知的財産権と信託法の諸問題
著者
浅野 裕司
著者別名
Asano Yuji
雑誌名
東洋法学
巻
48
号
1
ページ
1-37
発行年
2004-09-30
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005987/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja︻論 説︼
知的財産権と信託法の諸間題
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はじめに
東洋法学
平成一六年第一五九回国会において信託業法が約八○年ぶりに全面改正のため審議が始まった。これまで信託 できる財産を金銭、有価証券、不動産などに限定していたが、これを特許権などの知的財産権を含め、経済的価 値が評価できる財産は原則自由に信託できるようにするものである。信託銀行など金融機関に限られていた信託 業務を一般の事業会社に解禁することとし、従来の免許制の信託業に加え、新たに管理制信託業、信託契約代理 業および信託受益権販売業をそれぞれ登録制で導入することとしている。 また、特許法などの一部改正が平成一六年五月二八日成立した。特許審査の迅速化を図るため、特許出願人が 先行技術に関する十分な情報を得て審査請求をしたり、特許法と実用新案法の適切な使い分けができる環境を整1
知的財産権と信託法の諸間題 備するための改正を行うとともに、職務発明に係る対価の適正化を図るための職務発明規定の見直しを行うもの である。こうした知的財産権をめぐる問題点と信託業法とのかかわり合いも論究して、今後の方向性も指摘して みたいと思う。 信託業法の改正と知的財産権 大正二一年に施行された現行の片仮名・文語体の信託業法を、全面的に改めることになった。その概要は次の 通りである。 第一に、信託の引受ができる財産として、現行法は金銭、有価証券、金銭債権、動産、不動産、地上権および 土地の賃借権を列挙しているが、改正業法ではこうした限定をやめ、特許権、著作権などの知的財産権など経済 的価値が評価できる財産は原則自由に信託できることとした。 第二に、太平洋戦争後は信託銀行など金銭機関にしか認めてこなかった信託業務を、一般の事業会社にも解禁 することとした。そのため、すべての信託業務を行える信託業は従前と同様に免許制とするが、それに加え、新 たに三類型の業務をより参入が容易な登録制で行えるようにした。 その第一類型は、財産と委託者の指図に従った処分のみを行う管理型信託業、第二類型は、信託契約代理店と なって行う信託契約代理業、そして第三類型は、信託受益権を証券化して投資家に販売する信託受益権販売業で ある。これにより、例えば、第三類型の信託会社を通じた信託方式での特許権の証券化が容易に行われるように
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なれば、ベンチャー企業などは未活用の特許を売却することで事業化を待たずに資金調達ができる投資家の方も、 特許権を得た企業が特許の事業化に成功した場合には大きな配当利益を期待できるというメリットが考えられ る。 今なぜ信託業法の改正か、という間題は、八○年の歳月の経過による現今の社会経済事情とのずれもある。改 正の主眼は知的財産権の保護ということがバックボーンにあり時宜を得た処置といえよう。 ︵−V 信託法と信託業法は、信託会社に対して銀行と同じように免許主義をとるとともに、資本金も最低一〇〇万円 ︵2︶ と当時としてはかなり高く定めていた。わが法制における信託の観念では、財産を所有している者︵委託者︶が、 財産権を第三者︵受託者︶に帰属させつつ、その財産︵信託財産︶を一定の目的︵信託目的︶に従って自己また は他人︵受益者︶のために、その財産を管理・処分してもらう関係といえる。収益の受益者と元本の受益者とは 同一であってもよく、信託法は両者を区別せず、単に受益者と称している。また、委託者と受益者とが同一人で ある場合を自益信託といい、異なる場合を他益信託という。信託関係人のうち、受託者となれるのは、営業信託 については信託業法により信託銀行など金融機関にしか認めてこなかった。
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水島廣雄﹁信託法史論﹂ 水島廣雄﹁信託法史論﹂ ︵学陽書房、昭和六三年︶一六頁。 一五頁以下。水島廣雄﹁わが法制における信託の観念﹂ ︵中央大学講義案︶。3
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知的財産権と信託法の諸間題 二 知的財産保護に関する計画と法制度改正の経緯についてω 推進計画
知的財産戦略本部は平成一五年五月二一日、知的財産の創造、保護および活用に関する推進計画案の骨子を発 表した。 計画案では、知的財産の﹁創造﹂﹁保護﹂﹁活用﹂﹁コンテンツ産業拡大﹂および﹁人材育成﹂の五つの側面から 知的財産制度の改革を行う。 a ﹁創造﹂に関しては、大学などにおける創造を推進することを柱とし、研究者にインセンティブを付与す るとともに、知的財産権の取得・管理といった知的財産関連に関する費用を充実する。また、大学知的財産 本部や技術移転機関といった知的財産に関する総合的な体制を整備する。 b 知的財産の﹁保護﹂に関しては、特許審査迅速化法︵仮称︶に審査の迅速化を図ること、医療行為を特許 の対象とすること、知的財産紛争の迅速な裁判手続きのための知的財産高等裁判所を創設する。 c 知的財産の﹁活用﹂に関しては、知的財産の戦略的活用を支援するため、知的財産戦略指標を策定するガ イドラインを作成するとともに、知的財産の価値評価手法を確立する。 d ﹁コンテンツ産業拡大﹂に関しては、プロデューサi養成のための専門職大学院設置や養成課程を策定し、 著作権の証券化、信託の枠組みを整備する。e ﹁人材育成﹂に関しては、知的財産に強く、国際競争力のある法曹の大幅な増員を図り、司法試験制度を 含んだ改革を行うこと、知的財産に関する大学院、大学、学科の設置を推進すること、など。 ω 特許法の改正 特許法などの一部を改正する法律が平成一五年五月一六日成立し、五月二三日法律第四七号として公布された。 この改正は、特許関連料金制度の変更、異議申立制度の廃止と新無効審判制度への移行、発明の単一性の変更、 国際出願の手続の一部変更、など含んでいる。 特許の有効性を争う制度として異議申立制度と無効審判という二つの制度が併設されていたが、これらの制度 を新たな無効審判制度に統合し、一本化し、紛争解決の短縮化、当事者負担の軽減を図る。
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⑥ 電子出願システムの変更 特許出願書の書式変更が、平成一五年七月一日より変更された。 特許・実用新案出願の電子フォーマットが従来のHTMLから国際標準であるXML︵拡張マークアップ言語︶ に変更された。これに伴い、特許・実用新案出願の書類のレイアウトや記載項目が大きく変わり、九月一日以降 は新システムに対応していなければ、手続は一切できなくなった。特許などの出願を行う法律事務所・企業では 十分な注意が求められる。5
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知的財産権と信託法の諸間題 三 知的財産の信託に関する提言の概要 平成一四年七月に、第五回知的財産戦略会議が開かれ、政府の基本的な構想である﹁知的財産戦略﹂が決定さ れた。国際競争力の強化、経済の活性化の観点から、知的財産の重要性が高まっている。そうしたなかで、平成 一四年一〇月から特許などの流動化に関する検討が進められ、平成一五年三月には﹁知的財産の信託に関する緊 急提言﹂がなされている。 知的財産のなかでも特許権は、科学技術創造立国としてのわが国の根底を支える知識の結晶であり、産業競争 力の根幹である。その財産を円滑かつ効率的に企業競争力の源泉として活用するために、財産の管理・処分機能 や導管機能などに優れている信託制度の利用が必要不可欠であり、実際、多様な二iズが存在する。 資産流動化法が一部の要望を満たしてはいるものの、ほとんど活用されていない。その理由としては、次のよ うなものがあげられている。 ①目的が財産の流動化限定である。②特定目的信託の設定や信託契約の変更・終了時に金融庁への届出が必要 である。③特定目的信託財産から生じた利益に対する受託者への課税を回避するためには期間収益の九〇パーセ ントを配当しなければならないなどの要件を満たす必要がある。 このような状況に鑑み、特許権などの円滑な活用のため、さらなる制度の整備が求められている。提言ではま ず、①特許権などに関する二ーズ、②著作権に関する二iズ、に分け、具体的二iズを列挙している。東洋法学
ω 特許権などに関する二ーズ ①グループ企業間での効率的な管理・移転 企業グループ全体における最適な知的財産戦略を構築するうえで、企業グループ内における親会社または知的 財産管理会社に、一元的な管理を実現する体制の構築が急務である。信託制度を用いることにより、より柔軟な 特許権の管理体制の構築が期待できる。 ②自社内利用特許などの時価評価を可能とするためのもの 時価評価に基づく譲渡を行うことにより、簿価ゼロの特許権などの価値を顕在化させることができる。信託制 度の活用が可能となれば、譲渡手段の拡充につながる。 ③共同開発者間もしくはパテントプールの権利調整 複数の企業が共同で開発した基本特許もしくはパテントプールの、専用実施権の許諾などによる権利譲渡の形 態に、信託を用いることにより、開発負担もしくはライセンス収入の配分に応じて信託受益権の付与の形で利益 分配を行うことができ、契約方法の選択肢が広がる。 ④中小企業の特許権などの流動化による資金調達 ベンチャi・中小企業にとって、特許権を信託会社に譲渡することにより倒産隔離し、コーポレート・リスク に影響されない資金調達が可能になる。これにより、資金調達手段の多様化がさらに図られる。 ⑤未利用特許などの流動化7
知的財産権と信託法の諸問題 事業会社などのもつ未利用特許を積極的に活用し、特許権などを信託会社に譲渡することにより、一般企業の 新たな事業展開に対して積極的なサポートを行い新産業の創出に貢献することができる。 ⑥倒産隔離を前提とした特許権などの利用 ライセンス許諾を受ける企業にとって、特許権などを所有するベンチャー企業などの経営が行き詰まった際に、 当該特許権などにかかるライセンス契約が破産管財人により取り消される可能性が存在するリスクを回避し、特 許権などの取引︵契約︶の安定をもたらすことができる。 ⑦研究者に対するインセンティブ付与 特許権を使用して資金調達を行った一部を信託受益権として研究者に付与することにより、職務発明の対価と して利用することができ、研究者へのインセンティブ付与が可能となる。 ⑧技術移転を行う者の業務円滑化 大学などから特許権の譲渡を受け、企業ヘライセンス活動を行うTLO︵技術移転機関︶などに信託業を解禁 することによって、より柔軟な特許権の管理体制の構築が期待できる。
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ω 著作権に関する資金調達二ーズ ①完成した著作物・コンテンツを基にした資金調達 映画シリーズのテレビ放映権を証券化したケースのように、 一定の対応は可能であるものの、信託制度の活用が可能となれば資金調達手段の拡充につながる。 ②製作途中の著作物・コンテンツを基にした資金調達 クリエイティブな製作が制限されることによる優秀なコンテンツ・クリエーターの海外流出、ディズニーや ワーナーといった外国企業のコミックなどの原権利買収によるコンテンツ︵製作素材︶そのものの海外流出、と いった事態に歯止めをかけるため、製作途中の著作物・コンテンツを基にした資金調達手段を拡充することが必 要である。 四 知的財産の信託に関する提言内容と信託の活用の期待について
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ω 信託業法上の引受財産への追加について 提言によれば、信託業法四条が受託者︵信託会社︶が業として信託の引受ができる財産︵受託財産︶の種類を、 金銭、有価証券、金銭債権、動産、土地およびその定着物、地上権および土地の賃借権の六種類に限定しており、 知的財産を受託財産とすることができない。そこで、信託業法四条における受託財産の種類に特許権などを追加 するか、その制限を撤廃する必要があると指摘している。 この点について、信託業法を簡単に解説しておきたい。同法は、信託の引受を営業としてなすものに対する規 制を目的とする法律であり、内容的には、受託者の組織、業務の種類および方法、金銭信託についての特例、供 託、法定準備金などによる信用の維持、主務大臣による特別な監督の受忍義務など、主として信託会社に対する9
知的財産権と信託法の諸間題 監督的規定からなっているが、社会政策立法としての経緯もあり、厳しい規則を包含する内容になっている。 なぜ、信託業法四条で営業として信託会社が信託の引受をする場合、六種に限定されているかということが間 題となる。信託財産は、一応、形式的には受託者の名義に帰属しているものであるが、しかし実質的には、受託 者の自由な支配に服さず、信託目的による一定の制限を受けている。いいかえれば、形式的な名義は受託者に帰 属するとされていても、財産的ないし経済的価値そのものに対する支配権で財産的利益を支配・収受できる機能 はなく、その財産管理から生ずる利益は、すべて受益者の計算に帰するのであって、受託者は、ただそのマネー ジをするにすぎない。損失についても同じであって、信託財産の管理に経費を要しても、また管理の結果として 損失を生じても、それは受益者の負担に帰し、受託者が負担することはない。表現はさまざまではあるけれども、 とにかく信託財産が独立的に存在するものであって、その反面、受託者の地位がその名義にもかかわらず、実は 管理者のそれにすぎないことを示しているといえる。信託財産の独立性を、制度的に維持するため、信託法には、 財産権の公示方法や分別管理原則などの特別規定が多く設けられている︵三条・二八条など︶。また、その特質の 認識から、理論上、すすんで信託財産を受託者の主体性から引き離し、むしろ信託財産そのものをもって独立的 な法主体性を有するものと観念しようとする学説もあらわれるにいたった。そこで、信託業法四条における受託 財産の六種に、さらに、特許権などを追加するには、信託財産そのものの特定の検討をしなければならないし、 制度撤廃は立法政策上困難が生じる可能性もある。しかし、限定的な追加はなすべきであろう。 10
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① 信託会社への一般事業会社など参入の促進 現状では営業信託を行うことができる事業会社は信託銀行以外に存在せず、特許権などの現場知識に精通した 事業会社が受託者として信託業務に参入できるような環境整備が強く求められている。具体的には、知的財産権 の特殊性や、﹁著作権等管理事業法﹂など、他の関連法とのバランスを考慮し、参入要件を緩和すべきである。例 えば、特許権などの場合、免許制から経済産業大臣への登録制とするのも一案であるとした、としている。 この点については、信託業は信託業法により株式会社でなければ営むことができない︵信託業法二条︶とされ ているが、信託業法による信託会社はこれまで存在せず、普通銀行が信託業務を兼営する形がとられているので、 現実には銀行法による資金の額によって規制を受けてきた。信託業を営もうとする株式会社は、主務大臣の免許 を受けることが必要である︵信託業法一条一項︶。信託会社の設立自体は商法の規定により自由になしうるが、そ の会社が信託業を営むためには主務大臣の免許を受けなければならず、免許を得ずに信託業を営むと懲役もしく は罰金またはこれらが併科される︵信託業法二〇条︶。免許の申請手続としては、申請書に定款ならびに業務の種 類および方法を記載した書面を添付して、これを主務大臣に提出することとされている︵信託業法施行細則一条 一項︶。金融機関が、信託業務の兼営の認可を受けようとするときは、申請書に業務の種類および方法を記載した 書面などを添えて、財務大臣に提出しなければならない︵信託兼営法一条二項︶。業務の種類および方法を記載し た書面は、通常、﹁業務の種類および方法書﹂と呼ばれ、信託業を営む金融機関の場合は、次の事項を記載しなけ ればならず︵信託兼営細則三条・四条︶、免許を取得した後も、業務の種類または方法を変更しようとするときは、 11知的財産権と信託法の諸問題 財務大臣の認可が必要とされている︵信託兼営法五条一項︶。業務の種類については、以下の区分により、引受け る信託の種類を記載することになる。①金銭信託、②金銭信託以外の金銭の信託、③有価証券の信託、④金銭信 託の信託、⑤動産の信託、⑥土地およびその定着物の信託、⑦地上権の信託、⑧土地の賃借権の信託、⑨包括信 託︵信託業法四条各号に掲げる財産について、種類を異にする二つ以上の財産を一つの信託行為により引受ける 信託︶、①の金銭信託についての種類を、以下の区分により記載することになる。@運用方法が特定された金銭債 権、㈲運用方法が指定された金銭債権、⑥運用方法が特定および指定されない金銭債権、また、併営業務︵信託 業法五条一項各号に掲げる業務︶の種類を記載すること。 業務の方法については、信託業務の方法について、以下に掲げる事項を記載することになる。①信託引受けの 際に受入れる動産の種類に関する事項、②信託事務の処理により取得できる財産の種類に関する事項、③元本の 補填または利益の補足に関する事項、④信託財産を固有財産とする場合における財産の種類および価格の算定に 関する事項、⑤信託法五七条による金銭信託の解除に関する事項、⑥信託報酬の額の計算方法に関する事項、⑦ 委託者または受益者に対する特別利益の提供に関する事項、⑧その他重要な事項、としている。信託会社または 信託業務を兼営する金融機関は、﹁業務の種類および方法書﹂の記載された種類以外の信託業務および併営業務を 取り扱うことができない。また同法に記載された方法によらないで当該業務を行うことは認められない。信託会 社の取扱う信託業務には、いわゆる固定の信託業務のほかに、併営業務ないし付随業務と呼ばれるものがある。 固有信託業は、金銭、有価証券その他の財産についてなされる信託の引受けであり︵信託業法四条︶、併営ないし 12
付随業務は、保護預り、債務の保証、各種代理など、本来の信託業務に付随してなされる各種の業務である︵信 託業法五条︶が、これらの併営業務は、銀行の付随業務と重複するものが多い。信託銀行は、法律上は銀行法に 基づく銀行であり、兼営法により信託業務を兼営している銀行であるが、実際には、信託業務を主とし、銀行業 務は従たる地位にある。信託は、本来幅広く財産を管理する制度であるから、財産管理機能を考慮し、特許権な どの現場知識に精通した事業会社が特別に受託者として信託業務に参入できる登録制によるものに、法改正をす べきであろう。現在の信託銀行などは、知的財産権を取扱うことは無理と考えられる。ただし、信託業法の改正 ばかりでなく、信託法や商法の改正も必要となる。
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⑥ 信託受益権証券の有価証券化 資金調達を目的とした場合、信託受益権を流通させる必要がある。このためには、当該受益証券を有価証券と 位置付けることには意味がある。信託受益証券が有価証券とならしめられるよう、所要の規定を設ける必要があ る、と提言している。 この点については、有価証券は、それぞれの証券面に信託財産であることの表示、すなわち、一定様式の印章 を押捺するという仕方で証券面に表示する。公証人または、それぞれの有価証券の発行者が行うのが建前である ︵大正二年勅令五一九号﹁有価証券ノ信託財産表示及信託財産二属スル金銭ノ管理二関スル件﹂︶。有価証券とし ては、公債・株式・社債の証券が典型的なものであるが、各種の手形や貨物引換証などの類も含まれると解され 13知的財産権と信託法の諸間題 ている。なお、記名式の株式と社債については、さらに株主名簿や社債原簿にも信託の対象になっている旨の記 載を要する。 信託の登録は、鉱業権、漁業権、特許権など種々あるが、その登録手続きについては、それぞれ鉱業登録令な どに特別規定がある。著作権についても、登録制が設けられており︵著作権法七五条以下︶、信託の登録も可能と されている。なお、国債や社債などは、一般に無記名の有価証券として発行されるが、登録制度によることも認 められており、その場合には、信託設定についても登録の方法が採られることになる︵国債二関スル法律、国債 規則、社債等登録法、同法施行令など︶。 14 ㈲ 受益者保護規定の設定 提言は、受益者が合理的かつ効率的に信託を運営していくためのルールを定める必要があるため、受益権の個 別行使に代わるべき受益権者の保護に関する規定を盛り込むことが望まれる。例えば、資産流動化においては、 受益者の権利は、権利者集会のみが、法令または信託契約で定めた決議事項を、決議によってできると定めてお り︵資産流動化法一七九条・一八○条︶、現実的な施策と評価されており、参考となる、としている。 ㈲ 投資信託における運用対象資産の拡大 提言は、投資信託法の特定資産に知的財産権が含まれていない︵投資信託法二条一項︶。 同時期に制定された資
産流動化法においては財産権の特定はなされていなかったことを勘案すると、バランスに欠けており、投資信託 における運用財産のなかにも知的財産権を含めることが望まれる、としている。 そして、今後の対応として、知的財産戦略会議の緊急提言も踏まえ、金融庁は国会における信託業法改正の検 討を開始した。経済産業省としては、知的財産の管理・活用目的の信託と資金調達目的の信託の性格の違いに十分 留意しつつ、一層の対応策を検討していくこととしている。今後、これからの施策がわが国の競争力強化に資す ることを期待したい、としている。 五 今後の知的財産問題と信託の検討
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平成一五年三月一日施行の知的財産基本法は、新分野における知的財産の保護などにつき、一八条で規定し、 知的財産の創造、保護および活用に関する推進計画につき、二三条で規定している。 わが国で品種改良された農作物の種などが無断で海外に持ち出され、栽培されて日本に逆輸入される海賊版農 作物が増えている。その取締りを強化する改正種苗法が、平成一五年六月一〇日成立した。種苗法は、工業製品 の特許権などと同じく、農作物の品種改良を行った個人や企業の権利を保護するため、品種登録制度を定めてい る。収穫量が多い、病害虫に強い、花が大きいなど、既存の品種にはない優れた特徴をもつ新品種を開発して国 に登録すれば、その新品種の種苗や収穫物を独占的に生産、販売したり、輸出入などを行う権利としての﹁育成 者権﹂を得ることができる。育成者権をもたない者で、無断で同じ品種を栽培したい農家などは、育成権者に使 15知的財産権と信託法の諸間題 用料を支払う仕組みである。育成権者が保護される期間は原則二〇年間で果樹など樹木は二五年間となっている。 育成者権を侵害した者に対しては、﹁三百万円以下の罰金または三年以下の懲役﹂を科す罰則規定もあった。改正 種苗法のポイントは、この罰則の強化である。これまでは、無断で種苗を扱った場合には罰則の対象となるが、 収穫物の販売などだけでは罰則の対象にならなかった。これを、収穫物の販売だけで罰することができるように した。また、違反者が法人の場合には、罰金の上限を一億円に引き上げた。ただし、ジャムやあんなど加工品に ついては、DNA︵デオキシリボ核酸︶抽出など、品種の鑑定識別技術が実用段階にいたっていないため、違法 農作物から作られていてもわかりにくいのが現状である。権利者の保護の徹底には、鑑定技術の向上や農作物の DNAのデータ蓄積などが今後の課題となる。 皮膚や角膜を再生させるのに必要で再生医療の基礎となる技術を特許の対象にすることが検討されている。従 来、特許法二九条で、特許の対象を﹁産業上利用することができる発明﹂とし、人命や人の尊厳に深く関わる医 療行為は、﹁産業﹂にあたらないと考えてきた。現在、医療分野の特許は原則として、新薬や医療機器など形のあ るものにしか認められていない。しかし、産業構造審議会は、医療関連技術のうち、従来は医療行為とされた患 者から切り取った皮膚や角膜の細胞を培養.増殖させる技術に限って、﹁産業上利用できる発明﹂とみなし、特許 を認めるべきだという判断を示した。ただし、いわば治療行為発明の一部に、法的な手当てをしないまま特許を 認めることになり、実際に権利を行使する場面では判断を裁判所に委ねたものといえる。政府側の知的財産戦略 本部案に、治療を含む医療の発明に特許を認めるべきだという案が盛り込まれた以上、医師が安心して治療に専 16
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念できるような法的な裏付けを早急に、正式に手当てする必要があろう。特許権が及ばない範囲を定めた特許法 六九条を改正する必要がある。安全性の間題も、特許法三二条で﹁公序良俗に反し、または公衆衛生を害するお それがある発明には特許性はない﹂としているが、本来、安全性の間題は薬事法で確実に対応すべき間題である。 バイオテクノロジi関連市場のなかで、医療産業は期待が大きい。バイオ産業独立の期待の裏には、もし技術 の権利が特許で保証されないと、次の新しい技術を生み出そうとする意欲がそがれ、起業家もあらわれないとい う懸念がある。一部の例外を除いて、治療法や薬の投与などすべての医療行為に対する特許が基本的に認められ ている米国に対する危機感も募っている。現状のままであると、せっかく生まれた先端医療技術も、米国企業に 特許を押さえられてしまうのではという不安が広がっている。 金融審議会も二〇〇三年七月一四日、﹁信託業法﹂などの大改正に向けて、制度の大枠をまとめた。著作権など の知的財産を信託の対象に加えるほか、生命保険会社や証券会社など銀行以外にも信託代理店への参入を認める。 また、事業会社に﹁信託会社﹂設立を解禁する。信託制度の活躍の幅を広げることで、金融サービスの多様化を 促す狙いがある。 信託業法の改正が必要であることは前述した通りであるが、四条の信託の引受けができる財産の種類は六種類 に限定しているのを、知的財産権も信託財産として受入れられる必要がある。四条の規定は、あくまで受託財産 の種類を限定しているに過ぎず、金銭などの規定されている財産を受託し、その財産に基づき規定されていない 財産を取得すれば、四条の規定回避が可能となることから、このような事態を防ぐために、一条二項による制限 17知的財産権と信託法の諸間題 が規定されている。信託会社が信託業法︵兼営法︶一条二項により免許を受けるに当っては、業務の種類および 方法書の提出を義務付けている。四条の規定は業法の取締法規としての性格から設けられたものであり、信託会 社の健全性を維持し、受益者保護を図る目的で、信託会社が投機性あるいは危険性を含む信託を引受けることに よって経営の基盤が危険な状況に陥ることのないよう、引受けされる信託財産の範囲を安全かつ確実に管理・処 分しうると認められる金銭や金銭債権、不動産などに限定しているものとされる。信託業法のほとんどが死法化 しており、昭和二三年以降は信託業法による免許で信託業法を営む会社がすべて消滅し、信託業法の規定のうち、 わずかに兼営法により準用される数ヶ条と無免許営業や商号の僧用を禁じた規定以外は、死文化している。 公示要件の明確化が必要である。信託法三条一項においては、登記または登録すべき財産権について、同条二 項においては有価証券について信託の対抗要件を規定しており、そこで定められた対抗要件を備えない限り、信 託を第三者に対抗することができない。信託法三条は、登記登録すべき財産と有価証券についてのみその公示の 方法を定め、その他の財産権についてはなんら言及していない。実務的には、対抗上、例えば動産であれば占有 するなり、もしくは信託財産に標識を貼付することによって、信託財産であることが第三者にわかるようにする 必要がある。平成一三年一〇月施行の著作権管理事業法において、音楽などの著作権を一般の事業会社が主務官 庁への登録のみで信託可能となった。管理のみであって処分は行えないにしても、知的財産である著作権の信託 について、法制度上のバランスがとれないものとなっている。 信託受益権の有価証券化に係る法制度も重要となる。ソフトウェアやコンテンツを信託受益権という形に変換 18
して流通させるためには、当該受益権を有価証券と位置付ける必要がある。一般の信託受益権の私法上の位置付 けは指名債権であって、有価証券ではない。信託受益権の有価証券化は、これまで、貸付信託法や投資信託法、 資産流動化法における特別目的信託といった特別法において有価証券として指定している。受益証券が有価証券 として位置付けられていない理由は、信託法上の権利行使について受託者または第三者に真の権利者の確知を困 難ならしめるため、個別信託を前提とする信託法の下では、有価証券化は認められないというものである。 そこで、法改正においては、特別法よりも既存の信託法において受益証券が有価証券と扱われるような条項や 規定を設ける必要がある。八O年間抜本的改正のなかった信託法、信託業法は、知的財産権保護を重視したもの に変革することが重要である。
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ここまでの主要参照文献は次の通りである。広瀬義州・桜井久勝編著﹁知的財産の証券化﹂︵日本経済新聞社・ 二〇〇三年︶一四九頁以下。盛岡一夫﹁知的財産法概説﹂︵法学書院・二〇〇四年︶。 鈴木公明﹁知的財産の価値評価﹂︵IMS出版・二〇〇三年︶。馬場錬成﹁知的財産権入門﹂︵法学書院・二〇〇四年︶。 麻生正彦﹁知財政策が日本の将来を決める﹂︵胃蒔耳Zo名創刊号・二〇〇三年︶。荒井寿光﹁﹁知財立国﹂を目指して﹂ ︵園蒔算ZO類創刊号・二〇〇三年︶。甲野正道﹁知的財産基本法について﹂︵勾蒔耳Zo毒創刊号・二〇〇三年︶。荒井寿 光﹁知的財産関連法改正の動向﹂︵ビジネス法務二〇〇三年六月号︶一〇頁以下。松本崇﹁信託法﹂第一法規、一九七 二年、一一頁。三菱信託銀行信託研究会﹁信託の法務と実務﹂金融財政事情研究会、一九九〇年、四頁以下。 1920 知的財産権と信託法の諸間題 六 信託業法の改正と知的財産の流動化ビジネス 信託業法が全面改正され、平成︸六年秋にも施行される見通しを受けて、ビジネスチャンス拡大を目指す動き が活発化している。信託業法改正案の要旨は、第二章、信託会社﹁信託業は内閣総理大臣︵以下、首相︶の免許 を受けた株式会社でなければ営むことができない﹂、﹁管理型信託業は首相の登録を受けた株式会社であれば営む ことができる。登録は三年ごとの更新制﹂、﹁首相は信託会社に対する報告徴求、立ち入り検査を行うことができ、 法令に違反した場合などに、免許または登録の取り消しなどの措置を命ずることができる﹂、﹁委託者、受託者、 受益者が同一の会社集団に属する会社である場合は、受託者は首相にその旨を届け出て信託の引受けを行うこと ができる﹂、﹁特定大学技術移転事業の実施計画について文部科学相、経済産業相の承認を受けたものは、首相の 登録を受けて信託の引受けを行うことができる﹂、第五章、信託契約代理店﹁信託契約代理店業は首相の登録を受 けたものでなければ営んではならない﹂、﹁信託契約代理店の所属信託会社は、信託契約代理店が行った信託契約 の締結の代理などにつき顧客に加えた損害を賠償する責めに任ずる﹂、第六章、信託受益権販売業者﹁信託受益権 販売業は首相の登録を受けたものでなければ営むことができない﹂などとしている。 法改正で特許などの知的財産権を対象とした信託が解禁されるのに伴い、証券会社によっては企業が保有する 特許を専門に買取って投資家に転売する投資ファンドを創設する方針を明らかにしている。ベンチャー企業の開 発資金の調達を支援するほか、大手企業が利用できないまま抱え込んでいる休眠特許の買取も検討している。
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証券会社が設立する投資ファンドは、有望な特許が実用化される前に、証券化の手法で資金に変える役割を果 たす。企業から特許を買取り、信託受益権の形で投資家に販売︵証券化︶する。一方で、事業化を希望する企業 に特許を使用させ、特許料収入を投資家に配当する仕組みである。改正信託業法の施行を待ってファンドの運用・ 管理にあたる信託会社を設立する証券会社もある。そして、信託受益権の販売先となる投資家は、当初は事業会 社や公的機関を想定しているが、将来は個人投資家を対象にした公募ファンドを目指している。 特許権を信託方式で証券化できれば、特許を保有する企業にとっては、事業化を待たずに新規の研究資金を調 達できるメリットがある。投資家も事業化が成功すれば大きな利益が期待できる。 信託業法の全面改正を前に、著作権流動化ビジネスの構想が広がっている。手持ち資金が少ないアニメやゲー ムの制作会社が、構想段階の新作の著作権を信託する契約を信託銀行と締結する。信託銀行は、新作の構想を示 し、将来売れた場合の収益の一部を配当する信託受益権を投資家に売却する。それにより集まった資金が新作の 制作費に回るという著作権信託が考えられている。制作会社にとっては、手持ち資金やスポンサーがなくても構 想次第で資金集めが可能になることよる。信託受益権は数万円など小口に分けて販売することも可能である。 特許権の仲介ビジネス構想もある。中小企業や大学が保有する特許権を信託銀行が受託し、商品化や生産能力 がある大企業に紹介して手数料を得る構想である。また、信託業への新規参入も大幅に認められるようになるた め、大手電機メーカーなどは、大量に保有する特許などの知的財産の管理などに信託の仕組みを使う狙いから、 自前で信託会社を設立する直接参入に向けて検討している。特許権は、金銭的価値や将来収益を計算しにくい理 21知的財産権と信託法の諸問題 由もあり、 ︵−︶ 信託による流動化は難しい点もある。 ︵1︶ 神田秀樹﹁信託業に関する法制のあり方﹂︵ジュリスト第一一六四号一九九九年一〇月一日︶、一九頁。神作裕之﹁資 産流動化と信託﹂︵ジュリスト第一一六四号一九九九年一〇月一日︶、六四頁。時友聡朗﹁信託を利用した資産流動化・ 証券化に関する一考察﹂信託法研究、第一九号︵一九九五年六月︶、四頁。大海徹﹁資産の流動化・証券化における 信託の役割﹂︵信託法研究第一八号一九九四年六月︶、八二頁。 22 七 知的財産と企業の実務上の問題点 わが国では現在、約二〇万件の特許が登録されているが、使用可能性を考えずにとにかく新たな技術はすべ て登録している企業も多く、約三分の二は使われていない。大企業にとっては市場規模が小さいなどの理由から 使われていないが、中小企業ならば事業化できるものもあると見られている。 特許情報は、公開されているとはいえ、膨大なデータのなかから必要な技術を探し出したり、登録情報だけか ら技術の内容を理解したりするのは容易でない。 企業の持つ特許の市場価値などを評価し、顧客企業が望めば、自ら買取って他社に転売する事業を手掛けてい る企業もあり、既に四社から特許を買取り、年内には最初の売却案件がまとまるとされている。自社で流通を手 掛ける企業もある。インターネット上に自社の特許を外販するウェブサイトを立ち上げ、特許や技術ノゥハウな
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どの知的財産は重要な経営資源の一つと捉え事業化を進めている。 特許流通ビジネスが広がっている背景には、デフレ長期化による企業のコスト意識の高まりがある。特許には 一件あたり年間約四万円の維持費用がかかる。未利用の休眠特許を他社に譲渡できれば、維持費用がかからない ばかりでなく収入も得られる。 企業が機動的に特許権や特許の使用権を売買できるようになるには、仲介者だけでなく、特許の出し手、使い 手の双方に多くの参加者が必要である。残念ながら、特許を経営に生かすという意識をもつ企業はまだ一部に過 ぎない。 特許など企業が保有する知的財産の情報開示の間題がある。経済産業省などは、知的財産報告書の基準モデル で開示を検討している。ただし、現行では、報告書の作成義務はない。 今や企業の実力は特許や技術に負うところが大きい。間題は、知的財産は会計上ほとんど評価されていない。 また、知的財産は財務諸表にもほとんどあらわれない。その点、企業は目に見えない経営資源を評価してもらう ために知的財産の情報を開示すべきだという意見もある。 米国は、知的財産の開示について、二〇〇一年七月の米国会計基準の変更によって、企業が他社を買収した場 合、被買収企業の無形固定資産︵特許や商標権など︶を時価評価し、資産として計上することを義務付けている。 インテルなどのハイテク企業は、年次報告書のなかで、自社の持つ知的財産や技術の詳細な情報を積極的に開示 して、株価など企業価値の向上を狙っている。 23知的財産権と信託法の諸間題 一方、わが国の企業は、研究開発や特許の取得には熱心であるが、最近まで知的財産の情報が市場に求められ ているなど想像したこともなかったといわれている。 経済産業省は、このままでは日本企業は市場から過小評価され、資金調達力などの面で米国企業との差が開く と、危機感を強めている。知的財産情報開示の効果は未知数であるが、市場関係者は仮に開示が限定的な内容に とどまったとしても意義がある、と指摘している。知的財産に関して情報提供し、それが収益や生産性に関連し ていることを明確に説明できれば、市場は必ず評価する。その効果を自覚した企業は更なる開示に踏み切るとみ られるためである。 企業と独立行政法人の研究所が、実現した共同事業について、知的財産権の一部を所有したり、特許使用料の 一部を得ることで収益を稼ぐという方法も考えられている。また、知的財産につき収入や研究開発体制などを明 記した﹁知的財産報告書﹂を公表することも行われるようになった。これは、知的財産への取組みを公開するこ とで、決算の数値にあらわれない技術力などの潜在能力を市場の投資家に知らせる狙いがある。 報告書には、特許の保有件数や著作権・特許による収支、中核的な技術やその優位性などが盛り込まれている。 将来に向けた研究開発の方向性、事業戦略のほか、知的財産の管理体制なども明らかにする。また、保有してい る特許の期限や知的財産に関する訴訟の有無、それらが経営に与える影響の大きさなども開示している。 ソフト著作権担保の問題もある。市販されているゲームソフトの著作権などを担保にしたベンチャi企業への 融資制度の創設もある。店頭に並んでいるソフトの売上や評判から知的財産の﹁現在価値﹂を評価・融資する手法 24
で、不動産担保の少ない音楽や映画などのコンテンツ︵情報の内容︶産業の資金調達に役立つものと考えられる。 コンテンツ企業の現場は、他の製造業と同様、安い労働力を求めて韓国や中国などに製作拠点を移すことが始 まっている。しかし、優良メーカーは、重要な部分の製造を国内生産に戻し始めた。もの作りの基盤は技術と設 備であるが、コンテンツはクリエータこそが生産の基盤である。中国で販売されているCD、DVDなどの九〇 パーセントは海賊版といわれている。海賊版が日本に持ち込まれるとコンテンツ産業は大打撃を受ける。わが国 政府にも、海賊版製造国への強い働きかけと国際的な監視枠組みの構築に強力な態度を示してもらいたい。アジ アで生産・販売された日本の音楽CDが国内に逆輸入され、格安価格で販売されている。著作権法改正により還流 防止策が必要である。六五ヶ国が導入しているが先進国では日本だけ制度がない。改正案によれば、販売目的で 輸入すれば著作権侵害とみなされ、レコード会社の申立てに基づき税関で輸入を差し止められる。 ︵参考文献︶ 馬場・前掲書。鈴木公明・前掲書一五頁以下。
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八 知的財産訴訟と裁判所問題 平成一五年度は、知的財産権に関する訴訟を専門的に扱う知的財産高等裁判所を巡る議論が大詰めを迎えた。 この特許などの訴訟を専門的に審理する﹁知的財産高等裁判所﹂︵以下、知的高裁とする︶のあり方につき、産業 界は独立した九番目の高裁として新設すべきだとするのに対し、法務省・最高裁などは、東京高裁の知的部門を 25知的財産権と信託法の諸間題 拡充して﹁知的高裁﹂とすれば十分と主張し、対立した。産業界の主張は、東京高裁の知財専門部を独立させ、 知財訴訟について全国を管轄する九番目の高裁を創設し、独自の予算執行権や人事権を与え、知財訴訟の充実を 図るべきだとしている。その背景には、企業経営者からの﹁技術的な知識のない裁判官が多く、判決が予測でき ず、審理も時間がかかる﹂などの不満の声もある。 独立高裁にこだわるのは、米国の特許優遇政策の成功をみている面もある。米国は、八二年に特許侵害訴訟の 控訴審として連邦巡回控訴裁判所︵CAFC︶を設立し、技術に詳しい裁判官を集めた。その結果、米国企業の 知的財産権を日本など外国企業から守り、米国の競争力回復につながったとされる。 こうした意見に対して、法務省と最高裁などは﹁独立高裁は行革の流れに逆行するうえ、他の高裁との管轄が うまくいかない﹂と反論した。最高裁は、民事訴訟法改正で平成一六年四月から、特許権などの訴訟を地裁レベ ルでは東京と大阪の両地裁に、控訴審レベルでは東京高裁知財専門部に集中させるとする。法曹界が独立高裁に 反対する最大の理由は、産業界が求める﹁技術裁判官﹂の導入阻止にあるとされる。 独立高裁を主張する意見は、科学技術の素養をもつ裁判官を容易に確保できる、裁判の結果予測性が高まる、 審理が迅速になり、国際化にも柔軟に対応できる、などを理由にあげている。しかし、いずれも東京高裁内に新 組織を設ける方法でも実現できる事項であり決め手にはなり得ない。これまで例としてあげられていた英国のパ テンツコート、シンガポールのIPコート、韓国の特許法院などはすべてが独立した裁判所というわけではなく、 発足まもないので実績不明なものもある。裁判では、権利が速やかに保護され、重要問題について早期に統一し 26
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た判断が示されることが望ましいが、独立高裁の設置により、知財訴訟でこの目標が達成できるか疑間がある。 知財訴訟で裁判官が法をいかに適用すべきかを判断する対象は技術であり、不動産などが対象となる通常の裁 判とは異なるが、対象の理解や法の適用に際し、裁判に求められるのが判断の論理性であることは同様である。 そして、適用される特許法なども、民法をはじめとする一般法を基盤としている。法理論や裁判実務に広く深い 素養と経験を備え、正確かつ柔軟な理解や認定能力と適切な紛争解決への意欲や正義感をもち、バランス感覚に 富むような裁判官こそが、知財訴訟を適切かつ迅速に判断し、処理することができる。間題は知財高裁のあり方 につき、本来、特許庁や地方裁判所を含めた知的財産保護のシステム全体のなかで考慮されなければならないの に、そうした観点が議論に欠けていた。 民事訴訟法の改正により、知財訴訟のうち一般の著作権事件や不正競争防止法事件など、数も多く、地域に密 着した訴訟は、地元の地裁に提訴するか、それとも専門性の高い東京・大阪両地裁︵控訴審は同高裁︶での審理 を求めるか、選べるようになる。知財紛争の専門処理機関と位置づけられている東京高裁の内部に、必要な権限 を備えた新しい組織として設ける方が良いのではないかと考える。 一般に知財訴訟は、特許権、実用新案権、著作権、商標権など知的財産権の争いをめぐる訴訟である。技術競 争が激化するなかで、件数は増え、内容も高度化、専門化しており、訴訟の使い勝手をよくする狙いで法改正が 繰り返されている。最高裁は、二〇〇四年四月一日付で専門委員一四〇人を任命する。裁判で専門技術を説明し たり、訴訟当事者や証人に質間したりして迅速で適切な審理を図る。これから全国特許訴訟の控訴審が集中し、 27知的財産権と信託法の諸問題 事実上の知財高裁となる東京高裁は、知的財産担当の裁判官一八人全員による特別合議部を新設し、下級審で判 断が分かれた場合など事実上、判断を統一する。専門委員は四月施行の改正民事訴訟法で新たに導入される。専 門委員が活用されるのは主に特許訴訟で、①特許権が侵害されたとして差止や損害賠償を求める訴訟、②特許権 が有効か無効かの審判で特許庁が出した審決の取消を求める訴訟、の二つである。 特許権侵害訴訟の審理の特徴については、特定論、侵害論、損害論の段階的審理と並行的審理の間題があり、 判決は、ボールスプライン最高裁判決、富士通半導体訴訟最高裁判決がある。﹁特許が特許無効審判により無効に されるべき﹂の意義と運用については、無効審判における無効理由の存在の認定・判断と侵害訴訟における無効 の抗弁の判断の異同、無効不成立審決が確定した後の侵害訴訟における無効の抗弁の可否、確定審決または確定 判決の判断内容が侵害訴訟に及ぼす影響などの間題がある。 迅速審理の内容については、迅速解決の要請があり、国際的な比較、ユーザー二ーズ、商品サイクルの短縮化 の間題がある。企業訴訟における迅速審理のイメージとして、インセンティブを高める訴訟運営︵マーケット・ メカニズム、経済性、具体的場面の早期の提出のメリット、遅れた提出のデメリット︶、時間の観念を入れる訴訟 運営、訴訟解決への良質な情報を確保させる訴訟運営︵訴訟情報の公開、訴訟手続の公開、嘘をつかせないとい う慣行の徹底︶、当事者の準備の内容︵原告側の準備と被告側の準備︶、知財取引の環境の向上のための間題提起 と解決策の提供、第一回弁論期日の充実と期日外釈明、究極的には第一回期日︵集中することによる︶終結を目 標︵即日結審ルール︶などの問題がある。 28
訴訟運営の透明性と周知徹底については、訴訟手続の透明性︵秘密情報確保の必要性との調和︶、新たな訴訟運 営の周知︵ペナルティの発動とその前提としての警告︶、紛争解決環境の改善の試み︵当事者の裁判手続上および 裁判外の公正性の確保︶、知的財産のプロフェッショナルとしての役割︵知的財産権に関する取引環境の弱さに対 ︵−︶ する認識、依頼者との距離、法的論点の把握と取捨選択︶などが間題である。 ︵1︶ 飯村敏明﹁知的財産権侵害訴訟の運営に関する提言﹂︵判例タイムズ平成一二年一〇月、一〇四二号四頁、特許ニ ュース29一鼠お、Zρεミ9ZO。一9。 。。︶、﹁特許権侵害訴訟の審理の迅速化に関する研究﹂︵司法研究報告平成一五 年五月法曹界︶、﹁東京地裁における知的財産権侵害訴訟の審理の実情について﹂︵民事法情報平成一三年一八二号二 三頁︶、﹁特許権侵害訴訟におけるクレーム解釈及び最近の審理の変化﹂︵民事法情報平成一四年一九五号二二頁︶﹁裁 判所と日弁連知的所有権委員会との意見交換会の結果﹂︵判例タイムズ一〇五一号五五頁、一〇九五号四頁、二二 四号四七頁︶、﹁知的財産権侵害訴訟の充実・迅速化に向けた新たな取組み﹂︵Zω雪$号一七頁︶。 九 職務発明と報奨制度
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報奨制度については、一般に仕事上の発明をした従業員から特許権を引継いだ企業が従業員に対し、一定の金 額を支払う社内制度としている。通常、特許の出願・登録時に支払うことが多い。しかし、その特許がどれだけ の利益を生むかは、長期間経過しないと判断できないため、従来、ほとんどの企業で数万円程度であった。 最近は、従業員側の権利意識の高まりに加え、より画期的な発明を促す意味からも、利益額が確定してから、 29知的財産権と信託法の諸問題 最高数千万円程度の報奨金を支払う制度を導入する企業が増えている。しかし、その計算方法を会社側が一方的 に決めることが多いため、不満を抱いた従業員が追加報酬を求め、企業側を提訴する事例が頻発している。 特許法は、技術者・研究者に対する相当対価を企業からの﹁ご褒美﹂と捉えるのではなく、従業員発明者から 企業への特許権の譲渡の対価︵ただし、企業の発明に対する貢献分だけ差引く︶と捉えている。特許法三五条一 項では、まず職務発明について﹁使用者、法人、国又は地方公共団体︵以下﹁使用者等﹂という︶は、従業者、 法人の役員、国家公務員又は地方公務員︵以下﹁従業者等﹂という︶がその性質上当該使用者等業務範囲に属し、 かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明﹂と定 義し、職務発明は原則として発明者である従業者に帰属し、その代わりに企業は職務発明に対する通常実施権を 取得できるものとした。 二項は直接的には職務発明以外の取扱いについて規定する。しかし、二項を反対解釈すると、﹁職務発明につい ては、使用者等に特許を受ける権利・特許権を譲渡する旨の契約・勤務規則等を予め定めた場合はこれを有効と する﹂との結論を導くことができ、これが判例・実務上の運用である。 三項は、二項を受けて、使用者等が従業者から職務発明を譲り受けたときは、相当の対価を支払わなければな らないことを規定する。これがいわゆる﹁職務発明の対価﹂であり、この額の算定方法が四項に規定されている。 職務発明規定が発生する法的理由は、対価の算定法を定めた四項が強行規定であると判断されたことによる︵平 成一五・四・二二、平成一三︵受︶一二五六最高裁判所第三小法廷判決、判例時報一八二二号三九頁︶。この判決 30
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によって、企業が支給した発明報奨が同項の算定基準による額に満たない場合は、発明者は追加の報奨金を求め て裁判所に提訴できることが確認された。 判例は、特許法三五条について、使用者が職務発明の特許権から生じる独占の利益、すなわち、使用者が得て いる通常の利益を超える特許の独占力により生じた超過利益の中から、使用者の発明に対する貢献度分を控除し た残部を相当対価としている。 特許法三五条の改正の方向性については、一項・二項は現状維持、三項・四項は改正というものである。 改正は、発明者にとって、二つの点で現行法より不利となっている。第一は、発明者は、社内規定に基づいて 対価が支払われることが不合理であることを立証しない限り、勝訴できないことである。現行法では、発明者は このような立証責任を負っていない。使用者側が社内発明規定を整備し、かつ発明者と事前に相当対価の支払い について話し合う手続きを踏んでおけば、発明者が﹁対価支払いの不合理性﹂を立証することは、事実上、極め て困難である。第二は、対価の額から控除すべき事項は、現行法では、会社の発明に対する貢献度分の一つのみ であったのが、改正では、①﹁その発明に関連して使用者等が負う負担﹂、②﹁その発明に関連して使用者等が行 う貢献﹂、③﹁従業者等の処遇﹂、および④﹁その他の事情﹂の四つに増加した。すなわち、従業員発明者に不利 となる。 ︵参考文献︶ 馬場錬成﹁知的財産権入門﹂六七頁以下、岸宣仁﹁発明報酬﹂︵中央公新ラクレ・二〇〇四年︶、藤田幸雄﹁欧 31知的財産権と信託法の諸間題 米六力国における従業者発明の取扱い﹂︵国際商事法務・くo一﹄。。’Z9目︶、升永英俊・中村修二﹁真相・中村 裁判﹂︵日経BP社・二〇〇二年︶、鈴木公明﹁知的財産の価値評価﹂二二頁以下、鮫島正洋﹁特許法改正によ る職務発明制度の見直し﹂︵ビジネス法務四月号V一二頁以下、鮫島正洋﹁オリンパス敗訴の最高裁判決は何 をもたらすか﹂︵ビジネス法務七月号、二〇〇三年︶五〇頁以下、荒井裕樹﹁職務発明の独占的利益﹂︵ビジネ ス法務五月号、二〇〇四年︶一〇頁以下。 [O 知的財産権の対価を巡る訴訟の問題点 32 コンパクトディスク︵CD︶やデジタル多用途ディスク︵DVD︶などの光ディスクを読みとる技術を巡る日 立特許訴訟について、平成一六年一月二九日、東京高裁判決があった。一審判決の四・四倍、過去最高額の約ご 億六千五百万円と認定し、支払いを日立製作所に命じた。 特許訴訟で高額の対価支払いを命じる判決が続けば、日本企業の知的財産権戦略の見直しも必要となる。同判 決は特許法三五条の効力が外国特許にも及ぶことを認めた。その上で、その対価を決める計算式に、包括的クロ スライセンス契約﹂に基づいて他企業が上げた利益も加える手法を採用した点が特徴となった。ただし、情報技 術︵IT︶製品の場合、一つの商品に使われる特許数は数百から数千に上り、厳密に計算することは難しい。 平成一六年一月三〇日、青色発光ダイオード︵LED︶訴訟判決があった。開発者として知られる米カリフォ ルニア大N教授が、かつて在籍した日亜化学工業に﹁夢の光源﹂とされた青色LEDを開発した自分の発明に見
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合う報酬を求めたもので、判決は発明の対価を六〇四億円とし、請求した二〇〇億円全額の支払いを命じた。巨 額な報酬を認定したのは、発明が生み出した利益も、発明に対する個人の貢献度も、同種の訴訟よりはるかに高 くみたためである。 判決は青色LED事業による日亜の売上高を、特許の効力が切れる二〇一〇年までに、約一兆二千億円に上る と推定し、その一〇パーセントに当たる約一二〇八億円を﹁発明による利益﹂と結論づけた。さらに、同教授の 発明に対する貢献度を﹁少なくとも五〇パーセント﹂とした。大企業の場合には、会社が購入した高額の設備を 使用したり、チームで研究に取組んだりするため、個人の貢献度は相対的に低くみられる。日亜の場合、発明当 時は小企業で、設備も不十分であった。同教授は独力でヒーターを改造するなど工夫を重ねた点などが評価され た。わが国の企業はこれまで、社内の研究者の発明に対し、少額の報奨金で対応してきた。同教授のような訴訟 の続発で、近年、大企業は報奨制度を整備し始めたとはいえ、報奨額は多くて数千万円以下にとどまっている。 この種の訴訟の頻発を避けるため、特許庁は、発明の対価は原則として、企業と研究者があらかじめ自主的に 取決めた額とすべきである、とする特許法改正案を提出している。しかし、企業内の取決めでは、従業者に不利 な内容となるのは必至であり、産業界寄りの訴訟封じの批判も強い。事前の取決めに絶対的な拘束力をもたせな いと、取決め内容を不満とする訴訟が起こりかねないであろう。時効解釈の難しさもあり、一〇年の時効はどの 時点から一〇年かという間題もある。﹁味の素﹂東京地裁二〇〇四年二月の判決では、約二〇年前に特許出願した 人工甘味料に関する発明について三年前、一千万円を元研究所長に支払ったが、同人は一千万円を受取った後、 33知的財産権と信託法の諸間題 この金額では少なすぎるとして二〇億円の支払いを求めて味の素を訴えた。 東京地裁は、約一億八千九百万円の支払いを命じた。二〇年前の特許であるが、同社は三年前に一千万円を支 払っており、これを地裁は﹁最後の報奨﹂と解釈し、時効は成立していないと判断した。 これほどのリスクとコストを負担させるなら、日本から研究開発拠点を撤退させる企業すら現れかねないと企 業は焦燥感を強めている。 ︵−︶ 日本と同じように法律で特許の対価を決めるドイツでは、実際に企業が研究施設を置くことを敬遠している。 米国では企業は研究者と契約で発明の報酬を含めた処遇を決めておくため、後になって多額の対価を要求され ︵2V ることはない。米国のように会社と研究者、技術者が個別契約で結ぶべきという声も強まっている。 34 ︵1︶ ︵2︶ O冒§国窪p評けΦ旨−巨α丙ぎ≦ーげ。名ーロN①自<。旨甜る。。ω旧国且o罵野ωωρ評け窪眞ΦωΦ旨N︵鼠8U− 即○]≦︶90。>暮一るOOωト四Bげ一ぎ Oo自&P︾p器−ωoも露Φ’Uo議αq一ヨΦ冒ユ島ρqΦα仁ぼΦ︿9α四霧一、d巳Op Φ償8もΦΦ昌昌ρNOOG o。 蜜巽ぎ>αΦ目四P殉菊。勾四α①が一菊’↓げoヨ曽ω︶評8簿一蝉ヨN。。。 。旧℃・即oびΦ耳匡Φ茜Φ9勺・ω■霞窪①一ン 罫︾●冨巨①ざH暮Φ一一Φ。ε巴ギ8段昌冒匪ΦZ零↓Φ。巨o一。讐。巴>鴨、︵9ωΦび。。犀ω①こ。 。.血.俸冨<’ Φα●NOOG o. なお知的財産権は国際的間題を含んでいる。国境を越えた特許侵害あるいは無効の民事事件の場合、最も面倒な間題が 起きる。わが国の特許法二六条に特許に関し条約に別段の定めがあるときはその規定によると定めている。その条約とし
ては、パリ条約、bO↓︵℃簿Φ耳08需建江自↓賊8身。特許協力条約︶および↓国評協定︵︾鴨8ヨΦ暮睾↓声号−園①一魯a 9目琶一89巴即8Φ旨層困讐貫知的財産権の貿易関連の側面に関する協定︶の三つが重要である。 欧州特許の付与に関する一九七三年のミュンヘン条約︵国貫88昌℃緯Φ耳08話β江9山℃O︶がある。二〇〇二年三 月に発効したブラッセル条約は、民事および商事事件における裁判官轄および判決の執行に関するものであり、訴えをど こに提起するかに関して多くの選択肢がある。 EC法秩序における知的財産権の位置付けについては、山根裕子﹁知的財産と競争法②﹂︵時の法令・平成一六年二月 二九日号︶四九頁以下に詳細な研究がある。
おわりに
東洋法学
わが国は、一般的に研究開発の重要性に気づきながらも、特許問題に目をつむったままでやってきた。また、 発明は一人の力でできるものではないという声も強かった。 一方、大学の研究室での発明、品種改良などの研究成果は、ことごとく企業に横取りされてきた実情もある。 企業倫理の問題ではあると思うが、僅かな研究助成金を出せば、研究成果は企業のものというのがこれまでの通 念でもあった。 しかし、研究は、共同研究もあれば個人研究もあり、大学から教員としての給与をもらっているのだから、研 究成果については企業のものという観念がわが国には出来上がっているところに間題がある。個人研究の成果も 当然、長い研究の基礎があり、僅かな助成金では対価として不十分である。知的財産権として、大学教員個人の 35知的財産権と信託法の諸間題 保護もより考慮する必要がある。 特許を巡る訴訟の増加は、知的財産権に関する法整備の立ち遅れを改めて印象づけた。改正法も一見もっとも らしいが、企業がどのような手続をすれば適切なのかは不透明である。企業は、報酬・処遇の全体を見直す絶好の 契機とすべきであろう。 信託法・信託業法の規定も施行されてから八○年を経過し、改正が迫っている。信託業務を維持管理型、流動 化型、運用管理型、の三つに類型に区分し、参入基準に差を設けた上で株式会社の信託業務取扱いを認めようと して信託業法の改正案はなっており、営業信託として本来の信託を取扱う機関は増え、それぞれ特徴のある新し い信託業務を開発する上で信託法の解釈は重要なものとなった。現行信託法では、受益権譲渡に関する規定はな く、また、複数受益者の存在自体は想定しているものの、多数の受益者が存在する場合の権利行使に関する規定 はない。改正案では、指名債権譲渡に関する民法の規定を準用することにより受益権譲渡の性格を法律的に定義 し、さらに受託者は受益証券を発行できることとし、善意取得を認めることによりその有価証券性を確認した。 また、多数受益者に関する承認行為や権利行使のルールも規定を設けた。私法学会二〇〇四年度大会のシンポジ ウムに﹁信託法と民商法の交錯﹂がとりあげられている。知的財産権も信託法・信託業法も脚光を浴びる時代とな ったことを実感させられている。 36 信託法を専攻する契機は、水島廣雄博士の学部での名講義にあった。また、大学院で﹁人々を豊かにする信託
法﹂を御指導いただいた。もし、こうした恵まれた機会がなかったならば、信託法を勉強することもなかったか もしれない。 まもなく、大学での教員生活に別れを告げなければならないが、信託法を勉強することができたのは最大の幸 せであった。その機会と今日なお御指導下さっている水島廣雄博士の学恩に心から感謝を申し上げたい。昨秋、 小生は胃などの切除手術を受け臨死体験もしたが、その状態の時、水島先生御夫妻が深夜にもかかわらず御祈薦 くださり、我が命が救われた。生きている不思議を味わいながら、幸せな闘病生活を送ることができていること にも敬意と感謝を表したい。