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道 重 一 郎

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(1)

国民経済論の再検討

一一大塚久雄氏の業績によせて一一

1.  はじめに一課題と限定一 2.  大塚久雄氏の国民経済論

(1)  国民経済論の構成

(2)  モデルとしてのイングランド

はじめにー一一課題と限定

道 重 一 郎

3.  リストとドイツ国民経済 4.  世界資本主義論と後進資本主義論 5.  国民経済論と市民草命

73 

1989年から90年にかけての中・東欧情勢は,まったく予想しえない規模とスピードで展開し ている。特に東・西両ドイツの統合は, 90年末の統一選挙へ向けてそのスピードを加速してい る。かつて住谷一彦氏が『リストとヴェーバー』の序文において「ドイツ史上空前の繁栄に酔 うているかに見える西ドイツは,東ドイツを切り離すことによって,したがってリストの念願 した「ドイツ人の政治的・経済的国民統一」とし、う究極目的の犠牲においてそれを実現した意 味では, リストの問題は過去のものではなく」I)と指摘した状況が大きく変化し, まさに「ド イツ」国民経済の再構成が課題となろうとしている。同時に, 1992年に向けて,統一ドイツを 含めヨーロッバ統合への展開も急である。今や国民経済とその展開形態としての広域経済闇が 世界史上に現れようとしているヘ

しかし,他方この国民経済の前提をなす「国民国家」なる概念装置に対する深刻な疑問が提 起されていることもまた事実である。現代のナショナリズムは,国民国家そのものを徹底的に 擬制化しており,擬制としての国民国家に対して民族問題という形の強力な異議申立てがおこ なわれているヘ

かかる状況のなかで,国民国家を実体的に支えるとされる国民経済なる概念を今一度検討し なおそうとし、うのが本稿の課題である。もとよりこの小論においては,各国民経済の実態に踏

1)  住谷一彦『リストとヴェーパー』(未来社, 1969年) 12頁。

2)赤羽裕『低開発経済分析序説』(岩波書店,昭和46年〉その第6章「経済統合と国民経済」を参 照。

3)福田歓ー『国家・民族・権力』(岩波書店, 1988年) 20〜34貰。

4)  イギリスの国民経済については,拙著『イギリス流通史研究』(日本経済評論社, 1989年〉で,さ さやかながら検討をおこなった。

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込んで,構造分析をおこなうことはできない引。そこで本稿では,主として大塚久雄氏の「国 民経済」に関する業績をその淵源をたどりながら検討し,この概念のもつ意味を明らかにして L、くこと『こしTL。、

2 大塚久雄氏の国民経済論

(1〕 国民経済論の構造

経済発展を理解するために, 「国民経済」という概念を用いる方法は,我が国の経済史研究 において,決してめずらしいものではなI,,5。 そのなかで,大塚久雄氏の国民経済論のもつ極) めて大きい最長醤力については,異論がないであろう。そこで,まずこの大塚氏の国民経済論を 整理しながら,その特質を検討していくことにしたいへ

大塚氏は「国民経済」のもつ意義を次のように述べている。「近代史上における国民国家の 形成やまた独自な意味におけるナショナリズムの成長が資本主義の発達とまさしく比例して行 われることからも知られるように,社会構成としての資本主義,つまり資本主義社会の展開と 確立は,すぐれて国民的規模(すなわち国民経済)でもってなしとげられた。J7lと。ここに示 されるように,大塚氏は,国民経済の形成を閣民国家の形成とパラレルなもの,もしくは同ー のものの別の側面として理解し,それが資本主義的な経済発展にとって不可欠の要素であると 考えている。その意味で国民経済の形成は,大塚氏にあっては,資本主義の形成そのものであ るといってよカミろう8。)

さて, それではこの国民経済の実態は, どのようなものと考えられているであろうか。「商 品交換のうえに立つ社会的分業の自立的体系」引, これが国民経済に関する大塚氏の最も簡潔 な規定である。そして,大塚氏にあっては,この国民経済としての社会的分業の体系は,主と して産業構造の観点から一国経済をとらえたものである。しかし,もちろん他の経済的諸要素,

たとえば経済構造一階級的あるいは経済的利害の在り方ーや金融構造一金融的利害の在り方ー などが無視されているわけではなく,こうした要素は産業構造の周辺に位置付けられているの である。したがって,大塚氏の国民経済論は,一国経済の全体を主として産業構造,あるいは の 「国民経済」に関する様々な理解について, 「世界資本主義」論の立場からではあるが,簡潔なま とめとして,永田啓恭「世界資本主義の概念」河野健二,飯沼二郎編『世界資本主義の歴史構造』

(岩波書店,目前回45年〕所収,を参照。

6)  大塚氏の『国民経済論』は,その著作全体にわたって叙述されているが,本稿では主として『大塚 久雄著作集』〈全13巻,岩波書店, 1969〜86年。以下,大塚『著作集』と略記)第5,および第6巻 の記述を中心に検討する。

7)大塚『著作集』第5巻, 421頁。

8)  なお,こうした大塚氏の国民経済認識は,後進国を視野に入れたとき,若干の修正がおこなわれる ことになる。この点については,第4節を参照。

9)  同上警,第6巻, 18頁。

(3)

国民経済論の再検討 75  社会的分業の在り方から,把握しようとする見方なのである。

このような性格をもっ国民経済は,歴史的に形成されてくるものである。大塚氏の国民経済 論にあっては,その出発点は,独立小商品生産者を主たる構成要素とする局地的市場圏にある。

したがって,大塚氏の経済史研究における主要な柱である局地的市場圏論と独立小生産者の両 極分解論は,この国民経済論において密接に結び合わされることになる。つまり,局地的市場 圏論と両極分解論の展開形態が,国民経済論ということもできる。そこで,次に局地的市場固 から国民経済への展開の構造を検討してみよう。

局地的市場圏は局地的な社会的分業圏であり,独立小商品生産者が相互に商品を交換するこ とによって社会的再生産が可能となるような,封鎖的再生産圏として構想されている。したが って,この市場圏は原理的には自給自足的な再生産圏であり,こうした自足性によって経済的 な自立性をもちうるように構成された,その点では極めて理念的な市場圏論である。国民経済 は,このような構成原理をもっ局地的市場圏が外延的に拡大し,周辺地域をまきこみながら,

再生産したものである。

局地的市場圏は,発生時,数マイル程度の自給圏として考えられているが,次第に拡大して 国民的規模となり,さらに拡大すると「経済帝国」にまで到達すると考えられている山。本来 自給的な局地的市場圏のこのような拡大を牽引するとされるものが,産業諸部門聞の不均等発 展であり,特に国民的産業とよばれる一部産業の突出的成長である。大塚氏が国民経済形成の そデ、ルとしたイングランドにあっては,毛織物工業の肥大的成長と,この成長によって失われ た市場圏内部の均衡を,周辺領域をとりこむことによって回復していく過程が,同時にイング

ランドの国民経済形成の過程であるとされたのである。

他方,この局地的市場閤の拡大・再構成に「国民」的外貌を与えるものが市民草命である。

つまり,独立小商品生産者の両極分解の結果形成されるマニュファグチア資本家を中心とし,

彼等を原動力としておこなわれた市民革命において国民的利害が形成されるのである。局地的 市場圏の拡大と再構成それ自体は,拡大の限界をその内部にもってはいない。したがって,国 民的規模とし、う形で,一定の広がりを画する要素が国民経済には必要となる。大塚氏の国民経 済論にあっては,国民的利害の形成,したがって一定の利害共同体としての国民体が,市民革 命を画期として形成されるものとされるのである10

10)局地的市場圏と国民経済との関連については,大塚氏の著作の各所に散在するが,さしあたり,向 上書, 86頁。なお,国民経済から圏内統一市場を基礎とする国民経済への成長lむ局地的市場圏原理 の外延的拡大であり,さらに国民国家レベルを越えて成長することもありうる。こうした状況を,大 塚氏は「経済帝国」とよび, 18世紀イギリスにおける重商主義帝国をその一つの典型としてあげてい る。向上書, 91頁。

11)向上書, 99貰。ただし,大塚氏の国民経済論にあっては, 「国民」形成の視角はそれほど5齢、もの ではなL、。本節冒頭の引用にも示されるように,大塚氏は国民経済における「国民」を国民国家とパ ラレルなものとみなす視角をももっている。しかし,本稿の行論のなかで明らかとなるように,擬制

(4)

このように,国民経済の形成は,一方で局地的市場圏の拡大したものとしての統一的圏内市 場を形成しつつ,国内における均衡的な産業編成=社会的分業の体系,したがって封鎖的再生 産構造をもちながら,他方でこの再生産構造に国民的利害が結合Lて, 「国民経済

J

が形成さ

れることになるのである。

(2)  モデルとしてのイングランド

大塚氏の,上述のような国民経済論は,主としてイングランドおよびアメりカー特に北部の ニューイングランドーの史実から抽象されたものである。大塚氏は,国民経済を構想するうえ で多くのイギリス経済史上の史料を援用しているが,特にここではダニエル・デフォーやアダ

ム・スミスなどの経済思想家の叙述と,大塚氏の国民経済論との関連を検討してみたい。

まず,大塚氏はデフォーの『イギリス経済の構図』における「産業都市計画」Calcuationof  Tradeの叙述を引用する。デフォーは,周知のように,領主が50人の農民に各々 200エーカー の土地を20年間無償で貸与し,こうした農業経営を核として,次々に新しい職業の人々が来住 L,週市や年市が生れ,最終的にはほぼ千人の人口をもっ集落が形成されるという,計画村落 について記述している山。さらにデフォーはJ]ljの箇所で,国内における商品流通の循環の構造 を示しIへそしてこの国内商工業の発展を,イギリスとオランダとの対比において,中継ぎ貿 易を主とするオランダに対する自給性の高いイギ、リスの擾位性という形で主張している14)。こ れらのデフォーの記述について大塚氏は「国民経済の政治的独立が確保される」山前提を見て おり,またこのデフォーの見解は「経済成長の事態の真相を…・・正確にとらえているように

J J

臣、!われ,こうした理解のうちに「18世紀前半のイギリスにおいては,広汎な勤労民衆を底辺に 国民経済の全部面が一つの共同の利害に結び合わされ .... 

J 1 6

)た経済構造が示さわしていると考 えているのである。

つまり,大塚氏はこのデフォーの叙述から,局地的市場圏から国民経済への成長の過程を経 済的自立の角度から見ているのである。同時に注意すべき点は,こうしたずフォーが,彼自身 明示していないにLても,市民革命以後の経済発展をその議論の前提にしている点である。

としての国民国家にとって「国民」ば作り出きれるべきものであり,そのために市民革命のもつ意味 は極めて大きいという点に注意する必要がある。また, 「国民」と「民族」との関連を意識した叙述 を,大塚氏ほおこなっている。同上書, 76頁。こうした国民経済と民族とに関する問題怯について は,特に第3節および注(32)を参照。

12)  D.Defoe,  A Plan of the English  Commerce (1728)山下幸夫p 天Jilt筒次郎訳『イギリス経済の 構図』(東京大学出版会, 1975年) 35〜40頁。

13〕 D.Defoe. The Complete English  Tradesmen (2nd ed.  1727) Vol.  I,  p.  328.  14)  デプォー,前掲邦訳, 78

81頁。

15)  大塚『著作集』第6巻, 12頁。 16)  同上書, 112頁。

(5)

国民経済論の再検討 77 

「産業都市計画

J

における農民は, 200エーカーの土地を借地する明らかに資本家的借地農で あり,一定の両極分解と資本主義的経済発展とを前提としているのである。こうした展開を前 提として, 「一つの共同の利害」としての「国民的利害」が形成されることになるはずである。

アダム・スミスの叙述のなかにもデフォーの「産業都市計画」の叙述ときわめて似かよった ものを見出だすことができ,デフォー的認識がスミスにも受継がれていると考えることができ る。スミスは『国富論』の第

3

編第

1

章でいわゆる「資本投下の自然的)I演序」に関する議論を おこないながら,デフォーと同様に一地域の農民一ファーマー の活動から始めて,次第に手 工業者が増加し,小都市もしくは村落市場が形成されてし、く過程を述べている17)。そして,ス ミスは第

1

章の末尾において, 「この事物の自然の順序は,領土を有する社会であればどこで も,ある程度起こったにちがし、なし、」と述べつつ,この自然の順序が,近代ヨーロッパ社会に おいては人為的にゆがめられてしまったことを指摘する問。スミスの場合,ここには本来ある べきものが人為的にゆがめられてしまったという認識があり,ここに『国富論』第4編での重 商主義批判へつながる基礎が与えられるのである19。)

大塚氏は,このようなデフォーやスミスなどの叙述を利用しながら,独自の国民経済論を形 成していった。それではデフォーやスミスの側に,大塚氏と同様の国民経済認識があったであ ろうか。たしかに,デフォーには,上述のように局地的市場圏から国民経済へと発展する見方 や,あるいはオランダとの対比における経済構造に類型的比較の視座をも見ることができる。

しかし,その一方で,デフォーの認識にある経済構造の外枠は植民地や従寓国をも含む,その 意味で「経済帝国」であり20)' 「国民

J

的規模での経済構造としての国民経済に対する認識は 低いと言ってよいであろう。これに対して,スミスにも, 「製造業は農業の末育である」21)と いう言葉に示されるように,局地的市場圏から国民経済への発展に関する認識は存在するとい ってよいであろう。スミスは,アメリカ植民地の経済発展と対比しつつ,圏内市場の豊かな発 展を妨げ,ヨーロッパに危機的状況を作り出したヨーロッパ資本主義の再生産構造の転倒した

「型」を検出し,これを打開するために「自然的順序」論を提起した22】。こうした経済構造の 形成によって,危機の克服と一国の独立の基礎が与えられることになるのである。スミスにお けるこうした観点は,国民的利害の形成と自立的再生産構造の建設としづ二重の過程を所与の 前提として,その危機を打開し得たイギリスにおけるよりは,むしろ先進資本主義閣の側圧を 受けながら国民経済の建設を進めなければならなかった後進資本主義国において継承されるこ 17)  A. Smith, An Inquiry into the Nature and Causes of the  Wealth of Nations (5th ed.1789) 

大河内一男監訳『国富論』第2巻〈中公文庫, 1978年) 3頁〜8頁。 18)  向上邦訳, 10頁。

19)  内田義彦『経済学史講義』(未来社, 1961年) 226〜9頁。 20)  デフォー,前掲邦訳, 78頁。

21)  スミス,前掲邦訳, 49頁。

22)  内田義彦『経済学の生誕』(未来社,増補版1962年) 146〜52頁。

(6)

とになる。その代表的な人物が, 19世紀におけるドイツ産業資本のイデオローグとされるF. リストである。大塚氏の国民経済論の形成においても,スミスからリストへと継承されるこの 側面を無視することはできない。

リストとドイツ国民経済

大塚氏が国民経済論を構想するにあたって,デフォーやスミスなどとならんで,有力な根拠 としたものがF. リストの経済学である。リストは19世紀前半のドイツにあってA.スミス経 済学に対する国民主義的批判者であり, ドイツ国民経済について学問的にも,実践的にも大き な足跡を残している。

リストは「国民国家

J

Nationalit討をあげて,スミスに始まる自由主義経済学と自らの経済 学の相違を強調する加。彼がこうした点を強調した理由は,全人類の結合がおこなわれえない 段階においては, 「諸個人の最高の統ーは……国家とし、ぃ国民の統ーで」24)あり, また「国民 国家の維持と発達とが国民の努力のおもな対象」25)であるというリストの考え方にあるのであ る。つまり, リスト経済学の中心課題は国民の政治的自立であって,この目的のために国民的 抗ーがおこなわれ,国民経済が形成されることを彼は必要としたので、ある。

こうしたリストの経済学が形成された背景には,当時のドイツが直商していた国際的状況が 存在していた。ドイツが,イギリス資本主義の圧倒的に強力な側庄のもとで,政治的=経済的 独立を達成するためには,イギリス資本主義の再生産構造に巻込まれない,自立的な経済構造 の建設が必要であった。このために, リストの目指したものは農業,商業,工業の産業諸部門 の均衡のとれた分=協業の体系としての国民経済であった。その点で, リストの国民経済論は 政治的自立の基礎としての経済的自立を目指すものであり,また自給的経済構造をもつもので あった。かかる経済発展=生産諸力の発展が, リストにとっては国民的独立の前提となってお

り,同時に「正常国民」 normalmigeNationが成立する基礎となっているのである26。) 以上のようなリストの国民経済論は,さらに住谷一彦氏によってプメリカ型の,いわゆる小 生産型の経済発展を体現するものされた。住谷氏は, リストがそのアメリカ経験にもとづいて,

「北アメリカのような独立自営農民,広くは市民的中産階級を根幹とする社会構造を基準に」

経済構造を考えていたと想定している27)。こうした解釈にたてば, リストは明らかに大塚氏の 国民品済論の先行者であり,たしかに,小生産者の両極分鮮のなかから分出する産業資本家の 23)  F. List, Das tio leSystem der politischen品onomie(l841)小林昇訳『経済学の国民的体系』

(昭和45年,岩波書店) 35頁。 24)  同上訳書, 53頁。

25)  向上訳書, 54頁。

26)小林昇『小林昇経済学史著作集』第6巻 (1978年,未来社) 58〜9頁。 27)  住谷一彦,前掲書, 82頁。

(7)

国民経済論の再検討 79  利害を体現しつつ,均衡的国民経済を政策的に実現しようとするものであった。しかし,この

リストにとって国民とは何であり,国民的利害とは何であったのであろうか。リストは「国民」

について次のように述べている。

「個人と人類のあいだには,特有の言語と学芸を持ち,固有の由来と歴史を持ち,特有の風 俗,習慣,法律,制度を持ち,存在,独立,進歩,永続に対する要求を持ち,区画された領土 を持つ,国民が存在している」28。)

このように述べたリストの「国民」像はあくまでも観念の上でのものであり,現実には存在 していなかった。周知のように政治的独立体としてのドイツが曲りなりにも現実の世界に登場 するのは,

3

月革命の激動ののち,オーストリアを分離しプロイセンが主導するドイツ帝国の 成立を待たねばならなかった29)。こうした複雑な過程をへて成立した19世紀後半のドイツ帝国 においても国民経済形成の課題は,その成立過程を反映してなお残されていた。つまり, リス トの課題はなお未解決のまま残されていったのである。この課題を,ある意味で継承したもの がG.シュモラーであろう。彼にとっては, 「風習的民族精神」という,まさにリストが国民 の基礎にみた共通観念をてこに,国家によって上から形成されるものとなったのである加。

大塚氏の国民経済論形成の一つの根拠となっているリストの経済学が,以上のように,圧倒 的に強力なイギリス資本主義の側圧にさらされていたドイツという後進資本主義国からの問題 提起であった点は,注目すべきである。大塚氏の国民経済論が政治的=経済的自立のために構 築された点に留意するならば,大塚氏の問題意識とリストのそれとは,完全に重なり合うので ある。局地的市場原理とし、う封鎖的=自立的分業編成の拡大として,ともに国民経済の構想が 形成されたことは,この封鎖性=経済的自立を担保とする政治的自立を求めたことにほかなら ない。しかし, リストと大塚氏は「国民」形成の問題においてその認識に大きな相違が現れる。

リストにあっては最終的に,その『農地制度論

J

において,両極分解の過程はおしとどめれ,

むしろ独立自営農民が創設される方向が示されることになる。リストはこのような形で公民 Staatsbiirgerを創設しようとしたのである81)。これに対して,大塚氏にあっては,むしろ両極 分解がおこなわれ,その結果成立する産業資本をてことする市民革命によって「国民」的利害 が生み出されるのである。リストの国民経済形成は,両極分解を回避することによって,シュ

28)  リスト,前掲訳書, 237頁。

29)  ドイツ統一にいたるその多様な方向性ときわめて複雑な過程は, ドイツの国民的利害の形成に大 きな影をなげているように思われる。ドイツ帝国成立にいたる複雑な過程については,松本彰「ド イツ近代における「民族」と「国家」」『1978年歴史学研究会大会報告』を参照。

30) G.  Schmoller,  Volkswirtschaft,  Volkswirtschaftlere und method  (1911)戸田武雄訳『国民経済,

国民経済学及び方法』(昭和13年,有斐閣) 6〜11頁。なお,住谷一彦「歴史学派」『経済学大辞典』

第2版(1980年,東洋経済新報社〉第3巻, 483〜85頁,および田村信一「グスタフ・シュモラーの 重商主義論」『北星論集』(北星学園大学経済学部〕第23号 (1985年) 96頁を参照。

31〕小林,前掲書, 72頁。

(8)

モラーへの道を開くことになった。しかし,大塚氏においては,その出発点における問題意識 をりストと共有しながらも,市民革命を通しての「国民」的利害の形成という点で,大きな相 違点をもつことになるのである32。)

4 世界資本主義論と後進資本主義論

大塚氏の経済史研究に対しては様々の角度から多くの批判がおこなわれているが,特に国民 経済論については,いわゆる「世界資本主義論」の視角からおこなわれたものが主要なものと いってよかろう。この観点からおこなわれた批判の論点は,次の 2点に集約できるであろう。

その第一点は,市民革命の位置付けの間遍である。河野健二氏は次のように指摘する。 「…

…しかし,例えば革命の遂行のされ方が一国の資本主義の国民的類型を決定するとか,革命に おける利害を「商業資本と産業資本の対抗」とか「封建的土地所有と産業資本の対抗」とかと して読み取ることにたいして,われわれは同意することができない」88)。このように河野氏は 市民革命による国民経済の「型」の決定という理論を否定し, 「この革命が結果したものは,

なお資本主義への過渡的形態にとどまる地主的所有およひお農民的所有に丈こいする法的確認とい う点以上には出ていない。」として,市民革命の意義を土地所有における近代的所有関係の法 認という点のみに限定する。そして,資本主義がどのように発展するかは「革命後の商品生産 の発展度と生産力水準にかかわる問題」ということになる84)。生産力という用語はかなり広義 にもちいられるので注意する必要があるが,河野氏の主張では資本主義の発展は究極的に発展 の速度や程度といった量的な問題に還元されることになるといってよかろう。

しかし,河野氏らの「世界資本主義論

J

においても国民経済の概念が否定されるわけではな い。河野民は「歴史上の資本主義は,すべて「一国資本主義j として成立し,固有の経済聞と 政治構造すなわち「国民経済」とL、う形をとる。

J

と述べ,さらに,こうした国民経済が「局 地的小宇宙」から同心円的に拡大し,進化するものとして封建制から資本主義への移行をとら えるのである。つまり,資本主義的な経済発展は,地理的限界にはばまれて一国規模でしかお こなわれえず,したがって資本主義化は同時に国民経済化なのである。しかしまた,一国の国 民経済の形成=資本主義化は同時に他国の資本主義化を促進する。そして,その最終的帰結を 複数の「資本主義的国民経済」の並存による「世界資本主義の形成」のなかに見出だすことに

32)もちろん,大塚氏にも民族と国家との関係を強調する函がないではなh、大塚『著作集』第6巻, 96頁。しかし,民族としての共通観念が存在しても,これがただちに国民を形成するカになるわけで はな弘、この点で,国民的利害の形成が不可欠の重要性をもつのである。

33)河野健二「産業革命と世界資本主義」河野健二,飯沼二郎編『世界資本主義の形成~ (岩波書店,

昭和42年〉所収,§頁。

34)向上稿, 7頁。

(9)

国民経済論の再検討 81  なるのである日〉。

さらに第

2

の批判点は,世界資本主義を単なる各国民経済の複合体としてではなく, 「まさ しく種々の国民経済のあり方や特質そのものを条件づけ規定する主体的で優位的な構造」とし て認識しようとするものである86)。大塚氏自身「世界資本主義」とL寸用語を用いて,個別資 本と社会的総資本との類推において,国民経済と世界資本主義との関連を論じており,上述の 批判点はこうした大塚氏の議論に対する批判が意図されているといってよいであろう。しかし,

河野氏らの「世界資本主義」論においても,各国の特殊性が無視されているわけではなL。、

「特殊性の一面的強調が「型」の強調や宿命論」に陥ることがないことを,この議論はめざし たので、ある37。)

このような「世界資本主義」論の側からの批判に対して,後進国問題を視野にいれつつ,大 塚氏の国民経済論を拡大し再啓成したものが, 「後進資本主義の諸類型」とL、う考え方である。

大塚氏はこの後進資本主義の議論を展開する前に,資本主義的発展の二つ途の議論を提起して いる。すなわち「生産者が商人兼資本家」となる道筋が「現実に革命的」であるというマルク スの叙述から出発し38),直接生産者の分解を通じて資本主義が形成される「小生産者型(アメ リカ型)

J

の途と,先進資本主義嗣の側圧を受けながら地主や商人が遠隔地商業をてこに自ら資 本家になっていく「地主・商人型〈プロシア型〉」というこつの資本主義発展の途が考えられる とするものである。この議論においては,先進資本主義諸国では市民革命を通じて「小生産者 型」発展が展開されるのに対して,相対的に後進の資本主義国は「地主・商人型」の発展をと

り,後者においてはその発展に何らかのゆがみをもつことが合意されている。

自民経済の形成と資本主義の発展は,上述の二つの途の観点にたてば,かならずしも同ーの ものではない。しかし局地的市場圏原理の拡大したものとして,農業,工業,商業の各産業 分野がバランスをとって発展する由民経済の形成は, 「小生産者型」の資本主義発展と同ーの ものである。 こうした経済発展はいわば「正常型」の国民経済形成であり, 資本主義発展の

「小生産者型」の途によって「正常型」の国民経済が形成されるのである。 これに対して,

「地主・商人型」の途におけるゆがみとは, 「正常型」の国民経済を基準にしたとき,それか

35)同上稿, 23〜4頁。なお, 「資本主義的国民経済」とLづ河野氏の言葉は,氏の用語法からすると,

同義反復ではなかろうか。

36〕河野健二,飯沼二郎編『陛界資本主義の歴史構造』(岩波書店,昭和45年〕,編者「序

J

iii頁。 37)河野健二「倍界資本主義と国民経済j,向上書53〜4頁。なお,世界資本主義論は I.ワーラシュ

タインの世界システム論などと密接な関連をもっている。特に,国民経済と世界システム論との関連 については I.Walleratein,Three Paths of National Development in the Sixteenth Cntury Europe" in Wallerstein, The Capitalist Word‑Economy (1979)藤淑浩司他訳『世界資本主義経済

I』 (名古屋大学出版会, 1987年〉所収,を参照。我が国でこうした関連を示す最近の業績としては,

柳田侃,野村昭夫編著『国際経済論』〈ミネノレヴァ書房, 1989年〉の序章を参照。

38)  K.マルクス『資本論』第3部(長谷部文雄訳,青木書店, 1954年〕 474頁。

(10)

らの偏差として認識される。 「後進資本主義の諸類型」という観点は,この偏差=ゆがみの程 度に応じてこれらの後発諸国の経済構造の展開をさらに「肢行構造型」「国民経済欠如型(オラ

ンダ型)

J

「モノカルチャー型(植民地型〕」などに分類しようとするものである。注意すべきこ とはいずれの型においても,もちろん植民地においても,資本主義的な経済諸関係は形成きれ るということである。つまり, 「正常型」の自民経済が形成されなくとも資本主義的な性格を もっ経営が拡大するのであって,蘭領インドネシアのプランテーションなども,それ自体とし て近代的なものでなくとも, 「先進資本主義のもとに,その一環として資本主義的性格

J

を受 けとるのである制。したがって,このような後発諸国の経済構造に対する類型的理解が目指し たものは,資本主義の形成一般の解明ではない。つまり,資本主義の発展における量的な程度 をここから測定するためのものではなく,政治的ニ経済的自立のために,国民経済の「正常型」

の建設を目指す問題提起である。その意味で,河野氏らの「宿命論」に陥るとの批判は当を得 ていな\,,40。)

これに対して「世界資本主義

J

論の論者は,上述の大塚氏の言言論と対比してみると,ある意 味できわめて「国民経済」論的である。彼等の見解では,国民経済化は同時に資本主義化であ り,国民経済化しえなかった諸国,諸地域は「植民地・従属閏としててんらくの道」を歩むこ とになるのである41)。「世界資本主義」論的に大塚氏の国民経済論を再構成すると,肢行構造型 の経済構造をもっ諸国,地域も桔果からみれば,例え「地主・商人型」の資本主義的発展をと げたとしても,国民経済的な産業編成をとりえたので、ある。その意味で一定のゆがみをもっと しても,国民経済的な再生産構造を保ちながら資本主義的な経済発展が可能であったという点 においては,肢行構造型もその極限型としてのオランダ型も, 「正常型jの国民経済と同ーの 地平にたちうる。この場合,植民地は,ほとんどあるいはまったく国民経済的分業編成を欠如 しているとし寸意味で,資本主義的な経済発展がおこなわわしたとしても,区別されうるであろ う。このような整理をおこなうと,少なくとも「正常型」と破行構造型との聞には類型的差異 は消滅して,資本主義的な発展の程度とし寸量的な問題に還元されることになる。この点では

「世界資本主義」論の論者も,大塚氏の国民経済論にも大きな差はなくなる。

このような観点は,欧米の隆史家にも共通して見られるものである。例えば, 「ドイツにお ける特殊な道」 Sonderweg論争はこうした恒向をよく示している。この論争についてはずで に多くの論評がなされているがω,論争のポイントはイギリスの歴史家によってドイツの経済 39)大塚久雄「総説後進資本主義とその諸類型」同編『後進資本主義の展開過程』(アジア経済研究所,

1973竿〕所112, 29頁。

40〕発展途上国iこ大塚の議論を適用したものとして,赤羽裕,前掲雲,特にその第1章「「低開発経済」

分析の基礎視角」を参照。

41)河野健二,上掲「産業革命と世界資本主義

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29頁。

42〕松本彰「「ドイツの持殊な道

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論争と比較史の方法」『歴史学研究』543号 (1985年〕および柳沢 治「最近の欧米におけるプルジョワ革命論

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『西洋史研究』新輯第17号(1988年〉などを参照。

(11)

国民経済論の再検討 83  発展は決して特殊なものではなく,イギザスの資本主義もドイツのそれも,資本主義という点 においては変わらないと主張された点にある。対象は主としてドイツ第二帝政期にあるが,ょ うするに3月革命は決して挫折したものではなしそれは19世紀後半のドイツにおける経済的 な発展が示している。つまり,資本主義的な関係が形成されたドイツはイギリスと同様に資本 主義化しているのであって,そこには特殊な道は存在しないと考えるのである。

こうした観点にたって,資本主義的な経済諸関係の建設のみを問題とするならば,ある意味 で資本主義的な構造さえできれば,国民経済も形成されることになるであろうし,国民経済論 は量的な経済発展論に還元しうるであろう。しかし,ここには「国民経済」の諸類型という観 点は登場しえない。国民経済論は,本来, 了正常型」の国民経済を建設しようとするための問 題提起であったはずである。そこで,節を改めて国民経済論のもつ意味を今一度検討してみた

し、。

5 国民経済論と市民革命一一むすびにかえて一一

イギリスやアメリカの経済史家に類型的な把握の方法がきわめて弱し、ことは一般に認められ るあろう。大塚氏が利用したイギリスの経済思想家たち, デフォーやスミスには, たしかに

「国民経済」の形成というと視角が存在していた。しかし,デフォーは「国民」的規模の経済 発展というよりはすでに「経済帝国」への指向をもっていた。一方,スミスのもっていた国民 経済形成の視角は,先進的に経済発展を遂げつつあったイギリスにおいては,継承されてし、か ないように思われる。

資本主義的な経済発展に関する類型的な認識は,後れの意識をもった後進国からのものであ ろう。山間盛太郎の『日本資本主義分析』の序文における各国資本主義の類型的把握はその典 型的なものである43)。「国民経済」的認識も,後発国の側から経済構造の類型的把握をとおし て,自立的再生産構造の建設を目指したものであった。リストにおける国民経済建設はまさに 政治的な自立を達成するために,先進国イギリスの再生産圏に巻込まれない自立的な再生産構 造を作りあげるためのものであった。

大塚氏の「国民経済」論は,デフォーらのイギリスの経済発展から局地的市場原理を学び,

同時にそこに意識的に「小生産者」型の資本主義的経済発展を重ね合せている。しかし,先進 イギロスの側からは国民経済を類型的に担掘し,国民経済を建設するとし

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視角は育ってこな い。これに対して大塚氏は,後発国の視角をリストの問題意識をつうじて取り入れ,政治的自 立の基礎としての国民経済=自立的再生産閣の建設を意図したのである。先進国型国民経済に 対する類型的認識は,資本主義の発展の程度という量的な問題ではなく,先進国型に対する自 国の構造的差異を意識させ,そこから国民経済の建設という方向性が生み出されることになる

43)山田盛太郎『日本資本主義分析』(岩波書店,改訂版1949年〕 iv〜v頁。

(12)

のである。リストの場合,政治的自立のための経済的自立を達成するべく国民経済が構想され たのであって,資本主義発展における「小生産者型」とは,結果的に適合的関連をもったにす ぎない。これに対して,大塚氏の場合には,自立的国民経済の建設にと勺て「小生産者型」の みが可能であるとし、ぅ見通しに立っているといえよう44)。そして,大塚氏は小生産者の両極分 解を通じて産業資本家が形成さわし,彼等を推進力として市民草命が遂行され,国民経済の基礎 をなす「国民」的利害が形成されるとしたのである。リストにはこの「国民」的利害の形成の 過程に対する認識が欠如しており,そこにドイツ経済のはらむ問題性と,シュモラーへつなが

る民族的膨張主義の契機が体現きれていたのである。

今日,多くの発展途上国の例を見るまでもなく,政治的独立が真の自立を生み出すには多く の困難が存在している。他方で世界経済の状況は封鎖的経済圏としての国民経済の自立をたや すくゆるすものではなく,局地的市場圏原理を担保とする経済的自立の形成には著しい困難が 伴う。こうしたなかで,他国の再生産圏にまきこまれない自立した経済構造をもつために,由 民経済の建設をめざすことが,なお政治的自立の基礎をなすのであれば,まずその前提として の国民的利害の形成をいかに図るかが問題とされよう。そこでは,自立的な経済構造の基礎と しての局地的市場圏原理にもとづく国内市場と親和的な関係をもちうるような国民的利害の形 成が問題となるであろう。イギリスにおいてもフランスにおいても,絶対王政期の政治的,社 会的分断性は,市民革命およびその後の原蓄国家による国民的統合をとおして,克服されるの である45)。したがって,大塚氏の国民経済論から学ぶものがあるとするならば,国民経済の建 設における, 「国民」的利害形成の画期としての市民革命の意義についてであろう。国民国家 が

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世紀的擬制であり,実体としての存在が疑問視されるとしても,今日それにかわるものが ない状況のなかで,国民経済の建設とその前提としての国民的利害にもとづく国民的統合のプ ロセへとりわけ市民革命とその後の原蓄国家の構造を再確認してしぺ操作が不可欠の課題と して,なお存在するといえよう刷。

44)第2節における住谷一彦氏のリスト像は,まさにこの大塚氏の枠組みをとおして見たリストなので ある。また,国民経済形或と資本主義発展の関係については,手塚真「ドイツ国民経済の型につい て」住谷一彦,田村信一,小林純編『ドイツ閣民経済の史的研究』 (お茶の水書房, 1985年〉所収,

を参照。なお,同穏において手塚氏は,資本主義発達史と国民経済形成史を区別して考察しようとし ているが,すでに本文で示したように,大塚氏における「国民経済」が政治的自立の基礎として形成 さるべき再生産構造であり, 「小生産者」型の資本主義発展はその前提となっているとしづ論理構造 に対する検討が不十分であるように思われる。

45)さしあたり,イギリスについては今井宏『イギリス革命の政治過程』(未来社, 1984年〉,フラ ンスについては二宮宏之「フランス絶対王政の統治機構」吉岡昭彦,成瀬治編『近代国家形成の諮問 題』 (木鐸社, 1979年〉を参照。

46)この点で「国民的市民」なろ概念をM.ヴェーパーから拍出した,田中豊治『ヴェーパー都市論の 射程』(岩波書店, 1986年〉,特にその第7章は示唆約である。また,絶対王政期から市民革命期に かけての国民的利害の形成について,最近の業演として常行敏夫『市民革命前夜のイギリス社会』

〈岩波書店, 1990年) 244頁を参照。なお,本稿の冒頭で触れたように,国民経済に関する今日的問 題としては, EC的な広域経済圏についても視野に入れる必要がある。 ECは「経済帝国」たらざる 国民経済の発展型を示しつつある点できわめて興味深いが,本稿においては紙幅の都合上これ以上立 ち入ることはできなL、。しかし,こうした広域経済圏においても,やはり「国民的利害」に相当する ものの形成を,何等かの形でおこなわねばならないであろう。

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