国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 : 安保理に よる事態の付託をめぐって
著者 藤田 久一
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 2
ページ 1‑42
発行年 2006‑06‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000010945
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係
―
安保理による事態の付託をめぐって―
藤
田 久 一
目 次一.はじめに―問題の所在二.国連安保理と国際刑事裁判所︵ICC︶の構造的関係 ⑴ ローマ規程における国連安保理とICCの関係 ⑵ 安保理による事態のICC検察官への付託︵トリッガー・メカニズム︶
⑶ ICCの権限行使への安保理の関与 ⑷ 安保理による付託の権限と条件 ⑸ 事態の付託と個別事案の付託 ⑹ 裁判所の管轄権の範囲 ⑺ 付託の受理可能性
︵四四一︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 二
一.はじめに
国際関係の展開について
︑
巨視的に見て時代や世紀の中心的関心事項ないし特徴を一言で表現するとすれば︑
二〇世紀が二度の世界大戦を含む国家間の戦争と平和条約による戦後処理の時代といわれたのに対して
︑
二一世紀とくにその前半︵
冒頭︶
は戦争や紛争の事態における個人の保護ないし人権の実現を目指す国際機構の活動の時代に入りつつあるのではないかとも考えられる ︵
われる思しているように表に象徴的それを
︑
は世界的波紋の改革 ︵ 国連の︒
最近︑
国際的関心への動向の戦争におけるテロリズムやイラク世界の一一後・
九 1︶︒
2︶このような動向の中で
︑
国際機構とくに国連との関係について︑
今日注目されている問題の一つは︑
国際機構︵
つまり国際刑事裁判機関︶
による国際犯罪の刑事訴追の問題である︒
二〇世紀末には︑
アドホックの旧ユーゴ国際裁判所︵
ICTY
︶
とルワンダ国際裁判所︵
ICTR︶
が国連安保理決議により設立され︑
また︑
常設の国際刑事裁判所の設立が ⑻ 司法的再検討の問題―裁判所の﹁権限の権限﹂⑼ 裁判への﹁近道﹂と訴訟手続への﹁介入﹂三.ダルフールの事態のICCへの付託 ⑴ ダルフールにおける事態の展開状況 ⑵ 国際社会︑国連の反応 ⑶ 安保理による付託とICC検察官の捜査決定
⑷ 安保理決議一五九三をめぐる問題四.むすびにかえて ︵四四二︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 三 多数国間条約により定められた
︒
安保理は︑
ICTYとICTRの設立を通じて︑
国際の平和と安全の維持・
回復のための権限の行使について︑
国際犯罪の訴追という新しい分野を開いたとも見られた︒
現実に︑
両裁判所はそれぞれ旧ユーゴの領域やルワンダで侵された重大な犯罪についてかなりの数の訴追を行ってきた
︒
他方︑
国際刑事裁判所︵
ICC︶
は多数国間条約たる国際刑事裁判所規程︵
以下﹁
ローマ規程﹂
という︒
二〇〇二年七月一日発効︒︶
により設立され︑
二〇〇三年三月二一日設立式典がハーグで行われた
︒
ICCはまだ具体的に事件の審理には至っていないが︑
そこでの訴追などICCの訴訟活動について国連とくに安保理の行動と密接な関連をもつことになる︒
なかでも︑
ローマ規程一三条によれば
︑
安保理は︑
ローマ規程の定める重大な国際犯罪が行われた疑いのある事態を︑
国連憲章第七章に基づく行動として︑
検察官に付託することが認められている︒
このような安保理によるICCへの付託という国際犯罪追及メカニズムは
︑
ローマ規程の生み出した︑
国連とICCの協力関係を示す新機軸とも見られるものである︒
しかし︑
そこには︑
複雑な手続や権限の問題を含め︑
国連憲章とローマ規程の関係にもかかわるさまざまの論点が含まれている︒
本稿ではこの問題を中心に検討してみたい
︒
さらに︑
現実に︑
安保理が検察官に付託したその最初の事例として︑
スーダンのダルフールの事態を取り上げる︒
その分析を通じて︑
二一世紀の国際機構による国際刑事裁判手続とその問題性について考える契機としたい
︒
二.国連安保理とICCの構造的関係
⑴ ローマ規程の起草過程における国連安保理と I CC の関係
まず
︑
常設の国際刑事裁判所を設立する多数国間条約の起草過程の検討を通じて︑
国際犯罪の追及に関して国連とくに安保理の果たすべき役割についてどのように考えられてきたかを見ておきたい
︒
︵四四三︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 四
国連国際法委員会
︵
ILC︶
は︑
一九九二年国連総会決議四六/
五四により︑
長らく﹁
凍結﹂
してきた国際刑事裁判所規程についてのトピックの検討を再開するよう求められた
︒
また︑
ICTYおよびICTRの安保理決議による設置に刺激され︑
一九九四年にILCは国際刑事裁判所規程草案︵
以下﹁
ILC草案﹂
という︶
を国連総会に提出した︒
ILC草案は
︑
国連総会のアドホック委員会︑
さらに準備委員会での逐条検討を経て︑
一九九八年この準備委員会のICC規程草案となった︒
このICC規程草案が国連の呼びかけで開催されたローマ会議︵
一六〇カ国と国際機構︑
多数のNGOが
﹁
参加﹂︶
における審議を経て︑
条約形式の国際刑事裁判所規程︵
以下﹁
ローマ規程﹂
という︶
として採択されたのである ︵︒
3︶国際刑事裁判所
︵
ICC︶
の設立方法について︑
すでにILC草案起草の過程で︑
国連の構成機関の一部にする方法と条約による独立の国際機構とする方法の二つの選択肢が示されていた︒
前者の方法については︑
さらに︑
国連憲章を改正して国際司法裁判所
︵
ICJ︶
と同じような国連の主要機関としての地位をICCに与えるか︑
または︑
総会決議あるいは安保理決議により主要機関の補助機関とするかである︒
しかし︑
国連の主要機関とする方法はそのための憲章改正には困難が伴い
︑
また︑
補助機関とする方法はより実現しやすいが︑
それは主要機関に従属する地位に立つことになるから︑︵
ICTYやICTRのようなアドホックな裁判所の場合はともかく︶︑
常設的な国際刑事裁判所としては馴染みにくく不適切であるとも考えられた ︵
判遍すと所判裁な
﹂
的普の﹁
ぶ及に体全会社るに国ら裁設常たし立独︶
か困連国︑︵
がう伴を難際らいなし束拘かしか︒
I立設のCC条るよに約い︑
方他と方うに国約締約条は的後式形︑
は法の者 4︶所とするには適していると考えられた
︒
結局︑
ICC規程草案を検討した諸国や国連機関が選択したのは︑
条約による方法であった︒
その結果︑
ローマ規程は﹁
国際機構設立条約﹂
となったのである︒
ローマ規程四条は︑
裁判所の法的地位と権限を次のように定めた
︒﹁
裁判所は︑
国際法上の法人格を有する︒
裁判所は︑
また︑
自らの任務の実施および目 ︵四四四︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 五 的の達成のために必要な法的権限を有する
︒﹂
しかし
︑
同時に︑
ローマ規程は︑
ICCと国連との関係を定めた規定をも有している︒
規程前文は﹁
国連体制と連携する独立かつ常設の国際刑事裁判所を設立すること
﹂
を決意しと述べ︑
規程二条は︑
裁判所は︑︵
国連と締結する︶
協定によって︑﹁
国連と連携関係に入る﹂
としている︒
現実に︑
二〇〇四年一〇月四日に︑
キルシュICC所長とアナン国連事務総長によりICCと国連との間の協定が署名され
︑
この署名によりこの協定は効力を発生することになった ︵︒
5︶より具体的には
︑
ローマ規程一三条⒝は︑
規程五条の定める重大な国際犯罪が行われた疑いのある事態が国連憲章第七章に基づき行動する安保理により検察官に付託された場合に
︑
裁判所︵
ICC︶
はその犯罪について管轄権を行使することができると規定した︒
また︑
規程一六条では︑
逆に︑
安保理が国連憲章第七章により採択した決議において︑
裁判所に対して捜査または訴追を開始しまたは進行してはならない旨要請した場合には
︑
一二カ月の間この規程に基づくいかなる捜査または訴追も開始または進行させてはならないとし︑
この要請を安保理が更新できるとしている︒
本稿において主に検討するのは
︑
安保理による事態のICC検察官への付託をめぐる問題である︒
⑵ 安保理による事態の I CC 検察官への付託︵トリッガー・メカニズム︶
一九九八年のローマ会議に参加した諸国は
︑
国連憲章に基づく安保理の義務を果たさせるために安保理に﹁
贈り物﹂
をしたといわれる ︵すと履行を責任な主要する関に維持の安全平和
︒
の国際づいて基に国連憲章︑
は規程ローマ︑
つまり 6︶るために
︑
安保理が自由に使いうる﹁
新しい道具︵
トリッガー︶﹂
を提供したとされるのである︒
それは︑
重大な国際犯罪が行われた︵
疑いのある︶
事態を安保理がICC検察官に付託することにより︑
当該犯罪に対する裁判所︵
ICC︶
の管轄権が行使されること
︑
つまり︑
トリッガー・
メカニズムが作動することを意味している︒
︵四四五︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 六
しかしながら
︑
この﹁
贈り物﹂
は︑
他方できわめて厳格なかつ決定的な条件に服さなければならないものでもある︒
つまり
︑
その条件とは︑
安保理のICCへの付託が︑
国連の枠外で締結された条約であるローマ規程の定める厳格なシステム︵
とくにICCの管轄権を設定する諸原則︶
に従わなければならないことである︒
安保理は︑
アドホックな国際刑事裁判所
―
ICTYおよびICTR―
の設立に際しては︑
その下での犯罪の事項管轄およびその訴追を規律する諸原則を定めることができた︒
しかし︑
これは︑
ローマ規程一三条⒝により安保理に認められた権限ではない︒
そこで問 題は︑
安保理の行動がローマ規程の定めるICCの管轄権―
すなわち︑
事項的︑
人的︑
場所的︑
および時間的管轄権―
を変更︵
とくに拡大︶
し︑
その行動に対するローマ規程上の限界を乗り越えることができるかどうかである︒
たとえば
︑
安保理はその決議により︑
ローマ規程五条に列挙されていない種類の犯罪を裁く権限をICCに与えたり︑
また︑
ローマ規程において裁判所の管轄権にすでに含まれている犯罪の概念をより広げることができるかどうか︒
この複雑な難題に取り組むためには
︑
ローマ規程の諸規定と国連憲章とくに第七章の規定との関係について検討しなければならない︒
⑶ I CC の管轄権行使への安保理の関与
国連とくに安保理が
︑
憲章第七章三九条から︑
平和に対する脅威︑
平和の破壊または侵略行為といった事態に直面して︑
それを認定しかつ必要な措置をとる任務を担う機関であるから︑
重大な国際犯罪が国際の平和と安全の維持または回復の手段を構成するとみなされる限り
︑
ICCと密接に関係することは明らかである︒
ローマ規程の準備作業においても︑
ICCの司法的活動と憲章二四条に基づく安保理の﹁
主要な責任﹂
との調整が不可欠であると考えられた︒
そして
︑
ローマ規程は︑
次にみるような二つの基本的事項において︑
安保理が裁判所における手続︵
管轄権の行使︶
に積極 ︵四四六︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 七 的にあるいは消極的に係わることを認めたのである
︒
一つは
︑
ICCの管轄権行使における安保理の積極的関与としては︑
重要な国際犯罪が行われた疑いのある﹁
事態﹂
を検察官に付託する安保理の権限が認められたことである
︵
ローマ規程一三条⒝︶︒
つまり︑
安保理に対して︑
ICCの前で﹁
引き金を引く︵
トリッガー︶﹂
権限を与えることにより︑
アドホックな裁判所を設立することなく︑
この常設のICCに将来のすべてのかかる事態について付託しうるという意味で
︑
安保理の自由な取扱いに委ねられたことになる︒
その意味で︑
ICCは︑
ICTYやICTRのようなアドホック裁判所の﹁
継続﹂
として位置づけうるし︑
また︑
より的確には
︑
一種の﹁
アドホックな常設﹂
国際刑事裁判所とも考えられる ︵︒
7︶二つは
︑
ICCの管轄権行使に対する安保理のいわば消極的﹁
関与﹂
方法として︑
安保理は憲章第七章に基づき採択された決議において
︑
一二カ月の限られた期間︵
その更新も可能︶
ICCの前での捜査または訴追を延期することを要請する権限を有することである︵
ローマ規程一六条︶︒
これにより︑﹁
国際の平和と安全の維持のために主要な責任﹂
を負う安保理は重要な国際犯罪の訴追を安保理の任務遂行としてとる他の措置と調整することが認められるのである
︒
このように
︑
条約としてのローマ規程により設立されたICCは︑
国連憲章第七章に基づき行動する安保理の利用に供されうるものである
︒
しかし︑
他面︑
ICCは独立した司法機能をもつ国際機構であり︑
安保理の意のままに委ねられる機構ではない
︒
ローマ規程は︑
締約国による事態のICC検察官への付託およびICC検察官の職権による捜査開始の可能性という︵
安保理の付託以外の︶
他のトリッガー・
メカニズムも規定している︵
一三条⒜︑
⒞︶︒
安保理の付託がなくとも
︑
ICCのメカニズムは作動しうるのである︒
また︑
前述した一三条⒝および一六条の下における安保理の権限の行使は︑
多くの条件や制限に従わねばならないことである︒
それらの条件や制限は国連憲章およびローマ規程の規定によるものであって
︑
要するにICCの司法的コントロールの下にあることを意味する︒
さらに︑
独立の司法機︵四四七︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 八
関としてのICCの活動にはその任務に関する諸規則や法の適性手続の諸原則が適用され
︑
安保理による付託の場合にもかかる規則の適用は免れないことである
︒
逆にいえば︑
安保理はそれらの規則をいかなる仕方においても改変することはできないのである︒
⑷ 安保理による付託の権限と条件
安保理による事態の付託メカニズムは
︑
ローマ規程一三条⒝以外にはどこにも定められていない︒︵
締約国の付託と検察官の職権捜査という他の二つのトリッガー・
メカニズムはそれぞれ一三条⒜︑
⒞のほか︑
前者については一四条︑
後者については一五条で詳細に規定されている
︒︶
そのため︑
そのメカニズムはローマ規程全体の解釈および国連憲章の関連規定から推論されなければならない︒
まず
︑
安保理の付託権限の根拠については︑
ローマ規程の準備作業の当初から︑
規程の定める管轄権メカニズムを安保理に利用させることで了解がなされていた︒
しかし︑
それは国連憲章の定める安保理の権限に何かを加減するものではなかった ︵
いたのである用を表現という ︵ 行動付託への検察官による安保理
﹂
するづき︒
基に国連憲章第七章﹁
に単純︑
は最終文起草の⒝規程一三条 8︶︒
9︶そのことから
︑
安保理のICCへの付託権限の根拠は︑
国連憲章自体に︑
とくにその第七章の中にあると考えられる︒
その際参考にすべきは︑
ICTYとICTRのようなアドホック裁判所が第七章に基づく安保理の権限から設立されたことである
︒
とくにICTY設立の法的根拠について︑
ダジチ事件に関するICTY上訴裁判部の判決は次のように述べる︒
すなわち︑
憲章三九条に基づいて︑
安保理は﹁
第四一条及び第四二条に従っていかなる措置をとるかを決定する﹂
権限を有し
︑
そして︑
ICTYの設立は﹁
兵力の使用を伴わない﹂
措置を構成するものとして四一条に基づく ︵︒
10︶ ︵四四八︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 九 このような根拠づけを
︑
必要な変更を加えれば︑
ICCの場合にも適用することができる︒
つまり︑
安保理によるICCへの付託は︑
憲章四一条に基づく安保理の権限によるものであり︑
しかも︑
この付託それ自体はICCの不可欠な 独立性を損なうものとはいえないであろう ︵使TYその意味では
︑
ICやうことになるICTRのような安保理の司法的補助機関︒
︵ 任務︒
CCIとして手段するための行使ををな主要はその安保理︑
もっとも 11︶を設立するのと似ているともい 12︶
えるが
︑
安保理はその後のICCの司法活動に介入することはできない︒
次に
︑
安保理によるかかる付託権限の行使のための条件として︑
憲章に基づく安保理の権限に由来する条件︑
および︑
ローマ規程の設立したICCの本質的特徴に由来する条件を見ておきたい
︒
まず
︑
前者の条件としては︑
憲章三九条から次の二つの本質的条件が引き出される︒
すなわち︑
第一に︑
安保理は︑
平和に対する脅威
︑
平和の破壊または侵略行為の存在を決定する場合にのみ措置をとりうるということであり︑
第二に︑
とられた措置は国際の平和と安全を維持しまたは回復するという目的を追求するものでなければならない︒
もっとも︑
安保理はこれらの条件の存在を決定する際に
︑
広い裁量権限を行使しうる︒
ローマ規程の文言の中にも︑
このこと︵
条件︶
を示唆する表現が含まれている︒
第一の条件についてみると︑
規程前文︵
三項︶
は︑
裁判所︵
ICC︶
の管轄内に入る犯罪が
﹁
世界の平和︑
安全および福利を脅かすものである﹂
ことを宣言している︒
この断定的宣言は︑
国際の平和と安全の維持または回復の分野における国連憲章システムの論理の中に位置づけられねばならないものであろう
︒
安保理は︑
とくに﹁
平和に対する脅威 ︵の文言犯罪された侵
︑
から整合的解釈のとの規程ローマ︑
について決定の存否の﹂
13︶重大性
︑
犯罪実行者が処罰されていないこと︵
不処罰の享受︶︑
および︑
かかる犯罪訴追における国内裁判所管轄権の実効性の有無などを考慮に入れなければならないだろう︒
こうした要素の考慮は︑
安保理のこれまでの実行においても反映されている
︒
もっとも︑
安保理は︑
まず︑
第七章に基づく権限行使の前提として︑
平和に対する脅威などのカテゴ︵四四九︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一〇
リーを構成する客観的に同定しうる事態の存在を決定し
︑
ついで︑
規程五条の定める犯罪の一つまたはそれ以上が行われたか否かを決定すべきであるという見解もある ︵
︒
14︶第二の条件について
︑
安保理は︑
裁判所への付託が国際の平和と安全を維持または回復するための適切な措置である と決定しなければならない︒
もっとも︑
このことは︑
ICCのような国際裁判所の判決がそもそもかかる適切な措置となりうるか否かという先行的問題を提起する︒
これについては︑
安保理の実行―
安保理決議八二七︵
一九九三︶
や九九五
︵
一九九四︶
など―
およびローマ規程前文―
前述のような三項および六項︵
すなわち︑
国連の目的と原則︑
とくに武力による威嚇と武力行使禁止原則︵
憲章二条四項︶
の再確認︶ ―
に示されていることからも︑
一応肯定的に答えることができよう
︒
しかし︑
安保理は︑
政治的理由から︑
かかる特定の事態をが生じてもその裁判所への付託が国際の平和と安全の維持または回復のための適切な措置ではないとみなして︑
裁判所に付託しないという決定を行うこともできる
︒
いいかえれば︑
憲章第七章に基づく安保理の裁量権限についてはローマ規程の中には何ら言及されていない︒
⑸ 事態の付託と個別事件の付託
規程一三条⒝によれば
︑
安保理は規程五条に定める﹁
当該犯罪の一または二以上が行われたと疑いがある事態﹂
を付 託しうるのである ︵づく問題でき
︑
個別の事件は付託しえないのではないかというであるのみを︒
このような制限は︑
憲章第七章に基付託﹂
実質的制限事態規定は︑
安保理の行動にを︒
課しているとみるべきかどうか︒
つまり︑
かかる﹁
この 15︶安保理の権限
―
つまり︑
憲章四〇条で使われている﹁
事態﹂
のように︑
全体的事態を対象とすべきで個人の犯罪行為を取り上げるのではないということ―
から引き出されるものともいえる ︵の下人個ばえとた
︑
での情事の別特︑
だた︒
16︶重大な犯罪行為の不処罰がそれ自体
﹁
平和に対する脅威﹂
を構成し︑
安保理がその事件を裁判所に付託することも当然 ︵四五〇︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一一 想定しうる
︒
つまり︑
個人の事件が安保理が対象とする全体的事態に影響を及ぼすことは考えうる ︵その侵
︑
あるいは︑
し決定しないことを訴追を中心的指導者個人いのある疑したを国際犯罪が国内裁判所の国ある︑
ば にいえ具体的より︒
17︶者に対して明らかに不公正ないわば
﹁
偽裁判﹂
を行うことにより︐
その国のみならず関係地域に不安や脅威をもたらす場合である ︵︒
18︶このような場合の裁判所への付託という安保理の行動は
︑
憲章第七章にもローマ規程にも違反しないと思われる︒
一三条⒝は︑
たとえ只一人の独裁的指導者が﹁
一または二以上の﹂
重大な国際犯罪を犯したことに係わる事態を安保理が裁判所に付託する可能性を否定するものではないであろう
︒
このことは︑
安保理が裁判所の独立した司法的活動に介入するものとはいえない︒
このような場合にも︑
検察官はローマ規程︵
五三条︶
に基づいて起訴するための合理的根拠が存在しないとも決定しうるし
︑
また︑
その決定は予審裁判部による再検討に付されうる︒
あるいは逆に︑
検察官は︑
予審裁判部の許可を得て︑
安保理が取り上げなかった他の重大な犯罪のために他の個人の捜査および訴追を決定することもできる
︒
一般的にいえば
︑
安保理は︑
裁判所に付託すべき﹁
事態﹂
を決定しかつ限定する際に︑
憲章第七章の下での権限に基づく広い裁量権を有している
︒
そのため︑
安保理は特定の地域において生起する進行中の事態を付託しうるし︑
また︑
単独の個人の事件さえも付託するために
︑
犯された犯罪とその犯罪人︵
実行者︶
を特定することもできる︒
このような安保理の決定は︑
裁判所の前での手続のトリッガーを許すものではあるが︑
他方で︑
検察官が予審裁判部のコントロールの下で
︑
他の関連事件についての捜査を開始する権限を有することは否定できない︒
形式的には
︑
安保理による付託は︑
憲章四一条に基づき決定される﹁
兵力の行使を伴わない措置﹂
に当たる︒
しかしながら
︑
安保理が裁判所に捜査および/
または訴追を︑
憲章三九条と四〇条から単に﹁
勧告﹂
することも妨げられない︒
︵四五一︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一二
この場合でも
︑
安保理は規程一三条⒝の下でその権限を行使していること︑
つまり憲章第七章下の命令的行動であることを明らかにしなければならない
︒
さもなければ︑
安保理の関連決議は︑
規程一五条⑴による検察官の職権捜査のために単に情報を提供しているものとみなされることになろう︒
⑹ 裁判所の管轄権の範囲
次に
︑
後者の条件︑
つまり︑
ICCの本質的特徴に由来する条件としては︑
安保理の付託により裁判所はローマ規程の定める管轄権の範囲内で手続を行うということである︵
規程一三条冒頭︶︒
これは︑
安保理がICC管轄権を拡大する形で裁判所の手続に介入するのを拒むための条件であるとも解しうる
︒
ローマ規程のどこにも安保理が裁判管轄権を広げる可能性について言及しておらず︑
逆に︑
ローマ規程の準備過程やローマ会議の議論︵
諸国の意向︶
からも︑
また︑
その諸規定からみても
︑
国連機関としての安保理の行動はローマ規程の定めた規則に従うことが確認されている︒
この管轄権の範囲という面からみても︑
安保理に対してICCが従属的地位に立つことは意図されていないのである︒
ただ
︑
例外的に︑
安保理の付託が事実上裁判管轄権を拡大することになる場合がありうるかどうかは検討しておく必要がある︒
まず︑
事項的管轄権について︑
規程一三条から︑
安保理は規程五条の定める部類の犯罪︵
集団殺害罪︑
人道 に対する罪︑
戦争犯罪︑
侵略の罪︶
が行われた疑いがあるときにのみ︑
その事態を検察官に付託するのであり︑
それ以外の部類の犯罪については付託しえないことはいうまでもない︒
人的管轄権―
犯行時一八才以上の自然人のみ―
についても例外は認められない
︒
こうした管轄権の範囲ないし制限は刑法の一般原則︵
および規程二五︑
二六条︶
から引き出されるものであり︑
安保理による付託の場合にそれが無視されてよい理由はない︒
他方
︑
裁判所管轄権の行使に対する場所的および人的前提条件ともいいうるもの︑
つまり︑
規程一二条二から︑
規程 ︵四五二︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一三 締約国または裁判所管轄権受諾国であって
︑
犯罪行為地国または当該犯罪の被疑者国籍国に限られるという条件は︑
安保理による付託の場合には適用されない︒
憲章第七章に基づく安保理の付託の決定はすべての国連加盟国を拘束するから
︑
国連加盟国であれば規程未批准国またはICC管轄権非受諾国に対しても︑
安保理のかかる付託により︑
ICCは管轄権を行使しうることになる︒
なお
︑
裁判所の時間的管轄権については︑
安保理による付託の場合に関して︑
ローマ規程にかなりの抜け穴があるように思われる︒
規程一一条一︵
時間的管轄―
規程発効後に行われた犯罪についてのみ管轄権を有する︶︑
二二条一︵
法 なければ犯罪なし︶︑
および二四条一︵
人に関する不遡及︶
は︑
ICC管轄権が規程発効後に行われた犯罪に限定されるという一貫したシステムを採り入れている ︵︒
これは刑法の一般原則に係わるものであるから︑
この時間的限定は安保 19︶理による付託の場合にも当てはまると思われるが
︑
なお検討の余地がある︒
上の二二条と二四条は規程第三部
﹁
刑法の一般原則﹂
に属し︑
明らかに﹁
法なければ犯罪なし︵ nullum crimen sine lege ︶﹂
という不遡及原則に基づく規定である︒
従って︑
両規定の目的は︑
裁判所の時間的管轄権を規制することではなく︑
単に刑法の遡及適用を禁止することにあると考えられる︒
この理由から︑
いかなる者も﹁
この規程が効力を生ずる以前の行為について
︑
この規程に基づいて﹂︵
二四条一︶
刑事上の責任を負わないのである︒
この表現は︑
規程だけに
︵
二二︑
二四条のままで︶
限定されるなら︑
まさしく遡及適用されてはならないのである︒
しかし
︑
裁判所の事項的管轄権に入る重大な犯罪行為で︑
ICC規程の効力発生以前に行われたものについて︑
もしかかる行為を犯罪とする他の国際
︵
刑︶
法規範があるとすれば︑
上の規定による刑事責任の排除は意味のないものになろう︒
このことを予想してか︑
規程二二条三は︑﹁
本条は︑
この規程から独立して︑
いかなる行為を国際法上の犯罪と性格づけるかということに影響を与えるものではない
﹂
としている︒
そして︑
第二次世界大戦後の諸国の国内刑事裁判︵四五三︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一四
所の判決およびニュルンベルク裁判や東京裁判においてさえ
︑
さらに最近のICTYやICTRのようなアドホックの国際刑事裁判所の判決
︑
およびILCの作業においても︑
多くの重大な犯罪︑
主に戦争法・
人道法の重大な違反行為がすでに︵
ローマ規程の効力発生以前に︶
一般国際法︵
慣習法︶
上の既存の規則の下で重大な犯罪行為とみなされてきたことは否定できない
︒
その結果︑
ローマ規程の発効より前に行われた︑
裁判所の事項的管轄権に入る犯罪行為の訴追は︑
もしその行為が行われた時に有効な国際︵
刑︶
法上犯罪とみなされているならば︑
不遡及の一般原則に反することにはならないだろう
︒
また︑
刑法の不遡及の実質的原則の下で︑
行われた行為がその時点ですでに犯罪を構成する限り︑
たとえその後に設立された裁判所でも訴追されうるのである︒
ローマ規程でも︑
裁判所の適用法として︑
ローマ規程のほか
︑﹁
適当な場合には︑
適用可能な条約ならびに国際法の原則および規則︵
武力紛争に関する国際法の確立された原則を含む︒︶ ﹂
もあげている︵
二一条一⒝︶︒
裁判所の管轄権の下に入る犯罪の手続についても︑
ICCは適当な場合に︑
ローマ規程以外の国際法の原則や規則を適用しうるのである
︒
その結果︑
ローマ規の効力発生前に行われた犯罪行為を訴追する裁判所の権限は︑
規程二二条と二四条に基づいて確定することも排除することもできないことになろう︒
そのためには
︑
規程第二部︵
管轄権︑
受理可能性および適用法規︶
における管轄権の関連規定の注意深い検討を必要としよう︒
そこでローマ規程第二部一一条
︵
時間的管轄︶
に戻って考えれば︑
その二項では︑
ローマ規程の効力発生に締約国となる場合︑
その国が一二条三の規定に基づく宣言︵
非締約国の規程受諾宣言︶
を行わない限り︑
ICCはその国に規程が発効した後に行われた犯罪についてのみ管轄権を行使しうる
︑
としている︒
このことは︑
一二条のメカニズム︵
管轄権行使のための前提条件︶
に言及することにより︑
裁判所︵
ICC︶
の時間的管轄権に対する制限とローマ規程の条約的性質との間の内在的関係を明らかにしている
︒
つまり︑
一一条の定める管轄権の時間的制限は全体として︑
一二条の ︵四五四︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一五 いう国家の同意なしに裁判所が管轄権を行使できないことを言い換えたものにすぎない
︒
従って︑
一二条は︑
一三条⒝の安保理の付託の場合における管轄権行使の前提条件とはみなされないのである︒
この解釈から
︑
安保理は︑
一一条のいうICC管轄権に対する時間的制限により拘束されないことになろう︒
従って︑
安保理はローマ規程の効力発生以前︑
すなわちICC設立以前に行われた犯罪︵
に係わる事態︶
をも︑︵
規程の事項的管轄権の条件下で
︶
付託することができるとみなければならない︒
これは︑
安保理の設立したICTYやICTRのようなアドホック裁判所にその設立以前に行われた犯罪についても訴追されてきたのと同じ仕方である︒
結局︑
ローマ規程一一条は
︑
同規程発効前に犯罪が行われたような事態を安保理が裁判所︵
検察官︶
に付託することを排除するものではないのである︒
⑺ 付託の受理可能性
さらにもう一点
︑
ICCのトリッガー・
メカニズムについて︑
安保理による付託の場合における受理可能性の問題がある︒
ローマ規程一七条は受理可能性の一般原則を定義するに際して︑
さまざまの異なったトリッガー・
メカニズムについて区別していない
︒
すなわち︑
規程一九条は︑
裁判所の前での受理可能性に対する異議申立て︵
チャレンジ︶
を決定するに当たって
︑
安保理による付託の場合に対して異議申立てを制限する規定をおいていない ︵捜査はによる職権の検察官および
︶
⒜一三条︵
付託による締約国︑
手続による一八条する構成を全体づくシステムの基 に受理可能性︑
他方︒
20︶開始
︵
一三条⒞︶
の場合にのみ適用される︒
それにもかかわらず
︑
ICCが各国の刑事裁判権を補完するとする補完性原則︵
規程前文一〇項︑
一条︶
および受理可能性の基準は裁判所
︵
ICC︶
の本質的特徴とみなされるから︑
ローマ規程の下での安保理の権限行使もICCの司︵四五五︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一六
法システムの論理に拘束されると言わねばならず
︑
その結果︑︵
補完性原則および︶
受理可能性に関する原則は︑
規程一三条⒝による安保理の付託にも適用されねばならない ︵
︒
21︶なお
︑
安保理により事態が付託されるとき︑
検察官はそれにより捜査を開始するに当たり︑
締約国および関係犯罪につき通常管轄権を行使すると考えられる国に対して
﹁
通知﹂
する義務︵
一八条一︶
を負わない︒
憲章第七章に基づく安保理による付託手続︵
憲章三九条に規定︶
が裁判所︵
検察官︶
の捜査開始について必要な公開性をすでに満たしていると考えられるからであろう
︒
その結果
︑
受理可能性についての全体的メカニズムが規程一八条に定める通知に基づくものであるから︑
安保理による付託の場合
︑
通知を必要としない特別の手続︵
トリッガー︶
に従うことになり︑
受理可能性についての先決的決定は必要とされないことになろう︒
従って︑
規程一九条の下で︑
裁判所の前での事件の︵
一七条に定める︶
受理可能性についてのみ
︑
異議申立てがなされうるのである︒
その事件を自ら捜査しまたは訴追する︵
または︑
訴追した︶
ことを主張する国は︑
検察官による捜査の中断を求めることができる︒︵
一九条七の下で︑
国によりなされた受理可能性に対する異議申立ては
︑
裁判所が一七条に従って決定するときまで︑
検察官による捜査は中断される︒︶
しかし︑
安保理による付託の場合︑
国︵
単独国︶
による受理可能性についての請求は︑
当然に予審裁判部の決定に委ねられる︒
安保理は
︑
規程一三条⒝から︑
その決議により受理可能性の問題につき直接表明することはできない︒
受理可能性の問題は規程一七条と一九条から引き出されるもので︑
それは個別の事件についてのみ検討されうるものであり︑
事態全 体を裁判所︵
検察官︶
に付託する安保理の通常の権限を超えている︒
厳格な意味における受理可能性の問題は︑
個別事件の捜査が開始されてから後に︑
裁判所の諸機関―
とくに検察官および権限ある予審裁判部や第一審裁判部―
において検討されるものである
︒
安保理は犯された犯罪︵
行為︶
の重大性に言及し︑
そして︑
一般的な仕方で︑﹁
平和に対す ︵四五六︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一七 る脅威
﹂
が存在するという決定または裁判所︵
ICC︶
に事態全体を付託するという決定を正当化するために︑
かかる重大な犯罪を捜査しまたは訴追すべき単独国家がその能力または意図を欠いていることをあげることはできる︒
この場合
︑
安保理は上述の補完性原則を念頭におき︑
その単独国家の裁判制度の腐敗ないし運用不能が存在するとか︑
その犯罪人を訴追する意思がないと判断すれば︑
裁判所への事態の付託を決定しうるのである︒
しかし
︑
前述のように︑
安保理は例外的な場合には︑
特定の事件を裁判所に付託することも妨げられない︒
犯罪人を訴追すべき国のその意思の欠如やその裁判制度の無能力の場合に︑
安保理はICCにおけるその事件の受理可能性の問題に直接言及しうることになろう
︒
ただ︑
この場合︑
規程一九条から︑
ICCによる再審査に付されることはいうまでもない︒
また︑
安保理が︑
特定の国の司法当局が特定の犯罪人を訴追することができかつその意思があるとしても︑
行われた犯罪全体を取り扱うことができないと考えるとき
︑
あるいは︑
犯罪行為が地理的に複数国に跨がって行われたような事態ないしは国家間で適合裁判所forum conveniens
について争いがある事態について︑
安保理はICCがそれらの犯罪を捜査しかつ訴追するのに最も適切な裁判所であるとみなすこともできよう
︒
結局
︑
ICCにかかる事態を付託する安保理の決定は︑
ICCを規律する補完性原則を含む一般原則に従うものであるといえる
︒
そして︑
関係諸国は︑
ローマ規程からこの決定に従う義務を負い︑
また︑
この決定は憲章第七章に基づくものであるから
︑
国連加盟国である限りそれに拘束されることになろう︒
さらに
︑
この種の事態を裁判所︵
検察官︶
に付託する安保理の決議が︑
憲章第七章の下で︑
その事態に関連する個別の事件について国内司法当局による訴追を
︑
国際の平和と安全に対する脅威をもたらすとして︑
禁止さえしうる場合があることも否定できない︒
この場合︑
国連加盟国は憲章二五条により︑
この国内的訴追の禁止に従う義務を負うことになろう
︒
︵四五七︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一八
もっとも
︑
いかなる場合においてもICCは︑
規程一九条の下で行動することにより︑
憲章第七章に基づく安保理の かかる決定の合法性を検証する管轄権をもっている ︵︒
22︶⑻ 司法的再検討の問題 ― 裁判所の﹁権限の権限﹂
そこから
︑
手続の問題として︑
安保理による行動︵
決定や措置︶
の司法的再検討の問題がある︒
前述のように規程一九条の下で︑
裁判所︵
ICC︶
は自らの管轄権ならびに裁判所に持ち込まれた事件の受理可能性を決定する資格がある︒
この権限は︑
司法機能の行使のために必要な要素であり︑
すべての司法の内在的管轄権に属す るものである︒
ICTYの控訴裁判部が前述したタジチ事件 ︵合のを確認しかつ行使するために
︑
二次的管轄権事項するとして他の諸機関の決定の一次的管轄権対事項の前の判所に は管轄権らかにしているように︑
かかる︑
の権原でも裁明 23︶法性の検討を許すことにある
︒
いわゆる﹁
権限の権限︵ Kompetenz-Kompetenz ︶﹂
の問題である︒
これに基づいて︑
ICCは︑
とくに規程一三条⒝の下での安保理による付託の場合の管轄権の行使がローマ規程の定める諸条件を尊重したかどうかを決定する資格を有するのである
︒
まず
︑
裁判所︵
ICC︶
は持ち込まれた事件が安保理により付託された﹁
事態﹂
の一部を構成するものであることを確認しなければならない
︒︵
さもなければ︑
検察官は職権で行動したとみなされ︑
捜査手続の要請を予審裁判部に提出しなければならない︒︶
裁判所はまた︑
安保理による事態付託の決議が本当に採択されたこと︑
および︑
その際に︑
規程一三条⒝に言及れているように
︑
憲章第七章に基づき行動したことを検証しなければならない︒
さらに
︑
裁判所︵
ICC︶
は︑
安保理が憲章第七章の定める条件に従って行動したことを検証する権限をもつのである
︒
とくに︑
安保理が第七章を援用する権限を有していたかどうか︑
そして︑
憲章三九条の規定する﹁
平和に対する脅 ︵四五八︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 一九 威
︑
平和の破壊又は侵略行為﹂
の存在を予め決定していたかどうかを検証しなければならない︒
その際︑
裁判所は︑
安保理がかかる決定を行ったか否かという形式的検証だけに限定すべきではない︒
憲章三九条のいう﹁
平和に対する脅威﹂
などの事態の存在についての安保理の決定は安保理の﹁
全く自由な裁量﹂
によるものではない以上︑
裁判所は安保理が憲章の目的および原則の範囲内で行動︵
決定︶
したことを検証しなければならない ︵︒
24︶もっとも
︑
このような裁判所︵
ICC︶
のいわば司法的レビューはあくまでも安保理の行動の合法性を検討するためのものであり︑
安保理の決議が︵
憲章三九条のいう︶﹁
国際の平和及び安全を維持し又は回復するため﹂
の措置として適切かつ効果的である否かといった評価に係わってはならない
︒
特定の事態を検察官に付託するかどうかを決定する際に︑
安保理は︑
上述のタジチ事件判決の文言を借りれば︑﹁
かかる選択がきわめて複雑かつダイナミックな事態の政治的評価を含むような
﹂
憲章三九条下での﹁
広い裁量的権限﹂
を享受しているのである ︵すのは安保理のその裁量的権限行判使の仕方について検討し評価所裁の内
﹁
評価の余地﹂ ︑
囲範にまり限安る留が理保︒
された確立により憲章︑
つまり 25︶る立場にはないのである
︒
なお
︑
安保理が特定の個別的事件を﹁
平和に対する脅威﹂
の事態を引き起こしたとして裁判所︵
検察官︶
に付託することを決定する場合も
︑
ICCは同じ限定︑
制限︑
パラメーターといった要素にそって︑
国連憲章およびローマ規程に基づき
︑
その決定︵
決議︶
の合法性を検討しなければならない︒
⑼ 裁判への﹁近道﹂と訴訟手続への﹁介入﹂
その他の手続事項として
︑
安保理による事態の付託は︑
裁判所︵
ICC︶
における全体的手続にも影響を及ぼすものである
︒
︵四五九︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 二〇
まず
︑
安保理による付託は︑
締約国の付託の場合︵
規程一三条⒞および一四条︶
のように︑
検察官による捜査手続の 決定が予審裁判部の検討に委ねられるわけではないから︑
訴訟への一種の﹁
近道﹂
になるといわれる ︵︑
他場合の付託による安保理︑
なり異メカニズムとは・
つのトリッガー二の︑
という場合の職権捜査の検察官および場合 の付託の締約国︒
26︶裁判所が管轄権を行使するために
︑
事前ないし事後のいかなる国の受諾も必要とされない︒
さらに︑
すでに述べたように︑
検察官はこの場合の手続の開始をすべての締約国に通知する必要はなく︑
また︑
受理可能性に関する先決的決定も行われない
︒
さらに
︑
安保理による付託は︑
検察官による捜査開始義務を引き出すとしても︑
検察官の捜査を義務づけるものではない
︒
規程五三条二⒞によれば︑
検察官は﹁
すべての状況︵
犯罪の重大性︑
被害者の利益︑
申立てられた犯人の年令または欠陥および申し立てられた犯罪におけるその者の役割を含む︒︶ ﹂
を考慮して︑
訴追を行うことが﹁
正義の利益﹂
にならない場合
︑
訴追のための十分な根拠がないかどうかを独立して決定しうるのである︵
検察官裁量 ︵をしないと決定ならないばしなけれ通知に安保理
︑
の手続するときはいつでも ︵ 追訴が官察検︶︒
27︶︒
28︶これに対して
︑
安保理は検察官のこの決定の再審を予備裁判部に要求することのみができる︵
規程五三条三⒜︶︒
また︑
規程一九条三から︑
裁判所が安保理による事態の付託による事件に関して管轄権または受理可能性の問題を取り扱うと き︑
安保理は裁判所に対して意見を提出することができる ︵︒
29︶安保理の付託による場合も
︑
裁判手続は他の場合と同じように進められ︑
それに安保理が介入できないことはいうまでもない
︒
但し︑
規程締約国が規程︵
第九部八六︑
八七条︶
に違反して裁判所に協力しない場合︑
また︑
規程非締約国が裁判所管轄権を受諾するアドホックな取極に違反する場合︵
規程五三条五︑
七︶︑
それにより裁判所の任務および権限の行使が妨げられるようであれば
︑
裁判所は安保理に対してこの問題を付託することができる︵
規程八七条七︶︒
こ ︵四六〇︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 二一 れらの場合
︑
安保理は︑
丁度ICTYやICTRのようなアドホック刑事裁判所に対する国連加盟国の非協力の場合と同じように︑
憲章第七章に基づく一定の措置をとる決定を行うことは妨げられない︒
もっとも︑
その決定は憲章の定める諸条件
︑
とくに︵
三九条のいう︶
平和に対する脅威︑
平和の破壊または侵略行為の存在の決定︑
および国際の平和と安全の維持または回復のための措置の決定という条件を満たすものでなければならない︒
これらの措置の決定は国連加盟国のみを拘束する
︒
ローマ規程は裁判所に対する国際協力および司法援助に関して
︑
それ以上の特別の義務を諸国︵
締約国および規程受諾宣言国
︶
に課していない︒
しかし︑
裁判所に事態を付託する安保理の当初の決議︵
決定︶
は︑
国連加盟国からの協力を求めるためにICCに︵
ローマ規程の定める権限よりも︶﹁
拡大された﹂
権限を付与するような表現を用いることが予測される
︒
この場合︑
安保理の決定はローマ規程のシステムを﹁
超える﹂
ことになるが︑
裁判所のこの﹁
特別の﹂
権限はローマ規程ではなく憲章第七章にのみ基づくものである︒
最後に
︑
冒頭に述べたように本稿の考察対象を越える問題― ﹁
付託﹂
とは逆に︑
訴追の﹁
停止﹂ ―
について一言すれば︑
安保理が第七章に基づく根拠がもはや存在しないと考えるとき︑
あるいは︑
裁判所における訴追の継続がかえって
﹁
平和に対する脅威﹂
を構成すると見なすとき︑
安保理は裁判所における訴訟手続を停止させることができるかどうかという問題がある
︒
安保理がその七章決議で設立したアドホック国際裁判所を解散する権限を有している ︵一停止
︒
えられない考されているとは付与を権限する解散を裁判所させあるいはを訴訟で下の規程はローマ安保理︑
て し対比のと 30︶度安保理が事態を付託した以上
︑
ICCのシステムは完全に独立しているから︑
ICC自らを除いて︵
安保理を含め︶
だれも訴訟手続を終了させる権限を有していないといえよう︒
安保理がとりうる唯一の手段は︑
規程一六条に基づく捜査および訴追の
﹁
延期﹂
の要請である︒
しかし︑
これは一定期間︵
一二カ月間︑
さらに更新も可能︶
に限った手続の開︵四六一︶
国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 二二
始または進行の停止にすぎない ︵
︒
31︶以上
︑
安保理による裁判所︵
検察官︶
への付託を中心とする国連︵
安保理︶
とICCの協力関係ないし権限関係について︑
いくつかの論点を国連憲章およびローマ規程の原則や規則に基づいて一般的かつ抽象的に検討してきた︒
次に︑
具体的に
︑
最近︑
安保理による事態の付託の最初の具体例について︑
安保理決議と裁判所におけるその取扱いを見てみたい︒
三.ダルフール事態のICCへの付託をめぐる問題
ICC設立後
︑
安保理が最初に裁判所︵
検察官︶
に付託したのはスーダンにおけるダルフール︵
地域︶
の事態である︒
以下に︑
ダルフールの事態の展開過程を踏まえて︑
そのICCへの付託を決定した安保理決議およびICC︵
検察官︶
の対応措置について検討したい
︒
⑴ ダ ルフールにおける事態の展開状況
スーダンのダルフール
︵
地方︶
では︑
一九八〇年台半ばに︑
アフリカ系農民―
フル︵ Fur ︶︑
ザグハワ︵ Zaghawa ︶︑
およびマサーリト
︵ Masaalit ︶
の三つの最大部族に分かれていた―
の作物をアラブ系牧畜民が踏み潰したことや伝統的にアラブ牧草地の使用をめぐって断続的に紛争が生じ︑
一九八七年〜
八九年にフル部族とアラブ系遊動民の間に大規模な紛争が勃発した
︒
これに対して︑
マサーリト部族のスルタンの調停により開かれた部族間平和会議が解決のための勧告を行ったが︑
資源についての重要な紛争はほとんど取上げず︑
スーダン政府も資源紛争をむしろ奨励した︒
二〇〇三年四月二五日
︑
その数カ月前から武力反乱状態を宣言していたスーダン解放軍︵
SLA︶︵
以前は﹁
ダルフ ︵四六二︶国際連合と国際刑事裁判所の権限関係 同志社法学 五八巻二号 二三 ール解放軍
﹂
と称していた︶
は︑
北ダルフール州の首都エル・
ファシェル︵ El Fasher ︶
を攻撃し占領し︑
また︑
南スーダンのスーダン人民解放運動/
軍︵
SPLM/
A︶
の政策の多くを採り入れ︑
アラブ参加と統一された民主的スーダ ンを要求した︒
これに対して︑
スーダン政府は︑
自ら武装させたアラブ部族民ジャンジャウィード︵ janjaweed ︶
などによる攻撃や空爆を行わせ︑
反乱したアフリカ部族と戦うためにアラブ部族指導者に目を付けた︒
なかでも︑
ダルフールでのアフリカ人一七人の殺害を理由に逮捕後
︑
アラブ系民兵を組織するため釈放されたアラブ部族長︵ sheik ︶
ムサ・
ヒラル︵ Musa Hilal ︶
がジャンジャウィードの指導者となリ︑
彼の下で組織されたジャンジャウィード民兵はテロ・
キャンペーンを展開した
︒
このような状況の中で
︑
一七万人以上のスーダン人が隣国チャドに逃れ︑
難民キャンプに移送されたが︑
食料不足と病気が難民を一層の危機状態に追い込んだ
︒
二〇〇四年三月一日までに︑
約七万人の避難民がダルフールで死亡し︑
三百万人が人道的支援を受けられず︑
全部で約一四五万人の避難民中二〇万人がチャドに逃れた︒
ジャンジャウィード民兵は
︑
スーダン人の三〇万人以上を死亡させ︑
推定一八〇万人の避難民をつくり出したと考えられている ︵︒
32︶他方
︑
SLAおよび﹁
正義と平和運動﹂︵
JEM︶
の両反乱団体は︑
スーダン政府がその資金援助を受けたアラブ︵
系︶
民兵ジャンジャウィードと結びつき
︑
ブラック・
アフリカ人を経済的および政治的に無視し︑
進歩から取り残してきたと主張した
︒
両団体はまた︑
アラブ系民兵が政府の支持を受けて︑
アフリカ系農民をその土地から追い出し︑
婦人を強姦し︑
民族浄化キャンペーンを行ってその家畜や財産を破壊したことをあげた︒
⑵ 国際社会︑国連の対応
二〇〇四年には
︑
スーダンにおける残虐行為の問題が国際社会において関心を引き︑
それがジェノサイドに当たるか︵四六三︶