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不登校児の親の会 鹿児島IHセンターの事例から [ PDF

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キーワード:不登校,親の会,自助,つながり,フリースクール 人間共生システム専攻 能登 智恵子 問題と目的 現代の日本では、学校に行けない子どもたちの問題 はもはや特殊なものではなく、広く受け入れられ浸透 している。しかし、「子どもが学校に行かない」という 事象は特殊な事態であり、解明すべきものであると考 えられる。 実際に「子どもが学校に行かないこと」が研究され るようになるのは、1932 年のアメリカの Broadwin (1932)によるものがはじめである。これは、『怠けの研 究に対する一寄与』と題するもので、今日の学校恐怖 症や神経症的登校拒否といわれているものについて記 述している。続いてイギリスの Partridge(1939)が,怠 学研究の中で,従来の怠学児とはちがった神経症的症 状を持つものがいると指摘した。それを受けて、 Johnson ら(1941)が新たな情緒障害として「学校恐怖 症」と名づけた。このようにアメリカでは 1930 年代か ら子どもが学校に行かないことに関する研究が始まり、 学校恐怖が認められていった。さらに、1950 年代から 1960 年代にかけて、イギリスの Klein (1945),続いて Warren (1948)が,精神分析的立場から Johnson らを基 本的に支持しながら、学校に行かないことを恐怖症と みなすことには留保をつけて,それぞれ学校ぎらい (reluctance to go to school),登校拒否(refusal to go to school) と い う 名 称 を 用 い て 表 現 を し た 。 さ ら に , Kahn(1958)は,登校拒否(school refusal)を論文題目と して用い,子どもが学校に行かないことは、「病理がそ れほど特殊なものではない」という理由で「登校拒否と いう名称を使うようになってきている」と述べている。 このような論文が発表されるようになり、「子どもが学 校に行かないこと」に関する研究はアメリカで注目さ れるようになった。 日本での「子どもが学校に行かないこと」の最初の 研究は、厚生省児童局監修『児童のケースワーク事例 集』第 9 集の登校拒否児の指導記録[高木 1977]である。 そのほかにも、我が国においては,初めて佐藤(1959)が 『神経症的登校拒否行動の研究.岡山県中央児童相談 所紀要』第 4 集の中で神経症的登校拒否の報告を行い、 続いて、鷺見・玉井・小林(1960)が、『学校恐怖症の研究』 において、子どもの症例を学校恐怖症の名称を用いて報 告している。また、1967 年より文部省の学校基本調査の 中の長期欠席児童生徒の欠席理由の分類項目として学校 ぎらい(dislike school)が登場する。 本論文では、このような学校に行かない、行けない子 どもたちの研究を踏まえ、不登校の子どもたちの受け皿 として日本に普及しているフリースクールを取り上げる。 まず、フリースクールが受け入れられてきた歴史的経緯 や、代表的な運営方法についてみる。そのなかで、その ような子を持つ親たちの集まりに注目し、実際にその会 の様子を観察することで、子どもが不登校であるという ことを共通点に持った人々が、その会のなかで、どのよ うにつながり、集団意識を持っているのかを明らかにす ることを目的としている。 なお、今回調査対象として取り上げるのは、鹿児島県 鹿児島市にある、フリースクール鹿児島 IH センターで ある。ここで、センター長である川添 由博氏にインタビ ューするとともに、同所で開催されている不登校児の親 の会「根っこの会」に参加し参与観察を行なった。 研究対象と方法 1 研究対象 今回研究対象としたのは、鹿児島県鹿児島市にあるフ リースクール鹿児島 IH センターである。IH センターは 1992 年に開所しており、1993 年 1 月には IH センター への通所が文部省認定の「出席扱い」となり、今では地 域の学校と連携を持ちながら、子どもたちの受け入れを 行なっている。 設立の経緯として、学校の中で「学校に来ない、来る ことができない子ども」に直面し、これまでの学校的な やり方ではこの子どもたちを救うことができないと考え ることがあった。どうすれば子どもたちに向き合うこと ができるのかを考え、子どもたちの居場所作りをすると いうコンセプトで設立されたのがこの IH センターであ

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る。開所前には、東京シューレなど、理想とするフリ ースクールに出向き、運営方法などを学ぶなど、欧米 から流入して来たフリースクールを基本として運営さ れているフリースクールである。IH の意味は、Inner Healing(内なるものを癒す)ということである。 IH センターでは子どもの受け入れを行なうだけで はなく、子どもたちの親たちのケアも行っている。そ れは、子どもが不登校であるという体験を持っている 親たちが交流をもつ場として親の会活動である。親の 会の目的としては、親たちにとって、「学びあい・支え あい・自らを癒す心の居場所」を提供することである。 IH センターで行われている親の会は、「根っこの会」、 「タンポポの会」、「ぽこあぽこの会」と三種類である。 「根っこの会」とは、IH センターで週に一度、水曜日 の 19 時 30 分から 21 時まで開かれる親の会である。 この会は自分の子どもが学校に行かないことに悩んで いる親たちが、子どもの通所に関係なく集まり、悩み などを打ち明けたり話し合ったりする場所である。こ こには、促進役および世話係として、カウンセラーが 入り、毎回 1 時間半の時間を決めて行なわれている。 次に、「タンポポの会」だが、これは、根っこの会から 派生した親の会である。この会は不定期で、大体月一 回、昼間に開かれている。この会は、IH センターの OB の親たちが自主的に開いているもので、通所して いたことがある子どもの親ならば誰でも参加できると されている。最後に、「ぽこあぽこの会」であるが、こ れは IH センターに通所する子どもの保護者の会であ る。不定期で開催されていて、IH センター通所生の保 護者は自動的に参加することになっている。本論文で は、これら三つの親の会の中から、今でも定期的に行 なわれている「根っこの会」について取り上げた。 2 研究方法 本論文では、研究方法として、インタビューと参与 観察を行なった。また、IH センター会報などから親の 声を抜粋し、提示を行なった。 2-1 インタビュー IH センターの所長である川添由博氏にインタビュ ーを行なった。このインタビューでは、川添氏が親の 会を始めた経緯と、その目的、実際に親たちはどのよ うな変化をしているのかを質問した。 2-2 参与観察 参与観察では、実際に筆者が IH センターで開催さ れている親の会「根っこの会」に参加し聞き取り調査を 行った。この会は、2009 年 11 月 18 日から 2 月 24 日ま での、年末年始の休日を除いた毎週水曜日の夜から行な われた。 結果 1 主催者側から見た親の会 IH センターで親の会が行なわれるようになったのは、 開所とほぼ同時期の 1992 年である。親の会を始めた経 緯として、川添氏は、「IH センターは子どもたちの学び あい、支えあい自らを癒す場所であるだけでなく、親と しても学びあい、支えあい、自らを癒す心の居場所だと 考えていて、その考えがあったから不登校の子どもを抱 える親の会を発足させることを決めた。」と述べている。 実際に不登校の子どもを持つ親たちは、自分だけで悩ん でしまい、子どもとうまく向き合うことができずに子供 を攻めてしまうことが多い。そこで IH センターでは、 親たちの心のよりどころとして親の会を設置し、「親たち がいたずらに自分を責めることを止めて、子どもとの関 わり方を見つめ直すきっかけになるように」という目的 から親の会を開催するようになった。そして最終的な目 標として、「親が子どもの気持ちを理解し、子ども自身が、 自分の意志で動くようになるまで見守ることができるよ うになること」を挙げている。 親の会に参加した親たちの変化については、「子どもが 不登校になった親は、まずは子どもをどうにかして学校 に行かせようとあの手この手を使ってやってみる。それ でも学校に行かないことが分かると、どうしてだろう、 何か問題があるのか、自分の子どもだけなのかと悩みを 募らせてしまう。そうなってから来所される親御さんが 多い。そういう時は大抵お母さんがいらっしゃる。特に お母さんは、子育てをお父さんに任されている方が多い ので、子どもが学校に行かなくなってしまうと、お父さ んから教育はどうなっているのかと攻められることが多 いようで、とても憔悴しきって来所されることが多い。 自分の育て方が悪かったからこんなこと(不登校)になっ てしまったのではないかと。」しかし、そのような親たち も変化を起こす。川添氏は、「そんなお母さんたちが親の 会に参加すると、だんだん変わってくる。はじめは、旦 那さんからこんな夜に出て行って何を話すのだなんてい われながら通ってきているけれど、通ってくるうちにだ んだんと変わってくる。それは自分の育て方が悪いわけ じゃないことが分かってきたり、自分の子どもだけが悩 んでいるわけではないことが分かってくるから。そうな

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ってくると母親は強くなって、自分から学校に話し合 いに出かけたり、子どもたちときちんと向き合おうと 努力し始めたりするようになる。子どもの父親とも向 き合うようになって、父親を親の会につれてきたりす るようになってくる。そうなってくると、母親が明る くなってくるから、子どもにも無理やり学校に行きな さいということは少なくなってきて、子どもの好きな ことをさせたいという親も増えてくることが多い。」と 述べている。さらに、「親たち、特に母親たちは、根っ この会を通して知り合って、それから気の合う人同士 は根っこの会以外でもつながりを持ったりすることも あるようで、そこで色々と話すことでストレス発散に なったりすることもある様子」であるという。「不登校 の子どもを持つ親たちは、はじめは不安を持ってやっ てくるけれど、親の会に参加することで、少しずつだ けれども変化を感じることがある。両親が変化し、学 校に行かせることに執着しなくなってくると、子ども に対してもいい影響を与えることになる。」とも述べて いる。 2 親たちの参加 本論文では、実際に親の会の現場に入り、親たちの 話を聞くことができた。筆者が参加した親の会は、ち ょうど会期のはじめ、第一回からであった。この会の 参加者は、川添由博氏、ファシリテーターの富田恵子 氏、不登校児の親 3 名であった。親の参加者は、中学 生3年生の息子を持つ A と、高校生3年生の息子と高 校1年生の娘を持つ夫婦 B 夫妻であった。プライバシ ー上ここからは、親を親 A、親 B と表記する。 今回の親の会で、親 A は子供が最近不登校になった ばかりの様子で、親の会自体参加するのがはじめてで あった。それに対し親 B は、親の会に参加し続けて 2 年以上の親であった。 2-1 拒否と受容 第一回目の会では、親 A は、不登校に否定的で親の 会にも半信半疑の様子であった。この会で特徴的であ ったのは、親 A が不登校に対して嫌悪感を持ち、親の 会のメンバーに対しても打ち解けた様子を見せなかっ たことである。このことは、親 A にとって初めての参 加であったこともあるが、不登校の親という立場を受 け入れることができない様子が現れていると捉えるこ ともできるだろう。会の終了後は、雑談することなく すぐに親たちは席を立ち帰途についていったことも印 象的であった。 第二回目親の会は、参加者が少なく親の参加者は A 氏 だけであった。A 氏は初回に参加したときに比べ、不登 校について理解しようと考えたようで、一週間で不登校 についての本を読むなど学習を重ねてきたようであった。 今回は他の親の参加がなかったこともあり、ファシリテ ーターは A 氏に対してのフォローを厚くし、不登校に対 する理解を深めさせようとしている様子が見て取れた。 しかし、A 氏はまだ子供に対しての接し方が分からず模 索している様子や、本などから得た、頭で理解した知識 とそれを自分の子どもに対して実施する行動の折り合い が付いておらず、戸惑っている様子を見て取ることがで きた。 第三回目以降は、より詳しく不登校の悩みについて語 られる会が多くなってきた。例としてあげると、親 B の 「息子の進路問題」というテーマを中心として話が進ん でいった会があった。この問題は、親 A にも興味のある 課題として捉えられ議論されることとなった。親 A は、 不登校について勉強などをしてきたこともあり、この親 の会のなかでも発言が多くなってきたことが印象的であ った。他にも、ゲームについての話題や、子どもの祖父 母との関係という話題などが積極的に意見交換されるよ うになっていった。ここで親 A は積極的に質問などを行 なっている。それに対して、親 B も自分の体験などを交 えてアドバイスを送る場面を見ることができた。このよ うに、親 A と親 B は共感し、親 A は親 B の体験を聞く ことで自分の子どもへの対処について考えるきっかけに しようとしていることを見て取ることができた。 考察 今回の論文で注目したいのが親同士のつながりについ てであった。今回の調査では、初めて子どもの不登校に 直面した A 氏と、子どもが不登校になり、親の会に参加 しながら数年間子どもと接してきた B 夫妻の例を挙げた。 A 氏は第一回親の会にはじめて参加した際には、自分 の子どもが不登校になったということを信じることがで きず、学校に行かないことを子どものサボりや甘えとし て捉え、どうしたら学校に行かせることができるのか、 子供が甘えるようになった原因はなんなのかなどを追究 するために親の会に参加している様子であった。特に A 氏と B 夫妻の会話はこれといってなく、ファシリテータ ーを介在して話を進めていくものであった。しかし、第 2回をはさんだ、第3回親の会あたりから、A 氏の様子 や態度が変化していくようになった。それは、A 氏自身 が自ら本、インターネットなどの媒体を通して、不登校

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がどういう原因で起こるのかなどの情報を積極的に入 手し始めたことに起因し、それ以降は、第1回のよう に子どものみを批判し、どうやったら学校に行かせる ことができるかという話に固執することは無くなって いった。そして A 氏はファシリテーターだけでなく、 同じ経験をもつ B 夫妻に、何か問題が起こったときに 実際にどう対処してきたか、子どもへの対応の仕方な どを直接聞くようになっていった。それにたいして B 夫妻も自分たちの子どもが実際にとった行動や、自分 たちが気にかけて行なっていることなどを直接 A 氏に アドバイスをするようになり、両者の距離は近づいて いった。このころになると、ファシリテーターも介入 することはあまり無く、A 氏と B 夫妻の会話に少しず つ相槌を入れたりするだけで、話をつないで両者を結 びつけることはあまり無くなった。 このように、親の会場面を見ていくと、「子どもが不 登校である」という同じ状況に陥ってはいるが、全く 面識もない他人同士であった両者が、自分の悩みを吐 露するという時間を共有する中で結びつきを強めてい ったことが伺える。これは、参与観察場面だけではな く、根っこの会に参加した親たちのコメントからも読 み取ることができる。それは、今まで自分一人で苦し んでいる、なぜ自分だけが苦しまなくてはいけないと 感じていた親たちが、自分以外の不登校という問題を 抱えた子を持つ親たちと交流しながら、その体験を自 分の子にあてはめたり、お互いの子のことを知ったり することで悩みを自分の実体験として引きつけて聞く ことができ、そこに、今まで自分ひとりだと思ってい たことが認められるという経験をすることで親たちの 間に連帯感を生じさせる結果となっているのではない かと考える。 改めてここで実際に調査を行ったフリースクールで は、親の会がセルフヘルプグループとしての役割を果 たしているのかを考えてみたい。ここでは、他に秘密 が漏れないという機密性を保持しており、話をするこ とで自分の問題を明らかにすることができ、同じ経験 を持つ人々と情報を分かち合うことで、安心感を得る ことができる。そのことが自分の心の安定に繋がり、 ここでの大きな原因である「子どもの不登校」という問 題にもある程度余裕をもって接することができる。そ のことは、自分の心の安定に繋がるだけではなく、子 どもや、その他家族に対しても安定をもたらし、結果 的に親の会に参加する前までの状態よりも状況が好転 する場合が多いようである。 このことから、鹿児島 IH センターでは、親の会は セルフヘルプグループとしての役割を担っているという ことが言えるであろう。 まとめ この論文では、フリースクールの親の会に注目し、親 の会がどのように運営されており、親同士がどのように つながっているのか、そして実際にセルフヘルプグルー プとしての実践がなされているのかを明らかにしてきた。 今回調査した IH センターの親の会「根っこの会」は、 通所者が少ない中、親の会は設立当初から欠かされるこ と無く運営されてきた。この会に実際に参加してみて、 「不登校」という子どもの問題を持つ親たちの変化の様 子を見て取ることができた。親たちは、自分が理解され ず周囲に対して張っていた気持ちを、同じ経験を持つ人、 自分の話を黙って聞いてくれる人がいる空間で発散する ことで、自分の心の安定を図っていることが分かった。 それは、セルフヘルプグループの主な目的である、みん なで自分たちの心や体の安寧を導くということを表して いるように考えることができた。 しかし、筆者が調査したのはフリースクールのごく一 部分であって、この研究だけで、親の会について表現で きたとはいえない。よってこの研究は、セルフヘルプグ ループ研究の一考察として位置づけたい。 主要参考文献 朝倉景樹 『登校拒否のエスノグラフィー』 彩流社 1995 沖田寛子 「欧米と日本におけるフリースクールの比較 研究」社会分析 25 115-128 1997 川添由博 『地しばり フリースクール 12 周年記念誌』 IH センター編集委員会 2004 中村有美 「フリースクールに通う子どもを持つ保護者 の語り」Syn. The Bulletin of volunteer studies (7) 129-136 2006

山田哲也 「不登校の親の会が有する〈教育〉の特質と 機能-不登校言説の生成過程に関する一考察-」 教育 社会学研究 71 25-44 2002

参照

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