1.論文の構成 第1 章 はじめに 第1 節 問題意識と研究目的 第2 節 先行研究の検討 第3 節 研究方法 第1 項 調査対象と手続き 第2 項 分析方法 第2 章 保育者による子ども理解の概念の整理 第1 節 保育という営みの性質 第2 節 子どもを理解することの現象学的意味 第1 項 子どもという世界を理解すること 第2 項 主観と省察の関係 第3 節 子どもを理解することの人間学的意味 第3 章 子どもを理解する保育者の枠組み 第1 節 定性的コーディングによる分析 第1 項 子どもの表現の了解に関するコード 第2 項 子どもの表現への意味付与に関するコード 第2 節 保育者が行う子ども理解の方法 第1 項 A 教諭に固有なコード 第2 項 S 教諭に固有なコード 第3 項 両教諭に共通のコード 第4 章 保育者による子ども理解のプロセス 第1 節 難しい子どもを巡る理解 第1 項 A 教諭の難しい子ども理解 第2 項 S 教諭の難しい子ども理解 第2 節 比較法による事例の考察 第1 項 類似事例の考察 第2 項 対極事例の考察 第3 節 保育者による子ども理解の志向性 第5 章 おわりに 第1 節 総合考察 第2 節 本稿の課題 2.論文の梗概 第1章 はじめに 近年,OECD(2012)が「保育がもたらす広大な利益 は,保育の質に依存する。」と述べるように,保育を巡る 中心議論は質的なものに焦点が当てられつつあり,日本 においても保育制度の変化等に伴い保育の質が間われる ようになってきている(本間 2012)。中でも,とりわ け保育の質の議論を活発にしている要因は,教育目標や 内容,評価の基準が実践者以外に見えにくいという保育 が有する教育方法の根源的な特質にある(秋田・箕輪・ 高櫻 2008)。そのような性質を有する保育の基盤には 保育者による子ども理解があり,それは可視化されにく い保育の質を規定する。つまり,「保育の質を高めるため には,保育者が子どもをいかに理解するという問題が検 討されねばならない」(津守 1986)のである。 保育における「理解」とは,保育の場で展開される事 象を保育者が恣意的に構成することではなく,アプリオ リに存在する世界の意味に主観的に近づくことを指す (浜口 1999)。そして,子どもを「理解するとは,知 識の網の目に位置付けることではなくて,自分が変化す ること」(津守 2002)であり,「子どもとともに時を過 ごしていたときに漠然と理解されていたことが,距離を おいて見るときに,より明瞭に意識化され,省察によっ て意味を与えられる」(津守 1987)。したがって,保育 者による子ども理解はすぐれて主観的なのであって,客 観的で価値中立的なものでありえない。しかしながら, 従来の子ども理解研究は,科学的な客観性を重視しすぎ るあまり,特定の場面における保育者の認知的側面の特 徴を示すにとどまっており,「保育者の持つ実践に関す る認知的側面を動的なものとして捉えられていない。」 (上山・杉村 2013) 以上より,本研究では保育後に行われる1 日の保育の 振り返りを省察と捉え,保育者による省察の分析を通し て,保育者による子ども理解の特質を明らかにすること を目的とする。 保育者による子ども理解の方法や特質を実証的に明ら かにしようとした研究には,例えば保育者による子ども の行動特性の捉え方を分析することで保育者の子どもの 見え方を明らかにしたもの(秋田・安見 1997)や,初 心者と経験者との比較分析により経験年数の違いによる 子どもの見方の違いを明らかにしたもの(高濱 2001)
保育者による子ども理解の特質に関する一考察
−1 日の保育実践の振り返りとして行われる保育者の省察の分析を通じて−
キーワード:子ども理解,省察,保育者,難しい子ども,人間学 所 属 教育システム専攻 氏 名 池田 竜介が挙げられる。しかしながら,それらの研究では質問紙 調査を基にした量的な分析方法が採られており,保育者 と子どもとの具体的な関係性を掘り起こす省察のプロセ スを描いていないため,保育実践のダイナミズムを捉え ることができていない。 子ども理解と省察が密接に関係している以上,保育者 自身と子どもとの関わりの中での理解を捉える必要があ る。そうした観点から,2 年間の参与観察と聞き取りの 内容を分析することで保育者の専門性として発揮される 子ども理解の特質を明らかにしようとした吉村・田中 (2003)の研究は示唆に富んでいる。しかしながら,保 育者が個々の子どもを意味づけるプロセスよりも,例え ば保育者がなぜ子どもが泣いたのかを推論するような状 況説明の方法に考察の比重が置かれており,保育者によ る子ども理解が「現実と合致しない幼児理解につながる こともある」という結論が分析結果の1 つとして提示さ れている。ここにおいては,現実としての客観的な正確 性よりも保育者の主観的な解釈の確実性の構造を問うべ きなのであって,保育者の主観性を軽視しているために, 吉村らの研究は保育者による子ども理解の特質を捉える ための考察としては不十分であると考えられる。 以上の先行研究の検討により,いかにして保育実践の 日常性を再現・記述し,その日常性の中で行われる保育 者による子ども理解をいかにして捉えるのかという研究 課題が導き出される。その研究課題に応えるために,本 研究では以下の研究方法を採用した。 調査対象は,ベテランの保育者であり,かつF 市内の 幼稚園関係者からの評価が高いX 幼稚園の A 教諭と Y 幼稚園のS 教諭を選定した(表 1 を参照)。調査期間に ついて,X 幼稚園では,2013 年 9 月 18 日~2013 年 10 月29 日の間に計 8 回の調査を行っており,Y 幼稚園で は,2014 年 4 月 28 日~2014 年 7 月 14 日の間に計 6 回 のフィールドワークと聞き取りを行った。なお,本研究 では子どもの仮名を太字で表記している。 <データの収集に関して> ① 対象保育者の保育実践に対してフィールドワークを 行う。その際,ビデオ録画及びメモを取ることで,調 査中に関心にとまった場面や事柄を記録する。 ② 園児の降園後,その日の保育について筆者が疑問に感 じたことを聞き取る。 ③ 聞き取りの内容を逐語的に文字に起こし発話データ を作成する。同時に,フィールドワークの記録データ を整理してフィールドノーツを作成する。 <データの分析・考察に関して> ④ 現象学と人間学の知見を参照しながら,保育者による 子ども理解に関する概念を整理する。第2 章を参照。 ⑤ 発話データに定性的コーディングを施すことで,保育 者の子ども理解の枠組みを構成する。第3 章を参照。 ⑥ 定性的コーディングによる分析結果を基にして事例 の考察を行い,保育者が子どもを理解するプロセスを 描き出す。事例の選択に関しては,理論的サンプリン グに依拠して行う。第4 章を参照。 ⑦ 各章の内容を踏まえた上で,保育者による子ども理解 の特質の解明を試みる。第5 章を参照。 第2章 保育者による子ども理解の概念の整理 生活を重視し,子どもとの日常的な生活の中で子ども の可能性を実現させる保育において,子ども理解の概念 は包括的であり曖昧であるため,研究のテーマや領域に よって恣意的に用いられることが多い。したがって,本 研究における子ども理解概念の位相を探るために,本章 ではありのままの生活経験の経験を記述することを目指 した現象学的観点から,そして人間にとっての現象の意 味を問う人間学的観点から子ども理解の概念を整理した。 その結果が図1 になる。 保育者として持つ価値観を通り,情報は知覚され解釈 される。解釈は,「何ものかをその意味において認識す る」了解と「世界に対して何らかの態度を決める」意味 表1 調査時の対象保育者の概要 図 1 理解の構造モデル A教諭 S教諭 保育歴 22年 34年 性別 女性 女性 担当 年中クラス担任 総務 年長クラス担任 総務 備考 F市優秀教員賞の 受賞経験が有る 表1 調査時の対象保育者のプロフィール 図2 理解の構造モデル 知 覚 認識 保育者 意味 付与 解釈 感情移入 意味了解了解 態度決定 子 ど も 価 値 観 感覚 価値判断 根源的な生活経験 一般性の領野 省察
付与という2 つの思惟により行われる。その際,省察に よって子どもと保育者の関係において「一般的」な現象 を掘り起こすことで,「一般性」に隠された「恣意性」と 「先入観」を意識化する。解釈と省察の思惟を経た後に, 保育者の世界に対する志向性が導き出され,子どもの表 現は保育者によって確実に理解される。 第3章 子どもを理解する保育者の枠組み 本章では,前章によって示された解釈と省察の部分に 焦点を当て,聞き取りの発話データに対して定性的コー ディング(佐藤 2008)による分析を行った。具体的に は,まず発話データを内容ごとに整理し(セグメント化), それぞれの内容に対して1 文程度の小見出しを思いつい たままつけていき(オープン・コーディング),それぞれ の要約文をより抽象度の高く,比較的少数の概念カテゴ リーに割り振った(焦点的コーディング)。 その結果,了解に関しては【性格】【交友】【遊び】の 3 つの上位概念とそれらに対応する 42 個の下位概念を 析出した。意味付与に関しては,19 個の概念を析出した。 コーディング結果については,調査対象園の職員と九州 大学方法学研究室の関係者から確認を受けている。各概 念の説明は紙幅の都合上省略する。 A 教諭のみに析出されたコードから,A 教諭は子ども の経験量を子どもを理解する1 つの尺度として用いてお り,また自身の理解の枠組みに捉えられない子どもの言 動に対しては意味付与を行うよりも,不思議な子どもと して了解することがわかった。また,A 教諭の特徴とし て,保護者の子どもへの関わり方を気にしたり,自身が その子へどう関わるかを想定しながら子どもについて語 ることがわかった。 S 教諭のみに析出されたコードから,自分らしさを十 分に表現している子どもを素直で子どもらしい子どもと 捉えており,筆者からみるとふざけることが多い子ども でも子どもらしく遊んでいると肯定的に受け止める姿が 見られた。また,子どもが集団活動に参加できるように なってほしいという思いを持っていることが示された。 両教諭の共通点として,大人からどう見られているか を気にする子どもや遊びこめない子どもを心配し,活動 に対して子どもがこだわりを持っているか否かを理解の 規準としていることがわかった。また,友達の良さを認 めることができる子どもや自身の気になる子どもと積極 的に関わってくれる子どもを肯定的に捉え,ズルをした り友達に嫌なことをするような言動においてのみ子ども を否定的に捉えることがわかった。 第4章 保育者による子ども理解のプロセス 本章では,前章の結果を基にしながら事例研究を行い, 保育者による子ども理解のプロセスを描き出した。事例 の選定については,「難しいと感じた経験には,保育者は より一層意味づけや重ねづけを与える可能性」(高濱 1997)があることと理論的サンプリング(木下 1999) に依拠した。そのため,まずその子に関する初発の語り でA 教諭に難しいと意味づけられたまきと S 教諭に難 しいと意味づけられたし ょ う ご を意識しながら調査を 行い,2 人の関する語りの事例を考察した。その後,難 しい子どもの事例に対する類似事例としてA 教諭の気に なる子どもであるあ ゆ み に関する語りを選定し考察を 行った。同時に,難しい子どもの事例に対する対極事例 として調査初期の段階でS 教諭が肯定的に評価していた かおりに関する語りを選定し考察を行った。 それぞれの語りを考察した結果,保育者による子ども 理解のプロセスを描き出した(図 2 を参照)。なお,各 事例に関しては表2 を参照してほしい。 本章で扱ったすべての事例において,≪懸念≫という コードが析出されており,保育者はそれぞれの子どもに 何らかの課題意識を抱いていた。そこから保育者は,課 題意識に対する有効なアプローチが思いつかないときに ≪難しい≫子どもと認識する。そして,本研究において ≪成長≫が析出されたのは,まきの団子づくりやしょう ごの片づけ,かおりの保育者に対する高圧的な振る舞い であり,どれも保育者にとっては思いがけなかった出来 事である。だからこそ,保育者の印象に強く刻まれ,≪ 成長≫という意味づけへとつながったと推察される。 一方で保育者は,自身がその子に抱く課題意識に対し て,援助の見通しが立つときに≪課題≫を抱えた子ども として認識する。このように,≪難しい≫と≪課題≫の 間には,保育者がその子への関わりを選択する際に困難 だと感じる意識の差が存在する。ゆえに保育者は,≪難 図2 保育者による子ども理解のプロセス 図4 保育者による子ども理解のプロセス まき しょうご あゆみ かおり ≪懸念≫ その子に対する課題意識が生まれる ≪難しい≫ 課題意識の強化 援助の困難さ ≪課題≫ 課題意識の強化 援助の見通し ≪フォロー≫ 課題意識の抑制 または一部容認 ≪ポジティブ≫ :難しい子ども :類似事例 :対極事例 :コードの影響 ≪成長≫ 課題意識の一部解消 偶発的な出来事
しい≫子どもに対する課題意識を解消してくれるかもし れない子どもについては≪ポジティブ≫に捉えるのだと 考えられる。 また,唯一≪成長≫が析出されなかったあゆみにおい ても,A 教諭はその自己中心的な振る舞いを消極的に捉 える一方で,それがあゆみのいいところでもあると≪フ ォロー≫していた。いずれにせよ,どの事例においても 子どもは劇的に変質しているわけではなく,それが本当 に変質しているかどうかも正確には把握できない。しか しながら,仮に子どもが変質したとして仮にその部分が 小さな側面だったとしても,その中に子どもの良さを確 実に認めようとする保育者の意志は,本章の事例の考察 を通して読み取ることができた。 第5章 おわりに 本研究では,まず現象学及び人間学の知見を基にして 子ども理解の構造を示した。その後,そこで示された解 釈と省察に焦点を当てて分析と考察を行い,保育者によ る子ども理解の枠組みと保育者が子どもを理解するプロ セスを描き出した。その結果,以下の結果が導出された 保育者による子ども理解は,子どもの情報を正確に把 握するよりも,子どもの表現に潜む良さを確実に認めよ うとする価値志向性を有しており,本研究においてそれ は子どもの成長を認める保育者の意志的な行為のプロセ スとして表現された。そして,保育実践におけるこのよ うな理解は,「相手の成長を助け,生活を高め,一層希望 をもって生きることを許すならば,その理解の仕方は妥 当」(津守 1986)性を有している。 しかしながら,保育の中で子どもが明確に変質した様 子は筆者からは確認できず,それはつまり子どもが変わ ったというよりも保育者自身の認識が変わったと解釈す る方が妥当である。そうした観点に立ったとき,子ども の成長を認めるという形での保育者の認識の変容は保育 における子ども理解の深まりを意味しており,保育者自 身の成長として受け取ることができる。 このように,保育者の中で子どもが成長し,同時に保 育者自身も成長する「相互成長的な理解」こそ保育者に よる子ども理解の特質であると位置づけることができる。 しかしながら,本研究においては以下の課題も残され た。第1 に子どもを理解するプロセスの多層性を描く必 要があること,第2 に子ども理解が保育者と子どもとの 関係性に及ぼす影響を捉えること,第3 に価値観や幼稚 園の文化といった保育者が意識化できない要因の影響を 捉えることである。これらの課題に応えるためには,保 育者と子どもとの相互行為からなる保育の実際まで分析 の視野を広げる必要がある。同時に,価値観や保育者に とっての常識的行為などのような保育者が明確に言語化 できない領域を記述するための方法論が求められるよう に思われる。 3.主要参考文献 ○ 佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法:原理・方法・ 実践』新曜社 ○ 津守真(1989)『保育の一日とその周辺』フレーベル 館 ○ 津守真(2002)「保育の知を求めて」『教育學研究』 第69 巻第 3 号,pp.357-366 ○ M.J.ランゲフェルト,H.ダンナー著,山崎高哉監訳 (1989)『意味への教育:学的方法論と人間学的基 礎』玉川大学出版部 ○ M.メルロー=ポンティ著,竹内芳郎・木田元・宮本 忠雄訳(1974)『知覚の現象学2』みすず書房 表2 各事例の概要 まき しょうご あゆみ かおり ≪懸念≫ ≪懸念≫ ≪懸念≫ ≪懸念≫ ・人の面倒をみることでしか 自己有効感を保てない ・母親の会話を気にする ・小学校できつい思いをす るかもしれない ・発達上の何かを抱えて いる可能性がある ・自分の心にブレーキをか ける ≪難しい≫ ≪難しい≫ ≪課題≫ ≪課題≫ ・自分で楽しいことを見つけ ることができない ・かほ以外と遊ばない ・集団活動に参加できない ・かんしゃくをよく起こす ・幼稚園に登園することが 少ない ・自分がしたいことを最優 先させる ・2回説明しないと次に移 れない ・我を通してしまうところが ある ≪成長≫ ≪成長≫ ≪フォロー≫ ≪成長≫ ・保育者に甘えられるよう になった ≪ポジティブ≫ ・自然に友達の良さを認 めることができる 表9 各事例の概要 ・集団活動に参加できるよ うになった ・自分のしたいことには一 直線で止まらない ・いいところでもあり困った ちゃん ・泥団子作りを1人で一生懸 命している