歴史の授業 を単元化す る
生徒が思考 し,探求する授業 を求めて
は じめ に
私 は中学校社会科 の授業づ くりをす る上 で, 生徒が思考 し,探求 してい く場面 を設定す るこ
とを大切 に している。そ して,思考や探求 とい う活動が生徒一人 ひ と りにとって意義深 く, し か も楽 しい ものになるよう心がけている。 さら に,教 え子か ら歴史研究者 になる人材 を輩出 し たい とも思 っている。そ うした中で取 り組 んで いる授業実践か ら二つの事例 を紹介 したい。い ずれ も数時間を一つの まとま りとして単元化 し た実践事例である。
生徒 が思考 し探求す る授業 を構想 す るには, 授 業 を5‑15時 間程度 の まとま りで 「単元化
」
す ることが必要である。 ここでい う 「単元」 と は,‑つの大 きな学習の まとま りを指す。つ ま り,生徒 か ら見 て 「何 を学ぶのか」 とい うこと がわかるような学習 (内容)の単位 の ことであ る。だか ら,単元名 には
「 ○
○ とは何 か」 とか「なぜ ,○○ なのか」 な どとい った問いの形が あ らわれ ることが多い。そ して,その問い を追 究 してい くこ とで さまざまな学習内容 (知識) や学習方法が身についてい くとい う,そ うい う
まとま りが 「単元」 である。生徒 に とって,あ る学習課題があって,それを追究 していって一 つの結論 に達 した ところで (あ らたな疑問が生 まれ るに して も),単元 が終 わる と考 えて もよ いであろ う。
ところで,歴史的分野 は,地理的分野や公民 的分野 に比べ て 「単元化」が難 しい と思 われる
鈴木 浩
分野である。 それは,学習指導要領の項 目立 て が,内容の連 関ではな く,基本的 に時系列で配 列 されているか らである。例 えば,地理的分野 においては,地域の規模 の応 じた調査 とい う項 目があ り,調査活動が ひとつの学習の まとま り を形成 しているので,教師が特 に意識 しな くと ち,単元化 した授 業 になって しまうのであ る。
具体 的に言 えば
,
「身近 な地域 を調べ よう」
「神 奈川県 って どんな県 ?」 とい った具合 であ る。しか し,歴史的分野の学習指導要領の ように時 系列で内容が配列 され る と,区切 り目を付 けに くく,学習 の まとま りを作 りに くい。 だか ら, と りあえず政権 の交代 時期 で区切 って単元 にす る (実際 は, まとま りが な く,単元 とは言 えな い ような場合 が ほ とん どであ る), とい うこ と が広 く行 われている。 しか し,それでは,生徒 が
「 ○
○ って何 だろう」 と考 えて追究 してい く ことが難 しいのである。では,私が どの ような工夫 によって 「単元化
」
をはかっているか,実践事例 に若干の考察 を加 えて紹介す ることで 「単元化のすすめ」 とした
い 。
なお,今 回紹介す る実践例 は表の とお りであ る。実践例 1で は
,
「一遍聖絵」 を教材 と して 中世社会の特性 を追究する単元 を,生徒 の思考 の流れ を中心 に紹介 したい。実践例2では,足 尾銅 山の煙害 によ り消滅 して しまった松木村 に 今 も残 る墓石の写真か ら, 日本の近代化の影の 部分 に迫 る単元 を紹介す る。 こち らは,教 師側 か らの問題提示 に,生徒がいかに絡 んでい くか<表 実践事例の概要>
単元名 時間 おもな単元のねらい おもな教材 学習方法
藁 一遍はなぜ全国を歩いたの 12 ・一遍の生き方を通 して, 一遍聖絵,文書 模写,集団思考
践
例1 か ? いや願いをつかみ,自分の言葉で表現できる〇歴史的事象にもとづいて説明できる○中世社会に生きる人々の思・中世社会の時代的特徴を 資料
実 近代化の光 と影 6 ・松木村の事例から,近代 教師が撮影 した 集団思考
とい った視 点 で見 てい た だ け る と幸 い で あ る。
いず れ に して も,生徒 が ひ とつ の歴 史事象 や史 料 を核 と して,あ る時期 の社会 の有 り様 をつか んで い くとい う学習 の ようすが お わか りい ただ ける と思 う。
1 実 践 例 1 一 遍 は な ぜ 全 国 を歩 い た か (1) なぜ絵巻物 か
私 が授 業 を単元化す る ときに,単元 の核 (そ の単元 の本 質 につ なが る内容 や教材 ) に何 を も って くるか を繰 る こ とを大切 に してい る し, ま た楽 しみ に もしている。
2年程 前
,
「中世 の 日本 」 の単 元 化 を構 想 し た ときに, 日本 の 中世 史 を概観 し,時代 の特徴 を (学習指 導要領 で も重視 してい る) つか ませ るため に, どの教材 を どん な方法 で用 意す れば よいか考 えた こ とが あ った。 その ときは, もと もと私 自身 に も興味 が あ り,教材 も豊富 に用意 で きて過去 の 自分 の実践 で も生徒 が活発 に学習 した こ との多 か った,一遍 の絵 巻物 を中心 の教 材 と して利用す る単元 を構想 した。次 に,一遍 の絵 巻物 の教材 と しての有効性 に ついて述べ る。
(∋絵 巻 物 等 の絵 画 史料 は,原 史料 で あ る。 (写 真版 だか ら厳密 には原 史料 で はないが)
この教材 には,生徒 に原 史料 と出会 わせ る と い う意味 が あ る。文書 史料 で は中学生 には扱 う のが難 しい けれ ど も,絵 画 であれ ば生徒 な りに 読 み解 くこ とが で きる。 ナマの史料 か ら中学生 な りに歴 史事 象 を読 み とっ て い くとい う学 習 は,歴 史研 究 の もっ とも基礎 的 な作 業 の体 験 と なる。
②絵 画 資 料 に は, 庶 民 の 姿 が 多 く描 か れ て い る。
絵 画 史料 は古文書 な どの文書 史料 には描 かれ ない庶民 の姿 が, ビジュアル に表 され てい る こ とが魅 力 であ る。庶 民 の生 きる姿 は生徒 に とっ て身近 な対 象 であ り,追究 してい く意欲 をか き たて る。 なお, 中世 の史料 に描 か れた庶民 の よ うす につ いて は,黒 田 日出男氏 をは じめ,多 く の 中世 史 家 の研 究 が あ り1),民俗 学 の側 か ら も 多 くの研 究が な されて い る こ とはい うまで もな い。 こ うい う教材 を扱 うと きに, それ らの文献 を読 み,私 自身が読 みの力 を レベ ル ア ップ させ てお く必 要が ある。
③ なぜ ,鎌倉仏教 が隆盛 したか とい う疑 問がす
‑ 62‑
ぐに導 き出せ る。
一遍が僧侶 であることは,生徒が見 て もす ぐ に理解で きる。 また,彼 の周 囲に大勢の人々が 集い,念仏踊 りを踊 った り見学 した りす る様子 に驚か され もす る。 この ことか ら発展 して,坐 徒が, なぜ鎌倉時代 にあれほ ど多 くの仏教家が 出現 し,それが全 国に広 まったのか とい う課題 をもっ ことはそ う難 しいことではない。そ して, さらに浄土宗,浄土真宗, 日蓮宗,曹洞宗,臨 済宗,時宗 な どが,現在 のわた したちの くらし にも多 くの影響 を与 えている事実 を学 び,それ を追究す ることは,生徒が,中世社会の有 り様 を探 ってい くのに,わか りやすい探求のルー ト となる。
④絵画資料 は広が りが予想で きる。
一遍の絵巻物 には,庶民だけでな く,いろい ろな人 たちが措かれてお り,そこか ら,その時 代 に生 きた人たちの全体像が,同時代 的に面 と
して把握で きる。内容の系統で歴史学習 を して いる と,だれ とだれが同時代 の人物か,その時 代 ので きごとは何 か,そ して,人々の くらしは どうであ ったか とい うことが とて も把握 しに く い。 ところが絵 画史料 は, その時代 を生 きる 様 々 な人 た ちが生 き生 きと表現 され てい るか ら,生徒 にとって も視覚的に理解 で きるのであ る。
以上の ような, この教材の もつ特性 を考 えて 授業 を構想すれば,生徒が思考 し,探求 しなが らも,お さえなければな らない内容 もつか ませ ることが可能 になるのである。
(2)生徒 の思考
まず単元の導入で,教科書2)に掲載 されてい る一遍の絵巻 の うち,一番興味 をもった部分 を 模写 させ る。 この模写 とい う学習 は歴史学習の 作業的な学習 として大変有効 である。 この授業 を していた当時,神奈川区で採用 していた教科 書 には一遍 の絵巻物 が数多 く採用 されていた。
さらに資料集 も使用 していたので,それ も利用 した。模写の効用 についてはここでは詳述 しな
いが,少 な くとも生徒 は絵 を模写す ることで, 資料 (史料) をよ く見 ることにな り,ただなが めているだけの ときとは違 う視点 をみいだす は ずである。
そ して次 に, 自分で描 いた場面 について,で きるだけ多 くの疑問 を出 させ ることに した。生 徒 に疑 問 を出 させ る場合 ,「質 よ り量」 で どん
どん疑問 を出 させ ることが大事である。
ここで有名 な 「福 岡の市」 の場面 を取 り上 げ た生徒 の疑問か ら,い くつか挙 げてみ よう。
【生徒 の疑問か ら】
・何 を売 っているのだろ うか ?
・もの を買 っている男 の人 は貧乏そ うなのに お金 をもっているのだろうか ?
・今の1000円で どれ くらい買 えたのか ?
・白い布 をかぶ っている人がいるのはなぜ ?
・売 っているの とはいているの とは きものの 高 さが違 うのはなぜ ?
「一 遍 聖絵 」 の物 語 は どの よ うな話 なの か ?
・お坊 さんや尼 さんが多いのはなぜ だろう ?
・中国のお金 を使 っている とい うけ ど,中国 の人はいたのか ?
・なぜ , 日本で も中国のお金 を使 っているの か ?
・この絵巻物 はだれが措いたのか ?
・この絵巻物 は何のために描 いたのか ?
さて, これ らの疑問 を読 んでいただければわ か ると思 うが,資料 を見 て (‑読 み解 いて)気 づいた疑問 を出す ことで,すで に生徒 は思考 し ている といえる。子 どもは, まず,
(∋ どの絵 に しようか とい くつかの絵 を見 る J
② 自分 な りの着眼 をもって絵 の中のある部分 に 注意す る
J
③ それ らを疑問化す る, とい う活動 をしている。
これだけで も 「生徒 が思考す る場面」 といえ
るが,中学生 としては思考 の レベルがやや浅 く はないだろうか。 中学生であるな ら,疑問 とし て出 された意見 をまとめた り, もう少 し自分で 調べ てみた りしてそれ らを課題化す ることが大 切 だ し, さらにその課題 に自分 な りの解答 が導 き出せ る ところまでの追究 を期待 したい ところ である。そ して,そこまで到達 したな らば,坐 徒が課題 を探求 した単元 となる。
(3)課題の解決 とあ らたな課題
実際 この実践では,生徒 はさまざまな意見交 換 を してい く中か ら 「なぜ一遍 は全 国 を歩 いた のか」 とい う課題 を兄 いだ し,それ をクラス全 体 で解決 してい く過程 で,中世の庶民の 「お も いや願 い」 は どの ようであったのか とい うあ ら たな課題 に気づ き,生徒一人 ひ とりがその課題 について考 える授業 になったのであった。
この単元学習で,生徒が単元の最後 の まとめ で書いた文章 をい くつかあげてみる。
・鎌倉時代 は,一遍の踊 り念仏 な どが人々の心 をとらえてい ったことがわか った。一遍 は何 を伝 えるために全 国 を歩 き回ったのか,何が 人々の心 をとらえたのだろ う, と考 えた。政 治が安定 していなかったのか,生活の苦 しい 人がた くさんいたのか と考 えた。
・一遍が広 め ようとした仏教が,商人達の口伝 えな どによ り広が り,その手軽 さで さらに広 が った。庶民 は争いな どで世の中が荒れてい たので,せめて,死 んでか らは良い思 い を し ようと思 ったのではないか。
・一遍が 「極楽 に行 けるよ,一般 の庶民 も念仏 を唱 えれば」 って言 った とい うことは,その 頃の 日本 はあ ま りよ くなか ったので は ない か。みんな仏教 に希望 をゆだねたのかな と思 いま した。
・仏 教 は庶 民 の心 を と らえ る よ うに な った。
人々は どんな願 いか ら仏教 にすが るようにな ったのか。
こうした まとめの文章 を読 む と,生徒が,中 世 に生 きる人たちの思いや願 い,社会の有 り様 , 鎌倉新仏教が起 こって きた背景 な どにつ いて, 自分 な りに考 えようと していることがわかって いただけると思 う。
生徒の導 き出 した結論 は,
① 一遍の ような活動が社会 に受 け入れ られた とい うことは,その社会 に何 か苦 しみや悲 しみ,心の荒れ,迷 いなどがあったか らで あろう。
② なぜ ,庶民がその ような気持 ちになってい たか と言 えば,社会が不安定であ り,争 い 事が絶 えなか ったか らではないか。
とい うことになる。生徒 の思考 は,一遍が なぜ 全 国 を歩いたか とい うことよ りも, なぜ庶民が 一遍の布教 に反応 したか とい う方向に向いてい
った。
このあ と,授業 は さらに展 開 して,社会の不 安定 さや争 い を示す歴史事象 をあげてい こうと い うことにな り, さらに,次の時代 には どうな ってい くか を話 し合 い,「‑挟」 について調べ ることになっていった。
この ように, この単元 は,一遍の絵画 を模写 か ら出発 し,そ こか ら導 き出 した疑問 を課題化 し,その課題 について集団思考 的にみんなで考 え,まとめ として,当時の人々の 「思いや願い」
にいたるとい う学習の流 れになった。 こう した 過程 を通 して,生徒 は課題 を自分の課題 として 捉 え られるのである。歴史の授業で よ く見 られ る,歴史事項 を時系列 に並べ,教 師が一方的に 因果の連鎖で説明 を してい く授業では,当時の 人々の思いや願 いについて語 り合 うことは難 し いであろう。
歴史的分野の授業で私がね らうのは,生徒が
「あれ っ変 だな
」
「なんかおか しいぞ」 とい った 疑問づ くりがで きる授業であ り,その疑問 を発 展 させ ることで,生徒が 自分の思いや願 い をの せ て, さらなる課題 を発見 で きるような単元づくりである。
‑ 64‑
註
(1)黒田日出男 F姿 としぐさの中世史』(平凡社),
『絵画資料で歴史 を読むj (筑摩書房)等。 な お
,
F一遍聖絵』 とい う表記について も,(国 宝指定名称 は 『一遍上人絵伝』)黒 田氏 に従うことに した。
(2)帝国書院版 『中学生の歴史』 には著者 に黒田日出男氏がいることもあるのであろう か,非常に多 くの絵画資料が掲載 されていて, 見 ているだけで も楽 しい教科書 となってい る。 この授業の際松本中学校が使用 していた 教科書は14年度版の ものである。18年度版で はさらに改良が進め られているが,現在本校 は東京書籍版 を使用 している。
2 実践例2 近代化の光 と影 を考 える
〜松木村 に残 る三つの墓〜
(1)教師の思 い と生徒 の発想のズ レ
下の写真 は,現在 の栃木県 日光市 (旧松木村) に残 された三つの墓 であ る。周囲 には集落の跡 形 もな く, はげ山に囲 まれてれてい る。 その中 に,ぽつ ん とこの三つの墓が まるで取 り残 され た ようにた ってい る。次 に紹介す る実践 は,一 枚 の写真 か ら発想 して,明治近代 国家 のいわば, 光 と影 に気づかせ ようとい う単元 である。
ところで この写真 は,足尾鉱毒 で滅 びた旧松 木村 の現在 の写真 である。周知の ように,足尾 銅 山の鉱毒事件 は, ときの政権 を揺 るがす大事 件 で あ り , 田 中 正 造 の 活 躍 や 谷 中 村 の 荒廃 に よって有名であ り,生徒 は小 学校 で も学 習 している既習の事項である。
谷 中村 は,渡 良瀬川 を流 れ る鉱毒 に よって被 害 を受 けたのだが,ここで取 り上 げる松木村 は,
まさに足尾銅 山のあ る村 であ り,煙害 に よって 荒廃 して しまった村である。
この単元 は,筆者が直前 に直接撮影 して きた 写真 を教材化 し,生徒 に揺 さぶ りをか け, 日本 の近代化 の影の部分 に気づ かせ る とともに,覗 代 の産業化社会 の もつ課題 に もつ なげて考 え さ せ たい と思 って構想 した ものであ る。ここでは, 教 師が積極 的 に生徒 に疑 問 を投 げか け揺 さぶ り
をか けてい く。単元 のは じめの うちは,教 師の 理解 させ たい こ と,ね らい と,生徒 の指 向が大 き くズ レている。 そのズ レが最終 的 に どの程度 まで埋 まってい くか,あ るいは最後 まで埋 まら ないでい くのか,そんな ところが勝負所 で もあ り楽 しみで もあ る。
(2)学習の経過
生徒 の毎 日の学習 の メモであ る 「アルバ ム シ ー ト」1)を追 って,生徒 の思考 の流 れ を追 って み よう。
①墓 の写真 を見 たは じめの反応 < どうして こ の ような状態 なのだろ う>
・だれか無名 の人の墓 だか ら,ず っ と放 って あ る。
・反乱 を起 こ した人の墓 だか ら。
・この墓 の中 に入 ってい る人 を恨 んでい る人 がいるか ら。
・何 かの考 えがあ って ?よ くわか らない。
・裏切 り者だ ったか ら。
・この場所で無 くなったので供養のため。
・凶悪犯 の墓
・あ ま りよ く思 われていない人の墓
②教 師の問いへ の反応 <先生が わ ざわ ざ授業 の は じめ に もって きた写真 なんだか ら何 か意味 があるよね>
・明治頃 にお きたで きご とと,そのお墓 の人 物が関係がある。
・何 か革命 を起 こ した人の墓。
・重要 な人のお墓。
・先生 の先祖。
・明治時代 に活躍 していたけ ど,殺 された人 の墓。
・明治時代 に関係 している人の墓。
・当時の 日本の様子 について,学べ るこ と。
この間,松木村が足尾銅 山の煙害 によって滅 びた村であることを資料 によって確認す る。
そ して,その都度 ,意見交換 を行 い,わか った ことや疑 問,予想 な どを確認 しなが ら,授業 の 最後 に,それ らをアルバ ムシー トに記入 してい った。
学習が終末 をむか えた ところで,単元全体 を 通 して,いったい何 がわか って,何 が課題 や疑 問 と して残 ったのか,書 くことに した。
③ わか ったこ と, もっ と知 りたい こと,残 った 疑問
・このお墓 は無名 の人 々の もので, なぜ 周 り にだれ も住 んでい ないか とい うと,工場の 煙害 な どの被害 で,農業 はで きない し,病 気 になる人 もいた りで,工場 を もつ古河が この土地 を買 って,安 いお金 を払 って村 人 を移住 させ たか らだ。どうして村 の人々は, 安 い値段 で引 っ越 したのだろう。
・たった一つの工場 で, こんなに被害が広が って しまい,何 百何 十の人 たちが今 で も帰 りた くて運動 してい る。工業がす ご く発達 していて,養蚕 もさかんに行 われていた時 代 に, この ような事件があ った。銅 山の経 営者 は古河市兵衛 である。他 には こうい う 公害事件 は無か ったのだろ うか ?
・桧木村の人々は,安 い費用 で移住 していっ たが,工場 はその後 も発展 してい った。 な ぜ , こう した公害 を起 こ した会社 が今 も大 会社 として残 って きたのだろ う。
・当時 は公害 問題があ ま り重 く受 け止 め られ なか ったので,住民 たち も安 い金額 で和解 して しまったのだろ う。資料 に よる と,煙
害 は農作物へ の被害が ほ とん どだが,人体 へ の影響 は無 か ったのだろ うか ?公 害問題 を起 こ したの に,つい最近 まで工場 が動 い ていたのが不思議 だ。
・こんなにた くさんの被害が 出た大 きな問題 なの に,当時 は しっか りとした対処が な さ れ なか った。足尾銅 山の ような問題 は,他 に もお きてい ないのだろ うか。古河市兵衛 とはい ったい どんな人物 なのか知 りたい と 思 った。
・明治時代 の工業 は公 害 に対 す る対 策がで き てい な くて,公害 で被害 を受 けた人へ の保 障 も無 い状態 であ ったんだ とい うこ とが わ か った。 この工場 は, どうして人 を傷 つ け てい るの を知 っていて認 めなか った り,今 もこの会社が続 いていた りす るのだろ う。
④ 最後 に,単元名 を生徒 に考 えさせ た。 い くつ か紹介 しよう。
・
「桧 木村 の真実 〜消 えた人 々,残 された墓〜」
・四つのお墓か ら始 まった
・松木村 の人々について
・墓知 らず子不知
・松木村 が消 えたわけ足尾銅 山鉱毒 ともう一 つの事件 日
数 師のね らい と生徒 の思考 のズ レが どの よう な経過 を辿 ってい ったであろ うか。① で は,坐 徒 の指 向は墓が だれの ものであるか とい う,人 物 に向か っている。② で も, まだ,その指 向 を か えるこ とは難 しい。生徒 はい ったんイメージ して しまうとなか なかそれ を変更す るこ とが難 しいのであ る。 そ こで,桧木村 についての具体 的 な資料 をい くつか読 ませ, さらにい くつかの キー ワー ドも示 して,足尾銅 山の煙害 に よって 滅 びた村 であ るこ とを知 った。その結果 ,③ の 段 階で は,生徒 は工業化 と農業特 に養蚕 との関 係 ,現代 に も続 く課題へ と思考 を広 げてい った。
小学校 で学習 した,四大公害事件 との この足尾
‑ 66‑
でお きた こ ととの類似 点 と相違点,最近 で も, 度 々報道 される企業 の不祥事 や不正隠 し等,い ろいろなことを感 じた ようである。
この ように,一枚 の写真か ら,6時間にわた って (2週 間になる)考 えることによ り,社会 的な ものの見方や,公民的資質の基礎 となるよ うな中身 を含 んだ知識 を獲得することがで きた と思 う。 もし, これ を教科書見 開 き2ページを 1時間で説明 してい く授業で学習 したな ら, こ の ような学びは成立 しえない。
もちろん, この実践では,今一歩 こち らの工 夫 と時間の余裕が な く,掘 り下げ きれていない 面 は否 めないが,教 師の立場か ら見 て,生徒 の 思考 を追 えることが大事 であって,いわゆる講 義一辺倒 ,板書 をひたす ら写す授業では,生徒 の思考 の軌跡 な どみ とるこ とは不可 能であ る。
生徒 の思考の軌跡 をみ とることがで きれば,坐 徒一人 ひ とりへのサポー トも可能だ し,次の単 元 を構想す る上で,非常 に有効 な資料 とな りう るのである。
3 二 つ の 事例 か ら考 え られ る こ と
「思考
」 ‑
「知識 のひ っ くり返 し」 では限界 が ある思考力 を磨 く,あるいは高める授業 とい うと, 歴史的分野の授業で よ く実践 されるのが既成の あるいは既得 の知識のひっ くり返 しである。例 えば,江戸時代 , 日本 の農民 は貧 しかったか と い うと実 はそれほ どで もない, と言 うことを資 料 をつ か って説 明 した り,○○ だ と思 うだ ろ
う ?実 は違 うんだ, といった具合である。
しか しここでは,既得の知識があることが前 提 となっている。だか らよ く教師はこう言 うの であ る。 「知識が なけ りゃ思考 で きない よ !」。
この言い方 は非常 によ く見 られるのである。私 は,それ には真 っ向か ら反対 している。 もちろ ん何 も知識 が なければ思考 で きるはず はない。
しか し,歴史的名辞やいわゆる歴史 における常 識 な ど知 らな くて も,一遍の絵 か ら疑問 を考 え た り,大名行列で参勤交代 した らどんな影響が
あるかな どと考 えさせ た りすれば,生徒 の生活 経験か らなる知識,常識か ら思考す ることが可 能 なのである。江戸 の百姓が貧 しい とい う概念 が なければ,実 はそ うとは限 らない とい うひっ くり返 しにな らず,教師はだか ら知識が な くて はだめなのだ, となるのである。
一遍の絵画資料 な どか ら導 く 「この品物 はい くらだろ う
」
「どんな言葉 を しゃべ ってたのか な」
「盆踊 りの歌 って どんな曲だ ったの」 とい った,子 どもの生活感覚か らくる身近 な疑問は 実 にお もしろい。反対 に,知識が ない と考 え ら れ ない もの はつ まらない。例 えば,
「み んなこ れは頼朝 の絵 だ と思 っているだろ う。実 は違 う んだ」 といったって, この絵 が頼朝 だ と知 らな ければお もしろ くも何 ともない し,そ もそ も頼 朝 とは どうい う人物 なのか生徒 は知 っているのだろうか ?2)
こ う した
,
「思考力 の育成 ‑知識 の ひっ くり 返 し」 とい う認識 で授業 を していた ら歴史嫌い は増殖す るばか りである。私が,知識が なけれ ば思考で きない とい う時の 「知識」 とは知識一 般であ り,決 して社会科の学習 による既得知識を指 してほな らいないのである。
ところで,実践2は近現代 の授業である。弥 生時代 や江戸時代 は比較的生徒 にとって時代相 をイメー ジ しやすいのであ るが,明治,大正, 昭和初期 とい う近代 か ら現代 のは じめにかけて のイメージは もてない生徒が多い。 しか し,実 践2の ような取 り組み を繰 り返す ことで子 ども はイメー ジ化が で き,そ うす るこ とで,明治, 大正期 の歴史事象 を身近 な存在 として考 えるこ
とがで きる ようにな り, とか く苦手意識 の強い 時代 を克服 していけるようになる。
この ように,単元化 による授業で学ぶ と,時 代像 をつかむこ とに もな り,時代像 が定着す る ようになったか ら,結局 はいわゆる知識 もよ く 定着するのである。
4 歴 史 に お け る単 元 化 の効 用
「歴史 ‑暗記物」 とい う弊害 はだれ もが認 め
ることであろう。 しか し,それ を打破す る取組 は極端 に少 ない と言 える。私 は実践 を通 して生 徒 に 「歴史は暗記物でない」 とい うことを伝 え ている。生徒 は 「一遍」や 「松木村」 について の単元学習 を積 み重 ね ることで
,
「歴史 ってお もしろい」 とか 「歴史 はわか らない ことだ らけ で,で も,そこが魅力 だ」 といった感想 をもつ ようになる。現在私が担当 している中学一年生 に尋ねた と ころ
,
「歴史 は追究す る ところが好 き」 とい う 生徒が極めて多か った。みんなで話 しあ うこと 辛,調べ ること,がお もしろい とい う意見 も多 数あった。「単元化す る」 とい うこ とは,総体 として歴 史 を捉 える とい うことであ り,そ こに追究すべ き課題があ るとい うことである。通常, どうし て も歴史事象 を時代順 に沿 って並べ,それ を原 因 と結果の因果で結 んでい くとい う授業 にな り やすい。それでは,一本の線の ような歴史 にな って しまう。単元化す ると,例 えば,事例 1の 一遍の場合 で言 うと,一遍が歩いたのはなぜか を追究 しなが ら,当時の交通,流通,鎌倉新仏 教 は もちろん,そ こに見 える人々の くらし,読 士の館 の絵 か らは武士 の くらし,川 を挟 んで対 立する勢力のあること,京の町に集 まった人々, そこまで考 えて くればその ころの政治や経済の ことが気 になって くる。 こうした学習内容 を全 部取 り込 んだ雪だるまの ようなイメージを生徒 にぶつ けてい くこ とで,学習 に深みが生 まれ, 謎 を解 く楽 しさが生 まれるのであ る。 だか ら, 生徒が 自分 な りのテーマ をもって学習 に取 り組 めるようになるのである。 そ して,課題 を解 い てい く過程 で作業や討論,調べ,発表 とい った 多様 な学習方法 を混ぜ ることが可能 になる。
学習活動 の必然性が増す と言 って もよい。
おわ りに
単元化 は社会科 (歴史) を,生徒が思考す る 教科 に し,生徒 に学ぶ楽 しみ を体験 させ る学習 にす る。 く りか え Lになるが ,断片 的 な知識
(とい うよ り多 くは単 なる歴 史 的名辞 と年号 ) を一方的に教 え込 む (実 は無理や り覚 え込 ませ る)授業では,少 しも楽 しい授業 にな らない。
中学や高校の時,歴史が最 も嫌いだったけど, 大人 になって歴史が大好 きになった とい う人 は 大勢いる。それ もそのはずである。生徒 に とっ て脈絡 のない単語の羅列 を,一本調子 の講義 と 板書で詰 め込 まされていた ら,だれで も嫌 いに なるに きまっている。そ うな らないために,単 元化が必要 なのである。
さらに,思考す る授業 を作 るためには,生徒 が 「考 えてみたい」 と思 わなければな らないの であ り,生徒が思考す ることを 「楽 しい」 と思 わなければ 思考す る社会科 にな らない。今話題 になっている読解力 (‑テキス トを じっ くり読 み解 く力) をつける上で も,単元化 し,思考す る場面 を仕掛 ける授業が最 も有効 である。テキ ス ト (図像 も含 む)を じっ くり読み解 き,考 え, 意見 を述べ,記述 し, さらに, まとめる とい う 活動 を繰 り返 していけば (事例 はふたつ ともテ キス トの読 みが核 となっている), 自ず と読み の力 は高 まるのである。
「思考」 に して も 「読解」 に して も, ち ょこ ち ょこっ とで きる タイプの学習活動 で はない。
かな りの時間が必要である。そ して,この場合, 社会科 の得意 な子 も苦手 な子 も教室の生徒全員 が 「読 めて,考 え られる」材料 (‑教材) を提 供 してや るこ とが教 師の力量 ともい える
。
「一 遍聖絵」 や 「松木村 の墓 の写真」 な どは,その 例 としてい ささか 自信のある教材である。ところで
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「ゆ と り教育」 の弊害が言 われる 昨今 であるが,読解力 を高めるには 「ゆ と りの 時間」が必要 なのだ とい う単純 な事実す ら理解 で きない人々が教育 を語 っているのは,い った い どうい うことなのであろうか。私が追究 している単元学習,す なわち 「生徒 が思考 し,活動 し,表現す る授業」 に問題点が ある とすれば,それは生徒が何 を学 んでいるの か,ややぼやけて しまう場合がある とい うこと と,いわゆる歴史的名辞 の丸暗記的知識 につい
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て は,覚 えるの にやや効 率 が悪 い とい う2点 で あ ろ う。 しか し, それ らにつ いて も, アルバ ム シー トの活用 でか な りの部分 は補 える し,主 た る教材 であ る教科書 を うま く活用 す れ ば, なん ら問題 はない と思 ってい る。
この ように,生徒 が思考 した り,活動 した り, 表現 した りす るため には授 業 の単元化 が不可 欠 で あ る。 そ うす る こ とで,生徒 が学 ぶべ き内容 や歴 史 的 な もの の見 方 考 え方 の トレーニ ング, 資料 の読解 力 な ど, 身 につ けるべ き内容 や方法
も盛 り込 んで,学習対 象 と しての単元 が構築 で きるのであ る。
私 は これ まで に も,数 多 く単元化 した実践 を 行 って きた。 そ して, まだ まだい ろい ろな単元 を考 えてい る。例 えば,河井継之助 を中心 に 日 本 の近代 を単元化 してみ る,武士 の は じま りか ら終蔦 まで を大 き くひ とま とま りに して‑単元 とす る等 であ る。江戸 の庶民 の くら しや,昭和 の庶 民 の くら し,現代 の団地の くら し,い ろい ろな単元が頭 をよぎってい る。
こ う した アイデ ィア を実 際の授 業 に し,子 ど もとともに学 ぶ こ とこそが社会科教 師の喜 びな のであ る。 日本 中のあ ち こちの教 室 で,単元化 され た歴 史学習 が展 開 され る こ とを願 って止 ま ない。
言主
1
)
F全 国中学校社会科研 究大会横浜大会研究紀 要』 に詳述 してい るが,
「アルバ ム シー ト」とは,画用紙 を八つ折 りに して折 り目をつけ て,それぞれのマスに授業での学習の軌跡 を 記録 してい くシー トである。
2)平成十五年度 『教育課程実施状況調査』 (国 立教育政策研究所) によれば,鎌倉幕府 を開 いた人物が源頼朝であると解答で きた生徒 の 割合は,半分に満たない。