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1章  序論000・ 0000000・

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(1)

学籍番号

 12032069

氏名

 

高瀬祥央

指導教員名

 

立木茂雄

(2)

00000000・ ° ° 01

1章  

序論

000・ 0000000・

1.1 

は じめに

1。

テーマ選択 の理 由と背景

2章

 ECHエ

リクソン『青年 と危機 』よ り・・・

0000。

00e2

2.1 生活周期 とアイデ ンティテイ 2.2 パー ソナ リテ ィの発達段階 2.3 訪れ る葛藤

(1) 

乳児期 「信頼 と不安」

(2) 

早期児童期 「自律性 と恥・疑惑」

(3) 

遊戯期 「積極性 と罪悪感」

(4) 

学齢期 「勤勉性 と劣等性」

(5) 

青年期 「アイデ ンテ ィテイとアイデ ンテ ィテイの混乱」

(6) 

初期成人期 「親密性 と孤立」

(7) 

成人期 「生産性 と停滞」

(8) 

成熟期 「統合性 と絶望」

3章

 

実際の経験 に基づ いての振 り返 り 3.1 家族か らの影響

(1) 

家族 の構成員 と自身への影響

(2) 

家族間での出来事

 

そ の

1

(3) 

家族 間での出来事

 

その

2

3。

大学入学 までの出来事

(1) 

部活動

(2) 

自発的行為

(3) 

大学入学 までの道 の り

3。

就職活動期

● ● ● ● ● ● e000000008

4章

 

これ までを振 り返 って・結論

0000000000000000019

参考文献 リス ト・・ 。

0000・ 000。 00・

・・・ 。・

00000021

(3)

 

序論

1.1 は じめ に

今回、私は 「自己アイデ ンテ ィテ イの形成過程」 とい うテーマにつ いて論 じてい く。 こ こでは、序論 として私が このテーマを選択 した背景や理 由、結論 に至るまでの全体 の流れ を紹介 してい く。

1.2 テーマ選択の理 由と背景

私が今回 この自己 に関す るテーマ を選んだのには、理 由が ある。私 は、2005年の後期か

2006年

の中期 まで就職活動 を行 つていた。私は、 これ を 「自分 自身を見直す機会」だ ととらえ始めたのがそ もそ もの発端で あ り、きつかけである。

就職活動 には、相手企業 に 自分が どのよ うな人間であるかを伝える こと、つ ま り面接が 手段 として ある。 自分が どんな人間で あるか、それ を少 しで も知 るために、 自己分析 を行 うことが現在 の就職活動 にお ける第一歩で ある。一言で、「自己分析」といつて も抽象的過 ぎてよ くわか らな い。私 は こう解釈 した。要す るに、 自分 の過去 の棚卸 し総決算みたいな ものだ と。そ の際 に、 自分 の性格 、所属集 団での役割 、家族 のなかでの役割な ど、直接面 接 には関係が薄いと思われ る ことまで深 く考 える機会 とな った。 これ まで私 自身が意識 し て こなかった、考 えて こなかつた 「自分」 とい う存在が いろいろな局面 を思 い出す ことに よって、 どん どん浮 き彫 りになって い く、そ んな作業だつた。なので、私 の就職活動は、

単 に、 どこで もいいので興味のある企業か ら内定 をも らうことがゴールではなかった。内 定 のそ の先 にあるものが知 りたか つた。つ ま り、 自分が いか に してそ の企業 に行 こうとし た決断までの過程が もっ とも大事であ り、今 までの 自分 自身の人生 にお いて も、徹底的に 考 え抜 いた結果であるといえるということが、私 自身の就職活動の執着地点であつた。か といって、 自己分析が ここで終わ りか といえばそ うで もな い。 自己分析 は一生続 くもので あると私 は考 えて いる。

ここでは、今までの 自分 自身 という存在 を振 り返 り、 どのような ものや、 どんな人に影 響 され、現在 に至 って いるのか ということを今一度整理 し、就職活動の振 り返 りとい う意 味 も込めて、 自分理解 を深 めよ うと思 って いる。 また、それ には当然、家族 との関係性 も 深 く関連 してお り、今 までの華族 の中での 自分の行動、考 えについて も言及 して いきた い。

とい うの も、後 ほ ど詳 しく述べて い こうと思 うが、私 の家族構成は少 し特殊であ り、私だ

(4)

けが親、兄弟 とす ごく年齢が離れて いる。そ の点にお いて、家族 の中での私 の存在、幼少 の経験 も私のアイデ ンテイテ イに深 く関連 しているといえるか らである。

私 は、来年社会 に出るに当たっての このタイ ミングに、学生時代 の集大成として、 自分 の過去 を知 り、それ を考 える就職活動は 自分 にとって どのような意味が あつたのか、そ 過程は どのよ うな ものであつたか を振 り返 ろうと思 う。

また 「社会学的 自己論」 という観点がある ことを知 つた点 も大き く関連 して いる。

以上が、 このテーマ を選 んだ理 由と、簡単な背景で ある。

 EOHエ

リクソン『青年と危機』よ り

2。

生活周期とアイデンティティ

私は、自己を知るための論を展開していくにあた り、

E・

Hエリクソンの『青年 と危機』

を使用する。 この著の、「生活周期」 という概念に注 目した。

「生活周期」とは、アイデンティテイの不可欠な構成要因である。それは、個人は青年 期になってはじめて、「アイデ ンティテイの危機」を経験 し克服するという前提条件を、身 体的成長、精神的成熟、社会的責任感などの点で、発達させることが出来るようになるか らとされている。そのため、「アイデンティテイの危機」は、青年であることの心理社会的 な側面のことである。また、そのアイデンテイテイが、その後の人生を決定的に規定する ような形態をとることができなければ、青年期を通過することはできないとされている。

つまり、「アイデ ンティテイの危機」があるか らこその青年期であるといえよう。

E・ Hエ

リクソンは、内的・外的な葛藤 という観点か ら、人間の成長をとらえている。

活力的なパーソナ リティは、葛藤を乗 り越え、危機を克服するたびに、内的統一生感の増 大、善き判断の増大、また、自分 自身の基準や、自分にとって重要な意味を持つ人々の基 準か らみて、うまくやる能力の増大をもた らすのである。つまり克服するたびに、 自分の 精神にとってプラスな ものが加わつていくという感覚であろう。

ここで、エ リクソンは、健全なパーソナ リティを構成するものがなんであるかについて M・ ジャホダの定義を取 り上げている。その定義は、健全なパーソナ リティとは、環境を 積極的に支配 し、パーソナ リティの統一性を示 し、世界 と自分 自身とを正確に認識 しうる ようなものであるとしている。 これは、全ての判断基準は、子 どもの認知的、社会的発達 と関連 したものである。それは、児童期がそれ らは最初存在 しないものの、複雑な段階を

(5)

経て、乗 り越 える ことによって、徐 々に発達 して い くもの と定義できるか らで ある。

では、活 力的なパー ソナ リティは どのよ うに成長す るのか。そ して、人生の必然性 に適 応す る能 力、 しか も活 力的な熱意 を伴 つた能 力の増大 という連続的段階か らどのよ うに発 生す るのか。それ は、次の通 りで ある。つ ま り、成長す るものは全て「基礎計画」 を持つ てお り、 ここか ら諸部分が発生 し、そ の各部分 には、それぞれ の部分 ごとの特殊な優勢 期があ り、全ての部分がひ とつの機能 的統一体 を形づ くるにいたるまで続 くのである。内 的葛藤は、個人が明確なパー ソナ リテ ィを持つ にいたる際の構成要 因で ある。

健全な子 どもは、適度な指導 を適度 に与えて さえいれ ば、発達の内的な法則 に従 うもの だ と考 えてよい。内的な法則 とは、 自分 に注意 を払って くれ、応えて くれ るよ うな人々 と の有意義な相互作用や、 自分 を迎え入れ る準備が出来ている諸制度 との有意義な相互作用 を可能 にす るような、潜在 的能力を創 り出す ものである。 したがつて、パーソナ リティと は、人間のある準備状態 の中ですで に予定 されて いる段階 にしたが つて発達す るものであ る といえる。

2。

パーソナ リテ ィの発達段階

パー ソナ リティの発達 における段階を提示す るために以下の図表 を用 いる。 この図表は 一連の段階 と、構成諸部分の漸次的発達 とを意味 している。つ ま り、諸部分の時間的な連 続的分化 を定式化 した ものである。

アイデンティテイ

これ らは、次の二点を示 している。第一 に、活力的なパーソナ リティの項 目は、他の全

(6)

ての項 目に体 系的に関連 してお り、また、全ての項 目は各項 目の連続的発達に依存 してい る。第二 に、各項 目はそ の決定的かつ危機的な瞬間が到来す る以前 に、何 らかの形 をとつ て存在 している。上記の図の とお り、「信頼」が人生において発達すべき精神的活力の第一 の構成要因だ とす るな ら、「自律性」が第二、「自発性」が第三の構成要因 といつた具合 ある。つ ま り、 この図表は、構成要因、そ してそれぞれ に対応す る少数 の事実 との間に存 在す るい くつかの基本的な関係 を表現 して いるのである。そ してそれぞれは、優越的位置 に到達 し、危機 に遭遇 し、そ して各段階の 日標 に向かつて解決策 を見出すのである。人間 の人生には、 このような段階を経てパーソナ リティを成長 させ る、いわば試練のプログラ ムのよ うな ものが あった といつて もいいのか もしれな い。

次 に、各項 目について整理 して いきたい。

EOHエ

リクソンは人間の発達段階を このよ うな

8つ

に分け、ある段階か ら次の段階に移 るとき、個体 と環境 との関係か ら要請 され る 発達課題 を達成できるか どうかの緊張状態 を 「アイデ ンテ ィテ イの危機」 として いる。 ま た、危機 的 というのは人生 における転機である特徴で、前進か退行か、統合か遅滞かを決 定す る瞬間である。

ここで注意 したい ことがある。これ らの各段階の対立は、「乗 り越 えた」といつて も乗 り 越 える際のプロセス・ アプローチは個人個人で異な り、 まった くそ の後 のアイデ ンティテ ィ形成 に影 を落 とさないものではない というよ うに考 え られ る。なぜな ら、 これ らを順序 よ く完全 に乗 り越 えた人間を 「完全体」 と表現す るな ら、不信、恥、罪悪感な どを もたな い ということになる。そ うではな くて、生きていく上ではさまざまな外的影響や 出来事が、

自分 自身に降 りかかつて くる ものである。そ のたび に苦 しみ、悩み、考 える。そ の ときに 負 の感情、すなわち各段階で得 られ る もの、乗 り越 えね ばな らぬ ものの対極 にある感情 と どう向き合 うか ということも重要 になって くるだろう。ここで誤解 してはいけない ことは、

それ らの負の感情 に襲われそ うになった時、個 人が いか に乗 り切るか ということだ。 どの よ うに打 ち勝 ち、 自分 とい う存在 を作 り上げて いくかである。全員が全員、同 じバ ランス で育つ ということはあ りえない。その点を誤解 してはいけない。

2。

訪れ る葛藤

(1) 

乳児期 「信頼 と不信」

幼児期 にお ける 「基本的信頼」 とは、 自分は 自分 自身を信頼できるのだ とい う根本的な 感覚、な らび に、他人 も本質的に信頼 してよい ものだ とい う感覚である。母子 関係 におい

(7)

て、乳児が基本的不信 をうわ まわ る基本的信頼 を確立できるか とい うことである。

(2) 

早期児童期 「自律性 と恥・疑惑」

次 に、早期児童期 における 「自律性」 とは、排泄の しつ けを通 じて、幼児が保持す る とと解 き放つ ことを協調 させ、 自律的な意志 を身につける ことができるかである。

(3) 

遊戯期 「積極性 と罪悪感」

児童期 にお ける「積極性」とは、「エディプス

0コ

ンプ レックス」による罪悪感 を乗 り越 え、自発性 0積 極性 を身につ け られ るか どうか という点で ある。「エデ イプス・ コンプ レッ クス」 とは、 自分 にとって異性 の親 を求め、同姓 の親 の死 を願 うという抑圧 された願望 の ことを示す語である。「積極性」とは「自発性」で もあ り、自分か ら物事 を進んで しよ うと す る こと、あるいは、他か らの影響や強制な どではな く、 自分 の内的要求 によって行われ る行為である。 もちろん、や りたい放題 させ るわけにはいかな いが、あま りに否定 しすぎ る と、つ ま り、出る杭 を打 ちす ぎると、「罪悪感」 を生みかねない。 この段階の もた らす、

病理的な帰結 は、すなわち罪悪感 はず つと後 になってか ら姿 を現す とい うことである。そ して、「罪悪感」にお ける拒否や 自己拘束ゆえに、内的能 力や想像力、感受性 に したがつて 生きる ことができにくくなる、または、できな くなるのである。 これはあ くまで極端な話 だ とは思 うが、少な くとも 「罪悪感」 を生み出す ことは 自己 に多大な影響 を与 えかねない だろ う。

(4) 

学齢期 「勤勉性 と劣等感」

次の段階は、学童期 における 「勤勉性」である。 この時期 になって くると、遅かれ早か れ、何か ものをつ くる、上手 に完全 に作 る ことができるとい う感覚な しでは満足 は得 られ ないよ うになって くる。それ こそ、「勤勉性」である。一般 には、何か に一所懸命、精 を出 して 励む ことであ り、そ の対象は主 に仕事や勉強な どである。 ここでい う「勤勉性」とはそ の行為そ の ものを示す ものであって、行為の結果を示す ものではない。そ ういった結果に とらわれ ると、 自分 自身の社会的評価 であつた りす る ものを気 にす るあま り「劣等感」 に 襲われかねない。この段階は、社会的には最 も決定的な段階である。「勤勉性」とは、他人 とは別 に、 しか し他人 と一緒 にな にかす るとい う共 同作業 の要素が含 まれている。分業の 機会や分化 についての最初 の感覚が、 この段階 になって発達す るのである。 自分 には能力

(8)

が あるということを支持す る ことによって生産性が身につ いて いくので ある。能 力が ある、

すなわち有能であるということは、重要な課題 の達成 にお いて、知性 を 自由に使 うことの できる能 力で あ り、「劣等感」によって損傷 されていない能 力の ことである。これ こそ、生 産的な成人 としての生活へ の強調 的な参加 にとって基礎 となる部分である。

(5) 

青年期 「アイデ ンテ ィテ イとアイデ ンテ ィテ イの混舌L」

ここで、私 の論 にとって最 も重要であると思われ る青年期の登場である。学校生活の後 半になると、生理的な変化や、大人 としての役割への不安な どによって悩む ことの多い青 年 は、事実上は じめて 「アイデ ンテ ィテイを形成 しよ う」 という試みに出る。 自分が思 う 自分の姿 よ り、他人の眼にうつった 自分の姿 のほうに関心があるのである。つ ま り、 自分 は相手 にとって どのよ うに見 られているのだろうとい う感覚である。 また、それ らを研究 す る際に、何人かの青年は、理想像 を最終 的な アイデ ンテ ィテ イの保護者 として設定す る 前 に、かつて経験 してきた もろもろの危機 を もう一度 しつか りと支配 しな けれ ばな らない。

つ ま りここで もう一度整理す る必要があるということを示 して いる。今 までは児童期 にそ の原因を求めていたのだが、 この青年期の人間が必要 とす るものは、アイデ ンテイテイの 様 々な構成要 因を統合す るための猶予期間、すなわち、「モラ トリアム」である。骨 をおっ て何か したい、何かを上手にや りたいという願望が、学生時代 に獲得 され るとす るな らば、

職業の選択 は、給料 と地位 という問題 を超 えた重要性 を帯びて くる。

青年 の心 を激 しく動揺 させ るのは、職業 アイデ ンテ ィテ イに安住す る ことができないと いう無力感である。青年は、集団を維持す るために、派閥や仲間の英雄 と自分 とを過剰な くらい、個性 を喪失 して しまうのではないか と思 うくらいに同一視す る。恋愛 にも、同 じ よ うな ことが いえる。青年期 の恋愛 は、拡散、混乱 した 自己像 を、恋人 に投射す る ことに よ り、それが反射 され、明確 にな るのを見 る ことによって、 自分のアイデ ンテ イテ イを定 義づ けよ うという試みなのである。 このために、青年期の恋愛 は大半が会話なのにも納得 が い く。

そ の点 を明確 にす る課題 は、破壊的な手段 によって も追求 され る。青年は、他人を除外 す る点 にお いて、党派的で不寛容で残酷 にな りやす い。他人 というのは、身体 的特徴、文 化 的背景、好み、才能、洋服、 しぐさのつ ま らない特徴 という点で異な る人々である。そ れはアイデ ンティテイの喪失感か ら身 を守 るための ものではある ことを理解 してお く必要 がある。そ のすべての排他的行為が許 され るものではないにせ よ、青年期 にお いて いわば

(9)

自分 を肯定す る、安心 させ る不可避的な行為なので ある。

また、肉体 の一部分が急激 に成長 した り、思春期 に肉体や想像力が さまざまな衝動によ って満 ち溢れている時、異性 と親 しくす る時、あま りに多 くの相対す る選択肢に直面 した 時、直接的に将来の選択肢 に直面 した時、青年 は、そ のよ うな不安 を感 じる間は、派閥を 作 った り、 自分達 の理想や、 もしくは敵 をステ レオタイプ化す る ことによって、互 いが忠 誠心 を持 ち続 ける能 力を持 って いるか、試験 しあつて いるのだ。青年期は、今 までの 自分 を一度整理 し、アイデ ンテ ィテイを探 る期間 といえるだろ う。

(6)初

期成人期 「親密性 と孤立」

青年期 を超 えると、「アイデ ンテ ィテ イの彼方」、つ ま り、 自覚 力 と意志 力とい う洞察的 中心が存在す るのである。

最初 に訪れ るのは、「親密性」の危機である。真 の 「親密性」は、これ までにアイデ ンテ ィテ ィが 申し分ない形で形成途上 にあることが条件である。他人 と親密な関係 を樹立 して いない場合 には、ステ レオタイプな対人関係で満足 して しまう。それは深 い「孤独感」を 味わ うか もしれない。「親密性」 と対 を成す ものは 「疎遠性」「孤独感」なのである。 自己 の本質 にとって危険な存在 を、否認 し、孤立 させ る用意の ことである。それは、自己の「親 密性」 の領域 を要塞化 し、外部の人間全て を偏見で見 る ことになる。 しか し、成人 として の責任 の領域が明確 にな り、競争的な出会 いや、愛情 の絆や、残酷な敵意が分化 していく につれて、やわ らぐにつれて、個人は倫理感 に従 うよ うになって くる。成人 としての象徴 である。

また、「親密性」には性的なものも含まれてお り、異性二人の性的な差異がはつきりして くるにつれて、確立された活力的な力強さゆえに、意識、言語、倫理の点において、初め て類似 した存在にな り、お互いを率直に認め合 うものとなる。性的な魅力以外にも、「愛」

も発達させ、共有された新たなアイデンティテイを求める欲求に奉仕するものである。「愛」

とは、競争と協力、生産 と出産などの相互の連携をひとつの生活様式の中に結束させるよ うなものである。このような点において、ここに来てアイデンティテイは、「私 とは」から

「我々とは」 という形に変化するといえよう。

(7)成

人期「生産性と停滞」

次の段階として 「生産性」 とあるが、自分の次の代を育てる、次の世代に教授するとい

(10)

う作業 に積極 的に関与 し、喜び を感 じる ことが出来 るか という意の ものである。 この 「生 産性」 を持つ には、 自分 自身が しつか りと確立 されて いなけれ ばな らないとい う側面があ るだろう。 ここにいたるまで に、ある程度 自分 を確立 して いない、 または深み を持たない 場合、それ を次の世代 に託せない とい うことになって しまう。その意味での 「停滞」なの で ある。

(8)成

熟期 「統合性 と絶望」

最後 の段階は、成熟期 における「統合性」である。秩序 と意味 を求める己の傾向に関 して、

自我が結果的に抱 く確信で ある。経験 してきた過去そ の ものに忠実であ り、現在 において は指導的役割 に着 く準備が出来てお り、やがてはその立場 をも譲渡す る用意が出来ている 感情的な統合体 の ことを表 して いる。 自己 にとって一回き りの生活周期 を受 け入れ、当然 そ うな らな くてはな らなか った し、必然的な もの として 自分 にとって重要な存在 となった 他者 を受 け入れ るものである。

またそれは、 自分 の人生は、 自分 自身の責任である と受 け入れ る 「愛」である。人間的 な 「尊厳」 と 「愛」 とを異なった時代 の異なった経験 を した人々の間に感 じる仲間意識で ある。 こういつた観念 を、 ここでは 「完全性」 と表現す る。そ のよ うな「完全性」 を持っ た人々は、個 人の人生 とは、ただ一度 の生活周期 と歴史 の一部分 との間のまった く偶然の 一致か ら成 り立つ ことを理解 している。

結果的に得 られた 自我の統合体 を欠如 して いるものであるか どうかは、「絶望」の存否に よって示 され る。それは、運命 を人生の枠 として受 け入れ る ことが出来ず、時は短 く、別 の人生をや り直す ことも出来ないというよ うな、いかん ともしがたい感情の表現である。

これが超絶的な生命 を求めるビジ ョンと結びつかない場合は、単に自己 に対す る軽蔑を意 味 して いるものである。

ここまでの結論 としては、心理社会的な力というものは、個人の生活周期、世代の継起、

社会構造 の二つを同時 に統御す る過程 に依存 して いる。なぜな らそれ ら二つは一緒 に発展 してきた ものだか らで あるといえよ う。

 

実際の経験 に基づいての振 り返 り

3。

家族か らの影響

(11)

(1) 

家族 の構成員 と自身への影響

ここで まず、私 の家族関係 につ いて詳 しく述べて い こうと思 う。 とい うの も、家族 の構 成員が私 のアイデ ンテ ィテ イに与えた影響 は大きい と考 え られ るか らである。

私 の家族 の構成員は、父70歳、母65歳、長女42歳、長男38歳、次女38歳、そ して 次男である私

23歳

の合計

6人

である。見て の通 り、他の兄弟 と私 はかな り年齢差がある

ことがわかる。そ して、父 とは母 もう高齢 といつて いい年齢 に達 している。余談ではある が、私 の 「祥央」 とい う名前は、兄弟がつ けて くれた名であ り、「幸せ の真ん中をい く」と い う意味を含 んでいる。 こういう点で も、兄弟 に名前 をつ けて もらった というのは珍 しい パ タニ ンではないだろうか。

さて家族構成が私 に与えた影響 とい う点 にお いては、細かい事象 を上げて いって も、き りがな くなるので、年齢差がある ことによって どういった影響があつたか に ここでは絞 る ことにす る。

私 自身は、 この家族構成 につ いて どうこう思 った ことはない。特 に嫌だった思 い も一度 もして いない。 この家族構成 の特徴 は、私 の視点か ら見 ると、私以外、全員大人であつた ということである。 この ことは私 にかな り影響 を与えた といえる。それ は、年上の人 と、

特 に成人 して いる大人 と話す ことが全 く緊張せず に行 えるとい う点 にある。一方で、私は 年下相手 にコミュニケー シ ョンを取 る ことを大変苦手 として いる。 このよ うな点において

も、 この家族構成が私 に与える影響は大きかつた といえる。

(2) 

家族間での出来事

 

そ の

1

また家族の特徴 として、家族間で トラブルが発生す ると私は子 どもだ ということで、私 以外 の家族構成員で話 し合 いが もたれた場面が見受 け られた。それ は、私 の意見はそ こに は全 くな いと言 って もいいだ ろう。

例 えば、小学校 も高学年 になった とき、両親が喧嘩 した ことがあった。それで、耐 えか ねた母 は家 を出た。原因は父が いつ ものよ うにお酒 を飲み、文句 を言 い出 したか らである。

父はよ く酒 を飲 んでは、文句 ばか り言 つて いた。そ の とき も原因は父の一方的な母 に対す る文句である。母 も、言 い返せ ば暴力に発展 しかねない ことを知っていたので、今 まで耐 えて いたのだが、 さすが にそ の時は、耐 えかね るものであったよ うだ。実際、私 も母 に暴 力を振 る う父 を何 回か 目の当た りに して いる。母 はいつ も私 に、余計な ことは言わないよ うにと釘 を刺 されていたので、何 も言 えなかつた。 またそ の ときは運悪 く他 の兄弟 は出か

(12)

けてお り、いつ も仲裁 に入 る兄が不在であつた。私 は次の 日も平 日で学校だつたため、小 学校 の道具 を最低限持 ち、軽装で母 とともに夜 中に出かけ、

4駅

ほ どいつた ところにある 母 の妹の家 に行 つた。私は、何 日か母 の妹 の家か ら学校 に通 うつ も りだつたが、距離の こ ともあ り、私 は、実家の向かいの家 に寝泊 りす る ことにな った。向かいの家には同い年 く らいの女 の子がいた し、そ の子 の母親は姉 の下 の学年で互 いの家族 間の親交が深かつたた めである。 もちろん、私が向かいの家 にいる ことは父 には内緒である。私 を除 く他の兄弟 と父は実家、私は実家の向かいの家、母 は妹 の家で暮 らした。期間に して

2週

間程度であ る。

家では兄、姉二人 と父の

FH5で

何 らかの話 し合 いが もたれていた。兄弟は、ちちのそ うい った横暴な態度に対 しては、母寄 りの立場で物事 を判断 していた ことは当時の私か ら見て も、普段 のや り取 りか ら推測 して も明 白であつた。そ して、私 を預 けたのは、その話 し合 い とは無縁 の ところにいる ことで負担や不安 を持たせないという隠れた意図があつた。そ れ に私 は他の兄弟がいるので、 こういった問題 に関 しては全て任せて いた。 というの も、

小学生の私 には聞かせた くない話や、父の態度 を見せた くない とい う兄弟の配慮が あつた ことは当時の私 にはわかつていた。 自分の意見 としては、家族が安泰でいる ことが一番で ある し、早 くもとに戻れ ばいいのにと思いなが ら過 ごして いた。 しか し、 自分 の意見は 度 も言わなかつた。母 には母 の思 うところがあるだ ろうし、実際私 は父が世の中で一番苦 手であつたか らだ。おそれて いた。暴 力を振 るわれ るのではな いか、大 きな声で怒鳴 られ るのではないか。不安だつた。 こういつた理 由で、私 は 自己主張 を全 くしない子 どもであ った し、欲 しい物があつて も遠 まわ しにわが ままを極 力言わないよ うに配慮 していた。ま た、父の前では 自分 を埋没 させ、お とな しくして いる ことが、私の トラブル回避の手段で あった。そのため、物心つ いてか らは、例 えば今 日あつた ことの報告や、 自分 の好 きな と、進路 につ いてな ど、 自分 の ことをひ とつ も話す こともな く、相談相手で もなかつた である。単 に恐れて いたのだ。それ に、自分 の話 を聞いて もらえるとも思 っていなかった。

そ のため、私 は年配 の男の人 と話す ことが苦手であつた し、父 を「悪 い見本」 として 「反 面教師」 として認識す るよ うになった。母 にもそ のよ うに言われたの も影響 している。何 度か母か ら父の愚痴 を聞いて いた し、その影響 もあつて、家族 の中の認識 として、父を の 「家族 内の悪」 のポジションに位置づけ して いた と思 う。 この排他的行為は もちろん健 全な行為 とは言 いがたいが、そ うす る ことで 自分 自身を恐怖か ら守れ るな らそ うす るほか なか つた。

10

(13)

このよ うな出来事が あると、私以外 の兄弟が恐怖 に対 してのクッシ ヨンになって、私 守 つて くれて いた と思 うと感謝ではある。 しか し同時に、その場、つ ま り家族 内には私の 意見はな く、兄弟 に従 うしかなか ったのもその ころの現状であつた。それは私のアイデ ン テ ィテ ィに深 く影響 を与えていた。人 に自分の意見 をス トレー トに言 うことが困難だつた のである。

(2) 

家族間での出来事

 

そ の

2

そ のあ と、少 しして母が肺がんにな り入院 と手術 をす る ことになった。当時、私 は、病 名な ど聞か されて いなかつた し、病状が どの程度の ものなのか とい うことがよ くわかつて いなかった。 ここで も兄弟が フィルターになっていたのである。母が入院 し、家にいな く なって も、姉 は勤め先の市役所か ら6時過 ぎに帰宅す る し、昼間誰 もいな いとい うだけで、

特 に問題 はなかった。向かいの家 にも何度かお世話 になった し、以前経験 して いるので普 通 の ことのよ うに思 っていた。 また、 このよ うなイ レギュラーな出来事が あると、家族間 での揉め事 もな く、家族 のベク トルがひ とつの方向に向いていたよ うに思 うし、兄は父 に 物言 いをす る人だ ったので、父 もそ の意見 を取 り入れた りして いた。何 よ り母が心配であ った。 また も、他 の兄弟が私 を面倒見て くれ るというライ フスタイル に変わ り、私 は意見 をす る間 もな く、母 もよ くな り退院す ることになる。

今回 もすべての家族 間での出来事が 自分以外 の ところで進んだの も事実であ り、私 はそ れ に任せ つき りで、家族間に私 の意見 はなかった。兄弟か ら言われ る ことは、 もう決定済 みの ことであつた し、私 はそれ を受 け入れ る しかなか つた。 この出来事があつてか ら、父 は全体的にやや優 しくなったように思 うが、他 の家族か らの扱 いとしては以前 となん ら変 わ りな く、一部分では排他的であ り、その 「日常」 に戻つて いつた。

3。

大学入学 までの出来事

(1)部

活動

これ まで 自発的にもの ごとを進めていつた経験がなかった私 は、中学入学後、弓道部 に 所属 した。何かスポー ツを したい ということもあった し、本 当はサ ッカーが したか つたの だけれ ども、部活動 として存在 しなかつたので弓道部 に入 つた。 中学

2年

中期 よ り、部長 を任 されて いたのだが、 これ まで年下 との付 き合 いがなかった私は、敬語 を使われた とこ ろで、 どのよ うに接す るべきか、よ く理解できなかつた。そ のため、私 は同学年 の友人 と

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同 じよ うに接 した。 しか し、 これが失敗 の原因であつた。つ ま り、私は リーダー シップと い うものをまった く発揮できなかつた とい うことである。 しか し、部全体が荒廃 し、無秩 序 になったわ けではな い。や るべきメニューは こな していた。 しか し、 メ リハ リがなか た。他人 に注意す るという行為、それ 自体がそ の ころはまだ億劫であつた し、急 に実践 し た ところで、空回 りで ある。一度、場 の空気がゆるくなって しまうと、なかなか引き締め る ことは困難である。そ の後、部活動 にお いては、高校 に入 つて も、弓道 を続 けたのであ るが、仕切 り役、キ ャプテ ンを務める ことを私 は拒 んだ。先生に、「お前 しかいない」と言 われて も、認め られた事実 は喜 ば しい ものであったが、高校 となると今 まで作 り上げてき た ものを私が再び壊 して しまうのではないか という思 いもあった。そ して、 もっと高い意 識でや つている人 に対 して失礼で ある と考 えた。私 は、部活動 もそ こそ こに、 もっ と楽 し めるものを自分 自身で見つ け出 して しまって いたのである。

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自発的行為

私 は、高校二年生の ときに、中学 の ころか らの友 人 と駅前 と公園で路上 ライブを始めた。

な によ り満足だつたのは、自分で本 当にや りたい と思 った ことを、誰か らの強制で もな く、

押 し付 けで もな く、 自分 の意思で始めた という満足感があつた。それは、楽曲のクオ リテ ィー とかそれ以前の、 自分たちのモチベー シ ョンの問題で あつた。ただ、当時は、演奏は すればす るほ ど楽 しく、上達 して いつた し、 自由とい う名の もとに、好 きにできて いた。

同 じよ うにや って いる人はほ とん ど年上で、 自分たちよ リスキル もあった。そ うい う人た ち との交流 もあった し、何 よ り度胸がついた。 とい うよ りは、その ときな りに精一杯や つ て いた し、才能が ある とかな いとかそ んな ことは どうで もよかつた。 自己満足気味だった 私たちの ライ ブは月二 回ペースで行われて いき、受験 シーズ ンが到来す るまで約 1年半行 われた。

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大学入学 までの道 の り

高校三年生、大学受験 のシーズ ン到来である。今 まであま り熱心 に勉強 して こなかつた ので、現役での受験 にはよい結果は得 られなかった。 この とき、私はまだまだや り残 した ことがあると思 い、それ を後 の一年間ですべてや ろうとい う自発的な思 いか ら予備校 に一 年間通 うことに した。落 ちた ことにはす ごくシ ョックであったが、当然 といえば当然 とい う形です ぐに受 けいれ る ことができ、春か らは 自分 のやれ る ことはすべてや つてか ら次 に

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備 えよ うという気分でいつぱいで あった。 この一年 間は、本 当に誰に強制 され る ことな く 自由に勉強 に取 り組む ことができた。や るべき ことはや った。そ して、合格 した。大学の 選択 につ いては、何 を学びたいとか、 この大学 には こうい う施設が、 とい う選び方ではな く、 自宅か ら無理な く通 えるところという点にお いて、当大学 を志望 していた。それは金 銭 の面で これ以上家 に負担 をかけた くない と思 って いたか らである。一年予備校 に通 うの

も、負担 をかけて しまって いる。 これ以上迷惑はかけ られないな と思 った上での選択だつ た。

3。

就職活動期

私 は、就職活動 を始 めるに当たって、 これ といつた 目標 は当初なかつた。漠然 と自分 興味のある仕事 につけれ ば、あとはなん とで もなる、なるよ うにな ると思 って いた。社会 というものに対 し、漠然 としたイ メー ジであつた。 しか し、私 は大学 に入学 してか らずっ とアルバイ トを して いたため、働 くとは どんな ことであるか というイ メー ジは出来て いた。

そ の変な 自身が逆 に、あだ となって 自分 自身が働 くということをあま り具体 的に考 えな で いた。考 えがなけれ ば、動 けるはず もな い。 日標がない と、行 き先がないと将来 の方向 がわか らず に就職活動 を して しまう、 まさに暗 中模索状態である。 しか し、最初か らや り た い ことを絞 って就職活動 をす るスタイルよ り、 自分 自身のや りたい ことを探 しなが ら就 職活動 を行 うスタイルが 自分 に向いて いるのではないか と考 えた。 これ までそ こまで考 え て こなかった 自分 の職業観 につ いて徐 々に考 え始めるよ うになった。む いて いる、むいて いないではな く、や りたいか、そ こに自分はや りがいを感 じる ことが出来 るのか、その点 を中心 に就職 というものを考 えていくことにした。 というの も、私は、アルバイ トで もそ の部分 を大切 にしていたか らである。

アルバイ トは レンタル ビデオ点の接客業 を していた。街 の中にはそ の店 しかな く、在庫 量 も豊富で、割安だつたために休 日は多 くのお客 さんが来店す るよ うな規模 の店舗であつ た。私 は入 つた当初、 自分 のお金 を自分で稼 ぐ手段 として アルバイ トをとらえていた。働 いた分だけお金が もらえ、そ の分私生活の 自由度が増す と考 えていたか らである。しか し、

目的はひ とつではな くなって いた。働 くということが、ひ とつの 目的 と化 して いたのであ る。働 くことは楽 しい と思 った。 しか し、仕事そ の ものだ けがそ の要素だつたわけではな い。一緒 に働 く人たちを尊敬 して いたか らこそ、楽 しいと感 じることが出来た。楽 しいと

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いって も話相手がいるといつた楽 しさではない。一緒 に意識高 く働 くということが楽 しか った。私 はそ の中で、人間 として も少 し成長できたよ うに思 う。視野が狭かつた 自分の世 界 を、アルバイ トとい うものが広 げて くれた、それ くらい私の人生において重要な役割 を 示 し、また、年上の先輩 と仕事か らプライベー トな ことまで話 をす る機会は、いままで人 とそ こまで真剣 に 自分 をさ らけ出 して向き合 った ことのなかつた私 を十分 に刺激し、いろ いろな ことを吸収 し、視野、考 えを深めていく機会 になった。 また、私は次第 に、お客 んのニーズに応え られた時 に喜び を感 じ、そ してそれ を こち らか ら先 に提供す る工夫 を し、

自分のコーナー展 開な ど、仕事そ の ものの幅 も広げて いけるよ うになっていつた。私 にと ってアルバイ トは、 もはやお金 を稼 ぐ手段 とい う概念はそれ ほ ど重要ではな くなっていつ た。働 くこと、 自分か ら工夫す る こと、相手の考 えを読んで、先に行動す る こと、それ ら に楽 しさを感 じられ るよ うにな り、一緒 に働 くほかのスタ ッフとのや りとりのなかで 自分 の精神 を高めてい くことが 目的になっていつたのである。私 は これ を成功だ と思 って いる。

もし、私が このアルバイ トを選んでいなけれ ば、今のよ うに以前よ り少 しだけ 自身 を持て て いる自分は存在 しな いと言 い切れ る。私 にとって人生のターニ ングポイ ン トである。

こういった経緯があつたか らこそ、私は働 くことの楽 しさを少 しだけ理解 したよ うな気 で いた。私は 自分 の将来像が不安定な この とき、それが逆 にチ ャンスだ と感 じて いた。 と い うのも、最初か らや りたい ことだけを目指 して就職活動す るのではな く、まだまだ世間 知 らずな私が、社会 を知 るよいきつか けになると考 えたのである。知 らない ことを知 ると いうことは楽 しい し、何よ り実用的な経験 になると考 えた。未知の仕事 に触れ る ことで、

私 自身の可能性 を広げる結果 にな るか もしれな い。そ うプラス考 えるとなんだか就職活動 を楽 しめる気 さへ して きた。

しか し、 ここまでた どり着 くのにも私は苦労 した。や は り最初は暗中模索であ り、楽 し む といった考 えは生まれなかった。毎 日が不安で、 自分 の興味のある仕事 を探す あま り、

無理 に興味を持 とうとして いた傾向す らあった。また、や りたい こと興味が あることだけ では、 この企業 に決めるという決断はできない。や は り、雰 囲気、規模 な どの 自分 の中 条件 もク リアす るものを見つ け出さな くてはな らない。世の中に膨大な数の企業が存在す る。私 は、そ こに可能性 を感 じて いた。 しか し、 自分 自身がや りたい ことだけやれ る仕事 なんて存在 しないだろ う。理想だけでな く、そ ういた現実面 も考慮 して選択 しなけれ ばな らな い。だか らこそ、就職活動は行動 力がキーポーイ ン トになって くる。それが5割を占 める といって も過言ではない。家で不安 を抱えなが ら就職活動ナ ビサイ トを見てす ごす よ

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り、実際 に説明会 に足 を運 んでみて雰 囲気 に触れ る ことが何よ りも重要であると私 は感 じ た。不安 を解消す るには 自ら動 くこと、 とある企業 の社長がお つしやつていた。まさしく そ の とお りだ と思 う。説明会やセ ミナー に参加すれ ば、何か しら収穫はあるもので ある。

興味がきつかけ となれ ば、 自分 の張 って いるア ンテナ に少 しで も引っかかれば興味 とい うことになるものであろう。ただ、 自分の体 はひ とつであ り、そのため興味の取捨選択 しなけれ ば 自分のベースを守れな い し、明 らか に自分 の許容範囲を超えて しまうことにな る。完璧主義者 ほ ど、 この瞬間はイ ライ ラす るものであろう。私は、エ ン トリー シー トの 締 め切 りに追われ るうちに、 この取捨選択ができるよ うになっていつた。諦めるのではな く、本 当にいきたいと思 うか今一度そ こで 自問 自答す る。行 きたい とい う気持 ちが あれ ば 今す ぐにで も書けるものである。気がないのに無理矢理志望動機 をひね り出 して も、後 に 気がな くなるのは 目に見 えて いる。 このよ うに就職活動は選択で もある。 こうしな けれ ば な らない とい うマニュアルはない。個 人によってアプローチの仕方、仕事選びの基準が異 なるものである。

私 の父、そ して兄は理系出身で ある。理系出身者 の場合、 自分の専門が決 まって いるの で、私 のよ うに足 を使 い、多 くの取捨選択 を しな くて も内定が出た りす るものである。そ して、大体 自分が名前の知 らない企業だ と、批判す るものである。 しか し、親 としては当 然か もしれな い。子供 には母体 の しっか りして いるところで働 いて ほ しい と思 うものであ ろう。私 も、出か ける前 に行 き先の企業名 を母 に告 げてみた ところ、知 つている企業 と知 らない企業 とでは明 らかに反応が違 つていた。それ も正 しいか もしれな い。 しか し、 自分 の 日で見 るまではそれは

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ーセ ン トではない。就職活動 をしているのは 自分 自身であ り、親は 自分ではない。や りたい ことも異な るだろう。私 よ り多 くの現実 を知 って いるこ とも事実であろう。 しか し、最初か ら答えが用意 されていると、私 も行動 しづ らい もので ある。 こんな にいろいろな企業 を好 きに見 る機会なんてそ うはないのだ。 この機会か ら私 は多 くの ことを学びたいと思 うし、それが私な りの就職活動である。 もちろんゴールは決 め られて いる。 自分な りに納得 のい く企業 に就職す る ことである。 と、同時 に、私 には も うひ とつ ある。それは、納得 のい く活動 を行 つた うえでの内定である。や り遂 げる ことが 重要だ と感 じた。た とえ、周 りが就職活動 を終 えて い こうとも、 これだけは譲れな いでい た。流 され るわけにはいかな い。私 は手探 りで就職活動 を行 ってい くうちに、いつ の間に か 自分な りの就職活動が見 えてきつつ あつた。何回 も軌道 を修正 し、興味 とい う円を徐 に絞 りなが ら、現実 も見、夢 も描 き、ふるいにかけ、そ してかけ られなが ら就職活動は続

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いて い く。最初は非 日常だつた行為 も日常 に変わつていく。

初 めての面接 を迎えた。本命 とまではいかないまで も、それな りに興味のある企業だつ た。真 っ白になるとは こういうことだ と思 うくらい、投げかけ られ る質問に対 し、私の返 答 は 自信 のもてる内容ではなかった。 自分 の ことは 自分が一番わか つて いるはずなのに、

答 え られない。 これは どういうことだ ろうか。緊張 もあるだろ うが、何 よ リシ ョックな は これで終わ るということである。言 いたい こと、自分 の中身を出 し切れないまま終わ る、

自分は こんな もの じゃない と思 って いたのに、相手 にはそれが伝わ らず、無念の思いであ る。 自分 の ことを端的に使 えるのは とて も難 しい。 自分 は こういう人間です、 と、ひ とこ とで表せない ことが多 いか らである。 しか し、それが人間だ と思 う。 自分 にはいろいろな 側面がある。私 自身の場合、アルバイ トの リーダー としての 自分、学生幹事である 自分、

4人

兄弟の末 つ子である自分な ど、である。場所 によって役割が異な り、また、相手の中 の 自分は十人十色。20分少々の面接で 自分 を出 し切 るなんて ことは考 えてみると不可能だ。

な ら、 もちろんビジネスに向いて いるような点 をア ピールすれ ばいいだけの こと。実はす ごく単純な ことだ。 しか し、私はそれでは何か寂 しいよ うな気が した。す ごく機械 的にな って しまうか らだ。 もちろん、そ うい うビジネスに関す る面 も必要だ。 しか し、それでは 得 られ るものは限 られて しまうと考 えた。私 は、就職活動で今 までの生活 にない ことを吸 収 して いきた いと考 えて いるか らこそ、そ の点では このア ピールだ けでは満足できない。

な ら、 どうすればいいのだろうか。模索 しなが らの面接 は続 いた。 この模索は、 もちろん 就職活動 としては模範的 とはいいがた い。 しか し、個人 によって活動内容は異な る。早 といい企業内定が出て終 了、私 の就職活動はそれだけではな い。せ つか く意識 し始 めた 自 分 自身について、 自分 自身の将来 につ いて、アルバイ トで垣 間見た職業観 につ いて、 自分 の これ までの人生につ いて、 自分 の これか らの人生につ いて、それ らすべての ことを、立 ち止 まって、考えて、確認 して、進んで、立ち止 まる、そ ういつた過程 を含 んだ活動 に し たい と考 えて いた。

4月 中旬、面接 もひ と段落 し、次の選考 に進む ところ、落 ちるところが出てきた。ただ、

面接やエ ン トリー シー トで落 ちた企業は、や は り興味があつただけで 自分 自身や りたい こ とではな いと感 じて いる。ただ、そ の興味がひ とつの業界ではない ところが、 自分 にとっ てはプラスだ と感 じる。 さまざまな業界の ことを調べ、また面接官 、社員 の方 に実際話 し を聞 くと、業界同士 のつなが りや関係性が見えて くるときがある。そ ういつた ことも踏 ま え、就職活動は社会勉強 ともいえる。その要素 もあ り、知 らない企業で も、そ の企業の業

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界での位置 を事前 に調べ、概念や 仕事 内容が 自分の中で引っかかつたなら足 を運んで話 し を聞 くということが 自分の中です ごくプラスの ことであるよ うに感 じた。実際、社長 自 がセ ミナーで話 しを した りす る企業 も多かつた。私は、そ うい う人の話 を聞 くとい うこと が楽 しくなっていた。話 の中にキー ワー ドがあるか らだ。それは、時 に就職活動全般の不 安 に対す るメッセージであつた り、また、 自分 自身が就職活動 につ いて考 えている ことの 指針であつた り、 日ごろ就職活動以外 のところで思考 をめ ぐらせて いるよ うな ことにつ い ての解決の ヒン トになるよ うなキー ワー ドである。 日常の 自分の思考 とそれ とが繋がる部 分が あるのである。それ を発見す ると、 自分 にとってす ごく意味のある話 に思えて くる。

もちろん、そ の企業 に対す るイメー ジ も変わ るが、それでそ の企業 に入社 した いと思える こともあれば、過去 の 自分 の行動は正 しかったのだ と、 自分 自身を肯定できる瞬間にめ ぐ りあえた りす る。そ の出来事 とい うか、言葉 を、 自分 の 日常の思考 とリンクさせ る ことに よって気付か され るということが、私 の就職活動 を通 じて一番 の楽 しみであつた し、内定 をとる以外 の第二 の 目的で あつたよ うに思える。実際 に企業の トップが公演 に来 るセ ミナ ーが多 く催 されてお り、その人たちの厳 しくも温かい言葉 は、ただの企業宣伝、 自伝だけ にとどまる ことはな く、そ の人が困難 に立ち向かつていつた ときの話影響 を受 けた人の話、

社会人か ら学生に対す るメッセー ジな どが盛 り込 まれてお り、大変聞き応えのある ものに な って いるのである。私 は、興味のある職種の説明会 に行 き、そ ういう話 を聞 くことが と て も楽 しく思 えた。 まさ しく眼か らうろ こであつた。ただ、 これが真の 目的ではな い。あ くまで終着地点は納得 の行 く企業 に内定 をとる ことで ある。ただ、活動 にお いては、私は 結果 も大切だが、過程 も大切 に して いるということなので ある。 この話 の場合、就職活動 は 自分 自身の 日常であるということを自分の中に自覚 させた出来事であつた。話 を聞いて、

終わ りというものだけでは物足 りなす ぎる。もちろんセ ミナー によって質 に差 はあ り、淡々 として いて納得の出来な いもの も多かつたが、なるべ くプラスに感 じられ るよ う、 自分 自 身の思考 と就職活動が リンクす るよ うにという思 いか ら、私 は、何かひ とつで も得て帰る とい うことを 日々の 目標 に して いた。得 るもの というのは、就職活動の ヒン トか ら、人生 の ヒン トにいたるまでの ものである。 またそれは直接的な表現ではない。何か別 の話 をさ れて いる とき、そ の話題 の解決策、考 えが、そ の とき考 えていた疑 間であつた り、不安で あった りを解決す る鍵 を見つ け、それ を自分で解釈 し、なん とな くで も解決の糸 口にでき た時期で あつた。 日々充実 とは この ことだ と感 じて いた。 また、 これは就職活動以外 の と ころで も感 じられ るよ うになった。地元の友人 と居酒屋で飲 んでいるときにも同 じよ うな

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ことを感 じて いた。確かそ のときはアルバイ トの話 を していた。そ の中で も、真剣 に自分 の意見 を言 う場面 になると、今 まで整理 されて いなかつた ものが相手の意見 も伴 つて 自分 の意見が明確 になって いく。私は、 こういう家庭の 自己分析 もあるのだ と考えた。それ ま で、 自己分析 といえば、パ ソコンや履歴書やエ ン トリー シー トに向かい、 自分 の行動 に いて あれ これ考えるものであると考 えていたが、セ ミナーで話 を聞 く中にも、友人 との会 話 の中にも自己分析 の要素は隠れて いることを発見 した。 当た り前 といえば当た り前か も しれないが、 これ は私 にとって大 きな発見であつた。 日常生活 にお いて も得 るものが多 く な った といえる。た とえば、一回アルバイ トに入 るだけで もこれ まで以上にいろいろ考 え るよ うになった。す ると、セ ミナーな どの質問で も、 自分 の考 えを少 し絡 めた質問が浮か ぶよ うになっていつた。

そ の ころか ら私 は、 自分 の成長性 を大切 にす るよ うに し始めた。それ は、冷静 に考 えて みれ ば、社会 に出る こと自体今 の 自分 よ りは成長できる毎 日が待 つて いるだろう。それは、

決 して楽な道ではない。時 に苦 しい試練の連続であるか もしれない。 しか し、成長性 を望 む私 にとっては、退屈な毎 日よ りは、変化 のある毎 日を望む。若 いうちの苦労は買つてで もしろとよ く言われ るが、 これは、今苦労 して見 える ものは、 自分 の糧 となってい くとい う意味であるとい うことを、今回私 は身を持 って感 じる ことができた。そんな中、私は結 果三社か ら内定 をとる ことができた。 この中か ら、一番私が望 む ライ フスタイルで働 くこ とのできる企業、誠実で しつか りした体 系をとって いる企業 を選択 した。 もちろん返答の 期限が あつたので、熟考 した。選択期間中は苦悩 した ものの、今 となって考 えればまだ入 社前ではあるが正 しい選択だ った と思 える。成長性 とい うと、ベ ンチ ャー企業 とい うイ メ ージがあるか もしれない。 しか し、そ うではない。要は 自分次第なのである。 自分の意識 次第で成長度合 いが大 き く異なる。それは就職活動 にも言 える ことで、面倒だ と思 ってや るか、何かひ とつで も得て帰 るという意識があるか どうかで大き く変わ る。私 は、 これ を 初めて試みて いたわけではなかった。 アルバイ トでそ の土台は作 られて いたのである。た かが アルバイ トであるが、され どアルバイ ト。それは、 日の前の与 え られた仕事だけ行 う とい う単調な ものではな く、先輩 の下で、そ の人を見なが ら、後輩 も見 るということ、お 客様 の立場 に立ちなが ら店側 の立場 も考 えて物事 を考 える難 しさ、そ していつの間 にか全 体 的にフロアコン トロールす る立場 にあったか らこそ、そ ういった 自分 の意識次第で見 え る世界が変わ るといつた ことに気づけたのだ と思 う。 こうして、私 の前途多難な就職活動 は幕 を閉 じた。

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