8]。今後の
研究においては、これらの摂食関連ホルモンがど のように VTA ドパミン神経に作用し、D2 自己受 容体機能の低下を惹起するのかに関して検討を進 めて行く予定である。
・VTA GABA 神経:電気生理学的に同定された VTA GABA 神経の機能低下は、最近の動物行動実 験結果と一致する[9]。しかし、電気生理学的に機 能低下を示す VTA GABA 神経が、どのような神 経生化学的特徴をもつのかに関しては明らかでな
い。GABA 神経の持つカルシウム結合性蛋白質
(calbindin、 calretinin、 parvalbumin など)のプロ フィールから、肥満による機能低下を選択的に受 ける VTA GABA 神経のサブタイプを同定するこ とが必要と考えられる。
おわりに
私は、米国 NIH 及びイリノイ大学シカゴ校医学部 で、2000年から2006年にわたり、アルコール依存形 成の中枢神経機序に関して研究してきた[10−14]。現在 では、アルコール依存形成に、中脳ドパミン機能亢 進が不可欠であることが判明している。2007年の福 岡大学着任後は、米国滞在中の研究を発展させ、肥 満におけるドパミン神経系を介した食報酬形成機序 に関する研究を行っている。また、2007年から2012 年にわたり、福岡大学健康管理センターで、認知・
行動療法を基盤とした減量支援プログラムを実施し た(支援実施対象者:計113名)。この経験から、肥 満者には空腹感や満腹感に基づかない「代理摂食」
が約50%に認められ、これが減量に対する大きな障 害となることが分かった[15]。ここ数年間に、肥満に おける高カロリー食嗜好と薬物依存の類似性が指摘 されるようになった[16]。しかし、薬物依存と肥満の 食行動異常は明らかに区別されるべきであり、米国
DSM-V の改定作業においても、肥満を精神疾患に
加えないという極めて妥当な結論が下されている。
今後は、肥満の食行動異常と薬物依存形成の類似性 も考慮しつつ、「代理摂食」に関する脳科学的知見
― ―32
図1 図2
を積み重ね、その成果を臨床にフィードバックした いと思っている。
参考文献
1.Weiss et al. Diabetes Care 28: 902-909, 2005.
2.Saad et al. N Engl J Med 319: 1500-1506, 1988.
3.Asano et al. Encocr J 54: 903-910, 2007.
4.Palmiter. Trends Neurosci 30: 375-381, 2007.
5.Fulton. Front Neuroendocrinol 31: 85-103, 2010.
6.Koyama et al. Physiol Rep 1: 2013, e00126, doi:
10.1002/phy2.126.
7.Sharma & Fulton. Int J Obes(Lond)37: 382-389, 2013.
8.Coll et al. Cell 129: 251-262, 2007.
9.Van Zessen et al. Neuron 73: 1184-1194, 2012.
10. Koyama et al. J Neurophysiol 93: 3282-3293, 2005.
11. Koyama & Appel. J Neurophysiol 96: 535-543, 2006.
12. Koyama & Appel. J Neurophysiol 96: 544-554, 2006.
13. Appel et al. J Pharmacol Exp Ther 318: 1137-1145, 2006.
14. Koyama et al. J Neurophysiol 97: 1977-1985, 2007.
15.小山, 他. 九州地区大学保健管理研究協議会報告 書38:8486, 2009.
16.日経サイエンス「特集 食欲」12月号:3844, 2013.
― ―33
はじめに
製薬企業が主導する治験であれば、契約によりど の施設でも薬剤師が治験薬管理や薬剤調製を行って いる。しかしながら、我が国では医師が主導する抗 がん剤に関する自主臨床研究(以下、臨床研究)に おいて薬剤師の関与は不十分なのが現状である。そ こで、薬剤部では、2007年12月より臨床研究審査委 員会で承認された抗がん剤の臨床研究に関し、薬剤 部にて抗がん剤の調製を開始した。臨床研究は、臨 床研究実施計画書(以下、実施計画書)を遵守して 実施されるが、抗がん剤の調製には、抗がん剤と制 吐薬や抗アレルギー薬などの支持療法薬を組み合わ せ具体的な投与手順を示したレジメンが必要である。
従って、1つの実施計画書から支持療法を組み合わ せた治療手順を具体的に記載した複数のレジメンを 作成する必要がある。
抗がん剤の臨床研究のレジメン作成及び登録から 抗がん剤の管理、調製に薬剤師が参画し、研究する 医師を支援している現状について述べる。
実施計画書からレジメン作成と審査登録の支援 抗がん剤の臨床研究は、レジメンは表に示すよう に2013年10月現在71件あり、277レジメンを登録し ている。化学療法プロトコール審査委員会(以下、
審査委員会)への抗がん剤臨床研究レジメン申請は、
医師がまず実施計画書を基にレジメンを作成し、審
― ―34 研究機関研究所近況
基盤研究機関 ライフ・イノベーション医学研究所
医師主導の自主臨床研究に対する薬剤部の貢献
薬学部教授(福岡大学病院薬剤部長) 二 神 幸次郎
ライフ・イノベーション医学研究所長(福岡大学副学長) 内 藤 正 俊
化学療法プロトコール審査委員会へ提出された臨床研究
査依頼書とともにレジメンを薬剤部に提出すること になっている。薬剤部では、医師が提出したレジメ ンを審査委員会庶務を担当する薬剤師が実施計画書 から逸脱していないかを確認し作成の支援を行って いる。2007年12月から2009年11月までに審査委員会 に申請があった抗がん剤の臨床研究を対象に疑義照 会内容について調査したところ、レジメンに対する 疑義照会は72件であった1)。「注意記載事項の追加」
が30.6%と最も多く、次に「実施計画書からの逸脱 疑い」、「薬剤部での運用上の確認」が各18.1%と続 いた。実施計画書と照らし合わせて確認した「注意 記載事項の追加」と「実施計画書からの逸脱疑い」
を合わせると48.7%と半数を占めた。疑義照会した 薬剤師別にみると、審査委員会庶務担当薬剤師によ る「注意記載事項の追加」、「実施計画書からの逸脱 疑い」、「薬物療法施行上の確認」、「薬剤部での運用 上の確認」についての疑義照会は76.5%であり、薬 剤調製担当薬剤師が確認した「製剤的特徴による確 認」、「薬剤調製上の確認」は23.6%であり2重に確 認している。なお、「実施計画書からの逸脱疑い」
に関する疑義照会内容については、「実施計画書で は3投1休で投与と記載されているが、提出された レジメンでは1投3休となっていた」「実施計画書 では全4コースであるが、提出されたレジメンに記 載は3コースであった」「抗がん剤を調製する際の 溶解液が、実施計画書に指定されている溶解液と異 なっている」などがあった。
抗がん剤の管理
近年、患者の免疫力を高めがん細胞の増殖を抑え るワクチン療法が注目されている。当院では、久留 米大学病院との協同研究として免疫療法を行うため、
がんペプチドワクチン(以下、がんワクチン)療法 外来を開設することとなった。この免疫療法は、HLA
A2 陽性のがん患者を対象として開発されたペプチ
ドのうち、患者の HLA 型に対応し、抗体値の高い 順に選択して投与するテーラーメイド型特異免疫療 法である。がんの免疫細胞治療は先端的な医療であ り、個々の患者により選択するペプチドが異なるた め、その実施に当たっては医薬品管理や調製が重要 となるが、医師主導の臨床試験では治験と異なり、
サポート体制を整えることが難しい。当院において、
臨床研究としてのがんワクチン療法施行の際の体制 構築に、薬剤部として薬品管理および調製に参画し ている。
がんワクチン療法はテーラーメイド型の治療であ り、1回の治療にて患者個別の異なるペプチドを4 種類投与する。また、がんワクチンは他の薬剤と異 なり専用の注射筒や針を使用するため、調製方法に ついても注意を要するが、医薬品や治験薬とは異な るため、添付文書や治験薬に対する詳細な説明書が ない。そのため、がんワクチンの管理や調製に対す る必要な留意点を記載した運用手順書の作成を薬剤 部で行い、統一した管理並びに調製を行っている。
2013年10月現在、3症例に対するがんワクチン療法 を開始しており、25件の調製を行った。がんワクチ ン臨床研究開始に伴い、薬剤師が薬剤管理や調製に 参画することで、適正な臨床研究の施行へとつな がっている。
抗がん剤の調製
抗がん剤を取り扱う医療従事者の健康リスクが危 惧され、抗がん剤の調製時や投与時および廃棄の際、
抗がん剤の吸入や皮膚に付着する危険性がある。薬 剤部では、抗がん剤に関する臨床研究に使う薬剤も 安全キャビネットの中で調製している(図)。臨床 研究を行う場合に必要な事項は臨床研究実施計画書 を確認し、申請医師と協議した上でレジメンの「注 意書き」欄に記載している。薬剤部にて調製した抗 がん剤を含む臨床研究を対象とし、調製前の疑義照 会内容について、処方変更の有無および内容を解析
― ―35
薬剤部での抗がん剤の無菌的混合調製
した。また、実施計画書の実施判断基準の項目から、
医師の診療および判断を必要とせず、検査値および 既往歴など診療録より、調製時に薬剤師が確認可能 な項目について検討した。さらに実施判断基準に逸 脱する可能性のあった事例について検討し、適切な 基準で臨床研究が施行されているか調査した。
2010年4月から2012年3月までの期間に薬剤部に て調製した抗がん剤を含む臨床研究8件、97レジメ ンでは、疑義照会後の内容変更件数は27件あった。
その中で、疑義照会後に処方変更となった問い合わ せは全体の54%であり、内容としてレジメン内容と オーダ入力内容に関わる項目が70%と多く、薬剤師 が調製前に疑義照会を行うことで、臨床研究実施計 画書を遵守した投与が可能となっていた。また、2013 年1月から3月までに薬剤部にて調製した抗がん剤 を含む臨床研究9件の臨床研究実施計画書に記載さ れている内容を調査すると、全633項目のうち調製 時に薬剤師が確認できる項目数が59.7%であった。
その内容は血液検査データが45%、併用薬、既往歴 などの患者情報が33%と多く、血液検査データや患 者情報が確認しやすい項目であることが判った。調 製時に薬剤師が確認できる項目について実際に臨床 研究を実施した被験者の診療カルテを調査したとこ ろ、血液検査データによる投与量減量不足であった 例や定期的な検査測定値がない例があり、薬剤師が 検査データや測定などを医師に依頼していくことで 臨床研究実施計画書遵守につながる。したがって、
薬剤師が抗がん剤を含む臨床研究のレジメン管理な らびに調製に参画することで臨床研究の信頼性確保 に貢献するものと考える。
おわりに
薬剤部では抗がん剤の管理及び調製、レジメンチェッ クを通じて臨床研究の質の確保、すなわち信頼性の ある臨床研究の遂行に貢献している。薬学教育が 2006年から6年制に移行したが、当院薬剤部では 2007年12月より、薬の専門家として臨床研究の適正 かつ円滑な実施や医師の業務負担軽減にも協力して いる。
参考文献
1.植山美穂、上野雅代、林 珠希、有元明恵、肥 田健三、池内忠宏、鷲山厚司、二神幸次郎、抗 がん剤自主臨床研究レジメン作成・登録におけ る薬剤師の役割、医療薬学誌、37:105110, 2011.
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