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I-2 サンゴ礁の機能と現状 I-2-1 サンゴ礁の多様な機能 サンゴ礁には 多種多様な生物を共存させる機能 漁場としての機能や水質浄化の場としての機能 防災機能 美しい景観が有する観光機能 文化や教育研究の場としての機能 地球環境変動の指標としての機能などがある 解説 サンゴ礁は海洋面積の 1%

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I-2 サンゴ礁の機能と現状

I-2-1 サンゴ礁の多様な機能

サンゴ礁には、多種多様な生物を共存させる機能、漁場としての機能や水質浄化の場と しての機能、防災機能、美しい景観が有する観光機能、文化や教育研究の場としての機能、 地球環境変動の指標としての機能などがある。

【解説】

サンゴ礁は海洋面積の 1%にも満たないが、93,000 種以上の動植物の棲息場所となり、 浅海の生物の 35%以上の種を保持している。サンゴ礁は地域社会の維持にも重要で、世界 人口の実に 2 割、80 以上の国の数え切れない地域社会が収入と食料をサンゴ礁に依存して いる。1km2のサンゴ礁が、年間 15t の食料を生産し、それは、1,000 人以上を養うに十分 である(Kimble,2002)。 サンゴは体内に褐虫藻という藻類が共生しており、光合成によって海中の無機栄養塩か ら有機物を生産する。そして、サンゴは褐虫藻による光合成産物や海中のプランクトン等 の有機物で成長し、海中のカルシウムを固着させ石灰化する。このような共生関係の結果、 複雑な空間地形が形成され、多種多様な生物が共存する。この多様性をベースに漁場とし ての機能や物質循環による水質浄化の場としての機能、リーフ地形による波浪から海岸を 護る防災機能、美しい景観を有する観光機能、文化や教育研究の場としての機能、さらに 地形地質の分析から地球環境変動の指標としての機能を有している(図 I-2-1-1)。 大量のサンゴの白化、オニヒトデによる食害あるいは赤土汚染などによりサンゴ礁が大 きな撹乱を被ると、これらの機能が減少あるいは消滅し、漁獲量の減少や観光収入の低下 など大きな社会問題を呈することとなる。 図 I-2-1-1 サンゴと褐虫藻の共生関係によって形成されるサンゴ礁の主な機能 サンゴの石灰化、褐虫藻の有機生産による多様な生態系の形成は、人間生活に豊かな恩恵を与える

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1)多種多様な生物を共存・生産する機能 全海水魚類の約4 分の 1 の 4000 種がサンゴ礁魚類であり(Spalding et al. 2001)、サ ンゴ礁は、生物種の最も豊富な生態系の一つである。サンゴ礁域は貧栄養塩濃度の海域で あるが、サンゴの体内に共生する褐虫藻によって基礎生産が行われ、サンゴから放出され る粘液が多くの魚類の餌になり、複雑な食物連鎖が形成される。

熱帯・亜熱帯の海洋で

は透明度が高く栄養塩濃度が低いことから、生産性が低いように誤解を受けるが、寒

冷な海洋とは異なり、溶存有機物質は食物網を通じてすみやかに可視的サイズの生物

に捕食されるので清澄なのであり、生産性が低いわけではない。また、海中のカルシ

ウム分を蓄積した

骨格による立体構造は、多種多様な生物の生活場所を提供する(写真Ⅰ -2-1-1)。さらには、サンゴ礁の海底に堆積した砂質地盤には海草藻場が形成され、サン ゴと同様、一次生産等の役割を担う。

サンゴ礁の生物多様性が高いことも、十分な生産

性があってこそ成り立っている。

地球上の生物相は、基本的には太陽光を同化することができる植物を一次生産者として 形成されており、一次生産量の高い地域ではそれらを利用する動物の環境収容力が高くな る。海域では、一次生産量の高い地域が水産資源量の高い海域であると言い換えることが できる。表Ⅰ-2-1-1 に地球上の主な純一次生産量の一覧表を示す。海域は、外洋、湧昇流 海域、大陸棚、藻場とサンゴ礁、入江に 区分されており、藻場とサンゴ礁では単 位面積当たりの純一次生産量の平均値が 2,500g/m2/年で最も高く、陸域の熱帯多 雨林の値(2,200/m2/年)以上であり、地球 上で最も生物生産の高い地域であること を示している。藻場とサンゴ礁が併記さ れているのは、サンゴは体内に共生する 褐虫藻の光合成量が藻場と同程度である ことを示している。 表Ⅰ-2-1-1 主な生態系の純一次生産量 生態系のタイプ 面積 106km2 世界の純 一次生産 109t/年 世界の 生物量 103t 範 囲 平均 範 囲 平均 熱帯多雨林 17.0 1000~3500 2200 37.4 6~80 45 765 熱帯季節林 7.5 1000~2500 1600 12.0 6~60 35 260 外 洋 332.0 2~400 125 41.5 0~0.005 0.003 1.0 湧昇流海域 0.4 400~1000 500 0.2 0.005~0.1 0.02 0.008 大 陸 棚 26.6 200~600 360 9.6 0.001~0.04 0.01 0.27 藻場とサンゴ礁 0.6 500~4000 2500 1.6 0.040~4 2 1.2 入 江 1.4 200~3500 1500 2.1 0.010~6 1 1.4 海洋合計 361.0 152 55.0 0.01 3.9 単位面積あたり の純一次生産 g/m2/年 単位面積あたりの生物量 kg/m2 出典:ホイタッカー著、宝月欣二訳 (1979) 生態学概説、培風館 写真Ⅰ-2-1-1 サンゴ礁には多様な生物が 共存している

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サンゴ礁に流入してくる有機態の 浮遊物や海底に堆積した有機物はサ ンゴや他のベントスによって摂食さ れ、その量が減少する。海水中の懸 濁態粒子は、サンゴや有孔虫由来の 砂により濾過され、海底上のベント スの糞は底質中のバクテリアによっ て分解されて無機化される。このよ うにサンゴ礁はサンゴを中心とした 物質循環を通して、海水を浄化する 機能を有している。 2)サンゴ礁の水産機能 サンゴ礁域には色鮮やかな魚を始め、さまざまな生き物の格好の生息地になっている。 サンゴ礁は海洋生物の繁殖・成育・索餌場の機能を持つので、資源涵養の場であり、好漁 場としての機能を持つ。沖縄県 の水産業は、かつては沖合や遠 洋漁業の拡大に力を入れ、漁業 生産の増大を遂げてきた。排他 的経済水域の定着に伴いサンゴ 礁域を活用する漁業やサンゴ礁 が形成する静穏域内での養殖業 にシフトした(図 I-2-2-1)。離 島の多い沖縄県では、食糧需給 において地先の水産物への依存 度が依然として高い。そこで、 養殖や保護育成礁など放流先と なる増殖場の整備が行われてい る。また、水産資源保護のための保護水面の 設定や、資源管理のための禁漁区(期)の設定 なども行われている。 沖縄県のサンゴ礁域では、伝統的に一本釣、 底延縄、小型定置網、潜水漁業、追い込み網 漁、刺し網、採貝漁業が行われてきた。独特 な漁法である追い込み網や電灯潜り漁では、 タカサゴ類、ブダイ類、ハタ類等を漁獲して いる。典型的なサンゴ礁漁業では、魚類だけ 写真Ⅰ-2-1-3 サンゴ礁で漁獲される 色彩豊かな魚介類 写真 I-2-1-2 触手を伸ばして海中の有機物を 摂餌 図 I-2-2-1 沖縄県の漁業生産量の推移 (沖縄県の水産統計より作成) 漁業生産量 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 生 産 量 t on ( x 10 00 ) 海面養殖 沖合漁業 沿岸漁業

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で100 種以上が漁獲されており、温帯域に比べ漁獲対象魚種が多い(鹿熊,2004)。サン ゴ礁で漁獲される主要な魚種は、ブダイ類、アイゴ類、タカサゴ類、その他のフエフキダ イ類、ハタ類、イセエビ類、タコ類、ウニ類、シャコガイなどの貝類、モズクやヒトエグ サなどの海藻類である。養殖業では、サンゴ礁内あるいはサンゴ礁に囲まれた静穏域を利 用して、オキナワモズク類、シャコガイ類、魚類などが生産されている。 また、南西諸島では、専業の漁民でなくても、村落の住民がサンゴ礁の水産資源を利用 してきた歴史がある。最近では、リゾート・観光産業と連携した「観光漁業」と呼ばれる 新しい漁業形態も導入されている。サンゴ礁域で行われる海人体験、海辺のエコツアー、 定置網漁業体験、ハーリー体験、サバニ体験などである。サンゴ礁域を漁場とする漁業者 は、民宿経営や遊漁、ダイビング、ホエールウオッチングなどの観光やマリンスポーツ事 業等との兼業も多く、漁業だけでなく多様化しており、地域的には「海業(うみぎょう)」 としての事業が進められている。健全なサンゴ礁の生態系でなければ、海業は成立できず 衰退してしまう。このように、サンゴ礁の水産的機能は漁村や漁村を中心に生活している 住民に大きな影響を与えている。 イノーの魚垣(ナガキィ) 追い込み網 電灯を用いた素潜り漁 写真 I-2-1-3 サンゴ礁域での伝統的漁法 ハーリー* *石垣市提供 カゴ網漁業の体験 タコ突き漁業の体験 写真Ⅰ-2-1-4 ハーリー見学や体験漁業 3)観光・景観機能 美しいサンゴ礁域の海岸は、海水浴、マリンレジャーの場として利用されている。また、 伝統行事やイベントなども開催され、地域における交流の場として活用されている。平成 19 年の沖縄県の観光統計によると、県外からの観光客数は 589 万 2300 人である。そのう ち、サンゴ礁と関係する「海水浴・マリンレジャー」、「ダイビング」、「釣り」の観光客数

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はおよそ 191 万人(35.9%)であり、多くの観光客がサンゴ礁の恩恵をこうむるために集ま ってくる。 写真Ⅰ-2-1-5 美しいサンゴ礁の景観は安らぎを与え、レジャーの場となる 4)防災機能 海岸線がサンゴ礁に取り囲まれていることで、津波や台風などの高波浪を砕波し、背後 集落の人命・財産を海岸災害から保護している。この場合のサンゴ礁は自然の防波堤と言 える。また、サンゴの骨格や有孔虫の殻はサンゴ礁内の砂となり、砂浜の形成に大きく貢 献するとともに、海岸保全の重要な役割を果たしている。 サンゴ礁は大波浪から島を護る サンゴの骨格や有孔虫の殻で砂浜が造られる 写真 I-2-1-6 サンゴ礁は防波堤の機能を持ち、サンゴは海浜を造る 5)文化・教育研究の場としての機能 サンゴ礁域の住民は生活・文化・経済等においてサンゴ礁に大きく依存しており、サン ゴ礁との関わりの中から神事や行事などの独自の文化が発達している。海の幸や航海の安 全を祈願した海神祭やハーリーなどの神事のように、サンゴ礁がもたらす豊富な漁獲物な くして、これらの伝統的な文化の継承も難しい。健全なサンゴ礁生態系の存在は、これら の地域の持続・発展にとって重要である。 人間活動と環境との関わり方の理解と認識を養う環境教育の場や、学問研究の場として もサンゴ礁は利用されている。特に、サンゴ礁の衰退が問題化されているが、サンゴの断 片移植が比較的容易な技術なので、一般市民ダイバーなどの賛同を得て、沖縄の数カ所で 移植活動が行われている。衰退したサンゴ礁の再生は重要なテーマであり、環境を考える 良い機会を与えているが、環境教育として自然観察会や保全活動を進めるための人材育成

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も急務である。 市民によるサンゴの移植(イキイキサンゴ大作戦;渡嘉敷村)* *山里祥二氏提供 環境教育の風景(石垣島) *吉田稔氏提供 写真 I-2-1-7 環境教育の場としての機能 6)地球環境変動の指標としての機能

サンゴの発育は地球の環境変動の影響を受け、残された骨格を調査することで過去

の環境条件が推察できる。例えば、大型のハマサンゴからコアを採取してその年輪を

用いて過去数百年にわたる水温や降水量の復元を試みることができる。また、骨格の

中から 酸素同位体比やマグネシウム/カルシウム比など古気候のよい指標となる化

学成分の探索が可能である。サンゴ礁の分析から、エルニーニョと沖縄の気候の関係

などが明らかにされるなど、サンゴ礁は地球環境変動の指標になっている。

7)その他 沖縄では、古くからサンゴが岩石化した琉球石灰岩を切り出し石垣の石としたり、漆喰 の材料としたりして利用されてきた。最近は、サンゴやイソギンチャク、カイメンなどの サンゴ礁域の有用生物が医薬品などとしても注目されており、他の産業にも利用可能な物 質が得られる可能性もある。また、十分に解明されていないが、サンゴ礁は炭酸カルシウ ムの貯蔵場として、その保全が地球温暖化の対策としても期待されている。

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I-2-2 サンゴ礁の価値

サンゴ礁の価値を分類すると、利用価値と非利用価値に分けられる。利用価値は漁業や 観光などの直接利用価値、海岸防護や漁業生産基盤となる間接利用価値に分けられる。非 利用価値には遺産価値や存在価値がある。

【解説】

サンゴ礁の機能に対応して、サンゴ礁の価値を検討する試みがなされている。サン

ゴ礁の価値を分類すると、まず「利用価値」と「非利用価値」に分けられる(例えば、

Cesar,2002)

。利用価値はさらに、漁業生産、観賞魚の漁獲、建設建材(石灰岩や砂)、

観光(ダイビング、マリンレジャー、海水浴、エコツアー、魚釣り、ビーチリゾート)

などの直接利用価値と、海岸保護や漁業生産の基盤となる生態系の維持などの間接利

用価値に分かれる。

これらはその価値を試算しやすく、Cesar et al.(2002)は、日本のサ ンゴ礁の利用価値としての経済利益を試算している。 一方、非利用価値としては、子孫に残す遺産価値や美しい景観や貴重な生態系が継続す るような存在価値がある。NGO などの多くの寄付は遺産概念であり、

サンゴ礁で行われる

祭事などは存在価値になる。これらの価値は一般的には

試算しにくいが、呉(2008)は、

2002 年に慶良間諸島の渡嘉敷島、阿嘉島、沖縄本島の恩納村、那覇市内でアンケート

調査し、CVM

によってサンゴ礁の非利用価値を求め、その額はかなり高いことを示してい る。このアンケートは沖縄で行われ、サンゴ礁に対する保全意識が高い人たちの意見が反 映されたところもあろうが、サンゴ礁の価値がかなり高いことが確認された。

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Ⅰ-2-3 サンゴ礁の現状

近年のサンゴ礁の状況は、温暖化等による大規模な白化現象、陸域からの排水や土砂の 流出等の人為的な影響、オニヒトデ等による食害による被害など、サンゴ群集の衰退が各 地で深刻化している。サンゴ礁の衰退により、水産資源の漁獲も大きく影響を受けている。

【解説】

わが国最大のサンゴ礁域である沖縄県石西礁湖において、国立環境研究所他が平成 20 年に実施した調査では平成 15 年から平成 20 年にかけての 5 年間に石西礁湖のサンゴが 18.7km2(1870ha)から 6.2km2(620ha)となり約7割が失われていたとして報告されている (国立環境研究所・朝日新聞, 2008)。 また、第 4 回自然環境保全基礎調査(環境庁, 1995)によると、奄美以南では昭和 54 年~平成 4 年までに 1,510ha のサンゴ礁(礁池)が失われ、それ以前のものも加えるとサン ゴ礁全体の 2.4%にあたる 2,308.9ha が消滅したと報告されている。消滅原因としては、 以下のような人為的・自然的要因があげられている。 沿岸開発による埋立・浚渫、生物資源の乱獲、陸域からの排水等による海洋汚染 森林伐採や農地開発に起因する表土の流出などの人間活動に伴う人為的要因 地球温暖化等による大規模な白化現象 台風によるサンゴ礁の破壊 オニヒトデなど食害動物による被害 病気の増加 さらに、後述するように、平成 10 年(1998 年)には世界的にサンゴの白化が観察され、 サンゴ礁は危機的状況にある。地球規模サンゴ礁モニタリングネットワーク(GCRMN)が発 行した平成 14 年の報告(Wilkinson, 2002)では、世界のサンゴ礁の 20%が破壊され、さら に 24%は危険な状況にあり 10~20 年後には破壊されるおそれが高いとされている。また、 米国、オーストラリア、インドネシアなどの国際研究チーム(Carpenter et al., 2008) は、世界の増礁サンゴの 704 種のうち、32.8%のサンゴの絶滅が危惧され、この十年間で 急激にサンゴが衰退していることを発表した。 わが国でも平成 10 年(1998 年)のサンゴの白化後、各地でサンゴ礁が衰退した報告がな されているが、全域にわたるサンゴ礁の実態調査がなされていないので、早急な全体調査 が要望されている。以下に、主なサンゴの衰退原 因である「白化現象」及び「オニヒトデによる食 害」並びに「赤土等の流出による影響」について 概説する。 1)白化現象によるサンゴ礁の衰退 サンゴの白化現象は、サンゴ礁の衰退を招く大 きな原因の一つとされている。造礁サンゴに共生 している褐虫藻が喪失、あるいは、減少すること でサンゴの白い骨格が透けて見える現象である。 写真 1-2-4-1 サンゴの白化現象

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この状態が続くと、サンゴは共生藻からの光合成産物を受け取ることができず、へい死に いたる。 人工衛星 NOAA の表層水温(1998 年 8 月) 1998 年のサンゴ白化の分布図 図Ⅰ-2-4-1 温暖化とサンゴの白化 (日本サンゴ礁学会 HP より) サンゴの白化の要因には、高水温、低水温、 強い光、紫外線、低塩分などの強いストレス が原因と考えられるが、近年の白化の主要因 は、温暖化等による海水温の上昇(高水温) と考えられている。特に、平成 9~10 年(1997 ~98 年)にかけて全世界的な水温上昇に伴い 大規模な白化が生じ、サンゴ礁が大きな打撃 を受けた (図Ⅰ-2-4-1)。わが国では、昭和 55 年に初めて大規模な白化現象が観察され (図Ⅰ-2-4-2)、その後、昭和 63 年、平成 13 年などエルニーニョの年と重なって白化現象 が頻発している。 なお、温暖化の原因とされている二酸化炭素濃度の増加は、海水中に二酸化炭素が溶け て弱アルカリの海水を酸性化することが問題になっている。酸性化の結果、炭酸カルシウ ムの骨格を持つサンゴの成長が阻害される可能性が高く、今後、大きな問題になることが 予想されている(例えば、Kleypas et al., 2006)。これらの海水温の上昇や酸性化がサン ゴに与えるグローバルなインパクトは、各地先で対応できるものではない。 2)オニヒトデによるサンゴの衰退 ナマコやウニと同じ棘皮動物の1種であるオ ニヒトデは、サンゴと同じ低緯度の海域に分布 する。オニヒトデはサンゴを好んで食べるため、 大量発生が繰り返されるとサンゴ礁は危機的な 被害を受ける。 わが国でも、沖縄島、宮古島、八重山諸島な ど各地でオニヒトデが周期的に大発生を繰り返 し、サンゴ礁が被害を受けている。その後、一 時期オニヒトデの密度は正常化し、一部のサン ゴ礁では回復がみられている。サンゴの成育環境が良好であれば、このような回復が見ら 写真 1-2-4-2 オニヒトデによる食害 図Ⅰ-2-4-2 日本における白化現象とオニヒト デに食害の発生回数(日本のサンゴ礁,2004)

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れるが、沿岸域の開発などがサンゴの生育環境に悪影響を与えている場所ではサンゴ礁が 回復できず衰退している。沖縄島恩納村や慶良間列島、奄美群島などで再びオニヒトデが 大量発生しており、その対策が求められている。食害動物としては、オニヒトデの他にシ ロレイシガイダマシが問題になることもある。 これらはローカルなインパクトに位置付けられ、対策も可能である。食害対策の基本は 食害動物の駆除である。ただし、ローカルなインパクトとは言え、広大なサンゴ礁の全て をオニヒトデの食害から保護することは困難である。沖縄でのこれまでの取り組みでは、 広範囲なオニヒトデの駆除に取り組むのではなく、サンゴ礁内に保護海域を設定し、駆除 の集中と継続的なモニタリングによる大発生の予測・早急な対応、繰り返し徹底した駆除 が重要とされている。 3)赤土などのサンゴへの影響 サンゴ礁海域への陸上からの赤土等の土 壌(以後、赤土とする)の流出は、南西諸 島海域に共通する課題である。赤土の流出 は海中の光量を低下させ、サンゴの成長阻 害を招き、海底の基盤上に浮泥が堆積する とサンゴの新規加入が阻害される。 また、赤土の流出状況について継続的な モニタリングを実施し、サンゴへの影響に 関する研究を進めるとともに、その評価手 法を確立することや海域環境の保全的な観 点からの環境指針を作成するなど適切な対 応が必要である。赤土流出被害を防止するために、漁協がチェック機関としての機能を担 ったり、赤土による濁度の観測を継続的に実施したりしている例もある。海域の赤土汚染 をモニタリングするため、1985 年に沖縄県衛生環境研究所は SPSS 簡易測定法(SPSS; content of Suspended Particles in Sea Sediment;底質中懸濁物質含量)を開発した。 この測定方法は簡便な器材と簡単な操作で科学的なデータが得られ、検査にかかる時間が 短く、実験施設がなくても検査できる(大見謝,2004)。この SPSS の量とサンゴの被度や 汚染の程度との関係がわかっているので、サンゴ礁の健全度を知るためにも定期的な観察 が望まれる。 赤土ほど被害が明瞭ではなくても、人間活動の影響により、河川を通して栄養塩が海中 に流出し、富栄養化が進行すると、透明度の低下による光量不足や競合する藻類の増殖促 進によるサンゴの幼生の加入場所の減少など、サンゴへの悪影響が危惧されている。これ らの赤土や栄養塩の流出に対しては、その負荷量を低減させることが基本であり、陸域で の対策が重要である。 4)サンゴ礁の衰退がもたらす水産業への影響 上記に示されたような白化現象、食害、赤土被害、富栄養化、沿岸開発によるサンゴ成 育場所の減少等により、沖縄県のサンゴ礁の衰退が指摘されている。昭和 47 年(1972 年) の沖縄の日本復帰後、大規模開発で赤土が流出し、サンゴへの影響が危惧された。1980 年 写真Ⅰ-2-4-3 赤土の流出

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代にはオニヒトデの大発生、平成 10 年(1998 年)には大規模な白化現象によるサンゴの衰 退が確認されている。 平成 7 年(1995 年)の第 4 回自然環境保全基礎調査以降、サンゴ礁の広域な実態調査がな されていないので、現時点では、サンゴ礁の衰退した面積は明らかではない。そこで、沖 縄県の漁獲統計からサンゴ礁域で漁獲される魚介類の漁獲量を抜き出し、図Ⅰ-2-4-3 に経 年変化を示した。これによると、すべての種で漁獲量は減少傾向にある。20 年前の漁獲量 に対して、漁獲量の多い「その他のタイ類(フエフキダイ類)」は約 20%に、「ブダイ類」 は 37%に落ち込んでいる。全体でも 3 分の 1 以下に落ち込んでしまった。タカサゴ類(地 方名;グルクン)は昭和 56 年(1981 年)に 1200t以上あった漁獲量が、平成 17 年(2005 年) には 200t強に減少し、その主因は労働力不足による大型追込網の統数の減と考えられる が、CPUE(努力量当たりの漁獲量)も減少しており、資源の減少が心配される(鹿熊,2007)。 このように、漁獲量の減少は、過剰な漁獲とともに、サンゴ礁の衰退による生息環境の 悪化が主因であると考えられる。この減少傾向がさらに進むと、漁業のみでなく、観光業 やその他の事業への悪影響が危惧される。沖縄県の沿岸漁業の回復には、適切な水産資源 の管理とともに、健全なサンゴ礁の回復・保全が急務である。 図Ⅰ-2-4-3 サンゴ礁域の主な魚介類の漁獲量の推移 (沖縄県漁獲統計より作成) このように、サンゴ礁の衰退が水産業に与えるインパクトは大きいが、一方で、水産業 がサンゴ礁に与えるインパクトも無視できない。魚類の乱獲によって植食性魚類が減少す ると、付着場所をめぐる競合生物である藻類が優占し、サンゴ礁が衰退することが危惧さ れている(例えば、Bellwood et al., 2004)。また、わが国ではすでに実施されていない が、東南アジア地域で大きく問題視されるダイナマイトや青酸化合物を利用した漁業は明 らかにサンゴ礁を破壊し、伝統的な漁業を駆逐してしまう恐れがある(鹿熊,2007)。した がって、健全なサンゴ礁を維持しつつ、持続可能な水産業をめざすには、節度ある漁業と バランスのとれたサンゴ礁の賢い利用が望まれる。 沖縄県の魚種別漁獲量についてのホームページ http://www.pref.okinawa.jp/suisan/4topic/1suisangyou/7catch-gyosyu.xls 0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 1,800 2,000 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05

魚種別漁

 t

on

タカサゴ類 アイゴ類 ブダイ類 その他のタイ類 イセエビ タコ類 ウニ類 貝類 白 化 現 象

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Ⅰ-3 サンゴ増殖計画

Ⅰ-3-1 基本的な考え方

サンゴ増殖を計画する場合は、予定海域の自然環境の特性を理解するとともに、対象と するサンゴの生態的特徴を十分に踏まえて、事業計画・設計を行う必要がある。また、一 度に大規模なサンゴ群集を造成するのではなく、小規模な造成から始め、サンゴの成長を モニタリングしながら、順応的に規模を広げて行くことが望ましい。 【解説】 サンゴは、環境変動に敏感な生物である。サンゴの増殖にあたっては、対象海域の環境 特性を知り、対象とするサンゴの生態的特徴を十分に踏まえ、サンゴ群集の形成阻害要因 を特定した上で、その要因を除去あるいは緩和する必要がある。また、対策後は原則とし て、サンゴの成育をモニタリングしながら、その結果に応じて増殖手法や管理のあり方を 修正する柔軟かつ迅速な対応が必要である。このような考え方は「順応的管理手法(アダ プティブマネージメント)」と呼ばれ、各種公共事業で取り入れられている。

現況把握

生物調査 環境調査

計画

事業目標に設定 対象種の選定 適地選定 サンゴ増殖技術の検討

設計

適地選定 基質の設計

施工

施工計画 施工管理

維持管理

モニタリング 評価 修繕

フィードバック

図Ⅰ-3-1-1 順応的管理手法のサンゴ増殖フロー 図Ⅰ-3-1-1 に順応的なサンゴ増殖フローを示す。最初に、サンゴの生態や成育環境の現 況を把握する調査を実施する。調査内容は、サンゴの種類や想定されるサンゴ群集の形成 阻害要因によって、その程度や重要度を考慮する。特に、サンゴの成育と環境との関係は、 すぐに全体像が捉えにくいこともあるので、できるだけ最小限必要な調査項目や調査手法、 労力・経費などを、総合的に判断して決定する。 次の計画段階は、現況把握の結果を受けて、漁業従事者や海域の利用者(ダイビング協 会、一般市民など)との合意形成を得ながら、事業目標を設定するとともに、対象種や具

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体的な適地選定、目標が達成できる最適なサンゴ増殖技術の選定について検討する。この 時、関連する他の事業と連携してサンゴ増殖が促進できるように留意する。また、設計段 階では、対象とするサンゴ種の生態、自然条件、材料条件、施工条件、経済性等を考慮し て、目的の機能が十分発揮できるよう設計する。施工段階では、計画・設計の考え方を踏 まえ、周囲の環境や現地の状況に配慮しながら施工する。年数の経過とともにサンゴは成 長するが、必ずしも想定していたサンゴ群集が形成されないこともありうる。そこで、施 工時にモニタリングを開始し、サンゴの成長に支障のない補修、改良を行う維持管理を行 う。ただし、重大な問題が生じた場合は、問題を生み出した段階(計画・設計・施工)ま でフィードバッグし、対策を取り解決しながら事業を進めて行く。 【コラム I-3-1-1】 順応的管理 「順応的管理手法」の考え方は、予測が不可能な状態、絶えず状態が動的に変わる中で も、新しい情報をモニタリングしながら、それを活用し、柔軟に対応して行うものである。 これは、生態系が複雑で不確実性の高い沿岸域では、現実的な手法と考えられているが、 「順応的管理手法」はやや定義が曖昧なところもあるので、導入にあたっては以下の点に 留意する必要がある。 ◎順応的管理とは、「とりあえずよくわからないから、やってみて後で考えましょう」と いう無責任なものではない。事業を始める際には必ず目標設定が必要である。例えば、 長期的な目標であれば、□□地区の△△サンゴ群集と同様なサンゴ群集を○○年までに 創り豊かな漁場を形成する。短期的な目標であれば、移設したサンゴの被度が、○年ま でに周辺の良好なサンゴ群集の平均被度○○%を下回らないなど。長期的な目標には、 夢があって関係者全員のインセンティブが保てる目標を、短期的な目標には達成可能な 数値目標を設定し、それに係る必要年数を明記することが望ましい。 ◎順応的管理手法で行うモニタリングは、サンゴの個体群動態にのみ焦点をあてるのでは なく、サンゴを取り巻く物理環境や生物環境も含め長期的に実施する必要がある。 ◎サンゴの生育を阻害する要因や成長の過程を表す評価のための指標(例えば、生殖腺の 形成・卵の保有、サンゴガニの生息など)を想定したモニタリング計画を策定するとと もに、結果の対応も事前に考えておく必要がある。 ◎サンゴ増殖の方針・計画・手法を検討する行政諸機関は、漁業従事者や海域を利用する 人たちなどに対して合意形成を得ておく必要がある。彼らは多様な考えを持っているの で、それぞれの価値を顕在化させ、相互の意見を一致させることが重要である。これに よって、関係者間に連携が生まれ、例えば、モニタリングの強化(実施回数の増加、人 員の増強、モニタリングエリアの拡大、経費の縮減化など)やオニヒトデ対策などの維 持管理が容易になることがある。

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Ⅰ-3-2 現況把握

現況把握では、予定海域におけるサンゴの生態や環境条件の正確な情報を得る調査を実 施し、その調査結果を評価して事業計画や増殖手法などに役立てる。 【解説】 1)基本的な考え方 サンゴ増殖を考える時、予定海域における成育状況・環境などについて、正確な情報を 定量的に把握する必要がある。例えば、「この種のサンゴは、予定海域にどの程度成育し ているのか」と言った基本的なものから、「この種は減っているのか、あるいは増えてい るのか」、「減っているなら、その原因は何か」などの情報は、事業計画を検討する際の 根拠として重要となる。特に、サンゴ増殖技術の選定においては、サンゴ群集の形成阻害 要因を特定しておかなければならない。このため、現況把握では、定量的なデータを取得 する調査を実施する。また、施工直後から行うモニタリングでは、この現況評価の結果を 用いて事業を評価することになる。 調査項目は、サンゴの生態を把握する観察を主体とするものと波浪・流況や水温など観 測を主体とするものに大別される。これらのうち表Ⅰ-3-2-1 に示す調査を基本とし、必要 に応じて食害動物調査、幼生の新規加入調査、水質・底質調査などを組み合わせて実施す る。ただし、最近では、栄養塩・微量金属・農薬等の増加、赤土の流出などの人為的な影 響による阻害要因も多いので、海域ばかりではなく陸域にも目を向けて、河口や排水口の 位置、陸域の利用状況なでにも留意して調査を行う必要がある。 また、調査には、多くの時間と費用を要するため、調査項目の選定にあたっては次の点 に留意し、調査の価値や有効性を吟味して決定する。 サンゴ増殖において必要な調査と優先度を明らかにする。 それを「知ること」が技術的に可能かどうか、また、それに要する労力・費用、安 全性などを検討する。 調査手法は、目的に適しており、期限内に効率的に実施できるか検討する。 上記の比較からその調査を実行すべきかどうか、どの程度にすべきかを判断する。 表Ⅰ-3-2-1 現況把握のための調査項目 調査項目 事前調査 水深(地形) ○ サンゴ分布 ○ 水 温 ○ 波 浪・流 況 ○ 食害動物(オニヒトデ・魚類等) △ 幼生の新規加入調査 △ 水 質 △ 底質(砂礫の移動) △ 凡例; ○ 必ず調査する △ 必要に応じて調査する

参照

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