〈論文〉
喜界島北部方言の指示詞の直示用法について
白 田 理 人
はじめに
喜界島方言は、鹿児島県大島郡喜界町で話される方言である。喜界島には30余の集落 があり、語彙面・音韻面・形態面に渡って集落差が見られる。北部に位置する小野津・志 戸桶(及び佐手久)の各集落の方言(北部方言)は、中舌母音を保持している点や
*i
に先 行する軟口蓋破裂音の口蓋化を経ていない点といった分節音上の特徴(木部2011参照)、 及びアクセントの特徴(松森2011・上野2012参照)で残りの方言(中南部方言)と異なっ ている。本稿は、小野津集落・志戸桶集落(次頁地図1参照)の各方言を対象とする2。 喜界島方言の指示詞の体系は、先行研究によればもともと近称huri
、中称uri
、遠称ari
の 三系列3であったと考えられるが、集落(及び年齢)によっては、huriまたはuriが用いら れなくなり、体系が変化している。筆者が調査したインフォーマントについて言えば、小 野津方言ではhuri/ariの二系列があるがuriの系列は用いられず、また、志戸桶方言ではuri/ariの二系列があるがhuriの系列は用いられなくなっている
4。uriまたはhuriが用いられなくなった場合、残った二系列のうち、近称huri(または、新たな近称uri)で話し手に近い遠 い対象を、遠称ariで話し手から遠い対象を指示することで、話し手からの遠近は区別で きる一方、聞き手から近い対象を区別することはできない。小野津方言・志戸桶方言では、
聞き手から近い対象を区別して指示する場合、二人称代名詞の属格形(daa)と近称指示 詞(huriまたはuri)の複合形(小野津方言daa(hu)ri、志戸桶方言daauri)が用いられている。
一見、「お前のこれ」のように聞き手の所有物を指すかにみえる表現であるが、所有関係 の有無に関わらず、聞き手に近い対象を指示する(例「それは私のだよ」小野津
daa(hu) re=e waa-su=doo.
志戸桶daaure=e waa mun=doo.
)。同様に、聞き手より話し手に近い対象 を指す場合には、随意的に一人称代名詞の属格形(waa
)と近称指示詞の複合形(小野津方言
waahuri
、志戸桶方言waauri
)が用いられている。また、様態指示副詞はもともとha(s)
shi
とa(s)shi
の二系列であったと考えられるが、志戸桶方言ではasshi
のみになり、小野津方言では、
hasshi
/asshi
に加えて二人称代名詞属格形と遠称様態指示副詞との複合形(daa(a)
sshi
)も用いられるようになっている。本稿は、以上のような指示詞の発展の状況を踏まえ、代名詞属格形
+
指示詞の複合形も 含めて、小野津方言・志戸桶方言の現在の指示詞の体系を明らかにすることを目的として いる。この目的のため、指示詞の直示的用法を詳細に記述する。なお、上述のように、指示代名詞と様態指示副詞では指示詞の系列のあり方がことなっ ているため、以降では、様態指示副詞及びこれに準じた系列を示す様態指示連体詞を「様
態指示詞」と呼び、単に「指示詞」というときには様態指示詞以外(人/物を指す指示代 名詞・場所指示代名詞・指示連体詞)を指すこととする。
以下、1節で喜界島方言の指示詞・様態指示詞に関する先行研究について述べる。2節 では用例を示しながら指示詞・様態指示詞の直示的用法を記述する。3節はまとめと課題 である。
1. 先行研究
まず、阿伝方言を中心とした語彙集である岩倉(1941)から、本稿で扱う指示詞・様 態指示詞に関わる記述を抜粋し、本稿における分類にしたがって整理して以下の表1に示 す。便宜上、使う集落の限られる語・老年層に限定した語形・歌ことばとされるものは割 愛した。表中の△ルビ付きのフは[hu]を表す。表に示したように、人/物指示代名詞・
指示連体詞・場所指示代名詞はそれぞれ三種類の形式が記述されており、三系列の体系で あることが窺える。一方、様態指示副詞、様態指示連体詞はそれぞれ二種類の形式が記述 されており、二系列の体系であると考えられる。
図 1 小野津集落・志戸桶集落の位置
表1 岩倉(1941)の指示詞・様態指示詞の記述
本稿の分類 見出し(抜粋) 記述(抜粋) 頁数 人/物指示代名詞
フ△リ 是れ、此の物。 228
ウリ 指示代名詞。それ―その物。 58
アリ あれ―あの物。彼。 18
指示連体詞
フ△リ 此の。 228
ウン 指示代名詞。その。 59
アン あの。 20
場所指示代名詞
フ△リ 此処。 227
ウマ 指示代名詞中称。そこ。 53
アマ あちら―彼所。 15
様態指示副詞
ハシ、ハッシ 斯く―このように。 213 アシ、アッシ 容態を表す指示代名詞。
あのようにまたはそのように。 7 様態指示連体詞 ハッサ、ハッサン 斯くのごとき―こんな。 213 アッサ、アッサン あのような―あんな。 7
次に、志戸桶方言の代名詞の体系を扱った内間(1978)から指示詞・様態指示詞に関 わる記述を抜粋し、以下の表2に本稿での分類とともに示す。表中の「人・事物/場所/
関係」は内間(1978)における「事柄の種類」の区分を、「近称/中称/遠称」は指示詞
(及び様態指示詞)の系列の区分を示したものである。このように、内間(1978)では志 戸桶方言の指示詞(及び様態指示詞)の体系を三系列として示している。ただし、様態指 示詞については、近称と中称が同形式となっており、二系列として解釈できることが分かる。
2. 小野津方言・志戸桶方言の指示詞・様態指示詞 2.1. 指示詞・様態指示詞の形式/系列の整理
本稿で扱う指示詞/様態指示詞の形式を以下の表3/表4に整理する。括弧内の音列は 随意的であり、―は相当形式がないことを示す。語尾にそれぞれri/ma/nを持つ指示代名詞
/場所指示代名詞/指示連体詞の体系と、語尾にそれぞれshi/sanを持つ様態指示副詞/様 態指示連体詞は体系が異なるので、表を分けている。志戸桶方言の様態指示副詞/様態指 示詞は話し手/聞き手と指示対象の位置/距離的関係に関わらずそれぞれasshi「こう/そ う/ああ」/
assun
「こんな/そんな/あんな」という形が用いられている5(このため、2.
3 節の用法の記述からは割愛するが、いずれの例文も同じ文脈でasshi/assun
を用いうる)。表2 内間(1978:120)の指示詞・様態指示詞の記述 本稿の分類 人/物指示
代名詞
場所指示 代名詞
指示 連体詞
様態指示 副詞
様態指示 連体詞
区 分 人・事物 場所 関係 情態
近 称
ғ uri
「これ」
ғ uma
「ここ」
ғ unu/ ғ un
「この」
ha ∫ i
「こう」
ha ∫ ∫ un
「こんな」
中 称
ʔ uri
「それ」
ʔ uma
「そこ」
ʔ unu/ ʔ un
「その」
ha ∫ i
「そう」
ha ∫ ∫ un
「そんな」
遠 称
ʔari
「あれ」
ʔama
「あそこ」
ʔanu/ʔan
「あの」
ʔa ∫ i
「ああ」
a ∫ ∫ un
「あんな」
表 3 小野津方言・志戸桶方言の指示詞
方言 分類 系列 近称 遠称 二人称+近称 一人称+近称
小野津
指示代名詞
huri ari daa (hu) ri waahuri
指示連体詞hun (u) an (u) daa (hu) n (u) waahun (u)
場所指示代名詞huma ama daa (hu) ma waahuma
志戸桶
指示代名詞
uri ari daauri waauri
指示連体詞6un an daaun waaun
場所指示代名詞uma ama daauma waauma
先行研究で指摘されている語形との違いについて、まず、
waa/daa
を含む形式は、先行 研究では報告がない。また、上述のように小野津方言は指示詞のu
系、志戸桶方言は指示 詞のhu
系及び様態指示詞のha
系を欠いた体系となっている点が先行研究とは異なる。さら に、志戸桶方言の様態指示詞連体詞の語尾は内間(1978)ではʃʃun
となっていたが、筆 者の調査結果ではssun
となっている。以上の相違は変化の結果であると考えられる7。 系列のラベルとして、指示詞には近称/遠称/一人称+近称/二人称+近称、様態指示 詞には近称/遠近称/二人称+遠近称を用いているが、用法に対してのラベルでないこと に注意されたい。志戸桶方言については、歴史的観点からuri
の系列を中称とする分析も ありうるが、共時的体系として見た場合に小野津の近称と違いがないため、ラベルとして は近称を用いることとする。また、指示詞の遠称と様態指示詞の遠近称について、どちら も語根が aであり、統一して遠称として分析することも可能であるが、後述するように、様態指示詞の遠近称形は、指示詞の遠称形と異なり、近称形と用法が重なるため、遠称形 とは別の系列と分析する。指示詞の二人称+近称/一人称+近称、及び様態指示詞の二人 称+遠近称は、体系上はそれぞれ二人称/一人称/二人称としても問題ないが、人称代名 詞と区別し、かつ語形が分かりやいように+近称/+遠近称を付記する。
waa/daaはそれぞれ一人称単数/二人称単数の属格形8として用いられる形式であるが、
本稿で指示詞/様態指示詞の系列として認めている語形は、所有など通常の属格の意味的 機能を持たず、話し手/聞き手との位置関係・距離的関係にしたがって用いられている。
このため、形態統語的には、代名詞属格形(名詞修飾部)と指示詞(主要部名詞)からな る名詞句ではなく、一語(複合語)として分析している9。さらに、小野津の指示詞の二 人称+近称形及び様態指示詞の二人称+遠近称形は、もとの指示詞/様態指示詞の初頭拍 に相当する音列が脱落した形式(
daari
「それ」、daan (u)
「その」、daama
「その」、daasshi
「そう」、daassan (u)
「そんな」)が見られることから、音形上、縮約が起こり、一語化が進んでいると解釈できる。
なお、代名詞属格形と指示詞の組み合わせのうち、本稿で指示詞の系列として認めた以 外のものでは、一語ではなく句として分析できる(例
waa ari
「私のあれ」、daa ari
「お前 のあれ」、waa an shashin
「私のあの写真」、daa an shashin
「お前のあの写真」、waa assan p'en
「俺 のそんなペン」など)。指示詞と語根を共有する語形10としては、指示代名詞複数(近称hu (ri) nnaa/u (ri) nnaa「こ の人たち、その人たち(lit. これたち、それたち)」、遠称 a (ri) nnaa「あの人たち(lit. あれ
表4 小野津方言の様態指示詞
方言 分類
系列 近称 遠近称 二人称+遠近称
小野津 様態指示副詞
hasshi asshi daa (a) sshi
様態指示連体詞hassan (u) assan (u) daa (a) ssan (u)
志戸桶 様態指示副詞 -asshi
-様態指示連体詞 -
assun
-たち)」)、場所曖昧(近称 humandee~
hundee/umandee
~undee「この辺り、その辺り」
、 遠称 amandee~andee「あの辺り」
、一人称+近称 waahumandee~waahundee/waaumandee
~
waaundee
「この辺り」、二人称+近称 daahumandee~daahundee /daaumandee
~daaundee
「そ の辺り」)、数量(近称 hunsa/unsa「これくらい、これだけ、それくらい、それだけ」、遠 称ansa
「あれくらい、あれだけ」、一人称+近称waahunsa /waaunsa
「これくらい、これだけ」、 二人称+近称daahunsa/daaunsa
「それくらい、それだけ」)もあるが、本稿では紙幅の都合 により用法の記述は割愛し、語形を示すに留める11。以下、2
.
2節では指示代名詞・指示連体詞・場所指示代名詞について、2.
3節では様態指 示副詞・様態指示詞について述べる。各用例には、山括弧〈〉内に①方言名、②指示対 象と話し手・聞き手との距離関係及び独言か否か、③指示対象の種類及び指示詞の品詞を〈①・②・③〉の形で示す。このうち②で用いる略号について、「話近」 / 「聞近」はそれ ぞれ話し手/聞き手に近いこと、「話遠」 / 「聞遠」はそれぞれ話し手/聞き手から遠いこ と、「独」は独言を表す。また「話自」 / 「聞自」はそれぞれ話し手自身/聞き手自身を指す。
③で用いる略号について、人・物指示代名詞であれば指示対象に応じて「ヒト」あるいは
「モノ」、指示連体詞であれば主要部名詞の種類に応じて「ヒト連体」または「モノ連体」
として示す。場所代名詞は「場所」として、様態指示副詞/様態指示連体詞は、それぞれ 様態副/様態連体として示す。また、適宜、隅付き括弧【 】内に文脈を示す。
2.2. 指示詞の用法 2.2.1. 近称形
近称形は話し手から近い対象を指示するのに用いられる12(例1~4参照)。代名詞で 人を指示する場合は、話し手から遠くても聞き手に近ければ近称形(小野津 huri、志戸桶
uri)を用いることができる
13(例5,6参照)。指示連体詞(小野津 hun (u)、志戸桶 un)を含む名詞句が人を指示する場合も同様である(例7,8参照)。 (1)〈小野津・話近独・モノ/モノ連体〉
{ hure=e
/
hun
hasa=a
}
taa-su=ka=yaa?
これ=TOP この 傘=TOP 誰.SG-NMLZ=Q=SFP 「{これは/この傘は} 誰のかな?」【傘を手に持って】
(2)〈志戸桶・話近独・モノ/モノ連体〉
{ ure=e
/
un
hasa=a
}
taa
mun=ka?
これ=
TOP
この 傘=TOP
誰.SG.GEN
FN=Q
「{これは/この傘は}誰のかな?」【傘を手に持って】(3)〈小野津・話近聞近・場所〉 (4)〈志戸桶・話近聞近・場所〉
huma=ji
maga-roo.
uma=ji
maga-roo.
ここ=
LOC
曲がる-HOR
ここ=
LOC
曲がる-HOR
「ここで曲がろう。」 「ここで曲がろう。」(5)〈小野津・話近聞遠/話遠聞近・ヒト〉
daa uc-cha-so=o huri=na?
2.SG 打つ-PST-NMLZ=TOP これ/それ=YNQ
「お前を殴ったのは{こいつ/そいつ}か?」【話し手/聞き手が犯人を捕まえて】
(6)〈志戸桶・話近聞遠/話遠聞近・ヒト〉
daa
uc-cha-so=o
uri=ŋa=na?
2.SG 打つ-PST-NMLZ=TOP これ/それ=NOM=YNQ
「お前を殴ったのは{こいつ/そいつ}か?」【話し手/聞き手が犯人を捕まえて】
(7)〈小野津・話近聞遠/話遠聞近・ヒト連体〉
daa
uc-cha-so=o
hun
boo=na?
2
.SG
打つ-PST-NMLZ=TOP
この/その 同輩以下の男=
YNQ
「お前を殴ったのは{この/その}男の子か?」【話し手/聞き手が犯人を捕まえて】
(8)〈志戸桶・話近聞遠/話遠聞近・ヒト連体〉
daa
uc-cha-so=o
un
boo=ŋa=na?
2
.SG
打つ-PST-NMLZ=TOP
この/その 同輩以下の男=NOM=YNQ
「お前を殴ったのは{この/その}男の子か?」【話し手/聞き手が犯人を捕まえて】
2.2.2. 遠称形
遠称形は、話し手から(聞き手がいれば聞き手からも)遠い対象を指示する(例9~
14参照)。
(9)〈小野津・話遠独・モノ/モノ連体〉
{ are=e / an hasa=a } taa-su=ka=yaa?
あれ=TOP あの 傘=TOP 誰.SG-NMLZ=Q=SFP 「{あれ/あの傘}は誰のかな?」
(10)〈志戸桶・話遠独・モノ/モノ連体〉
{ are=e
/
an
hasa=a
}
taa
mun=ka?
あれ=TOP あの 傘=TOP 誰.SG.GEN FN=Q 「{あれ/あの傘}は誰のかな?」
(11)〈小野津・話遠聞遠・ヒト/ヒト連体〉
{ are=e
/
an
k'wa=a
}
taa
kkwa=ka?
あれ=
TOP
あの 子=TOP
誰.SG.GEN
子=Q
「{あれは/あの子は}誰の子か?」(12)〈志戸桶・話遠聞遠・ヒト/ヒト連体〉
{ are=e
/
an
k'wa=a
}
taa
yaa=nu
kkwa=ka?
あれ=
TOP
あの 子=TOP
誰.SG.GEN
家=GEN
子=Q
「{あれは/あの子は}誰の家の子か?」(13)〈小野津・話遠聞遠・場所〉 (14)〈志戸桶・話遠聞遠・場所〉
ama=ji maga-roo. ama=ji maga-roo.
あそ=LOC 曲がる-HOR あそ=LOC 曲がる-HOR 「あそこで曲がろう。」 「あそこで曲がろう。」
2.2.3. 二人称+近称
二人称+近称形は、聞き手に近い対象を指示する(例15 ~ 18参照)。代名詞(小野津
daa (hu) ri
、志戸桶daauri
))や、連体詞(小野津daa (hu) n (u)
、志戸桶daaun
)を含む名詞 句で人を指示することはできず、上述のように、聞き手に近く話し手から遠い対象であっ ても近称形を用いて指示する(例19,
20及び2.
2.
1節例5~8参照)。(15)〈小野津・話遠聞近・モノ/モノ連体〉
{ daa (hu) re=e
/
daa (hu) n
hasa=a
}
daa-su=na?
それ=
TOP
その傘=
TOP
2.SG-NMLZ=YNQ
「{それは/その傘は}お前のか?」(16)〈志戸桶・話遠聞近・モノ/モノ連体〉
{ daaure=e / daaun hasa=a } daa mun=na?
それ=
TOP
その 傘=TOP
2
.SG.GEN
FN=YNQ
「{それは/それは}お前のか?」(17)〈小野津・話遠聞近・場所〉 (18) 〈志戸桶・話遠聞近・場所〉
daa (hu) ma=ji maga-roo. daauma=ji maga-roo.
そこ=LOC 曲がる-HOR. そこ=LOC 曲がる-HOR 「そこで曲がろう。」 「そこで曲がろう。」 (19)〈小野津・話遠聞近・ヒト/ヒト連体〉(例5,7参照)
daa uc-cha-so=o { *daa (hu) ri=na?14 / *daa (hu) n boo=na? } 2.SG 打つ-PST-NMLZ=TOP それ=YNQ その 同輩以下の男=YNQ 「お前を殴ったのは{そいつ/その男の子}か?」【聞き手が犯人を捕まえて】
(20)〈志戸桶・話遠聞近・ヒト/ヒト連体〉(例6
,
8参照)
daa
uc-cha-so=o
{ *daauri=ŋa=na?
/
*daaun
boo=ŋa=na?
}
2
.SG
打つ-PST-NMLZ=TOP
それ=NOM=YNQ
その 同輩以下の男=NOM=YNQ
「お前を殴ったのは{そいつ/その男の子}か?」【聞き手が犯人を捕まえて】2.2.4. 一人称+近称
話し手に近い対象を指示する場合、上述の近称形の他に、一人称+近称形も用いられる
(例21 ~ 26参照)。ただし、二人称+近称形の場合と同様、人を指示することはできない
(例27, 28及び2.2.1節例5~8参照)。
(21)〈小野津・話近聞遠・モノ〉
{ huri=ŋa / waahuri=ŋa } daa hasa=doo.
これ=NOM これ=NOM 2.SG.GEN 傘=SFP 「これがお前の傘だよ。」
(22)〈志戸桶・話近聞遠・モノ〉
{ uri=ŋa
/
waauri=ŋa
}
daa
hasa
ja=ŋa.
これ=NOM これ=NOM 2.SG.GEN 傘 COP.NPST=SFP 「これがお前の傘だよ。」
(23)〈小野津・話近聞遠・連体〉
{ hun
/
waahun
}
hasa=ŋa
daa-su=doo.
この この 傘
=NOM
2.SG-NMLZ=SFP
「この傘がお前のだよ。」(24)〈志戸桶・話近聞遠・連体〉
{ un
/
waaun
}
hasa=ŋa
daa
mun
ja=ŋa.
この
この
傘
=NOM
2.SG.GEN
FN
COP.NPST=SFP
「この傘がお前のだよ。」(25)〈小野津・話近聞遠・場所〉 (26)〈志戸桶・話近聞遠・場所〉
{ huma=kai /waahuma=kai} kuu. { uma=ŋari / waauma=ŋari} kuu.
ここ=
ALL
ここ=ALL
来る.IMP
ここ=
LMT
ここ=LMT
来る.IMP
「こっちへ来い。」 「ここまで来い。」(27)〈小野津・話近聞遠・ヒト/ヒト連体〉(例5,7参照)
daa uc-cha-so=o { *waahuri=na? / *waahun boo=na? } 2.SG 打つ-PST-NMLZ=TOP これ=YNQ その 同輩以下の男=YNQ 「お前を殴ったのは{こいつ/この男の子}か?」【話し手が犯人を捕まえて】
(28)〈志戸桶・話近聞遠・ヒト/ヒト連体〉(例6
,
8参照)
daa
uc-cha-so=o
{ *waauri=ŋa=na?
/
*waaun
boo=ŋa=na?
}
2.SG 打つ-PST-NMLZ=TOP これ=NOM=YNQ この 同輩以下の男=NOM=YNQ 「お前を殴ったのは{こいつ/この男の子}か?」【話し手が犯人を捕まえて】
2.3. 様態指示詞の用法 2.3.1. 近称
近称形は、話し手もしくは話し手から近い対象の様態を指示する(例29
,
30参照)。また、聞き手の様態もしくは聞き手に近い対象の様態を指示する場合も許容される(2
.
3.
3節例 33 ~ 36参照)。近称形は後述する遠近称形に言い換えることができる。(29)〈小野津・話自聞遠~話近聞遠・様態副〉
{ hasshi / asshi } u-riba nadee=doo.
こう こう 折る-COND 良い=SFP
「こう折れば良いよ。」【折り紙を折りながら~本にある見本を示しながら】
(30)〈小野津・話自聞遠~話近聞遠・様態連体〉
mukase=e
{ hassan
/
assan
}
udui
s-u-tan=doo.
昔=TOP こんな こんな 踊り する-HAB-PST=SFP
「昔はこんな踊りをしていたよ。」【踊りながら~写真を示しながら】
2.3.2. 遠近称
遠近称形は、話し手/聞き手からの距離に関わらず用いることができる(2
.
3.
1節例29、30、以下例31
,
32及び2.
3.
3節例33 ~ 36参照)。 (31)〈小野津・話遠独・様態副〉
asshi
u-riba
yuta-sa-so=o
a-rak=ka.
ああ 折る
-COND
良い-ADJZ.NPST-NMLZ=TOP
COP-NEG.NPST=Q
「ああ折ればいいのか。」【折り紙を折っている人/見本を(離れた場所から)見て】
(32)〈小野津・話遠聞遠・様態連体〉
mukase=e assan udui s-u-tan=mun=yaa.
昔=
TOP
あんな 踊り する
-HAB-PST
=あ=SFP
「昔はあんな踊りをしていたのにね。」【踊っている人を(離れた場所から)見て】
2.3.3. 二人称+遠近称
二人称+遠近称形は聞き手または聞き手に近い対象15の様態を指示するほか、話者によっ ては聞き手に近い対象の様態の指示も許容する(例33 ~ 36参照)。
(33)〈小野津・話近聞自~話遠聞自・様態副〉
mukase=e { daa(a)sshi
/
asshi
/
?hasshi
}
udu-yu-ta-su=na?
昔=TOP そう そう そう 踊る-HAB-PST-NMLZ=YNQ 「昔はそう踊っていたのか?」【聞き手が踊る様子を見て】
(34)〈小野津・話近聞自~話遠聞自・様態連体〉
mukase=e { daa(a)ssan
/
assan
/
?hassan
}
udui
s-u-ta-su=na?
昔=
TOP
そんな
そんな そんな 踊り する
-HAB-PST-NMLZ=YNQ
「昔はそんな踊りをしていたのか?」【聞き手が踊る様子を見て】(35)〈小野津・話近聞近~話遠聞近・様態副〉
mukase=e { asshi
/
?hasshi /
?~#daa(a)sshi
}
udu-yu-ta-su=na?
昔=
TOP
そう
そう そう 踊る
-HAB-PST-NMLZ=YNQ
「昔はそう踊っていたのか?」【聞き手の持っている見本を見て】(36)〈小野津・話近聞近~話遠聞近・様態連体〉
mukase=e { assan / ?
hassan
?~#daa(a)ssan } udui s-u-ta-su=na?
昔=TOP そんな そんな そんな 踊り する-HAB-PST-NMLZ=YNQ 「昔はそんな踊りをしていたのか?」【聞き手の持っている見本を見て】
3. まとめと課題
本稿では、指示詞・様態指示詞の形式とその直示的用法について、指示代名詞・指示連 体詞・場所指示代名詞、様態指示副詞・様態指示代名詞を対象に記述した。特に、管見の 限り報告のなかった「人称代名詞属格形+指示詞」について、新たな系列の指示詞として 報告した。次頁の表5
/
6に、それぞれ指示詞/様態指示詞の用法をまとめて示す。特に興味深い点として、聞き手/話し手に近い対象を指示する場合、その対象が物や場 所であればそれぞれ二人称+近称形/一人称+近称形を用いうる一方、人の場合はこれら を用いることができない、という点がある。二人称+近称形/一人称+近称形は、聞き手
/話し手を参照点とする系列として発達してきたと考えられるが、このうち、「人を参照 点として物や場所を指示する」機能が生じた一方、「人を参照点として他の人を指示する」
機能は未発達だといえる。これが、通言語的に聞き手/話し手を参照点とする指示詞の発 達過程に当てはまるのか、それとも、所有を標示する属格形から発展したため被所有物に なりやすい物から発展したのか、他言語との対照研究、類型論的研究が望まれる。
表5 指示詞の用法の概略(小野津方言/志戸桶方言)
対象 話近 話遠聞近 話遠聞遠/話遠独
代名詞/連体詞 ヒト 近称 近称 遠称
モノ 近称・一人称+近称 二人称+近称 遠称 場所代名詞 場所 近称・一人称+近称 二人称+近称 遠称
表 6 様態指示詞の用法の概略(小野津方言)
話自/話近 話遠聞自 話遠聞近 話遠聞遠/話遠独 副詞/
連体詞
近称 遠近称
二人称+遠近称 遠近称
(近称)
遠近称
(近称)
(二人称+遠近称)
遠近称
また、系列の認定について、二人称+近称/一人称+近称/二人称+遠近称は、独立し た系列ではなく、それぞれ近称/近称/遠近称の下位の系列として捉える分析もありう る。また、
daa- (hu) ri
、daa-uri
のように分割して意味を構成的に捉える分析の可能性もある。この点に関連して、人称代名詞複数属格形が場所代名詞に先行した例を以下に挙げる(例 37, 38)。これを新たに独立した系列として認めるべきか否かは今後の課題である。
(37)〈小野津・話遠聞近・場所〉
wannaa huma=a ippai atsu-san=mun
1.EXCL.PL.GEN ここ=TOP とても 暑い-ADJZ.NPST=ADVRS dannaa huma=a kyasshi=ya?
2.PL.GEN ここ=TOP どう=WHQ
「こっちはとても暑いけど、そっちはどう?」【内地の友人と電話で話して】
(38)〈志戸桶・話遠聞近・場所〉
wannaa
uma=a
achu-sa-n
mun
ja=ŋa
1.EXCL.PL.GEN
ここ=TOP
暑い-ADJZ.NPST-ADN
FN
COP.NPST=ADVRS
dannaa
uma=a
kyaashi=yo?
2
.PL.GEN
ここ=TOP
どう=WHQ
「こっちは暑いんだけどそっちはどう?」【内地の友人と電話で話して】
さらに、本稿では、指示詞・様態指示詞の直示的用法について限られた用例から分かる 範囲で論じたが、今後用例を増やしていくと、本稿では捉えきれていない使い分けが見つ かる可能性もある。例えば、場所指示代名詞には、(日本語と同様に)物の部分を指す用 法があるが、小野津方言では、物の話し手に近い部分を指すのに近称形を用いうる一方で 一人称+近称形は用いられないことが確認されている(例39参照)。
(39)〈小野津・話近聞遠・部分〉
hun iyo=o { huma=ŋa / *waahuma=ŋa } uma-san=doo.
この 魚=TOP ここ=NOM ここ=NOM 旨い-ADJZ.NPST=SFP 「この魚はここがおいしいよ。」【魚の一部分を指して】
その他の課題として、指示詞・様態指示詞の直示以外の用法の記述がある。また、島内 他方言の現在の指示詞体系の調査も必要である。特に、小野津・志戸桶同様、u 系または
hu 系を失う変化を起こしているものがないか、もしあるとすれば、さらに、人称代名詞
属格形と指示詞の複合形を用いて聞き手(または話し手)を参照点とする指示表現を発展 させているものがないか、調査していく必要がある。グロス略号一覧
1
: fi rst person;
一人称,
2: second person;
二人称, ADJZ: adjectivizer;
形容詞化, ADN: adnominal;
連体
, ADVRS: adversative;
逆接, ALL: allative;
方向格, COND: conditional;
条件, COP: copula;
コ ピ ュ ラ
, EXCL: exclusive;
除 外, FN: formal noun;
形 式 名 詞, GEN: genitive;
属 格, HAB:
habitual;
習慣, HOR: hortative;
勧誘, IMP: imperative;
命令, lit.: literally;
逐語的, LMT: limitative;
限 界 格
, LOC: locative;
場 所 格, NEG: negative;
否 定, NMLZ: nominalizer;
名 詞 化, NOM:
nominative;
主格, NPST: nonpast;
非過去, PL: plural;
複数, PST: past;
過去, Q: question;
疑問,
SFP: sentence fi nal particle; 文末助詞, SG: singular; 単数, TOP: topic; 主題, WHQ: wh-question; 疑
問詞疑問, YNQ: yes-no question; 真偽疑問参考文献
岩倉市郎(1941)『喜界島方言集』東京:中央公論社.
内間直仁(1978)「喜界島志戸桶方言の文法」『琉球の方言』4: 65-126.
上野善道(2012)「琉球喜界島方言のアクセント-中南部諸方言の名詞-」『言語研究』
142
:
45-
75.
木部暢子(2011)「喜界島方言の音韻」『消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究:
喜界島方言調査報告書』
pp.
12-
50.
東京:国立国語研究所.
松森晶子(2011)「喜界島祖語における3型アクセント体系の所属語彙-赤連と小野津の 比較から-」『日本女子大学紀要文学部』60
:
106-
87.
注
1国土地理院発行の地図データをもとに
Thomas Pellard
氏が作成した地図を適宜加筆・編 集した。()内は喜界町役場発行の資料に基づく2017年4月現在の人口である。
2本稿で示すデータは、小野津集落出身・在住の女性2名(梅田明子氏:昭和12年生、田 畑繁子氏:昭和20年生)及び、志戸桶集落出身・在住の女性2名(岡本豊子氏:昭和 11年生、菅沼節枝氏:昭和14年生)を調査協力者とした聞き取り調査によるものである。
調査はJSPS科研費15J02695及び、国立国語研究所「危機言語・方言」プロジェクトの 助成を受けて行った。調査項目に関しては国立国語研究所作成の調査票を参考にした。
表記は小川(2016)のアルファベット表記に従っている。小野津方言の破裂音及び志 戸桶方言の破裂音/破擦音の喉頭化について、語幹初頭のみで対立があり、形態素中
/接辞初頭/接語初頭では一貫して喉頭化して現れる。このため、語幹初頭のみ書き 分けを行い、それ以外の喉頭化は表記に反映しない。
3 筆者の調査によると、島内最南部の上嘉鉄方言では、(特に高齢の話者では)huri/uri/ari の三系列の体系が保存されている。概略、近称 huri は話し手に近い対象、中称 uri は話 し手もしくは聞き手に近い対象、遠称
ari
は話し手からも聞き手からも遠い対象に用い られる。先行研究で志戸桶方言に報告されている体系もこれと同様であった可能性が ある。4後述するように、志戸桶方言の先行研究では
huri
の系列も報告されており、現在でも高 齢の話者が使用している可能性は否めない。5聞き手の様態の指示に
duaasshi
を随意的に用いうるようであるが、用法の詳細について は今後の課題である。6志戸桶方言では、指示連体詞として語尾に
nï ï
を持つ近称unnï ï
、遠称annï ï
、二人称+近称
daaunnï ï
、一人称+近称waaunnï ï
という形式も見られた。同様の語形は岩倉(1941:
20
,
59,
228)に阿伝方言の形式として記述されている。nï ï
を含まない形式との機能の 相違は未詳である。7 内間(1978)では、様態指示副詞の語尾に含まれる子音が単子音となっている。一方、
筆者の調査では、小野津/志戸桶ともに、単独で副詞として用いる形式では重子音と なるが、動詞「する」の中止形((s)shi)との複合形では単子音も見られた(例 ha (s) shi (s)
shi /a(s)shi(s)shi「こうして/そうして/ああして」
)。内間(1978)が報告しているのがこのような複合形の一部であるのか、それとも、単独で用いうる形式であるのかは不 明である。後者の場合、内間(1978)と筆者のデータの相違は変化によるものと考え られる。
8 主要部名詞との間に
an
「あの」などを挿入できるため形態的な語として扱う。また、akira=tu waa (shashin)
「アキラと私の(写真)」、akira=tu daa (shashin)
「アキラとお前の(写 真)」のように名詞と等位接続できることから、連体詞ではなく名詞の属格形として扱 う。9なお、
waa/daa
とhuri/uri
の間に別の要素が入る例は見つかっていない。10筆者の調査したところでは、志戸桶方言で
hu
系列の指示詞は見られず、huri
、huma
は 単独では用いられないが、arihuri
「あれこれ」、amahuma
「あちらこちら」といった(指 示詞でない)複合語には化石的に残っている。また、小野津方言ではu
系列の指示詞 は見られないが、他方言の u 系列の指示詞と語根が同源である可能性のある形式とし て、時の照応詞 unui「そのとき」が見られる(この形式は志戸桶方言にも見られる)。 11 ここに示した語形のうち、近称のhu系、二人称+近称のdaa (hu)系、一人称+近称のwaahu 系は小野津に、近称の u 系、二人称+近称のdaau系、一人称+近称のwaau系
は志戸桶に見られる形式である。なお、内間(1978:120)には、ғunreː「ここら」、ʔumanreː
「そこら」、ʔamanreː「あそこら」、ғunrinnaː「これら」、ʔurinnaː「それら」、ʔarinnaː
「あれら」、ғunrinna「これたち」
、ʔurinna「それたち」
、ʔarinna「あれたち」が、
岩倉(1941: 20, 59, 228)にはアンサ「あれ丈」、ウンサ「それ丈」、フ
△
ンサ「これ丈」
が記録されている。
12 聞き手が手に持っているなど、聞き手により近い対象で、話し手からも近い場合は、
近称形と、二人称+遠称形のどちらも用いることができる。
13物や場所を指示する場合は、話し手から遠く聞き手に近い対象には近称形は用いられ ず、後述する二人称+近称形が用いられる。
14
*
は文脈に関わらず用いられない文であること、#は当該文脈での容認度が低い文であ ること、?は当該文脈で許容されるが他の形式を用いる方が自然であることを表す。それぞれ問題となる形式の左肩につけて示す。
15話し手から遠く聞き手に近い人の様態の指示については、(特に副詞で)適当な文脈を 設定するのが難しく、未調査である。指示詞の二人称+近称形が人を指せないのと並 行的に、(聞き手以外の)人の様態の指示に二人称+遠近称形が使えない可能性もある。