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添付資料

1.小笠原における自然環境に関する専門家のコメント

2.生物種リスト

3.既往空中写真一覧表

4.アカギ写真

(2)

添付資料1 小笠原における自然環境に関する専門家のコメント

ノブタ

・・・・・・・・・・・・・i− 1

クマネズミ

・・・・・・・・・・i− 11

植物

・・・・・・・・・・・・・・i− 18

昆虫

・・・・・・・・・・・・・・i− 23

オガサワラオオコウモリ

・・・i− 39

海鳥類

・・・・・・・・・・・・・i− 53

陸産貝類

・・・・・・・・・・・・i− 74

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ノブタ

高橋春成(奈良大学)

1 移入の経緯 1853 年にペリー提督率いる艦隊が小笠原諸島に来ているが、その時の上陸記録は、当時 小笠原諸島ですでにブタの野生化が生じていたことをうかがわせる。その記録には、「先頭 はある断崖の上で待ち合わせていたが、その間に野猪が飛び出したので、通りすがりに一 発放なったけれども手ごたえがなかった・・・・・・・・そこには猟師たちが若い猪の周 囲に群がっていた。その猪はまだ1歳とはたっていなかった。長い鼻と泥だらけな黒灰色 の剛毛をもっていて・・・・」(ホークス編,1948)とある。小笠原諸島にはイノシシは生 息しないことから、ここでいわれる“野猪”は、島に持ち込まれた後で野生化したブタか 野生化状態になっているブタのことと思われる。 ブタの野生化に関する記述は、磯村(1888)にもある。磯村は小笠原のブタを野豚(図 1)と家豚にわけ、「野豚―元彼理が齎し来て本島に移したる家豚なり 爾来自然の蕃息に 任せたるゆへ今は毛粗くして剛く黒色にして双牙を生じ其状恰も野猪の如し・・・ 園圃を荒すを以て土人平素に犬を放て之を猟殺し食用に充てり」と記している。 当時、小笠原の海域は捕鯨活動が盛んで、またロシア、イギリス、アメリカなどの艦隊 や探検家などが交易ルートを求めてやってきた。おそらく、このような中で食料源として ブタが持ち込まれ、野生化が生じたと思われる。この当時のノブタは、今ではもう姿をみ ることはできない。 現在、小笠原諸島で野生化したブタが唯一見られるのは弟島である。このブタの野生化 は、第 2 次世界大戦後の米海軍の統治下で発生した。その時の模様を述べる。 ・ 1946 年に欧米系島民 129 人が帰島した。1947∼48 年頃、米海軍はマリアナ諸島のテ ニアン島・サイパン島方面から帰島民の食用としてブタを搬入した。 ・ これらのブタは、当初共同で現支庁庁舎のそばで舎飼いにされていたが、間もなく 増殖したブタの一部が野に放たれた。 ・ 解き放たれた場所は、父島南部の南袋沢・ブタ海岸付近、弟島、聟島、媒島などで あった(図2)。解き放ちは、テニアン島・サイパン島方面からブタが持ち込まれて 以降数年の間に行われた。 ・ 解き放ち場所の選定理由としては、父島南部の場合は比較的居住地に近く、かつブ タの食料となるタコノキの実などが豊富であったこと、弟島の場合は父島から比較 的近く、かつタコノキの実や水が豊富であったことなどが挙げられる。 ・ これらの地に放たれたブタは、その後米海軍や島民により適宜捕獲され、肉は分配

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捕獲数を定めた有料の鑑札が出された。祝宴などの際にはよく捕獲されたとのこと で、一時かなり繁殖したといわれる父島南部では、狩猟圧のためか返還前には姿を みることができなくなった。 ・ 弟島は無人島化しており、父島南部のような狩猟圧がかからなかったため、返還後 もブタが生息している。 ・ 聟島や媒島には、これらの近海への出漁の際に起こりうる不測の事態(カヌーの破 損やシケなど)に備えて、非常食用に放たれた。しかし、これらのブタは解き放ち 後1ヶ月余りで他の漁船に持ち去られたためかいなくなった。 2 分布と生態 弟島のノブタの生息数については、小笠原村(1973)に約 150 頭生息しているとあるが、 現在の生息数は定かでない。捕獲や目撃の例を挙げてみる。 ・ 帰島島民 E 氏は、1975 年に弟島に渡った時、10 頭ほどのノブタを目撃し、彼の息子 が子ブタを 1 頭捕まえたという。同じく帰島島民の Y 氏も、1985 年に同島に渡った 時に4∼5頭のノブタの群れを目撃している。彼らの話によれば、ブタの毛色は白、 白と赤、黒と白、白・赤・黒のまだらなどで、解き放ち時のブタに比べやや小型化 したが、牙が長くなり、鼻先もかたくなり、毛並みも粗くなっているという。頭部 がたくましく、全体としてイノシシのような体つきになっており、動きも敏捷で人 間の接近に敏感であるという。 ・ 筆者が 1990 年 9 月に行った弟島での調査においても、島の北部の沼地で母親と子の 数頭のノブタの群れを目撃した。同所には、ノブタのフィールドサインが各所に見 られた。 ・ 1992 年 8 月にも同島で調査を行った。この時にもノブタやノブタのフィールドサイ ンを見ることができた。場所は前回と同じ沼地で、4頭のノブタを目撃することが できた。4 頭のうち 3 頭は母親とその子(写真1)であった。体色は、ともに白と黒の まだらであった。他の 1 頭は、全身が真っ黒であった。沼地の周辺には、ノブタが 掘り起こした跡(写真2)、足跡、糞(写真3)などがいたるところに見られた。 島民によれば、テニアン・サイパン方面から持ち込まれたブタは、白色や赤色のブタで あったという。Richard(1957)によれば、米軍がテニアン島に上陸した時に多くの家畜は島 の中をさまよっていたため寄せ集めが行われ、3ケ所に農場が設立された。そして、同島 のブタの数は 1944 年 12 月には 17 頭、1945 年 8 月には 269 頭になったと記されている。 弟島に放たれたブタの品種は定かでないが、これらのブタの系統をひくものであると思わ れる。

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3 影響 弟島のノブタは、解き放ち後 50 年にわたり繁殖を繰り返してきた。その間、土中の食べ 物、タコノキやモモタマナの実、草本類やその根、小動物などを食べてきたのであろう。 したがって、在来の動植物に何らかの影響をもたらしてきたと考えられる。 1828 年に小笠原にやってきたロシアの探検家リュトケの航海記を翻訳した大熊(1972) の中には、当時放ち飼い状態で飼われていたブタに関する次のような記述がある。「豚の嗅 覚は非常に鋭敏なので海亀がその卵を産み落としている穴を発見して、その卵をむさぼり 食うのである」という記述がみられる。在来の動植物や生態系に対する影響の具体的な調 査・検討はこれまでのところ実施されていないと思うが、今後そのような調査・検討が必 要であろう。 また、宮本・白坂(1978)によれば、弟島で捕獲されたノブタの中から人畜共通感染症 の疾患の一つとされる顎口虫症をもたらす寄生虫のドロレス顎口虫が発見されている。 したがって、このような点に関しても留意する必要がある。 4 海洋島生態系の特徴と当該種 ノブタの食性は雑食性で、植物質から動物質(鳥類の卵や雛、両生類、爬虫類など)ま で広く摂取する。したがって、弟島に多数のノブタが生息する場合は、在来の動植物の食 害や掘り起こしに伴う土壌侵食などが危惧される。当海洋島では、ノブタのような食性や 行動特性を有する大型の哺乳類を欠いてきたので、在来の生態系への影響が懸念される。 5 これまで行われた対策 弟島の野生化したブタについては、返還後小笠原諸島が国立公園に指定される 1972 年前 後から、島固有の動植物に与える影響や掘り起こしによる土壌侵食を防止する目的で、野 生化したウシとともに、ノブタの駆除が東京都小笠原支庁の指導のもとに行われたことが ある。 帰島島民の E 氏は、返還後行政当局からの駆除要請にしたがって約 20 頭のノブタを捕獲 したという。 6 今後行うべき対策 弟島のノブタの生息状況や食害、掘り起こしなどに関する実態調査を行う必要がある。 それによって、対策を講じていく必要がある。 7 留意点 弟島のノブタの問題は戦後の食料調達から生じた意味合いが強いので、ノブタの取り扱

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きとどめておく。「今日では、弟島のノブタの肉利用はみられない。また、米海軍の占領下 で欧米系島民によって解き放たれたこれらのノブタに対する所有権の主張もない。それは、 1968 年に小笠原諸島が日本に返還されたことや弟島の旧島民の帰島により、弟島のノブタ に対する所有権が主張しにくくなったことによる。また今日では、島民の食料事情も良く なり、ノブタの食料源としての価値がなくなったこともある。一方、帰島した弟島の旧島 民のノブタに対する関心も低い。それは、現在のところ弟島の再開発がなされておらず、 同島が無人島となっているためである」。 8 参考文献 磯村貞吉, 1888. 小笠原嶋要覧. 便益舎. 279pp. 大熊良一, 1972. 小笠原諸島の発見史(三). 政策月報, 197:150-169. 小笠原村, 1973. 村民だより縮刷版第 1 号∼第 52 号. 小笠原村. 101pp. 高橋春成, 1989. 再野生化ブタの分布と発生過程. 地理学評論, 62(7):513-537. 高橋春成, 1995. 野生動物と野生化家畜. 大明堂. 309pp. 宮本健司・白坂康郎, 1978. 東京都小笠原諸島弟島のドロレス顎口虫Gnathostoma doloresi Tubangui, 1925. 寄生虫学雑誌, 27(3):185-189.

Richard, D. E., 1957. United States naval administration of the trust territory of the Pacific islands. Office of the Chief of Naval Operations.

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図1.野豚

図2.第2次大戦後の小笠原諸島でのブタ の解き放ち

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写真1.ノブタ(幼獣)

写真2.掘り起こし跡

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最近のノブタの生息状況

千葉英幸・滝口正明((財)自然環境研究センター)

地元の NPO 法人小笠原自然文化研究所並びに小笠原野生生物研究会により行われた、ア カガシラカラスバトの生息調査の際に確認されたノブタに関する情報と、今年度のノヤギ 調査の際に確認したノブタに関する情報から、弟島における最近のノブタの生息状況を整 理した。 1 分布状況 弟島でのノブタの分布状況を示すため、小笠原自然文化研究所(2002,2003)及び小笠 原野生生物研究会(2003)により報告されているノブタの目撃地点並びに痕跡の確認地点 を図1に示した。また 2004 年 2 月に実施したノヤギ調査の際の、ノブタの目撃地点並びに 痕跡の確認地点も合わせて示した。 小笠原野生生物研究会(2003)によれば、ノブタの痕跡は調査したルート上(北部の鹿 ノ浜と南部の黒浜をつなぐ旧道沿い)のほぼ全域で見られた、とのことであり、島内に広 く分布していると考えられる。 また小笠原自然文化研究所(2002)によれば、やはりノブタの痕跡は調査した弟島全域 で確認されており、見かけ上、糞や掘り起こし跡等から、もっともノブタの利用頻度が高 いと思われたのは、鹿ノ浜付近の池周辺、ついで黒浜付近の疎林内でいずれも比較的海岸 に近い、常に湿気を含む疎林内であった、とされている。 さらに 2004 年2月の調査時にも、鹿ノ浜から広根山北東麓にかけてと、黒浜周辺を中心 に痕跡を確認した。 2 食性 ノブタによる生態系への影響を考える際の基礎資料を得ることを目的に、糞分析による ノブタの食性把握を試みた。分析した糞は 2004 年 2 月 1 日に、図1に示した3地点(モモ タマナ1と2はほぼ同地点)で、計4糞塊を採集した。 糞は以下の方法で分析した。 ①糞分析試料を70%エタノールで固定。 ②試料を1mm目および0.5mm目の篩での篩で水洗。 ③1mm目の篩上の残渣を用いて項目分析を実施。分析はLeader-Williams et al.(1981) のポイントフレーム法を用いた。すなわち2mm目の方眼加工を施したシャーレに水を 張り、水洗済み試料を投じて一様に拡げ、被われた格子の数を各項目毎に集計した。

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格子の数は合計400点とし、次式より項目毎に占有率を求めた。 項目Aの占有率(%)=項目Aにより被われた格子数/400×100 ④0.5mm 目の篩上の残渣について、陸産貝類の軟骨等の有無を確認した。 糞分析の結果は、表1に示したとおりであり、モモタマナ林1を除いては繊維質や塊茎 といった植物質が大半を占めていた。モモタマナ林1についても植物質が大半を占めてい たが、繊維質は少なく、種子のようなオレンジ色をした植物質が大半を占めていた。動物 質としては、昆虫類がわずかに含まれていた。また、陸産貝類などを捕食している可能性 を考慮し、ポイントフレーム法による分析のほかに、目合の小さい 0.5mm の篩いを使用し、 その残渣を調べたが、陸産貝類の軟骨と思われる物は、含まれていなかった。 以上の結果からは、植物の根や茎、あるいは種子など植物質を主に採食していると考え られる。しかし、これらは糞分析による結果であり、採食していても消化されてしまって 検出されないものがあることも考えられ、実際の食性を反映していない可能性がある。ノ ブタによる生態系への影響として、固有の陸産貝類やウミガメの卵などの捕食といったこ とも懸念されており、より正確に食性を把握するためには、胃内容物の分析を行うことが 必要であると考えられるが、胃内容の試料を得るためには、個体の捕獲が必要となるため、 現状では困難であると考えられる。 3 参考文献

Leader-Williams,N.,T.A.Scott & R.M.Pratt, 1981.Forage selection by introduced reindeer on South Georgia and its consequences for the flora.Journal of Applied Ecology,18:83-106. 小笠原自然文化研究所, 2002.小笠原諸島弟島におけるアカガシラカラスバトの生息状況 調査報告書. 小笠原自然文化研究所, 2003.小笠原諸島弟島におけるアカガシラカラスバトの生息調査 報告書. 小笠原野生生物研究会, 2003.小笠原諸島弟島における絶滅危惧種の現況調査 アカガシラ カラスバト・オガサワラグラ他,公益信託大成建設自然・歴史環境基金 平成 13 年度助成活動・研究報告書.

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● ● ● ● ● ● 2002.3.19(1 頭) 2002.2.2(1 頭) 2002.3.19(3 頭) 2002.2.1(2 頭) 2002.2.2(1 頭) ● ● ● ● 2002.12.16(1 頭) 2003.1.18(1 頭) 2003.1.18(1 頭) 2002.5.14(1 頭) ぬた場 ぬた場 ぬた場 ● 2004.2.1(2 頭) 糞採集(鹿ノ浜) ● ● ● ● ● 2004.2.1 糞採集(黒浜) 2004.2.1 糞採集 (モモタマナ林 1,2) 2004.2.1 掘り返し 2004.2.1 掘り返し 2004.2.1 頭骨

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表1.弟島のノブタ糞分析結果(ポイントフレーム法) 占有率(%) サンプル名 (地点名) 繊維質 塊茎 種子 単子葉 草本 昆虫類 不明植 物質 その他 (種子? オレンジ 色) 備考 鹿ノ浜 88.5 10.0 1.0 0.0 0.3 0.3 0.0 モモタマナ林1 3.3 0.0 0.5 2.0 1.0 0.0 93.3 モモタマナ林2 72.5 13.5 4.8 7.3 0.5 1.5 0.0 繊維質は塊茎由来? 黒浜 44.8 51.3 3.3 0.0 0.0 0.8 0.0 繊維質は塊茎由来? 写真1.ノブタ(弟島)

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クマネズミ

矢部辰男

(ラットコントロールコンサルティング)

1 移入の経緯 黒田(1930)はクマネズミに関して、「本種は従来小笠原群島より報告なかりしが如きも 今回籾山氏を経て二個(父島産)を調査することを得たり。・・・従来前種シチラウネズミ の報告はあれど本種は知られざりしが如きを以て多分近時船により移入したるに非らざる かと考ふ。」と記している。したがってクマネズミは、1920 年代ころ船舶の積み荷にまぎ れて移入されたと推測されている。なお、シチラウネズミ(シチロウネズミ)とはドブネ ズミのことであり、クマネズミよりも前に移入されたことになる。青野(1978)は、「明治の ころ袋沢で、ネズミの大集団の移動が恐ろしいほどだったという話を古老からきいた。」と 記しているが、これはドブネズミを指すのであろう。1929 年に父島で捕獲された 4 個体の ドブネズミが渡辺(1962)によって記録されているが、その後は父島での記録はない。 2 分布と生態 クマネズミは父島、母島、聟島、聟島の鳥島、媒島、嫁島、兄島、姉島、妹島、弟島、 南島、西島、向島、平島、硫黄島、北硫黄島で確認され、ドブネズミは母島と平島で確認 されている(堀ほか,1973,1974、Yabe,1979、矢部・松本, 1980、Yabe and Matsumoto, 1982、岡, 1991、立石・高田, 1994、川上, 2002、矢部, 2002、渡邊ほか, 2003、北原英 治,私信)。

渡辺(1962)には、1929 年に捕獲された8個体のクマネズミが記録され、それらはクマネ

ズミ(Rattus rattus rattus)とシロハラネズミ(R. rattus alexandrinus form. frugivorus)

に分けられており、前者は小笠原列島に、後者は小笠原列島、石垣島、マーシャル諸島等 に分布すると記されている。黒田(1953)は、「(クロクマネズミとは)実はアカクマネズミ の黒変型と見るべく、真のクマネズミR. r. rattus (L)はわが近海では小笠原父島以外で は知られない」と記しており、ここでいうクマネズミとは全身黒色のものを指している。 今日でも聟島列島のクマネズミはすべて黒色型であり、父島には黒色型と、本土では見ら れない腹面の非常に白いクマネズミとが分布している(渡邊ほか, 2003、鈴木荘介,私信)。 したがって、移入された当時から同じ型のクマネズミが分布している可能性がある。 Yoshida et al. (1985)は、父島のクマネズミの染色体数が 2n = 41 で、これはオセアニア 型とアジア型の交配によって生じたものであると推測した。しかし、島村ほか(2003)は、 2002 年に父島と母島で捕らえた計 30 個体のクマネズミがすべて 2n = 42 であったとして いる。

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セアニア型をR. rattus、2n = 42 のアジア型をR. tanezumiとして区別すべきであるとす る議論がなされている(Musser and Carleton, 1993、金子・村上, 1996)。しかし、アジ ア型は多様に分化しているので、種名の決定にはさらに詳細な分子遺伝学的研究を要する という議論もある (Aplin et al., 2003)。そこで、ここでは従来の学名をそのまま使用し た。 クマネズミは家鼠であり、建物にすみついてヒトの食料や残飯などに依存する習性を持 つが、熱帯・亜熱帯気候下では野外にも生息し、野生動植物を食べて生活することができ る。通常、種実類(種子や果実)を中心に、植物質が胃内容物平均容量の 80%以上を占め、 そのほかに昆虫、マイマイなどの動物質も食べるがその割合は少ない(矢部, 1977、Yabe, 1979、 Yabe and Matsumoto, 1982)。したがって、植食性あるいは種実食者的傾向が強い。 クマネズミは渇きに比較的弱く、ハツカネズミと異なり、乾燥下には生存できない(Yabe, 1983)。生存に必要な水分は、飲み水(露滴を含む)、餌に含まれる水、代謝水などから取 り込まれる。登攀力が優れているために、樹上での採餌活動もする。巣は建物内、樹上、 地表のがらくたや岩石の隙間、あるいは地面に坑道を掘って作られる。クマネズミは一般 に警戒心が非常に強いが(矢部, 1991)、警戒心は学習によって変化する。渡邊ほか(2003) は、聟島列島のクマネズミが非常にゆっくりした行動をとることを観察しているが、小笠 原諸島のクマネズミは警戒心が弱い傾向を持つ(矢部, 1988、谷川力,私信)。 3 影響の現状 クマネズミによる影響として今日明らかにされているのは、①種実を食べることによる 影響と、②樹皮剥離や小枝切断(枝または葉柄を鋭く切り落とす行動で、「枝落とし」とも: 渡邊ほか, 2003)による影響、および③広東住血線虫の終宿主としての影響である。 小笠原諸島では、アカガシラカラスバトの餌資源とされるシマホルトノキやムニンシロ ダモの種子が、更新できない状態になるほどひどく食害された事例が知られる(関東森林 管理局東京分局, 1999、北原・佐藤, 2000、川上, 2002、北原英治,私信)。クマネズミは 多くの樹種の種実を食べるが、樹種によって好みが異なり、母島ではアカギの種子よりも シマホルトノキの種子を好んで食べることが、アカギの優占する一因になっていると考え られている(渡邊ほか, 2003)。また、島によって食害の程度が異なり、シャリンバイの場 合、聟島では観察した種子がすべて食害を受けていたが、父島では少数が食害されていた にすぎなかったという(加藤, 2002、渡邊ほか, 2003)。 小枝切断は父島と母島で確認されている(延島, 2003、渡邊ほか, 2003)。これらの被害 には季節性があり、父島における小枝切断は 3∼4 月に頻繁に見られ 10∼11 月にはまれで あったという(渡邊ほか, 2003)。また、父島では 1999 年 12 月から翌年 2 月にかけて、ギ ンネムの梢の樹皮剥離も記録されている(北原・佐藤, 2000)。 広東住血線虫は、アフリカマイマイやその他の軟体動物が中間宿主になり、クマネズミ

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やドブネズミが終宿主になる寄生虫である。この線虫の幼虫が中間宿主を経てヒトに感染 すると、好酸球性髄膜脳炎を引き起こす。この寄生虫は父島と母島のクマネズミと母島の ドブネズミから見いだされており(堀ほか,1973, 1974、矢部, 1977, 1979, 1988、矢部・ 松本, 1980、 Yabe and Matsumoto, 1982、岡, 1991)、ヒトへの感染が危惧される。

4 島の生態系におけるネズミの位置づけ クマネズミは小笠原諸島の気候に適応して多くの島に分布している。それらの島で、比 較的近年に移入された外来種として生態系を攪乱し続けていると推測される。生態系の攪 乱作用としては、①種実を食べることと、種実の豊作後に起こりうるクマネズミの大発生、 ②渇きをいやすために、水気に富んだ草本の茎や種実を選択的に食べること、③樹皮剥離 や小枝切断、④野鳥を襲い、あるいは野鳥の卵やその他の動物を食べること、⑤ノネコの 餌になること、などが考えられる。 クマネズミは、種子を物陰に運んで食べることによって種子散布の働きをする可能性が あるが、破壊作用の面が大きい(渡邊ほか, 2003)。種実を食べて植物の更新を阻害し、あ るいは、アカガシラカラスバトなどの餌資源と競合するだけでなく、種実を食べて大発生 する可能性もある。鹿児島県の離島では、カンザンチクの実の豊作が原因でクマネズミの 大発生した事例が多数記録されている(永井, 1938)。奄美大島では 1996 年のドングリの 豊作によってクマネズミが大発生し、翌年に入って餌不足に陥ると、未熟なサトウキビを 齧り、あるいはタンカンの樹皮剥離を起こし、あるいは昆虫を大量に食べるなどの異常行 動を引き起こした(矢部, 1997, 1999、Yabe, 1998)。樹皮剥離は一般に、餌不足の際の補 助的栄養を得る行動であり (Myllymäki, 1979)、小枝切断も同様の理由によると思われる が、小笠原諸島の場合には原因が明らかにされていない。 また、クマネズミは飲み水の不足した環境下では、水気に富んだ草本の茎を選択的に食 べ、伊豆鳥島ではイソギクが大量に食い倒された事例が知られる(Yabe, 1982、 矢部, 1988)。 同様に水気に富んだ果実を選択的に食べることもあると推測される。特に水気の少ない島 では、このような被害の発生が懸念される。 島嶼生態系において、クマネズミが野鳥や昆虫相に与える影響は甚大である(Amori and Clout, 2003)。川上(2002)は小笠原諸島において、クマネズミによる野鳥への加害の可能 性を指摘しているが、まだ実態は不明であり今後の詳細な調査が待たれる。ドブネズミは 肉類を好むので(Yabe, 1979)、野鳥を襲う可能性はさらに大きい。ノネコは野鳥を襲う習 性を持つが(川上, 2002)、ネズミはノネコの餌としてノネコの繁殖を助け、野鳥の補食を 助長していると思われる。 5 これまで行われた対策

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い。 6 今後行うべき対策 クマネズミは外来種として生態系を攪乱する要素を多く持っており、防除されることが 期待される。小規模な島ならば、クマネズミの防除は容易である。そこで、防除作業をま ず小さな島で試験的に実施し、そこで得られた経験を生かして、最終的に大きな島で実施 することが望ましい。 小笠原のクマネズミは、クマリン系殺鼠剤に対する抵抗性を獲得していないうえに(谷 川・鈴木, 1993)、警戒心が弱い傾向にある。したがって、人畜に対して比較的安全なクマ リン系殺鼠剤を用いるならば、効果が期待できる。クマテトラリル製剤(クマリン系の一 種、商品名エンドックス)は猛禽類への二次毒がないとされているので(Fisher et al., 2003)、これを大規模に使用する方法もある。薬剤の流亡や昆虫等による食害を防ぐために は、防水性紙袋に入った、いわゆるスローバッグを用い、さらに毒餌箱(ベイトボックス) を使用することが望ましい。また、薬剤の使用をできるだけ少量にとどめる防除手段も模 索されるべきで、例えば生息密度が低く、かつ餌の少ない季節に薬剤を用いるのもその一 つである。 7 課題 クマネズミに関して解決されるべき課題は、以下の3つに分けることができるが、課題 は互いに関連しているので、バラバラにではなく、同時に実施可能である。①主要な島に おけるクマネズミの生息数と個体群動態を把握する。これは防除対策や、動植物に対する 加害機構を知るうえでの基礎資料になる。②動植物相に対する加害機構を明らかにする。 これには、小枝切断や樹皮剥離の原因解明、および種実の食害が島によって異なる原因解 明、野鳥や昆虫等の捕食の実態解析が含まれる。これらの解明にはネズミの胃内容物分析 を実施することも重要で、それには①における生息数調査の際に捕獲されたネズミを用い ることができる。③殺鼠剤による防除試験の実施。まず小さな島で実施し、他の島へと拡 大してゆく。これは①における生息数調査と兼ねて実施することができる。 8 参考文献

Amori, G. and Clout, M., 2003. Rodents on islands: a conservation challenge. In: Singleton, G. R., Hinds, L. A., Krebs, C. J. and Spratt, D. M. (eds.), Rats, Mice and People: Rodent Biology and Management, pp. 63-74. Australian Centre for International Agricultural Research, Canberra.

青野正男, 1978. 小笠原物語.「小笠原物語」編集室,東京.219pp.

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Rattus: profile of an archetypal rodent pest. In: Singleton, G. R., Hinds, L. A., Krebs, C. J. and Spratt, D. M. (eds.), Rats, Mice and People: Rodent Biology and Management, pp. 487-498. Australian Centre for International Agricultural Research, Canberra.

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小笠原の外来植物

安井隆弥(小笠原野生生物研究会)

1 小笠原の外来植物の現況 小笠原は明治以降、南方植物の栽培試験地として種々の樹種が導入された。その中で現 在、盛んに増殖し在来の植生を著しく圧迫しているのはアカギ、モクマオウ、ギンネム、 リュウキュウマツである。第二次大戦頃までは、これらは野菜を出荷する箱材として、あ るいは燃料として利用されていた。また、農地なども良く管理されていたので、現在程に は増えていなかったという。第二次大戦後ほぼ 25 年間放置された農地や軍の陣地跡にこれ ら外来種が進出し、現在見られる外来種優先の林地となった。小笠原が米国より返還され た当時、帰島した島民はギンネムやリュウキュウマツそしてアカギなどの林を見て驚いた という。また、近年のプロパンガスやプラスチックス等、消費文化の変化により、先に挙 げた木材の利用がなくなったことも、これら樹種の繁茂に拍車をかけた。 父島の山地では、キバンジロウが所々大きな群落をつくりギンネムを凌ぐ勢いである。 竹や笹も所によりやや大きな群落をつくっている。 更に海洋島のニッチの隙間に外来種は容易に侵入し、じわじわと在来の森林を侵してい る。アカギは母島で猛威をふるい、モクマオウは父島列島で優勢で在来種を強く圧迫して いる。ギンネムとリュウキュウマツは、それぞれギンネムキジラミ、マツノザイセンチュ ウの天敵が侵入したことにより、その増加の勢いはある程度抑えられた。 新たに増加の兆しをみせ、将来大きな問題になりそうなものはガジュマルである。1992 年頃にガジュマルの果実(花のう)に小さな蜂が来るようになり、種子の結実も確認された。 その頃より樹木の幹や枝の虚にガジュマルの苗が散見されるようになった。明治時代にガ ジュマルが小笠原に持ち込まれた時には、そのポリネータであるガジュマルコバチは小笠 原に入っていなかった。ポリネータの侵入によりガジュマルは増殖し、着生した樹木ばか りでなく周辺の木々もその気根で絞め殺し、大きな樹冠を広げる。ガジュマルの増殖は小 笠原の自然植生にかつてない程の大きなダメージを与えるであろう。 草本の外来種は市街地やその周辺にオオバナセンダングサが咲き乱れ、アイダガヤ、セ イバンモロコシ、アフリカヒゲシバなども猛威を振るっている。外来種の侵入に拍車をか けているのは、公共事業に伴う法面への播種、道路敷への移入シバの植え付け、移入街路 樹の植栽等が挙げられる。道路敷にはヨウシュヤマゴボウやセイタカアワダチソウなども 現れている。外来草本は遊歩道沿いやエコツアーによく使われる山道にも侵入し在来種を 圧迫している。父島では外来種の侵入していない所は殆どない。人による散布のほかヤギ による散布も大きな要因である。

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2 外来種による遺伝子撹乱 かつて、小笠原にはオガサワラグワの大木が沢山あり、その材が優れていたので珍重さ れ次々に伐採された。一方、父島と母島では養蚕のため沖縄からシマグワが導入された。 その後シマグワは増殖し両島のいたる所に生えているが、オガサワラグワは殆ど増えるこ となく衰退の途を辿っている。数年前からオガサワラグワの増殖をはかる事業がすすめら れ、母島で採取した種子から苗を育てたが、葉の形態にシマグワの形質が所々現れた。現 存のオガサワラグワについてDNA調査がおこなわれた結果、多くのオガサワラグワにシ マグワの遺伝子が混ざっていることが確認された。種の遺伝子保存の面から見ると由々し い問題が起きている。 オガサワラグワの場合と同じような遺伝子撹乱を引き起こすであろう現実も進んでい る。10 年以上前に、父島の奥村グランドのフェンス沿いに八丈島産のビロウ 45 本が植え られ、よく生育している。小笠原には固有亜種のオガサワラビロウが周辺の山に数多く自 生している。いずれ交雑するであろう。 最近、小笠原でもガーデニングが流行っていて、店先には種々の植物が並び、家々の庭 にも植えられている。これらの中には小笠原の固有種と同属の種も目にする。このように 外来種による遺伝子撹乱は既に始まろうとしている。 3 外来種の侵入による影響 外来種の繁茂による影響は多岐にわたり、しかも連鎖的な広がりをもつ。2、3 の観察例 を挙げると、アカギの密生する林では林床植物が殆ど無くなり、土壌昆虫も少なくなる。 そのためハハジマメグロが地上にあまり降りなくなる。モクマオウ林では、分解しにくい 落葉がマット状に広がり、その厚さは 10cm以上になる。林床植物の多くは埋め尽くされ 消えて行く。落下した種子もマットに阻まれ、余り発芽はみられない。 父島列島ではヤギによる影響は甚大でその食害も激しく、絶滅へ向かう種も少なくない。 また、ヤギが在来植生を破壊すると、そこが草原化し外来種の優先する草原となる。弟島 では野生化したブタが土壌動物を求めて土を掘り起こすため、スズフリホンゴウソウやイ モランなど腐生植物が極端に少ない。 4 小笠原の植生と外来種 小笠原の在来の森林には極相を形成する陰樹がないため、アカギのようにやや耐陰性の 樹種が入って来ると、台風や開発等によりギャップができると、在来のパイオニア種を抑 えてアカギが次々と占有していく。父島は母島に比し乾性タイプの環境が多く土壌の浅い 所や岩石地までモクマオウが生え、先に述べた機作により純林に近い林分をつくる。父島 南部の二次林はおおむねムニンヒメツバキが優占するが、キバンジロウとの混淆林も多い。

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境を奪われ、個体群は更に小さくなり遺伝子の多様性も狭まり絶滅に追いやられてしまう。 小笠原の島々は面積が小さく、追いやられた稀産種は逃げ場を失うという物理的要因もあ る。注意深く保護区を管理しないと由々しい事態になるであろう。 5 外来種対策 アカギの駆除は、1995 年以来国有林課により母島の桑の木山で環状剥離による駆除が試 行された。2002 年には林野庁の呼びかけに応じ島外から 85 名のボランティア参加により、 巻き枯らし、小径木伐採、稚樹の抜取り、萌芽の刈取りなどが行われた。2003 年には父島 でも国有林によるアカギ駆除事業が始まっている。 父島列島の南島では 1999 年に地元NPOによるクリノイガ除去が年 5 回行われた。こ の事業は小笠原村主催のボランティア事業として現在も続けられている。 ごく最近では街路樹として不用意に植栽したタイワンモクゲンジュが異常繁殖し、村民 参加の駆除活動が行われた。 外来種対策は動き出したばかりで、今後は組織的かつ強力に展開しなければ外来種の駆 除は覚束無いであろう。上に挙げたいくつかの、駆除活動を見たり或いは参加して、外来 種に対する意識も芽生え始めている。 6 今後おこなうべき対策と課題 1)対策 ⅰ:小笠原への動植物の移動規制に関する機関設置 直ぐ条例による規制は難しいとしても、専門家による委員会を設置し、小笠原へ移 入してはいけない生物種のガイドラインを決め公示する。次に、条例または法律によ る規制を実施する。 ⅱ:「外来種による自然環境への影響」に関する啓蒙 地元住民ばかりでなく、観光やレジャーで来島する人達へパンフレットその他によ る啓蒙活動を行う。 ⅲ:外来生物種の除去 南島の例のように、過去 5 年のボランティアにより外来種は目に見えて減り、固有 種をはじめ在来種が目立ちはじめた。今後は先に述べた外来種をターゲットに、息の 長いボランティア活動が有効であろう。そのためには、自然公園内でのボランティア 活動がスムースにできる環境が必要である。また、ボランティア団体への機材等の助 成措置も望まれる。 ⅳ:離島への渡島 南島行きの船では乗船前に衣服、靴のブラッシングが行われているが、他の離島へ の配慮は未だ行われていない。遵守事項を決め完全に実行しないと、外来生物種は予

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想をはるかに越えるスピードで離島へ侵入するであろう。 ⅴ:保護区の規制強化 現在、保護区の境界が明示されていないため、保護区へ知らずに立ち入ることが普 通に行われている。エコツアーのガイドにもに入林許可等の手続きなしで、見境なく ガイドをしている現状である。その影響は述べるまでもないが、早急なルールの確立 と実施が望まれる。 2)今後の課題 ⅰ:離島ツアー 最近、離島ツアーの要望が高まっている。小笠原の離島は自然環境が様々である。 各離島の状況を把握したうえで、島毎のツアーのスタイルを早急に決めることが必要 である。 ⅱ:自然公園行政の是正 自然の保護と利用の関係を個々の事例毎に精査する ⅲ:過去の開発による累積した自然環境への影響結果の検証 ⅳ:開発の小笠原方式の策定:小笠原の自然環境に配慮した法律、条例の必要性 ◇道路:本州の道路基準ではなく、小笠原方式の基準。(例)道路の幅員を広くしない で、車の大きさを制限する。 ◇遊歩道:人手による施工を原則とする。既存の遊歩道のメンテナンスは人による見 回りと補修とし、工事としての扱いをしない。 ⅴ:地場産業の育成 アカギやモクマオウを駆除しても、放置するのでは色々な問題が派生する。木材の 有効利用を促す施策が必要である。父島、母島で製炭が始まろうとしている。製材、 木工なども促す施策が要望される。 7 参考文献 阿部れき斎, 南嶼産物志 全. 東京営林局, 1929. 小笠原島国有林植物概観. 128pp. 日本生物地理学会, 小笠原諸島生物相. 養賢堂. 熱帯植物研究会編, 1984. 熱帯植物要覧. 養賢堂. 734pp. 寺崎留吉, 1979. 日本植物図譜. 平凡社. 小林純子・小野幹雄, 1987. 小笠原諸島および火山列島の管束植物リスト. 小笠原研究リ サーチ, pp. 1-55. 東京都立大学小笠原研究委員会. 長田武正, 1972. 日本帰化植物図鑑. 北隆館. 254pp.

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小笠原の固有昆虫の現状

高桑正敏・苅部治紀(神奈川県立生命の星・地球博物館)

岸本年郎((財)自然環境研究センター)

1 小笠原の在来昆虫相の特性 小笠原は大陸から遠く離れた海洋島であり、面積が小さい点から、生息・生育する生物 の種数はけっして多くはない。また、昆虫類では黒沢(1976a,b)が詳しく解析しているよう に、本土のファウナと比較すると、著しく種構成がアンバランスである。たとえば甲虫に おいては、ハムシ科やコガネムシ科など植物の生きた葉に依存する群や、オサムシ科など 地表生活者を多く含む群は比率的にきわめて少数が知られているだけであるのに対し、タ マムシ科やカミキリムシ科に代表されるように、幼虫の大部分が枯死木や倒木を食べる群 はそれほど貧弱ではない。それどころか、ハナノミ科のように構成比率がかなり高い分類 群も見受けられる。この理由としては、分類群それぞれの分布拡散能力の違いが挙げられ る。すなわち、幼虫が枯死木や倒木に依存するものは、洪水などによって海へと流されれ ば、そのまま海流に運ばれて小笠原に到達するチャンスがあるが、生きた葉に依存するも のや地上性のものは偶然の出来事がなければそのチャンスがない。ただし、空中を漂う性 質をもつ分類群はその限りではない。黒沢(1976)や土生(1986)はウンカ、ヨコバイ類など の浮遊性昆虫の多さを指摘し、それらは塵のごとく空高く巻き上げられたものが季節風な どによって小笠原へ運ばれたと考えている。 種数こそ少ないものの、小笠原の昆虫相は固有率が高いことが大きな特徴である。たと えばトンボ類はわずか 8 種しか定着していないが、その中の 5 種が固有種であり、固有属 も 2 属が認められる。甲虫類では、ハナノミ科既知種 20 種の固有種率が約 70%(固有亜種 も含めると約 90%)であるのを筆頭に、カミキリムシ科やタマムシ科も固有率は高率に及 ぶ。固有属もいくつか知られているが、中には小笠原諸島内で種分化を成し遂げたものも あり、オガサワラカミキリ属 Boninella やヒメカタゾウムシ属 Ogasawarazo がその代表例と 言える。これらは祖先が小笠原に進出後、放散現象を起こした可能性が強い。 また、島ごとに複雑に種・亜種分化を成し遂げたグループも少なくない。たとえばオガ サワラトラカミキリ種群は、小笠原群島にオガサワラトラカミキリが分布し、火山列島に ミナミイオウトラカミキリが分布する。前種は聟島列島と父島・母島列島において亜種的 な分化が認められ、後種もまた南硫黄島および北硫黄島において亜種分化を生じている。 これらにごく近縁なオガサワラキイロトラカミキリ種群は小笠原群島だけに知られている が、聟島産は独立種ムコジマトラカミキリとされ、オガサワラキイロトラカミキリは父島 列島と母島列島で軽微ながら亜種的な差を生じているばかりか、父島列島では父島と兄島

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ば、かなりの分類群で列島ごとの形態差が認められる可能性が高い。 以上のように、小笠原の生物たちは他に類を見ないほど独自な進化を遂げてきた。「東洋 のガラパゴス」と呼ばれる由縁である。 一方で、小笠原の生物相の特徴として重視しなければならないのは、人間が意図的に持 ち込んだ、あるいは非意図的に持ち込まれてしまった生物、つまり外来種の多さである。 昆虫類でも多くの外来種が認められ、その種数は年々増加する傾向にある。 小笠原のような海洋島の特徴のもうひとつの側面としては、生態系が単純・脆弱な点に ある。その進化の過程では被食・捕食関係やニッチ争奪をはじめとした他の生物との競争 が少なかったために、生存のための防衛戦略を十分に備えていないなど、一般に競争力が きわめて弱いことが推測される。このため、人間の軽率さゆえに各地から導入された外来 種によって多くの在来種が致命的な打撃を受けることになりかねないし、ひいては島の生 態系全体として危機的な状況を迎えることになる。残念ながら、このことは小笠原で現実 に起きてしまっているが、この点については具体的な種を挙げて後述する。 2 小笠原における人為の影響とその変遷 小笠原に人為の影響が及ぶようになってからの変化は著しく、固有昆虫は現在その多く が危機的状況にある。ここでは、固有昆虫に加えられてきた人為的な圧力と生息状況の変 遷を概観してみたい。 1)開拓時代 小笠原諸島では、1830 年に人間が定住して以来、森林が次々と伐採されるようになり、 植生環境が大きく変わっていった。たとえばサトウキビ栽培のために、可能な土地は極限 まで利用され、伐採の憂き目にあった(品田,1969、清水,1998、ほか)。人間の入植後の 大規模開拓が始まってからは、生息環境に急速かつ多大な改変が加えられてきた。島を覆 っていたであろう原生林は伐採され、戦前の最盛期には急傾斜地まで段々畑が広がってい る様子が写真に残っている。加えて、人間によって持ち込まれたヤギやブタ、ウシなどの 草食動物によって植物の世代交代が遮られ、裸地化・草地化が進行することになった。と くに野生化して個体数も多くなったノヤギの影響は大きい。小笠原独特の植物たちで被わ れていた緑豊かな島々から、自然の林が消え失せ、やがて土壌を露出させるに至ったので ある。風雨など物理的な作用も加わって土壌の流出は著しく、植物が生育できない環境に 変わってしまった島もあった。 このような植生の破壊・変化は、とくに小さな島ほど森林性の生き物に深刻な打撃を与 えたことであろう。また乾燥化によって、土壌生物は地域絶滅に追い込まれたものも少な くなかったはずである。たとえば陸産貝類は、小笠原諸島から約 100 種が記録されており、 そのうちの約 90%が固有種であるが、約 70%が絶滅してしまったとされる。極端に低い繁

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殖能力や他種との競争能力の低さなど、種がもつ内的な要因があるものの、やはりその多 くは生息環境の破壊という外的要因がとどめをさしたと考えざるを得ない(富山,2002 か らの判断)。陸貝の場合は化石として残るため、過去にその島に生息していたことが確認で きるが、昆虫類はそのような証拠が残らない。しかし、多くの昆虫類が知られることもな く、既に絶滅してしまっていることは想像に難くない。 残念ながら、小笠原の昆虫相調査が始まった時期は 1800 年代後半のことで、当時はわず かな分類群の標本が海外の研究者によって持ちかえられ記載されただけであり、手付かず だった頃の島の詳しい昆虫相を知ることはできない。また、日本人による調査は 1905 年の 松村松年博士の調査以降になる。開拓時期の在来植生の急速な崩壊は、小笠原固有の植物 を加害していたと考えられる食植性の昆虫に、きわめて大きな影響を与えたものと考えら れる。例えばオガサワラゴマダラカミキリは、1915 年の 1 例の記録(Bonin Isls., Japan, June 2. 1915, M. Suzuki:産地は父島か母島と思われるが、詳細不明)のみで、その後ま ったく確認されていない。サトウキビ栽培最盛期で島の原生林の多くが失われたこの時期 に絶滅した可能性がある。 なお、興味深いのはこれだけ開拓が進行していたにもかかわらず、多くの固有種は「普 通に見られる」状態にあったようで、今では種としての絶滅が心配されるオガサワラシジ ミやオガサワラトンボなども集落の周りで記録されている(例えば竹内, 1936a,b)。 2)戦後 第二次世界大戦末期には住民の強制退去が行なわれ、島は一時的に無人化した。戦後、 1968 年になって日本復帰直後に本格的な現状調査が行なわれたが、中根(1969)のこの時 の記録を見ると、戦前の様子と大差なく、多くの固有昆虫は豊産していたようである。日 本への返還後もしばらくの間は目に見える大きな変化はなかったようで、とくに減少が報 告されている種類はない。むしろ戦中戦後の期間に回復した二次林植生により、戦前より も生息環境は回復していたものと考えられる。 3 戦後の外来種による被害の顕在化 戦後いくつかの外来生物が意図的・非意図的に小笠原に持ち込まれており、その数は近 年増加が著しい。これらの中でもいくつかの種類は小笠原に定着・激増し、固有昆虫に致 命的な影響を与えたと考えられる。以下に、とくに昆虫類に対して影響を与えたと考えら れる侵略的外来種を種別にとりあげて、その影響を検証する。 1)オオヒキガエル オオヒキガエルは 1949 年、ムカデとサソリの駆除を目的としてサイパンから父島に導入

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1980)。返還直後の調査時に、すでに「父島ではきわめて高密度で繁殖していることを認め た」(小林ほか, 1970)とある。オオヒキガエルは移入年代が早かったこともあり、本種が 捕食する地表性昆虫に多大な影響を与えた可能性が高い。前記の小林らの報文でも、父島 の地表性節足動物相が他の島に比べて著しく貧弱な点を指摘し、その原因として本種の捕 食圧を挙げている。 例として、小笠原からは 5 種の固有ゴミムシ類が知られているが、そのうちハハジマモ リヒラタゴミムシ・オガサワラホソモリヒラタゴミムシ・オガサワラアオゴミムシ (Kasahara,1991)は、いずれも 1970 年代から 80 年代半ばにかけて得られた数頭の標本を もとに記載されたもので、これらは母島からのみ記録されており、なおかつ原記載後ほと んど記録がない。おそらく父島にも産したのではないかと考えられるが、オオヒキガエル の導入年代が早かった父島では、調査が行なわれる以前に絶滅したのであろう。母島では、 前記のように導入年代が遅かったために、比較的近年に至るまで存続できたのであろうが、 その後のオオヒキガエル(おそらく後半にはグリーンアノールも)の強力な捕食圧によっ て現在では絶滅に近い状況にあるものと考えられる。なお、近年記載された新属新種のバ ッタ Ogasawaracris gloriosus も 3 頭の標本が知られているだけで、1984 年の母島産の2頭 の標本以降追加記録が見られない(Ito, 2003)。著者が述べているように、もし本種がすで に絶滅したのだとすれば、オオヒキガエルの捕食圧が影響した可能性が高いものと考えら れる。また、石沢・吉田(2000)は、ダンゴムシ・ワラジムシをはじめとした土壌動物群集 が 1977 年と 1999 年の調査とではまったく異なっていることを指摘したが、これも本種の 影響による可能性がある。 2)グリーンアノール (1)グリーンアノールの侵入と分布拡大 固有昆虫にもっとも致命的な影響を与えたと考えられる種が、グリーンアノールである。 グリーンアノール Anolis carolinensis (イグアナ科:以下アノールと略称する)は、体長 15cm ほどの北米原産のトカゲであり、ハワイ・グアムなど太平洋諸島の各地に移入されて いる。小笠原諸島には、父島に 1960 年代に、母島には 1980 年代初頭に持ち込まれたとさ れる(鈴木, 1999)。父島への侵入は諸説あるが、2003 年に父島在住のジョンソン氏に伺っ た話によれば、第二次世界大戦後の米軍統治時代に、米軍のグアム島からの物資補給船が 運ぶ建築資材にまぎれて本種が運ばれてくる状況を、荷降ろし作業の際に何回も目撃して いるとのことであった。また、日本返還直前の 1966 年ごろの大村で、陸上にいるものを初 めて確認したとのことであった。この情報から考えると、父島への侵入は 1960 年代のグア ムからの米軍物資に伴うものであり、それも複数回にわたっていた可能性が高い。なお、 島民がペットとしてハワイやグアムから持ちこんだという説もある(鈴木, 1999)ことから、 この他にも様々な経路で移入された可能性もあろう。アノールは、移入当初の 1970 年代は

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島北部の大村の集落周辺でのみ見られたものが、その後急激に分布を拡大・南下を開始し、 20 年ほどで島の全域に分布を広げた。母島には 1980 年代初めに島民によって父島から持 ちこまれたとされ(鈴木, 1999)、その後の拡散は父島とほぼ同様の経過をたどり、20 年ほ どで島のほぼ全域に達している。現在では両島の海岸部からそれぞれの最高峰に至る全域 で、極めて多数が見られるほどに激増している。なお、今のところ父・母両島以外からの 本種の記録はない。 (2)在来昆虫相への影響 本種が小笠原の在来昆虫相に壊滅的な打撃を与えたと考えられるのは、簡単にまとめる と以下のような理由による。 1980 年代半ばごろから、それまで普通に見られたオガサワラトンボなどの固有トンボ 類、オガサワラシジミ、オガサワラトラカミキリなどの固有甲虫類などが、父島からほぼ いっせいに姿を消した。そして、1990 年代に入ると、母島でも同様に急速な固有種の衰退 が始まり、これらの中にはすでに絶滅したと考えられる種もある。急速な衰退の原因につ いては、開発行為に伴う自然破壊原因説、大型台風の影響原因説などが唱えられていた(久 保田, 1989、石田, 1995、青山, 1998)。 一方筆者らは、1990 年代半ばから小笠原での昆虫相の継続調査を開始し、これまでにほ ぼ全ての島々の現状調査を終えた。その結果、父・母両島とその他の島々との間で、極め て興味深い結果を得ることができた。要約すると、①在来昆虫相の崩壊とも言える急激な 衰退は、父・母両島で特異的に見られるもので、その他の島々では現在でも固有種の生息 状況に大きな変化はないこと、②とくに減少(絶滅)している昆虫は、中・小型の昼行性の カミキリ・タマムシ・チョウ・トンボ・ハナバチなどで、カミキリモドキやカメムシなど のような身を守る毒物質をもたないか、あるいは防御手段がアノールに有効ではないもの であること、③昼間には物陰に隠れる性質がある多くの夜行性種は、減少はしたものの父・ 母両島でも生き残っていること、④父・母両島に比べ劣悪な環境条件の島、例えばヤギに よる食害で植生破壊が著しい聟島や西島などでさえも、父・母両島から姿を消した多くの 固有種が今でも見られること、などが明らかになった。諸島の中では面積も大きく、標高 も高く、環境多様性にまさる父・母両島だけで生じている昆虫類の激減は、人為的な環境 破壊や諸島全般に同様のダメージを与える一過性の台風だけでは説明しにくい。これにつ いて、苅部(2001 )などでは、父・母両島にのみ移入された、昼行性で中・小型昆虫を餌と するアノールの捕食圧がその原因であるという説が提示されている。 アノールは現在、父・母両島で爆発的な増加をしており、海岸部はもちろん母島脊梁山 地の最高峰・乳房山や堺ヶ岳の山頂などでも、周囲の低木の葉上で昆虫の飛来を待ちうけ る姿が普通に見られるほどに増加している。このアノールの増加と時期を同じくして、小

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笠原固有のヒメカタゾウムシ属の固有種で近年発見できなくなってしまった種もあり、多 くの固有種を有する甲虫全般も減少が著しい。とくに 80 年代初頭まではきわめて普通に見 られたというトラカミキリ類をはじめとし、かつては多く見られたというホシハナノミ類 などの大型ハナノミ類や、オガサワラムツボシタマムシやツヤヒメマルタマムシのような 中・小型タマムシ類も、今回の調査期間中に父・母両島で見ることはなかった。絶好の状 態のコヤブニッケイやシマシャリンバイの立ち枯れ木や倒木があっても、これらの昼行性 甲虫がまったく飛来しない状況は気味が悪いほどで、現在の異常さを端的に示していよう。 一方、父・母両島からそれぞれ海を隔てて数 100m離れただけの兄島や向島などでは、立 ち枯れ木があればこれら甲虫は飛来してくるし、各種花上でもよく見かける。さらに父・ 母両島でも、夜行性の甲虫類は少ないながら現在も見ることができる。これは、昼行性の 甲虫と異なり、アノールと活動時間が異なるために捕食される機会が少ないことによるも のと考えられる。植生の状況などは今でも父・母両島の方がはるかに恵まれているため、 これらの昆虫の減少はグリーンアノールが主犯と考えるのが自然であろう。また、父島で は既に絶滅したと考えられている固有種のオガサワラシジミが、母島でも近年激減(絶 滅?)してしまっていることの要因として、本種の捕食が大きな影響を与えている可能性 が高い。現在でも、本種のホストであるオオバシマムラサキなどの花上で飛来する昆虫を 待ちうけるアノールの姿をよく目撃する。 なお、近年父島・母島では固有ハナバチ類が激減し、苅部による 2003 年の調査時には属 島と同様に、非常に注意を払いながらシマザクラやハマボウ・ハマゴウの花を調査してい たが、セイヨウミツバチ以外のハナバチを見ることは一度もなかった。本来個体数の多か ったはずのこれらハナバチ類の減少要因としては、セイヨウミツバチとの資源競合が挙げ られてきたが、その後、郷原(2002)が指摘しているように、1880 年頃と渡来年代の古い 小笠原のセイヨウミツバチが本当に減少原因であれば、在来ハナバチ類の減少はもっと早 く生じるのが普通であり、近年になって急減した理由とは考えにくい。そこで、「実は在来 ハナバチ類の激減・絶滅も、環境悪化でなくアノールの食害が原因ではないか」と考え、 現地で捕食実験を行なった。その結果、与えた数種のハナバチ全てを捕食した。アノール は野外でも巣箱に陣取り、セイヨウミツバチも襲うことがあるようだが(現地在住者私信)、 実験下ではほとんどの場合捕食せずに忌避することが多い。しかし、固有ハナバチ類は体 も小さいこともあるためか、「一噛み」で致命傷を与えて捕食した。これから考えると、ハ ナバチ類もアノールの食害によって激減、あるいは絶滅したものと考えられる。 (3)島間の現存昆虫相の比較結果 神奈川県立生命の星・地球博物館では、アノールの影響の傍証を得ることを目的に属島 を含めた昆虫相調査を行った。1997 年∼2003 年の調査データをまとめて結果にしたものが 表 1 である。この表では、各島の現状が容易に比較できるように、分布が広く確認が容易

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な種を取り上げた。 他の島々では現在も容易に確認できる種類でも、父・母両島ではまったく確認できなか ったものが多くある。とくにヒメフトモモ類で見られるツマベニタマムシ、ツヤヒメマル タマムシ、ヒメカタゾウムシ類やコヤブニッケイを食害するオガサワラモモブトコバネカ ミキリ、各種花に集まる在来ハナバチ類などは、そこに分布していればまず見逃すことは ない種類であるが、今回の調査期間中に父・母両島で確認することはできなかった。なお、 これらの種は少なくとも 1970 年代後半までは両島で普通に見られたことが確認されてい る。 逆に現在も父・母両島で現在も確認できる種は、ヒメカミキリ類のように夜行性のもの、 カミキリモドキやカメムシ類の一部のようになんらかの防御物質を持つものなどが挙げら れる。 すでに述べたように、このような在来昆虫相の崩壊は一部の昆虫群だけで生じているの ではなく、昼行性の昆虫のほぼすべてに共通しており、しかもそれが 1980 年代から 90 年 代のほぼ同時期に起こったこと、父・母両島での激減時期は、それぞれのアノールの激増 時期に一致することからも、減少原因としては侵略的外来種であるグリーアノールの食害 に求めることができよう。 (4)過去の調査との比較 比較的記録が残っているオガサワラシジミ、それに 5 種の固有トンボ類がかつて豊産し た父・母両島での減少の経緯を要約して紹介する。 これらは、父島では普通に見られていたが、1980 年代半ばから後半にかけて、アノール が持ちこまれ増加した島の北部の地域から分布を縮小していった。オガサワラシジミでは 80 年代半ばに激減、90 年代初頭にはほぼ絶滅したと考えられ、固有トンボ類も 80 年代に 激減し、90 年代末の島南東部における記録を最後に絶滅したと考えられる。同様に、母島 でもアノール移入場所の沖村周辺から各固有種が姿を消していき、1990 年代後半にそれま で残存していた場所も含めて急速に減少が進行し、現在はオガサワラシジミがほぼ絶滅状 態、固有トンボ類もハナダカトンボを除き絶滅したものと考えられる。いずれのケースで も、アノールが待ち伏せをしやすいオオバシマムラサキの花上に集まるオガサワラシジミ が早くにその影響を受け、敏捷性にまさり、より被食の機会が少ないトンボ類の方が遅れ て影響を受けたと考えられる。 このほか、甲虫類では、槙原(印刷中)のカミキリムシに関する報告がある。この中に おいて、母島での定点調査で 1983・1985・1986 年以前には多数見られたオガサワラキイロ トラカミキリ(115 個体)・オガサワラモモブトコバネカミキリ(23 個体)などの昼行性の 種が、1995 年以降の調査では全く確認されなくなったことが報告されており、一方、夜行

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