パウル・ツェランという問題(1)ガダマーとデリダ の「途切れない対話」(1)
著者 森村 修
出版者 法政大学国際文化学部
雑誌名 異文化. 論文編 = Journal of Intercultural Communication
巻 18
ページ 159‑178
発行年 2017‑04‑01
URL http://doi.org/10.15002/00013806
はじめに
ジャック・デリダは、今(2016年現在)から遡ること
35
年前の1981
年4
月25
日、パリのドイツ文化センター(ゲーテ・インスティ チュート)で初めてハンス=ゲオルク・ガダマーと出会った。当時、81
歳のガダマーは「哲学的解釈学」の大家として、また50
歳のデリ ダは「脱構築」という新しい哲学批判の手法を用いる「ポスト構造主 義者」のひとりとして、「テクストと解釈」をめぐる二つの流れを代 表していた2。ガダマーは、講演「解釈学的挑戦(le défi herméneutique)」の中で、
デリダを含む「フランス哲学の場面(la scène philosophique française)」が、
自分にとっては「真の挑戦(un authentique défi)」であると述べてい る3。それに対して、デリダはその場では何も質問せず、翌日「力へ の善意志(ハンス=ゲオルク・ガダマーへの返答)(Bonne volontés de
puissance
(Une réponse à Hans-Georg Gadamer))」と題して三つの質問を行っ た。そしてガダマーは、デリダへの反論として「それにもかかわらず、善意志の力─ジャック・デリダへの反論(Et pourtant : puissance de la
bonne volonté(Une réplique à Jacques Derrida))を行っている。以上のよ
うな一連の応答が、「ガダマー・デリダ論争」と呼ばれている論争の 経緯である。パウル・ツェランという問題(1)
─ガダマーとデリダの「途切れない対話」(1)1
森村 修
MORIMURA Osamu
しかし、両者の論考を読んでも、これらのどこに「論争」と呼べる ものがあるのか明らかではない。というよりも、「論争」と呼ぶには あまりにもお粗末な展開を遂げているからである。両者のテクストを 編集し、様々な哲学者の論考をまとめたフィリップ・フォルジェは、
編著のイントロダクションで、「風変わりな論争(unwahrscheinliche
Debatte)」とすら呼んでいる。彼自身は、イントロダクションの冒頭
では「今日この国でよくポスト構造主義と呼ばれることの多い思潮と 解釈学との対決(Konfrontation)である」と記しているのに、である。フォルジェは、この企画そのものには、マンフレート・フランクが
「二つの思潮の代表的論客の間での直接的な論争は、まだ一度もオー プンな対話という形で行われたことがない4」と書いたのに対して、
フランクの言葉にそそのかされながらも、彼なりの別の意図を表明し ている。それは、「両者の直接的な対決の場を初めて用意し、彼らの 議論を理論的に構成するだけでなく、それを実際的な問題と関わらし めることによって、さらに進めていこうとする5」というものである。
その際フォルジェは、編著の議論の対象として想定している事柄には、
単に「解釈学」と「脱構築」という二つの陣営の論争のみならず、そ れに先立つ二つの問題があるという。第一に、なぜこうした論争が避 けられてきたのか、あるいは常に先延ばしにされてきたのかという問 題、そして第二に、なぜこうした論争がこの企画でも成功しなかった のか、という問題である6。
それでは編者自身が、この企画が「成功しなかった」と自覚する「風 変わりな論争」とは何なのか。フォルジェは、論争が「成功しなかっ た」理由として、二つの要素をあげている。一つは、「解釈学の普遍 性要求」であり、もう一つは「解釈学では『我々の意志と行為を越え て我々に起きていること』の経験が何よりも優先される7」というこ とである。そして論争の一方の雄・ガダマーは、この二つの要素を堅 持しているのに対して、デリダは、「善き意志」の問題を取り上げて、
ガダマーに「論争を仕掛けた」というのである。
確かに、哲学論争の分析としては、フォルジェのいうことは正しい。
ただ論争からすでに四半世紀以上の年月がすぎた現在から見るとき、
より広範な視野から「ガダマー・デリダ論争」を取り上げることによっ て、フォルジェには見えなかった背景が見えてくるように思われる。
そこで、筆者が本稿に続く論考で明らかにしたいのは、「ガダマー・
デリダ論争」を解釈するための「風変わりな」背景3 3である。その背景 には、両者以外にもう一人の主役・詩人パウル・ツェランが必要なの である。
デリダは、晩年、ガダマーの一周忌にあたる時期の
2003
年2
月5
日に、ハイデルベルク大学におけるハンス=ゲオルク・ガダマー記念 講演を行った。そこでデリダは、1981年以来、ガダマーとずっと対 話を続けていると述べている8。しかもデリダは、当時ガダマーの講 演の後、発言をしなかったのではなく、発言できなかったと語ってい る。デリダは、その理由として「憂愁」が存在していたからだという。デリダは、ガダマー記念講演の冒頭を次のように始めている。
ハンス=ゲオルク・ガダマーに対して私が抱いている感嘆の念を、
正しくまた正確に言い表わすことが、私にできるだろうか。/感 謝の気持ちに、またそのもとになっている愛情に、いつの頃から のものかわからない憂愁が混じっていることを、私は漠然と感じ ている。それもずっと以前から。(中略)同じメランコリーが、
別のものではあるがしかし同じものでもあるメランコリーが、
1981
年にパリで私たちが最初に出会ったときから、私を満たし てしまったらしい。どうやら私たちの議論は、奇妙な中断から、つまり誤解とは別のものだが、一種の禁止から、宙吊りによる制 止から始まったらしい。そして際限のない待機という忍耐、息や 判断や結論を抑制するエポケーという忍耐から。そのとき私は、
私の方は、口をぽかんと開けていた。私はほとんど彼に話しかけ なかったし、そのとき私が言ったことは、間接的にしか彼に向け られていなかった9。
デリダを捕えた「メランコリー(憂愁)」については、別稿10で検 討したので省略するが、少なくともデリダにとっては、ガダマーとの 間に「ある奇妙なそして強烈な分有=共有が始まったこと11」は確実 であった。それこそが、ガダマーとデリダの「途切れない対話」の始 まりであり、デリダにとっては、「おそらくガダマーならば『内的対話』
と呼んだであろうもの」なのである。こうしてデリダは、ガダマーと の「内的対話」が「私たちそれぞれの内で、ときには言葉なしに、私 たち自身の内で直接的にであれ、あるいは間接的にであれ続けられる
12」ことを確信したのだった。
しかし、デリダがガダマーとの間に「内的対話」を続けていたとし て、そもそも筆者が
2016
年の現在、「ガダマー・デリダ論争」を論ず る意味とは何か。2002年3
月13
日にガダマーが亡くなり、現在に至 るまで15
年近くが経過し、2004年10
月8
日にデリダも鬼籍に入っ てからも、優に10
年以上が経過している。「ガダマー・デリダ論争」も、もはや歴史的事件となっているにもかかわらず、それを
21
世紀の今 日あらためて論ずることの現代的意義とは何か。筆者は、両者の「出会い(rencontre /encounter)」がもたらす議論の うちに、今日においても重要であり、いまだに十分な解決が与えられ ていない問題が潜在していると考えている。その問題とは、〈詩人パ ウル・ツェランという問題13〉である。しかも筆者は、デリダの発言 のうちに、先に述べたツェランというもうひとりの主役の痕跡を見出 すことができると考えている。デリダが「際限のない待機という忍耐、
息や判断や結論を抑制するエポケーという忍耐」と語る中に、紛れ込 ませた「息(le souffle)」という言葉は、パウル・ツェランの詩画集『息
の結晶(Atemkristall)』(1965)や、それを含むツェランの第五詩集『息 の転回(Atemwende)』(1967)を念頭に置いていたにちがいない。ち なみにガダマーは
1973
年に『私とは誰か、おまえとは誰か─パウル・ツェラン『息の結晶』注解─(Wer bin ich und wer bist du? Kommentar
zur Celans „Atemkristall“)』を出版していることからもわかるように、デ
リダがガダマー記念講演で「息」という言葉を使ったのも、この点に 触れているからだと考えられる。またデリダも、『シボレート─パ ウル・ツェランのために(Schibboleth :pour Paul Celan)』(1986)という 一冊をツェランに捧げているのである。このように二人の哲学者は、ツェランの詩や詩論について、それぞれの哲学的立場から解釈してき たことを考え合わせれば、両者の哲学の真の対決(そのようなものが あるとすれば)は、〈詩人パウル・ツェランという問題〉を抜きにし ては語れないだろう。
それゆえ、結論を先取りして言えば、筆者は、ツェランの詩や詩論 の解釈をめぐって、ガダマーとデリダが出会う/遭遇(encounter)す ることに、「ガダマー・デリダ論争」の「風変わりな」背景の真実が あると考える。もちろん、フォルジェがいうように、哲学論争史上の
「ガダマー・デリダ論争」とは、「哲学的解釈学」と「脱構築」という
「テクストと解釈」をめぐる論争にある。そして両者の「出会い/遭遇」
の重要性は、デリダの三つの問いによって顕在化した、ガダマーの「力 への善意志」の形而上学と、ガダマーによるデリダへの返答としての
「善意志の力」の対立にある。
また、両者の決定的な対立は、両者の言語観に基づいていることも 論を俟たない。この論争の鍵概念は「対話」と「エクリチュール」で あると言っても過言ではない。それゆえにこそ、筆者は、「ガダマー・
デリダ論争」の真の “ 戦場 ” は、〈パウル・ツェランという問題〉に あると考えている14。というのも、両者にとって〈パウル・ツェラン という問題〉は、彼らの「テクストと解釈」にとって避けられない重
要な問題を提起していると考えられるからだ15。そして我々もまた、
ガダマーとデリダのツェラン論を介して、またツェランの詩と詩論そ のものについて、何を語りうるかを考える必要がある。
ある意味で、我々はツェランについて何かを語らなければならない。
それは、もはやクリシェとなったテオドール・アドルノの「アウシュ ヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である16」という言葉に対して、
アウシュヴィッツ以後に詩を書き続けたツェランを、我々としてどの ように引き受けていくかということに関わる。自らも強制収容所経験 をもち、両親を収容所で失ったツェランにとって、詩を書くことは何 を意味したのかを考えることは、芸術(詩)と政治を考えていく上で 避けては通れない。その意味でも、筆者から見たとき、〈パウル・ツェ ランという問題〉は、21世紀を生きる我々にとっても、言語芸術と しての詩と政治の結びつきを考える契機となる。
そこで本稿では、次の三点に着目して、〈パウル・ツェランという 問題〉について検討する。第一に、歴史的出来事としての「ガダマー・
デリダ論争」の問題点を再確認する。第二に、その上でデリダが晩年
『雄羊』の中で、
1981
年の「出会い」について再構成する意図を探る。第三に、デリダによるガダマー解釈学の理解を検証する。そこから、「解 釈学」と「脱構築」との「テクストと解釈」の相違点を明らかにする。
1 「ガダマー・デリダ論争」とは何だったのか 1 - 1 「ガダマー・デリダ論争」の背景
今から
20
年ほど前に、フレッド・ダルマイヤーは、「ガダマー・デ リダ論争」の背景を次のように概括していた。20世紀後半以降、哲 学や思想の領域における「形而上学の終焉(end of metaphysics)」が語 られ、それについてダルマイヤーもまた触れていた17。彼によれば、グローバリゼーションによって、西洋哲学を含む「西洋文化(Western
culture)」という「堅固な土台(solid underpinning)」は揺らいでいる。
しかも哲学的に見れば、主観=主体性(subjectivity)やコギト(cogito)、
自然を支配する道具としての合理性などの、近代哲学の「支柱(pillar)」
が、根底から動揺しているのである。主観と客観、自己と他者、人間 と自然との間にある境界が曖昧になることによって、単なる個人的な 経験的問題に始まって、西洋文化全体を巻き込む問題へと発展してい る。西洋文化が相対化され、西洋に対抗する文化が台頭してくる結果、
西洋文化のヘゲモニー(覇権)を失いつつある。ここにダルマイヤー は、「広範な地政学的なずれ(a broader geopolitical dislocation)18」を見 出す。
確かに、ヨーロッパや西洋は今なお強力に覇権を主張している。
とはいえ、このヘゲモニーの地位に対する自信や自己確信は、取 り返しのつかないほどに失われ、あるいは、少なくとも危機に瀕 しているのである19。
ダルマイヤーは、こうしたヨーロッパと西洋文化の支柱の揺らぎを 感知する「敏感な地震計(sensitive seismograph)」として、ガダマーと デリダを取り上げる。ダルマイヤーによれば、アプローチこそ異なる が、両者ともに「アイデンティティと弁証法という伝統的な考えを超 えて、複雑な『差異の解釈学』の基礎20」を築いている。しかも「差 異の解釈学」は、「出現しつつあるグローバル・シティと、対話を通 して構築されたグローバルなキリスト教世界(ecumenicism)にとって の重要な礎石を提供し得るような解釈学21」である。
ダルマイヤーの分析からさらに
20
年が経過した現在、グローバリ ゼーションの波は、今世紀に入ってもとどまることを知らず、西洋文 化の相対化は著しい。その一方で、グローバリゼーションに対抗すべ く、国際的な規模でリージョナリズムが進展し、反グローバリズムも また噴出してきている。政治や経済の文脈だけでなく、「宗教の力」の復活もまた、文化間の対立を促進している。結果的に、哲学者のみ ならず知識人たちは、「公共圏(public sphere)における宗教の力22」 を議論しなければならない状況にある。こうした状況からして、グロー バリゼーションが引き起こす西洋文化の相対化についてのダルマイ ヤーの診断は、現在でも有効性を失ってはいない。しかし、皮肉なこ とに、グローバリゼーションとは、実のところ、西洋文化の一般化と 言えないこともない。ダルマイヤーの診断の裏には、西洋文化の絶対 化が隠されていることも忘れるべきではない。
ディアンヌ・ミシェルフェルダーとリチャード・パルマーは、ダル マイヤーが「ガダマー・デリダ論争」の時代的背景について触れてい るのに対して、両者の哲学的背景に注意を促している。彼らは、二人 の哲学者にとって、マルティン・ハイデガーの哲学の重要性を指摘する。
彼らによれば、ガダマーの「解釈学」とデリダの「脱構築」は、ハイ デガー哲学の圧倒的な影響下にある。確かに、両者は「解釈、エクリ チュール、言語そのものについての、二つの根本的に異なる解釈23」に 基づいている。しかし、彼らによれば、ガダマーであれデリダであれ「人 間の理解のための、超越論的で、言語から自由な立場(a transcendental,
language-free standpoint for human understanding)の可能性
24」を否定した点で、ハイデガーの遺産を引き継いでいると言えるのである。
それでも、ミシェルフェルダーとパルマーは、ガダマーとデリダと の根本的な相違が両者の言語観の違いにあることを見逃さない。ガダ マーにとって言語とは「生きた言語(living language)であり、「対話 の媒体(the medium of dialogue)」に他ならない。それは彼の主著『真 理と方法』(1960)以来、基本的に変化していない。彼らによれば、
ガダマーの言語観は、哲学的な会話としてのプラトンの対話にそのモ デルがある25。そしてガダマーにとって重要なのは、対話の成功が、
対話の参加者の「続けようとする意志(the continuing willingness)26」 に依存していることにある。
それに対して、ミシェルフェルダーとパルマーは、デリダが言語に よって引き起こされる意味がつねに私たちの意図を超えていくことに は同意している一方で、言語とはつねにすでにエクリチュールである と考えていると言う。それゆえ、デリダは、話された言葉は、「不在
(absence) に 浸 潤 さ れ る こ と で、 す で に 中 断 し た 記 号(an already
disrupted sign)とみなされる
27」という言語観をもっている。デリダからしてみれば、ガダマーの想定する対話を支える「続けよ うとする意志」そのものが問題を抱えている。そもそも対話とも論争 ともいわれるガダマーとデリダとの「出会い/論争」は、まさにガダ マーの「続けようとする意志」を焦点にした論争であったといってよ い。というのも、ガダマーの講演「解釈学的挑戦」に対して、デリダ が提起した問いこそ、「対話を続けようとする意志」、あるいは「善意 志の力」をめぐってなされているからである。
1 - 2 デリダの 3 つの問い─ガダマー「解釈学的挑戦」再考 ガダマーの講演に臨席していたデリダは、当日の講演時には応答せ ず、翌日ガダマーに三つの問いを提起した28。第一に、デリダは、発 話共同体(communauté parlante)に属する成員が「善意志(la bonne
volonté)に訴えること、コンセンサスへの欲望の絶対的確信(la
conviction absolue d'un désir de consensus)に訴えること
29」を問題にし ている。デリダによれば、ガダマーのいう発話共同体の成員は、「善 意志」すなわち「コンセンサスへの欲望」を、言葉を発する前からあ らかじめ(無意識のうちに?)前提している。こうした欲望に定位し た「善意志」は、語る主体としての主観性(主体性)の意志に根ざし ている。それゆえ、デリダは、ガダマーが「意志の形而上学(unemétaphysique de la volonté)」に属していると言う
30。このことを筆者な りに敷衍すれば、ガダマーは、対話を重要視するにもかかわらず、ガ ダマー的対話が基本的に主観的意志の圏域に束縛されていることに気づいていない31。
第二に、デリダは、ガダマーが「精神分析的解釈学を一般解釈学に 統合しようとするとき、善意志を、つまり不一致の場合でさえコンセ ンサスの条件であるものを、どうすればよいのか」と問う。ここで問 われているのは、ガダマーの精神分析における「解釈」と、ガダマー が唱える「普遍的〔一般〕解釈学」との関係である。そこでデリダは、
ガダマーに対して「解釈のコンテクスト」が拡大されることで、「善 意志」を踏まえて解釈学を語れるのかと問うのである。つまりデリダ は、コンテクストの「切断(rupture)」や、コンテクスト概念自体の「切 断」はどのように理解されるべきであり、また中断されたコンテクス トを「一般的再構造化」によって回復することができるのかと問う。
第三に、デリダは、ガダマーのいう「理解(Verstehen)」や「他者 理解」や「相互理解」と呼ぶものは、「公理的条件」としての善意志 とどのように関わるのかと問う。つまりコンセンサスについても誤解 についても、「理解の条件」が「関係の中断(interruption)、ある中断 の関係、一切の媒介を宙づりにすることではないかどうか」を問おう としているである。
もちろん、デリダの問いはガダマーの講演「解釈学的挑戦」に対し てなされている。このことを閑却するわけにはいかないし、デリダの 問いだけを検討しても議論にならない。そこでひとまず、我々もまた、
「ガダマー・デリダ論争」のきっかけとなった講演におけるガダマー の主張を確認しておかねばならない。ガダマーは講演の中で、「思考 者が言語に自らを委ね」るということは、「彼が自分とは異なった考 え方をする他の思考者達との対話を受け容れる、ということを含んで いる32」と述べている。さらに続けてガダマーは、「私は対話を通し て言語の根源的な現象を捉えようとした33」と言う。つまりガダマー は、言語の本質が「対話的」であると考えているのである。
私が明示しようとした言語の対話的性質(la caractère dialogique)は、
主観の主観性への一切の繋累を、そしてとりわけ、その意味志向 において語る者への一切の繋累を、はるかに置き去りにする。語 ることの中で表現されるものは、単に意図された意味の固定化で はなく常に変形を遂げる一つの試み、もっとうまく言えば、〈何 かにひきこまれること(sich auf etwas einzulassen)〉、対話に〈引き 込まれる(sich mit jemandem einzulassen)こと〉への、常に反復さ れる誘惑である34。
ガダマーによれば、対話には、主観の意図を不可避的に変形する可 能性が含まれている。さらに、ガダマーが設定する二者間における対 話的状況においては、話し手としての〈私〉の言葉は、他者としての
〈相手=あなた〉に面前し、他者(=〈あなた〉)の審問を経ることに よって、〈私〉の先入見もろとも粉砕されてしまう。これが、ガダマー のいう対話の経験の中に含まれている事態である。ガダマーによれば、
対話の経験の中には「他のもの」、つまり、「われわれに共通に属して いるものに関する一切のコンセンサスをさらに超えたところにある、
他性の潜在的可能性のようなもの(quelque chose comme une potentialité
de l'altérité)
35」が存在する。以上から理解されるように、ガダマーは言語を対話的であると考え、
「対話の経験」とは話し手としての自己(=〈私〉)と聞き手としての 他者(=〈あなた〉)の間で織りなされる経験を意味している。しかも、
対話の場面における他者(=〈あなた〉)は、話し手としての自己(=
〈私〉)の主観的意図を絶えず変形する可能性を担う。そして他者の側 にも、自己の側に生じている主観的な意図が変形する可能性が同時に 生じている。
それでは、デリダは、ガダマーの「対話」論のどこに問題を見いだ したのか。第一の問いが明示しているのは、ガダマーの「対話」論の
前提として、暗黙のうちに機能している「コンセンサスへの欲望」に 関わっている。端的に言えば、デリダの根本的な疑問とは、ガダマー が「善意志」と呼ぶものに関わっている。その意志とは、ガダマーが 対話という状況を設定する “ 以前に ” 想定している “ 無意識的前提 ” とでも言うべきものである。我々はここで、デリダが第二の質問で精 神分析に関する問いを提起していることを考えるべきである。
つまりデリダは、第二の問いとして、「精神分析的解釈学を一般解 釈学に統合しようとするとき、善意志を、つまり不一致の場合でさえ コンセンサスの条件であるものを、どうすればよいのでしょうか?」
と問うていた。さらにデリダは畳み掛けるように「精神分析にとって、
善意志とは何でしょうか? あるいは単に精神分析のようなものを考 慮に入れる言説にとって36」と問う。デリダの趣旨は、もしガダマー が言うように、「善意志」なるものが、我々の主観性(=主体性)に 基づく「コンセンサスへの欲望」と関係が深いものであるならば、ま さにガダマーのいう「善意志」はどのように解釈されなければならな いのかということだ。そして、「コンセンサスへの欲望」が欲望であ るならば、それを解釈する精神分析的解釈学のアプローチが有効にな るのであって、それを「一般的解釈学」に統合することは、善意志は どこに位置づけられるべきか、という別の問題に突き当たる。デリダ は善意志は、意見の不一致や誤解をも規制するがゆえに、「無制約的〔=
無条件的〕なものであり、おそらく一切の価値判断一般の彼岸にさえ ある」という。
こうして、デリダにしてみれば、主観的・主体的に対話を行なう者 たちに「〔対話を〕続けようとする意志」が「無制約的・無条件的に」
存在するかぎり、それはいかなる解釈学であってもとらえることがで きない。そして、対話がある種の欲望(この場合は、「コンセンサス への欲望」)に支えられているとすれば、精神分析的解釈学のみならず、
ガダマーが念頭に置いている「一般的解釈学」ですら扱うことはでき
ないのではないかと疑義を呈するのである。
しかし、フィリップ・フォルジェによれば、ガダマーは、精神分析 を治療機能に矮小化してとらえていた37。そのために、ガダマーは、
精神分析的状況における “ 対話=治療的場面 ” では、ノイローゼなど によって「相互了解の流れが断絶された」ことから、「解釈学的思考 を支えている人間学的な前提」を回復する必要があると考えたのであ る。その結果、フォルジェは、精神分析的解釈学は、ガダマーにとっ て「まったく違った種類の解釈」であり、「美的な性質」を対象とす る「文学美学的な解釈(literarästhetische Interpretation)」と異なるもの である。それゆえ、フォルジェによれば、「治癒機能に切りつめて理 解された精神分析を自分の普遍的解釈学のうちに統合する気はないと 彼〔ガダマー〕は強調している38」。以上のように、ガダマーは、デ リダの第二の問いはデリダ自身の誤解に基づくものであり、彼自身は、
「精神分析的解釈学」を「一般的解釈学〔=普遍的解釈学〕」に統合す る気はないということである。
このようなガダマーの解答は、デリダを満足させるわけではないこ とは明らかである。なぜなら、ガダマーの精神分析理解が、デリダの いう意味での「精神分析的解釈学」とは異なることは言うまでもない し、問題はより根本的なものにあるからである。デリダは、精神分析 的解釈学であれ、ガダマーの一般的〔普遍的〕解釈学であれ、「コン テクストの、コンテクストという概念自体の切断(rupture)、あるい は一般的再構造化を要するのでしょうか?」と問うているからである。
そしてデリダは、精神分析的解釈学を、ガダマーのようにシュライエ ルマッハーからディルタイへ、そしてガダマー自身へと連なる伝統よ りも、ニーチェに近いものとして理解している。
ガダマーによれば、「善意志」とは「他者の言説が何らかの明らか なものになるように、できる限り他者の視点を補強することを意 味39」している。そして、ガダマーは誰もが「他者を理解したり他者
から理解されたいと思う」のであり、「誰でも口を開く者は、理解さ れたいという欲望をもっている40」と言う。そしてこのことは、ガダ マーを理解しようとするデリダ本人にも有るはずだ、と述べる。ガダ マーによれば、我々は必ず他者を理解し得る能力をもっている。「理 解の能力は、人間がそれによって他者と共に生きることができるよう な、人間の基礎的な規定の一つ」であり、この「規定は第一に言語と、
対話の共同体の中で(dans langage et la communauté du dialogue)実現さ れる41」。ガダマーが、デリダに対する反論の副題に用いた「善意志 の力」と呼ぶものは、恐らく、「他者の言葉が明らかになるように、
他者の視点を補強する42」ために、我々の発話共同体の中で不可避的 かつ潜在的に機能している〈善意の理解能力〉のことだと言ってよい。
この場合の〈善意〉とは、相手のことを配慮する好意と言い換えても よい。筆者によれば、他者の言葉を理解しようとする欲求に支えられ た〈善意〉が、ガダマーの考えている「善意志の力(puissance de la
Bonne volonté)
43」である。我々は、「善意志の力」に支えられて、他者(=相手・〈あなた〉)
に理解されるように言葉を紡ぎ、相手(〈あなた〉)を理解しようと欲 望するが故に、言葉を織りなしていく。それは何故なのか。それは相 手(〈あなた〉)を信頼し、信じているからに他ならない。話し手とし ての〈私〉が闇雲に聞き手としての〈あなた〉に語りかけるのも、〈あ なた〉が〈私〉の言葉を理解し得る能力を備えていることを、語り手 である〈私〉は知っているから、信じているからだ。つまり、〈私〉
と 同 様 に、 他 者( =〈 あ な た 〉) が「 理 解 の 能 力(la capacité de
comprendre)
44」をもっていることが、既に〈私〉によって前提されているからである。つまり、〈私〉は他者(〈あなた〉)の言葉を理解 できるのだから、他者(〈あなた〉)もまた〈私〉の言葉を理解できる だろうということを素朴に信じられる。ここには「理解の能力」が前 提されている。
もちろん、ガダマーのいう「理解の能力」そのものを、デリダも否 定しない。デリダは、相手を理解しようとする欲望を否定しているの ではない。デリダは、「善意志に訴えること、コンセンサスへの欲望 の絶対的な確信に訴えることについて」、「この公準の強力な明証に賛 同せずにいられましょうか45」というように、ガダマーの意見に賛意 を示している。それでもデリダにとって問題は、「善意志」に訴える ことが、「単に倫理的なものであるだけではなく、全ての発話共同体
(toute communauté parlante)に妥当する倫理の原理・根原(principe)
にあるものであり、それは、この共同体における不一致と誤解という 現象さえ規制して46」いるということ、そのことにある。
デリダによれば、我々が語り始める「以前に」、それも他者を理解 しようとする欲望の「以前に」、発話共同体を規制する前提として、
善意志に訴えること・コンセンサスへの欲望への絶対的確信に訴える ことが既に機能している。しかもデリダは、発話共同体を規定する善 意志という「この無制約的な公準」は、「意志がこの無制約性の形式、
つまり絶対的な上訴の手段、最終的審級における決定として残ること を前提しているのではないか?」と問いかける。言い換えれば、発話 共同体を規制する「善意志」が、実は主観的意志にその起源をもつと デリダは指摘しているのである。そして、デリダから見たとき、「善 意志」の存在を仮定するガダマーは、「意志の形而上学」に属すると 考えられる。
ガダマーが言語の対話的性質を強調するにもかかわらず、対話を成 立させ、発話共同体を規制するものが、「主観的意志」あるいは、端 的に、「主観性」であるとすれば、言語の対話的性質は有名無実なも のとなってしまう可能性は避けられない。デリダは、この点を批判し たと言ってよい。デリダは、対話を成立させている倫理の原理・根原 が主観性の呪縛から絶対的に逃れられないものであるとすれば、いく ら言語の対話的性質を強調したとしても、言語は主観的観点から見ら
れた言語に過ぎなくなってしまう、と言っているのである。
デリダが批判したガダマー的対話には、自らの主観性を基礎にしな がら、それを同心円的に拡張しようとする「独我論」とでも言い得る ものがあるように見える。そこでは、「理解の能力」が〈私〉と同様 に他者(〈あなた〉)にも備わっていると考えていることから理解され るように、〈私〉と他者(〈あなた〉)は、ガダマーによって〈同質的 な存在者〉として仮定されていると言ってよい。このとき注意すべき なのは、「対話」という具体的なコミュニケーション場面の出来事が、
一般論として展開されているということである。筆者には、具体的・
個別的個人としての「私」と「他者」の対話に対する配慮が欠如して いるように見えるのである。
(未完)
注
1 本稿は、筆者が1990年10月20日・21日に開催された日本倫理学会第41回 大会・個人研究発表(法政大学・62年館)で発表した論稿を大幅に書き換え たものである。当初の発表のタイトルは「力への善意志と善意志の力─コミュ ニケーションにおける他者の問題」となっていたが、本稿では全体の流れを 考慮に入れて変更した。
2 いわゆる「ガダマー・デリダ論争」に関わるガダマーとデリダの発表は、
1984年に『国際哲学誌』(Revue Internationale de Philosophie, Herméneutique et Néo- structuralisme:DERRIDA—GADAMER—SEALE, Bruexelles, 1984, no151.) に 掲 載 さ れた。同書は、その他に様々な論者の論考を含んでいる。またドイツ語版と して、フィリップ・フォルジェが『テクストと解釈』として編集し出版して い る(Philippe Forget (Hsg.), Text und Interpretation: Deutsch-französische Debatte mit Beiträgen von J. Derrida, Ph. Forget, M. Frank, H. –G. Gadamer und F. Laruelle, Wilhelm Fink Verlag, München, 1984)。ドイツ語版には、デリダがハイデガーのニーチェ 論を取り上げた論考「力への善意志(Ⅱ)」(J. Derrida, Guter Wille zur Macht
(Ⅱ)
) も含まれている。さらにガダマー・デリダ論争の影響は、英語圏にも飛び火 して、フランス語版・ドイツ語版に遅れて1989年に、ディアンヌ・ミシェル フェルダーとリチャード・パルマーが『対話と脱構築─ガダマーとデリダの出会い』を、英語版として編集し、出版している(Diane P. Michelfelder and Richard E. Palmer (eds.), Dialogue and Deconstruction: The Gadamer-Derrida Encounter, State University of New York Press, 1989)。英語版に特徴的なのは、フランス語版 やドイツ語版とは異なって、ガダマーのデリダ脱構築批判論文も掲載してい ることである。さらに興味深いのは、フォルジェのドイツ語版からはフォル
ジェとM・フランクが掲載されているが、コメンテーターとして、どちらか
と言えばデリダや脱構築の立場に近しい哲学者たち(H・ラパポート、D・ファ レル・クレル、R・ベルナスコーニ、J・サリス、J・カプートなど)が論文を 寄せていることだろう。また日本では、『理想』が「特集=解釈学とポスト構 造主義」と題してデリダとガダマーの論文を掲載した(第638号、1988年春)。
しかし残念ながら、ガダマーとデリダの基本論文に触れた論考は中岡成文「意 味と主体のポジシオン」だけであり、どちらかと言えば雑駁な編集と言わざ るを得ない。フォルジェ編ドイツ語版は、1990年に邦訳が出版されてはいる が、「ガダマー・デリダ論争」そのものについて触れた議論は、管見に触れた 限りでは、筆者が1990年10月に日本倫理学会(法政大学)、同年11月日本 現象学会(三重大学)で行った外はほとんど為されていない。その後の論考 としては、フレッド・ダルマイヤーが『オリエンタリズムを超えて』(F・
Dallmayr, Beyond Orientalism: Essays on Cross-Cultural Encounter, State University of New
York, 1996)の第2章「ガダマー、デリダと差異の解釈学」で別の角度から両
者の対話=論争を取り上げている。ダルマイヤーは、英語版に「解釈学と脱 構築─対話におけるガダマーとデリダ」という論文を寄稿し、さらに85年 にガダマーからのダルマイヤー宛書簡「ダルマイヤーへの手紙(Letter to Dallmayr)」も掲載している。
3 H.G-Gadmer, “Le défi herméneutique, ” in :Revue Internationale de Philosophie, p. 337.
なおガダマー・デリダ論争」に関する両者からの引用は、基本的には『国際 哲学誌』(フランス語版)から行なう。
4 Manfred Frank, Das individuelle Allgemeine, Suhrkamp Verlag, Frankfurt/Main, 1977, S.
13.
5 Phillipe Forget, Leitfaden einer unwahrscheinlichen Debatte, in: P. Forget (Hrsg.), Text und Interpretation : Deutsch-französische Debatte mit Beiträgen von J. Derrida, Ph. Forget, M.Frank, H. –G. Gadamer und F. Laruelle, Wilhelm Fink Verlag, München, 1984, S. 7.
6 Cf. Ph. Forget, ibid.
7 Ph. Forget, ibid.
8 本講演は、のちに『雄羊─途切れない対話: 二つの無限のあいだの、詩』
(2003) と し て ま と め ら れ る こ と に な る(J. Derrida, Béliers, Le dialogue ininterrompu: entre deux infinis, le poème, Galilée, 2003.『雄羊 ̶ 途切れない対話 : 二つの無限のあいだの、詩』林好雄訳、ちくま学芸文庫、2006年)。
9 Jacques Derrida, Béliers : Le dialogue ininterrompu : entre deux infinis, le poème, Galilée,
2003. pp. 9-10.(林好雄訳『雄羊─途切れない対話: 二つの無限のあいだの、
詩』、ちくま学芸文庫、2006年、pp. 7-9.)
10 森村修「喪とメランコリー(1)─デリダの〈精神分析の哲学〉(1)」(法政大 学国際文化学部篇『異文化16』、2015年)参照。
11 デリダも、彼のパウル・ツェラン論『シボレート─パウル・ツェランのた めに』(1986)でも述べているように「分有=共有(partage)」という語は、
デリダの盟友ジャン-リュック・ナンシーの『声の分割(Le Partage)』(1982)
から取られている。デリダのナンシー論『触覚、ジャン=リュック・ナンシー に触れる』(1998)と、それに対するナンシーの応答『私に触れるな(Noli me tangere)』(2003)の哲学的対話もまた「分有=共有」として位置づけられ るだろう。
12 J. Derrida, op.cit., p. 10.(邦訳、p.9)。
13 筆者が歴史的出来事について日時を執拗に記述するのは、パウル・ツェランが、
自らの詩や詩論で「日付」に固執していたことを念頭に置いている。
14 管見に触れたかぎりでは、これら三者の関係を緻密に検討した研究はほとん ど存在しない。その理由として、第一に言語の壁、第二にジャンルの壁、第 三にハイデガー哲学の壁、第四にツェランの詩・詩論の壁が考えられる。言 語の壁としては、ガダマーがドイツ語でテクストを書き、デリダはフランス 語でテクストを書いているということ、さらにツェラン自身の言語観に端を 発する言語と翻訳などの問題が指摘されよう。ジャンルの壁としては、ガダ マーとデリダが主に哲学分野で活躍したのに対して、ツェランが文学、特に 詩を生業としているというジャンルや専門の違いが解釈者を逡巡させている と考えられる。さらに重要なのは、ハイデガー哲学という問題である。ガダマー もデリダも、ハイデガー哲学に影響を受けていることは周知の事実である。
それゆえ、彼らの哲学を理解するためにも、ハイデガー哲学の理解をめぐる 困難さが障壁になっている。しかもツェランもまた、ハイデガーを尊敬しな がらも、彼とナチズムとの関係について複雑な心情をもっていることも事実 である。「ガダマー・デリダ論争」をめぐる最後にして最大の問題は、ツェラ ンの詩や詩論を理解することの困難さそのものにあると言えよう。
15 ちなみに、「ガダマー・デリダ論争」に関する英語版の編者パルマーは、自ら
が編集した『ガダマー読本─後期著作集(The Gadamer Reader: A Bouquet of the
Later Writings)』の中で、ガダマーの1994年(ガダマー94歳!)の論文「痕
跡の解釈学(Hermeneutik auf der Spur)〔英訳「痕跡を追跡する解釈学[デリダ について](Hermeneutics Tracking the Trace [On Derrida])」の紹介文で、両者の出 会いとデリダがガダマー記念講演で触れたツェランに関して、両者に「共通 の地盤」が確保できたと言っている。「究極的に、デリダに橋を架けたものと いえば、パウル・ツェランの詩に関するガダマーの解釈だった。ここにデリ ダは、ガダマーとの何らかの共通の地盤と、ユダヤ主義とツェランについて の専門知識を公言できたのである」(Cf. Hans-Georg Gadamer, Richard E. Palmer (Ed. and Transl. from the German), The Gadamer Reader: A Bouquet of the Later Writings, Northwestern University Press, 2007. p.373)。
16 テオドール・アドルノ『プリズメン』渡辺祐邦・三原弟平訳、ちくま学芸文庫、
1996年、p.36。
17 Cf. Fred Dallmayr, Beyond Orientalism: Essays on Cross-Cultural Encounter, State University of New York Press, 1996, pp. 39-40.(片岡幸彦監訳『オリエンタリズム を超えて─東洋と西洋の知的対決と融合への道』、グローバルネットワーク
21〈人類再生シリーズ〉、新評論、2001年)。
18 F. Dallmayr, ibid., p.39.
19 F. Dallmayr, ibid.
20 F. Dallmayr, ibid., p.40.
21 F. Dallmayr, ibid.
22 Cf. Judith Butler, Jurgen Habermas, Charles Taylor, Cornel West, Eduardo Medieta, Jonathan VanAntwerpen (eds.), The Power of Religion in the Public Sphere, Columbia University Press, 2011.
23 D. P. Michelfelder and R. E. Palmer, “Introduction,” in: Dialogue and Deconstruction, p.1.
24 D. P. Michelfelder and R. E. Palmer, ibid.
25 D. P. Michelfelder and R. E. Palmer, ibid.
26 D. P. Michelfelder and R. E. Palmer, ibid.
27 D. P. Michelfelder and R. E. Palmer, ibid.
28 デリダはガダマーとの出会いについて、晩年にガダマーに対する三つの問い に触れている(デリダ『雄羊─途切れない対話:二つの無限のあいだの、
詩(Béliers : Le dialogue ininterrompu : entre deux infinis, le poème)』(2003))。
29 J. Derrida, “ Bonnes Volontés de Puissance (Une Péponse à Hans-Georg Gadamer)” in:
Revue Internationale de Philosophie, Herméneutique et Néo-structuralisme:DERRIDA—
GADAMER—SEALE, Bruexelles, 1984, no151., p. 341.( デ リ ダ「 力 へ の 善 意 志
─ハンス-ゲオルク・ガダマーへの返答」加藤恵介訳、『理想』1989年第、p.47.)
30 J. Derrida, ibid., p. 342.(邦訳p. 47)。
31 但し、デリダの批判は、ガダマーの講演に対して向けられたものであり、ガ ダマーが講演を論文として掲載するにあたって、デリダの批判した「善意志」
や精神分析に関する問題が割愛されてしまったために、本稿もまたガダマー の「それにもかかわらず─善意志の力」と題されたデリダへの再批判を含 めた形で為されている。
32 H. G=Gadamer, le défi herméneutique, p. 335.(ガダマー「解釈学的挑戦」加藤恵 介訳、『理想』第638号、p.42)。
33 H. G=Gadamer, ibid., p. 336.(邦訳、p. 42.)。
34 H. G=Gadamer, ibid., p. 339.(邦訳、pp.45-46.)。
35 H. G=Gadamer, ibid., (邦訳、p.46.)。
36 J. Derrida, ibid., p. 342.(邦訳pp. 47-48)。
37 Phillipe Forget, Leitfaden einer unwarshein li chen Debatte, S.14.(フィリップ・フォ ルジェ「風変わりな論争のための手引き」、『Ph.フォルジェ編』『テクストと 解釈』(轡田収他訳)、産業図書、1990年、p.15.)
38 Phillipe Forget, ibid., S.15.,(フォルジェ、同書、p.16.)
39 H. G=Gadamer, “Et Pourtant,” p. 344.(ガダマー、「それにもかかわらず」、p.50)。
40 H. G=Gadamer, “Et Pourtant,” p. 344.(ガダマー、同書)。
41 H. G=Gadamer, “Le Défi Herméneutique.” p. 333.(ガダマー、「解釈学的挑戦」、
p.40)。
42 H. G=Gadamer, “Et Pourtant”, p. 344.(ガダマー「それにもかかわらず」、p. 50)。
43 H. G=Gadamer, “Et Pourtant,” p. 344.(ガダマー、「それにもかかわらず」、p.
50.)。
44 H. G=Gadamer, “Le Défi Herméneutique.” p. 333.(ガダマー、「解釈学的挑戦」、
p.40)。
45 J. Derrida, “Bonne volontés de puissance,ʼ op.cit., S. (デリダ「力への善意志」、p.47)
46 J. Derrida, “Bonne volontés de puissance”, ibid. p. 341.(デリダ「力への善意志」、p.
47.)