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世界の日本語教育事情一オーストラリア

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Academic year: 2021

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〈特集「海外での日本語教育事情」〉

世界の日本語教育事情一オーストラリア

松本 剛次

1.はじめに

 オーストラリアには現在約37万人の日本語学習者がおり、数の上ではその規模は韓国、

中国に次ぎ世界で3番目である(国際交流基金2006年調べ)。しかしオーストラリアにお いて特徴的なのはそのうちの約96%が初中等教育機関で日本語を学んでいる学生である

という事実であろう。学校教育における外国語科目として日本語はオーストラリアで広く 普及しており、筆者が勤務する国際交流基金シドニー日本文化センターでも、そのような 学校教育における日本語教育の支援がその中心業務である。

 西原(2007)が述べているように、学校教育制度の中で目本語が教えられるには、その 国の教育政策による決定がなければいけない。そこで本稿では、まずはその教育政策的な 観点からオーストラリアでの初中等教育における外国語教育、日本語教育の基本的な考え 方を1987年発表の「Australian Language Level Guidelines」を取り上げ簡単に紹介す る。そして次にその流れを受け継ぐ形で現在オーストラリアの外国語教育で強く唱えられ ているアプローチであるIntercultural Language Teaching and Learning(ILTL)の考え 方を紹介し、その授業への取り入れの実例として、筆者も関係した高校でのプロジェクト ワークの例を紹介する。そして最後にオーストラリアにおける日本語教育の現状と今後の 課題について述べる。

2.オーストラリアの外国語教育政策とその狙い一ALLガイドライン(1987)

 オーストラリアの初中等教育における日本語教育の歴史は戦前にまでさかのぼることが できるが(嶋津2008)、現在につながる流れが出てきたのは1980年代に入ってからであ る。1980年代に入るとオーストラリアではそれまでの白豪主義から転換した多文化主義を 前面に打ち出した政策が相次いで発表された。言語教育においては1987年、英語、およ び英語以外の言語(1.anguage other than English(LOTE))に関する政策として「The National Policy on Language」が承認された。この政策はそれまで軽視されてきたバイリ

ンガリズムの重要性を指摘し、すべてのオーストラリア人への外国語教育の必要性を唱え たものである。

 さらに、同年にはオーストラリア全土の初中等教育における外国語教育の指針、枠組み として「Australian Language I.evel Guidelines」(以下「ALLガイドライン」)が発表さ れた。ここでは、言語教育とは「communication(コミュニケーション)」を中心に

「sociocultural(社会文化)」「language and cultural awareness(言語と文化への気づき)」

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「learning how−to−learn(学習方略)」「general knowledge(一般知識)」の相互に関連した 5要素の組み合わせである、という考え方が提示された(図1)。外国語学習、外国語教育 とは単に外国語の習得だけを目指すものではなく、それを通して社会や文化、さらには学 習方略やより広い知識も学ぶことができるという学習観である。

図1 The integration of Goals(『ALLガイドライン』より引用)

 このような外国語教育政策及び外国語学習観の下、経済的にオーストラリアとの結びつ きの深い日本語は、外国語科目におけるその地位を、その後、急激にともいえる速さで高 めていった。80年代後半から90年代初頭におけるその急激な学習者数の増加は「津波」

と呼ばれたほどである。もちろんその背景には当時の強い日本の経済力があるのであるが、

日本語学習者数の増加自体は、日本でのいわゆる「バブル崩壊」が起こった後も2000年 代まで続いており、単に経済的な背景だけが日本語学習者数の増加の要因とは言い切れな いであろう。2008年の現在では、日本語は、質、量ともにオーストラリアの初中等教育に おける外国語科目として確固たる地位を築いている。

3. lntercu l tural Language Teach i ng and Learning (lLTL)

 現在、オーストラリアの学校教育における外国語教育は2005年に発表された「National Statement for Language Education in Australian Schools−National Plan fbr Language Education in Australian Schools 2005−2008」に基づき進められている。ここ で国の外国語教育方針として採用されているのが、Intercultural Language Learning又 はlntercultura1 Language Teaching and Learning(ILTL)と呼ばれる考え方である。これ は基本的には1987年発表のThe National Policy on Language、及びALLガイドライン の理念を現代に受け継ぐ形で展開されているものであり、この考え方を広く教師に広める 目的で2006−2007年にかけてIntercultural Language Teaching and Learning in Practice(ILTLP)という教師研修プロジェクトが国レベルでのナショナルプロジェクトと

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して行われた。筆者もその研修に参加する機会を得ることができたため、以下、それを基 にILTLについて簡単に説明する。

 ILTLとは一言でいえば、「言語と文化は密接に結びついたものである。文化が言語構造 と言語使用を作り上げている」という認識に立ち「文化学習、言語学習、言語学的学習を 一つに統合して教えていこう」というアプローチである。具体的には、皿TLの考え方に 基づく授業では、授業は「目的をもった能動的なことばの使用」と定義される「アクティ

ビティ」を単位として構成される(このように「アクティビティ」という用語を定義し、

授業構成の中心単位としたのもALLガイドラインが最初である)。そして教師がこのアク ティビティをデザインする際には、できる限りオーセンティックな教材を使用し、その学 習プロセスに、「Awareness(気づき)」「Comparing(比較)」「Re且ection(内省/熟考)」

「Interaction(相互のやりとり)」という学習サイクルを取り入れることが求められている。

こうすることにより異文化に対するより深い理解と考察を促し、外国語学習を通して「考 える力」「コミュニケーション能力」をも相乗的に高めていこう、というのがその狙いであ

る。

 また、異文化理解の観点からは、ITLTでは自言語/文化に基づく第一地点でも学習言 語/文化に基づく第二地点でもない第三の地点へと学習者を導くことが目指されている。

オーストラリアにおける外国語教育政策は多文化主義政策というより大きな政策の中に位 置づけられることは先に見たとおりであるが、このような第三の地点においてこそ、学習 者は自らのアイデンティティを維持しながらも、他文化の者との円滑で快適なコミュニケ ーションが可能になる、つまり「多文化」社会を生きることができるようになる、と考え

られている。

4.lLTLを取り入れた教室活動の実例

 では、具体的にはこのようなILTLのアプローチは教室活動としてどのように取り入れ られているのであろうか。ここでは筆者も関係した高校でのSNS(Social Network Service)を利用したプロジェクトワークを紹介したい。この活動は2008年4.月に行われ たニューサウスウェールズ州の日本語教師会カンファレンスで発表され、また、筆者の所 属する国際交流基金シドニー日本文化センターが発行しているニュースレターでも紹介さ れたものである。

 このプロジェクトワークの舞台となったSNSサイトは国際文化フォーラムが制作、運 営している「つなが・一一一一る」という世界の中高生のためのコミュニケーションサイトである。

まず、生徒たち(10年生=目本での高校1年生に相当)はそこに自分のページを作り、プ ロフィールと簡単なメッセージを日本語(部分的には英語の使用も可)で掲載する。メッ セージには日本をはじめ各国の同年代の生徒たちからフィードバックが寄せられ、生徒達 はさらにそれらに返事を送る。そのようにしてSNS上でのコミュニケーションに慣れた 上で、学生達にはプロジェクトワークの課題が与えられる。「日本でオーストラリアスタイ

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ルのレストランを開きたい。そのために日本人から必要な情報を収集して、メニューを考 えよう」、というのがこのプロジェクトでの課題である。

 まず、最初のステップとして生徒たちは「つなが一る」のコミュニティーページ上にオ ーストラリア料理について考えるコミュニティーを立ち上げる。そしてそこに「日本のみ なさんにしつもんです。日本でどんなオーストラリアりょうりがゆうめいですか。日本に はどんなオーストラリアレストランがありますか。オーストラリアのイメージ、オースト ラリアりょうりのイメージはどんなものですか。」というようなメッセージを掲示し、日本 に住んでいる学生に協力を呼びかける。

 この質問に対するフィードバックをもとに、学生たちはグループごとに日本でオースト ラリアスタイルのレストランをオープンする場合どのような料理が受けそうか、というこ とを考えメニューを作る。そしてそのメニューをコミュニティーのページに掲載し、「日本 でオープンするオーストラリアレストランのメニューをつくりました。どうおもいますか。

高くないですか、やすくないですか、日本でにんきがでるとおもいますか。」とさらに日本 人からの意見を聞く。そしてこのステップを何度か繰り返しながら、日本の学生たちとの

日本語でのやり取りを繰り返して最終的なメニューを作り上げていく。次の図2はその途 中段階で学生が書いたメニューの一例である。

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図2プロジェクトワークの途中で学生が作成した「メニュー」の一例

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 ILTLの観点からこのプロジェクトワークを振り返ると次の点がその特徴として指摘で きるであろう。まず、このプロジェクトは「目的をもった能動的なことばの使用」である アクティビティを中心に設計されている。ここでは生徒たちは日本語の使用を通して日本 語を学習している。

 そして次にこの授業では「Awareness(気づき)」「Comparing(比較)」「Re且ection(内省/

熟考)」「Interaction(相互のやりとり)」という学習サイクルが取り入れられていることが 確認できる。すしやてんぷらといったものが日本料理であるとすぐにイメージされるのと 同じような意味で、典型的なオーストラリア料理としてイメージされる料理は実はオース トラリアにはない。オーストラリアスタイルのレストランのメニューを作る、という今回 の課題はその点で決まった答えのないオープンクエスチョンである。このプロジェクトワ ークの中では、学生たちはまず、自分たちで「オーストラリア料理とは何か」について考 えなければならない(これはILTLで言うところの「第一の地点」である)。そして日本人 はオーストラリア、オーストラリア料理についてどういうイメージを持っているのかとい うことについても日本人学生とのやり取りを通して気づかせられるし、考えさせられる(こ れは1]ITLで言うところの第二の視点である)。また、多文化国家であるオーストラリアに はいわゆる移民の子供たちも多く、当然自分自身のバックグラウンド文化についても考え ることになるであろう(先の図2の例にもプルコギやビビンバといったこの学生のバック グランド文化である韓国の料理が見られる)。このようにいろいろな方向から物事を見、考 える、という経験をさせることで、このプロジェクトワークではILTLで言うところの第 三の地点へと学習者を導くことが試みられている。

5.終わりに一オーストラリアの学校教育における日本語教育の現状と課題

 以上、オーストラリアの学校教育における外国語教育、日本語教育について、その政策、

理念、考え方、アプローチ、授業の実際、について概観してきた。このように、学校教育 において確固たる地位を確立している外国語教育であるが、しかし、試験に不利(学習に 時間がかかる割にテストでは高得点が取れない)というイメージもあってか、12年生(日 本での高校3年生に相当)まで外国語を継続して学習する学生の数は少ないという問題が ある。また、日本語教育については、オーストラリア社会における日本の影響力(特に経 済的影響力)の相対的な地位の低下ということとも関係し、学習者数はすでにピークを過 ぎ、今後は減少傾向に入る、という見方もある。しかし、たとえ学習者数という「量」は 減ったとしても、「質」の面で、日本語のクラスにはやはりすぐれた実践例も多く、これま で積み重ねられてきたノウハウには他の外国語教育の参考になるようなものも多い。「日本 語」教育にこだわらず、「外国語」教育、「異文化」教育という観点で考えれば、まだまだ オーストラリアの日本語教師の活躍の場は多い。筆者としてもその部分で何らかの貢献が できればうれしい限りである。

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《参考文献》

キャシージョナック・根岸ウッド日実子・松本剛次(2008)「オーストラリアの初中等教育における外国   語教育の現在と国際交流基金シドニー日本文化センターの日本語教育支援一Intercultural   Language Teaching and Learningの考え方を中心に一」『国際交流基金日本語教育紀要』第4号 国   際交流基金

国際交流基金(2008)『海外の日本語教育の現状一日本語教育機関調査・2006年』国際交流基金 国際交流基金シドニー日本文化センター「Sensei s pages Autumn 2008」

  〈http:〃sensei.jpf−sydney.org/autumnO8/sensei_01.htm> 2008年11月18日参照 嶋津拓(2008)『オーストラリアにおける日本語教育の位置一その100年の変遷一』凡人社

西原鈴子(2007)「子どもが日本語を学習するとき一2006年海外日本語教育機関調査から一」『日本語教   育通信』第60号 国際交流基金

参照

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