63
3.3 サトウヤシ砂糖(インドネシア)
3.3.1 背景・目的と方法 3.3.1.1 背景・目的 インドネシアにおける非木材林産物の利用は、森林保全と地域住民の生計向上の両立の 観点から持続可能な森林経営の重要課題である。本調査の対象産品の原料となるサトウヤ シ(Arenga pinnata)は、東南アジアを原産とするヤシ科クロツグ属の一種で、インドネシア 国内全域にわたって森林内に自生する在来種である(図 3-3-1)。 サトウヤシの非木材林産物としての主な用途は以下の通り19。サトウヤシは多様な産品を 生み出すことで、周辺の森林生態系を損傷することなく地域社会に経済的便益をもたらす 極めて重要かつ有望な植物である。 花序液:花序の先端を切断して採集した液(花序液)を煮詰めて、固形や粉末の甘 味料(サトウヤシ砂糖)、醗酵させてヤシ酒又は酢。バイオ燃料の可能性 果肉(胚珠):内胚乳をデザート(シロップ煮、乾物等) 葉:成長点は野菜 幹の髄:食用及び澱粉 葉及び幹の繊維:ホウキ、ブラシ、縄、屋根葺き材料、コーキング材料等 図3-3-1.森林内に自生するサトウヤシ(左)及び花序液の採集(右) このうち、サトウヤシ砂糖はインドネシアで一般的に市場販売されており、国家開発庁 (BAPPENAS)は、「国家中期開発計画 2015-2019」中の「食料・農業生産部門」計画にお いて、国内の砂糖需要を満たす生産品としてヤシ砂糖の有用性について触れその生産増加 を推奨している。2007 年には、農業大臣談話として、サトウヤシは、全国で約 80 万 ha の 生産面積を有し、生産農家及び製糖工場等の農産業分野において経済発展に貢献する優良 作物であること、農民一人一日当たり平均8 万 4 千ルピア(約千円)の収入が期待できること 等が報告されている(農業省プレスリリース)。 さらに近年、白砂糖に代わる自然食品として、サトウヤシ、ココヤシ(Cocos nucifera)及 19 北野至亮 (1984) 熱帯植物要覧. 熱帯植物研究会編. 養賢堂.64
びオウギヤシ(Borassus flabellifer)等に由来するヤシ砂糖の健康効果に関心が高まってお り、インドネシアにおいて富裕層向けに需要が高まっている。特に、ヤシ砂糖は、白砂糖 に比べて、食後の血糖値の上昇度を示す指標であるglycemic index (GI)値が低く、糖尿病 予防に効果があるとされており、欧米20及び日本への輸出が増加している。また、フェアト レードとして、日本国内の高級菓子店でサトウヤシ砂糖を使用したクッキー等も小規模な がら販売されている。 GI 値は、低(55 以下)、中(56-69)、高(70 以上)21に分類されているが、ヤシ砂糖が低 GI であるという根拠は、フィリピンにおける炭水化物食品の GI 値に関する文献(ココヤシ砂 糖=3522)を引用したものがほとんどである。一方、ヤシ砂糖は低 GI ではないという文献資 料(ヤシ砂糖=63.923、パルミラヤシ砂糖=6223、サトウヤシ砂糖=6824)も多くある。今後、 サトウヤシ砂糖を健康効果のある食品として、日本へ輸入販売する際には、GI 値を含む健 康に効果があるとされる成分や安全性について、信頼性の高い情報を提示することは必要 不可欠と考えられる。 そこで、本調査では、インドネシアにおけるサトウヤシ砂糖を対象として、上述の自然 食品、フェアトレード及び健康効果等をセールス・ポイントとした高付加価値ビジネスモ デルの可能性について調査を実施した。高付加価値のビジネスモデルが成立可能であれば、 地域住民による持続的な森林管理に対するインセンティブの向上や、森林管理能力の強化 等が期待できる。 3.3.1.2 調査対象地及び調査方法 生産国であるインドネシア及び輸入国として想定される日本について、文献調査及び現 地調査を通して情報収集を行い、ビジネスモデル成立の可能性について検討した結果を取 りまとめた。 (1) 文献調査 ココヤシ砂糖、オウギヤシ砂糖及びサトウヤシ砂糖等のヤシ砂糖商品に関する国際市場、 インドネシア国内市場、インドネシア政府の関連政策、日本国内市場及日本への先行輸入 事例等。
20 オランダ国 Centre for the Promotion of Imports from developing countries (CBI), https://www.cbi.eu/market-information/honey-sweeteners/palm-sugar/palm-sugar-europe/ 21 Srikaeo, K. and Thongta, R. 2015. Effects of sugarcane, palm sugar, coconut sugar and sorbitol on starch digestibility and physicochemical properties of wheat based foods. International Food Research Journal 22(3): 923-929.
22 Trinidad, T. P., Mallillin, A. C., Sagum, R. S. and Encabo, R. R. 2010. Glycemic index of commonly consumed carbohydrate foods in the Philippines. Journal of Functional Foods 2: 271-274.
23 ファンケル株式会社 (2012) カンボジア「パームシュガー」. 2011 年度開発輸入企画実証事 業実施報告書(要旨)
24 Wageningen University. 2010. Effect of Palm Sugar on Blood Glucose Concentrations (LIPS) https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01240837
65 (2) 現地調査 インドネシア国内では、ココヤシ砂糖、オウギヤシ砂糖及びサトウヤシ砂糖等のヤシ砂 糖が、地域的な偏りはあるが一般的に流通されている。しかし、日本国内のヤシ砂糖の流 通に関しては、現在、「ヤシ砂糖」の名称で取引がある商品のほとんどがココヤシを原料と している。本調査における対象産品であるサトウヤシから生産されるヤシ砂糖については、 これまでのところ輸入実績はほぼないものと考えられる。そこで、本調査ではサトウヤシ 砂糖の国内生産量第 1 位の西ジャワ州及び隣接するバンテン州を調査対象地とするととも に、日本への輸入先行事例として、ココヤシ砂糖の主な生産地である中ジャワ州も調査対 象地とした(図 3-3-2)。それぞれの州において、ヤシ砂糖生産を実施している農家及び加工 業者へ、生産工程、販売価格、サプライチェーンの現状と課題及び地域住民への生計向上 への寄与等について聞き取り調査を実施した(表 3-3-1)。 図3-3-2.インドネシアにおける調査対象地(バンテン州、西ジャワ州及び中ジャワ州) 表3-3-1.調査対象としたヤシ砂糖の生産・加工業者 業者者 ヤシ砂糖の種類 場所 生産地 A 社 サトウヤシ砂糖 バンテン州レバック県 森林区域内(国立公園) B 社 サトウヤシ砂糖 西ジャワ州スカブミ県 森林区域内(国立公園) C 社 サトウヤシ砂糖 西ジャワ州チアンジュール県 森林区域外(民有林) D 社 ココヤシ砂糖 中ジャワ州プルバリンガ県 森林区域外(民有林) E 社 ココヤシ砂糖 中ジャワ州クーロンプロゴ県 森林区域外(民有林) (3) 成分分析、GI 値臨床試験及び味覚試験 インドネシア産のサトウヤシ砂糖の高付加価値ビジネスモデルの可能性を検討するため には、健康に効果があるとされる成分や安全性についての情報提示は不可欠な要素と考え られる。このため、本調査では実際に日本での販売事業化を検討するサトウヤシ砂糖の成 ジャカルタ 西ジャワ州 中ジャワ州 バンテン州
66 分分析及びGI 値の臨床試験を実施した。また、日本市場において、サトウヤシ砂糖と競合 すると考えられるその他の砂糖(三温糖、てんさい糖、黒糖及びココヤシ砂糖)の味覚の違 いを評価するために味覚試験を実施した。 3.3.2 対象国における産品の生産状況と課題 3.3.2.1 サトウヤシ及び産品の特徴 (1) 花序液により砂糖がつくられるヤシ類 インドネシアにおいて、花序液が採集できるヤシ類は、サトウヤシの他にも、ココヤシ、 オウギヤシ等が存在する。オウギヤシは、熱帯アフリカ原産で乾燥耐性があり、インドネ シアでも比較的乾燥した東側のモンスーン地域に分布している。ココヤシは太平洋諸島原 産とされ、インドネシア全域に広く分布栽培されている。一方、サトウヤシは、ココヤシ と比較して標高の高い地域に分布する。また、サトウヤシは主に森林内に生育するという 特徴を持つ。これは、サトウヤシが陰樹であり、稚樹に耐陰性があり、森林内で天然更新 が可能であることに起因すると考えられる25。 インドネシア及び日本で販売されているヤシ砂糖は、主に上記 3 種のいずれかである可 能性が高いが、特に樹種の記載のないまま、ヤシ砂糖として販売されていることも多いの で区別が必要である。 (2) サトウヤシの生態的特徴 サトウヤシは亜熱帯乾燥~湿潤林から熱帯乾燥~多雨林にかけての生物分布帯に分布し、 降水量700mm-4,000mm(8 例の平均 1,910mm)、年平均気温 19~27℃(8 例の平均 24.5℃)、 土壌 pH5.0~8.0(5 例の平均 pH6.4)にわたる幅広い環境に耐えて生育する。好適な生育は 500~800m の標高域で年降水量 1,200mm 以上、7~10 ヶ月の湿潤月、年平均気温 25℃前 後で得られるとされる。 一般には森林中に生育するが発達した天然林に限る訳ではなく、痩せた石礫質な丘陵斜 面や荒れ地でも生育可能である。天然林周辺の二次林もしくは人里に近い林地に多く分布 し、人による意図的繁殖の影響を受けている可能性が指摘されている。乾燥、台風、害虫、 菌類による被害を受けることはほとんどない。丈夫で、特別の手入れを必要とせず、薄暗 く冷涼な谷間や、山岳地の渓流斜面、森林外縁部ならびに部分的に疎開した丘陵斜面など の排水の良い土壌で容易に生育する。一方、平坦で開けた、もしくは日当たりの良い立地 での生育はより緩慢となる。 インドネシア・ヒンドゥスタン多様性センターの報告によれば、サトウヤシは、耐病性、 耐乾性、耐菌性、耐アルカリ性、耐害虫性が高く、貧栄養土壌や日陰、斜面でも生育可能 とされる。根系が密に発達することから斜度の大きな斜面などに植栽し、土壌流亡防止効 果が期待できるとされる。 成熟し開花するまで通常 10-12 年かかるが 5-6 年で開花を始める場合もある。別の報告 25 2016 年 9 月インドネシア現地ヒアリング結果より
67 では標高によって開花までの期間は12-16 年の幅がある。開花を始めてから約 15 年にわた って継続的に開花する。開花は一般に不定期で、しかも果実の成熟には約2 年を要する。 (3) 花序液の採集、砂糖の生産手順 サトウヤの花序液を採集してから、砂糖生 産 の 伝 統 的 な 工 程 は 概 ね 以 下 の 通 り( 図 3-3-3)。 ① サトウヤシの木に竹ばしごをかけ て登り、花序をナイフで切除して、 液が竹筒にたまるのを待つ。 ② 竹筒の開口部にはサトウヤシの樹 皮の繊維をつめたり、植物の葉など で覆いをかぶせたりして、ゴミや虫 の混入を防ぐ。 ③ 花序液を朝晩の 2 回採取して、森林 近くの小屋又は自宅まで運び、すぐ にかまどで加熱する。一度に 20~ 40 リットル程を大鍋に入れて、数時 間ほど煮詰めた後、木枠やココナッ ツの殻に流し込み固形化するか、そ のまま粉末状になるまで鍋の中で 撹拌する。 図3-3-3.サトウヤシ砂糖の採集から砂糖の生産手順 本調査対象地の一つである西ジャワ州の国立公園内におけるサトウヤシの自生密度は、 50~100 本/ha 程度であり、サトウヤシ 1 本から、朝 10L+夕方 10L=約 20L/日の花序液
68 の採集が可能。花序液20L は、煮詰めた後、サトウヤシ砂糖約 0.8kg に相当する。1 農家 当たり5~10 本のサトウヤシを管理していることから、1農家当たりのサトウヤシ砂糖の 生産量は4~8kg/日、100~200kg/月と試算された。農家での買い取り価格を 150 円/kg と すると、1 農家当たりのサトウヤシ砂糖販売収入は、600~1,200 円/日、15,000~25,000 円 /月と試算され、森林周辺に居住する農家の貴重な現金収入源となっている。 3.3.2.2 サトウヤシ生育地の土地利用区分 (1) 森林区域 インドネシアの国土面積1 億 9 千 3 百万ヘクタールのうち、約 65%がインドネシア政府 により森林区域(kawasan hutan)に指定されている。森林区域は、森林の主な機能によって、 大きく3 つ、「保全林(hutan konservasi)」、「保安林(hutan lindung)」又は「生産林(hutan produksi)」に分類されている(表 3-3-2)26。国立公園や自然保護林など生態系の保護を目的 とした「保全林」においては、基本的に人為攪乱は許可されておらず、非木材林産物の利用 に関しても政府機関からの許認可が必要であり、その利用は非常に限定的である。これは、 保全林の目的が原生自然の保全であることに由来する。しかし、保全林の制定プロセスに不 備がみられること及び世界的な流れとして住民参加型の森林管理が重要視されるようにな ったこと等を背景に、2000 年以降は森林政策上も地域住民の権利を認める方向で柔軟な対 応が取られるようになっている。また、洪水や土砂崩れ防止などを目的に制定されている「保 安林」についても、その森林機能を維持する必要性から森林伐採は禁止されており、住民へ の便益としては非木材林産物利用に限る、等の制限が設けられている。これら森林区域にお いては、上述のとおり森林管理における住民参加において対応の変化が見られ、特に保全林 においては「特別区」や「環境保全モデル村」などを制定することで、また保安林において は「村落林」や「コミュニティフォレスト」などを制定することで、非木材林産物利用を認 可する動きが活発化している27。このため、森林内に自生するサトウヤシは、森林区域の 46%を占める伐採禁止の保全林及び保安林において、花序液及び果肉等を収穫できるので、 森林保全と住民生計を両立できる非木材林産物として利用価値が高まっている。 表3-3-2.インドネシアの森林区域における森林機能区分 森林機能区分 機能 伐採 面積(千 ha) 割合 保全林 自然・生態系保全(国立公園等) 不可 27,434 22% 保安林 土砂流出防止、水源涵養等 不可 29,638 24% 生産林 木材生産等 可 69,230 54% 計 - - 126,302 100%
(出典) インドネシア林業省 (2014) Buku Basis Data Spasial Kehutanan 2014
26 1999 年インドネシア林業法
69 (2) 森林区域外 一方、森林区域以外においては、森林維持や森林保全政策等の規制を受けないことから、 ココヤシ及びオイルパーム(ギニアアブラヤシ、Elaeis guineensis)等の一斉プランテーショ ン方式による生産が可能であり、その生産規模も大きい。 3.3.2.3 サトウヤシ産品の市場 (1) サトウヤシ産品の国際市場 サトウヤシ由来の産品の中でもヤシ砂糖とコランカリンは生産量が多く、インドネシア 国内市場でも一般的に流通販売されている。特に、ココヤシ及びサトウヤシ由来のヤシ砂 糖は近年の健康ブームを背景に、欧米諸国にも多く輸出されている。しかし、ヤシの種類、 輸出先や輸出総量等の統計データの入手は困難であり、今回の調査では実態を把握するこ とができなかった。また、日本におけるヤシ砂糖の輸入に関しても具体的な統計値は公表 されておらず、ヤシ砂糖は「粗糖以外の指定糖」のなかの「精製等」に分類されると考え られるが、一般的に「オーガニックシュガー」としてグラニュー糖などと同一カテゴリー の取り扱いとなり、ヤシ砂糖の具体的な輸入量を示すデータは入手できなかった。 (2) サトウヤシ産品の日本国内市場 今回聞き取り調査を実施した中ジャワ州プルバリンガ県の D 社では、ココヤシ砂糖をア メリカ向けに40 トン/月、ヨーロッパ向けに 20 トン/月及び日本向けに 1 トン/月輸出して おり、輸出量は増加傾向にあるとのこと。日本における販売価格は、300g 入りパックで約 750 円、すなわち、1kg 当たり約 2,500 円である。 サトウヤシ砂糖については、日本への輸入実績はほとんどない。ただし、公益社団法人 日本環境教育フォーラムでは、プレマ株式会社及びフェリス女学院大学エコキャンパス研 究会と協働し、インドネシアからのサトウヤシ由来のヤシ砂糖を用いた高級菓子の商品開 発を実施している。具体的には、商品開発・販売の実績があり、これまでに、横浜に拠点 を置く洋菓子店やパン製造業者により、クッキーやパウンドケーキ、ジェラートや菓子パ ン等の試験販売を実施している。その実績から、サトウヤシ砂糖の香味・風味は、菓子等 の原材料として魅力的であることが確認されている。 一方、洋菓子店等への売込みに際しては、以下の課題があげられており、これまで、サ トウヤシ砂糖が日本へ普及しない原因と考えられる。 ① 上白糖に比べて値段が高いこと ② 原材料として成分や安全性などの情報が不明であること ③ 森林保全と住民の生計向上が両立する非木材林産物として、環境保全などの副 次的効果についての情報不足
70 (3) サトウヤシ産品のインドネシア国内市場 インドネシアにおけるサトウヤシ砂糖の生産状況は、政府の「全国農園統計2014-2016」 に全国レベルの生産量の記載がある(表 3-3-3)。生産面積が減少しているにもかかわらず、 生産量が増加している傾向が見られる。なお、生産面積については、サトウヤシという植 物の生育上、通常は雑木林を形成する複数の樹種のうちの一つして栽培されていることが 一般的であり、どのような基準に基づいて生産面積を計上しているのか不明である。 表3-3-3.インドネシアのサトウヤシの生産面積及び生産量 年 生産面積(ha) 生産量(トン) 備考 2010 65,592 41,474 実績値 2011 62,421 39,302 実績値 2012 63,009 43,717 実績値 2013 63,399 44,603 実績値 2014 61,930 53,393 実績値 2015 61,768 53,047 暫定値 2016 61,700 53,027 予想値 (出典) インドネシア林業省 (Statistik Perkebunan Indonesia 2014 - 2016)
インドネシア国内では、ココヤシ及びサトウヤシ砂糖は一般的に流通販売されている。 従来の固形に加えて、粉末状がスーパー、百貨店等で販売されている。特に近年、無農薬・ 無化学肥料の有機認証製品(JAS、USDA、EU) も販売されており、健康志向の中間~富裕 層が主なターゲットである(図 3-3-4)。 図3-3-4.インドネシア国内で販売されているサトウヤシ砂糖商品 サトウヤシ砂糖の加工工場から問屋への卸値及び店頭販売価格(円貨換算)を表 3-3-4 に示 す。日本のマーケットでは、サトウヤシ砂糖とココヤシ砂糖とはほとんど区別されていな いが、インドネシア国内では、生産者、加工工場、流通業者、商品表示において、きちん と区別されている。
71 表3-3-4.インドネシア国内におけるサトウヤシ砂糖の販売価格の一例 商品種 問屋への卸値 販売価格 一般小売店 薬局 25g 入り小袋 21 円 30 円 25 円 200g 入り袋 4 千袋未満 150 円 250 円 250~400 円 4 千袋以上 100 円 (出典) 2016 年 9 月加工業者 B 社への現地調査結果に基づき、1 円=100 ルピアで換算 3.3.2.4 サプライチェーンの現状と課題 (1) サトウヤシのサプライチェーンの課題:コスト及び販売価格 ココヤシは露天環境に耐性があり、プランテーション栽培が可能であることに対して、 サトウヤシは、日当たりの良い立地での生育は緩慢でありプランテーション栽培には不向 きである。このため、サトウヤシ砂糖の原料となる花序液は、森林内に自生又は天然更新 した稚樹を半栽培したサトウヤシから採集せざるを得ず、森林周辺に居住する地域住民が 採集を担う。森林内には、未利用木も多数存在していると考えられるが、花序液を採集後 すぐに煮詰める必要があり、農家からの採集範囲は限られると考えられる。 このように、生産農家において、サトウヤシ砂糖の原料採集、煮詰める行程には多くの 労力を必要とする。現状では、供給可能量に対してサトウヤシ砂糖の需要は少なく、生産 農家から仲買人への販売価格も安い。そこで、インドネシアから日本を含む海外への輸出 販路を開拓することにより需要の増大を図り、生産農家にも利益が還元されるビジネスモ デルを検討する。ただし、日本への輸入に際しては、輸送コストに加えて、砂糖輸入には 高い関税率 29.8%がかけられていることから、日本での販売価格は高くなってしまうこと が課題である(表 3-3-5)。 表3-3-5.インドネシアの各段階及び日本国内におけるサトウヤシ砂糖販売単価の一例 段階 生産農家 仲買人 インドネシア国内 工場 小売店 ウェブ販売 日本国内 販売単価(/kg) 150 円 200 円 500 円 1,000 円 2,000 円 (出典) 2016 年 9 月加工業者 B 社への現地調査結果に基づき、1 円=100 ルピアで換算 (2) サトウヤシのサプライチェーンの概要 インドネシアの一般的なサトウヤシ砂糖の生産、加工、流通・販売の各過程における主 なステークホルダー及び流れを図3-3-5 に示す。まず、農家で生産されたサトウヤシ砂糖(粉 末、あるいは固形)は、生産農家から村内に住む加工業者のコーディネーターに(①)、ある いは村外の仲介人に(②)集荷され、加工工場(密閉包装)に運ばれる(③)。もしくは、地理的 に近い場合には農家が直接、工場に搬入する場合もある。この段階で、製品の目視と味覚 によって品質のチェックがおこなわれる。
72 農家の生産段階で、花序液を回収後、迅速に煮詰めないと発酵(酸化)が進行して砂糖単体 としては品質基準を満たさなくなる。ただし、ヤシ砂糖の最大消費先は調味料の甘ケチャ ップであり、砂糖単品としての品質基準に達しなかった場合でも、甘ケチャップ工場であ れば受け入れるとのこと。 密閉包装工場において異物の除去や粉砕、乾燥処理が施され、25 g~5,000 g に包装され、 近隣の商店や問屋に納品される(④)。問屋に納品された場合にはインドネシア全土に流通し、 一部は輸出用にも出荷される(⑤)。なお、固形のヤシ砂糖の一部は、包装されずに、仲介人 によってそのまま小売店や市場で販売される。アレンガ・インドネシア社代表のインドワ ラント氏によると、インドネシア国内用と輸出用との流通量の比率は9 対 1 である。 図3-3-5.インドネシアのサトウヤシ砂糖のサプライチェーン概略図 (3) サトウヤシのサプライチェーンの課題:農家での生産段階 農家における生産段階では、サトウヤシの花序に竹筒をつけて採集した花序液を、森林 の中の小屋、あるいは自宅まで運び、すぐにかまどで加熱し煮詰める必要がある。この段 階では、伝統的に、以下の品質管理が行われている。 ① 花序液の発酵を遅らせる目的で、伝統的に薬効のある樹皮や薬草を竹筒に入れる。 ② 竹筒の開口部にはサトウヤシの樹皮の繊維をつめたり、植物の葉などで覆いをか ぶせたりして、ゴミや虫の混入を防ぐ(図 3-3-6 左)。 ③ 採集した花序液を煮詰める際には、目の細かい網を通して濾過し、異物を除く(図 3-3-6 中央)。 ④ 毎回、使い終わった竹筒の開口部には、火のついた薪を挿入して、燻蒸熱によっ て滅菌処理する(図 3-3-6 右)。鍋や木枠も水で洗浄する。
②
原料生産 集荷・品質チェック 原料生産 集荷・品質 チェック 粉末化・夾雑物 の除去・乾燥 農家 村内の コーディネーター 仲介人 (村外) 密 閉 包 装工場 商店・問 屋 輸出 甘ケチャップ 工場 流通・販売 運搬(固形)③
④
①
⑤
73 図3-3-6.サトウヤシ砂糖の生産過程における品質管理 ただし、花序液を煮詰める際及び竹筒の燻蒸殺菌の際には、薪を使用しており、その灰 がサトウヤシ砂糖に混入してしまう。インドネシア国内の衛生基準では、商品に数%程度 の灰分の混入は問題ないとされている。 (4) サトウヤシのサプライチェーンの課題:工場での加工、密閉包装段階 今回の現地調査したC 社の事例では、農家から固形状のサトウヤシ砂糖を仕入れ、15 個 ほどを約1 リットルの熱湯に溶かし、100 番メッシュ(目開き 0.15mm)のフィルターで濾過 して異物を除去する品質管理を実施していた(図 3-3-7 左)。その後、濾過した液体をプロパ ンガスで煮詰めて、粉末状に加工し、10 番メッシュ(目開き 1.7mm)のふるい分けすること によって焦げの少なく、粒子のそろった均質な最終製品が完成することを試行錯誤の上で 開発したとのこと。国内向けにはそのまま袋詰めするが、海外向けにはオーブンをかけて 乾燥させ、再び機械で10 番メッシュのふるいを通して(図 3-3-7 右)、袋詰めしている。 図3-3-7.サトウヤシ砂糖の加工、密閉包装段階における品質管理 一方、西ジャワ州の加工業者 B 社の事例では、農家から粉末状のサトウヤシ砂糖を仕入 れ、密閉包装工場でグラインダーを使って粒子を粉砕し、粒径を揃えるのみであった。ま た、B 社では、3 か月に 1 度、外部に委託してサトウヤシ砂糖の品質検査を実施していた。
74 主な分析項目は、含水率(結果は約 2%)、異物としての灰分(2.5%前後)、タンパク質、全脂 肪分、カロリー数、糖分、ショ糖含量、ビタミンB2 含量、ナトリウム、カルシウム、鉄、 重金属類(鉛、カドミウム、スズ、水銀、ヒ素)、微生物数(大腸菌、糸状菌、酵母)等。証明 書を発行して貰うことで、インドネシアの衛生基準をクリアしていた。 また、B 社では、インドネシアの有機栽培認証制度(INOFICE)を取得していた。有機栽 培認証には、トレーサビリティの確保が必須であり、B 社では、生産者から受領したサトウ ヤシ砂糖のコンテナ番号・計量日時・重量・棚番号・責任者の報告リストとともに、毎日 の工場内での各工程(乾燥、粉砕、袋詰め)のコンテナ番号・数量・作業時刻・責任者の 記録を残し、製品番号も記載していた。これにより、自然食品としてインドネシア国内の 高付加価値マーケットが販売対象となる。 ただし、B 社が今後、日本を含む海外へサトウヤシ砂糖を輸出する際には、より高い日本 の品質基準を満たすことが求められることから、灰を含む異物の除去は必須であると考え られる。中ジャワ州で、ココヤシ砂糖を欧米及び日本に輸出する D 社の事例では、密閉包 装する前に、従業員による目視チェックを実施し、品質を確保していた。また、有機ココ ナッツシュガーとして日本でココヤシ砂糖を販売している商品(JAVA PREMIUM28)では、 日本に輸入後、日本の専門業者が全数検査、金属探知機での検査を行なって容器に充填し ている。 今後、更なる品質向上のためには、加工、密閉包装段階に加えて、サトウヤシの生産、 加工過程において、特に異物が混入しやすい生産段階を担う農家の品質管理能力の向上及 び意識改善が必要であると考えられる。なお、花序液を煮詰める際に、薪ではなく、プロ パンガスを用いれば、灰や炭が入らず、火力を調整できるため焦げる危険性も少ない。た だし、ガス代がかかるため一般の農家には普及していない。 3.3.3 ビジネスモデル 3.3.3.1 ビジネスモデルの提案 インドネシアでは、白砂糖に比べて、サトウヤシ砂糖は健康に良いといわれている。例 えば、北スラウェシ州 Tomohon 市の住民調査の結果によると、高血圧、心臓病、脳卒中、 糖尿病及びその他の疾病の発生率は、白砂糖常用者に比べて、サトウヤシ砂糖常用者の発 生率が明らかに低いことが報告されている29。また、喘息、心臓病、皮膚、精神疾患、痴呆 症、消化器系、エネルギー代謝にも効果があるとされている。 また、現地聞き取り調査の結果、インドネシアにおける粉末状サトウヤシ砂糖ビジネス の先駆者であるアレンガ・インドネシア社代表のインドラワント氏によれば、インドネシ アの医師は、糖尿病患者に、白砂糖ではなくサトウヤシ砂糖を薦めている医師が多いとの こと。またサトウヤシ砂糖愛飲者からの感想によれば、子供の自閉症や多動性症候群への
28 有機ココナッツシュガー JAVA PREMIUM http://www.jita-premium.com/contents1.html 29 Willie Smits. Arenga Palm Sugar: Sweet and good.
75 効果や、成人には持続性のある運動の持久力を支える効果を実感しているとのこと。 そこで、本調査では、インドネシア産サトウヤシ砂糖が、生産地の持続可能な発展を支 える産品として成立するかどうかを左右する一つの重要なファクターとして、健康機能を 有する甘味料としての可能性を検討した。ただし、サトウヤシ砂糖を健康効果のある食品 として販売する際には、GI 値を含む健康に効果があるとされる成分及び安全性について、 信頼性の高い情報を提示することが必要不可欠である。 特にサトウヤシ砂糖のGI 値については、ウェブサイト上において、また一部商品におい て低GI と記載があるものの、試験データもしくはデータの出典についての言及はなく、こ のままでは根拠のない不適切な商品として認知されてしまうリスクを抱えている。そこで、 本調査では、GI 値の臨床試験及び詳細な成分分析を実施した。 (1) サトウヤシ砂糖の GI 値の臨床試験結果 インクロムCRO 株式会社にて、日本人健康成人 12 人を対象とし、クロスオーバー法に よる非盲検無作為化比較試験で実施した。本試験に供試した試験食と摂食方法は以下の通 りである。 本臨床試験の結果を解析したところ、サトウヤシ砂糖の平均GI 値は 66.35、白砂糖の平 均GI 値平均は 69.97 であった。本試験の結果、サトウヤシ砂糖の GI 値は、低 GI ではな く、中GI に分類された。今回の臨床試験に供試したサトウヤシ砂糖のサンプル数は一つで あるが、インドネシアで製品化されたものを使用しており品質は安定していると考えられ る。また、上述のヤシ砂糖のGI 値を分析した文献調査の結果と比較しても同様の値が得ら れており、本臨床試験結果の信頼性は高いと考えられる。 (2) サトウヤシ砂糖の成分分析結果 サトウヤシ砂糖を販売する上での大前提となる安全性確認および特性を明らかにするた めの成分分析について、日本の分析機関(株式会社北陸環境科学研究所及び一般財団法人
76 日本食品分析センター)への依頼試験により、各種分析を実施した。 安全性については、今回の農薬検査245 化合物は不検出、大腸菌は陰性、一般生菌数 300 以下/g、カビ 10 以下/g、芽胞数 300 以下/g、アフラトキシン不検出、重金属類(鉛、ヒ素、 総水銀、カドミウム)不検出であった。その結果、日本の食品衛生基準上でも問題のない安 全性が確保されていることが確認された。 62 項目についての成分分析の結果、本分析に供試したサトウヤシ砂糖には、一般的なミ ネラル量は、精製白砂糖に比べれば明らかに多く含まれているが、カルシウム、鉄、マグ ネシウム等、消費者ニーズが高く、健康機能を有するとされるミネラル量はそれほど多く 含まれていなかった。一方、100g 当たりの含有量として、健康効果のある以下の 4 成分が 多く含まれていることが判明した(表 3-3-6)。 ナイアシン … 脳神経の働きを助ける、血行を良くする(黒砂糖の約 4 倍) 葉酸 … 貧血、口内炎予防、病気に対する抵抗力を高める(黒砂糖の約 4 倍) イノシトール … 脂肪肝や動脈硬化を予防する、脳細胞に栄養を与える ポリフェノール … 動脈硬化や脳梗塞を防ぐ抗酸化、ホルモン促進作用(黒糖と同等) 表3-3-6.サトウヤシ砂糖の成分分析結果(重要成分のみ抜粋) 分類 成分 結果 単位 表示基準値 高い旨 含む旨 水溶性ビタミン ビタミンB1 検出せず (mg/100g) 0.3 0.15 ビタミンB6 0.021 (mg/100g) 0.3 0.15 ビタミンB12 検出せず (μg/100g) 0.6 0.3 ナイアシン 3.27 (mg/100g) 3.3 1.7 葉酸 41 (μg/100g) 60 30 ビタミン様物質 イノシトール 239 (mg/100g) 比較的高い(*1) 植物の色素や苦味 ポリフェノール 300 (mg/100g) 比較的高い(*2) (*1) ビタミン様物質に分類されるため表示基準なし。(*2) 任意表示のため表示基準なし。 本成分分析の結果、健康効果をセールス・ポイントとするビジネスモデル構築にあたっ て差別化のポイントとなるプラス材料が得られた。また、聞き取り調査で確認されたサト ウヤシ砂糖の健康効果は、GI 値が低いことではなく、ナイアシン、葉酸、イノシトール及 びポリフェノール等の健康有効成分が含まれていることに起因することが示唆された。 3.3.3.2 ビジネスモデルの方向性と課題 (1) ビジネスモデルの方向性 ビジネスモデルの方向性としては、インドネシアでは一般的に流通販売されているが、 日本国内市場においては、白砂糖、きび砂糖、三温糖、てんさい糖、黒糖及びココヤシ砂
77 糖に代わる砂糖として、サトウヤシ砂糖がマーケットを確立できるかどうかがカギとなる。 そこで、本調査では、サトウヤシ砂糖の香味・味覚を評価するために、大学生23 名を対 象とした官能試験を実施し、三温糖、てんさい糖、黒糖及びココヤシ砂糖との比較によっ て客観的、具体的に特徴を数値化することを試みた。その結果、本調査対象のサトウヤシ 砂糖は、黒糖と比べると香味・味覚の面でやや劣るが、三温糖、てんさい糖及びココヤシ 砂糖と比べると、香味・味覚ともにバランスの良い砂糖である傾向が見られた。 ただし、ウェブサイト上で販売されている価格面では、サトウヤシ砂糖は、白砂糖の約7 倍、補助金が入っている沖縄産黒糖の約1.7 倍と高価であった(表 3-3-7)。 表3-3-7.サトウヤシ砂糖と他の砂糖との比較 砂糖の種類 日本国内価格 香味・味覚 白砂糖 300 円/kg 薄すぎず濃すぎない 黒糖 1,200 円/kg きな粉風味、黒みつ風味 サトウヤシ砂糖 2,000 円/kg 燻製風味、黒みつ風味 このため、サトウヤシ砂糖が日本国内で、マーケットを確立するためには、上記の香味・ 味覚に加えて、上述の健康有効成分が含まれていることをアピールする必要があると考え られる。また、途上国の森林保全、生物多様性保全及び地域住民の生計向上及び環境や社 会に配慮した製品やサービスを選んで消費する倫理的(エシカル)消費等を強調することに よる総合的ブランディング戦略が必要であると考えられる。 (2) ビジネスモデルの課題 本調査の結果、インドネシアにおけるサトウヤシ砂糖を対象として、上記の総合的ブラ ンディング戦略により、高付加価値のビジネスモデルが成立するためには、いくつかの課 題が明らかとなった。日本への輸出を前提としたビジネスモデル化への課題を表3-3-8 に示 す。今後の輸入商品化に当たっては、更なる市場リサーチ及びサプライチェーンにおける 品質管理、品質評価体制の構築が必要と考えられる。 表3-3-8.サトウヤシ砂糖を日本へ輸出する際の検討課題 検討項目 検討内容 利点 健康有効成分 ナイアシン、葉酸、イノシトール及びポリフェノールの健康効 果が、日本マーケットにおいて訴求力があるか。 欠点 品質の不安定 日本市場の品質基準の確保(色等一定化、異物混入防止) 現地のサトウヤシ生産に従事する地域住民のキャパビル 輸入コスト高 輸入関税率 29.8%、大量輸入によるコスト低下等 利点・ 欠点 香味・味覚 特徴的なキャラメルフレーバー、好みにより使用範囲が限定 色 こげ茶色のため、使用範囲が限定
78 3.3.3.3 ビジネスモデルによって期待される波及効果(森林保全・生計向上) (1) 地域住民の生計向上 本調査で対象とした西ジャワ州スカブミのグヌン・ハリムン・サラク国立公園内の場合、 サトウヤシ砂糖の販売による農家一世帯あたり平均 15,000 円/月の収入になると試算され た。この村では、他にクローブ、バナナなどを生産しているが、サトウヤシ砂糖生産が主 な現金収入源である。スカブミの最低賃金が、月約20,000 円弱であることから、森林周辺 に居住する農家にとって、貴重な収入源であると示唆される。 また、バンテン州チクニン村では、サトウヤシ砂糖の販売による農家一世帯あたりの収 入は1,200 円/日と概算された。この村は森林のもっとも奥地で、集荷には時間もコストも かかる。多くの住民はコメ農家のため、ヤシ砂糖生産に従事できるのは1ヵ月のうち数日 から 10 日間ほどだが、仮に 8 日間としても月々 1 万円程の現金収入が得られると推察さ れる。これは、同村の成人の平均月収1 万円弱と比較して貴重な収入源だといえる。 (2) サトウヤシと森林保全の関係 上述のチクニン村では、森林内に生育するサトウヤシ砂糖による現金収入のメリットを 実感しており、森林保全及び森林の多面的機能(土砂災害防止、水源涵養、非木材林産物の 供給)の重要性をよく理解していた。この事例のように、森林内に生育するサトウヤシの砂 糖及び果実等の非木材林産物から持続的な収入が得られれば、森林を伐採せずとも生計が 維持できるとともに、林内に生育するサトウヤシの稚樹を山火事被害から守るために、地 域住民が防火対策に積極的に取り組むことが期待される。 サトウヤシは、一般には森林中に生育するが発達した天然林に限る訳ではなく、痩せた 石礫質な丘陵斜面や荒れ地でも生育可能である。また、根系が密に発達することから、山 岳地の渓流斜面、森林外縁部ならびに部分的に疎開した丘陵斜面等において、土壌流亡防 止効果が期待できる。 (3) ヤシ砂糖を煮詰める際の薪の消費による森林減少・劣化リスク タイ、カンボジア、ミャンマーでは、水田の畔等でヤシが植えられ、ヤシ砂糖が生産さ れている。モンスーン気候で乾期が厳しい地域においては、煮詰める際に薪を大量に消費 する。このため、薪の採集により低地林の減少・劣化が進行した経緯がある。ミャンマー の事例では、煮詰める際に登り窯を使用しており、段階的に熱の有効利用が図られていた。 インドネシアの事例でも、煮詰める際に排熱を利用して薪を乾燥する等の工夫が図られて いた。インドネシアの湿潤熱帯では、燃料となる薪が比較的豊富にあるので、薪不足によ る森林減少・劣化の可能性は低いと考えられる。ただし、今後、ビジネス化にあたっては、 薪を大量に消費する可能性があるので、サトウヤシ砂糖を煮詰める際の薪消費量を抑え、 森林の減少・劣化を防止するために窯の工夫又はガスの使用等を検討する必要がある。
79 3.3.3.4 今後に向けて 上記の通り、本調査を通じてサトウヤシ砂糖の日本市場における強みと弱みが明らかに なったが、以下その強みを生かした戦略について示す。 (1) フェアトレード商品としての訴求 サトウヤシ砂糖の原料は、プランテーションではなく、天然林又は二次林から採集され る。森林内には、サトウヤシの資源量は豊富にあると考えられるが、居住地から遠く離れ れば離れるほど採集コストが増加する。そこで、まず、大量生産・大量販売ではなく、限 られた量で、持続可能な形で生産・販売している天然由来の食品であることをセールス・ ポイントとして、フェアトレード市場を狙う戦略が考えられる。このアプローチに関して は、例えばコーヒー豆市場における「森林コーヒー」の取り組みが先行事例として参考と なる。森林コーヒーは国際的な環境NGO 団体であるレインフォレストアライアンス30が認 証を行なっている。同団体との協働も視野に入れ、森林を破壊せずに生産が可能であり且 つ、製法上の制約から地元住民の利益確保が確実にできることを謳いつつ、例えば「森林 砂糖」というネーミングでプロモーションを行なうことが可能であろう。 (2) 食味の個性を生かした商品開発 次に、サトウヤシ砂糖の食味を売りにした商品開発である。前述のとおり、横浜の高級 菓子店では、クッキーの甘味料としてサトウヤシ砂糖をしている。その他、例えば日本古 来の黍(きび)から作る和三盆は元々食味の上品さやまろやかさなどから御茶席用の高級 和菓子の材料として多く使われている他、和三盆を全面に押し立てたカステラなどの商品 なども開発されている。和三盆の末端価格は1kg あたり 2,500~3,000 円程度のものが多く、 サトウヤシ砂糖とほぼ同じか少し高い設定となっている。サトウヤシ砂糖は色がやや濃い 他、食味に個性があり製菓材料として物によっては使いづらい面もあるとは言え、逆にサ トウヤシ砂糖でなければ作れない味の菓子を作ることには和三盆と同様に十分、挑戦の余 地があると言える。例えば料理専門学校とタイアップしたサトウヤシ砂糖を使った創作菓 子のコンテストの開催等が可能であろう。 (3) 健康志向商品としての訴求 最後に、取り組むべき最も重要な課題は、健康面からのアプローチである。サトウヤシ 砂糖に比較的多く含まれている健康有効成分(ナイアシン、葉酸、イノシトール及びポリフ ェノール等)を特長とした健康志向型高付加価値商品として、消費者(主に富裕層)ならびに 製菓等食品製造販売企業へ訴求していくことが可能であろう。但し、平成 3 年にスタート し、平成27 年 4 月に改定された保健機能食品制度(現在は消費者庁管轄)に注意する必要 がある。本制度の下では、一般的な加工食品が健康効果を謳うためには、「特定保健用食 品(特保)」、「栄養機能食品」又は「機能性食品」の表示認可をとる必要がある。成分分析
80 の結果からすると健康効果の表示が特保、栄養機能食品に較べて限定的な「機能性食品」 となる可能性が高い。しかし健康有効成分の葉酸は消費者庁の表示基準では「胎児の正常 な発育に寄与する栄養素です」と認定されており、サトウヤシ砂糖から一日に推奨される 摂取量を摂るのが難しいとしても、20~40 代の妊娠期間前後の女性には強いインパクトを 持つことが期待できる。さらに、健康志向と深く関係する自然食志向も見逃せない。昨今、 マクロビオテックなどの自然食志向が注目を浴びているが、その支持者の間では白砂糖や 食塩など人工的に精製された食品に対する批判的論調が多く聞かれる。その正否を論じる ことは本報告書の目的から外れることになるので詳細は省くが、少なくともネットでヒッ トする情報を一瞥する限りにおいては、消費者の中に人工的に精製された食品に違和感を 持っている人が少なくないことは確かであろう。その観点からもサトウヤシ砂糖の商品価 値が認められる可能性は高いと判断できる。 以上の通り「フェアトレード商品としての訴求」、「食味の個性を生かした商品開発」 及び「健康志向商品としての訴求」の 3 つの柱に基づいたブランディング戦略により、高 価格でもビジネスモデル成立の可能性が十分にあると考えられる。
81
3.4 マングローブエビ(インドネシア)
3.4.1 背景・目的と調査方法 3.4.1.1 背景・目的 「マングローブエビ」という種のエビは存在しない。ここでは、一般的な集約的養殖方 法ではなく、シルボフィッシャリー(林業+漁業)によってマングローブ林の再生と並行 して粗放的で環境負荷の低い方法で養殖されたエビのことを指してマングローブエビと呼 ぶこととする。 一般にエビ養殖池はマングローブを伐開して開発され、数年で放棄されることから、マ ングローブ生態系への悪影響が指摘されている。その解決方法として、マングローブ植林 と粗放的エビ養殖を組み合わせた方法が提唱され、試験的な養殖がおこなわれているが、 いまだ広範に実施されるには至っていない。 そこで、本調査では、世界最大のマングローブ面積を有し、日本に多くのエビを輸出し ているインドネシアを対象国として、シルボフィッシャリーによる潜在的な生産量や生産 コスト、流通に必要な設備、輸出入に係る手続きやコスト、日本でのニーズ調査等を実施 し、環境負荷が少なくマングローブ林の再生につながるマングローブエビの日本でのビジ ネス化の可能性・方向性を検討することを目的とした。 3.4.1.2 調査方法 調査にあたっては、委託先としてインドネシアでマングローブ植林の実績があり、シル ボフィッシャリーにも取り組んでいるワイエルフォレスト株式会社を選定した。 マングローブエビの生産・流通・加工・輸入・販売といったサプライチェーンの各段階 について現状と課題の調査を行うため、実際にワイエルフォレストが造成したシルボフィ ッシャリー養殖池においてエビを生産し、日本に輸入した。ワイエルフォレストのシルボ フィッシャリー養殖池は南スマトラ州バニュアシン県ムアラ・スギハン区ティンブル・ジ ャヤ村の沿岸域保護林の内側に位置する(図3-4-1)。ここには、約 3,000ha の地元住民が 使用権を持つ養殖池がある。この地域は 1970 年代から地域住民による開拓によって森林か ら水田に転換され、稲作が営まれていたが、2000 年代に、この農地エリア一帯に海水が流 入したことにより、稲作ができなくなり、水田は放棄されるか養殖池に転換された。しか し、それまで農業を営んでいたこの村の住民はエビ養殖に関する知識や経験をほとんど持 っておらず、養殖池も数年間は使用されたものの、現在はほとんどの池が放置、または隣 県のランプン州の人に売却され、使用されていない状態にある。82 図 3-4-1 調査対象地の位置 消費国の動向の把握のために文献調査および水産市場会社に聞き取り調査を行った。ま た、日本国内マーケットにおけるマングローブエビの評価を把握するために、関係者等を 招待して品評会を開催した。 表3-4-1 品評会開催概要 タイトル 「持続可能なマングローブエビを食べる会」 日時 平成29 年 3 月 18 日(土) 18 時 30 分~ 場所 リストランテ グランドゥーカ 神奈川県横浜市中区石川町1-18-5 元町リセンヌ小路 2F 主催 ワイエルフォレスト株式会社 スローフード横浜・鎌倉 参加者 水産関係者、スローフード関係者等 約30 名 内容 イタリアンレストランでマングローブエビを調理、試食しての参加者の感 想・意見をアンケート及び聞き取りで収集した
83 3.4.2 調査対象国の森林の概況・政策と森林減少・劣化のドライバー インドネシアの森林面積は約91 百万 ha であるが(FAO, 2015)、そのうち約 3 百万 ha がマングローブ林であり、これは全世界のマングローブ林面積約14 百万 ha の 2 割以上を 占めるという(Giri et al., 2011)。しかしインドネシアのマングローブ林は減少の一途を辿 っており、1980 年には約 420 万 ha あったマングローブ林が 2005 年には約 290 万 ha にと 3 割以上激減している(FAO, 2007)。 マングローブ林の減少の要因は木炭生産等様々な要因があるが、インドネシアにおける 最大の原因は養殖池への転換である。インドネシアのエビ養殖池の面積は、1980 年には 155,000ha、1990 年には 285,000ha、1993 年には 310,000ha、2013 年には 650,509ha、 2015 年には 662,650ha と急拡大している。台湾で 1960 年~70 年台から行われ始めたブラ ックタイガーエビの養殖が成功を収めて以来、東南アジア各国にエビ養殖が広まった。ブ ラックタイガー養殖の最適地は、海水と淡水が混じり合う「汽水域」であり、これはマン グローブの生息域であった。そのためマングローブ林は、エビ養殖の隆盛によって次々と 伐採されエビ養殖池へと転換された。 エビ養殖、特に高密度での飼育を行うために飼料や薬剤を多量に使用する集約型養殖の 問題は、一度マングローブ林を伐採して養殖池に転換しても、数年で生産性が低下するの で放棄されてしまい、別の場所のマングローブ林が伐採されるという点である。 3.4.3 対象産品の生産・流通の現状と課題 3.4.3.1 生産国における対象産品の生産概要 【産品の特徴】 インドネシアで現在一般的に行われているエビ養殖方法としては、大きく分けて、伝統 的に行われていた粗放養殖、1980 年代以降爆発的に増加した集約型養殖、半集約型養殖が ある。まず、それぞれの概要を記述し、シルボフィッシャリーとの比較を行う。 a. 粗放養殖 粗放養殖は、インドネシア国内ではトラディショナル(Tradisional)と呼ばれているが、 これも大きく分けて、Empang Parit と Extensif の二通りに分けられる。
Empang Parit は、インドネシア国内で数百年来行われていた養殖方法で、入江や窪地等 の自然の地理条件を利用したり、天然のマングローブ林等の植生を残した形でその周囲に 堀と堤防を作ったりして養殖池を造成するものである。満潮時に水門を開き、海水の流入 と同時に入ってくる魚やエビなどを一定期間池の中で成長させ収穫する。堤防などの補修 は行うが、水産物の育成には手間をほとんど掛けない。 一方Extensif は、集約型養殖池が普及した際に、住民レベルで集約型養殖を模倣し、マ ングローブを皆伐して造成された養殖池である。基本的に養殖池の中や外周にマングロー
84 ブ等の植生はないが、部分的に植生を残しているケースや近年少量の再植林を行っている ケースがある。コンクリート等を使った池内壁整備や機械設備の導入などはない。Empang Parit と同様に海水流入時に天然の魚やエビを取り込む場合もあるが、基本的には稚魚や稚 エビを購入し池に放流する。ミルクフィッシュを同時に養殖する場合もある。藻やプラン クトンの発生を促すためのプロバイオティクス剤の投入し、トウモロコシの粉末やパン屑 をエビや魚の餌として与える場合もある。 現在、インドネシア国内でトラディショナルの養殖池といえば一般的に Extensif の方を 指す。これは、国内の殆どの養殖池がExtensif の形状であり、Empang Parit は現在では 都市から遠く離れた一部の地域でしか見られなくなっているからである。 図3-4-2 Empang Parit の養殖池の様子(プ ロボリンゴ県クラクサアン郡シドペクソ村) 図3-4-3 Extensif の養殖池の様子(パスル アン県ルコッ郡タンバックルコッ村) b. 集約型養殖 集約型養殖は、インドネシア国内において1980 年代以降、エビの大量生産を目的に急激 に普及した養殖方法である。天然のマングローブ林、もしくは従来の粗放型の養殖池にお いて、植生を皆伐し、0.1~0.5ha に細かく区画分けし、内壁をコンクリートで固めて造成 される。池には水中に空気を送り込むための機材が設置され、管理人が駐在し24 時間体制 で水質管理やエビの状態観察を行い、必要に応じて、水質調整剤や抗生物質の投与を行う。 このように初期投資やランニングコストが高くかかるが、その分、粗放養殖の数倍から数 十倍の密度でエビを養殖できることから、2,3 回の養殖で投資が回収できると言われており (浜口, 2006)、急激に普及することとなった。 一方で、こうした利益率の高さは、環境影響等の外部不経済を考慮していないからであ るとの指摘(川邉, 2001)もあり、周辺への環境汚染も問題となっている。マングローブ林 の伐採も大きな問題であるが、ペレット餌の残渣や栄養分の溶出、ペレットに混ぜ込まれ た成長促進・疾病対策の薬剤などによる水質悪化や、池底へのヘドロの堆積が発生し、収 穫毎の池内の洗浄の際にヘドロを含んだ排水が水路や川にそのまま放出される為、周辺の 自然環境の汚染や疾病の拡散を招いていると言われている。
85 図3-4-4 集約型養殖池(ランプン州) 図3-4-5 集約型養殖池(プロポリンゴ県) c. シルボフィッシャリー シルボフィッシャリーとは、シルヴィカルチャー(造林)とフィッシャリー(水産)を 組み合わせた造語であり、60 年以上前にミャンマーにおいて開発されたと言われている (Takashima, 2000)が、インドネシアにおいては一般にマングローブ植林・育成と水産養 殖業を組み合わせた養殖方法として認識されている。 図 3-4-6 のように、養殖池の中央の盛り土部分にマングローブを植林・育成し、池の内 周に作った水路でエビや魚を養殖する。水循環管理や植林面積と水路面積の割合調整の為 に、盛り土部分に 1 本から数本の水路を作る場合もある。盛り土部分を造成する理由は、 盛り土によって水位を調整することで、マングローブの稚樹の育成に適した環境を整える 必要があるからである。5 年生以上になれば支柱根が水没した状態でも支障がなくなるため、 水位を上げて盛り土部分も養殖面積として活用することが可能となる。 図 3-4-6 シルボフィッシャリー養殖池のイメージ
86 シルボフィッシャリーの特徴として、地力の低下等により放棄された養殖池にマングロ ーブを植林・育成することにより、マングローブの持つ自然浄化作用を利用してエビ養殖 業を再開できる環境を整えられる点にある。また、マングローブの落葉等の有機物供給に より、稚エビや稚魚の餌となるプランクトン等が発生するため、飼料の投入の必要がない。 Takashima(2000)のインドネシア・カラワンプロジェクトでの実験結果では、マングローブ の被覆率が高くなるに連れてエビの収量が増加するという結果が出ている(表 3-4-2)。 飼料・薬剤の投入が不要であることから、シルボフィッシャリーは環境負荷が低くなる うえに、養殖の実施に係る支出・投資額を抑制できることから、の持続可能な森林経営と 水産養殖経営を行うことが可能となる。 表 3-4-2 汽水養殖池におけるマングローブ植生の有無と天然エビの収量 マングローブ なし マングローブあり 40-60% 70-80% 80%以上 エ ビ の 収 量 (kg/ha/year) 171 181 355 414 出典:Takashima(2000) 【生産状況】 インドネシアでは1980 年代に集約型の養殖エビ生産が急激に進んだが、集約型養殖によ る環境影響やウイルス性感染症の蔓延により、数年で生産を停止するケースも多かった。 しかし世界的なエビ需要の高まりや2013 年頃にタイなどのエビ生産国を襲った早期死亡症 候群(EMS:Early Mortality Syndrome)により、エビの輸出価格が上昇しており、インド ネシア国内でのエビ生産熱は再び高まっている(図3-4-7)。 特にバナメイエビは、ブラックタイガーと比較し環境適応能力や疫病耐性が高いため養 殖管理が容易なうえ、水底を歩くブラックタイガーと違い水中を泳ぐバナメイは飼育密度 を 3~5 倍に高めることが可能で、世界的にも主流になりつつある。インドネシアでも急速 に増加しており、2013 年の生産量の約 60%がバナメイ、28%がブラックタイガーであった。 図3-4-7 近年のエビ養殖量 図3-4-8 エビの種類別養殖生産量
87 【輸出入状況】 日本はエビを国民一人あたり年間2kg 以上消費する(村井, 2007)が、自給率は 10%程 度であり、消費量の大部分を輸入に頼っている。近年、家庭での揚げ物調理等が減少した ことや加工品としての輸入が増えた事等により(村井, 2007)、冷凍でのエビの輸入量・金 額は減少傾向ではあるものの(図3-4-9)、水産物の輸入額に占める割合は 1 位をほぼ維持 している。また、輸入相手国としてインドネシアは2 位・3 位を維持している(図 3-4-10)。 図3-4-9 日本のエビ輸入量の推移 (財務省貿易統計より作成) 図3-4-10 日本のエビ輸入先内訳(H27) (水産白書より作成) 一方、インドネシア輸出先国はアメリカが 1 位で、輸出量は 2 位の日本への輸出量の 3 倍以上である。図3-4-11 はインドネシアの輸出相手国と割合を示している。日本には約 20%、 約2.8 万トンが輸出されている。需要が横ばいか減少傾向にある日本に対して、アメリカは 需要が増加しており、メキシコ等でEMS が発生したことで調達先をインドネシア等に切り 替えたため、インドネシアにとっては主要な輸出相手国となった。近年は日本ではなくア メリカが世界市場の価格を決定する状況になっている。 図3-4-11 インドネシアのエビ輸出相手国と輸出量(海洋水産省への聞き取りより作成)
88 【関連の法律と政策等】 インドネシアにおける、エビやエビ養殖、シルボフィッシャリー、マングローブに関す る法令、施策、動向等を記載する。 輸出禁止品目 インドネシア貿易大臣規定 2012 年 44 号31において、輸出が禁止されているエビの項目 が明記されている。 1. ロブスター 2. 8cm 以下のオニテナガエビ 3. ブラックタイガーの親エビ又は親エビ候補(体長 17cm 以上且つ/又は重さ 70g 以上) 4. テンジククルマエビ(バナナエビ)及びクルマエビの親エビ又は親エビ候補(体長 17cm 以上且つ/又は重さ70g 以上) エビ養殖の増産計画 海洋水産省水産養殖総局局長規定2015 年 113 号において、今後 2015 年から 2019 年の 間の水産養殖物の生産向上に関する養殖戦略計画が公表されている。この中でエビにつ いては、年間10.86%の生産向上を目標としている。 表3-4-3 2015 年から 2019 年までのエビ養殖量増産戦略計画(トン) エビ種類別 2015 年 2016 年 2017 年 2018 年 2019 年 上昇率(%) ブラックタイガー 208,900 219,300 230,300 241,800 253,900 5.00 バナメイ 535,200 599,500 671,400 742,000 842,200 12.00 その他のエビ 83,000 115,200 128,700 140,900 152,700 17.09 エビ全般 827,100 934,000 1,030,400 1,134,700 1,248,800 10.86 エビ養殖の一般手引き 海洋水産大臣決定 2004 年 28 号32において、養殖池でのエビ養殖の一般手引きが公表さ れている。この決定書の中では、水産養殖はインドネシアにおける優先度の高い開発と 位置付けられた。養殖池の土地選定から養殖池造成、池の水質管理、エビ養殖の方法ま でを細かく記している。 水産物に関する課徴金 産業貿易大臣決定2001 年 213 号33において、課徴金算出の為の水産物基準価格が公表さ れている。水産物を輸出する場合には、この水産物基準価格と付加価値税を納める必要 がある。
31 「Lampiran III, Peraturan Menterian Perdagangan Repabulik Indonesia Nomor 44/M-DAG/PER/7/2012 Tentang Batang Dilarang Ekspor」(2012 年 7 月)
32 「Keputusan Menteri Kelautan dan Perikanan Nomor:KEP.28/MEN/2004 tentang Pedoman Umum Budidaya Udang di Tambak」(2004 年 7 月)
33 「Kepetusan Menteri Perindustrian dan Perdagangan Nomor:213/MPP/Kep/7/2001 tentang Penetapan Harga Patokan Ikan Untuk Perhitungan Pungutan Hasil Perikanan」(2001 年 7 月)
89 環境林業省のマングローブに関する施策・動向 環境林業省での聞き取り調査によると、現在、環境林業省が行っているマングローブの 保全等に関する施策は以下の通りである。 1. マングローブ林の保全活動 2. マングローブ林保存活動における住民の関与 3. マングローブ林の保護と機能転換についての規制作成 現在、「森林管理ユニットの林産物利用に関する生産と保護」に関する環境林業大臣規 定を策定中で、この中には、シルボフィッシャリーについても明記されており、生産と 保護を推奨するためのプログラムの立ち上げ等が記載されているという話であるが、 2017 年 3 月現在、詳細な内容は不明で、今後の動向を注視する必要がある。 海洋水産省のマングローブに関する施策・動向 海洋水産省からの聞き取り調査によると、現在、海洋水産省が行っている施策は以下の 通りである。 1. マングローブの保全 2. マングローブ林区域の再生 3. マングローブ林区域の拡大 4. マングローブ保全区域の管理体制の改善 3.4.3.2 調査地における対象産品の生産・流通等の現状と課題 調査地のシルボフィッシャリー養殖池でのエビの生産・流通を実際に行った結果から明 らかになった現状と課題について述べる。 【生産の現状と課題】 a. シルボフィッシャリー池への転換 図3-4-12 シルボフィッシャリー池造成までの様子 パイロットプロジェクトを行っている土地は、シルボフィッシャリー養殖池への転換前 には水田の跡地又は数年間養殖で利用した後に放棄された土地で、100m×200m の約 2ha に区画分けされている。盛り土・水路掘削等の土地整備に関して、最初は手作業で行った が充分に地固めができず水漏れが発生したことから、ショベルカーを使用して掘削および
90 地固めを行う必要があった。しかし重機の導入には、パレンバン市から船による輸送・操 縦員の派遣を行う必要があり、造成コストが高くなることになった。 シルボフィッシャリー池に転換するまでの土地整備から植林完了までにかかるコストは、 一区画2ha あたり約 180 万円程度必要となったが、その内約 90%は土地整備費用であり、 これを抑制することが課題である。今後大面積でシルボフィッシャリー転換が可能となれ ば、重機を購入するにせよレンタルするにせよ、費用を軽減することが可能である。 b. 稚エビの確保 南スマトラ州には稚エビの孵化・育成を行うハッチェリー業者がないため、他の地域か ら稚エビを取り寄せる必要がある。東ジャワ州シドアルジョ県から空輸で稚エビを購入し た際には、養殖池まで丸一日を要し、到着した時には全体的に弱った状態で、すでに死ん でいる個体もあった。そこで今回の養殖では、近隣のランプン州から稚エビを調達したた め輸送時間が短く、前回より稚エビの弱りはなかった。稚エビの状態によって、その後の 養殖状況は大きく左右されることから、常に健康な稚エビを購入することが課題である。 c. エビ養殖の流れとサイクル 購入した稚エビは、まず稚エビ育成場にて直径 1mm まで育成した後に、小規模の池に 移動させる。この小規模の池は個体数を管理するのが目的で、体長3~5cm、太さ約 5mm 大まで育成する。ここまでの過程で約1 か月半の期間を要する。その後シルボフィッシャ リー養殖池に、1ha あたり 10,000 匹を放流し、3 ヵ月を目安に育成する。 図3-4-13 エビ養殖の流れ マングローブエビの養殖は、ミルクフィッシュとセットで行う。ミルクフィッシュは稚 魚を購入し、直接シルボフィッシャリー養殖池に放流し約 5 か月間育成する。エビ養殖よ りも長い期間が必要となるため、稚エビの購入よりも半月から1 ヵ月早めに養殖を開始し、 収穫はマングローブエビと同時期に行う。 通常、集約型養殖場や Extensif の養殖池では、収穫後は池の中を殺菌する目的で、約 1 ヵ月天日干しを行うが、シルボフィッシャリー養殖池では天日干しを行わず、マングロー ブ植生の管理や盛り土・あぜ道の修繕を終えると、水を張り次の養殖を開始できる為、休 閑時期が短いことも利点である。
91 図3-4-14 エビ養殖のサイクル d. 収穫管理及び収穫作業 エビの収穫は、収穫予定に従って行われる他、エビのストレス状態によって早期に行わ れることがある。これは、エビがストレス状態の時に体力が落ち、疾病などに感染するリ スクがあるためである。本来水底にいるブラックタイガーが日中にエビが水面付近を浮遊 している場合はストレス状態であるとされており、1 匹でも発見された場合には即日収穫 することになっている。 本調査でのマングローブエビの収穫は、1 回目の収穫は 12 月に予定していたが 11 月下 旬に、2 回目の収穫は 1 月 21 日に予定していたが 1 月 19 日に、マングローブエビがスト レスを感じ始めたため、池管理者の判断で収穫が早められた。大雨が連日続き、海面水位 が高かった事と大雨による影響でエビがストレスを感じ始めたことが原因と考えられる 3 回目の収穫は、マングローブエビの日本輸入を最優先に考え、エビのストレスサインとは 関係なく、日時を決め収穫を行った。 収穫作業は、養殖池内の水を排水しながら行うため、干潮時に行われる。今回は夜間に 行うことになった。開いた水門に網を設置し、排水と同時にエビが流れ出てきて網に集ま る。30 分から 1 時間ごとに網を揚げ、網の中のものを選別する。網の中にはマングローブ エビの他に、ミルクフィッシュ、天然のエビ(Udang Sayur、Udang Peci)、カニ、巻貝、 たまに蛇なども一緒に入ってくるので、マングローブエビを選別し、ブロックアイスが入 ったプラスチック製断熱容器に移す。収穫時には、村の住民が収穫作業の手伝いに集まっ てくるので、作業協力の対価にマングローブエビ以外の収穫物である天然のエビや魚を現 物支給することが村の暗黙のルールとなっている。