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資源と開発─21世紀の「南」の主権を考える

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(1)

はじめに

 21世紀に入っても「南」の地域における国家の 領域内の人々に対する暴力は止むことがなく、そ れに対する人々の尊厳の回復のための闘いは続い ている。

 第2次世界大戦後ヨーロッパの植民地支配は植 民地の独立という形を取り、多くの独立国家が

「南」地域で生まれた。その植民地の廃絶に向か い、多大な犠牲を払った独立の指導層は、独立後、

「建国の父」として領地内の人々を代表して国づ くり(nation building)を手がけた。

 しかしながら、1990年代末のインドネシアのス ハルト長期政権が人々のデモによって崩壊へ追い 込まれたように、対外的には主権国家として国際 社会によって担保されても、国内的には人々の支 持を失うという国内権力の正当性を巡って、しば しば暴力的な体制変換が行われた。

 21世紀に入って、この対外主権と国内主権との 間の関係は、1960−70年代の独立の蜜月、1980−

90年代の冷戦の終焉期を経て、ますます問われて きているように思える。実際、外からの国づくり は2001年の米国のタリバン政権打倒のための空爆 によって開始されたアフガニスタンは今だ人々の 支持が得られぬまま泥沼化し、程度の差こそあれ イラクも同様な状態にある。また、2011年の「ア

ラブの春」と欧米メディアで呼ばれているチュニ ジア、エジプト、リビア、イエーメン、シリアも その「民主化」の発生と性格は実に各国ごとに 様々だが、欧米日を中心とした「北」の利害に支 えられてきた長期独裁政権の崩壊は、これらの国 内における権力の正当性の根拠の薄さを改めて白 日の下に曝すこととなった。

 さらには、南米において、地域のアイデンティ ティーを要求する運動は、従来、自明のことと考 えられてきた資源開発を再考し、新たな地域経済 のあり方を探り出す政治文化運動も顕著になって きている。

 本稿は、この2つの主権概念のズレを、どのよ うに平和学というより暴力の少ない世界を探るか という営みを通じて考えてみることである。しか し、問題提起のみをまずは大まかに提示するとい う意味で、あくまでも試論の序章とも言うべき限 界を有している。

 こうした視角から、まず、自国の資源を自由に 処分するために国際的交渉で戦った資源主権にお いて国際的正当性を得た資源国家が、やがて自国 内の人々に対しての権力の正当性をどのように 失ってしまったのかを、産油国アルジェリアの 2000年代の現状を踏まえて、問題提起してみる。

 次に、国内資源を同自国内の人々の福祉に役立 てるかという従来の資源加工型開発に対して、資 源のあり方そのものを地域の人々が問い直し、別 論 文

特集:国際平和における人権の可能性と困難性

資源と開発─21世紀の「南」の主権を考える

勝 俣   誠

(PRIME所長)

(2)

の地域社会を想起する事例として2000年代の南米 の動きエクアドルの事例を考察することによって そもそも「資源」を「開発」するという現代世界 の営みは、それが「開発」される人々にとってど んなイミを問うのかを考える切り口を提示してみ たい。

1.資源主権から市民社会へ

 対外的主権の復権のもとに戦われた1960−1970 年代まで「南」の地域の資源ナショナリズムが 1980年代以降、いかに国内の人々によって相対化 され、このナショナリズムに立った国家権力の正 当性を危うくしていったのかの事例を考えてみよ う。

 アルジェリアを選んだのは、1950年代から国連 憲章の民族自決権をテコに植民地からの独立を目 ざし多大な人的犠牲を払って7年にわたる独立戦 争を続けた国であるからである。さらに、独立後 は自国内の資源に対する主権を目指して国連の場 では新国際経済秩序の樹立宣言に対して決定的役 割を果たした国であるからである。

1−1 原住民から国民へ─アルジェリアの事例(1)

 第2次世界大戦以降の国際経済において最も顕 著な特徴の一つは先進工業国と新たに独立した発 展途上国との間に生じた南北問題の登場である。

とりわけ、新興独立国が、植民地時代以来のモノ カルチャー経済から脱皮し、工業化を標榜する自 立的な国民経済を形成しようとするとき、先進工 業国との間に何らかの新たな経済関係を樹立する ことが、これらの諸国にとって急務となった。

 こうした目標を提示したのは、1963年の第1回 国連貿易開発会議(UNCTAD)準備会議である。

同会議では、一次産品の価格安定、自国内での一 次産品の加工と販路の確保、資源開発関連産業の 国内経済への統合、工業化促進のための金融機構

の創設などが強調された。

 それ以降の77カ国グループによるアルジェリア 憲章(1967年)、第2回UNCTAD(1968年)、第 3回UNCTAD(1972年)、第4回非同盟会議(1973 年)などの国際舞台でも、アルジェリアは資源ナ ショナリズムを基調とした国際経済関係の変革を 提唱してきた。植民地支配下では一部のエリート を除き、アルジェリア人は自国にいながら市民権 はなく、もっぱら原住民という地位に押し込まれ ていた。独立とは自国の主人公としてのアルジェ リア国民の誕生を意味し、その経済的基盤は自国 の富を回復するプロセスとしてごく当然の目標で あった。

 他方、OPECにおいても1968年の第16回総会で は産油国における従来の利権方式の枠を越えた事 業参加原則が、天然資源の恒久主権の行使を明記 した1966年11月25日の国連議決2185号とともに採 択された。これにより、当初、OPECが国際石油 会社に対してあまりに柔軟な立場を取りすぎると いう理由で加盟を躊躇していたアルジェリアも 1969年加盟国となり、原油価格の調整に対し、積 極的な役割を果たした。すなわち、1960年代にお いて、先進国との交易条件の著しい悪化に対し て、有効な行動をとり得なかったOPEC加盟国 は、60年代末から70年代初期にかけてのアルジェ リア及びリビアの価格共同戦線の結成によって、

OPECの交渉力を大きく強化したのであった。こ うした中で、1974年4月のアルジェリアによって 提案された「資源と開発」の第6回国連特別総会 において決議された「新国際経済秩序樹立に関す る宣言と行動計画」は、戦後、紆余曲折を経て模 索されてきた(2)南北関係を総合的に把握し、そ の解決策により公正かつ均衡の取れた方向を与え ようとした画期的な試みであった。

(3)

1−2  市民的自由と多様性を求めて−人民から 市民へ

 資源主権の確立は確かに国際関係、より時代の 用語で言えば、南北問題において、より平等な関 係を求めるという国家間の民主化という画期的側 面を有していた。注目すべきは、資源主権運動は あくまでもアルジェリア独立国家という対外的自 己主張ないし新興共和国としての権利回復運動で あったことである。すなわち、国内においては

「人民」を代表するアルジェリア民主人民共和国 の内実は、独立運動を戦った軍(「民族解放軍、

ANL )を中心とした「民族解放戦線、FNL」で あるという暗黙の了解ないし集団的記憶として疑 われることはほとんどなかった。

 そこではアルジェリア社会の文化・言語の複数 制や個人や女性の権利は「アルジェリア革命」の 公的定義の中では消されていた。たとえば、1976 年の国民憲章ではアラビア語の普及と創造的な有 用なる道具として、それを学ぶことはアルジェリ ア社会の優先課題であるとしてベルベル語の教育 使用を禁止した(3)

 かくして、資源国アルジェリアにおいて、FNL 独裁体制は1980年代末まで、20年近くにわたって 国際石油市場の好調も手伝い、国内の人々から正 面切って抗議されることはきわめて稀であった。

 しかしながら、国際市場での原油価格が低迷 し、毎年労働市場へ送り出される若年層の失業、

増大する都市住民への住宅サービス不足、食料品 価格の上昇、蔓延化する汚職など、アルジェリア

「人民」は自国の権力の正当性に懐疑を抱きだし た。また、エジプトのナセル大統領のアラブ世界 でのナショナリズムに対して、同じイスラーム教 徒でありながら言語も文化をも異にするアルジェ リアのいわば先住民ベルベル人も自らの言語・文 化の回復を度重なる国家当局による弾圧にもかか わらず公然と訴えるようになっていった。とりわ け、FNL独裁による「国家」には権力の正当性

はないとして、イスラーム国家の樹立を目指すイ スラーム主義運動は、1980年代末の複数政党制の 導入によって、破竹の勢いで国内の政治基盤を拡 大した。

 しかしながら、自らの既得権の喪失を恐れる軍 部は、1992年にクーデターを起こし、以来、非合 法化されたイスラーム主義組織と軍との抗争で同 国は内戦状態に入ってしまう。

 これら一連の現象は、資源主権を支える対外主 権の根拠となる人民の主権が、国内において揺ら いでいくプロセスを物語っている。国内の民主化 によってどう国家権力の正当性を再構築していく のか。

 この問いはすぐれて市民社会がどう形成されて いくかの問いと切り離せない。従来、社会権の名 においてしばしば弾圧されてきた個人の自由、女 性の権利の要求といったアルジェリア社会の新た な変化は、「アルジェリア革命」の嫡子として単 独政党FNL国家とその権力の正当性を読めない、

やはりもう一つの単一イスラーム国家を目ざすイ スラーム主義政党の間で、ある時は国政選挙の大 量棄権で(4)、ある時は街頭デモや暴動という形 でしか表明できなかった。

 かくして、2011年の隣国チュニジアやエジプト の民主化デモによる長期独裁政権の崩壊も、この ポスト資源主権期を特徴づける市民社会の本格的 到来を告げることになった。これを換言すれば、

資源ナショナリズムを背景に1970年代まで人民の 代表として国民統合を単元的に司ってきたアル ジ ェ リ ア 人 民 が、 自 ら 国 家 権 力 を 相 対 化 し、

チェックし、新しい社会展望を提示するという市 民への移行を意味すると言えよう。

 近代は国民主権国家を特徴としてきた。植民地 経済から脱却して経済的自立を獲得しようとした アルジェリア独立の50年は、対外的主権の主張か ら、国内におけるアルジェリア人社会の各人の自 由と多数性の承認に立った「市民社会」に担保さ

(4)

れた正当性の確立へと、主権内容を大きく変化さ せたと言える。

2.天然資源と先住民族

 天然資源に対する国家主権は、国内の資源を時 の国家が一元的に管理する権限を有するという了 解の下で、資源国の政府は自国資源の開発に関心 を有する外国の企業との交渉の窓口に立ってき た。

 しかしながら、資源開発の対象となる地域に住 む住民は、しばしばそのことを知らされず、ある いは適切な協議もなく排除されたり、不当な価格 で補償されてきた事例は「南」地域で数多く見ら れてきた。

 しかしながら、近年、特に南地域の先住民が自 らの土地、資源への権利を主張して国家による資 源主権の従来の運用の転換を迫ってきている。世 界銀行も定款からしてその融資は第4条10項で

「経済的条項のみを考慮して」と規定に安住し、

開発融資を受ける途上国内の先住民族の反開発抗 議活動に対して融資先の国家の主権のみを尊重す ればよいという立場をいまや取れなくなってい る。自国内における開発に関し自由に規定できる とする国内制度に対して、人権や環境の国際的標 準ないし制度が対立するようになり、非国家アク ターとしての先住民族の主張は無視できなくなっ ているのである(5)

 先住民の土地への権利は、すでに1966年に採択 された国連の「経済的社会的および文化的権利に 関する国際規約」の第1条において、はっきりと その根拠を求めることが出来る。

 本規約の第1条2は以下のように明記してい る。

 「すべての人民は、互恵の原則に基づく国際的 経済協力から生ずる義務及び国際法上の義務に違 反しない限り、自己のためにその天然の富および

資源を自由に処分することができる。人民は、い かなる場合にも、その生存のための手段を奪われ ることはない。」

 さらに1991年に発行した国際労働機関(ILO)

の169号条約では、主権国家における先住民族の 土地資源に関する様々な保護を規定している。

 とりわけ、国家が土地・資源に対して権利を有 するとしてもその利用・開発に関しては協議が行 われるべきとしている。まず協議に関しては、同 条約の6条1は、次のように定めている。

 「この条約の適用に当たり、政府は、(a)当該 人民の直接影響するおそれのある立法的または行 政措置が検討されている場合には、常に、適切な 手続き、特にその代表的団体を通じて、当該人民 と協議すること。(・・・)2.この条約の適用 に当たって行われる協議は、誠実にかつ状況に適 する形式で、提案された措置についての合意また は同意を達成する目的のために行われなければな らない。」

 また15条では2.「国家が鉱物もしくは地下資 源の所有権または土地に属する他の資源に対する 権利を保有する場合には、政府は、当該資源の探 査もしくは開発のための計画を実施しまたは許可 を与える前に、当該地域の関係人民の利益が害さ れるかおよびどの程度まで害されるかを確認する ため、これらの人民と協議する手続きを確立し、

また維持する。関係人民は可能な限り、このよう な活動の利益を享受し、かつ、当該活動の結果被 るおそれのある損害に対しては公正な補償を受け る。」

 さらに、同条約は資源の使用、管理および保存 に参加し、その成果を享受したり、損失の補償の 必要も明記している。

 先住民族の権利について永らく研究をしてきて いる青西靖夫氏は、グアテマラを事例に、この先 住民族による協議要求とその実践の中に、主権国 家内の先住民族による新たな自決の方向性が見出

(5)

されるとして、以下のように「先住民族の権利に 関する国連宣言を引用し、その実現可能性を示唆 している(6)

 「そしてこうした権利は、「先住民族の権利に関 する国連宣言」の中でより広範に展開されてい る。第3条に記されている自決の権利、第4条の 自治の権利に加え、第26条に定められている「伝 統的に所有、占有、あるいはその他の方法で利用 もしくは獲得してきた土地、領域、資源に対する 権利」、第23条に定められている開発に関する「優 先事項と戦略を決定し、策定する権利」、第20条 に定められている「伝統的もしくはその他の形の 経済活動に自由に従事するための、政治的、経済 的、文化的なシステムまたは制度を維持、発展さ せる権利」、そして第29条では「環境と、土地あ るいは領域および資源の生産能力の保護と保全の 権利」が定められている。

2−1 脱資源開発の道

 しかしながら、2000年代に入って、先住民族の 地域に対する自己決定権の主張は資源開発そのも のを再考し、「北」の富裕国の化石エネルギー大 量消費型の生産・生活様式を問い直させる運動が 登場してきている。

 なかでも注目すべきは先住民族の権利から出発 して資源開発を停止することのできない資本主義 体制そのものを社会運動で問い出したことがあ る。2010年4月にボリビアで開催された気候変動 と母なる大地の諸権利に関する諸人民世界会議に おいて打ち出された「母なる大地の権利」がその 代表事例である。同宣言では資本主義体制が母な る大地を劣化させ、地球温暖化問題を引き起こし ているとし、「よく生きる、vivir bien」ために母 なる大地の自然の権利を謳っている(7)。  この権利概念を支える「よく生きる」とは天然 資源の開発と消費量によって達成する経済成長を もはや人類の福祉の増大と結び付けない新たな時

代思想である。この思想はより少ない資源による 生活の質の向上を実現するという脱成長への社会 展望へとつながっている(8)

 また生物の多様性を保全する知の主体として 2010年10月名古屋で開かれた生物多様性条約第10 回締結国会議で「先住民族および地域コミュニ ティー、Ingenous and Local Communities」の役割 が確認された。これは進歩の名において近代が生 んだ自然の支配を目指す科学知に対する「伝統 知」の復権を意味する(9)

 さらにその広がりは今だきわめて限定されてお り、言説や試行の段階にとどまっているが、エク アドルのヤスニ国立公園内の石油開発を凍結しよ うとするエクアドル政府の「ヤスニITT基金」計 画を簡単に紹介しておく。

 エクアドルは輸出収入の6割以上を原油輸出が 占める産油国であり、1990年代の探査で同国のヤ スニ国立公園と重なる地域で原油埋蔵が確認され ているが、同時に同地域はその自然に頼る先住民 族が生活し、また世界有数の生物多様性に富んで いることが知られている。1989年には同公園は国 連ユネスコによって「生物圏保護区」にも指定さ れた。

 ヤスニITT基金は、その原油開発を実施しな い代わりに、国連開発計画(UNDP)の管理の下 で、石油開発から得られる収入に対応する資金を エクアドル政府の出資と国際社会の寄付との間で 折半するというスキームとなっている。

 2007年に大統領となったコレア大統領は、すで に同国で石油開発の恩恵を求めて活発化していた 先住民族の地域内の支持を背景に、環境的に持続 可能な社会を目ざすことを公約した。

 ヤスニITT基金について、同大統領は「産油 国が初めて人類全体の福祉のために自国の富を諦 めた」と述べた(10)

 実際、地球温暖化防止や生物多様性の保全とい

(6)

う国際的課題のために、「南」の国がこの資源開 発を断念する事例は画期的なものと思われる。

 しかしながら、地球温暖化防止という観点から は、地域の石油開発をそれに対する対価で補償す ることで、地域的には自然が保全されるが、石油 資源に対する需要がある限りは、地域での石油開 発は止むことがないというマクロの視点も指摘し ておく必要があろう。

 もっとも、この問いは、先住民族ではなく、膨 大な石油資源を必要とする生活・生産様式に依拠 する「北」の富裕国や新興国に発せられるべきで あろう。

 かくして、先住民族の自決権の動きは今や世界 各地でその歴史的経緯を異にしながらも、もはや 国民・国家主権のもとで単一的な国民統合へと回 収される方向とは異なった形で展開していると思 われる。

今後の課題

 資源と開発を主権概念から「南」の地域の事例 によって足早に検討し、従来の国家間関係のもと で対外的各国が行使する資源主権の内実を「市 民」と「先住民族」の権利から考えてみた。

 そこから、2つの今後の平和研究の課題が当面 示唆されよう。

 第1は、資源国の市民社会が単に資源収入への アクセスないしレントの民主化要求だけでなく、

どんな社会を作っていくか自由に考え、共に話し 合えるような社会とはどんな輪郭となるかについ て、より広い、より深いリサーチが必要となるで あろう。

 第2は、地域の資源開発に際して、その地域の 資源を求めて止まない世界資本主義そのものに内 在する活動として捉え、資源開発なくして、ない し資源への依存度を減らすような生活様式を先進 国において探る課題も平和研究として重要になっ

てきていると思われる。

(1)本節は、勝俣誠、「フランスの対途上国経 済協力と新国際経済秩序」、日仏経済学会 BULLETIN、第8号、1980年、に多くを負っ ている。

(2)同宣言以前にも、1961年「第1次国連開発 の10年、行動への提言、1964年の第1回国 連貿易開発会議、さらには政治的内容をも 含んだ非同盟運動など様々な試みがなさ た。

(3)Benjamin Stora, Le 89 Arabe, Réfl exions sur les révolutions en cours, Stock, 2011、94ぺー ジ。

(4)1991年の第1回総選挙では棄権率50%で あった。前掲書、Stora;2011、103ページ。

(5)桐山孝信、「先住民族の権利をめぐる世界 銀行・国家・非国家アクターの交錯、ジュ リスト、No.1299、51ページ。

(6)青西靖男、「自然資源への権利確立を目指 して−「協議」から「自決」へ」、『PRIME』、

27号、明治学院大学国際平和研究所、2008 年、81−92ページ。

(7) http://www.sttp.ca/multimedia/website/

publication/French/PDF/2010/WPC_Climate_

Change_av2010_rap_fr.pdf(2012年12月14日 閲覧)

同宣言では「母なる大地の諸権利」とは以 下の10の権利を指す:1.生命と存在に対 する権利;2.尊厳に対する権利;3.人 類の関与なくそのバイオ能力を更新し、そ の生命循環を続ける権利;4.個別で、自 己調整し、独立した存在としての自己を保 全する権利;5.生命の源泉としての水に 対する権利;6.清浄な大気に対する権 利;7.健康への権利;8.汚染及び毒物

(7)

性、あるいは放射性廃棄物から排除される 権利;9.その全体性あるいは生き生きと して健全な機能を脅かすような遺伝子的進 化やその構造改変を蒙らない権利;10.本 宣言の中で認めら、人間活動に起因するす べての権利の侵害に対する実効的かつ即時 の補償への権利。

(8)脱成長思想については、勝俣誠 マルク・

アンベール編著、「脱成長の道−分かち合 いの社会を創る」、コモンズ、2011年、を 参照。

(9)市民外交センター2011年年次報告書、2012 年、8ページ。

(10)http://eco-act.typepad.com/ecoact/2007/10/

renoncer-au-ptr.html

参照

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