点音源モデルに基づく戸建て住宅群による道路交通騒音減衰量の予測法
–予測式の簡略化と大型建物への適用–
森田 建吾 1. 研究の背景と目的 環境省「騒音に係る環境基準」では,道路に面する 地域においては一定地域ごとに基準値を超過する建物 の戸数や割合によって基準の達成状況を評価すること になっており,すべての建物について騒音レベルを測 定することは困難であることから騒音を推計すること も認めるとされている。そこで,当研究室では“ 点音 源モデルに基づく戸建て住宅群による道路交通騒音減 衰量の予測法 F20121)2)”(式 (1)) を提案した。F2012 は,ASJ RTN-Model 20133)にも採用されている。 F2012 は,音源点から予測点に伝搬する騒音の建物 群による減衰量 ∆LBを,直接音 Edir,反射音 Eref,1 次回折音 Edif,1,その他 Edif,2のエネルギーの総和か ら求める計算式となっている。しかし,各エネルギー の計算に必要な騒音予測パラメータの算出は必ずしも 簡単ではない。そこで,予測精度を大きく損ねること なく,計算を簡略化する方法を検討した。 また,この予測式は,標準的な大きさの多数の戸建 住宅が立地する住宅地の縮尺模型実験の結果に基づい て導出したものであり,適用できる建物が戸建住宅に 限定されている。そのため,マンションやビル等の大 型の建物が立地する場合にも騒音の予測・評価が行え るよう式の拡張を目指した。 ∆LB,H =10,hp=1.2= 10 log10 { a0+ a1· ϕ Φ + a2 ∑ i ( θi Φ · droad dref,i ) + a3· 1 n n ∑ k=1 ( 0.251 1 + 0.522 δk ) + a4· 10−0.0904 ξ·dSP } (1) ただし, H : 建物高さ [m] hp : 受音点高さ [m] ϕ : 建物があるときの見通し角 [rad] Φ : 建物がないときの見通し角 [rad] θi : 鏡面受音点からの見通し角 [rad] droad : 受音点から道路への垂線距離 [m] dref,i : 鏡面受音点から道路までの接線距離 [m] δk : 1 次回折の経路差 [m] dSP : 音源 S と受音点 P の水平距離 [m] ξ : 長方形内の建物密度 [-]ここで,a0 = 0.0390,a1 = 1.16,a2 = 0.201,
a3= 0.346,a4= 0.288 である。 2. 予測式の簡略化の検討 F2012 は,構成する各エネルギーの計算に必要な騒 音予測のパラメータの算出が容易ではないため,精度 を大きく損ねることなく計算を簡略化する方法につい て検討した。 2.1 模型実験 まずは F2012 を導出した際の縮尺模型実験及び騒音 減衰量の算出方法の概略について説明する。 2.2 実験方法 簡易無響室内に 100 m×80 m の住宅地を設定し,そ の一辺 (100 m) を道路とみなして,辺上に高さ 0.3 m の 点音源を定速走行させて住宅地内の受音点における音 圧を測定し,戸建て住宅群を配置したときとしないと きの差から,住宅群による騒音減衰量を求めるという ものである。模型の縮尺は 1/20 である。 実験条件を表-1 に示す。住宅群の配置は,道路から 受音点までの距離 d を 20 m,30 m,40 m,50 m の 4 種 類,建物密度 (住宅地全体に対する住宅の建築面積の割 合) ω を 16.8 %,21.6 %,28.0 %,34.4 %の 4 種類,各 建物密度,受音点位置ごとに異なる配置パターンを 4 種 類とし,これらの組み合わせの合計 64 配置とした (例 を図-1 に示す)。なお,受音点高さ hpは 1.2 m である。 2.3 騒音減衰量の算出 マイクロホンの出力信号を AD 変換し,時系列順に 16,384 個ごとにフーリエ変換して 1/3 オクターブバン ド音圧レベルを算出した。それに,ASJ RTN-Model 2008 4)に示されている自動車走行騒音の周波数特性 (密粒舗装道路,定常走行) と実験で用いた音源の周波 数特性のレベル差を補正し,A 特性音圧レベル LpAを 求めた。得られた LpAのうち,音源から受音点に至る 経路上の住宅立地に大きな偏りのないよう,音源が道路 の中央 60 m の範囲にある場合だけを分析対象とし,さ らに実験誤差を小さくするために,車両が道路 10 m を 走行したときの LpAのエネルギ平均値 LBを実験デー タの 1 サンプルとした。そして,住宅を配置してない 場合 LB0と配置した場合 LB1の差を建物群による騒音 減衰量 ∆LB(= LB1− LB0) とした。なお,ここで定義 する “減衰量” は通常の定義と符号が逆となっている。 ∆LBは 1 つの実験条件で 121 個となるので,実験全体 で 7,744 個の ∆LBが得られた。 44-1
表-1 実験条件 d 平面 8m×8m 8m×16m 建物率
ω
配置パターン数 20m 30m 40m 50m 住宅 16.8% 21.6% 28.0% 34.4% 1 1 1 1 高さ H =10 receiving point d = 20m, = 16.8%ω d = 40m, = 28.0%ω road 図-1 住宅群の配置例 2.4 簡易計算式の作成 F2012 は,縮尺模型実験で得られた ∆LBを目的変数,直接音 Edir,反射音 Eref,1 次回折音 Edif,1,その
他 Edif,2のエネルギーを表す 4 つのパラメータを説明
変数とする重回帰分析の結果を予測計算式としたもの
である。ここで,Eref,Edif,1は,Edirや Edif,2に比べ
ると値が小さいにも拘わらず,それらのパラメーター の算出は煩雑であった。そこで本検討では,説明変数を Edirと Edif,2のパラメータである ϕΦ と 10−0.0904ξ·dSP だけにして再度重回帰分析を行い,式 (2) を得た。重 相関係数は 0.96 であり,F2012 (0.97) と同程度であっ た。以下,式 (2) を “戸建て住宅群による道路交通騒音 減衰量の簡易計算式” とする。 ∆LB= 10 log10 { b0+ b1· ϕ Φ+ b2· 10 −0.0904 ξ·dSP } (2) ここで,b0 = 0.046,b1 = 1.01,b2 = 0.554 である。 なお,定数項 b0 は,F2012 と同様に,重回帰式から 算出される ∆LB と実験値の差の 2 乗和が最小となる ように定めた。式 (2) の係数を F2012(式 (1)) と比較 すると,定数項は 0.039 (a0:F2012) から 0.046 (b0),直 接音の係数は 1.16 (a1:F2012) から 1.01 (b1),その他は 0.288 (a3:F2012) から 0.554 (b2) へと変化しており,定 数項と直接音の項の係数に比べてその他の項の係数が 大きくなっている。 2.5 簡易計算式と F2012 との精度の比較 ユニットパターンの比較を図-2 に例示する。グラフ は上の住宅配置において,1 台の車両が X = 20 m か ら 80 m までを走行した時の予測点 (丸印) における騒 音減衰量の変化を表している。“measured”(実線) が実 験値,“predicted”(◦ 印) が簡易計算式による予測値, “F2012”(△印) が F2012 による予測値を表す。図-2 の X[m] road 20 80 receiving point X[m] measured predicted F2012 20 80 road X[m] X[m] 図-2 ∆LBの比較 (ユニットパターン) 上側の配置に関しては,簡易計算式と F2012 ともに実 験値の値をよく捉えている。一方,図-2 下側の配置に 関しては,反射や回折音の影響が大きいと思われる音 源位置において,簡易計算式では実験値を精度よく予 測できていない点が多数見受けられる。 2.5.1 ∆LBによる比較 次に,∆LBの全データについて,F2012 と簡易計算 式を実験値と比較した (図-3)。最大誤差は,F2012 で は 6.0 dB であったが,簡易計算式では 7.3 dB となった。 また RMS は,F2012 の 1.6 に対して簡易計算式では 1.9 となった。すなわち,簡易計算式を用いると平均で 0.3 dB,最大で 1.3 dB ほど予測精度が悪くなった。 2.5.2 ∆Lbldgsによる比較 また,住宅群の 64 配置に対する ∆Lbldgs(X = 20 m から 80 m までの ∆LB のエネルギー平均値) に ついても同様に比較した (図-4)。最大誤差は,F2012 では 1.6 dB であったが,簡易計算式では 2.3 dB となっ た。また RMS は,F2012 の 0.7 に対して簡易計算式で は 0.9 となった。 以上の結果から,本論文で提示した簡易計算式は, ∆LBについては F2012 よりも予測精度がやや落ちる が,∆Lbldgsについては F2012 とほぼ同程度の予測精 度を有していると判断される。 44-2
N = 7,744 +3 dB -3 dB F2012 N = 7,744 +3 dB -3 dB 簡易計算式 図-3 ∆LBの比較 (全データ) N = 64 +3 dB -3 dB F2012 N = 64 +3 dB -3 dB 簡易計算式 図-4 ∆Lbldgsの比較 3. 大型建物への適用 F2012 は式を導出した際の実験条件から適用できる 建物が戸建住宅に限定されている。そこで,より大型 の建物が立地する場合にも騒音の予測・評価が行える よう式の拡張を検討した。検討方法としては,実際の マンションやビル等の大きさを参考にし,住宅地内に (1) 平面形状が 10×30 m 程度までの建物が立地する場 合と (2) 平面形状が 10×40 m 程度の建物が立地する場 合,の 2 種類の縮尺模型実験を行い,得られた ∆LBを もとに分析を行った。実験条件を表-2,配置例を図-5 に示す。なお,d は道路から受音点までの距離,α は大 型建物の割合 (建物群の総立地面積に対する大型建物の 立地面積) を表す。 3.1 住宅地に 10×30 m 程度の建物が立地する場合 戸建て住宅群の中に 10×20 m,10×30 m 程度の建物 が 2 棟∼4 棟ほど立地していると想定して実験を行っ た。その他の条件は F2012 を導出した際と同様で,16 配置の実験を行い,全配置で 1,936 個の ∆LBを得た。 3.1.1 F2012 による予測 (1) 全データの ∆LBについて,F2012 を大型建物にもそ のまま適用した場合の予測値と実験値を比較した (図-6 左)。最大誤差は 5.9 dB,RMS は,1.9 となり,どちら も F2012 を導出した際の実験と同程度となった。 ∆Lbldgs についても同様に比較を行った (図-6 右)。 最大誤差は,1.5 dB,RMS は 0.8 であり,∆Lbldgsに ついても式導出の際とほぼ同じ値となった。 以上から,10×30 m 程度の建物が立地する場合にお いても,その率がおよそ 60 %以下であれば F2012 を そまま適用しても十分な予測精度が得られることが確 認できた。 表-2 実験条件 (大型模型実験) d 平面 8m×8m 8m×16m α 20m 30m 40m 50m 住宅 26.7% 43.9% 49.0% 58.7% 高さ H =10 大型建物(1) 大型建物(2) 平面 10m×20m 高さ H =20 平面 10m×40m 高さ H =20 10m×30m α 26.7% 49.0%
road receiving point
d = 40 , α = 49.0 d = 30 , α = 26.7 図-5 建物群の配置例 N = 1,936 +3 dB -3 dB +3 dB -3 dB N = 16 図-6 予測値と実験値の対応 (1) 3.2 住宅地に 10×40 m 程度の建物が立地する場合 戸建て住宅群の中に 10×40 m 程度の建物が 1 棟また は 2 棟立地していると想定して実験を行った。その他 の条件は F2012 を導出した際と同様で,24 配置の実験 を行い,全配置で 2,904 個の ∆LBを得た。 3.2.1 F2012 による予測 (2) (1) と同様に,まずは F2012 を適用した場合の予測 値と実験値について比較した。ユニットパターンの 1 例を図-7 に示す。図-7 の 50 m 付近のように,大型建 物のすぐ前後に音源と予測点が位置する場合,実験値 では最大で 25dB 近く減衰する。一方,F2012 では,直 接音・反射音・1 次回折音のパラメータが全て 0 となる が,定数項の値により-14 dB 以下の値をとることがで きない。よって図-7 のような配置では音源と予測点の 位置関係によって 10 dB 以上の大きな誤差が生じる。 3.3 補正式の検討 住宅群の中に 10×40 m 程度の建物が含まれる場合, F2012 では騒音減衰量を捉えきれないことがわかった ので,その時の誤差(∆LBの実験値と F2012 による予 測値との差)と音源と予測点,及び大型建物の位置関 係を分析することで大型建物に適応させる補正式の構 築を試みた。 44-3
20 30 40 50 60 70 80 X [m] -20 -10 0 Δ L B [dB] receving point road 20 80 X [m] measured predicted 図-7 ユニットパターンの 1 例 N=631 図-8 ∆LB(実験値-予測値) と ∆LCの関係 3.3.1 補正式の構築 補正式を構築する上で,音源と予測点との位置関係 から 2 次回折に伴う減衰に着目した。2 次回折に伴う減 衰の影響をみるため,実験によって得られた 2,904 個 の ∆LBのうち,直接音・反射音・1 次回折音がない場 合 (631 個) について分析を行った。 分析の結果,音源と予測点,及び建物の各点による 単純な経路差だけでは,2 次回折に伴う減衰を捉えら れないと判断し,ASJ RTN-Model 20133)に示されて いる築堤や建物など,回折点が 2 つある場合の回折補 正量 (式 (3.8)) を参考にすることにした。 式 (3.8) を用いて計算した回折補正量 (∆LC) と ∆LB の実験値と F2012 による予測値との差の関係を図-8 に 示す。∆LCは,∆LBの実験値と予測値との差と相関 が認められたため,最小 2 乗法により回帰式を求めた。 以上から,2 次回折に伴う減衰量を捉えるための補正 式を次式で表現した。 ∆Ldif,2= 0.016 { 1− e−0.125·∆LC } (3) なお,音源 S と予測点 P による線分 SP が 1 つも建 物と交差しない時,1つの建物と交差するが 1 次回折 が存在する時,及び 2 つ以上の建物と交差する場合に は ∆LCを 0 とし,ことのき式 (3) の値も 0 となる。 3.3.2 補正後の予測値と実験値の対応 ∆LB の全データについて,補正後の予測値と実験 値を比較した (図-9 左)。補正前と比べると最大誤差は 13.4 dB から 8.2 dB,RMS は,4.6 から 2.7 となり,ど ちらも F2012 を構築した時と比較的近い値となった。 ∆Lbldgsについても同様に比較した (図-9 右)。こち N = 2,904 +3 dB -3 dB N = 24 +3 dB -3 dB 図-9 予測値と実験値の対応 (2) らも補正式により最大誤差は 4.6 dB から 2.7 dB,RMS は,2.3 から 1.1 となり,ともに F2012 構築の際と同程 度の予測精度となった。 以上から,住宅群の中に 10×40 m 程度の建物が 1 棟 または 2 棟ほど含まれる場合においても,提案した補 正式を用いることで建物群による騒音減衰量を捉えら れると期待できる。 4. まとめ 点音源モデルに基づく戸建住宅群による道路交通騒 音減衰量の予測計算式 F2012 の計算の簡略化と大型建 物への適用について検討した。 計算の簡略化に関しては,F2012 の 4 つのパラメー タのうち,算出が比較的容易な ϕ Φと ξ· dSPだけを使っ た簡易計算式を提示した。この簡易計算式は,直接音 成分が小さく,反射音や回折音の影響が大きくなるよ うな条件の場合に精度が落ちる点に留意する必要があ るが,精度よりも簡便さを重視して “戸建て住宅群によ る道路交通騒音減衰量 ∆LB” を求めたい場合に F2012 の代わりとして用いてよいと考える。 大型建物への適用については,模型実験の結果によ り,戸建て住宅群の中に平面形状が 10×30 m 程度の建 物が含まれる場合も,その率が約 60 %以下であれば F2012 で十分に ∆LBを予測できることが確認できた。 また,10×40 m 程度の建物が立地し,その率が約 50 %以下の場合においては,その大型建物のすぐ前後に 音源と予測点がある時に予測誤差が大きくなるが,提 案した 2 次回折に伴う減衰を考慮した補正式を用いる ことで適切に騒音の予測・評価ができると期待される。 参考文献 1) 藤本一寿, 辻京祐, 冨永亨, “平面道路に面する地域における戸 建て住宅群による道路交通騒音減衰量の予測法−点音源モデル の予測式−,” 日本音響学会騒音・振動研究会資料, N-2013-7 (2013.3) 2) 冨永亨, 森田建吾, 藤本一寿, “平面道路に面する地域における 戸建て住宅群による道路交通騒音減衰量の予測法−建物高さと 受音点高さを考慮した予測式−,” 日本音響学会騒音・振動研 究会資料, N-2014-9 (2014.2) 3) 日本音響学会道路交通騒音調査研究委員会, “道路交通騒音の 予測モデル ASJ RTN-Model 2013,” 日本音響学会誌, 70, 172-230 (2014) 4) 日本音響学会道路交通騒音調査研究委員会, “道路交通騒音の 予測モデル ASJ RTN-Model 2008,” 日本音響学会誌, 65, 179-232 (2009) 44-4