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論文審査の結果の要旨
氏名:高 橋 力 也 博士の専攻分野の名称:博士(国際関係)
論文題名:『国際法の法典化と戦間期日本の国際法家-国際連盟における国際法典編
編 編編纂事業を題材に-』
審査委員:(主査)日本大学教授 小 代 有希子
(副査)日本大学教授 小 野 健太郎
早稲田大学大学院教授 篠 原 初 枝
本論文は, 国家間交流が緊密化していった戦間期に,国際連盟が中心となって行なわれた国際法 典編纂事業の取り組みに,日本の「国際法家」(英語のinternational lawyers にあてた,この論文 のオリジナルな造語)が主体的に関与し,平時国際関係のルール整備を試みようとした事実を明ら
かにした意欲作である。
国国際連盟を中心とした国際関係史において,日本を「サイレント・パートナー」以上の存在とし て描くことが,近年の研究では盛んになっている。とはいえ,戦間期日本の国際法学に関する従来 の研究においては,不戦条約などへの対応に関心が集中してきた。さらに,日本の「国際法家」が 満州事変に始まる政策の正当化をし,戦時中には,大東亜国際法理論という地域主義的な国際法の 構築に拘泥したことに注目が集まるきらいがあった。本論文は,戦間期日本の「国際法家」が,欧 米諸国主導の伝統的国際法の大枠にとどまりながらも,平時国際法を含めた国際法全体の発展に積 極的に貢献しようとした軌跡のほうに注目した。さらに,開国以来もっぱら国際法の受け手であっ た日本が,この時期には国際法秩序の「つくり手」となって,「法治国際主義(legal
internationalism)」を体現しようとした様子を照らし出し,戦前から戦後にかけての日本の国際法
実務の能動的な「連続性」をも示唆した野心作といえる。
以以下,論文の内容についての審査委員の評価をまとめる。
本本論文の第1部「国際法の法典化とアメリカ」および第2部「国際法の法典化と国際連盟」で は,アメリカ合衆国が国際連盟に参加しなかったものの,ワシントン会議を成功させ,戦時国際法 に関する多国間条約の成果をあげたこと,ついで,ルート(Elihu Root) やハドソン(Manley O.
Hudson)などの尽力によって,1930年のハーグの国際法典編纂会議の開催にこぎつけた経緯が検証
されている。さらに,様々な国を代表する国際法学者や,国際法を専門とする外交実務家たち個々 の活躍,連盟事務局と事務局長とのやりとり,そしてCPDI(国際法の漸進的法典化のための専門家 会議)設置までの諸国の動向や,CPDI会合での検討の様子,そして1930年ハーグ会議の開催をめ ぐる様々な議論の描写が詳細に紹介されている。ルートやハドソン,スウィーツァ (Arthur
Sweetser) といった,アメリカの国際法家のリーダーシップ,国際法の法典化に肯定的なアメリカ
世論の描写などは,戦間期アメリカが決して国際主義を放棄しなかったという興味深い事実を明ら かにするものである。さらに,ハーグ会議開催準備のために連盟が設置した専門委員会における日 本代表の松田道一が,ときに日本政府の意向を反映させたり,時に政府の政策と異なる見解を述べ たりしながら,ヨーロッパや中南米の「小国」も含めた様々な国家代表たちとともに,いきいきと
作業を進めていく様子も詳細に描かれ,日本人委員の確かな活躍を実感させるものである。 本 本本論文の第3部では,そうした最新の研究動向を踏まえた上で,学問的には未だ空地帯である
「国際法法典化事業における日本の国際法学会の貢献」に関して発見した史実を紹介している。す なわち,日本の国際法法学者,外交官などが集結した「国際法典編纂委員会(JSIL委員会)」が,
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1925年から1年間かけて完成させた,9本の条約草案からなる法典案を総括的に研究した最初のも ので,それ自体この研究の価値は高い。「妻の国籍問題」では,フェミニズム運動とハーグ会議と の関係を描きながら,妻に国籍選択の自由を一定程度容認する姿勢を示した国際法学者の山田三良 の先進性に注目した。「領海の幅員の問題」では,外務省の法律顧問として活躍した立作太郎の,
平時国際法の分野における貢献を肯定的にとらえた。そして「国家責任における文明国標準」の問 題では,日本が,西欧中心主義ということにこだわらず,欧米諸国とともに「文明国標準」を能動 的に支持した姿勢を明らかにし,これを,西欧中心的性格を持つ近代国際法の「内側」に入って,
規範形成のリーダーシップを執ることを望んだ実践的な国際法観のあらわれ,と論じた。国際法協 会本部法典編纂委員会は,こうした日本発の国際法典の重要性を認め,日本案を会員に配布した。
またハーバード大学の国際法学者が中心となって作成した国際法典案である「ハーバード草案」
も,その付録にJSIL法典案を収録し,注釈などでも参照したのである。
ささらに本論文は,戦時期に外務省が国際法実務に関する組織改組構想を立ち上げた実像にも迫 り,戦時期の日本は決して法的国際主義に背を向けたわけでなく,国際法との繋がりを維持したこ と,そして「国際法家」たちは戦後への「連続性」を担ったことを指摘した。そして,戦間期日本 の「国際法家」たちの試みは,国際法秩序のなかに自らを位置づけ,法の規律を受けようとする法
的国際主義の発露に外ならなかった,と本論文は結論した。
本本論文の評価すべき最大の点は,国際連盟による法典化事業の経緯や内容について,はじめて詳 細な検討を行ったことである。近年,国際法史への関心が高まっているが,その多くが,イギリス
の Lauterpacht などをはじめとする個々の国際法研究者や実務家の思想的研究で,法典化の試み
について深く掘り下げて探求した研究は,これまでほとんどなかった。しかも本論文は,法的議論 について法学上の論点を踏まえた議論をしっかりと展開しながら,国際法史,国際機構史,日本外 交史という3つの領域にまたがって,それぞれでも堅実な叙述を進め,骨格のはっきりした議論と
分析を行った。これも評価すべき点である。 本 本本論文は,日米関係史研究における顕著な貢献もしている。本論文は,「連盟を中心に行われた
国際法の法典化の推進に関し,当時最も意欲的な姿勢を見せたのがアメリカと日本であった」と し,戦間期の国際主義をめぐって日本とアメリカの「国際法家」間に歩み寄りがあった,という発 見もしている。対米移民問題をきっかけに,パリ講和会議で日本が要求したものの叶わなかった
「人種差別撤廃」という主張が,JSILによってふたたび法典案の規定に組み込まれた過程の叙述 も,興味深い。人種問題が1930年代にむけても日米間にくすぶっていたことを示す例証となるから だ。例えば「ハーバード草案」が,このようなJSILの姿勢に注目し,なんらかの意見を表明してい
たかどうかを明らかにするなど,今後のさらなる研究の発展が期待できる。
ここのような新たな知見を包含した論述を展開するうえで,本論文は,日本内外の先行研究に対し て丁寧なレビューを行い,豊富な一次史料を渉猟した論証を行っている。一次史料としては,ジュ ネーブのLeague of Nations Archives で法典化に関する史料を収集し,アメリカ合衆国の Library of Congress では,Papers of Elihu Root を読んでいる。日本国内では,外務省や国際連 盟の公刊史料を網羅的に検討している。さらに,当時の「国際法家」の声や考えを,回想録や当時 の一般的雑誌に掲載された記事や専門論文などから読み取り,巧みに叙述に織り込んだ点も,評価
できる。
一一方,本論文の今後の課題としては,次のようなものがある。まず本論文が用いた「国際法家」
という用語は,日本語一般でも,学問的な意味でも定着した用語ではない。本論文が,国際法実務
に関わるinternational lawyers の動的な役割を重視したため,彼らを単なる「国際法学者」と呼ば
ず,「国際法家」と呼んだようだ。つまり,近代国際法の形成に参画すること自体に意義を感じた
「国際法テクノクラート」でもあり,国際法を「使う」ことに重点を置く実務家集団のことのよう だ。しかし,そうであるならば,国際法家は「法匪」となりえて,国際法律家とは異質なものであ る。「法を使う」日本の「国際法家」にとって,法典化は「帝国の利益」に重心をおくものであっ
たともいえるのか,混乱は残る。この呼び名は再考したほうがよかろう。
ままた本論文が対象とする「法典化」について,当時から様々な人々が異なる意味でこの用語を使 っていたことは,本文中に記されている。「国際立法」という用語を唱えた「国際法家」もいた。
世紀末のハーグ平和会議の戦時国際法に関して使われた「法典化」と,戦間期国際連盟がとりあげ た「法典化」が同質のものだったのかどうかは,もう少し議論が必要ではなかったか。
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ささらに戦間期の日本が「法的国際主義」に貢献した,と言い切れるかどうかも,議論の余地があ ろう。「法治国際主義」とは,入江昭が『文化国際主義』の中で使っている概念であるが,多国間 条約を法源とする国際法は,もともと国際主義的志向を持つものであろう。日本の「国際法家」が 法典化に関しては,「前のめり」になるほど積極的であったとしても,戦間期の日本政府や外務省 本省は,ジュネーブ議定書など,「制度的」国際主義を具現化した連盟の諸々の試みにはさほど積 極的ではなかったからである。この点にこだわるなら,日本が国家として,法典化事業に主体的に
参加したという事実を示す史料を,より積極的に呈示する必要があろう。
ここうした課題は見受けられたが,高橋力也氏による博士学位請求論文『国際法の法典化と戦間期 日本の国際法家―国際連盟における国際法典編纂事業を題材に-』は,説得性ある構成をもち,一 次史料にもとづいた論理的かつ客観性のある論旨を展開したものである。何よりも,国際関係の研 究を行う上で必須の,学際性を備えつつ学問的にオリジナリティがある成果を示したことは,間違 いない。
よって本論文は,博士(国際関係)の学位を授与されるに値すると認められる。
以 上
令和2年12月8日