日本的雇用慣行 と特殊人的資本再考
一新 たな理論へ向けての覚書
中 村 建 一
1. 日本的雇用慣行の問題構成
日本 の労働市場 は,例えばアメ リカの労働市場 などとの比較 によって,「日 本経済の特殊性」を代表す る存在 として,以前か ら多 くの社会科学の分科 にお
いてその分析が進め られて きた。
経済学では, 日本の労働市場の特殊性を特 に際だたせ る属性を 「日本的雇用 慣行」 と呼び,分析の対象 としている。 日本的雇用慣行が注 目され る理由は幾 つかあるが,それが分析の難 しい労使間の (暗黙の)「長期的」雇用契約関係 であること,またそれ らが 日本経済のマ クロ的パ フォーマ ンスとどのよ うな関 わ りを持つのか とい う関心を呼ぶ ことなどが挙げ られ るだろ う。
本稿で は 日本的雇用慣行 を,『大規模企業 に就業す る男子 に適用 され る 「終 身雇用」 と 「年功賃金」』, と典型化 して議論を進めたい。 ここでいう 「終身雇 用」 とは,高校や大学等の学校を卒業 して,ある企業 に就職 した労働者が,一 貫 してその企業に留 ま り,定年退職 まで転職せず雇用 され続けることを典型例 として持っ よ うな,長期雇用の ことを指す。 また,「年功賃金」は,上記 のよ うな長期雇用の下で,労働の限界価値生産物 と特に相関す ることな く,む しろ 労働者の在職期間のみに比例 して賃金が上昇す るように見える現象をさす。
上記のよ うな 日本的雇用慣行を説明す るための多様な理論モデルが,多 くの 経済学者 によって開発 されて きた。 ところがその多 くのモデルでは,特 に入念 な検討 もな く, 日本的な雇用慣行を採用す る企業が生産要素 として 「特殊 な人
〔 3 6 9 〕
370 商 学 討 究 第43巻 第 3 ・4号
的資本」を需要す るとい う前提がおかれている1)。 後 に見 るように 「特殊な 人的資本」をモデルの前提 として採用す ることは, 日本的雇用慣行を説明す る 上で大 きな便宜を提供す る。言 ってみれば 日本的雇用慣行の説明に好都合であ るか ら,そのような前提がおかれるわけであるが,一方,はた して 日本の大規 模企業に特殊人的資本が本当に存在す るのか と言 うことについて,批判的な検 討がなされた ことは少ない2)。
筆者 は従来より, 日本的雇用慣行を説明す る為に 「特殊人的資本」の存在を 仮定す ることに疑問を もって きた。後に詳 しく説明するが,私の疑問点は,一 つには,安易に特殊人的資本の存在を仮定す ることは,ある非経済学的仮定を 同時に設けることに等 しいと言 うこと。そ して, もう一つには,仮 に特殊人的 資本が存在す ることを認めるに して も,そのためには日本の 「文化的特殊性」
がそのような技術の採用を決定 していると言 う,やはり非経済学的な想定をす ることになるということである。
これ らの疑問か ら,私は本稿において,まず この広 く採用 されている特殊人 的資本の仮定を批判的に検討 し,さらに特殊人的資本の存在を新たな観点か ら 再構成す ることで,新 しい日本的雇用慣行の理論の構築 と実証分析‑向けての 予備作業 としたい。
以下の構成は,次のようになる。先ず何故従来の議論では特殊人的資本の仮 定が採用され易か ったかを単純な議論 によって紹介する。 次に特殊人的資本の 仮定の採用によって起 こる理論上の陰路を指摘する。最後に私 自身の特殊人的 資本についての把握を紹介 し,そのような把握の下でどのような説明が可能で
あるかの概略を示す ことで議論を締め くくりたい。
2.
特殊人的資本 と日本的雇用慣行人的資本 とは,訓練 によって労働者に体化 されるようになった技能の ことを
1
)例えば,中馬( Chuma) 〔2
〕,橋本( Hashi mot o) 〔5
〕,西島 (5
),大橋( Ohas h i
) 〔7〕,などを参照 されたい。2)例外 として小野 (3)が存在す る。
日本 的雇用慣例 と特殊人 的資本再考 ‑新 たな理論‑ 向 けての覚書
3
71指す。従 って何 らかの費用を投 じ,その収益が将来 に得 られ ると言 う意味で は, この人的資本 は,企業の設備投資行動 における資本財 と異なる所 はない。
人的な資本が機会設備のような非人的資本 と異なる所 は,資本財が人間の技能 として存在す るために,仮 に企業が訓練費用を負担 していたとして も,体化 さ れた技能に対 して,機械 に対す るような所有権を主張す るわけにはいかないと 言 う点である。
すなわち (人間の身体その ものの所有を否定す る社会では)雇用者 は被雇用 者の退職の 自由を認めなければな らず,仮 に企業が費用を負担 した人的資本の 所有者である労働者が,資本か らの収益を回収す る以前 にその企業か らの退職 を望んだ ときは,企業 は人的資本の所有権を主張 してそれを拒否す ることはで きない。従 って雇用者 は資本か らの収益を得 るために労働者を多期間にわたっ て 自分の企業に引き留めておきたいな らば,強制 によってではな く,労働者 自 身が 自発的にその企業に留 まる動機を持つ ように (暗黙の)契約内容を工夫 し なければな らない。
したが って人的投資の問題 では,一般の資本財 に関す る投資の問題 に加 え て,必要 に応 じて長期雇用を維持す るための労使間の契約に関す る工夫が要請 され ることになる。 ところで特殊人的資本が必要 とされ る場合,そのよ うな契 約上 の工夫か ら,長期雇用 と, (限界生産物 の価値 と独立 な)時間を追 って上 昇す る賃金 プロファイルが表れ ることになる。それが 日本的雇用慣行の説明に 当た って特殊人的資本の存在が仮定 され る理 由であるが,そのような事情を今 少 し詳 しく見てみよう。
人的資本理論の定式化 と応用に努めたベ ッカー
( Bec ker 〔1 〕 )
は,人的資 本には一般人的資本 と特殊人的資本の区別が可能であることを主張 している。この一般性 と特殊性の区別 は,ある技能 に価値を兄いだす企業数の違いに依存 す る。あ る技能が多 くの企業で同一 の価値を もた らす よ うな技能であ った場 合,そのよ うな技能 は一般人的資本であると呼ばれ る。いわゆる 「読み書 きそ ろばん」 と言 った義務教育で獲得 され るような技能 は, この分類 に該当す るも のの一例である。一方,ある技能がその価値 において企業間で著 しい差を持つ
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商 学 討 究 第 43巻 第 3 ・4号場合,(極端 には)ある特定の企業で は価値があ るが,それ以外の企業で は全 く価値がないよ うな場合,それは特殊人的資本 と呼ばれる。
これか ら人的資本の種類によって,労使契約 にどのような差異が表れるかを 見 る。以下では,人的資本を獲得す るためにはある訓練期間が必要であ り,そ れは雇用契約の単位である一期間を要す るとしよ う。 しか し,訓練期間におい て も,労働者 は訓練を施 されていない労働者 としての就業 は可能であ り,その 賃金を受 け取 り得 るとす る。また,その訓練期間には訓練を行なっている当の 人的資本か らの収益 は得 ることがで きない。さ らにここでは考察す る期間を2 期間に限 り,議論の単純化を計 りたい。従 って人的投資か らの収益 は第 2期 に 得 られ ることにな る。
さて,初めに結果を述べておけば,一般人的資本の場合,企業には人的投資 の費用を負担す る動機 は存在せず,そのために投資 した費用を回収す るための 長期雇用を達成す るために契約上の工夫が行なわれることはない。反対に特殊 人的資本の場合は企業が費用を負担す る動機が生 まれ,その回収のために労働 者が長期的にその企業に就業 したいと考えるよ うな動機を作 ってやる必要が生
じる。その結果 として長期的な契約関係が労使間に生 じることとなる0
一般人的資本の場合,企業がその投資に要す る費用を負担す る動機がないの は次のよ うな事情 による。取引費用が存在 しない世界 を想定す るな らば,費用 の負担者が誰であれ,既 に一般人的資本を体化 した労働者 は,単一の企業に留 ま り続 ける動機を持たない。何故な ら, 自分の技能に対 して同一の賃金を払 う 企業 は,市場 に無数 に存在す るのであ り,一方,現在就業 している特定の企業
との関係が継続す ることか ら,なにか特別な利益が生ず ることはないか らであ る。言葉 を変えれば労働者 は特定の雇用関係 の中断か ら何の不利益 も被 らな
い。
一方企業には, このような状況で一般人的資本の訓練費用を払 う動機は存在 しない ことを指摘で きる。 もし仮 に,あ る企業が 人的資本を使用す ることに よって,他の企業 には存在 しないレン トを獲得で きるとす るな ら,訓練費用を 負担 した として も,労働者が企業 に留まって くれ るな ら,その費用を回収 しレ
日本 的雇 尉慣 例 と特殊 人的資本再 考 一新 た な理 論へ 向 けての覚書
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ン トを得 ることがで きる。 しか し一般人的資本 とは,定義により多 くの企業 に おいて同一の価値を もた らす ものであ̲るか ら,企業が他よ り高 い賃金を支払 う ことによって労働者を引き留めようとしたとして も,要素市場の競争性か ら, 企業 は労働者 に高 々,他の企業 と同一の賃金 しか支払 い得ない。すなわち一般 人的資本 においては,均衡において企業に費用負担を決意 させ るよ うな レン ト は存在 しない し, (経済的な合理性 は無視 して)企業が労働者 を企業 に引き止 め得 るかを考え七 と‑して も,上記のようにそれは不可能である。
その結果 として,一般人的資本の投資に関 して費用を負担す る主体 は労働者 自身 しか存在 しないことになる。つまり,一般人的資本を体化 した労働者 に関 す る労働市場で は,投資は全て労働者 によって行なわれ,又, (偶然,同一の 企業に留 まる場合を除 き)長期雇用は存在 しないと言 うことになる。
さて特殊人的資本が存在す る場合 は事態は一変す る。 ここでは,特殊人的資 本の特殊性が極 めて大 きい場合 (典型的な特殊人的資本),すなわち,ある特 定の特殊人的資本を生産要素 とす る技術を持つ企業が,他の企業には存在 しな い レン トを獲得す ることがで きて (もちろん このよ うな レン トは割引現在価値 において訓練費用を越 えていなければな らない),一方,他の企業で は,同一 の特殊人的資本か らの レン トが全 く存在 しないような場合を想定 しよ う。 この よ うな場合 は,先の一般人的資本の場合 とは異 な り,企業に投資の費用を負担 す る動機が生 まれ ることが分か る。つ まり,費用を負担 した として も, レン ト の一部を労働者 に支払 うことで労働者を企業に引き留め,なおかつ費用を回収
し, レン トの残 りを利潤 として得 ることが可能 になるか らである。
では,特殊人的資本が存在す る場合には,投 資の費用を全て企業が負担 し, 労働者 は訓練期間には訓練無 しの労働力に対 して支払われ る賃金を受取 り,そ れ以後の期間で は,それ以前の賃金に加えて レン トの一部を受 け取 る, と言 う
ことになるのだろ うか。
離職の機会費用 と言 う観点か らそれを考えてみよ う。 いま, もし企業が,労 働者の自分の企業 に留まる動機を,よ り強い ものに しようと考えるな ら,第一 期 に労働者 に も訓練費用の一部を負担 させよ うとす ると考え ることがで きる。
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号この場合,労働者が,「第
1
期 に費用を負担せず,第2
期 に レン トの一部を受 け取 る場合の,その レン トの割引現在価値」 と,「第1
期 に費用を負担 し,か つ第2
期に レン トの一部を受 け取 る場合の,割引現在価値で評価 した レン トと 費用の差額」が同一であった として も,労働者 にとって離職のコス トは後者の 方が大 きな もの となる。何故 な ら,前者の場合 は,離職の コス ト (機会費用) は得 られたはずの レン トの 自分‑の分配分のみだが,後者の場合 は,その レントの分配分に第一期 に負担 した訓練費用が加わるか らである。
また,企業 にとって,労働者 に負わせ るべ き離職の機会費用が 「同一‑」であ るな ら,分配す るレン トの額だけで機会費用を作 るより,訓練期間の訓練費用 の負担 を させ ることを レン トの分配 に併せて用いた方が, コス トの節約 とな る3)。離職 の動機が現実 には,単 に所得額だ けを原因 とす るものでな く,例 えば職場の環境への不適応などによって も形成 され るとす るな ら,企業はで き
るだけ効率的に離職の機会費用を高めてお こうとす るだろ う。 このような こと を考え るな らば,均衡 においては,第
1
期の訓練費用の負担 と,第2
期に得 ら れる レン トの分配の,両者 について労使がそれ等を分けあ うことになると考えられ る。
このような場合, この特殊人的資本を需要す る企業の雇用形態および賃金 プ ロフィールは, どのような ものになるだろ うか。 この企業では特殊人的資本か らの レン トを獲得す る為に,複数の期間にわたって (今の場合,
2
期間だが) 雇用関係が持続す ることが分か ってい る。 これ は 日本的雇用慣行 の終身雇用 (長期雇用)に対応す る。一方,賃金 に関 して は,第1
期 には,「訓練のない 労働‑の賃金」マイナス 「労働者の訓練費用負担分」。第2
期 には,「訓練のな い労賃」プラス 「特殊人的資本の レン トの分配分」が支払われることになる。こ\れは日本的雇用慣行の年功賃金 に対応す る。つま り特殊人的資本を,需要す るよ うな企業の雇用形態は日本的雇用慣行 に見 られ る特徴を供えていると言い 得 るのである。
3)どのよ うに労使間で費用 とレン トを シェアす るかについて厳密に議論を行 な うこと は交渉理論 に関わ る困難な話題である。
日本 的雇用慣 例 と特殊 人的資本再考 ‑新 たな理論‑ 向 けての覚書 375
3.
特殊人的資本 は存在するか前説で は,なぜ特殊人的資本の存在が 日本的雇用慣行のモデル化 に当た って 求め られ るのかを,簡単な議論によって説明 した。 しか し,特殊人的資本の存 在が, 日本的雇用慣行 に見 られ る二つの特徴を説明す る上で有効な仮定になる として も,そのような人的資本が現実 に日本的雇用慣行を採用 している企業 に 存在す るのか と言 うことについては,確かな議論が存在 しない。
そ もそ も特殊人的資本の現実 における例 と言 うものが,実 ははっきりしない のである。 このような点 について小野 (
3
)は,特殊人的資本 と言 う概念 自体 が元 々,典型的な例を持たないと言 う点で,灯台などの明快な例を持っ公共財 とは著 しく異 な った性格を持 って いる点 を指摘 してい る4)。つ ま り,特殊人 的資本が, 日本的な雇用慣行を採用す る企業 に存在 しているのか と言 う問題の 前 に,そ もそ も確かめ られるべ き特殊人的資本 とは現実的にいって どのよ うな ものなのか と言 う確かなイメー ジが存在 しないと言 う問題を指摘す ることがで きる。確認すべ き存在が,確かな像を結ばないのであれば,そ もそ も実証的確認 は 叶わない。 しか し, 日本的雇用慣行を採用 している企業 は,従来の議論では特 殊人的資本を採用 しているはずであるか ら,特殊人的資本が存在す るとすれ ば,それ は先ず 日本的雇用慣行を採用 している企業においてであると言 うこと
になる。
実証研究の結果か らは日本的雇用慣行 は,大規模企業の男子労働者に適用 さ れていることが知 られている。我 々は様 々な産業の大規模企業の男子労働者の 持っ技能 と して,特殊人的資本の名 に値す るよ うな技能 を発見で きるだろ う
4)
「われわれは,た とえば公共財について説明す るとき, しば しば灯台をその例 にあ げる。外部効果では教育や公害を例 に引 く。それによって他の人 々に議論の具体的 イメージを与え ることがで きると同時に,説明者 自身が 自らの分析をより一層深め ることがで きる。 しか し特殊熟練, とりわけ勤続の長期化を要す る特殊熟練の場合 には,灯台,教育あるいは公害に匹敵す るうまい具体例がない。 うまい具体例が見 つか らない と言 うことは,確かな実体が存在 しない ことを意味す るのではないだろうか」(小野 (
3 ) ,第 7 章 ,1 39
頁)376
商 学 討 究 第43巻 第 3 ・4号か。 この場合, 日本的雇用慣行 は典型的には終身雇用 と言 う形を取 るのである か ら,存在す るはずの特殊人的資本 は,例えば,学卒時か ら定年退職時まで, その企業に転職す ること無 く留まり続 けることによって,初めて労働者 にとっ て最適が達成 されるような ものでなければな らない。
これ は大規模企業 における特殊人的資本が, もし存在す るな らば,極めて強 い特殊性を持 たなければいけない ことを示唆す る。何故 な ら,労働者が,一旦, ある企業において特殊人的資本を体化す る訓練を受 けることに合意 したとき, それは数十年 にわた ってその企業で 「のみ」働 くことによって レン トを もた ら
し,さ らにその分配 にあずかれ るような技能でなければな らないか らだ。その 企業で訓練す ることによって得た特殊人的資本が,ある程度一般性を持つ もの であれば,産業構造の変化や産業間の成長性の変動 によって,獲得 した特殊な 技能が,む しろ他の企業 (あるいは産業)において高 く評価 され るようになる と言 う可能性を否定で きない5) 。 しか し,終身雇用 はそのよ うな可能性 を否 定 している。
では日本の大規模企業が採用す る特殊人的資本 はそのように特殊性が高いと してみよう。 す ると, 日本の多 くの産業,更にその中の多 くの大規模企業,更 にその中での各職種の 「各々全て」が,数十年にわたってその企業への勤続が 合理的であ るよ うな特殊性 を持 った人 的資本を,必要 とす ると言 うことにな る。つ まり, 日本の労働市場 には,特殊な人的資本が溢れ返 っていると言 うこ とになるが,これは直感的に納得で きる事態であろうか。膨大 に存在す るはずの ものに対 して,我 々が一例 も明確 な例を挙げ得ないと言 うのは何故であろうか。
また,終身雇用を支えるほど特殊人的資本の特殊性が強いと言 うことは,経 済学的に言 って もある種の不条理を肯定す る結果 になる。経済学で は,技術知 についての取 引費用が充分に低ければ,ある産業において著 しい レン トを もた らすよ うな技術が存在 した場合,それは早晩,他の企業に模倣 され,あるいは 模倣を行なった企業の参入によって,その産業での レン トはゼ ロに収束す る傾
5
)橋本モデル( Has hi mot o〔5
〕)はこのような可能性を考慮したものになっている。向がある, と言 うことが知 られている。
ある産業 において,各企業の採用す る技術が,当初 において特殊 な もので あ った として も, それ らの技術が企業 にどの程度の レン トを もた らすか は, 様 々な経路 によってモニ ターが可能であ り,高 い収益率を もた らす よ うな技 術 は模倣 され ざるを得ないはずであ る。今, 日本の労働市場 で各企業の各職 種 ごとの特殊性が,数十年 にわた って存続す ると言 うことであれば, 日本の 企業 は利潤を求めて技術革新を行 な うことに極 めて怠惰であ った とい うこと になる。 これ は我 々の常識的知識を著 しく裏切 る結論である。 このように直感 的な立場 において,あるいは経済学的な立場 において,特殊人的資本の存在を 日本の大企業 に素朴 に仮定す ることは,極 めて不条理な結論を もた らす ことに なる。
このような結論 は,我 々が潜在的に特殊人的資本 にある特定の想定を してい るために起 こる, と考えることがで きる。つまり特殊人的資本の存在を仮定す る, と言 った場合,それは言わば物理的な技能 としての特殊人的資本を想定 し ているのである。その ことは特殊人的資本を,機械設備に例えてみ るとはっき りす る。 例えば,ある複数の大企業各 々が,他の企業 は一つ も採用 していない 新型の機械を導入 した, しか し各機械 は他の企業に模倣 されることな く,また 他の企業で使用す る機械で代替す ることも検討 され ることな く,数十年 にわ たって各 々の企業で使用 され続 けた, と言 う例を考えてみよう。 このような例 は現実 には存在 しそ うもないが,何故存在 しないのか と言 う理 由は,上記の特 殊人的資本が もた らす不条理 についての議論 と同様の ものになると思われ る。
即 ち特殊人的資本が何 らかの物理的な加工技術 と して表れ るようなケースを考 える限 り我 々は上記の不条理を回避す ることがで きないのである。
このような ことは従来の論者にもある程度予感 されてお り,その為に,特殊 人的資本の存在を新 しい形で 日本の企業 に兄 いだそ うとす る少 なか らぬ努力が 払われてい る6)。次節では,私 もこのよ うな方 向に沿 って人 的資本概念の再
6
)例えば小池和雄氏の一連の仕事 はこのよ うな文脈上 に位置す るのではないか と思 う。37 8 商 学 討 究 第
43巻 第
3 ・4号検討をすすめてみたい。私の立場 は,人的資本の特殊性を物理的技能の中に求 め るので はな く,組織 の中,その情報 的特性 の中に求め よ うとす る立場であ
る。
4.
組織 レン トと技術導入,及び二重労働市場企業の存在の根拠 については, コ‑ス
( Coar s e〔3 〕 )
以来,多 くの研究が なされて きたが,それ らの基本的な立場 は,企業の存在が市場を介 してのみ行 なわれ る交換か らは得 られないある利益を もた らす故にそれが存在す ると言 う 点 にある7 ) 。 コースは企業の存在の根拠 と して,協業的な労働が必要 とされる局面において,その協業が不確実性 に晒 され るとき,それ らに柔軟に対処す る為には,市場的な契約関係 よ りも権威的な上下関係に もとづ く関係の方が取 引費用の節約 になると考えた。 ここで は不確実性 と言 うものに関 して,その 各々の場合 について,一 々何をなすべ きかを約定す るよ りは,各 々の事態に際 して管理的立場の人物が配下の労働者 に指示を与え ると言 う形で,事態を処理 した方がよ り効率的であると言 うことが根拠 として考え られている。
このよ うなとき,複数の不確実な事態を 「継時的に」処理す ると言 う意味に おいて,企業における労使関係 は,ある程度の長期的関係を前提 に していると 言える。 しか し日本の終身雇用 としての長期雇用 はそ こで想定 され るよ うな期 間をはるかに越えている。それは日本の企業内での分業 と階層的関係 と言 うも のが,例えばコースなどの古典的議論で想定 されていた もの とは様相を異 にす
る所 に原因を求めることがで きるだろう。
7
)青木 (1 )第 4
章,21 0
貢, は企業組織の特徴 を労働の権威的配分 によって特徴づ け られ るもの と して捉え,その理 由を次のよ うに述べている。「それが現物価格調 整 メカニズムの専一的利用 によっては得 られない労働の効率的利用を可能 とす るか らである。そ して,その効率的使用は企業組織の参加者が市場を個別的に孤立 して 利用す ることによ って獲得 し得 る所得 の集計以上の ものを企業組織全体 に もた ら す。 この余剰 を我 々はひ とまず組織準地代 と呼ぶ ことに しよ う。」その後,青木(2
)は,企業 における組織 に関 し,厳格 な上下の階層秩序 と分業 によるヒエラル キーモ‑ ドにたい して,明確 な権威関係や,分業の存在 しない組織形態である参加 的モー ドが,可能にす るコス トの減少分をネ ッ トワー クレン トと呼んでいる。日本的雇用慣例 と特殊人的資本再考一新たな理論‑向けての覚書
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コースが想定 していたような企業では,先 に指摘 した指示 ・被指示の関係の 明確 な秩序 と, さらに明確な分業が前提 とされていた。 このよ うな管理職 と非 管理職の分離や,各職種の明確な分業の存在す る社会 は,そのよ うな分業によ る効率性を利用 していると言え る。 またその分業の各職種の仕事の区分 と言 う もの も,経験の中で効率的な ものが選択 されているはずである, と考えること がで きる。そ うであるな ら各職種 と言 うものは言わば,企業 について,取外 し 可能かっ組み立て可能な,基礎的部品 としての立場 にあ り,その意味で企業間 の移動 も容易に可能になっていると考え られ るだろ う。
しか し一般 に 日本的雇用慣行を採用 している企業 につ いては,(あ くまで相 対的な意味でで はあるが)そのような明確な区分が存在 しないことが指摘 され ている。つま り内部労働市場 においては頻繁な配置転換が行なわれ,結果 とし て個 々の労働者 は特定の専門的技能に専業化す るよ りは, 自分の関わるある範 囲の仕事全体 にたいす る見識を持っよ うに求め られ る。そのような知識の上で 個々の労働者 は専業化 に縛 られない柔軟な協業を行な う。 このような事態を青 木 は参加 モー ドと呼び,市場の一定の変動 に関 してはこのよ うな属性の労働者
による協業体制が,古典的企業の組織 にたい して優越す ると考えた。
青木 (
2
)は特 にこのような参加モー ドを, 日本の企業の特性 として捉えて いるが, このよ うな事態が 日本的雇用慣行の諸現象 とどのよ うな関係を取 り結 ぶかに関 しては明確な議論を していない。 これ は参加モー ドの関わ る仕事の性 格 と,それが関わる外的環境の変化をどのよ うな もの ととらえるかに原因があ ると考え られ る。青木 自身のモデルでは, (厳密な分析を可能にす るために) 比較的短期的な視野,企業の環境の小規模の変動を前提 に している。 ここで敢 密 さを犠牲に して長期的な視野 において,参加 モー ドが何を もた らすかを考えてみよ う。
戦後の 日本の経済を開発経済論的なステー ジによって特徴付けるな らば,そ れ は急速 な技術導入 の過程であ った と言 い得 るであろ う8)。 実証研究 によれ
8 )南 ( 4 )第 5
章などを参照されたい。380 商 学 討 究 第
43巻 第
3 ・4号
ば, この期間 日本の企業 は,海外の先進資本主義国の技術を 自己の企業の技術 として適応 させよ うとし,膨大な支出を行な っている。技術導入 は自己による 開発研究費の節約 と言 う面を持っが,単純に金額面で言えば,技術導入に要 し た費用 は自己の研究開発費を大 き く越えて いる9) 。 これ は技術 を導入す るに あたって,相当なプロセスイノベーシ ョンを併せて行 なっていたことを示唆す る‑0)。 さ らにこのようなプロセスイノベー シ ョンは相対的に技術開発の先進国 であった地域か らの頻繁な技術導入に対応̲して,頻繁 に繰 り返 された と言 うこ
とができる。
このよ うな事態の下で 日本の企業は参加モー ドを維持 して きたわけだが,そ こに求め られ る労働者の技能 は,確かに仕事一般に関す る知覚ではあ って も極 めて抽象的な次元の ものでな くてほな らないだろう。なぜな ら,生産過程の具 体的な作業内容 自体 はプロセスイノベー ションによって絶えず全面的に改定 さ れ るのであ り,そ うした環境下では,何等かの具体的な専門に関わる知識にお ける全体性以上の全体性が求め られ るであろうか らだ。そ こではある種の言語 的な知識の資本蓄積 と見な し得 るような知識への投資が求め られていると考え
ることがで きる。
具体的に言い替えると,プロセスイノベーシ ョンの連続の中にあるような職 場では,絶えず行 なわれ る配置転換や,新技術‑の適応 における,協調的な作 業配分や,指令を効率化す る知識の蓄積が求め られ る。 このような知識は,組 織を効率的に編制す るための様 々な指令や,労働者相互間の調整のためのルー ルか らなる点で,物理的な技能ではな く言語的な技能であると言えるだろう。
このよ うな技能 は,何 らかの意味で労働者相互 の調整 に関わ る技術で あるか ら,職場のある特定のメンバーが所有 していると言 うことではな く,全員に所 有 されていなければな らない11)。 これ らの技能 はコン トロール ロスの大 き くな
9 )鈴木 ・宮川 ( 6 )第 5 章 ,1 21
頁1 0 ) 産業 によ って はこのよ うなプ ロセスイノベー シ ョンの結果,生産物 は同一であ って も,工場 と して は全 く別の企業 に成 ったの と同様であ ると言 う証言 も存在す る。
ll)指令関係 を例 に取れば,言語的な技能 は当然監督者の言葉 に関わ ると同時に,その
言葉を理解 し実行 に うつす立場 にあ る被監督者 の受容能力に も関わ るか らであ る。
日本的雇用慣例 と特殊人的資本再考 ‑新 たな理論へ向けての覚書
3 8 1
る大規模な組織で特 に需要 され ると考えることがで きる。
ところで このような 「技能」は,労働者相互の一般的な意志疎通,意志決定 に関わ る技術であるとい う点で,「一般的」技能であるが,同時に,そのよう な意志疎通 に関す る技術 は,参加 している個 々の労働者の個人的特性,性格を 考慮 した ものでなければな らないと言 う点で 「特殊」である。 つま り絶えず職 場の作業の編制が変 わ るよ うな環境 においては,新 しい作業配分を行 な った り,そのための様 々な指令が行なわれ ると言 うことは,常にあることであ り, その点で特別 な ことで はない (一般的である)。 しか し,そのよ うな作業配分 をっっがな く行な うためのグループにたいす る動機付 けや,特定の個人にたい して彼が納得 し得 るよ うな命令の仕方 とい うものは,その特定の職場の メ ン バーの性格に依存す るために一般的な知識 と言 うことはで きない (特殊な知識 である)。そ して このよ うな知識 は一朝一夕 に して獲得す ることはで きないか ら,企業が このよ うな資本を使用 しよ うと考えるな らば,労働者の長期雇用が 要請 され ることとなる。
私は戟後 日本の 日本的雇用慣行を支えたと思われ る 「特殊人的資本」は上記 のような ものではなか ったか と考える。 このような人的資本 は,ある特定の物 理的技能 として表れないが故 に,前節で論 じた様な不条理な事態を論理的帰結 として持っ ことはない し,また産業における企業間での (物理的)技術の模倣 を許容 した として も存続 し得 る特殊性であると言え る。 さ らにこのような特殊 人的資本 は極めて一般的に存在 し得 るものであ り, 日本にのみ存在 しなければ な らないと言 うものではない。 したが って,対象 となる国家地域を問わず,そ の経済の急速な技術導入時には 「日本的雇用慣行」が表れ る可能性を指摘で き るだろ う。
しか しこのよ うな 「特殊人的資本」は古典的なそれ とは異なる性質を持 って いる。つまり日本的雇用慣行を支え る 「特殊人的資本」が上述のよ うな もので あった とす ると,その投資に関 しては明確な訓練費用 と言 った ものを定義す る ことがで きない。従 って,企業が労働者の長期雇用を達成 しよ うと考え る時(転 職率を下 げよ うとす る時),雇用契約 は,古典的な特殊人的資本 に見 られ るよ
3 82 商 学 討 究 第
43巻 第
3 ・4号うな,労使間での費用 とレン トの シェア リング以外の方法を取 る可能性が 出て くる。
この点 に関 して,私 は現在企業が労働者 の長期的な企業‑の雇用を確保す る 政策 として「効率賃金」を採用 して いるので はないか と言 う仮説 を持 ってい る。
効率賃金仮説 は古典的には,労働者 が,賃金変化 によって労働時間のみを選択 す るのではな く,労働効率 (労働の品質) 自体を変化 させ ると言 う仮定 による 議論 であ る。 この理論 は,最近, シャ ピロとステ ィグ リッツ
( Shapi r oand St i gl i t z 〔8 〕 )
によ って, マ クロ的労働市場 にお け る非 自発 的失業 を,企業 の最適化行動か ら説明す る為の理論 と して再発見 された。簡単 に紹介すれば, 怠業の動機を持っ労働者 にたい して,不完全なモニ タ リングの技術 しか持 ち得 ない企業 は,賃金を市場清算的な水準 よ りも上昇 させ ることで,労働者が怠業 を発見 された とき退職 させ られ ることの機会費用を上昇 させ ることがで きる。何故な ら,非 自発的失業が存在す るな ら労働者 は解雇 された時,必然的に幾許 かの (低収入の)失業期間を経なければな らないか らであ る。
この議論を怠業の問題か ら解放 して,一般化す るな ら,企業 は,労働者 に効 率賃金を支払 うことで,退職 (あるいは解雇)の機会費用を上昇 させ,企業の 望むよ うな何 らかの行動を とらせ る動機をあたえ ることが可能 になる, と言 い 得 るであろ う。 そ こで, この ことを現在の問題である長期雇用 と関係付けるな らば,企業 は市場清算的な賃金 よ り高 い賃金 を,労働者 に支払 うことで,労働 者の転職を抑制で きるのではないか と考え ることがで きる。 つ ま り‑,職場への 不適応などで発生す る転職への動機 は,それを上回 る退職の費用 によって抑制
され ることとなるのである12)0
そ こで もし大規模企業が,規模 に相関す るよ うなプロセスイノベー シ ョンの コン トロール ロスを もち,それを長期雇用 によって得 られ るネ ッ トワー クレン
1 2 )
すなわち,私の考えるような特殊人的資本か らは直接に年功賃金を説明するような 要素は出てこない。 しかし年功賃金の存在は,専 ら退職の動機を低める役割でもち いられている可能性から根拠付けることも可能である■′( Lazear 〔6
〕はそうした 観点か ら長期雇用と上昇する賃金プロフィールを分析 している)。とは言え一義的 な結論は得 られない。今後の課題である。I
日本的雇用慣例 と特殊人的資本再考 一新たな理論へ向けての覚書
383
ト (私が上で説明 した言語的な特殊人的資本)を利用す ることで押 えよ うとす るな ら,大規模部門 において効率賃金が労働者の離職率を押え る手段 として採 用 され る可能性がある13)。 もしそ うであるな らば, この議論か ら規模問賃金格 差 に関す る古典的議論,即 ち, 日本の労働市場 においては同一の労働能力を持 つ ものが規模 によ って異 な る賃金 を受 け取 ってい る と言 う 「二重労働市場仮 説」を根拠付 けることも可能であろ う1
4 ) 0
5.
結 語本覚書で は,従来, 日本的雇用慣行を説 明す るために仮定 されて きた特殊人 的資本 について批判的検討を行な った。何 らかの特殊な利害の一致がなければ 長期的雇用関係 は維持 され得 ない, とい う意味で は,た しかに日本の企業 は特 殊な人的資本を必要 としている。 しか し,特殊人的資本が,ある特定の企業の みが必要 とす る特異 な労働技能 とい う意味で存在す ると考え るな らば,多 くの 矛盾が露呈す ることにな る。
一方,特殊 な人的資本 を,急速 で頻繁 な技術導入 に伴 うプ ロセ スイ ノベ ー シ ョンの反復時に得 られ るよ うにな る,あ る 「組織 レン ト」の獲得 に必要 とさ れ る 「人的資本」であると考 え るな らば, なにゆえ特 に 日本 に特殊人的資本が 存在す ることになるかの根拠が,本論 中で指摘 したよ うな従来の議論か ら生 じ
る不条理な しに,得 られ る。
なおかつ, このよ うな 「組織 レン ト」 とかかわ る特殊人的資本が,経済発展 の特定のステー ジに対応 して需要 され るものであるとす るな ら, 日本の労働市 場の 「特殊性」 は,何 らかの一般性 に還元不能 な (例 えば)「文化 的差異」に 根拠をお くもので無 く,企業の 「一般的な」最適化行動が,ある特定の機会 に 直面 した際に選択す る行動の結果 として表れ るもの として説明可能である。
1 3)
ネットワークレントについては注8
を参照のこと。1 4 )2
重労働市場の議論における労働市場の部門分割では, しばしば労働組合の存在す る企業による部門と,労働組合の存在 しない企業による部門と言 う区分が採用され る。現在の文脈か ら言えば,日本の企業別組合はネットワークレントの配分に関す る交渉力を確保するためのものと考えることもできるだろう。384
商 学 討 究 第
43巻 第
3 ・ 4号さらに上記の一連の議論を,転職率 とい う主題を介 して効率賃金仮説に関連 付けるな らば,古 くか ら主張 されて きた 日本の規模間にわたる二重労働市場仮 説を,その本来の含意 に近い形で正当化可能だ と思われ る。
今後の課題 は,以上のアイディアによる実証可能なモデルを作成 し,データ に基づいた分析をすすめることである1
5 ) 0
1 5 )筆者 は現在,発展途上国の部門間労働移動を扱 った‑ リスー トグロモデル ( Har‑
ri sandTodar o)〔4
〕が応用可能なのではないか と考えている。日本 的雇 用慣例 と特 殊人 的資本再 考 ‑新 た な理論 ‑ 向 けて の覚 書
385
参 考 文 献 邦文