相関係数の発見者については若干の議論もあるが(椎名,2015,2016;あるいは下記,松本 亦太郎(1914)の引用文などを参照),現在心理学で使用されている相関係数が直接的には
Karl Pearson(1896)に由来すると考えるのに異論は無かろう。相関係数の成立史を即席でまとめるな
らば,Bravais(1846)が数式を発見し,Galton(1889)が概念を固め,Pearson(1896)が両者を 統合したと言って良かろう。Bravaisの名前は現在では忘れ去られているが,Pearson(1896)で高 く評価されており,今や高校数学の教科書にものっているr=s
xy(s/
xs
y)という公式は,20世紀初 頭においては,しばしばブラベの公式と呼ばれていた。Pearson(1896)は生物学・遺伝学の論文なのでこの業績を直接受け継ぐのは,生物学・遺伝学
のはずであり,事実20
世紀初頭では遺伝学系の相関研究もかなり見られる。しかし,相関係数を 用いた研究が大発展を遂げたのはむしろ心理学・教育心理学を中心とする分野あるいは多変量解 析につながる数理統計学であろう。生物学・遺伝学での発展が今ひとつだった理由は,遺伝学説 としてのゴルトニズムがメンデリズムと激しく争った末に敗北し(安藤,1989),生物学者たちがGalton
流遺伝理論にあまり興味を持たなくなったのが理由であろうと考えられる(鈴木,1983,p. 62)。
本研究では,特に心理学を中心にして,20世紀初頭の日本における相関係数の受容と浸透の有 様を調べる。このような目論見の意義としては以下の三点が挙げられよう。
まず,初期の心理学において統計はどのような立ち位置にあったのかという単純な歴史的好奇心 に答えることである(佐藤・溝口,1997.特に第Ⅴ部)。現在,各種統計的検定や分散分析もよく 使用されているが,相関係数やそこから派生する回帰分析,因子分析等の方が心理学とのかかわり は長いのである。であるから,日本の心理学者と統計の出会いの有様を明らかにできるかもしれ ない。
次に,相関係数がどのように受け入れられ理解されたのかを明らかにしたい。例えば,Galton
(1889)の研究が出た頃,日本の心理学の草分けの一人である松本亦太郎(1865-1943)は
20
代 前半だった訳で,従って彼のキャリアの中で相関は,「なにか最初からぼんやりとあった」のだが20 世紀初頭における我が国での 相関係数の普及について
椎名 乾平
「その全容が次第にはっきりしてきた」もののはずである。松本を始め当時の心理学者は,主とし
て
Wundt
あるいはそのアメリカ人弟子たちの作った心理学を学んでいたわけであるが,どのような契機と過程を経て,相関心理学の存在とその重要性に気づいたかを知りたい。ちなみに,Wundt の研究室でも相関研究はおこなわれていたし(Krueger & Spearman, 1907),James Mckeen Cattell
のように
Wundt
とGalton
両方に師事したアメリカ人著名心理学者もいた。であるから,日本の心理学者が相関や
Galton
をまったく知らなかった訳はないはずである。別の角度から見れば,統計の新概念がどのように受容されるのかを示す重要事例として注目する 価値があろう。心理学者は相関のみならず,その後,因子分析,分散分析,仮説検定,最近では
SEM
を受け入れてきた。一方,紹介はされたが根付かないで消えていった統計概念・手法もある わけである。そこで,相関という新概念が成功裡に受容された顛末を観察すれば,新しい概念・方 法が受容される時の特徴・条件のようなものがわかるかもしれない。最後に,数学との関係である。相関係数はただの記述統計学的指標と見ることもできるし,遺伝 や知能の「理論」「モデル」を構成するものと見ることもできる。ではあるが,正統的な数理統計 学から見れば
2
変量正規分布のパラメーターとして見るべきであろう。ここが,相関係数をきちん と理解しているかどうかの分岐点となると考えられるので,100年前の心理学者達のお手並みを拝 見して,現代あるいは将来の人々が相関係数を学習するときの参考にしたい。欧米での状況
冒頭で
Pearson(1896)が最初の相関研究であることにしておいたが,実は生物学系の研究では
Galton(1889)から直接派生している研究がある。例えば,Davenport & Bullard(1896)は Galton
(1889)の簡便推定法を用いている。すなわち
r=s
xy(s/
xs
y)という式がなくても相関研究はある程 度可能なのである。また,生物学系の相関研究が心理学系の研究と異なるのは,個体変異,突然変 異,奇形的変異といった変異現象の一種としてcorrelated variation(共同変異)という現象が検討
され,これを研究するための道具としての相関係数を用いるという論理構成になっているところで ある(外山,1909)。欧米の心理学では,Galtonや
Pearson
の研究が公刊されるや否や,一部の研究者はすぐさまこの 新手法に飛びつき現在まで脈々と流れる相関研究が始まった。Wissler(1901)はCattell
流の精神 物理的知能テスト(例えば,Cattell,1890)と学業成績との間に相関がないのを示し,これに対し
て
Spearman(1904a, b)が信頼性問題等を取り上げて反証しようとした。Spearman(1904a)では
順位相関係数も提案されている。Spearman(1904b)は因子分析法の萌芽であり,また「一般知能」
が提案されている。教育測定運動の主導者
Thorndike
のThorndike(1903, 1904)でも Pearson
やWissler
の研究が注目されている。というわけで相関係数は提案されて5, 6
年で心理学に大きなインパクトを与えたといえよう。しかし
Pearson(1896)は易しい論文ではない。Pearson
自身は解 説書等を書かなかったので,Elderton(1906),Yule(1911),Brown(1911)などが,相関係数という新手法を誰にでも使えるレベルまで普及させるのに必要だったようである。
日本への導入
さて,日本(あるいは日本の心理学)への相関係数の導入はどのような経緯を辿ったのであろう か?
20
世紀初頭における相関概念の浸透についてまとめたのが表1
である。この表は特に心理学 に限定していない。また外山(1909)を除き相関の「概念」と「数式」両方が現れる研究である。もちろん完璧に網羅できているとは思えないので遺漏があればご容赦願いたい。
表
1 日本への相関係数の導入 略年表
欧米の動向 文 献 名 コメント
1846 Bravais
(物理)
Analyse mathématique sur les probabilités des
erreurs de situation d’un point.
数式の完成. Gauss
流誤差論の文脈なので
Galton
とは発想が異なる.1889 Galton
(遺伝,統計)
Co-relations and their Measurement, chiefly from
anthropometric data.
相関の概念と簡便な図式推定法1892 Weldon
(生物)
Certain correlated variations in Crangon vulgaris.
エビジャコの身体部分の相関1896 Pearson
(生物統計)
Mathematical contributions to the theor y of
evolution. III. Regression, heredity and panmixia.
いわゆるPearson
の相関係数1899 Duncker
(生物)
Die Methode der Variationsstatistik.
英国生物統計学のドイツ語教科書1901 Wissler
(心理)
The correlation of mental and physical tests.
知能テスト(Cattell流)と学業成 績は相関無し1903 Thorndike
(心理)
Educational psychology. Pearson, Galton
等に注目1904 Davenport
(生物)
Statistical methods: with special reference to
biological variation.
英国生物統計学の教科書 統計的生物学の巨大研究目録
1904a Spearman
(心理)
The proof and measurement of association
between two things.
信頼性 順序相関1904b Spearman
(心理)
General Intelligence,” objectively determined
and measured.
因子分析の萌芽 一般知能の提案1906 Elderton
(保険数理)
Frequency-curves and correlation.
保険数学者 Pearsonの解説書 日 本人によく読まれた日本の動向 文 献 名 専 門
Correlation の
訳語 コメント(所属,研究文脈,
原著,データソース 等)
1909
外山亀太郎(1867-1918) 蚕種論(蠶種論) 遺伝学
(蚕)
correlated variation
を共同變位と訳す 東京帝大農科大学助教授 蚕の 研究で有名
Galton(1889)の数値が引用無
しで載っている1910
安藤廣太郎(1871-1958) 作物品種の改良 法に就きて 遺伝学
(稲) 「コルリレーション」
とカナ書き 農 商 務 省 農 事 試 験 場 技 師
Pearson
の相関係数稲の品種改良で有名 オリジナ ルデータあり
1910
槙山栄次(1867-1933) 教授法の新研究 実験教育学 相關 東京女子高等師範教授 学業成 績 Pearsonの相関係数
雌伏期(1910-1916)
調べ得た限り,最初に相関を紹介したのは実験教育学の槙山栄次(1910)及び遺伝学の安藤廣太 郎(1910)のようである(安藤については後述する)。両者とも
Pearson
の公式が挙げられている。槙山は教育学者とみなされたのか「日本心理学者事典」(大泉,2003)や「通史日本の心理学」(佐 藤・溝口編,1997)に掲載されていないが,彼の専門の実験教育学は廃れてしまったとは言え教育 心理学にかなり近いものである(例えば Danziger, 1990)。
1911
財部静治(1881-1940) 社会統計論綱 経済学
(社会統計学) 照應 京都帝大助教授 Pearsonの相
関係数の
Galton
的図式解法外山(1909)安藤(1910)に言 及あり Galton(1889)の数値
1912
阿部文夫(1879-1945) 作物品種改良論 遺伝学・
優生学 「コルルレーション」
とカナ書き 千葉県立園芸専門学校講師 文 学士心理学 遺伝学 優生学と移る
1913
水科七三郎(1863-1940) 統計方法原論 統計学
(センサス) 照應 台湾統計協会技師 King(1912)
の訳
1913
上野陽一(1883-1957) 相關法に依る知
能等級の検査 心理学 相關 「心理研究」編輯主任 後に産 業能率短期大学を設立
知能 Spearmanの順序相関係 数
1913
阿部文夫(1879-1945) 趨異遺伝及進化 遺伝学・
優生学 關聯 千 葉 県 立 園 芸 専 門 学 校 講 師
Lock(1911)の訳 日本の優生
学(鈴木,1983)1914
原口鶴子(1886-1915) 心的作業及び疲
労の研究 心理学 關係 日本人女性として初めての
Ph.D
を取得 その博士論文の日本 語 訳 オ リ ジ ナ ル デ ー タ あ りPearson(1896)の引用あり 1914
松本亦太郎(1865-1943) 実験心理学十講 心理学 相關 東京帝大教授 この頃より相関 に興味を持った
1915
中島泰蔵(1867-1919) 個性心理及比較
心理 心理学 相關 後に早稲田大学教授 差異心理
学 Spearmanの
foot rule 1917
村瀬雄平(1882-1916) 智能の遺伝 心理学 相關 親子・兄弟間の相関 オリジナ ルデータによる本格的研究 松 本亦太郎門下
1918
古賀行義(1891-1979) 智能相関の研究 心理学 相關 学科間の相関 オリジナルデー タによる本格的研究 松本亦太 郎門下
1920
森数樹(1892-1967 )一般統計論 数学 交聯 国勢院第一部(総理府統計局の 前身)Yule(1919
?)の抄訳と
著者による補遺1923
安藤謐次郎(1884-1932) 心理学的適性検
査法 応用心理学 相關 海軍中佐 松本亦太郎門下 適 性研究
1925
小倉金之助(1885-1962) 統計的研究法 数学教育・
数学史 相關 大阪医科大学教授 この時代の 教科書としては最高峰 現代で も使えそう
1926
佐藤良一郎(1891-1992) 統計法概要:教
育的測定 数理統計学 相關 東京高師教授 心理学・教育学 に造詣の深い数学者
財部静治(1911a)は社会統計学の書であるが,付録の最後に相関係数の説明がある(彼は
correlation
を「照應」と訳している)。ここでは外山(1909),安藤(1910)に言及があり,またGalton(1889),Duncker(1899),Davenport(1904),Elderton & Elderton(1910)が引用されて
いる。Elderton & Elderton(1910)以外は遺伝・生物系の書である。尚,内容的にそっくりの論文(財部,1911b)も存在する。阿部文夫は心理学から遺伝学に転向し,その後優生学を考究したと いう経歴の持ち主であるが(サトウ,2002),阿部(1912)は純粋に品種改良の本であり,付録に 詳しい計算例が載せられている。
1913
年に翻訳書が2
冊出版されている。一つは阿部文夫(1913)によるLock(1911)の遺伝学
の訳,もう一つは水科七三郎(1913)によるKing(1912)の訳である。水科七三郎は統計の実務
家と言うべき人であり,相関を「照應」と訳している。水科のこの訳書は米国の定評ある教科書を きちんと訳したもので,この時代では出色の出来で類書も少ないと思われるのに,ほとんど言及さ れることが無い。出版元が「臺灣統計協會」なのが関係しているのだろうか?心理学関係者で最初に相関係数に触れたのは上野陽一(1913)で,知能検査の文脈から
Spearman
の順位相関係数を紹介している。槙山(1910),安藤(1910),上野(1913)は文献や人名を引用していないが,松本亦太郎(1914, p.
346)では「相互関係の度を間接に確定するを得る
為めに仏国のブラヴェー,英国のガルトン及ピーヤソン,米国のスピーヤマン等の学者は種々工夫 を凝らし,遂に相関係数と称するものを得る数学的公式を定むるに至った。」と学史的紹介が行わ れている。ただし,米国のスピーヤマンというのは英国の誤りである。原口鶴子(1914)は,彼女 のコロンビア大学での博士論文の訳であり,相関を「關係」と訳している。またPearson(1896)
が引用されている。中島泰蔵(1915, p.
175)では Spearman
のFootrule
と呼ばれる順位相関係数 が紹介されている。ちなみにSpearman(1904a, 1906)は 3
種類の順位相関係数を提案している が,FootruleはSpearman(1906)で提案されたもので計算量はもっとも少ないものの理論的には
相当問題がある指標である。やや余談となるが,いわゆるSpearman
の相関係数が提案されたのはSpearman(1906)あるいは Pearson(1907)なのだが,Spearman(1904a)と誤って引用されるこ
とが多いので注意が必要である(Lovie, 1995)。上野陽一(1916)の知能検査・精神測定の本では上野(1913)とは異なり今度は
Pearson
の公式 が紹介されている。このようにややしどろもどろながら「紹介」はそれなりになされているのだが,相関係数を用い た実証研究ということになると特に見るべきものはなさそうである。この頃は雌伏期であって皆勉 強中の時代であったようである(佐藤良一郎,1980)。
開花期(1917-1924)
村瀬雄平(1917),古賀行義(1918)は遺伝や知能に関する実証的な相関研究であり,特に 古賀行義は数年後
Karl Pearson
のもとに留学し,Galtonの残したデータを解析しその結果がBiometrika
に載るという本格派である(Koga & Morant, 1923; 古賀,1974, p. 120)。村瀬は相関係 数の計算式r=s
xy(s/
xs
y)を「ブラヴェー氏の公式」,古賀は「ブラベー・ピアソンの公式」と呼ん でいる。また同時期の土井壯良(1918)では,回帰直線の議論も行われている。このように本格的 な研究が続出したのは松本亦太郎の奨励があったからである。すなわち,古賀(1918)の松本亦太 郎による序によれば,東京帝大では1914
年頃から相関を研究課題としていた。また松本自身の回 顧(松本,1937, p. 432)でも「大正二年に東京帝国大学に還つてからは私は更に英国のゴールトン(F. Galton),ピーヤスン(K. Pearson),
スピーヤマン(Ch. Spearman)の生物測定学の研究法に留
意し,精神的作業の相関測定法を導入する事に努力した。」とある。村瀬・古賀は松本亦太郎門下 であり,同時期助手だった増田惟茂(後年,相関心理学の話題を展開している,増田(1924))や 副手だった土井壯良と共に統計の勉強をしていたようである。古賀(1974, p. 19)の回顧によれば,この時期に
Biometrika
を入手して読み始めたとあり,またElderton(1906)を貸し借りしていた
という。またこの時期には後年知能テストで有名になる田中寛一(田中,1926)や,海軍の安藤謐 次郎(安藤,1923)も門下であった。この時代の心理学の研究トレンドは,能率(工場における生産過程の合理化),教育測定,知 能,材能(適性),教育の能率(教授法・学習法の最適化)であったが(佐藤・溝口,1997;江口,
2010),心理学での相関係数の普及はこれらの流行と同期している。その後,楢崎浅太郎(1924),
松本亦太郎(1925),淡路円治郎(1929)といった本格的差異心理学研究を生み出すことになる。
数理統計学的研究の発展(1925-
さて,いままでの挙げた研究では相関係数の数理的・確率論的解明はあまりなされていない。し かし,相関係数はそもそも
2
変量正規分布のパラメーターなのだから,数理的側面は無視できない はずである。数理統計学といってよい研究は理学士である森数樹による森(1920)が端緒であろう。森は
correlation
を「交聯」と訳している。この訳語は藤沢利喜太郎に由来するという(佐藤,1980)。この本は Yule(1919)の抄訳であり 2
変量正規分布の式や立体図も登場する。その後,数学者の著書としては小倉金之助(1925),佐藤良一郎(1926)が光る。豊富な例と的 確な記述で現在でも通用しそうである。両者とも,他の統計書のクックブック化を批判し始めてい る。例えば:
「今日の統計法を理解して,正当に活用することを得るためには,方法の重要なる支柱をなして いるところの数学に対する理解を,高めねばなりません。でなければ,まったく猫に小判であり,
又生まなかの理解に基いてこれを応用すると,子供に正宗の名刀を持たせたようなもので,危険至 極といはねばなりませぬ。」(佐藤,1926, p. 4)。現在でも通用する指摘であろう。
また,小倉の本の感想として元東京帝大統計学講座教授であった高野岩三郎が小倉に送った手紙 の内容(小倉,2017,p. 136):
「……我々社会統計研究者は,御承知の如く普通自然科学並に数学の知識に乏しく,従つて研究
上多大の不便,不安を感ずる訳であります。小生の如きもその随一人,従来少しく数学をやつたこ ともありますけれども,要するに付け焼刃に過ぎず,且なまじひそれを振舞すは,小児の正宗を手 にすると同様,危険至極と思はれます。併し善悪は問はず,適当の参考書をと思つても−殊に邦書 に於て−見当らず,困つてゐたのは,小生一個のみならず,我社会統計研究者の殆んど全部と存じ ます。……」なども現在と同じに思える。両者とも「子供と正宗」というたとえ話が出てくるのが おもしろい。
心理学・教育学以外の分野での動向(1911-
社会統計学 心理学者にはあまり知られていないが,杉亨二が創始し呉文聰,高野岩三郎らが発展 させた社会科学系の統計学(主として国勢調査・経済統計などの官庁統計を扱う)が
19
世紀から 存在し権威をもっていた(宮川,2017)。例えば1903
年時点で,東京帝国大学,京都帝国大学に統 計学講座が設けられており(大橋,1965, p. 60),当時統計学といえばこの学派のことを指していた。
先に述べたとおり京都帝大助教授の財部(1911a)は早くから相関(照應)に触れてはいる。ただ しこの本の再版(1924)では相関に関する記述はなぜか全削除されてしまっている。一方東京帝大 教授の高野岩三郎の
1919
年の統計学講義録にも相関という言葉はあるがPearson
の相関ではなく社会学者
Tönies
由来のものであった(上藤,2013)。この時代の社会統計学はドイツ流であり,英国生まれの生物統計学とは相性が良くなかったようである。
生物学・遺伝学 この分野は相関係数の故郷である。進化や品種改良の研究者は当然相関に注目す ることになるし,それどころか,そもそもゴルトニズムから生まれた相関係数は生物学的変異の数 学モデルそのものなのかもしれない。Pearsonの研究に直接接する可能性があるのはこの分野であ るから導入が早いのは首肯できる。既出であるが,蚕の研究者として名高い外山亀太郎の蚕種論
(1909, p.
378)では,共同變位(correlated variation)という用語と共に Pearson,Weldon
の名前 と相関係数の数値例(Galton, 1889, p. 143)が挙げられている(数式は無い)。すなわち人間ノ高サト頭長ノ比
0.35
同ト中指
0.7
中指ノ長サト肘ヨリ中指ノ先迄ノ長サトノ比
0.85
頭ノ長ト頭ノ幅
0.45
である。相関係数の具体的値が提示された最初の例と思われる。
イネの品種改良で大業績を上げた安藤廣太郎は「作物品種の改良法に就きて」(1910)で相関関 係の統計学の本格的紹介を行い,また自己のオリジナルデータ(稲の分葉数と草丈の相関)を提示 している。日本人のオリジナルデータで記録が残っているものはこれが最も早いかもしれない。当 時としてはかなり充実しているこの論文では,相関はカナ書きで「コルリレーション」とされてい る。この論文の処々に「キートレー及びガルトン氏」という表現が用いられているが,キートレー とは恐らくケトレのことであろう。この論文は出版媒体が特殊なので他分野からは注目されなかっ
たようである。阿部文あや夫(1913)の「趨異遺伝及進化」は,
Lock(1911)の Recent progress in the study of variation, heredity, and evolution
の翻訳であり,相関は「關聯」と訳されている(p. 114)。日本遺伝学会の前身である日本育種学会は
1915
年に安藤廣太郎,伊藤悌蔵,鈴木武太郎,外山 亀太郎,阿部文夫,野原茂六,田中義麿の七人を発起人として発会した。外山,安藤,阿部の著作 に相関への言及があるのはすでに述べたが,田中(1917),野原(1919),の著書でも相関が取り上 げられている。従って,この時点で遺伝学分野での相関は常識であったと言うべきであろう。数は多くないもの林学や農学には相関・回帰を用いた実務的労作がある(佐々木靍蔵,1918)。
この論文では予想のための重回帰分析が本格的に使われている。
軍事関係 以上とはまったく別系統のものに軍事系の確率統計論があり(公算学と呼ばれる),陸 軍砲工学校(1903)の「砲兵学読本 巻之
3(射撃公算)」では 2
変量正規分布を用いた確率が扱わ れている(ただし相関係数に言及はない)。時代的にはもっとも早いが,民間分野と交流はあまり なかったようである。しかしながら,海軍軍人の安藤謐次郎,陸軍砲兵将校の内山雄二郎といった 軍関係者が松本亦太郎周辺にいたので,軍関係の進んだ確率論の情報(安藤,2012)がなぜ伝わら なかったのかやや疑問である。内山は数学がよくできたという証言もあるし(増田,1931),内山(1930)は計算図法(ノモグラム)を用いた空前絶後の統計書である。
考 察
以上,20世紀初頭における相関の受容について概観した。
心理学・教育学の分野では,実験教育学者がいち早く相関の重要性に気づいたようである。例え ば,槙山(1910)がそうだし,数式が無いために表
1
には含めなかったが,やはり実験教育学者で ある吉田(1908)にも相関研究についてのやや不正確な言及がある。その後,遺伝学者と心理学者 が相関に手を染めたが,遺伝学者はそれほど入れ込むことはなく,一方心理学では相関研究が大き な潮流になって行くのは歴史が物語るとおりである。心理学での相関研究の発展には松本亦太郎の力が大きかったのは明らかであろう。松本自身ある いはその門下や関係者,すなわち,阿部文夫,上野陽一,中島泰蔵,村瀬雄平,古賀行義,土井壯 良,増田惟茂,増田幸一,安藤謐次郎,内山雄二郎,田中寛一らから優れた相関研究が生み出され ている。早逝者も多いのだが(中島泰蔵,村瀬雄平,土井壯良,増田惟茂,安藤謐次郎,内山雄二 郎),がそれでもとにかく相関研究は心理学に根付いた。
一方,財部(1911a,b)の先駆的な研究にも関わらず,我が国では社会科学系での相関は根付か なかったようである。Yule(1896)のような,非常に早い時期の社会科学的相関研究もあるので不 思議である。
付記
本研究は科研費(18K03048)の援助を受けた。
[引用文献]
多くの文献は国会図書館(NDL ONLINE)やArchive.orgからダウンロードできる.
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