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追想の橋本宏先生
藤本 昌司
顧みれば、学科の先輩である橋本先生とは、半世紀にわたっての長 いお付き合いでした。その間に、学会、論文集、翻訳など様々なこと で、先生とご一緒に仕事をさせて頂き、何かとご指導に与りました。橋 本先生は、私にとりましては、Mentor的存在であったと言えます。
橋本先生との最初の出会いは、学科主任であった恩師の中西秀男先生 の研究室でした。先生は、教育学部の助手時代にフルブライト留学生と して1年間アメリカで学ばれて、M.Aの学位を得て、ご帰国されて、4 月新学期より新任講師として教え始められた直後のことでした。当時の 私は、大学院で学ぶ傍ら、副手職として採用されて、勤務していまし た。丁度その頃、教育学部でも若手の研究者を育てる学会を設立したい との中西先生の熱意が実り、早稲田大学英語英文学会が立ち上げられま した。橋本先生とご一緒に学会運営に関わって、夜遅くまで学会や研究 会の準備などに追われていたころを懐かしく思い出します。不思議なこ とに、晩年のときより、かえって壮年のときの先生の姿が鮮明に思い浮 かびます。素早い判断で信じられないほどのスピ−ドで、手早く仕事を 片付けられたり、論文や翻訳を見事に仕上げられる先生の抜群の集中力 には、驚嘆するばかりでした。研究者とか学者は、とかく専門分野に秀 でていても、事務処理は苦手で不得意な人は多いものですが、橋本先生 は、研究者・教育者としての優れた能力と行政的手腕の両面を兼ね備え た稀有な方であったことです。多くの学問的業績を上げながら、一方で は、大学に行政的な貢献をされました。教育学部の教務主任、大学理 事、早稲田実業高校の理事長などの要職を歴任されましたことが、それ を立派に証明しています。理路整然とした話し方をされる頭脳明晰で知 的な面と温かい人間性とを実に巧みにバランスをとりつつ、その能力を 発揮されたと思います。凛として、折り目正しい、矜持に満ちた83歳の 生涯を全うされました。
ここに、無限の感謝を込めて、畏敬する橋本先生を偲んでおります。
(東海大学名誉教授)