ま え が き
近年,財務報告において記述情報の開示が拡大されている。ここでいう記 述情報とは,主として勘定科目と金額の形式により情報を伝達する財務諸表 に対して,MD&A(Management Discussion and Analysis)をはじめとして文 章の形式により伝達される情報をいう。わが国においては,2004年3月期よ り有価証券報告書の「第一部 企業情報」の「第2 事業の状況」における 記述情報の開示が拡大され,「事業等のリスク」,「財政状態及び経営成績の 分析」および「コーポレート・ガバナンスの状況」の開示が求められること になった。また,イギリスにおいては,会社法の改正により取締役報告書に
財務報告における記述情報開示の 拡大と知的財産情報の開示
渡 辺 剛
目 次 まえがき
1 記述情報開示の拡大傾向 2 イギリスにおける記述情報の開示
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1 記述情報の開示規定
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2 記述情報の開示指針
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3 記述情報の開示実態
3 記述情報における知的財産情報の開示
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1 財務報告における記述情報の意義
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2 記述情報における知的財産情報の開示 あとがき
−29−
( 1 )
おける「事業の概況(Business Review)」の開示が強化された。さらに,開 示を直接的に拡大するものではないが,国際的な会計基準設定主体である国 際会計基準審議会(International Accounting Standards Board:IASB)でも記 述情報の作成に関する指針を提供するプロジェクトが進められている。
このような記述情報開示の拡大傾向は,財務報告においてどのような意味 をもつのか。また,記述情報開示の拡大は,これまで財務諸表本体では開示 が困難であった知的財産情報の開示にとってどのような意義があるのか。本 稿は,財務報告における記述情報開示の意義を検討し,企業の重要な資産で あるとされながら開示が不十分であった知的財産に関する情報の開示の方向 性を検討することを目的としている。
1 記述情報開示の拡大傾向
近年,イギリスをはじめとするEUおよびわが国において,財務報告にお ける記述情報の開示が拡大しつつある。EUは,EU会計現代化指令(EU Accounts Modernisation Directive)によって,2005年1月1日開始の事業年度 より大規模および中規模の会社に対して,事業の成長および業績に関するバ ランスがとれかつ包括的な分析の提供を求め,大会社に対してはさらに,環 境および従業員に関する情報をはじめとする財務的および必要な場合には非 財務的な主要業績指標(Key Performance Indicator:KPI)の提供を求めてい る1)。
そのEUのなかでもとりわけイギリスは積極的に記述情報の開示に取り組 んでいる。イギリスでは,財務報告に対する会社法の影響が非常に強い。イ ギリスの上場会社は,会社法により年次計算書(損益計算書および貸借対照 表,子会社がある場合には連結損益計算書および連結貸借対照表ならびに注
1) Accounting Standards Board,A Review of Narrative Reporting by UK Listed Compa- nies in 2006, Accounting Standards Board, January 2007, Appendix, A3.
−30−
( 2 )
記)および年次報告書(取締役報告書(Directors’ Report)および監査報告書)
を作成しなければならない。2006年に大幅な改正が行われた会社法において,
財務報告にもたらされた大きな変化は,取締役報告書における記述情報の拡 充が図られたことである。その経緯を簡単に述べれば,次のとおりである。
イギリス政府は,会社法検討委員会の最終報告書(2001年7月)および現 代会社法白書(2002年7月)への政府の回答により,上場会社に対して,「営 業および財務の概要(Operating and Financial Review:OFR)」報告書の作成 を義務付ける決定を下した2)。政府は,2004年5月に「営業および財務の概 要ならびに取締役報告書に関する規制案(Draft Regulations on the Operating and Financial Review and Directors’ Report)」を公表したが,そこでは2003年 EU会計現代化指令で求められていた取締役報告書における企業の事業に関 する概況の開示の国内法化と同時に法令によるOFRの開示が提案されてい た3)。2005年3月には,最終的なOFR規則(Regulation)(1985年会社法規則 2005)が成立し,2005年4月1日以降開始の事業年度から実施されることと なった。それにあわせて,政府は,イギリスの会計基準設定主体である会計 基準審議会(Accounting Standards Board:ASB)に対して,OFRの報告基準 の作成を求め,ASBは,2005年5月に報告基準(RS)1「営業および財務 の概要」(Reporting Standard 1 : Operating and Financial Review)を公表した。
これによってイギリスにおけるOFR報告書の作成が制度化されたと思わ れていたところ,2005年11月28日,財務大臣が,「事業の概況の中心規定は 法令によるOFRの規定と大部分同じであることおよび政府は該当するEU 指令の規定を超えてイギリス産業界に規制を課さない基本方針であること から,上場会社に対してOFRの公表に関する法的要請を削除する意図が政 府にある」4)と発表した。その後,OFRに関する規則を廃止する規則が2005
2)Ibid. 3)Ibid.
財務報告における記述情報開示の拡大と知的財産情報の開示(渡辺) −31−
( 3 )
年12月に提出(2006年1月12日に発効)され,結局,OFR報告書の制度化 は実現しなかった。それに伴い,法的根拠を失ったOFR報告基準は,2006 年1月に強制力をもたない報告ステートメント「営業および財務の概要
(Reporting Statement : Operating and Financial Review)」(以下,「報告ステー トメント」という)として改定された上で公表された。ただし,その内容は 報告基準とほぼ同様である。
一方,わが国では,2003年の「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改 正により有価証券報告書における記述情報に関する開示が強化された。具体 的には,「事業等のリスク」,「財政状態及び経営成績の分析」および「コー ポレート・ガバナンスの状況」の開示が求められることとなった5)。この改 正は,金融審議会第一部会報告「証券市場の改革促進」(2002年12月16日)
を受けて行われたものである6)。同報告では,「ディスクロージャー制度の意 義は,有価証券報告書の内容,有価証券の発行者の財務内容,事業内容等の 情報を正確,公平かつ適時に開示することにより,投資家保護及び有価証券 の円滑な流通を図ろうとするものであり,こうしたディスクロージャー制度 の意義を十分踏まえた上で,米国における企業改革法の制定など,最近の国 際的な動向も踏まえつつ,以下の制度整備を行うべきである」としていくつ かの提言が行われている。そのうちの1つとして,同報告は,「現在,有価 証券報告書等において開示されている事業内容,財務内容等の情報に加え,
国際的にもその強化が求められているコーポレート・ガバナンスに関する
4)Ibid., Appendix, A6. このOFR制度化の経緯は,上妻義直「イギリスの状況」(上 妻義直編著『環境報告書の保証』同文舘,2006年所収)が詳しい。
5)中島 努『有価証券報告書の記載事例分析−事業リスク・MD&A・ガバナン ス−』別冊商事法務,第283号(2005年3月31日)参照。監査法人トーマツトー マツリサーチセンター編『有価証券報告書の記載事例分析 平成20年版』別冊商事 法務,第313号(2007年12月22日)参照。
6)阿部光成「リスク・MD&A・ガバナンス情報の開示ポイント」企業会計,第56 巻第5号(2004年5月),113頁。
−32−
( 4 )
『ガバナンス関連情報』(内部統制システム,リスク管理体制,役員報酬等),
『リスク情報』(特定の取引先への依存,重要な訴訟事件の発生等)及び『経 営者による財務・経営成績の分析(MD&A)』(経営成績に重要な影響を与 える要因についての分析等)について開示を充実すべきである」(報告書,
10頁)と提言している。こうしてわが国においても記述情報の開示が拡大さ れることとなった。しかし,報告書においても府令においても具体的な情報 作成基準は示されていない。
また,直接的に記述情報開示の拡大を求めるものではないが,現在,IASB は,グローバルなビジネス環境および取引の複雑性が増大したことによって 記述情報の重要性が高まっているという認識のもと,記述情報に関する指針 を提供するプロジェクトを進めている7)。これは,「経営者の説明(Management
Commentary:MC)」プロジェクトと呼ばれている。このMCプロジェクト
は,2002年10月に始まり,2005年10月には討議資料(IASB, Discussion Paper, Management Commentary, October 2005)が公表され,それに対するコメント が寄せられていた。その結果,IASBは,2007年12月にそれまでは研究事項
(research agenda)であったMCプロジェクトを審議事項(active agenda)と した。予定では2009年第2四半期に公開草案が公表されることになってい る8)。
IASBは,討議資料に対するコメントを踏まえ,MCに関して,強制力を もったIFRSを作成するのではなく指針を公表するとしている9)。しかし,
指針であるとしても,会計基準のコンバージェンスを推進しているIASBが 公表することになれば,財務報告における記述情報の重要性が高まっている
7) IASB, Information for Observers,Management Commentary, 12 December 2007.
8) IASB, IASB Work Plan−projected timetable as at 25 January 2009,” 2009年3月37 日 現 在 のURL:http://www.iasb.org/Current+Projects/IASB+Projects/IASB+Work+
Plan.htm.
9) IASB, Summaries and Observers Notes, 12 December 2007.
財務報告における記述情報開示の拡大と知的財産情報の開示(渡辺) −33−
( 5 )
ことの証左となるであろうし,各国の財務報告における記述情報の開示に与 える影響も少なくないと思われる。
以上,財務報告における記述情報開示が拡大傾向にあることをみてきたが,
次に他国に先駆けて記述情報の開示基準(指針)を公表しているイギリスに おける開示規定,開示指針および開示実態を取り上げ,イギリスにおける記 述情報の意義および知的財産情報の開示実態をみてみたい。
2 イギリスにおける記述情報の開示
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1 記述情報の開示規定
イギリスでは,OFR報告書の制度化はならなかったが,取締役報告書に おける事業の概況の開示は強化され,環境および従業員に関する情報の開示 および将来情報の開示が求められることとなった10)。さらに,2006年会社法 において,上場会社の事業の概況の開示はますます拡充されることとなった。
2006年会社法によれば,全ての会社は,事業の概況において次の項目を記 載しなければならない(2006年会社法417条第3項)。
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a 会社の事業の公正な概要
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b 会社が直面している主要なリスクおよび不確実性の説明
さらに,次の項目に関するバランスがとれ,かつ包括的な分析が求められ る(2006年会社法417条第4項)。
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a 当該会計年度中における事業の発展および業績
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b 当該年度末における事業の状態
上場会社の場合,その事業の概況において,事業の発展,業績または状態
10) Accounting Standards Board,op.cit., Appendix, A6 and D.
−34−
( 6 )
を理解するのに必要な範囲内で次の事項を記載しなければならないとされて いる(2006年会社法417条第5項)。
$
a 事業の将来の発展,業績および状態に影響を与える可能性のある主要 なトレンドおよび要因
$
b 次の事項に関する情報
! 環境関連事項(企業の事業が環境に与える影響等)
" 会社の従業員
# 社会的および地域社会的問題
上記事項に関連する企業の方針に関する情報およびその方針の効果を はじめとする情報(企業が事業の概況において上記事項に触れていない 場合には,触れていない旨)
$
c 会社の事業において不可欠な契約または協定を結んでいる人物に関す る情報。この規定には人物に関する開示の特例があり,取締役の見解に より,開示によって当該人物が著しい偏見を持たれ,社会の利益に反す る場合には免除される。
また,2006年会社法では,事業の概況には,事業の発展,業績または状態 を理解するのに必要な範囲内で次の主要業績指標(KPI)を記載しなければ ならないとされている(2006年会社法417条第6項)。
$
a 財務的主要業績指標を用いた分析
$
b 必要に応じて,環境および従業員に関する事項に関連する情報をはじ めとする非財務的主要業績指標を用いた分析
このように,OFR報告書の制度化はならなかったが,2006年会社法によ り,特に上場会社に関して記述情報の開示強化がはかられている。しかし,
会社法では情報の作成に関する具体的な規定がないことから,その作成基準 財務報告における記述情報開示の拡大と知的財産情報の開示(渡辺) −35−
( 7 )
が必要となるが,これはもともとその役割を果たすことが予定されていた ASBの報告ステートメントが基準となるものと思われる11)。そこで次にこの 報告ステートメントの内容を概観する。
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2 記述情報の開示指針
ASBより公表された報告ステートメントにおいてはOFR作成の基本原則 が次のように示されている(表1)。
表1 OFR作成の基本原則
項 基 本 原 則
4 OFRは,取締役会の視点から事業を分析したものでなければならない。
6 OFRは,株主の関心に合った事項を取り上げなければならない。
8 OFRには,将来の方向性を記載しなければならず,株主が事業の現在および将来 の業績ならびに事業の長期的な目的の達成に向けての発展を評価するのに適したト レンドおよび要因を明らかにしなければならない。
13 OFRは,企業のディスクロージャー全体を高めるために,財務諸表を補足すると 同時に補完しなければならない。
16 OFRは,包括的かつ理解可能なものでなければならない。
22 OFRは,公平かつ中立なものでなければならず,良い面も悪い面も平等に扱わな ければならない。
24 OFRは,長期にわたって比較可能なものでなければならない。
この基本原則では,まず,OFR(記述情報)が経営者の視点から作成され るべきであるとして記述情報の基本的作成方針を示し,第13項にみるように 記述情報の目的および財務諸表との関係を示し,さらにその他の基本原則に より記述情報が備えるべき質的特徴(例えば,理解可能性,比較可能性,中
11) ASBは,2006年会社法で求められている事業の概況の開示項目がすでに全て報
告ステートメントに含まれており,報告ステートメントが企業に事業の概況の作 成指針を提供し続けるとし,会社法の規定と報告ステートメントの対応表を提供 している(Accounting Standards Board, Press Notices 318, “APB provides additional nar- rative reporting guidance for UK companies”, 10 Jan. 2008.)。
−36−
( 8 )
立性等)を示している。
報告ステートメントでは,このようなOFR作成の基本原則とともに,よ り具体的な開示項目の説明がなされている。特に知的財産に関する項目をあ げるならば,上述の2006年会社法で全ての会社に開示が求められている 417条第4項!b「当該年度末における事業の状態」は,報告ステートメント
では次のように説明されている。
50項 OFRには,企業が利用可能な資源およびその管理方法に関する方 針を記載しなければならない。
51項 OFRでは,主要な長所および企業がその目的を達成する上で役立 つであろう事業に利用可能な有形および無形の資源について,とり わけ貸借対照表に反映されない項目について説明しなければならな い。事業の性質によるが,その中には,企業の名声およびブランド の強さ,天然資源,従業員,研究開発,知的資本,ライセンス,特 許,著作権および商標ならびに市場ポジションが含まれるであろう。
このように,報告ステートメントでは,417条第4項!bに関連して,ブラ ンド等の知的財産をはじめとする無形資産に関する情報を開示することが求 められている。これらの開示事項につき,KPIを用いた説明が求められるが,
報告ステートメントでは,企業は,OFRで開示された各KPIを株主が理解 できるように情報を提供しなければならないとし(報告ステートメント,第 75項),次のようにKPIに関する補足説明を求めている(報告ステートメン
ト,第76項)。
財務報告における記述情報開示の拡大と知的財産情報の開示(渡辺) −37−
( 9 )
OFRで開示されたKPIに関して
・その定義および計算方法を説明しなければならない。
・その目的を説明しなければならない。
・基礎となるデータのソースを明らかにし,妥当性,前提を説明しなけれ ばならない。
・将来の目標に関して数量化または説明しなければならない。
・財務諸表における数値をOFRに取り入れた際に修正を行った場合には,
その事実を明らかにし,調整表を付けなければならない。
・利用可能であれば,当期の直近の会計年度における同種の数値を開示し なければならない。
KPIの変更は全て開示しなければならず,また財務諸表に用いられてい る基本的な会計方針の重要な変更当期以前の会計年度との比較に用いた計 算方法を明らかにし,説明しなければならない。
さらに,報告ステートメントに附属する実務指針(Implementation Guid-
ance)において,具体的なKPIの例示がなされている(表2)。ただし,こ
れらのKPIは,あくまでも例示であり,KPIはこれらに限定されるものでは ない。
表2 KPIの例 実務指針(Implementation Guidance)
IG Example 1:使用資本利益率(ROCE)
IG Example 2:経済的利益 IG Example 3:マーケット・シェア IG Example 4:利用者1人当たり平均収入 IG Example 5:加入者数
IG Example 6:平方フィート当たり売上高 IG Example 7:利益に占める新製品の割合 IG Example 8:顧客1人当たり販売商品数量 IG Example 9:開発段階の製品
IG Example 10:製品1単位当たり原価
−38−
( 10 )
IG Example 11:顧客の回転
IG Example 12:環境的流出(environmental spillage)
IG Example 13:CO2削減 IG Example 14:廃棄物
IG Example 15:従業員のモラール IG Example 16:従業員の健康および安全
IG Example 17:サプライ・チェーンにおける社会的リスクの監視 IG Example 18:騒音違反
IG Example 19:埋蔵量
IG Example 20:マーケット・リスク IG Example 21:事業の継続性の管理 IG Example 22:経済的資本
IG Example 23:キャッシュ・コンバージョン率
このように,会社法の規定により拡充された取締役報告書における事業の 概況の作成は,報告ステートメントに準拠して行われることが予想される。
そこで,次に現在の記述的報告の実態調査報告をみてみる。ただし,2006年 会社法の施行が遅れているため,調査時点における規定は,1985年会社法に 基づいた開示の実態である。
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3 記述情報の開示実態
事業の概況における記述情報の開示実態に関しては,2007年1月にASB より報告書「2006年イギリス上場会社による記述的報告の概要(A Review of Narrative Reporting by UK Listed Companies in 2006)」(以下,「ASB報告書」
という)が公表されているので,以下これにより開示実態をみてみたい。
本報告書は,2006年のイギリス企業の記述的報告に関して,広く採用され ている最良の実務(best practice)の観点から,現行の報告の長所および短 所を明確にすることを目的としてASBが行った検討結果である(ASB報告 書,第1.1項)。このような検討を行った目的は,「企業が法律の規定以上ま たは以下の報告をどの程度行っているのか」(ASB報告書,第1.2項)を明 らかにし,また,「企業がASBの公表した報告ステートメントの勧告をどの 財務報告における記述情報開示の拡大と知的財産情報の開示(渡辺) −39−
( 11 )
程度採用しているのか」(ASB報告書,第1.2項)を明らかにすること,さ らに「イギリス企業が1985年会社法の規定に照らして取締役報告書の事業の 概況の提供をいかに行っているのか」(ASB報告書,第1.2項)を明らかに することにある。
なお,検討を行うにあたって,ASBは,上記法規制発行後公表された23 のアニュアル・レポートを自ら詳細に検討するとともに,記述的報告に関す る5つの独自調査を引用している(ASB報告書,第1.6項)。この検討結果 は,表3のとおりである。
表3 最良の実務の調査結果 優良な報告領域
①企業は,その外部環境に関する情報の提供に関して改善の余地があるが,概ね事業お よびマーケットに関する記述を戦略および目標と合わせて行うという点では良かった。
②全てのサンプル企業は,事業の当期の発展および業績に関して望ましいまたは優れた 記述を行っていた。
③契約上の取り決めおよび関係について突っ込んだ記述を行っている企業はほとんどな かったが,環境,従業員および社会に関する問題を報告している企業がわずかに増加 した。
改善の余地がある報告領域
①企業が記述的報告を行う際に最も難しい 領域は,予測支援情報(forward-looking information)の開示である。
(対策)
この領域の報告をいかに改善することが できるかを考える上で役立てるために,企 業は報告ステートメントの第8‐12項および 第48‐49項を検討すべきである。そこには,
OFRが未来志向性をもつべきであるとい う原則が述べられており,事業の将来の発 展および業績に影響を与える潜在的な領域 が説明されている。多くの企業がこの領域 で良いディスクロージャーを行っていると 評価することができ,例えば,あるサンプ ル企業は,10年後までの需要予測および資 本投資計画の詳細を明らかにしていた。
−40−
( 12 )
②企業は,利用可能な資源,とりわけ貸借 対照表に反映されていない無形項目に関 する記述を慎重に検討しなければならな い。
(対策)
企業は報告ステートメントの第51項を参 照することができる。そこでは,貸借対照 表に記載されず開示されないであろう資源 の例が説明されている。多くの企業が最良 の実務と判定される情報提供を行っていた が,サンプル企業の中には,資源の例とし て契約上の合意,名声,従業員および商標 をあげて詳細を説明している企業もあった。
③企業は主要なリスクおよび不確実性を慎 重に評価し,単にそのリストを提供する のではなく,当該リスクを管理および軽 減する方法と共に報告しなければならな い。サンプル企業において報告されてい たリスクおよび不確実性の数は,4から 33であった。我々は,企業が実際に33の 主要なリスクおよび不確実性をもちうる のかと疑問に思った。
(対策)
企業は,主要なリスクおよび不確実性の 勧告される開示について説明している報告 ステートメントの第53‐56項を検討すべき である。サンプル企業の中で最良の実務を 行っている企業は,リスクが具体化した場 合に事業に与える潜在的影響および当該リ スクを軽減させる手段を詳細に提供してい た。
④多くの企業は,財務および非財務共に,
尺度および指標に関する詳細な情報を提 供しているが,そのKPIの識別におい て改善の余地がある。
(対策)
企業は報告ステートメントに付いている 実務指針を検討することができる。そこで は,企業が勧告を実行する上で役立つと思 われる23の具体的KPIが説明されている。
サンプル企業の中で最良の実務を行ってい る企業は,そのKPIについて説明すると ともにそれがいかに企業の戦略と結びつい ているかを説明し,さらに比較可能な数値 および目標値と併せてKPIの結果の詳細 を提供していた。
(出所:ASB報告書,「結論の要約」2‐3頁)
以上,イギリスにおける記述情報の開示規定,開示指針および開示実態に ついてみた。開示指針においては,記述情報の基本原則として,目的および 質的特徴が示されていることが注目される。そこでは,記述情報の目的は企 業のディスクロージャー全体を高めることとされ,その役割は,財務諸表を 補足すると同時に補完することにあるとされている。また開示実態に関して は,概ね良好な開示が行われたようであるが,開示指針が示されているにも 財務報告における記述情報開示の拡大と知的財産情報の開示(渡辺) −41−
( 13 )
かかわらず,知的財産をはじめとする無形資産の開示が十分ではないことお よび適切なKPIの選択が困難であることが興味深い。次に,このイギリス の例を参考にして,わが国における記述情報開示の意義および記述情報にお ける知的財産の開示を検討する。
3 記述情報における知的財産情報の開示
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1 財務報告における記述情報の意義
イギリスにおいては,財務報告における記述情報の目的は,企業のディス クロージャー全体を高めることとされ,その財務報告における役割は,財務 諸表を補完・補足することにあるとされる。一方,わが国においては,すで に述べたように,金融審議会第一部会報告によれば,「ディスクロージャー 制度の意義は,有価証券報告書の内容,有価証券の発行者の財務内容,事業 内容等の情報を正確,公平かつ適時に開示することにより,投資家保護及び 有価証券の円滑な流通を図ろうとするもの」という考えに基づいた記述情報 開示の強化であることから,イギリス同様,記述情報の目的はディスクロー ジャーを高めることにあると考えることができる。
しかし,第一部会報告においても「企業内容等の開示に関する内閣府令」
においても,財務報告における記述情報の役割,さらにいえば財務諸表との 関係についてはまったく述べられていない。また,イギリスでは会計基準設 定主体であるASBが開示指針を公表したように,わが国の会計基準設定主 体である企業会計基準委員会(ASBJ)が指針を公表することも可能である と考えられるが,現時点では公表していない。したがって,わが国の有価証 券報告書における財務諸表と記述情報との関係は必ずしも明確ではない。こ の両者の関係を現在記述情報作成のプロジェクトを進めているIASBの討議 資料でみてみる。
IASBの討議資料においては,IASBはMC(経営者の説明)の基準を作成
−42−
( 14 )
すべきであるという結論が示され,MCの基準案が討議資料の付録で提示さ れている。その概要は次のとおりである。
まず,MCとは,「企業の財務報告の一部としての財務諸表に付随する情 報である」(討議資料,付録A3)。また,MCは,「財務諸表で述べられてい る期間中の企業のビジネスの発展,成果および状況の根底にある主要な傾向 および要素を明らかにするものである」(同A3)。さらに,MCは,「企業の 将来の発展,業績および状況に影響を与える可能性のある主要な傾向および 要素を明らかにするものである」(同A3)。さらにMCの目的は,「投資者が 次のことを行うのに役立つ情報を提供することにある」(討議資料,付録A7)。 そのためには,①「企業が事業を行っている環境を踏まえて関連する財務諸 表を解釈および評価すること」(同A7),②「企業が直面している最も重要 な問題を経営者がどのように考えているか,さらに経営者がその問題をどの ように処理しようとしているかを評価すること」(同A7),③「企業がとっ た戦略および当該戦略が成功する可能性を評価すること」(同A7)が必要と なる。
また,MCの原則および質的特徴として次のものがあげられている。①MC は,「財務諸表における情報を補って完全なものにしなければならない」(討 議資料,付録A9)。②MCは,「経営者の視点に立った分析を提供しなけれ ばならない」(同A14)。③MCは,「将来への方向性を持たなければならな い」(同A16)。④MCは,「理解可能で,目的に適合し,確認可能で,バラ ンスがとれ,しかも長期に渡って比較可能なものでなければならない」(同 A19)。
最後に,MCの記載内容として,!a事業の性質,!b目標および戦略,!c重 要な資源,リスクおよび関係,!d結果および予想,!e業績の尺度および指標 に関する情報の開示が求められている(討議資料,付録A26)。
このように,IASBの討議資料においてもMCすなわち記述情報の役割は,
財務報告における記述情報開示の拡大と知的財産情報の開示(渡辺) −43−
( 15 )
財務諸表の補完・補足にあると位置づけられているといえよう。わが国にお いては,財務報告における記述情報の位置づけは必ずしも明確ではないが,
記述情報の開示が強化された目的がディスクロージャーを高めることとされ ていることから,イギリスおよびIASB同様,わが国においても記述情報は 財務諸表を補完・補足する役割を担っていると考えることができるであろう。
!
2 記述情報における知的財産情報の開示
財務報告における記述情報は財務諸表を補完・補足する役割があると考え るならば,財務諸表で開示されない情報を開示することも可能となるであろ うし,開示されている情報を異なる測定属性によって測定した情報によって 補足することも可能となるであろう。例えば,知的財産である企業のブラン ドは,企業の重要な資産であるにもかかわらず,原価によって測定するかぎ り,ほとんど貸借対照表に計上されることはないし,計上されたとしても,
商標登録料(原価)で評価されたブランドでは意味がないであろう。しかし,
記述情報であれば必ずしも原価による測定は求められないことから,貸借対 照表に計上されたまたは計上されていないブランドを原価ではなく期待 キャッシュ・フローにより評価することも可能となる12)。そのように記述情 報の役割を財務諸表の補完・補足にあると明確化することによって,従来開 示が困難であった知的財産に関する情報の開示が促進されることが期待され る。
知的財産情報の開示に関しては,企業が自主的に知的財産報告書の形で公 表しているケースもある。しかし,財務報告と切り離された形で公表するの ではなく,財務報告の枠内で,財務諸表と関連づけることによって知的財産
12)ブランドの価値評価モデルとしては,例えば,経済産業省より公表されたブラ ンド価値評価モデルなどがある。3月27日現在のURL: http://www.meti.go.jp/report/
downloadfiles/g20624b01j.pdf.
−44−
( 16 )
情報は投資意思決定においてより有用なものとなり,財務報告の有用性がよ り一層高まることとなるであろう。実際にわが国の記述情報の開示をみると,
記述情報の開示を強化した効果が,少なくとも知的財産情報の開示に関して はみられない13)。その理由は,記述情報の役割が明確ではないことに加えて,
開示項目として,知的財産情報が明記されていないことがあると思われる。
知的財産情報を記載する箇所としては,「財政状態及び経営成績の分析」
が考えられるが,内閣府令では,そこには提出会社の代表者による財政状態 および経営成績に関する分析・検討内容を記載するとされ,具体的には,
①経営成績に重要な影響を与える要因についての分析,②資本の財源および 資金の流動性に係る情報,があげられている。知的財産は,企業の収益,ひ いては経営成績に影響を与えるものと思われるが,ここで知的財産情報を開 示している企業はほとんどみられない。
そこで,知的財産情報を「財政状態及び経営成績の分析」における開示項 目とし,さらにイギリス同様,KPIを用いた記述を求めれば知的財産情報の 開示は大きく促進されるものと思われる。開示項目を詳細に規定することは,
硬直的な開示となり,かえって財務報告の有用性を損なう恐れもあるが,開 示が進んでいない現状においては最低限の規定は必要ではないであろうか。
また,知的財産情報は,記述のみでは経営上の重要性がわかりにくいことか ら,なんらかの数値,可能であればその評価額をKPIとして用いることが 望まれる。そのためには,イギリスのように基準設定主体が記述情報の開示 指針を作成し,その目的,財務報告における役割,情報の質的特徴等の概念 フレームワークを明確にした上で,KPI等の具体的な指針を示す必要がある と思われる。IASBがすでに記述情報の開示指針作成に乗り出していること
13)中島 努『有価証券報告書の記載事例分析−事業リスク・MD&A・ガバナン ス−』別冊商事法務,第283号(2005年3月31日)参照。監査法人トーマツトー マツリサーチセンター編『有価証券報告書・四半期報告書の記載事例分析 平成21 年版』別冊商事法務,第326号(2008年12月22日)参照。
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から,わが国においても早急に検討する必要があると思われる。
あ と が き
本稿で述べたように,財務報告における記述情報の開示は拡大される傾向 にある。それは,裏を返せば従来の財務諸表中心の財務報告では投資者の必 要とする情報が十分に提供されないということを意味しているものと思われ る。財務報告において,財務諸表は中心的な情報伝達手段であることに変わ りはないとしても,それを補完および補足する記述情報の重要性が高まって いるといえよう。その理由は,1つには,財務諸表に記載されない知的財産 等の経営資源が経営に与える影響が高まってきたことがあげられよう。もう 1つは,直接的な事業活動ではなく,事業活動に付随して発生する事象,具 体的には環境破壊,社会的責任違反等の事業活動に与える影響が大きくなっ てきたことがあげられよう。例えば,欧米にみられるように,CO2排出量が 多い企業の商品が環境意識の高まった消費者から避けられるということにな れば,その企業の将来の収益に影響を及ぼすことになるであろう。そのよう に,環境情報,社会的責任情報等の財務情報以外の情報が投資意思決定情報 として重要性を増してきていると思われる。そのような従来,財務諸表では 開示されなかったまたは開示することができなかった情報が,IR(インベス ター・リレーションズ)情報としてではなく,財務報告の一部として開示さ れることには大きな意義があると思われる。
そこで重要なことは,かかる記述情報の財務報告における役割の明確化で あり,記述情報が備えるべき質的特徴の明確化,すなわち記述情報の概念フ レームワークの明確化である。そのためには,記述情報のみならず,財務諸 表を含めた財務報告の概念フレームワークの明確化が必要となる。それに よって,記述情報においていかなる目的でいかなる情報を開示すべきかが明 確になり,財務報告の有用性がより一層高まるものと思われる。現在,IASB
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は,アメリカの会計基準設定主体である財務会計基準審議会(Financial Ac- counting Standards Board:FASB)と共同して概念フレームワークの改訂作業 を行っており14),それと歩調を合わせてIASBのMCプロジェクトも進めら れるであろう。
わが国においてもすでに記述情報に関する開示は強化されている。しかし,
せっかく記述情報の開示チャネルが増えたにもかかわらず,いまだ十分に活 用されているとはいえないように思われる。わが国においても,知的財産情 報をはじめとして財務諸表では開示されないまたは開示が不十分な情報に対 するニーズはあるものと思われる。かかるニーズを満たし,財務報告の有用 性をより一層高めるために,記述情報の開示指針を作成し,情報の開示を促 すべきであると思われる。
[付記]
本稿は,2008年度科学研究費補助金基盤研究A「財務報告の変革に関する 総合研究」(代表・広瀬義州教授(早稲田大学))および福岡大学領域別研究 費を受けた成果の一部である。
14) Financial Accounting Standards Board, Exposure Draft,Conceptual Framework for Fi- nancial Reporting : The Objectives of Financial Reporting and Qualitative Characteris- tics and Constraints of Decision-Useful Financial Reporting Information, FASB, May 29, 2008.
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