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Vol.66 , No.1(2017)047金 炳坤「『三平等義』所引の「注云」について」

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Academic year: 2021

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『三平等義』所引の「注云」について

金  炳 坤

1.著者の問題 本稿で取り上げる『三平等義』は,伝空海(774–835) 『雑問 答』(祖風宣揚会編『弘全』11, 168–170)所収の「三平等義」(身・語・意)ではなく, 婆藪槃豆造『妙法蓮華経優波提舎』(『法華論』)所説の三平等(乗・世間涅槃・身) を論旨とする沙門干心記『三平等義』(『伝全』4, 563–596)である. 『伝全』に記される「干心」とは,身延文庫所蔵『三平等義』(珍本(写本)7) の題下に「沙門𢗩記」とあり,円仁(794–864) 『三身義私記』の題下に「沙門 𢘳𢘳者古文仁字也准御本用𢘳字」(『仏全』24, 82b)と注記されているところから, 仁の古字である忎の誤用であることが推知される1) 筆者の実見し得た本書の写本は次の二点である.元実蔵坊所蔵で『伝全』の底 本である叡山文庫所蔵『三平等義』(真如蔵内典8–72–990)は,前唐院御草本を康 和年間(1099–1104)に薬源が書写したものであり2),承徳三年1099の唐院本に 由来する身延文庫本は,建長八年(1256)に献取が書写したものである.後者の 表紙には「日朝」と所持銘が記されており,かつて本書を所持していた日朝 (1422–1500)の『章疏目録』(『日朝録』)では,本書が「慈覚大師章疏又云前唐院又云 円仁」の項目に記載されている3).即ち本書は,現存する写本二点の奥書により 11世紀を成立の下限とすること,また本書の円仁著作を伝える『日朝録』(初出) により『伝全』が本書を最澄(767–822) に定める根拠として挙げている享保十 年(1725)に可透によって編集された『伝教大師 集録』(『可透録』)よりも数世 紀も先に既に本書が円仁の述作と認められていたことが確かめられるのである. 2.円弘の影響 本書に頻出する「注云」について桑谷(1998, 87)は最澄の未伝 書『法華 釈』を指すものと推定するが,結論から言うと,拙稿2016(前稿)に 究明した通り,これらは円弘注『妙法蓮華経論子注』(『子注』)と同文をなしてい る.詳しくは前稿に譲るが,本書には「注云」に限らず,断らない『子注』との 同文が随所に見られ,特に問答形式で本文と裏書の書き手を異にする本書の本文

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中の答において『子注』が多用され,しかも『子注』が本書構成の骨格をなして いることが解明できたのである. 前稿において筆者は,先行研究の「最澄談・円仁記か」(浅井1973, 55)と,「最 澄講述,円仁筆記」(桑谷1997, 136)という指摘を踏まえ,本書に見られる論述形 式より『子注』(答)の後に続く「私謂」(答に対する私釈・奥野2002, 299)を最澄の 自説(最澄 )と取り,その文末に付される割注(円仁記)や,答と対応関係にあ る「裏書」(「私謂」の用例がないため円仁記)においてその検討がなされていること から,「最澄 ・円仁記」という仮説のもと論考をなしたのである.本稿では 『法華去惑』に最澄自らが「若欲立私義.可置私謂字」(『伝全』4, 168)と述べ,『顕 戒論』(『伝全』1, 117)にその実例が見られることも加えておきたい. されど実は管見の及ぶ限り,最澄 を支持しかつ内容に触れて積極的に論拠を 提示する学説は殆どなく,古くは塩田(1943, 41)の「慈覚作は動かぬ所」を代表 として異説を唱えるものが少ながらず確認できたのである.遅きに失した感があ るが,本稿では現在までに調べ得た本書を引用する文献を中心に,本書の著者問 題について考察し,改めて私論を提示することにしたい. 3.証真の引用  『伝全』が根拠とする『可透録』には「三平等義名出文句私記第 五」(『伝全』別, 53)とあり,本書の書名が証真(1124–1208) 『法華疏私記』巻 第五に出ることが注記されている.該当箇所には割注で「一本三平等義具挙二義 云云」(『仏全』22, 6b)と記されている.『法華疏私記』にはこの他に本書の書名が 3例(引用2,取意1)検出されるが,何れも著者名は記されていない. 3.1. 事例1 『法華疏私記』巻第四本に見られる本書の引用は,離れた二つの問答より前の 問と後の答を別々に採用した恣意的なものである4).『伝全』4, 571では本文に 当り,身延文庫本(9v–10r)では本文中の傍注に当る. 問.龍女即成.何云受記.…三平等義云.○問.五記中.記天女是文殊.何云如来記.○ 答.文殊承仏力故.釈尊語智積云.且待文殊論説妙法.云云(『法華疏私記』『仏全』21, 508b–509a) 『法華疏私記』は龍女の受記を主張する一論拠として本書を挙げているが,引 用文は『法華論』に説示される如来記の五記のうち,所謂「通記」の中に示され る天女の如来記について述べるものである.本書は別の箇所(『伝全』4, 577, 589) において龍女と天女を同義と扱っているが,このような解釈は最澄の他の著作に

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は見当らない.なお,ここでは問しか引用されない前の問答は,文字の出入はあ るが,等海集『等海口伝抄』(1349年成立)第五(『天全』9, 400b)に引用されており, その答が『子注』(下巻18c)と同文をなしている. 3.2. 事例2 同じく巻第四本に見られる引用は,連続する二つの問答より前の答と後の答の 一部のみを採用したものである.『伝全』(4, 579–580)・身延文庫本(20v–21r)とも 本文に当り,『子注』は欠損箇所に当る. 問.若久習小亦在座者.何故記云今拠通途被開不云在座得記.…三平等義云.○文句云. 開三顕一為決定退大.記云生滅度想決定性也.準此決定有多種.過八万者入滅決定.此会 得益者未入決定也.○於昔名決定.於今無此義.是故得益也.云云(『法華疏私記』『仏全』 21, 502b) ここでは,松本(2013, 581)に言及されるように,決定声聞の在座とその得記 を主張する論拠として本書が用いられている.ただ,松本は「最澄 或いは円仁 の著作とも伝えられる」と前置し,本書の著者については論及していない.ここ で注目すべきは「入滅決定・未入決定」という用語であるが,このような用例は 最澄の他の著作には見当らない. 3.3. 事例3 巻第一に見られる取意は,答の要義を抜取ったものである.『伝全』(4, 593)・ 身延文庫本(29v)とも裏書に当り,『子注』とは対応しない. 問.寿量品云.今猶未尽.亦当尽耶.答.三平等義云.○彼是本願未満故.終不尽.此合 上慢.上慢既当熟.故決定亦当熟.取意(『法華疏私記』『仏全』21, 411b) 『法華論』に説示される二種聲聞の未熟を「当熟」とする解釈は最澄の『法華 秀句』(『伝全』2, 69)にも見出されるが,本書において「寿量品」の未尽を「不尽」 とし,その理由づけとして「寿量品」の未は「不対於当」と,『法華論』の未は 「必対当」とする解釈は最澄の他の著作には見当らない. 『法華疏私記』における本書の事例(何れも原文通りではない)は,最澄の他の著 作には見られないもので,その特異さ故の援用であることが指摘できる.なお, 同書には『子注』の直接引用(『仏全』22, 47b)が見られるが,証真は『三平等義』 と『子注』の関係については注目していなかったようである. 4.日蓮の引用 上杉(1935, 232)が「現行本は日蓮注法華経三巻五〇引用に合す」 と指摘するように,本書は日蓮(1222–1282)集『注法華経』の「化城喩品」(T9,

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25b)に傍注で引用されている.つながる四つの問答の答のみを採用し,間に三 つの問答を省いて,続く後の一問答を採用したものである.『伝全』(4, 594– 595)・身延文庫本(26v–28r)とも裏書に当り,『子注』とは対応しない. 三平等義云.○於決定有二種.已 心決定.摂於退大与記.未 心決定.根未熟故.如来不 与受記也.又云.○約決定.有種子・約位決定.今家意.○唯識論等.依種子有無立於五 性.此中決定名種子.大荘厳論等.約位而立五性.此中決定名約位決定.○又云.忍位已前 名不定.忍位已上名決定.故云大荘厳論約位而立五種性也.○問.根未熟決定及退大之外. 有根熟決定性者誰人耶.答云.摩訶 葉等也.(『注法華経』『日蓮聖人真蹟集成』7, 102) ここに関しては先行研究において種々の指摘がなされている.奥野(2002, 302) は「 已 心決定・未 心決定 にしろ 種子決定・約位決定 にしろ本書以外 の最澄の他の著作にその名を見出すことができない」と指摘し,「本書に見られ る用語には最澄の他の著作に比べると特殊なものが多く…実際どの程度まで最澄 自身が関わっていたのであろうかという印象は否めない」と結んでいる. しかし,木内(2010, 113–114)は,ここの約位決定について「ここでは最澄と同 様に約位説が用いられている.このことから,約位説に関しては最澄との関連が 深いと言える」と指摘しており,両者の間には最澄との関係や影響度について見 解の相違が見られる. 木内はさらに続けて「しかし,約位説は他の円仁著作には見られないため,や はり『三平等義』を円仁 とするのにやや抵抗が感じられる…『三平等義』は約 位説を採用している点で,『金剛頂経疏』 述以降の円仁説と比べると,やや前 段階に位置づけるべきかと思われる.もちろん円仁の入唐以前の著述とすれば矛 盾は生じないとも言える」と指摘し,一応円仁著作を容認する立場を取ってい る. なお,木内が本書の別の箇所(『伝全』4, 577–578)を引いて「行仏性を二つの要 素に分け,その一つが成仏に必要であるという論理は,完全に最澄説に矛盾して いる」と指摘するところは『子注』引用と考えられるところである5) 5.円仁の述作か そもそも本書の著者問題は,現に『伝全』に本書が収録さ れていることも爾り, れば可透により本書に最澄 というレッテルが貼られた ことが尾を引いている.可透の根拠とするところは知らないが,『決権実論』に 「天親菩 をはじめとするインドの諸論師は,内証の一乗を説き,三平等の義を 伝う」(『伝全』3, 424)とあり,『法華秀句』には「三平等とは法華の大義なり」(『伝 全』2, 65)とあるから,最澄にとって三平等という概念が如何に珍重されたか問

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うまでもなく,或いは可透はこのような記述に影響を受けたかも知れない. ここで問題は,上記に見てきた通り最澄 は否定されるにしても,円仁記を肯 定するまたは否定する根拠を筆者に提示し得ないところである.そこで再び本書 の論述形式について注目してみると,この問題を論ずるためには何よりも分量 (身延文庫本が数紙多い)や問答の順序などに相違が見られる現存する写本二点の校 訂作業が先行されねばならないが,本書は問答・「私謂」をなした人物に加え, 割注・「裏書」など,その成立に複数の人物が関わっている. こうした形式を有する文献は,円仁著作では『三身義私記』(『仏全』24)に「私 謂」が13例(「私記」1例を含む)見られ,円仁仮託書で円珍(814–891)以降の成立 と見られる『妙義口伝集』(『日蔵』40)では「私云」が6例(「私謂」1例を含む)あ り,同上『義綱集』(『日蔵』40)では「私謂」が36例(「私云」3例,「私 云」1例,「私 引一行書」2例を含む)と,各巻末に「注記」(裏書)を具えている6).ことに「私謂」 に関して言えば,安然(841–889?) 集『観中院 定事業潅頂式具足支分』(『日蔵』 42)に102例と頻出することが確認できる. これはある種の傾向と見るべきものではなかろうか.円仁の影響下にある同時 代の上古天台における一種の釈風とも思われるこうした形式は,例えば,円仁記 (問答・私謂)・別人注(割注・裏書)など,幾通りも考え得る本書著者の組合せを 検する上で,重要な手掛かりになり得るものと考えられる. 6. 安然の割注か 本書には『子注』(下巻15c)と同文をなす一問答が採用され ているが,その文末に「此一問答即弘師問答耶」(『伝全』4, 565)と割注が付され ている.採用者自身が『子注』の問答か否かを問うはずもなく,この割注が円弘 を知っている別人の所為であることは明かである.ところで円弘と言えば,安然 『教時諍論』に「玄隆・円弘・補昉・秦賢」(T75, 365c)とその名が見え,これ だけの記述であるが,ここは円弘新羅人説を主張する有力な根拠になっていると ころである.それだけ円弘の資料は乏しい.同書において安然自らが「在道則慈 覚大師之門人也」(T75, 369a)と述べているように,両者は師弟の間柄である.こ のことは何を物語っているのであろうか. かくして本稿では,証真と日蓮の引用文を検討し,最澄 とは見なし難いこと について論証すると共に,この問題は比較的新しい目録である『可透録』を基と する後代の誤認でしかないと結論づけた.また,本書の形式的な特徴に類する文 献を調査し,総合的な分析による著者究明の可能性について指摘すると共に,私 案として「円仁記・安然注か」という組合せを提示した.拙稿2017において指

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摘した通り『子注』は注釈に引く『法華論』の本文が古い形を示す点でも価値が 高いが,その『子注』を拠り所とする本書は,上古天台における『子注』研究の 一つの成果と見なし得る著作とも言えるのである. 1)浅井(1973, 55),『新版日蔵』98, 317(多田孝文),桑谷(1997, 131)参照. 2)桑谷(1997, 131)が真如蔵本を康和二年(1100)の書写とするのは誤り.尚,『伝全』 の豪源は薬源の誤読か.薬源については井上(1956, 205)参照. 3)木村・金(2013, 22)参照.因みに『伝全』別巻所収の『伝教大師章疏』は『日朝録』 より当該項目のみを別録したものである. 4)引用文中に付した○は本書における問答の区切を表す. 5)対応関係にある『子注』は欠損箇所に当るが,別の箇所(下巻23d–24a)に同文が見ら れる. 6)大久保良順(『新版日蔵』98, 389)は『義綱集』の形式は『円多羅義集』『法華論四衆声 聞日記』の系統を引くもので『妙義口伝集』と同類の偽書であると指摘する. 〈参考文献〉 浅井円道 1973 『上古日本天台本門思想史』平楽寺書店. 井上光貞 1956 『日本浄土教成立史の研究』山川出版社. 上杉文秀 1935 『日本天台史』破塵閣書房. 奥野光賢(1996) 2002「最澄 とされる『三平等義』について」『仏性思想の展開―吉蔵 を中心とした『法華論』受容史―』大蔵出版,292–305. 木内堯大 2010 「初期日本天台における無性有情成仏の論理」『天台学報』52: 109–117. 金炳坤 2016 「 三平等義 の成立に関する研究」『身延山大学仏教学部紀要』17: 1–34. ― 2017「流布本『妙法蓮華経優波提舎』考」『宗教研究』90 (別冊): 306–307. 木村中一・金天鶴編集 2013 『目録集三』身延山資料叢書三,身延山大学東洋文化研究所. 桑谷祐顕 1997 「干心記『三平等義』について」『天台学報』39: 130–139. ― 1998 「最澄の『法華論』研鑽について」『天台学報』40: 82–90. 塩田義 1943 「法華論の研究」『棲神』28: 1–48. 日蓮聖人真蹟集成編集 1976 『日蓮聖人真蹟集成7』法蔵館. 松本知己 2013 「 法華文句 所説の五種声聞について」『印仏研』61(2): 578–583. 〈キーワード〉 円弘,最澄,円仁,安然,証真,日蓮,等海,日朝,『妙法蓮華経論子注』 (身延山大学准教授,博士(文学))

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