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全国
ヘモフィリア
フォーラム
2015
西田恭治(大阪医療センター 感染症内科 医師): 大阪医療センターの西田です。基調講演の一題目は、ロシニ・クルカルニ先生にお願 いしております。クルカルニ先生は、お生まれはインドでいらっしゃるのですが、血液 専門の小児科医として長くアメリカで臨床経験を積まれました。現在はミシガン州立大 学に勤務しておられて、多くの血友病患者さんの治療、並びに新薬の治験などに携わっ ておられます。私は昨年ヨーロッパで、保因者を含めた出血傾向のある女性についての 彼女の講演をたまたま拝聴し、これはぜひとも日本でもお話をしていただきたいと思い ました。今回のフォーラムの企画段階で、WFH(世界血友病連盟)のロバート・レオン さんを介して彼女に依頼したところ、非常に快く引き受けていただいて、今日こぎつけ ております。ですので、実はこの講演は私がいちばん楽しみにしているのかもしれませ ん。ではクルカルニ先生、よろしくお願いします。
全国ヘモフィリアフォーラム 2015
「成人および思春期女性の遺伝的止血異常症
:その影響と挑戦」
特別講演
ロシニ・クルカルニ
Roshini Kulkarni
ミシガン州立大学の凝固異常症センター部 長を務めている小児科医。女性凝固異常症 のための財団 ― FWGBD(Foundation for Women & Girls with Blood Disorders) に おける委員会メンバーも務める。クルカルニ: 西田先生、ありがとうございます。そして WFH の皆様、ヘモフィリア友の会全国ネッ トワークの皆様にも感謝申し上げます。本日、スピーカーとして皆様方の前でお話がで きることを光栄に思います。日本といえば、世界の中でも最も美しい国です。東京や大 阪、いろいろなお城も訪れましたが、美しい国に来られたことをとても嬉しく思ってお ります。 さて今日の内容ですが、「女性における止血異常症」ということでお話を致します。女 性も様々な止血異常症による影響を受けています。ただ単に保因者であることのみなら ず、フォン・ヴィレブランド病や血友病の類縁疾患などを有していることもあります。 こういったことをご説明したいと思っております。また、どのような臨床症状を示すの かも重要です。さらにその管理、診断方法はどうするのかも重要となります。そして、 そういった女性の止血異常に対する製剤についてもお話したいと思います(スライド 1)。 なぜ女性を取り上げるのかですが、ご存じのように女性の重症血友病患者は稀です。 しかし、出血症状のある保因者は稀ではありません。次のスピーカーであるナダージュ さんがこういったことをお話になりますが、出血症状のある女性は男性とは異なる対応 がされています。たとえば、毎月の月経が非常に過多であるとか、流産、出産の場合に 大きな困難に出会うことになります。男性の場合はありませんが、女性はこういった問 題を抱えています。ですので、多くの女性が毎月の月経過多によって大きな影響を受け ていることを、皆様方のみならず、医療従事者の方々にも認識していただきたいのです。 止血異常は女性に大きな影響を与えるということで、我々は過去から数々学んできまし た(スライド2)。 スライド1 スライド2
女性における止血異常症
まず知っていただきたいのは、全世界の 女性が止血異常の影響を受けていること は、非常に大きな公衆衛生学的な懸念です。 止血異常の女性への対応には、政府にとっ ても非常に多額の公費が必要です。月経過 多の女性の 12 ~ 30%は、背景に止血異常 があります。これは年齢層にかかわりませ ん。そして QOL にも影響が出ます。CDC (アメリカ疾病予防管理センター)が月経 過多の 75 人の女性の調査をしたところ、 症状出現から止血異常症の診断に至るまで 約 16 年を要していることが分かりました。非常に長い時間がかかっています。16 年も の間、女性たちは止血の困難を抱え続け、子宮摘出を余儀なくされる女性もいます。 ある産婦人科医の調査ですが、若い女性に「あなたが月経過多の場合に、止血異常だ と考えますか?」と聞いたところ、2002 年に「Yes」と答えたのは、思春期の女性は 16%、生殖可能年齢の女性は4%、照会例では3%でした。その後、家庭などでの教育 を進めた結果、2012 年に「Yes」と答えたのは、思春期の女性は 77%、生殖可能年齢 の女性は 39%と増えています。これは最終的には 100%になるべきだと考えています。 すなわち、月経過多の女性は全員止血異常が原因だと考えるべきです(スライド3)。 この調査をした時に、月経過多の女性に対してどんな検査をしたのかというと、スラ イド4にあるように、いろいろな検査を行い、いろいろなことが検討されました。し かし、抜けている項目があります。それはいわゆる止血異常です。たとえば出血時間を 検査した医師は 20%弱というように、ほとんどの医師は止血異常に関する検査をして いません。 では診断はどうかですが、月経過多の病因がフォン・ヴィレブランド病だと診断した スライド4 スライド5
月経過多 → まず止血異常を考えて!
スライド 3医師は5%以下です(スライド5)。月経過多の女性に対しては、最初の診断で止血異常 と考えるべきなのですが、止血異常は最初からこの範疇外とみなされています。これは 日本でも同じです。月経過多の女性 274 名を対象にした自己申告の割合を見ても、月経 過多の原因が止血異常と答えた方は全くいらっしゃいません(スライド6)。ですので、 我々はグループとしてこれを変えなければいけません。女性に対しては、「月経過多であ るのならば、まず止血異常を考えなさい」と申し上げたいと思います。 次頁スライド7は全世界を対象にしたもので、ニューイングランド・ジャーナルの記 事です。女性と産後出血に関するデータですが、これに私は非常に心を痛めています。 なぜなら、赤で示したエリアでは 30%以上の女性が出産時の出血過多によって死亡して いるのです。実際に私の叔母も出産直後に出血過多で亡くなりました。しかし、誰もそ の時に生まれた子供のケアをしませんでした。その当時は私も子供でしたので、叔母が その時産んだ子がどうなったのかは分かりません。 実際に WHO は、分娩後の出血が最も主たる妊産婦の死因であるとしています。そし て 1800 万人の女性が月経過多であると WHO は推定していて、30 万人が子宮摘出の手 スライド6
女性と産後出血
術を受けています。女性がこういう手術を受けると、結婚が破談になるケースも出てき ます。パキスタンの医師に会って聞いた話ですが、常に出血をしていたので夫が去って しまった女性もいます。こういったことが大きな問題になっていて、何らかの手段を講 じる必要があります(スライド8)。 なぜ思春期の止血異常を知る必要があるのかですが、ユニセフは「Motherhood in Childhood(幼児期における母性)」という冊子を作っています。すなわち「子供が出産 をしている」ということです。10 歳で妊娠をしたというブラジルの子供の例もあります。 これは家族にレイプをされたのが原因です。この子も止血異常があったので、結局出産 スライド7 スライド8 スライド9
時に死亡してしまいました。スライド9の左の写真ですが、40 歳の男性が 11 歳の小さ な女の子と結婚したという写真です。私の出身国であるインドでは非常に一般的ですが、 11 歳の女の子は身体が十分に発育していないので、まだ出産できる状態ではありません。 ですから、この子が出産すれば、裂傷等によって出血することは明らかです。 では、女性の止血異常に関する基本的な ことに触れたいと思います。通常、月経 がスタートするのは 10 ~ 12 歳ぐらいで、 期間は5~7日間です。しかし、非常に多 量の月経出血になると、7日間以上出血が 持続します。実際に 14 ~ 21 日間出血し 続けたというケースもあり、常に出血をし ているという女の子にも私は会ったことが あります。凝血塊も直径 2.5 センチ以上に なり、だいたい 100 円玉ぐらいの大きさで す。それから鉄分の値が低下します。また、 急に身体から血液が出ていく感覚に襲われることがあります。実際に、80ml 以上の血液 が月経ごとに身体から出ていきます。 分娩後の出血には2種類あります。分娩後 24 時間以内の出血を1次性分娩後出血、 分娩後 24 時間から 12 週間の出血は2次性分娩後出血といいます。実際には3ヵ月間出 血し続けた女性もいるのですが、非常に長期間における出血だったわりには、彼女から 訴え出てはきませんでした。なぜなら、彼女の母親も祖母も叔母もそうだったので、家 族の中ではこれが普通だと思っていたからです。すなわち、これが止血異常の問題だと いうことにすら気が付いていなかったのです(スライド 10)。
女性における止血異常:基礎
スライド 10 スライド 11 スライド 12では、多量の月経出血の原因は何でしょうか。スライド 11 で示す通り、いろいろな理 由によって多量の月経出血は起きますが、総ての年齢層で原因として挙げられているのが 止血異常です。止血異常は年齢を問わず生じます。実際にどのような止血異常があるのか というと、非常に一般的なのが血友病保因者、フォン・ヴィレブランド病、血友病の類 縁疾患です。また、フィブリノゲン欠乏症や第Ⅱ因子、第Ⅶ因子の欠乏症などもありま す。その他にも、たとえばインドや中東などでは近親者間での結婚が見られますが、こ れも大きな原因です(スライド 12)。 それでは、保因者についてのお話をしていきたいと思います。保因者とは、いったい 誰のことなのでしょうか。まず、総ての女性は二つの X 染色体を持っています。保因者 の女性の場合には、そのうちの一つに変異があります。女性の身体の中では一つの染色 体が機能すれば十分なので、身体の部分によっては正常の場合もあるし、異常の場合も あるということになります。たとえば、ある女性の身体の中で X 染色体の一方が休眠し ているとします。この眠っている染色体が変異のある方の染色体だとすると、通常の第 Ⅷ因子や第Ⅸ因子が産生されます。この場合は、凝固機能は正常です。しかし、同じ X スライド 13
「保因者」とは?
染色体でも、休眠している ――つまり不活性な部分、あるいは他の部分がアクティブ になっている場合は、ライオニゼーションという現象によって血友病になることもあり ます。ですから、100%の第Ⅷ因子が作られるかもしれませんし、あるいはゼロかもし れませんし、20%かもしれません。ですので、どれだけ正常な染色体が機能し、異常な 染色体が不活性になっているかの割合によります(スライド 13)。しかし、血友病の遺 伝子を保有している女性の3分の1に出血の症状が認められています(スライド 14)。 スライド 15 は、保因者の第Ⅷ因子活性を示したグラフですが、非常に低いレベルで す。しかし、10 ~ 110%の因子活性が起きてはいますので、血液検査をしても凝固機能 は正常という場合もあるかもしれません。因子活性だけでは、保因者かどうかというこ とも分かりませんので、家族歴だけではなく、きちんと遺伝子のタイプを見ることが大 事です。この検査は、もしかしたら将来的に利用可能かもしれません。そうすれば、保 因者としての状態がはっきりします。グラフの黄色で示しているのは健常者ですが、保 因者とオーバーラップしている部分があります。あとでナダージュさんの方から、もう 少し具体的なお話がうかがえるかと思います。 「保因者にとっての壁と戸惑い」とし て、「保因者は混乱している」ということ を申し上げたいと思います。「保因者」は 遺伝学的呼称であって、臨床診断ではあり ません。男性の場合、私たちは「男性の保 因者」とは言いません。「血友病患者」と 呼びます。ですから、遺伝子を持つ女性 ―保因者も「患者」と呼ぶべきであり、 「Hemophilia(ヘモフィリア、血友病患 者)」に含まれる「He(彼)」の代わりに スライド 14 スライド 15
保因者にとっての壁と戸惑い
スライド 16「She(彼女)」を入れて、「Shemophilia(女性の血友病患者)」と呼ぶべきだと思ってい ます。 私たちが「保因者」という言葉を使わない理由は、アメリカの保険会社は、止血異常 のある女性の保障をしないからです。スライド 16 の上の写真の女性は、2人の息子が血 友病患者です。赤ちゃんの方は、脳内出血を起こして大きな手術をしました。出産時の 医師が、母親が保因者であることを知らなかったからです。そして、母親が生体組織診 断(生検)を受けたところ、普通は(100 ミリリットルあたり)12 グラムのヘモグロビ ンがあるのに、2.5 グラムという非常に少ない量しかなく、輸血も行われましたが、ずっ と出血が続きました。私に連絡が来たので、凝固レベルを調べたところ、20% しかない ことが分かり、凝固因子の投与が許され、凝固因子製剤を投与し、さらにいろいろな情 報を提供して、最終的には出血を止めることができました。しかし、本当に残念なこ とに、このような女性は自分で凝固因子製剤を得ることができず、(患者である)息 子や父、叔父など、家族の製剤を流用しているという実態があります。本当に悲しい気 持ちになります。ですから、ぜひ皆さんも自分から声を上げてほしいと思います。何年 もの間、私たちは沈黙をし続けてしまいました。「私は保因者だけど、自分にも出血症状 があるから、凝固因子製剤が必要なんだ」という声を上げてほしいのです。それが女性 にも「血友病」という診断名による健康保険の利用を可能にし、包括医療への道を拓く と思っています。 保因者には確定保因者というタイプがあ ります。血友病の父を持つ総ての女性が該 当します。スライド 17 の右上の画像のビ クトリア女王もそれにあたります。また、 血友病患者を持ち、さらに家系内に少なく とも1人の血友病患者がいる母親、あるい は2人以上の血友病患者を持つ母親であれ ば確定保因者ということになり、検査は必 要ありません。また、保因者には推定保因 者というタイプもあります。「推定」です から、まだ保因者かどうか確実ではありま せん。その定義は、保因者の産んだ総ての娘、1人の血友病患者を産んだが血縁には血 友病患者も保因者もいない女性、確定保因者の姉妹、母親、母方の祖母、叔母、姪、そ して従姉妹などです。男性にもいろいろな定義がありますが、その総てを女性に当ては めることはできません。 スライド 18 の図は、血友病の遺伝を表しています。まずは保因者からの遺伝です。保 因者は、片方の X 染色体が赤で示されています。この保因者が息子と娘に対して赤の X
血友病の遺伝
スライド 17スライド 18 染色体を与えた場合、息子は血友病になり、娘は保因者になります。父親の Y 染色体に よって変わることはありません。次に、血友病の患者である父親からの遺伝です。血友 病の父親から生まれた娘は、総てが父親の変異した X 染色体を受けるので、保因者にな ります。そして、正常な Y 染色体を受ける息子は、総て健常になります。 保因者の検査はいつ、何のために行なう べきでしょうか。イギリスでは「知らない ことは良いことだ(知らぬが仏)」とよく 言われますが、保因者に関しては当てはま りません。たとえば手術を受けなければな らないという場合には、自分が保因者であ り出血症状があるのかどうかは知っておか なければいけません。ただ、だからといっ て総ての少女に対して保因者の検査をすべ きでしょうか。保因者と判った場合には、
保因者の検査
スライド 19我々には非常に安定した質の良い凝固因子製剤がありますが、生理が始まるまで、ある いは何らかの手術を受ける時まで、検査を待とうという人もいます。 保因者の検査には、長所も短所もあります。早期に検査すれば、家族に教育をするこ とができますし、様々な出来事への準備ができます。しかし、欠点も存在します。たと えば、人によっては「恥」と思ってしまうことがあります。また、「自分の子供は血友病 なんだ」と強く意識し過ぎるあまり、「スポーツなどの活動は子供たちにさせたらいけな いんだ」、あるいは「させたくない」と思ってしまうこともあります。ですから、早期検 査をするにあたっては、看護師や遺伝カウンセラーなどが、家族と一緒になって様々な 選択肢について相談することが必要です(スライド 19)。 保因者の出血の問題は、だいたい似通っています。月経困難や産後出血などは何度も出 てくる問題です。そして、興味深いことには、人によっては関節内の出血が見られます。 実は、女性にも関節内出血は起きるのです。男性に関節内出血があることは分かっていま すが、女性の関節内出血について語られることはありません。女性については、よく「関 節炎」と言われますが、決してそうではないのです(スライド 20)。 保因者の出血については、遺伝子変異との関連で研究が実施され、イントロン 22 逆位 の保因者は、ミスセンス変異の保因者よりも強い出血傾向があることが分かりました。さ らに、ミスセンス変異に比べて、親族の血友病患者に重症例が多いことも分かりました (スライド 21)。 保因者についての問題は、出血だけにとどまりません。保因者が自分のことをどのよ うに伝え理解してもらうのか、そして結婚の問題も残ります。そこで登場するのが、遺 伝カウンセリングです。遺伝カウンセラーは、包括医療のチームにおいて非常に重要な 役割を担います。私も遺伝カウンセラーのお世話になっていますが、彼らは完全な家族 歴を見ます。私の家族歴も見てくれています。私自身が「こういう血友病の親戚がいた スライド 20 スライド 21
保因者についての問題
んだ」、あるいは「親戚に止血異常のある 女性がいたんだ」ということを初めて知る こともあります。私たち医師はもちろん診 断をして治療をするわけですが、ソーシャ ルワーカーや心理学者になることは不可能 なので、それらの専門性を持つ方々が大事 なのです。全体的な治療をするためには、 このような専門家が大きな役割を果たすと 思います。遺伝カウンセラーも、いわゆる 包括医療チームの一員であるということで す。 また、自分で子供は産まず、養子を持つという選択肢もあると思います。今は血友病 患者に対する十分な治療が可能な時代ですが、それでも血友病の子供は持ちたくない、 養子が欲しいという人もいます。 遺伝カウンセリングの内容は守秘されるべきですし、また文化への理解も伴わなけれ ばなりません。たとえば、性について人前で話をするなんてあり得ない、男性がいる中 で生理の話なんてできないと思うこともあると思います。また、男性の産婦人科医のと ころへは行けないということもあるでしょう。遺伝カウンセラーは、様々な文化に対す る理解を持ちながら、情緒的・心理的な援助をする必要があります(スライド 22)。 フォン・ヴィレブランド病について、お話します。フォン・ヴィレブランド病は最も 一般的な止血異常症で、いろいろなタイプがあります(スライド 23)。どのような出血 があるのかというと、これも保因者と同じで、やはり月経過多が多く見られます。それ から抜歯後の出血や、関節内出血も 20 ~ 28%の割合で起こっています(スライド 24)。 これはとても重要なことです。 スライド 23 スライド 24 スライド 22
フォン・ヴィレブランド病
婦人科的問題に関するフォン・ヴィレブランド病と健常者の比較ですが、月経過多や 卵巣のう胞など、どの所見においてもフォン・ヴィレブランド病の方が健常者よりも出 血が多いことを示しています。卵巣のう胞とは小さなのう胞が卵巣に付いてしまうので すが、非常に疼痛があり、女性は苦しんでいます(スライド 25)。 月経過多の女性の中で、このような疾患を抱えている女性は、40%以上という非常に 高い数値を示しています。月経過多の女性が総て止血異常に関わる何らかの疾患を持っ ているわけではありませんが、少なくとも調査は必要です(スライド 26)。 産婦人科での所見では、月経過多や排卵時の出血が多く見られます。出血性卵巣のう 胞においては、フォン・ヴィレブランド病が 6.8%で、凝固第 XIII 因子欠乏症が 20%で す(スライド 27)。 スライド 28 の左の図は、いわゆる子宮内膜症を起こしている子宮の図です。月経過 多になると、子宮の外側だけではなく、内側にも出血が起こります。そのため、腹腔内 に出血してしまうことになり、このような子宮外の子宮内膜組織ができます。その結果、 スライド 25 スライド 26 スライド 27 スライド 28
産婦人科における所見
痛みが生じます。右の図は子宮筋腫です。子宮筋腫は、子宮壁への出血によって筋肉細 胞が成長して引き起こされると言われています。それからポリープも見られます。 スライド 29 は、婦人科的な問題にはどのような種類があるのかという CDC の全国調 査です。一般的な問題として、まず痛みがあります。それから月経不順の問題、異常出 血など、非常に数多くの問題が挙げられています。 凝固因子のレベルは妊娠すると変わることがあります。たとえば第Ⅷ因子、第Ⅹ因子、 フォン・ヴィレブランド因子のレベルは上がります。このため、血友病 A の保因者が妊 娠すると第Ⅷ因子のレベルは上がるので、非常に診断しづらくなります。ですから、妊 娠していない段階での診断が必要です。一方、血友病 B の保因者が妊娠しても第Ⅸ因子 は変わりません。これはつまり、血友病 B の保因者の場合は、妊娠、出産時にも出血が あるかもしれないということです。ですから、その場合にはフォン・ヴィレブランド因 子とのバランスを考えて、治療の必要があれば、凝固因子製剤を用意しなければなりま せん(スライド 30)。 妊娠中と分娩時に起きる様々な出血について、いろいろな研究から見ていきたいと思い ます。CDC の研究によると、77%が流産に伴い出血をしています。非常に高い割合です。 健常女性では 7.5%に過ぎない初期産後出血も、血友病保因者の女性では 48%と、ほと スライド 29 スライド 30 スライド 31 スライド 32
んど半分の方に起きています。これは非常に高すぎるので、この女性たちに対しては何ら かの手当てをすべきだと思います。また、血友病類縁疾患なども考える必要があります (スライド 31)。 産後初期の出血は、健常者では5%です。しかし、血友病保因者の女性や止血異常の女 性では、ほぼ 20%に上ります。ですから、分娩後に出血している女性がいれば、ぜひ止 血異常の可能性を考えていただきたいと思います。2次的な産後出血についても同じよう な割合です。子宮摘出術については、子宮を摘出すると、これらの問題が総て解決すると 思われるかもしれません。しかし、決してそうではないのです。女性の身体の中で、子宮 というのは小さな部分なので、それ以外の部位、たとえばのう胞の摘出、あるいは外傷に よる大きな出血は、止血異常が背景にあるから起きるのです(スライド 32)。 出血のもたらす結果としては、貧血、鉄欠乏症、また、いろいろな面で限界が生じます。 女性は、家事や子供の学校への送り迎えなどで、毎日とても疲れています。そんな中で常 に出血していると、日常生活が制限されてしまいます。また、場合によっては分娩後の出 血で亡くなってしまうこともあります。そうなると、その家族を誰も助けることができな くなります。ですから、まさに QOL に対して影響が出ることになります。つまりは、そ の女性のみならず、家族全員に大きな影響をもたらすのです(スライド 33)。 スライド 34 は、日本における非常に興味深い調査結果です。2013 年 11 月に出され たもので、1万 9000 人の女性が対象ですが、このうちの 50%が月経痛を報告していま す。そして、74%が月経時の症状に困っていると訴えています。また、家族ともども外 来受診を頻繁に繰り返すことによって、労働生産能力の損失につながり、年間の経済負担 は 6830 億円であると推定されています。これは非常に多額のお金です。このような問題 により、社会に対するコストがかかっているということです。 スライド 33
女性の止血異常がもたらす影響
スライド 34スライド 35 は、月経のために生活を阻害されている若い女性の割合です。学校の生徒 を対象にした調査で、健常な女性は青、出血に問題を抱えている女性は赤で示されていま す。月経過多によってどのような影響があったのかについては、たとえば学校に行けな かった、またアメリカでは男の子、女の子が友達の家で外泊をすることがよくあります が、常に出血を抱えていると外泊はできません(スライド 36)。 では、実際にどのようにこれらの方々を 診断をするのでしょうか。もし保因者とし て医師を訪ねたとすると、家族歴や出血の 既往歴などは医師に必ず言う必要がありま す。すなわち、『私には血友病の家族がい ます』『出血の問題があり、何日も出血す る場合があります』『クルカルニ先生から 全部話すように言われています』と。私は 喜んで医師があらゆる種類の検査診断のた めにするであろう責任を取るでしょう。保 因者が自分自身の状態を知っている場合は、 検査診断を行いません(スライド 37)。 次頁スライド 38 は、月経の出血評価チャートです。「PBAC(ピーバック)」と呼ばれて いますが、私たちはこれを患者さんに渡して使ってもらっています。これは、たとえば1 日目にこの程度の出血が2回ナプキンに見られたのであれば、1日目に線を2本入れます。 こうして観察を続け、出血量を3段階に分け、少量の出血なら回数に1を、中等度なら5 を、大きな出血なら 20 をかけてポイントを出し、合計のスコアを得ます。スライドのケー スでは、スコアは 265 ポイントでした。通常は 80 ポイント以下ですから、265 ポイン スライド 35 スライド 36
保因者の診断
スライド 37スライド 38
トとなると、これは止血異常を意味します。 スライド 39 は、ウェブ上にある出血評価 ツールです。医師はよく分かっているもの です。また、CDC もウェブで出血評価ツー ルを提供しています(スライド 40)。皆さ んにも使うことができます。私自身もダウ ンロードして、インターンの先生方にも渡 しています。止血異常のスクリーニング方 法として、7日間以上の月経期間があるか、 貧血になったことはあるか、その他、術後 等に過度の出血があったかどうかなどの質 問があります。 止血療法について皆さんに知っていただきたいことは、子宮摘出術だけが答えではない ということです。子宮摘出術以外にもいろいろな治療法があります。まずはデスモプレシ ンです。これは経鼻あるいは静脈注射で投与します。それから錠剤として抗線溶薬があり ますし、凝固因子製剤もあります。また濃縮された形のものもあります。 スライド 41 の青で示したグラフを見てください。デスモプレシンを投与した後にトラ ンサミンを投与すると、出血の量が減ります。ですので、この組み合わせを私はよく使い ます。血小板の障害がある方々のためにもそうですが、特に女性で月経過多の方々に効果 があります。赤で示したグラフは、青のグラフとは逆に、トランサミンを投与した後にデ スモプレシンを投与した場合です。トランサミンを投与すると、当初は出血が減るのです が、その後にデスモプレシンを投与すると出血がまた増えるケースが出ています。 止血異常女性の治療製剤には、まず凝固因子製剤があります。その中には遺伝子組み換 え製剤もあります。また、経口避妊薬を使うことによって、子宮内膜が減る場合もありま スライド 40
止血異常の女性に対する治療
スライド 41 スライド 42す。その他にも、IUD(子宮内避妊器具)を使ったり、子宮内にホルモンを投与したりす る方法もあります。もしこれらの治療方法に何か問題があれば、より強い薬剤が必要に なってきます(スライド 42)。 妊娠の管理ですが、もし帝王切開をする のであれば十分な計画が必要です。それか ら、鉗子を使ったり吸引をしたりという場 合には、非常に注意が必要です。ですから 私は、女性が受診に訪れた時には、ガイド ラインのコピーを渡すようにしています。 また、産婦人科医にもそのコピーを渡しま す。血液学の専門家、医療チーム、患者さ ん、産婦人科医の総てが、何をどう計画し て実施しようとしているのかを共有してお かなければなりません。ビックリするよう なことが起きてはならないわけです。出産をした時に何をすべきなのか、その前に何を準 備するのかということです(スライド 43)。 止血異常が想定される新生児については、鉗子分娩や吸引分娩を行うと頭蓋内出血が起 きる危険があります。鉗子や吸引で新生児の頭に負担をかけてしまうと、その血管を壊し てしまうリスクがあるのです。もし保因者が産婦人科医に「自分は保因者である」と言わ なければ、その産婦人科医は鉗子分娩や吸引分娩を実行してしまうかもしれません。この ような措置が行われてしまうと、赤ちゃんが大きな問題を抱えることになります。脳に出 血が起こったことによって、人生を通してその問題を抱えて生きていかなければなりません。 ですから、妊娠して保因者なのであれば、産婦人科医に対して、血液の専門医とともに「赤 ちゃんを守りましょう」という声を上げて行くべきだと思います(スライド 44、45)。
妊娠・出産の管理
スライド 43 スライド 44 スライド 45止血異常の女性に対するケアには、包括医療チームのアプローチが大事だと思います。 ソーシャルワーカーや心理学者、そして産婦人科医や遺伝カウンセラーも必要です。これ は、あくまでも患者さんのためです。血友病患者さんの場合、包括医療の有無で大きく 違います。たとえば、包括医療がある場合の平均寿命は 65 年ですが、包括医療がなけれ ば 13 ~ 40 年になってしまいます。包括医療チームがない国では、血友病患者さんは若 い時に亡くなるため、血友病の高齢者は見られません。それから入院日数も、包括医療の 「あり」と「なし」では 12 ~ 15 倍違います。関節障害も包括医療「あり」では5%以下、 包括医療「なし」では 70 ~ 80%に上がります。包括医療の存否は、いかに合併症をな くしていくのかにも関わってきます(スライド 46)。 日本にも多くの島がありますが、離島に住む患者さんはどうすればいいのでしょうか。 そのような患者さんのために私たちが行っているのは、「Telemedicine(遠隔医療)」 です。機密性が高く、守秘すべき情報が多いからです(スライド 47)。 次頁スライド 48 は、アメリカにおける遠隔地に向けた包括医療の状況を示していま す。地図上の★印は医療センターを、●は患者さんを表しています。★の周りに半径 30/60/90 マイルの円が描かれていますが、この中の患者は医療センターに近く、ベスト な治療を受けられるでしょう。内陸部の患者さんは医療センターが近くにありません。で すから、コロラドの医師が遠隔地まで出向きます。医師が患者さんに手を差し伸べている のです。 次頁スライド 49 は、私の州の地図です。私の病院は中心部にありますが、北部の外れ たところにも患者さんはいます。実際にこの患者さんのところに行くには、900 ドルぐ らいかけて飛行機に乗らなければならないので大変です。こんな時に活躍するのが、この 遠隔医療なのです。
止血異常の女性へのケア
スライド 46 スライド 47スライド 48
スライド 50 は、CDC が行っているマッピングです。地震や洪水などの災害に遭った際、 患者さんがどこへ行けばいいのかを表しています。赤で示しているのがトリートメントセ ンター、青が救急病院です。この地図を見れば、どこに製剤があってどこに行くべきなの かがすぐに分かります。各病院は共通のデータベースを持っていて、患者さんにはクレ ジットカードのようなカードが提供されます。それには、患者さんの総ての情報が盛り込 まれています。そして、医療機関でそのカードを見せれば、どういう治療を受けるべきな のかという情報が分かるようになっているのです。 スライド 51 は、私が行っている遠隔医療の一例です。一番上の写真の第Ⅶ因子欠乏症 の赤ちゃんと母親は、私の患者さんです。この人たちは、スクリーンを通して診察し、電 子的にカルテを作っています。真ん中の写真は、ソーシャルワーカーと看護師です。医師 は写真に映っているディスプレイの中にいます。スクリーンを介することにより、三者が 包括的な訪問医療を実現させています。下の写真は、重症の血友病児と母親です。遠隔医 療によって地域の医師と仕事をすることができるのは、素晴らしいことです。私は、地域 の医師に血友病についての教育をすることが可能になりました。 WHO(世界保健機関)も遠隔医療を実施しており、産婦人科関係のケアについての情 報を提供しています。大きな施設に紹介せざるを得なかったケースは 598 例のうち 36 例のみで、その他は在宅で診療することができました(スライド 52)。日本でも遠隔医療 スライド 50 スライド 51 スライド 52 スライド 53
は行われています(スライド 53)。ぜひこれを利用してください。 それでは、今日のまとめです。止血異常 のある女性は、出産や毎月の出血という女 性に特有の影響を受けます。フォン・ヴィ レブランド病はもっとも一般的な止血異常 症ですが、まだまだ十分な診断は普及して いません。早期の診断によって患者に対す る教育が実現しますし、様々な産婦人科的 合併症の予防に寄与することができます。 血友病保因者や止血異常症の女性は血友病 包括医療センターに紹介されるべきであり、 血液専門医と婦人科とは協力し合っていか なければなりません。これらのことは、今後とも WFH の方々に教育したいと思いますし、 多くの医師の支援の下に立ち上げた「Women & Girls with Blood Disorders」という組織 もありますので、ぜひ皆様もメンバーになっていただければと思います。以上で私の発表 を終ります。 西田: クルカルニ先生、どうもありがとうございました。せっかくの機会ですので、何かフロ アの方から質問があればお受けしたいと思います。 会場: 凝固因子のレベルが 5 ~ 40%で出血症状があり、さらに 40 ~ 60%でも出血症状があ る場合があるというお話でしたが、それはただ単に凝固因子のレベルだけが問題なのか、 それとも他の検査項目なども原因として考えられるのでしょうか? 今までに我々が聞い ていたのは、凝固因子のレベルが 40%以下であれば血友病の範疇であるということでし たので、凝固因子のレベルが 40 ~ 60%でも出血症状があるということは初めて聞きま した。それは、凝固因子以外にも何か他に原因があるのかをお聞きします。 もう一つ、確定保因者に対する検査や説明をいつするのかは、いろいろなメリットやデ メリットを踏まえて判断すべきというお話でしたが、具体的にミシガン州立大学ではどれ くらいの年齢での検査や説明を推奨しているのでしょうか?
まとめ
スライド 54質疑応答
クルカルニ: 非常に良いご質問です。なぜ女性は凝固因子のレベルが 40 ~ 60%でも出血するのか、 これに対する答えはありません。実際に、たとえばトロンビンの生成状態などについて、 調査や研究が行われています。それから子宮という器官が特別なのかもしれません。昨 日、丁度デューク大学の医師からメールをもらったのですが、NIH(アメリカ国立衛生 研究所)へ、この研究のために提言するつもりとのことです。トロントで行われる ISTH(国際血栓止血学会)の国際会議もこの問題を提示しようとしています。なぜ、こ れらの女性に止血の問題があるのかについては、凝固因子なのか、あるいは血小板なのか、 トロンビンなのか、とにかく何らかの問題が生じていると思います。 確定保因者に対する検査や説明の時期ですが、個々に異なると思います。特に年齢を決 めているわけではありません。ですから、たとえば娘さんの月経の始まりが近づいてきた ら、通常はまず御家族に話をします。そして、実際に月経過多になった場合には、検査を する必要があります。検査結果が出るまでには、少なくとも1~2日かかります。 また遺伝子検査に関しては、アメリカではワシントン大学とバイオジェンがチームを組 み、NHF(アメリカ血友病財団)で「My Life Our Future」というプログラムを実施して います。何百万ドルもの資金を投資して、総ての血友病患者を対象に遺伝子検査が行われ ています。ヨーロッパでも同じようなことが行われていますが、これは幸運だと思いま す。遺伝子検査は保険が利きません。ですから、何千ドルというお金を患者さん自身で 出さなければならないのですが、そんな患者さんは数多くいらっしゃいません。ただ、こ の「My Life Our Future」は、男性の血友病患者だけが対象です。できれば来年あたりに は保因者にも対象を広げたいと考えています。それによって、どれぐらいの保因者が全米 にいるのかが分かるかもしれません。 私も日々保因者の状況を調べています。私は小児科医ですけれども、2人の血友病のお 子さんを連れて来られたあるお母さんがいました。私はそのお母さんに「あなた自身に出 血症状はありますか?」と聞くと、「あります。月経過多なんです。本当にたくさん出血 症状があります」と言われました。それで私はこのお母さんにも製剤を投与することに決 めました。これは、もっと早くに確認しておけばよかったかもしれません。しかし、こう いう問題は個々の患者さんによって異なると思います。たとえば、非常に多くの青アザを 作っている、あるいは抜歯したというような場合には凝固因子製剤を提供することもあり ます。