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飛鳥寺講堂跡の調査

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Academic year: 2021

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飛鳥寺講堂跡の調査

1 はじめに

 仏教の受容をめぐる物部氏との争いに勝利した 蘇我馬子は、日本最初の寺院の建立を6世紀末に 始めました。これが飛鳥寺で、完成は7世紀初頭 です。文献史料には法興寺、または本元興寺とい う名も見えます。これまでの調査で、塔を中心と してその北、西、東に金堂を配置する特異な伽藍 配置であることがわかり、現在は国の史跡として 保護されています。講堂は回廊の北側、中金堂の 北方にあり、東西8間、南北4間の四面廂付東西 棟礎石建物で、玉石積みによる基壇外装をもち、

周囲に玉石組の雨落溝があります。建物の規模は、

東西35. 15m、南北19mと推定されています。講堂 は、平安時代後期には廃絶したと考えられていま した。今回の発掘は来迎寺境内の南西部に調査区 を設定して行いました。

2 発見した遺構

 I区西半に、花岡岩製の巨大な礎石がL字形に 4個並んでいます。礎石は大きいもので1.5mほ どあり、上面は平滑で、柱の立つ位置に径約80cm の円形作り出しがあります。柱と柱の間隔は、東

       奈良文化財研究所都城発掘調査部 2個の礎石間で4. 5m、他は3.85mとなります。

今回の調査により、講堂の南北規模は18.7mであ ることが確認できました。東方では、礎石は既に 抜き取られています。また、各礎石の間には一辺 約80cmの足場と考えられる穴があります。

3 出土した遺物

 遺物はほとんどが瓦です。軒丸瓦が6点と垂木 先瓦が1点出土しました。飛鳥寺創建時に用いた ものや、奈良時代に屋根の葺き替えをした時のも のがみられます。

4 まとめ

飛鳥寺講堂の遺構を検出 講堂の西南隅を含む 南辺を確認しました。礎石は新たに3個検出し、

周辺の遺構の残存状況が良好であることが改めて 明らかとなりました。巨大で丁寧な加工かおる礎 石は、わが国最古の寺院、飛鳥寺の往時の威容を しのばせます。

講堂の造営の様子が明らかに 今回は礎石とそ の据付穴などを初めてセットで確認しました。初 期寺院の建築方法を知る上で、重要な知見と言え ます。       2006年11月

(2)

西門

 南門 飛鳥寺

 中門 南門

川原寺

橘寺

講堂遺構図

TTT」

 講堂

山田寺

  本薬師寺 古代寺院の伽藍一覧

         口 口 講堂  口

口門川﹄

法隆寺西院

同門四回

講堂

-

中門     塔

文武朝大官大寺

参照

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