1.はじめに
本題に入る前に,まず,工業所有権の最も 典型的な特許権に限り沿革的に見ておきたい。
日 本 の 特 許 制 度 は , 形 式 的 に は 明 治 4 年
(1871 年)の専売特許略規則(明治4年4月 7日太政官布告第 175 号)に始まり,先願主 義,審査主義を規定していた1。しかし,未 だこのような制度を設ける必要性が低く,審 査体制も不十分なまま,翌年3月 29 日太政 官布告第 105 号によって当分執行停止され た2。明治 18 年(1885 年)4月 18 日太政官布 告第7号専売特許条例は,実質的には日本最 初の特許法であり,全文 26 カ条からなり,
審査主義を採用し,先発明主義,恩恵主義,
特許要件,輸入特許などを定めていた3。大 正 10 年(1921 年)4月 30 日特許法(同年法 律第 96 号)は,第一次世界大戦後の状況変 化を踏まえて,明治 18 年以来採ってきた先 発明主義を廃止し,ドイツ特許法3条1項に 倣って先願主義を採用したほか,出願人への 拒絶理由通知の制度,出願公告制度・異議申 立制度による権利設定前の審査に第三者の参 加の機会の保障,特許無効審判請求に5年の 除斥期間の設定,再審査制度の廃止と抗告審 判制度の導入,強制実施許諾制度の新設,特 許と実用新案の区別の明確化等を規定した4。 昭 和 34 年 ( 1959 年 ) 4 月 13 日 公 布 法 律 第 121 号で現行特許法が制定され,翌年4月1
日より施行された。基本的には大正 10 年法 を基礎としながらその後の特許法の展開を考 慮して,目的や定義に関する規定(1条,2 条)が新設され,刊行物記載に関する世界主 義の採用(29 条1項3号),発明の新規性喪 失例外事由への刊行物および学会の発表の追 加(30 条1項),原子核変換により製造され る物質の不特許事由への追加(32 条4号),
出願から 20 年という特許権存続期間に関す る要件の追加(67 条1項但書)などの規定 が設けられた5。その後,昭和 45 年(1970 年)
改正により,出願公開制度による出願の早期 公開と出願公開後出願公告前に発明を業とし て実施する者に対する出願の補償請求権(65 条の2,65 条の3),7年の審査期間内に審 査請求された出願のみを審査することによる 審査の促進(48 条の2〜 48 条の6),審判請 求後に明細書や図面に補正があった場合には 審査を前置して審判処理の促進を図ること
(161 条の2〜 161 条の4)などに関する規定 が置かれた6。昭和 50 年(1975 年)改正によ り,従来方法特許のみを認めてきた飲食物,
医薬品,化学物質につき物質特許が認められ
(32 条1号,2号,3号の削除と4号,5号 の繰上げ),大正 10 年法以来採られてきた単 項制を修正し,一つの発明につき複数項の特 許請求範囲の記載を認める多項制(36 条5 項)が導入された7。また,昭和 53 年(1978 年)の改正で特許協力条約(PCT)発効に伴 う国際出願に関する規定(184 条の3〜 184 条の 16,)が新設された8。昭和 60 年(1985 年)に国内優先制度9(41 条)が採用され,
日本における知的財産法の展開
― WTO成立後を中心に―
木棚照一
** 早稲田大学法学学術院教授,比較法研究所 所長
昭和 62 年(1987 年)には,多項制の改善が 図られ(37 条),農薬や医薬のように安全性 確保のための法律の規定による許可等の処分 のために2年以上実施できなかった場合につ いて申立により最大5年間の特許権存続期間 の延長を認める制度が新設された(67 条3 項,67 条の2,67 条の3)。また,平成5年
(1993 年)4月3日公布の法律第 26 号によっ て,グローバリゼイションの進行による国際 的調和の必要性を考慮して,補正範囲の厳格 化(17 条2項,17 条の2,53 条等)し,補 正却下決定に対する審判の廃止(122 条削除)
や無効審判が係属する場合における訂正審判 の制限(123 条,126 条等)による審判制度 の 簡 素 化 を 行 っ た 。 同 時 に , 明 治 3 8 年
(1905 年)ドイツに倣って新設され,その後 の改正を経て昭和 34 年に現行特許法ととも に制定された実用新案については,実体的要 件の審査をせずに早期登録を認める制度(実 用新案法 14 条2項,3項等)や技術評価書 制度(同法 12 条,13 条,29 条の2等)を採 用した10。
つぎに,著作権法の発展を概観しておきた い。明治 32 年(1899 年)3月4日公布の法 律第 35 号,旧著作権法が日本の最初の著作 権法であった11。その後ベルヌ条約への加盟 やその改正規定への加盟等によるほぼ 10 年 に1度の緩やかの改正の時期を経て昭和 45 年(1970 年)5月6日法律第8号によって 全面的に改正されたのが現在の著作権法であ る12。この著作権法は,著作物等の新しい利 用技術の発展,インターネットの普及などに 伴って小刻みに改正されている13。昭和 53 年
(1978 年)5月 18 日法律第 49 号によってレ コードの海賊版を防止するためのレコード保 護条約への加盟に伴う改正(8条3号,96 条2項等)が行われた。昭和 59 年(1984 年)
5月 25 日法律第 46 号により貸レコード業の 発展に対応するため貸与権(26 条の2)が 創設された。昭和 60 年(1985 年)6月 14 日 法律第 46 号によってコンピュータ・プログ
ラムの保護(2条1項 10 号の2,10 条1項 9号等)を明確化し,昭和 61 年(1986 年)
5月 23 日法律第 65 号によりプログラムの登 録制度を整備し(「プログラムの著作物に係 る登録の特例に関する法律」),同時に法律第 64 号によってデータベースを保護した(2 条 1 項 10 号 の 3 , 12 条 の 2 )。 昭 和 63 年
(1988 年)法律第 67 号によって著作隣接権の 保護期間を 20 年から 30 年に延長する(101 条)
と共に海賊版防止を強化するために頒布の目 的で所持する行為も侵害行為とした(113 条 2号等)。平成元年(1989 年)6月 28 日法律 第 43 号 に よ っ て 実 演 家 等 の 保 護 に 関 す る ローマ条約への加盟に伴い従来国内で行われ た実演等に限定していたのをこの条約に従っ て保護を拡張した(7条5号)。平成3年
(1991 年)5月2日法律第 63 号によって外国 の実演家,レコード製作者にも貸与権,報酬 請求権を認め(95 条の2,97 条の2,著作 隣接権の保護期間を 50 年に延長し(101 条),
外国プレス版についても海賊版レコード規制 の 対 象 と し た ( 1 2 1 条 の 2 )。 平 成 4 年
(1992 年)12 月 16 日法律第 106 号によりデジ タル方式の記録媒体による私的な録音,録画 に対する補償金制度の導入をした(30 条2 項,102 条1項,104 条の2〜 104 条の 11)14。 これらを前提として,WTOの付属協定で あるTRIPsの発効に伴う国内法の改正をみて みよう。特許法,商標法等については,平成 6年(1994 年)12 月 14 日公布法律第 116 号 による改正がこれに当たる15。著作権につい ては,同日公布の法律第 112 号による改正が これに当たる16。そのほか,TRIPs協定 51 条 以下の知的財産侵害物品の水際取締りに関連 する関税定率法 21 条については,平成6年 12 月 28 日公布法律第 128 号による改正があ る17。
WTO発効後の特許法の改正についてだけ 見ても,平成7年法律第 91 号,平成8年法 律第 68 号,110 号,平成 10 年法律第 51 号,
平成 11 年法律第 41 号,43 号,151 号,160 号,
220 号,平成 13 年法律第 96 号,平成 14 年法 律第 24 号,100 号,平成 15 年法律第 47 号,
61 号,108 号によって改正されており,ほと んど毎年のように頻繁に改正が行われている。
その多くは,特許の適正かつ迅速な保護の強 化に向けられており,知的財産重視の政策を 反映しているといえよう。そのほかに,技術 革新,社会の情報化への対応や特許の国際的 調和に向けられたものなどがある。
2.TRIPs協定の成立に伴う知的財産法 の改正
¸ 特許法の改正
まず,特許権の効力の拡大に関わり,特許 法2条3項の「実施」の定義規定が改正され た。TRIPs協定(以下,協定と略す)28 条の 規定する排他的権利の内容のうち「販売の申 出」が従来の規定には含まれていなかった。
従来,「譲渡又は貸渡しのための展示」が規 定されてはいた。しかし,これには有償の譲 渡である販売のみならず無償の試供品供与な どを含むが,カタログによる勧誘やパンフ レッドの配布のような特許発明に係る物が直 接問題とならない場合は含まれないと解され ていた。そこで,「販売の申出」より広い行 為を含むものとして「譲渡又は貸渡しの申出」
という文言が挿入されることになった。これ に関連して,特許法 101 条(侵害とみなす行 為),175 条の2項(再審により回復した特 許権の効力の制限)が改正され,112 条の3
(回復した特許権の効力の制限)が新設され た。また,実用新案及び意匠に関する関連規 定(実用新案法2条3項,28 条,33 条の3 第2項,44 条2項,意匠法2条3項,38 条,
44 条の3第2項,55 条2項)も改正されて いる18。
つぎに,特許法 30 条3項の国際博覧会へ の出品に基づく新規性の例外をWTO加盟国 にも適用し,新設された 43 条の2で優先権 主張をWTO加盟国の国民にも認めることに
した19。これは,協定2条1項によって求め られる加盟国の義務を実行しようとするもの である。特許法 30 条3項については,パリ 条約の同盟国における国際的な博覧会のほか,
「世界貿易機関の加盟国」の領域内で開催さ れる国際的な博覧会に出品した場合にも新規 性の例外とされ,それに関連して同条後段の 文言(「又は」以下)も改正された。これに 関連する実用新案及び商標に関する規定(実 用新案法 11 条(準用の形をとっているので 文言上は変更がない),商標法9条1項)も 改正されている。新たに設けられたパリ条約 の例による優先権主張に関する特許法 43 条 の2については,「世界貿易機関の加盟国の 国民」を優先権主張ができるものに含め,こ の中には協定1条3項の規定により加盟国の 国民とみなされるものを含むことを括弧書き で明らかにしている20。この点につき条約の 直接適用で対応し,規定を置かないことも考 えられた。しかし,内国民待遇(協定3条)
や最恵国待遇(協定4条)に基づく優先権も あるので,優先権主張の条件を明確に規定し た21。
つぎに,特許を受けることができない発明 に関する特許法 32 条に規定されていた「原 子核変換の方法により製造されるべき物質」
が削除された。協定 27 条1項によれば,「す べての技術分野の発明」に与えられるべきも のとされる。ところが,日本では従来「公の 秩序,善良の風俗又は公衆衛生を害するおそ れがある発明」のほか,この規定が立法され た昭和 34 年(1959 年)当時の日本の技術水 準を考慮して,国内産業保護の観点から,原 子核変換物質の発明が含まれていた。特許法 32 条を協定 27 条に適合させるためにこれを 不特許事由から削除した22。
また,従来特許法 67 条1項は,特許の存 続期間を「出願公告の日から 15 年をもって 終了する」とし,「ただし,特許出願の日か ら 20 年をこえることができない」と定めて いた。ところが,協定 33 条は「出願日から
計算して 20 年の期間」と規定するから,日 本の特許法の従来の規定上出願日から5年以 内に出願公告がされた場合には,出願日から 20 年を経過する前に存続期間が経過してし まうことになる。そこで,これを改め,「特 許出願の日から 20 年」とした23。
日本の特許法は,裁定による通常実施権の 設定につき不実施の場合の強制実施(83 条),
利用発明のための強制実施(92 条),公共の 利益のための強制実施(93 条)を設けてい る。協定 31 条g号は,裁定実施許諾の取消 について「その許諾をもたらした状況が存在 しなくなり,かつ,その状況が再発しそうに ない場合には,」「取り消すことができる」と されている。ところが,特許法 90 条は,「裁 定により通常実施権の設定を受けた者が適当 にその特許発明を実施しないとき」に裁定を 取り消すことができるとしており,より限定 的になっていた。そこで,協定の規定に合わ せるため「裁定の理由の消滅その他の事由に より当該裁定を維持することが適当でなく なったとき」という文言を追加した24。
また,このような裁定による実施権の移転 要件につき,協定 31 条e号は,裁定実施権 を「企業又は営業の一部と共に譲渡する場合 を除くほか,譲渡することができない」とし,
同条l号½Íは,自己の発明実施のためにする 裁定実施を「第二特許と共に譲渡する場合を 除くほか,譲渡することができない」とする。
そこで,前者については,特許法 94 条4項 で「実施の事業と分離して移転したとき」
「消滅する」とし,後者については,裁定実 施権者の「当該特許権,実用新案権又は意匠 権に従って移転し,その特許権,実用新案権 又は意匠権の消滅したときは消滅する」規定 した。実用新案法 24 条,意匠法 34 条でも同 様な改正が行われている25。
¹ 商標法の改正
WTO加盟国のぶどう酒又は蒸留酒の産地 を表示する商標について協定 23 条2項は,
錯誤の有無にかかわらず出願を拒否し又は登
録を無効とすることを義務付けている。商標 登録を受けることができない商標に関する商 標法4条に 17 号を設けてこの点を明らかに すると共に,日本国内のぶどう酒又は蒸留酒 の産地を表示する商標についても,協定 24 条9項により日本の産地が不利に扱われない ようにこれに含ませた26。
商標法4条 17 号に違反して行われた登録 の無効審判の除斥期間については,協定 23 条7項に基づいて商標法 47 条に定める5年 の除斥期間を適用することを定めた。
WTO加盟国の国の紋章その他の記章や商 標の扱いをパリ同盟国のそれと同様にするよ う改正された。商標法4条1項2号,5号,
9条,15 条4号,53 条の2などに「世界貿 易機関の加盟国」という文言が追加された。
º 著作権法の改正
TRIPs協定により義務付けられた保護の内 容は,日本の著作権法の規定で既に充足され ていたので,新たな種類の権利を創設しては いない。日本で保護を受ける著作物の範囲に WTO加盟国に係る著作物が含まれる必要が あるが,これには法改正の必要はなく,6条 3号「条約によりわが国が保護の義務を負う 著作物」の「条約」にTRIPs協定が含まれる という解釈をすれば足りると考えられた。
「保護を受ける実演」に関する7条に「世界 貿易機関の加盟国において行われる実演」な どを含むように改正された(現7号イ,ロ,
ハ)。「保護を受けるレコード」に関する8条 現5号イ,ロに「世界貿易機関の加盟国の国 民をレコード製作者とするレコード」と「レ コードでこれに固定されている音が最初に世 界貿易機関の加盟国において固定されたも の」を追加した。「保護を受ける放送」に関 する9条4号イ,ロに「世界貿易機関の加盟 国の国民である放送事業者の放送」と「世界 貿易機関の加盟国にある放送施設から行われ る放送」を加えた。保護期間については,ベ ルヌ条約が相互主義を採っているのでWTO 加盟国を本国とする著作物についても相互主
義を採ることを明らかにした(58 条)。また,
協定 14 条5項,6項の解釈との関係で問題 となる実演,レコードの遡及的保護について は,日本において著作隣接権の保護規定を施 行した 1971 年1月1日以降のもののみを保 護の対象とするように改正法附則を改正する ことにした27。しかし,この点については,
アメリカが 1996 年2月9日日本の遡及的保 護はTRIPs協定に違反するとしてWTOに提 訴し,欧州連合も同年5月 28 日に同様に提 訴した。これが後に述べる平成8年(1996 年)改正に関連する。
» その他の法律の改正
不正競争法2条 12 号,弁理士法9条,9 条の2,関税定率法 21 条の改正があるがこ こでは省略する。
以上,TRIPs協定成立に伴う改正をみてき たが,このほかに同法には,日米包括協議知 的所有権作業グループの合意に伴う改正や WIPO特許調和条約の先取りともられるべき 重要な改正が含まれている28。前者について は,まず,外国語書面出願制度を導入した。
つまり,日本語による願書と外国語による明 細書等の書面を添付した特許出願をし,出願 日から2カ月以内に翻訳文を提出すれば,査 定の謄本送達までは明細書や図面を補正でき,
特許付与後も特許請求の範囲を拡張・変更し ない限り,誤訳の訂正を認めるものである
(特許法 36 条の2,29 条の2,17 条の2等)29。 また,米国の早期出願公開制度の受け入れ等 と引き換えに,アメリカから要請されていた 特許付与後の異議申立制度の導入に踏み切り,
従来の特許付与前異議申立制度を廃止した
(特許法 113 条から 120 条の6,178 条)30。後 者については,明細書の記載要件に関する改 正(特許法 36 条4から6項,49 条等)と特 許請求の範囲の解釈についての明細書の詳細 な説明や図面を考慮して解釈するものとする 旨の規定の挿入(特許法 70 条2項)がある。
特許法 70 条2項は,リパーゼ事件に関する 最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決(民
集 45 巻3号 123 頁)の捉え方の対立を解消し ようとしたものであるとも言われている31。
3.TRIPs協定以降の工業所有権法の 主要な改正
1995 年以降の日本における工業所有権を めぐる動向をより総合的な観点からみれば,
科学技術基本法(平成7年(1995 年)11 月 15 日公布・施行,法律第 130 号)と知的財産 基本法(平成 14 年(2002 年)12 月4日公布,
法律第 122 号)に着目する必要がある。前者 は,「広範な分野における均衡のとれた研究 開発の涵養,基礎研究,応用研究及び開発研 究の調和のとれた発展」などを科学技術振興 の基本方針として,国及び地方公共団体の責 務を定めた法律である。1996 年にこれを具 体化した科学技術基本計画が策定され,たと えば大学の研究成果の特許化,事業化,基礎 研究を担う大学等と産業界の連携・協力関係 の構築などが推進されてきた32。後者は,日 本の知的財産政策の基本方針を定めたもので あって,新たな知的財産の創造,保護及び活 用に関する推進計画を策定するとともに,内 閣総理大臣を本部長とする知的財産戦略本部 を内閣に設置して,従来の縦割りの行政,立 法のシステムをその限りで改め,そのための 施策を集中的かつ計画的に行おうとするため の法律である。この法律に基づいて 2003 年 7月8日に「知的財産推進計画」が国家戦略 として総合的に樹立された。これに基づいて,
知的財産の保護を強化すべく,特許審査迅速 化法(仮称)の制定,知的財産高等裁判所の 創設,医療関連行為の特許保護のあり方の検 討,世界特許システムの構築に向けた取り組 みの強化などの計画が推進されている33。
工業所有権法の主要な改正を年代順に概観 してみたいと思う。まず,「商標法等の一部 を改正する法律」(平成8年(1996 年)6月 12 日公布,法律第 68 号)による改正がある。
これは,1994 年 10 月に採択された,商標制
度の手続の簡素化と調和を図ることを目的と した商標法条約(以下,本項では条約と略す)
に対応するための改正であるが,単に商標法 にとどまらず,特許法,実用新案法,意匠法 の関連規定にもかかわる広範な改正である34。 商標法に関する主要な改正点を挙げると,① 条約3条5項,6条に適合するように一区画 多区分制を導入した(6条)。つまり,従来 同一商標を時計(第 14 類)と事務用品(第 16 類)使用するためには2件の出願が必要 であったが,これを1件の出願でできること にした。②条約3条7項等を考慮して願書等 の記載事項から法人代表者名,提出年月日を 削除して簡素化した(5条1項)。③条約 13 条4項に適合するように権利更新時の実態審 査,登録商標の使用チェックを廃止した(旧 21 条2号等)④条約 11 条4項の禁止規定を 考慮して商標移転の際の日刊新聞紙への公告 義務付けを廃止した(旧 24 条4項)。⑤条約 4条3項b号の規定に適合するよう出願登録 手続における代理権を登録後の手続にも継続 するようにした(77 条で準用している特許 法9条)。⑥条約 14 条に従い意見陳述の機会 を与えない不受理,却下を禁止した(77 条 で準用している特許法 18 条3項)。⑦条約 13 条1項c号によって商標権存続期間満了後6 カ月以内の更新手続を割増科金の支払いを条 件に容認した(20 条,23 条,43 条)。⑧条約 7条2項に適合するように,1個の商標を指 定商品(役務)ごとに分割し,それぞれ独立 に登録することができるようにした(24 条)。
⑨条約 15 条を考慮して商標条約の締約国を パリ条約の同盟国と同等な扱いをすることに した(4条1項2号,5号,9条,9条の3,
53 条の2,13 条1項で準用する特許法 43 条 の2)。②,⑥,⑨は,商標法に特有のこと ではないので,特許法,実用新案法,意匠法 についても改正された。また,③の改正によ り生じ得る不使用商標の防止対策に関連して,
不使用取消審判制度を改善し(50 条,54 条), 連合商標を廃止して類似商標の分割移転等を
許容した(24 条の2)。また,立体商標制度 を導入し(2条1項,4項,3条1項3号,
4条1項 18 号,5条2項,26 条1項2号,
5号等),団体商標登録制度を明文化(7条,
11 条,24 条の3,31 条の2等)した。
つぎに,平成 10 年(1998 年)5月6日公 布の法律第 51 号による主要な改正点をみて おこう35。①特許侵害に対する損害賠償額の 算定に関する規定の改善と法人に対する刑罰 の強化である。特許侵害については,侵害者 の当該製品の販売数量を基準として損害賠償 を主張するが,侵害と販売数量の因果関係の 立証が問題になり,立証に失敗すれば逸失利 益の賠償を受けることができなくなる。そこ で,逸失利益の証明を容易にするために,侵 害者の譲渡した数量に権利者の単位数量当た りの利益額を乗じた額を権利者の実施能力を 超えない範囲で損害とすることができる旨の 規定を新設した(特許法 102 条1項)。また,
「特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭 の額」(102 条2項)と規定されていたため 損害賠償額が「通常」実施契約をした場合の 実施料相当額に限られることになったので,
「通常」の文言を削除して,当事者間の具体 的な事情を反映した損害額の算定を可能にし た。特許権侵害罪(特許法 196 条)を親告罪 としないことにし(同条2項の削除),法人 についてはその上限を1億5千万円とした
(201 条1号)。②創造的意匠の保護強化であ る。意匠権取得の要件である創作性の基準を
「日本国内において周知(誰もが知っている)」 から「国際的に公知(誰かが知っている)」
に引き上げられた(意匠法3条2項)。また,
部分意匠制度が導入され(意匠法2条1項丸 括弧内を追加),組物意匠の適切な保護が図 られた(意匠法8条)。さらに,機能を確保 するために不可欠な意匠を保護対象から除外 した(意匠法5条3号)。また,類似意匠制 度を廃止し関連意匠制度を創設し,類似して いても同一出願人によって同日に関連意匠で あることを明示して出願すれば登録されるも
のとした(意匠法 10 条)。③「工業所有権に 関する手続の特例に関する法律」(平成2年 法律第 30 号)によって行ってきたオンライ ン手続を特許,実用新案だけではなく,意匠,
商標にも拡大した。
つぎに,平成 11 年(1999 年)5月 14 日公 布の法律第 41 号による主要な改正点をみよ う36。①早期の権利関係の確定を図るため審 査請求期間を従来の7年から3年に短縮した
(特許法 48 条の3)。②特許等の権利侵害に 対する救済措置を拡充し,刑罰を強化しまし た。権利者が侵害製品または方法として主張 する具体的態様を否認するときには,相手方 が自己の行為の具体的態様を明示しなければ ならないのを原則とする規定が新設された
(特許法 104 条の2)。損害の立証を容易化す るために計算鑑定人制度が導入され(特許法 105 条の2,実用新案法 30 条,意匠法 41 条,
商標法 39 条で準用),損害額の立証が困難な 場合には,裁判所が相当な損害額を認定する ことができるようにした(特許法 105 条の3,
実用新案法 30 条,意匠法 41 条,商標法 39 条 で準用)。ある製品や方法が特許等の権利範 囲に属するかどうかを特許庁に判定してもら う制度を必要な手続規定を整備し強化した
(特許法 71 条の2,実用新案法 26 条で準用,
意匠法,商標で同様に改正)。また,刑事罰 について詐欺行為罪,虚偽表示罪についても 法人に対しては上限を1億円に引き上げた
(特許法 201 条,実用新案法 61 条2号及び意 匠法 74 条2号(3千万円),商標法原附則 29 条(詐欺行為罪につき1億円))。③マドリッ ド協定議定書への加入(2000 年3月 14 日)
に向けての商標制度の改正が行われた。これ により,日本で出願または登録されている商 標を基礎として指定国を明示して日本の特許 庁を通じてWIPO国際事務局に国際出願すれ ば,指定国の官庁が最大限 18 カ月以内に拒 絶理由を通告しない限り,その商標は指定国 で保護される。この協定に基づく国際出願の 特例については,商標法 68 条の2から 68 条
の 39 に規定された。
つぎに,平成 14 年(2002 年)4月 17 日公 布の法律第 24 号による主要な改正点を見て おこう37。これは,情報技術の急速な発展に 伴うネットワーク社会に対応するための特許 法,商標法等の改正である。①発明実施の定 義規定を電子取引の健全な発展を促進する観 点からも見直す必要が生じた。特許法2条3 項1号の「物」に「プログラム等」が含まれ ることを括弧書で明示し,「譲渡」「貸渡し」
にインターネット上の送信行為等が含まれる かにかかわり,「電気通信回線を通じた提供」
を同様に明記した。この定義規定は2条3項 3号の方法の発明についても適用される。② 間接侵害に関し「その物の生産にのみ使用す る物」(特許法 101 条1号)または「その発 明の実施にのみ使用する物」(同条2号)を 要件としてきた。しかし,このような「のみ」
の要件を厳格に適用するとプログラム特許の 場合には,間接侵害に関する救済が著しく難 しくなることがある。そこで,「そのものの 生産に用いる物」または「その方法の使用に 用いる物」のうち「その発明による課題の解 決に不可欠なもの」を,特許発明であること,
その特許発明の実施に用いられることを知り ながら生産,譲渡等をする場合にも侵害とみ なす規定を新たに挿入した(特許法 101 条2 号,4号)。③インターネットでこれまで有 体物として流通してきた音楽やソフトウエ アーなどの情報が電子情報として提供される ようになってきた。そこで,標章の使用に関 する定義規定で「電気通信回線を利用した提 供 」 を 追 加 し た ( 商 標 法 2 条 3 項 2 号 )。
ネットワークを通じてのサービスマークの使 用行為を含むようにするために「電磁的方法」
による場合も含むよう明記した(商標法2条 3項7号)。電磁的方法としたのは,イン ターネットのような双方向的な通信だけでは なくデジタルテレビ放送のようなものも含む ものとして用いられているからである。③特 許出願の方式をPCT出願に合わせて出願人
の負担を軽減するために特許請求の範囲を明 細書等と独立の願書の添付書類とした(特許 法 36 条2項)。また,迅速かつ的確な審査を 実現できるように,先行技術情報を明細書に 記載すべきものとした(特許法 36 条4項2 号)。さらに,PCTによる国際出願における 国内書面の提出期間を一律 30 カ月とし,翻 訳文提出に2カ月の翻訳文提出特例期間を認 めた(特許法 184 条の4)。
最後に,平成 15 年(2003 年)5月 23 日公 布の法律第 47 号による主要な改正点をみる ことにしよう38。①出願・審査請求構造を見 直し,適切な出願・審査請求を促進するため に,特許関連料金の見直しを行っている。こ れまでは,特許権者から特許料として徴収し た料金を審査請求の経費に回すことにより,
審査請求の手数料を実際の審査経費より低く 設定していた。しかし,近年出願人間の特許 率に差が生じてきて,出願人間に不公平感が 生じており,これを是正する必要があった。
出願手数料を出願し易いように現行の2万1 千円から1万6千円に引き下げ,審査請求手 数料を実費に近づけるため二倍の 16 万8千 6百円とし(特許法 195 条2項別表),発明 から利益を得る可能性の低い初期の期間の特 許料を重点的に低くした(特許法 107 条1項)。 また,審査請求後出願の取下げや放棄がされ た場合に,その後6カ月以内に出願手数料納 付者から返還請求があったときは審査請求手 数料の政令で定める割合(2分の1)を返還 する制度を導入した(特許法 195 条9項,10 項等)。②紛争処理制度の簡素化が図られて いる。特許査定以後に特許権の有効性を特許 庁が判断する制度として,従来異議申立制度 と無効審判制度が併存していた。この両制度 を無効審判制度に統合し(特許法 113 条から 120 条まで削除),これまで利害関係人に制 限されていたのを原則として何人も請求人適 格を有するものとした(特許法 123 条2項)。
請求人適格の拡大については,実用新案法 37 条2項,意匠法 48 条2項でも同様な改正
が行われている。無効審判の取消訴訟で特許 庁または裁判所の発議により特許庁が裁判所 に意見を述べることができる制度を導入した
(特許法 180 条の2)。
4.TRIPs協定以降の著作権法の主要な 改正
著作権法の主要な改正につき年代順に見て おこう。まず,先に述べた著作隣接権の遡及 的保護に関連して平成8年(1996 年)12 月 26 日法律第 117 号による改正がある39。日本 は,TRIPs協定の解釈としては従来の解釈に 誤りはないという立場を採りつつ,その後先 進諸国で 50 年前まで遡って実演等を保護す る国が多くなったことから,国際協調の観点 から 50 年前まで遡って実演等を保護するこ とにした。また,写真の著作物の保護期間を 公表後 50 年と定めていた 55 条を削除し,他 の著作物と同じ保護期間とした。つぎに,平 成 9 年 ( 1997 年 ) 6 月 18 日 法 律 第 86 号 に よって,前年末にWIPO著作権条約(WCT) とWIPO実演・レコード条約(WPPT)が採 択されたことを踏まえてその批准のための国 内法の改正が行われた40。送信に関する著作 者の権利については,従来有線と無線による のとで区別していたがこれを統合して公衆送 信権に再構成致した(23 条等)。同時に送信 準備段階へも権利を拡大して実演家,レコー ド製作者に「送信可能化権」が付与されるこ とになった(92 条の2,96 条の2)。つぎに,
平成 11 年(1999 年)6月 23 日法律第 77 条に よ る 改 正 が あ っ た4 1。 こ れ も 先 に 述 べ た WIPOの二つの条約への対応に向けた国内法 整備を中心とする。著作物の無断複製を技術 的に防止するための技術的保護手段を回避す るための専用装置等の公衆への提供を刑事罰 によって規制する(120 条の2)と共に,こ のような装置によって可能となった複製につ いては私的使用のためのものであっても差止 請求等の対象になるものとした(30 条2号)。
また,権利管理情報を改変等する行為を権利 侵害行為とみなし(113 条3項),営利を目 的としてこのような行為を行った者に対して は刑罰が課されることにした(129 条の2,
3 号 )。 ま た ,WIPO著 作 権 条 約 (WCT),
WIPO実演・レコード条約(WPPT)で認め られている著作物,実演,レコードに関する 譲渡権を新設し(26 条の2,95 条の2,97 条の2),最初の販売によってこの権利が消 尽 す る も の と し た42。 つ ぎ に , 平 成 12 年
(2000 年)5月8日法律第 58 号により点字に よる複製に関する規定が改正された(37 条)。
同時に,視聴覚障害者のための自動公衆送信 の規定が新設され(37 条の2),視聴覚障害 者の著作物利用の便宜が図られ,民事救済及 び刑事上の罰則規定を整備した。また,平成 12 年(2000 年)11 月 29 日法律第 131 号によ り著作権等管理事業法が制定された。これに よって,著作権の種類を限定して,著作権管 理団体を許可制にしてきた昭和 14 年(1939 年)に制定された仲介業務法が廃止され,新 たに,著作権管理事業を行おうとする者につ き登録制を採り,管理契約約款・使用料規定 の届出,監督制度,使用料規程に関する紛争 処理制度などを規定した43。つぎに,平成 14 年 ( 2002 年 ) 6 月 19 日 法 律 第 72 号 に よ り WPPT条約への加入に伴う改正が行われ,実 演家の氏名表示権や同一性保持権の規定が新 設された(90 条の2,90 条の3)。また,放 送事業者の送信可能化権を創設した(99 条 の2)。平成 15 年(2003 年)6月 18 日法律第 85 号により,映画の著作権の保護期間を公 表後 70 年に延長するように改正され(54 条 1項),教育機関における複製を教育担当者 だけではなく学習者にも認め(35 条),一定 の要件の下で教材の拡大複製を許容し(33 条の2),また,民事救済制度の充実が図ら れた44。
5.結びに代えて
以上やや煩雑ではあるが,WTO成立後の 日本の知的財産法の改正を中心に概観してき た。WTO/TRIPs協定の成立に伴う日本の工 業所有権法と著作権法の改正はそれほど多く なく,重要なものは多くない。これは,日本 がそれまでに国際的な動向に注意して必要と なった改正をその都度行ってきたことと関連 する。むしろその際の実質的に大きな改正は,
日米包括協議の作業グループの合意による特 許付与後異議申立制度の導入や外国語書面出 願制度の導入であった。
WTO/TRIPs協定成立後の工業所有権法の 改正をみると,商標法条約締結に伴う平成8 年(1996 年)法律第 68 号による改正,マド リ ッ ド 議 定 書 へ の 加 入 に 伴 う 平 成 1 1 年
(1999 年)法律第 41 号による改正のように国 際条約等に伴うもの,平成 14 年(2002 年)
法律第 24 号に含まれる改正のように三極特 許庁やWIPOなどの国際会議の結果に基づく もののほか,工業所有権の適正で迅速な保護 を目指した改正が多くある。とりわけ,損害 賠償制度の見直し,法人に対する特許侵害行 為罪の刑罰の強化,創造的デザインの保護強 化に関する平成 10 年(1998 年)法律第 51 号,
権利取得の早期化,侵害救済措置の拡充に関 する平成 11 年(1999 年)法律第 41 号による 改正はこのような例である。その後の改正で は,平成 14 年(2002 年)法律第 24 号による 改正は,ネットワーク社会に対する対応に関 し,平成 15 年(2003 年)5月 23 日法律第 47 号による特許関連料金の見直しと無効審判制 度に関する改正は,「知的財産基本法」に基 づいて平成 14 年3月に設立された知的財産 戦略会議が7月3日に発表した「知的財産戦 略大綱」の要請を実現しようとするものであ り,より総合的な制度改革の一環とみること ができる。今後,知的財産戦略会議を中心と した会議における従来の官庁ごとの縦割りで
はない総合的,包括的な改革が推進されるも のと期待される。
この間の知的財産に関する判例の役割も重 要になってきている。たとえば,最高裁民事 判例集に掲載されている知的財産に関する判 例をみてみよう。WTO成立前 20 年前の 1975 年分をみると,62 件の掲載判例中知的財産 に関するものは,0件であり,1985 年分を みてみても 29 件の掲載判例中知的財産に関 するものは1件あるだけである。WTO成立 の年である 1995 年分をみると,39 件中2件 が知的財産に関するものであり,その後,
1996 年分は,38 件中0件,1998 年分は,42 件中1件ですが,1997 年分は,51 件中4件 が知的財産に関するものである。1999 年以 降 2002 年までは,毎年4から5件の掲載判 例がみられる。つまり,1999 年分は 39 件中 4件,2000 年は 37 件中5件,2001 年分は 37 件中5件,2002 年分は 39 件中4件となって いる45。これらの判例の中には,特許法に 限ってみても,特許製品の並行輸入を黙示的 許諾理論によって原則として適法とした平成 9 年 ( 1997 年 ) 7 月 1 日 第 三 小 法 廷 判 決
(民集 51 巻6号 2299 頁),最高裁として初め て均等論を適用してその適用要件につき判断 した平成 10 年(1998 年)2月 24 日第三小法 廷判決(民集 52 巻1号 113 頁),後発製薬会 社が特許期間の終了前に薬事法に基づく製造 承認を受けるために必要な試験を行う行為が 特許法 69 条1項の試験研究に当たるとした 平成 11 年(1999 年)4月 16 日第二小法廷判 決(民集 53 巻4号 627 頁),特許に無効原因 が存在することが明らかで無効審判請求がな されており,特許が無効になることが確実に 予見される場合には特許権の行使は権利濫用 になるとしました平成 12 年(2000 年)4月 11 日第三小法廷判決(民集 54 巻4号 1368 頁), 日本に住所等を有しない被告に対する著作権 確認,著作権侵害訴訟に関する国際裁判管轄 権を肯定した平成 13 年(2001 年)6月8日 の第二小法廷判決(民集 55 巻4号 727 頁),
米国特許権の侵害を積極的に誘導する行為を 我 が 国 に 行 っ た 場 合 に も 法 例 11 条 1 項 の
「原因タル事実ノ発生シタル地」は米国であ るとした平成 14 年(2002 年)9月 26 日第一 小法廷判決(民集 56 巻7号 1551 頁)など重 要な判例がみられる46。
また,前述の中には出ないが,平成 15 年 の民事判例集にも,使用者が勤務規則等に基 づき支払った額が「相当な対価」の要件を満 たさない場合には,従業者は使用者に対して 不足額の支払いを求めることができるとした 原審判決を支持し,上告を棄却した最高裁平 成 15 年(2003 年)4月 22 日判決(民集 57 巻 4号 477 頁)がある。この判決を契機にして 知的財産戦略大綱でも職務発明が検討事項に 加えられている。政府は,2004 年2月 10 日 に職務発明の対価について研究者の意見を反 映しやすくするように,企業が一方的に決め るのではなく,研究者と協議し,合理的な手 続に基づいて決定することを求める特許法改 正案を国会に提出している。しかし,平成 16 年(2004 年)1月 30 日の東京地裁判決で,
青色ダイオード(LED)に関する職務発明 の対価について,対価を 600 億円と計算した 上で請求額全額の 200 億円の支払いを命じた こともあり,産業界でも活発に議論されてい て,国会における論議が注目される47。
注
1 海外において既に発明され流通する機械を 含めて,外国人より技術を伝習するなどして 内国に普及しようとする者に対して,その労 力や費用などを考慮して第一等は3年間,第 二等は2年間,第三等は1年間に限り専売の 利益を享受できるものとした。この規則に基 づき出願されたものとして知られているのは,
安全灯油の製法など2件である。
2 当時の政府部内では,発明者に専売を与え る必要はなく,褒章で充分であるとする意見 が主流を占めたといわれている。特許庁『工 業 所 有 権 制 度 百 年 史 上 巻 』( 発 明 協 会 , 1984年)20頁参照。この執行停止の太政官 布告には,但書が付けられており,発明をし た者があれば,地方官を経て発明品及び工夫
の手続等詳細取調書を工部省へ届けるべきこ とを規定していた。これによる届出は,明治 17年までに 326件あったといわれている。特 許庁・前掲書20頁参照。
3 特許庁・前掲書 71頁以下参照。この条例 の太政官に提出された草案では,「英米独仏 等数国ノ政法ヲ参酌折衷」したものとされて いたが,公布されたものは,「主トシテ仏国 特 許 法 ヲ 手 本 」 と し た も の と な っ て い た
(佐々木信夫「揺籃期の特許制度Ⅰ」発明 77 巻7号 2b頁参照)。なお,この条例附則は,
専売略規則布告後本条例制定前に発明したも ので,明治5年太政官布告第 105号但書で届 け出た 326件については,本状例によって専 売特許を出願できるものとしている。また,
商標については,明治 17年(1884年)6月 7日太政官布告第 17号として公布された商 標条例が最初であり,意匠については,明治 21年(1888年)12月 18日勅令第 85号として 公布された意匠条例が最初である。
4 大正 10年法の内容とその背景については,
特許庁・前掲書 415頁以下参照。この改正は 主として,その後の我が国の社会経済状況の 変化と工業所有権をめぐる国際的動向に対応 するものであったといわれている。
5 大正 10 年法は何回か改正が行われたが,
根本的な改正が行われることはなかった。第 二次大戦後の昭和 25年4月に設置された工 業所有権改正審議会が中心になって改正案の 作成検討に当たった。改正までの経過や背景 については,特許庁・前掲書下巻 257頁以下,
昭和 34年特許法の特徴については,同書 276 頁以下参照。
6 特許庁・前掲書下巻 518頁以下参照。この 改正の背景としては,解放経済体制の下にお ける技術開発の進展に伴い,特許出願が激増 し,内容も複雑化,高度化し,特許庁の処理 がこれに対応できない状態にあったことが挙 げられている。
7 特許庁・前掲書下巻 532頁以下,小林盾夫
「特許法の一部を改正する法律について¸」 ジュリスト 595号 58頁以下参照。先進諸国が 物質特許制度を採り,日本の企業も物質特許 に賛成するものが増えてきたこと,従来の単 項制による請求の範囲の記載を国際的傾向に あわせることが改正の理由として挙げられて いる。
8 特許庁・前掲書下巻 543頁以下参照。翻訳 文の提出とその取り扱い,国内公表の取り扱 い,国際出願の補正などに関する規定が含ま れていた。また,特許協力条約に基づく国際
出願等に関する法律(昭和 53年法律第 30号)
が制定された。わが国がPCTに加盟し,日 本の特許庁が当時未だ数少ない国際調査機関,
国際予備審査機関となり,特許制度に関する 国際協力の一翼を担うことから,1978年をわ が国特許制度の国際化元年ともいわれた(紋 谷暢男「特許制度の国際化傾向と現状」ジュ リスト681号102頁参照)。
9 先になされた国内出願に基づき後に国内出 願する場合に,パリ条約等で認められている 優先権と同様の利益を与える制度である。先 になされた基本発明に関する出願の後に改良 発明の出願をする場合に出願をひとつにまと めて出願することができるようにしたもので ある。これによって,内国出願に基づく優先 権を主張してなすPCT出願の際に内国を指 定国にすること(自己指定)ができるように なる。
10 熊谷健一「特許法及び実用新案法の一部改 正」法律のひろば 1993 年9月号 35 頁以下,
同「特許・実用新案制度の大改正―経済活 動の国際化に対応して」時の法令 1466号6 頁以下参照。この改正は,経済活動のグロー バル化に伴う特許出願件数の国際的増加への 対応,特許出願に対する迅速,的確かつ公平 な権利付与の必要性の増大,先駆的技術等の 国際的流通による国際経済の発展への貢献を 目指したものといわれている。
11 広い意味で著作権保護に関連する法令とし ては,明治2年(1969年)の出版条例がある。
これは著作権の保護と出版取締に関する規定 が混交していた。数回の改正の後明治 20年
(1887年)には出版の取締に関する出版条例 と版権の保護に関する版権条例が分離,改編 された。また,同時に新聞紙条例,脚本楽譜 条例,写真版権条例が制定された。さらに,
版権条例は,明治 26年に版権法として改編 された。しかし,この段階では未だ出版者の 権利や興行権に関するものであり,厳密な意 味では著作権保護法とはいえなかった。明治 32年法は,不平等条約の改正に伴うベルヌ条 約の加盟のための法制定であったといえよう。
12 斉 藤 博 『 著 作 権 法 第 2 版 』( 有 斐 閣 , 2004年)9頁以下参照。斉藤教授は,著作権 法の変化を第1期を旧著作権法の時代,第2 期を昭和 45年(1970年)の現行著作権法の 時代,第3期を 1980年代に始まる小刻みの 改正の時代,第4期を 1990年代後半からの デジタル技術を視野に入れた著作権法大幅改 正の時代に分類されている。
13 著作権法の改正については,斉藤・前掲書
のほか,作花文雄『詳解著作権法』(ぎょう せい,1999年)54頁以下,半田正夫「著作 権制度の歴史と展望」ジュリスト 1160号 30 頁以下など参照。
14 関裕行「私的録音録画に関する補償金制度 の創設」時の法令1454号6頁以下参照。
15 この点については,熊谷健一『逐条解説改 正特許法』(有斐閣,1995年),熊谷敏「特許 法等改正法の概要――工業所有権制度の国際 的調和」NBL562号 16頁以下,紋谷暢男『特 許法 50講[第4版]』(有斐閣,1997年)388頁 以下(木棚担当)など参照。
16 文化庁文化部著作権課「著作権法等改正の 概要――WTO協定締結を踏まえて」NBL563 号28頁以下,作花・前掲書69頁以下参照。
17 栗原毅「知的財産権侵害物品の水際取締り に関する法律改正の概要― 関税定率法 21 条の改正について」NBL562号8頁以下参照。
知的財産権侵害製品の認定手続の整備,輸入 差止申立制度の導入,申立担保の導入,半導 体集積回路の回路配置利用権を侵害する物品 の輸入禁制品への追加がその内容となってい る。
18 これらについては,熊谷・前掲書 48頁以 下参照。
19 熊谷・前掲書 51頁以下参照。特許法 43条 1項に定める優先権は,①日本国民または WTO加盟国の国民がWTO加盟国においてし た出願に基づく優先権,②WTO加盟国の国 民がパリ条約の同盟国においてした出願に基 づく優先権,③パリ条約の同盟国の国民が WTO加盟国でした出願に基づく優先権を含 む。②は内国民待遇,最恵国待遇の原則によ り認められる優先権である。2項は,パリ条 約にもWTOにも加盟していない国でした出 願に基づく優先権を規定し,3項は,本条に 基づく優先権主張の手続につきパリ条約によ る優先権主張の手続に関する 43条を準用す る。
20 熊谷・前掲書53頁以下参照。
21 熊谷・前掲書55頁参照。
22 熊谷・前掲書56頁以下参照。
23 熊谷・前掲書57頁以下参照。
24 熊谷・前掲書59頁以下参照。
25 熊谷・前掲書61頁以下参照。
26 熊谷・前掲書65頁以下参照。
27 文化庁文化部著作権課・前掲NBL29 頁,
作花・前掲書70頁以下参照。
28 この点については,熊谷・前掲書 78頁以 下参照。
29 従来,日本においては,願書に最初に添付
した明細書または図面に記載されていない事 項につき補正による追加が認められなかった ため,第一国出願の書類を外国語から日本語 へ翻訳する過程で誤訳があっても,誤訳の訂 正ができなかった。そのために発明の適切な 保護ができないことが指摘されていた。ここ で外国語書面出願を認めるのはこの点を改善 しようとするものであり,英語による特許出 願にのみ認めるものである。
30 熊谷・前掲書 140頁以下参照。特許付与後 の異議申立制度は,特許に対する信頼を高め るという公益的目的を有するものである。し たがって,具体的な利害関係を有する者に限 らず,何人も特許掲載公報発行の日から6カ 月以内に特許異議申立てができるものとする。
31 この判決では,「特許請求の範囲の記載の 技術的見解が一義的に明確にすることができ ないとか,あるいは,一見してその記載が誤 記であることが明細書の発明の詳細の記載に 照らして明らかであるなどの特段の事情があ る場合に限って,明細書の発明の詳細な説明 の記載を参酌することが許されるにすぎな い」として,発明の詳細な説明を参酌して特 許請求の範囲に記載された「リパーゼ」は Raリパーゼを意味すると解し審決を取り消 した東京高裁の判決を取り消し,原審に差し 戻した。この判決を発明の詳細な説明の参酌 の範囲を従来の判決より限定したと解する見 解と語義の明確化のために発明の詳細な説明 を原則として参酌できるという前提に立った うえで,請求の範囲に記載されている技術事 項がそれ自体として明確に把握できる場合に,
それ以上に限定する方法で発明の詳細な説明 を参照することができないとしたに過ぎない とする見解の対立があった。熊谷・前掲書 192頁以下参照。
32 菊賢一「科学技術創造立国を目指して―
科学技術基本法」時の法令 1517号6頁以下 参照。
33 高倉成男「科学技術政策と知的財産法制」
L&T19号4頁以下参照。
34 入野泰一「商標法等の一部を改正する法律」
法令解説資料総覧182号58頁以下参照。
35 同「工業所有権の保護強化を図る 損害賠 償制度の見直し,創造的デザインの保護強化」
時の法令 1589号 37頁以下,入野泰一=滝口 尚良「特許放蕩の一部を改正する法律(平成 10 年 法 律 51 号 及 び 平 成 11 年 法 律 41 号 )」
ジュリスト1162号34頁以下参照。
36 横島直彦「特許権等の早く強い保護の実現 権利取得の早期化,特許侵害に対する救済措
置の拡充等」時の法令 1601 号 15 頁以下,入 野=滝口・前掲論文37頁以下参照。
37 横島直彦「コンピュータ・プログラムの保 護強化,間接侵害の見直し,先行技術文献情 報の開示を求める制度の導入等」時の法令 1675号6頁以下,特許庁編『特許行政 年次 報告書 2002年版』(発明協会,2002年)110 頁参照。
38 木 村 陽 一 「 平 成 15 年 特 許 法 改 正 の 概 要
―紛争処理制度の改革を中心に」L&T20号 27頁以下,横島直彦「特許料金体系の見直し と迅速かつ的確な紛争処理の実現等」時の法 令 1703 号 14 頁 以 下 参 照 。 こ の 点 に 関 す る WTOのパネルにおける争いについては,た と え ば ,WTO法 研 究 会 「WTOに お け る TRIPs関連紛争の概要〔第一回〕」(尾島明・
大塚¸弘担当)知財研フォーラム,Vol.58,
32頁参照。
39 作花・前掲書71頁以下参照。
40 文化庁長官官房著作権課内著作権法令研究 会=通産省知的財産政策室編『著作権法 不 正競争防止法改正解説――デジタル・コンテ ンツの法的保護』(有斐閣,1999年)55頁以 下参照。
41 同・共編書 80頁以下,岸本織江=越田崇 夫「デジタル化・ネットワーク化時代の著作 権制度」時の法令1606号6頁以下参照。
42 日本の著作権法は,従来,映画の著作権に ついては,その配給経路の特殊性から頒布権 を認めてきた(26条)が,その他の著作権に ついては,貸与権のみを認め,譲渡に関する 権 利 を 認 め て こ な か っ た 。W C T6 条 , WPPT8条,12条によって,著作物,実演,
レコード一般に頒布権が認められるとともに,
この権利の消尽について各締約国が定めるこ とができるとされているところから,この改 正により譲渡権とその消尽に関する規定が置 かれることになった。文化庁研究会=通産省 知的財産政策室共編・前掲書111頁以下参照。
43 この法律の目的は,デジタル化,ネット ワーク化の進展による著作権管理事業に対す る社会的要請を踏まえて,著作権等の管理を 委託する者の保護と著作物等の利用の円滑化 を図ることにある。前文 34ヵ条と附則7ヵ 条が付けられ,関連法規の整序が行われてい る。著作権法例研究会編『逐条解説 著作権 等管理事業法』(有斐閣,2001年)参照。
44 山里直志「政府の『知的財産戦略』推進の ための著作権法改正」時の法令 1712号6頁 以下参照。この論稿では,知的財産戦略全体 の中での著作権法の改正の意義を説明してい
る。なお,この改正中著作権侵害に対する民 事救済の充実については,これまでに特許法 等で採られてきた立証責任の軽減を著作権法 に取り込んでいる。まず,原告が主張した事 実を被告が否認する場合には,自己製品の具 体的内容等を明らかにしなければならないも のとした(114条の2)。これにより権利者ば かりではなく,相手方も積極的に争点の明確 化に積極的な役割を果たすべきものとした。
また,著作権侵害と因果関係をもつ損害額の 立証が困難なため,その立証責任を軽減する よう次のようにすることを認めている。つま り,侵害者が譲渡した侵害製品の数量または 侵害行為を構成する公衆送信(送信可能化を 含む)の数量に権利者の単位数量当たりの利 益を乗じたものを損害額とすることができる。
ただし,その数量の全部または一部を権利者 が販売することができないとする事情がある 場合には,その数量に応じた額を控除する
(114条1項)。
45 このように知的財産に関する最高裁の民事 判例集に掲載された判決が増えた点について は,必ずしも積極的に評価できないとする見 解も実務家の間でみられる。とりわけ,近時 における知的財産関係の訴訟の迅速化の試み の中で第一審での集中審理が行われ,控訴審 が必ずしも充分に機能していないことが最高 裁判決を増やす要因になっているとする見解 もみられる。
46 これらの判決については,いずれも各年度 におけるジュリストの重要判例解説,私法判 例リマークスなどでとりあげられ,それらの 紹介と判例研究が行われている。
47 青色ダイオードの職務発明に関する判決に ついては,たとえば,NBL780号(2001年3 月1日)8頁以下で緊急座談会が掲載されて おり,この事件だけではなく,これに近接し て判決が出された一連の事件で原告側代理人 を務めた升永英俊弁護士が「流れに逆行する 特許法 35条改正案」(NBL同号4頁以下)と 題する論考を寄せている。なお,特許法 35 条改正案は,本年5月末に国会を通過してい る。