日英語における使役・受身表現に関する考察 : 助 動詞「れる・られる」「せる・させる」「てもらう
」及び使役動詞Haveを用いた文の受益・被害性をめ ぐって
著者 木村 一紀
雑誌名 主流
号 54
ページ 65‑82
発行年 1993‑03‑05
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015107
65
日英語における使役・受身表現に関する考察
一助動詞「れる・られる
J i
せる・させるJ i
て も ら う 」 及 び 使 役 動 詞 Haveを用いた文の受益・被害性をめぐって木 村 一 紀
I
本稿では日本語においていわゆる助動調「せる・させる
J r
れる・られる」「てもらう j を用いてなされる受身・使役表現の丈の主格に与えられる意味 役割を中心として記述し,引き続いてそうした受身・使役表現が使役動詞 haveを用いた表現ではいかになされているかを考察・記述するものである.
H
助動詞「せる・させる
J r
れる・られるJ r
てもらうJ
を用いた表現に共通 にみられる特撮は,ある引き起こされる事態に対して直接的あるいは間接的 に何らかの形で第三者が関わっているということである.これまで生成文法 の手法を取り入れた立場からこうした日本語の態をめぐる問題の考察は数多 くなされているがここでは,こうした表現を,文の中に助動詞の主語と して現れる参与者(いまかりにS[ S u b j e c t ]
とする)と,その文の内に何ら かの形で埋め込まれた事態(かりにT [Theme]とする)とのあいだの意味 的な関係を軸として整理・記述してみる.統語的な問題は今回は立ち入って は考察しない.a 助動詞「てもらう」
助動詞「てもらう j を用いた表現の内でまず区別しておかなければならな
66
いのは, (1)のように,参与者すなわち丈の主語Sが,直接何らかの行為の 受益者となる場合と,そうではなく(2)のように間接的に受益者となる場合と である.
(1) 息子は先生にほめてもらう.
(2) 父親は先生に息子をほめてもらう.
「てもらう」表現は,その用例を思いつくだけでも(2)の方が圧倒的に多く用 いられていることがわかる.(2)のような間接「てもらう」文の場合は, (3)の ように助動詞「てもらう」と文主語の聞に意味的にある行為ないし事態が埋 め込まれていると考えられる.
(3) 父親は[先生が息子をほめる]てもらう.
S Theme
この(2)の場合とはさほど明確で、はないが,次のような例だと,事態Tを 参与者がある種の意志を持って引き起こす, といういわば使役一被使役の関 係性が明白である.
(4) a. (私は) (あなたに)死んでもらいます.
b.私は君に会社を辞めてもらう.
c 司会者が)
I
それでは都はるみさんに歌ってもらいましょう」各々の事態、Tは,
(5) a. (あなたが)死ぬ.
b .
君が会社を辞める.c 都はるみさんが歌う.
となる.(4 a)の丈は端的に言えば「私はあなたを殺す」ということであり,
(4 b)は「君を首にする」ということになる.(4 c)では次に「都はるみ」
日英語における使役・受身表現に関する考察 67 を歌わせるという司会者の宣言である.つまり文主語Sは,何らかの形で事 態Tが生起する場を支配し事態Tを引き起こす役割を担っているといえ る.
s
とTとの意味的な関係は「せる・させる」文の持つそれと基本的に はかわらない.しかし,間接「てもらう
J
文は,r
せる・させるJ
使役文と異なるふたつ の特徴を持つ.ひとつは,文主語である参与者Sが必ず受益者的な性格を帯 びることである.事態TがSにとって被害を与える場合は,r
てもらう」は用いられない.用いるとすれば,何らかの受益的な解釈がSにたいして必要 となる.
(6) a. ・私は彼に車を主主んでもらった.
b. ・太郎は彼の妻に死んでもらった.
(6)の文が容認可能となるには,
s
が事態Tをイニシャティブをもって引き起 こし,且つ何らかの利益を受けるような読み,例えば「私」や「太郎」が保 険金を詐取するといったような解釈に限られる.今ひとつの特撮は,事態 T内部の行為者あるいは動作者(今仮に Aとする と)に何らかの意志性や任意性カT付与されていることである.
(7)a.高野連は監督と選手に出場を辞退してもらった.
b .
高野連は監督と選手に出場を辞退させた.(7 a)と (7b) との対比で明らかなように,両文とも等しく Sが事態 T を引き起こすべく働きかけながらも,
r
てもらう」文は,その働きかけの受 け手すなわち事態内行為者が,その自主性なり任意性を尊重された表現と なっている.事態T内部の行為者が動調が表す行為Vに対して何らかの意志、性や任意性 を持たねばならないことは, (8)の例からも明らかである.
68
(8) 私は鳥に鳴いてもらった.
従って,無生物の名詞句は行為者 Aにはなりにくいか,なったとしても何ら かの人格を帯ぴた解釈を与える必要がある.
(9)a.この問題をコンピューターに解いてもらう.
b.この年代ものの車にもうすこし走ってもらう.
ところで「せる.させる
J
使役文には,直接的な使役を表す「を」使役文 (10 a)と許可的,間接的な使役を表す「に」使役丈 (10b)があることが 指摘されてきた 2(10) a .太郎は次郎をそこへ行かせた.
b .
太郎は次郎にそこへ行かせた.この表現上の相違は,元々一般的に,動詞の行為のおよぶ対象を表す名詞勾 が日的格になったときに付与される格助詞「を」が,被使役者名詞句に付い た場合(10a)と,もともと受身文などで動作主を表す名詞句が目的格になっ たときに付加される「に
J
が,被使役者に付加された場合(lOb)とによっ て生じる表現上のニュアンスの違いに由来するものである.言い換えると,格助調「に
J
付き名詞匂には意志・意図を持った動作主性を帯びた役割が付 与されねばならず,逆に「をJ
付き名詞句は,単に直接的な働きかけの対象 で,その働きかけを受けた結果としての行為をなすだけのものとして理解さ れるわけである.間接「てもらう
J
文の場合,これまでの観察から明らかなように,格助詞「を」が行為者名調匂に付くことはありえない.
。
時 太郎は次郎│之!帰ってもらった
使役文では使役者が被使役者に対してある感情を引き起こす場合,被使役
日英語における使役・受身表現に関する考察 69 者名詞匂に「を」が付かねばならず (12a ) , もし「に」だと被使役者の意 図なり意志を考慮した読みが必要となる (12b).
(12) a .落語家は客を笑わせた.
b.落語家は客に笑わせた.
(l2b)の場合は,客がサクラを頼まれたときのように,落語家の落語を演 じるという働きかけの直義の結果としてではなく,むしろ,おかしくもない のに無理に笑ったとの解釈であれば,容認可能となる.
ところでこれが,
r
てもらう」文だと,さらにそうした解釈がいっそう鮮 明となる.同 落語家は客に笑ってもらった.
さらに, もし客がサクラであるならば(l2b)よりは,帥のほうが自然で安 定した表現である.これは助動詞で「てもらう
J
が,r
落語家」にたいして付与する受益性の故であろう.
これまでのいわゆる間接「てもらう」丈について記述してきたが,直接「て もらう」文に関しても参与者Sと事態Tとの問の関わりで記述が可能である.
(1)の例や次に挙げる例は,事態内容の行為のおよぶ先が(いまかりに G [GoalJとすると)たまたま参与者Sと一致したものとみなせばよい.
(14) a .太郎は次郎に本を返してもらった.
b .
息子は父親に金を送ってもらった.事態 Tはそれぞれ,
Ma.
先生杭息子をほめる (1)b.次郎が太郎に本を返す (14 a)
C 父親が息子に金を送る (14b)
となる.、 (15b)と (15c )の場合は,動詞の意味を持つ性格上,行為の対 象すなわち「本
J r
金」と行為の目標あるいはおよぶ先すなわち「太郎J r
息子j とが明確に区別されている(今仮にこの目標と区別される行為の対象を
o
(Object]とする. しかし, (15 a )の場合,上のいわゆる対象であると同 時に行為の及ぶ先とも見なせる.が,ここでは対象とみなしておく.いずれ にせよこうした名詞句(すなわちOないしG)が,助動詞「てもらう」から 受益者性を受け取るような参与者Sとまさに一致する場合,直接「てもらうJ
文となるのだと理解しでもよさそうである.
以上の考察をまとめると「てもらう」丈の意味的な構造は同のように記述 できる 3
。
6)a.間接てもらう文S ゆ T [ A V 0 ]
十benefactive +intention
S は/カf Aに Oを V てもらう
s=
参与者T=
事態A=
事態の行為者 V =事態を表す動詞 0 =行為の対象b.直接てもらう丈
S ゆ T [ A V 0 GJ
十benefactive +intention
S=G
のとき,Sは/:が Aに Oを V てもらう
S=O G=
併のとき,S は/カ> A ~こ V てもらラ
日英語における使役・受身表現に関する考察
G=
行為が及ぶ先ないし目標 b.助動詞「れる・られるJ
71
先行研究の多くカ
1
日本語では,直接対応する能動文を持つ直接受動丈と,能動文を持たない間接受動文,いわゆる迷惑受け身丈との区別を指摘してい る4すなわち, (16 a)はそれに対応する(16b)の文をもつが, (17)に はそれがない.
(l6) a .太郎は次郎に殴られた.
b .
次郎は太郎を殴った.(
1カa 私は雨に降られた.
b.彼は父に死なれた.
同のようなタイプの文はしばしば自動詞の受け身文と説明されているが,迷 惑というあ句方を表現するのであれば他動詞であってもいっこうにかまわな
しミ
同a 私は財布をとられた.
b.太郎は次郎に部屋でタバコを吸われた司
間接受動文か直接受動文かの違いは,文の主語となっている参与者Sが直接 行為の対象となるか,あるいはある行為ないし事態から間接的になんらかの 影響を受けるか,の違いである.
この間接受動丈のばあいは,
r
てもらう」文と参与者Sと事態Tとの関係 において対称的な性格を持っている 5すなわち,それぞれの文に含まれて いる事態Tは,(
19) a .雨が降る (17 a) b.父が死ぬ (17 b)
72
c 誰かが)財布を盗る (18a) d.次郎が部屋でタバコを吸う (18 b)
であるが,こうした事態Tが生起することの結果として参与者Sに「てもら うj文とは逆の害をもたらすような効果が及ぶ,というのが間接受動文の意 味的な構造である.図式化すると闘のようになる
。
0)s
コ:< T [ A V 0 ]十adversitive
Sは Aに Oを V れる/られる
「てもらう」文の分析と同じようにこの直接受動丈を間接受動文と統一的 に説明し得るであろうか.
間接受動丈では,事態Tが仮に好ましいことであっても,その参与者Sに はあくまで被害的な意味役割が付与される.
凶a 太郎は彼の借金を友人に返された.
b.友人が太郎の借金を返す
(21 a)の事態 Tはそれ自体としては太郎にとっては益をもたらすものであ る. しかし (21a)ではこのも事態が太郎の意に反してなされているとの読み
しかできない.
これが直接受動丈だとどうなるか.必ずしも参与者Sに対して被害的な意 味を付与しはしない.
同 息子は先生にほめられた.
(1)のように直接「てもらう j文がSに受益的なニュアンスを付与するのとは 異なっている.
いくつかの例外や制約がありながらも,ほとんどの他動調丈はそれに対応
日英語における使役・受身表現に関する考察 73 する受動文を持つわけだ、が,助動調「れる・られる」がそれらの他動詞に付 加されたとしても,そのことで,文主語Sに被害者性が加わるとは必ずしも いえない.しかも,そうした直接受動文の主語は,むろん,倒のように物で あることも可能である.
同a 家が建てられた.
b園町が山に囲まれている.
こうしたことから,このような直接受動文にもともとの能動文が意味的に 組み込まれていると想定し,間接受動文と統ーして記述することは,その説 明上のメリットを見い出し難い.
とはいえ,益岡が指摘するとおり,参与者Sの事態Tへの関わり方に何ら かの程度があって,その直接性の極に直接受動文があることも事実である
例えば,凶のように参与者 Sが事態内対象 Oの近親者である場合,事態、 T の利益が参与者 Sにも直接反映して,間接受動丈であっても (21a)のよう な被害解釈は生み出さず,むしろ凶のような直接受動文に近い解釈が生まれ る.
凶 父は先生に息子をほめられた.
参与者Sと事態Tとの関わりには段階があることは次の例文でもわかる.
(25) 太郎は次郎に風邪を移された.
。
。
太郎は次郎に顔を殴られた.。
ヵ
花子は風で帽子を飛ばされた.(
28) 太郎は次郎に日記を読まれた.
(
29) 太郎は次郎にワープロを使われた.
。
。
太郎は妻に病気で寝込まれた.。
1) 太郎は雨に降られた.74 日英語における使役・受身表現に関する考察
闘は直接受動文で,太郎がまさに被害の受け手でありかっ「移る」対象とも なっている場合である.(26)からは間接受動文で,闘は被害の受け手の身体の 一部,制は身体に付着している物,。税引ま所有物,倒は親近者が事態内部で 関与しており, (31)は受け手をとりまく環境が事態 Tとなっている.参与者と 事態の関与の程度はおおむね列挙した順で密から疎となる.
この様にみてくると,受動文の「てもらう」丈との対称的な関係は,間接 受動文と直接受動文の一部に限られているといえる.
c 助動詞「せる・させる」
助動詞「せる・させる jで表されるいわゆる使役表現も,参与者Sと事態、
Tとの関わりで文の意味構造を記述できる.
(32) a.太郎は次郎をそこへ行かせた.
b .
次郎がそこへ行く.(32 b)で表される事態を (32a )の丈の主語である参与者S
I
太郎」が 明確な意志を持って引き起こしている.助動詞「せる・させる」は,それ自体ではSにたいして中立的である.受 益者的な性格も被害者的な性格も与えない.同と倒に明らかなように,与え るとすれば,もっぱらそれがSが引き起こした事態Tの結果によるものであ る.
附 太郎は彼の犬を死なせた.
同 太郎は次郎に借金を肩代わりして払わせた.
使役文の内でも「を」使役文と「に」使役文があることはすでに述べた.
「せる・させる
J
使役文でも「てもらう」文と同じく事態内行為者Aに格助 詞「に」が付くときはその名調句は何らかの意志性や任意性を帯びなければ ならない.したがって闘は 格助詞「に」が付けば非文となる.日英語における使役・受身表現に関する考察 倒 太郎は冷蔵庫の野菜
i 主 i
腐らせた事態T内部の行為者Aが何らかの形で任意性や意志性を帯ぴるということ 75
は,その事態に対する参与者Sの働きかけのあり方が任意性や意志性を帯び、
ない(すなわち格助詞「を
J
が付く)場合とは異なるということである.r
にJ
使役文の働きかけの様態が許可的ないし間接的であると言われるのは,こう した理由による.
なお,倒に見られるように,もし事態T内部の行為の対象Oが丈に現れる ときは,格助詞「を」が付加され,日本語では「を」格が二つ以上同時に文 中に現れることが嫌われる故,行為者Aには必然的に格助詞「に
J
が付加さ れる.同 太郎は次郎
L ; i
本 間 せ た以上まとめると次のようになる.
制 「せる・させる」使役文
S ゆ T [ A V 0 ] Sは/が Aを/に V せる/させる Sは/が Aに/ 0を V せる/させる
Aに=十intention
国
昌.使役動詞Have文の被害性と受益性
これまで日本語助動調「てもらう
J r
れる・られるH
せる・させるJ
によっ て表される使役・受動表現を参与者Sと事態Tとの関わりを中心として述べ てきた.英語の使役動詞Haveは,s
とTの関わりにおいていずれにも該当 する表現が可能である.76 日英語における使役・受身表現に関する考察 (38) a. He had T om repair the car.
(彼はトムに車をなおしてもらった) b. He had her go there.
(彼は彼女にそこへ行かせた) c He had his hat blown off.
(彼は帽子を飛ばされた)
それぞれの丈の日本語における等価表現は下の訳に示した通りである. (38 a)はむろん「させる」でも可能だが,事態 T (すなわち「トムが車をなお すJ) がSにとっては受益的な性格を明確に持つので「てもらう」文が最も 適切であろう. (38 b )の場合,事態Tが何らかの受益性をもたらすことが,
もし文脈から明確な場合は「てもらう」丈でもかまわない。しかし取り立て て受益性をもたらないようなこの事態の場合は「せる・させる」使役文が最 も適切である。そうした場合とは異なって, (38 c )では,事態Tが生起し た結果としてSが被害を受けるわけだから間接受動文以外では表現のしょう がない.
日本語では, 1Iで論じた異なった3種の助動詞が事態Tと参与者Sとを意 味的につなぐ役割を呆たしているわけだが,英語ではその位置に動調Have がくる.従って,日本語の立場からみるなら Haveの表す意味は,次のよう に多義的である 7
(39) Have てもらう
S
C:>T
+ benefactine
せる・させる S ゆ T れる・られる S :コ< T
+adverstine
英語の立場からみると,動詞have表現のもつ意味合いは暖味さを含む可 能性がある.しかも,その暖昧性とは,対称、性を持った「てもらう」文と問
日英語における使役・受身表現に関する考察 77 接受動文との聞のドラスティックな解釈の聞きに相当する可能性もはらむも のである.
例えば,次のような受益性が明確な文で被害解釈が生まれる余地はないの であろうか.
位。a 1 had my brother cut my hair b. 1 had my h呂1Icut
(40 a) (40 b)の丈がもし次のような文脈で正しく用いられるとしたら被 害解釈を持つことになる.
位。 1was proud of my long hair and wanted to keep my hair long, but my brother cut it off as a joke while 1 was sleeping
他にも次のようなケースを想定してみる.
住2)a. 1 had my brother repair the car. b. 1 had the car repaired
性3) 1 wanted to repair the car by myself. Howεrer, my brother did it without my permission while 1 was out for a few days. 1 believe he did so badly that the car wiU soon break again.
(44) a. 1 had Totn occupy a good seat. b. 1 had a good seat occupied
柱
。
Themoment 1 got into thεtheijter, 1 found that ther巳 were hardly any seats. How巴ver,1 found a good巳mptyseat in th巳cen‑ ter of the theater. It was the last one. Suddenly a man dashed to78
the seat昌ndoccupied it. He was one of my friends Tom. 1 had to give it up and went to the gallery
肘ya. Tom had someone take some pictures. b. T om had some pictures taken
弘
司 Tom, who is m且rried,had a love affair at a hote .lThe det巳ctive hired by Tom's wife took some photoes of Tom with a woman at the very mom叩 twhen he was getting out of the hotel
それぞれの文脈で丈が用いることができるかどうかを4名の英語を母国語 とする話者と 1名の日常生活で英語を用いるきわめて堪能な話者にチェック してもらった.
結果は全て否定的なものであった.とくに (40a) (42 a) (43 a) (46 a ) のように事態内行為者Aがhave動詞の目的格として現れる場合には,受益 ないし使役の読みしかできない.現れない (40b) (42 b) (44 b)の場合も 上のような被害的な丈脈では用いられない. (46 b)の場合のみ判断に迷う 話者がいたが,いずれにせよ,この表現だけでは帥の文脈では使いづらい,
すなわち (46b)は,どうしても使役的な意味合いを持ってしまうという判 定だった.
次のような丈は,上のような観察から使役ないし'受益読みしかできないは ずである.
(48) 1 had him steal a great deal of money.
(私は彼に多額の金を盗ませた/盗んでもらった)
ところが事態内行為者Aの現れない文では,酬のように典型的な被害読みが 与えられる.
日英語における使役・受身表現に関する考察 経9) 1 had a great deal of money stolen
(私は多額の金を盗まれた)
79
同の丈も使役読みが可能であろうか.次のような文脈で使われるかどうか,
同様に尋ねてみた.
(50) 1 was in serious debt. Fortunately, 1 met a proffesional bank robber. 1 had a deal that 1 would tell him the secret numbers of the safe in the bank which 1 had once worked for, and 1 would re‑ ceive half of the stolen money as a reward.
結果は 1名は否定的,残りの4名は不自然だが可能というものだ、った.可 能である理由としては have"が possess"(所持する)となって, 1pos‑ sessed a great d巴alof stolen money."と理解されるからだとの指摘があっ た.なお,むろん同は全員肯定的であった.
以上の観察からまとめていい得ることは,次の通りである.もし事態内行 為AがHave動調の目的語となっているときは,参与者Sが事態Tに働きか けることが明白で,表現の使役性が明白となる.そうでないばあいは,
s
に 及ほ唱すところの事態 Tの表す意味的な中身が,害をおよぼすかあるいは利益 をもたらすものかどうかでs
が被害者的か受益者的かの解釈がストレート に決定される.その判断の根拠は常識によるとしかいいようがない.b. Have使役の間接性
Have動詞を用いた使役文では,日本語の「にj使役文に共通するような 制約が指摘されている 8すなわち,行為者Aは使役の働きかけの協力者と
して何らかの人格を持たねばならない.従って,制は,非文となる.
(51) *1 had the squirrelleave its tre巳
80
また事態内行為者Aは何らかの自覚的な意志を持たねばならない.
(52) 本rnispla
1 h丘dhirn " u u jJ.~~~
I
the pen sorne wher巳inthe kitchen hide日本語の場合,事態内部の行為者 Aに関する制約はそれに付加される格助詞
「にj に由来するもので,その結果として働きかけが間接的なものとならざ るをえなくなったといえる.他方,英語の場合は,働きかけを司る語は,
Have動詞しかないわけだから,この動詞そのものの働きかけの様態がより 間接的だとみなさざるをえない.
c. Haveの意味記述
参与者Sと事態Tとの関わりにおいて上に述べたような多義性を有する動 詞Haveの意味をそれではどのように記述すればよいのであろうか.
そこで参考になるのが,認知意味論の立場からコアとプロトタイプのアプ ローチに基づく記述を提案している田中らのものである田中らによれば,
あらゆる意味用法を含むHaveの核となる意味は帥のようにfHave(X, Y) の関係においてXがYをXの所有圏内に持つ」というもとのである.
倒 X h a v e Y /X¥
所有圏¥ /
¥ ¥ Y /
そしてこの所有圏はたんに「所有空間
J
を表すだけでなく広く「時間空間」「経験空間jをも含む概念である.
そこで,使役動詞Haveの場合は,所有圏を経験空間とし,参与者SをX,
事態 TをYと解釈すればよい.そうすれば,ある事態 Tを参与者 Sが経験空 間内に納めていることになり,事態Tの内容が持つ利害が直接参与者Sに反 映されることも説明できる.また倒にみられる暖味性も説明がつく.すなわ ち,
Y=
事態T
(多額の金が盗まれること)と理解されているのであれば,日英語における使役・受身表現に関する考察 81 所有圏は経験空間となり,被害解釈となる.またもしYニ対象となる物(多 額の金)だと文が認識されば,所者圏は所有空間となり, HaveがPossess
と理解されて受益解釈が生まれ,その原因となる文脈側も許容される.
ただし,この記述の最大の難点は,これだと,なぜ行為者AがHave動詞 の目的格として存在すれば使役・受益解釈しか生まれないのか,ということ が説明できないことである.すなわち,行為者を内に持つ事態 Tが経験空間 内に存在するというだけでは使役性を導き出すことはできないのである 10
N
これまで参与者Sと事態Tとの意味的な関わりを中心もとして,日本語の 助動詞「せる・させる
J I
れる・られるJ I
てもらうJ
を用いた表現と英語の Have動調を用いた表現を考察してきた.参与者Sに与えられる様々な意味 的な役割に関して,事態Tとをの関係付けをもたらす動詞が英語ではE即 日であるが,その同じ働きをする語として,日本語ではより具体的に3種の助 動詞が用いられ,そうした表現の分節化の結果として,日本語では表現によ り具体的で精綴な関係付けをもたらすことが可能となっているといってもい いだろう.
ただしこうしたことは上で行った観察の範囲だけにいい得ることで,日英 両語の使役・受動表現全般に妥当するとは必ずしもいえない.英語ではget, make,letなどの他の使役表現, 日本語では「てやる
J I
てくれる」などの授 与表現や直接受動丈などを対象に含めた包括的な分析が今後必要である.i主
1 この問題に関しての研究は数多くあるが主なものを挙げておくと,井上和子,
r
変 形文法と日本語上j(東京:大修館書庖, 1976), pp.48‑97,柴谷方良,r
日本語 の分析J
(東京:大修館書庖, 1978), pp.120‑172, pp.304‑326,寺村秀生,r
日本語のシンタクスと意味j(東京:くろしお出版, '1982), pp. 201‑321があり,また最 近のものでは,仁田義雄(編),
r
日本語のヴォイスと他動性j(東京:大修館書庖,1991)がある.
2 、IをJif使吏役文と「口にこ斗」使役文の意味的及びび、統語的な相遠については,多くの論考 カ
がfあるカがfその中心的なものは, S. ‑Y. Kuroda,孔 F
品oU加::n功ゐ伽t伽1問凹1βS 0/ LaJア1ぼgz陶岨~ge 1 (1965町), 30‑50,およびMお 昌yoshiShib昌tani,Seman‑
tics of Japanese Causativization," Foundations 0/ Language 9 (1973), 327‑373が 挙げられる.
3 この定式化では, S, 0, Aのうちどれが義務的な要素でどれが任意的な要素か を書き込んではいない.日本語ではどれが義務的でどれが認意的かを一義的に決定 するのは難しい.
4 井上和子,
r
変 形 文 法 と 日 本 語 上j,pp.79‑81,柴谷方良,r
日本語の分析1.pp 135‑l42, p. 302,寺村秀夫,r
日本語のシンタクスと意味.l, pp 214‑217.5益岡隆志, I受動表現と主観性J,
r
他動性とヴォイス.l, pp.105‑121で益岡は受動 文の独自の分類を提案し, Iある出来ことから主体が何らかの影響を受けるという 事態を表すjものを受影受動文として, IてもらうJ
構文との相補性を指摘している.6 Ib札 pp.115‑119
7 ここでの「れる・られる」はむろん間接受動文に用いられた場合のみのものであ る.
8 Leonard Talmy,Semantic Causative Types," Syntax and Semantics 6: The Grammar 0/ Causative Constructions (New York: Academic Press, 1976), p. 107, Anna Wierzbicka, The Semantics 0/ G何mmar(Amsterdam: John Benj昌rninsPub lishing Company, 1988), p. 241例文はいずれも Talmyによる.
9 田中茂範(編著),
r
基本動詞の意味論コアとプロトタイプ.1 (東京:三友社出版,1987), pp. 54‑57,田中茂範,
r
認知意味論英語動詞の多義の構造.1 (東京:三友 社出版, 1990), p. 64.コアとプロトタイプのアプローチの概略については上の二 つの文献を参照.10 ただし,使役性が生じることを前提とすれば,田中等が分析しているとおり,そ の使役の間接性が使役動詞Makeとの比較上うまく説明ができる.田中茂範(編著),
『基本動詞の意味論 コアとプロトタイプJ,pp.56‑57.
*
調査に協力いただいたB.D.タッカー教授, Cルザ、レス教授およびAssociated Kyoto Programの学生のみなさんに(いずれも同志社大学)この場をかりでお礼申し上げる.