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越中国の古代荘園図と班田図

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Academic year: 2021

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図 2 天平宝字 3(759)年鳴戸図と神護景雲元(767)年鳴戸村図の沼・溝

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表 1  越中国の古代荘園図一覧  名称  作成年月日  素材  法量  (縦×横、㎝)  所蔵先  越中国砺波郡  伊加流伎開田地図  天平宝字 3(759)年 11 月 14 日  布  81.3×98.0  正倉院  越中国射水郡  須加開田地図  天平宝字 3(759)年 11 月 14 日  布  80.8×107.8  正倉院  越中国射水郡  鳴戸開田地図  天平宝字 3(759)年 11 月 14 日  布  77.0×141.0  奈良国立博物館  越中国射水郡  氛田開田地図  天平宝字
図 2  天平宝字 3(759)年鳴戸図と神護景雲元(767)年鳴戸村図の沼・溝
図 3  巻子様式の班田図(推定)  ※集計部分、方格内記載などは省略した。  分から想定したものであり、条里の条毎に 1 巻を構成し、各巻にその条に属する里の図を先頭 から順次配列した形態である(図 3) 。つまり、鳴戸村図の作成に際して、基図とした巻子様式 の班田図の並べ方を誤ったために、寺領域が里界線を境に 1 里分横へずれたとする。    また、神護景雲元年図がいずれも東を天にして描かれている点についても、東西を条列とす る 1 条 1 巻の巻子様式の班田図を基図したためであるとする。さらに、同年図
表 2  天平宝字 3(759)年図の天と寺領域  名称  (略称)  天の 方位  寺領域の  広がる方向 伊加流伎図  東  南北  須加図  東  南北  鳴戸図  東  南北  氛田図  南  東西  丈部図  南  東西  大薮図  東  南北  石粟村図  東  南北  図 4  天平宝字 3(759)年氛田図に描かれた寺領域  ※注 19)②文献をもとに作成。実線(太)は地図に記載された寺領境界、実線(太)で囲まれた範囲は 寺領域、実線(細)は里界線、点線は坊界線を示す。条・里名の向きや位置は

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